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2017年11月11日 (土)

BEAUTIFUL SKY

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今日の夕空。

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2017年11月 5日 (日)

朝抹茶

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昨日、朝いちばんで滅多にないことお取り寄せした和菓子が届いた。
すやの栗きんとん。
一年にたった一度のお楽しみ。
大の好物。
でも、それだって毎年かならず注文するわけじゃなし。
そう思ったらなんだかお抹茶といただきたくなった。
ちょうど先日あやこさんからお茶杓ももらったことだし。
この町の駅前には、何故だか一年中ドンスカドンスカ景気よくサンバを流してるわたしにぴったりな変な茶屋さんがあって、昨日プールの帰りに寄って野点用の小さなお茶筅と抹茶を買ってきた。
この連休はめずらしく天気がよくて暖かで、それで朝寝坊するのがもったいなくて、今日も平日とおなじに起きて掃除して、ふぅ、と落ち着いてから朝抹茶。
正式なお作法はともかく、おいしいお抹茶の点てかたは何度もYouTubeで見ていたから、まずはそれのとおりやってみる。
まだ誰も起きてこない部屋に茶筅の音が軽やかに響き、お抹茶のいい香り。
ふんわり泡立ったお抹茶に、滋味あふれる栗きんとんは一段とおいしかったです。

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実はお抹茶はすでに昨日の夜いちど点てていて、家族分のお抹茶碗がないから、あとのふたつは適当な代用品を使って点てたりしたのだけれど、それでわかったことは、いかにあやこさんからもらったこのお茶碗が使いやすいかってこと。わたしが野点かごに入れられるようにと買ってきたお茶筅は明らかにこの器には小さかったにもかかわらず、初心者のわたしにも実にお茶が点てやすかった。それで初めて、あやこさんが「これは練習によく使ったお気に入りの器なの」といった言葉の意味がわかったのでした。
道具って、やっぱり使ってみないとわからない。
使って初めてその美しさがわかる。
それは人間の身体や、内在する能力についてもきっとおなじだろうと思う。
今日みたいに朝からお菓子は食べないとしても、一人こころを落ち着けるのに朝抹茶、いいかもしれない、と思ったのでした。
お作法はともかく、これからもっと気軽にお抹茶が楽しめそうです。

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昨日届いた栗きんとん。
実家の分も頼んであったのだけど、賞味期限が短いから午後実家まで持って行くことに。それでついでに帰りにバスに乗って、中杉通りを通って阿佐ヶ谷に。CONTEXT-sでもういちどじっくり知樹さんの絵を見た。日が翳るとこのあいだより寒く、アグネスパーラーさんのあったかなチョコレートドリンクがおいしかった。
三連休のラストデー。

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2017年10月24日 (火)

ヒヤシンス

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月曜は実家に夕飯ヘルパーに行く日で、きのう父の夕飯時刻の6時前に着くと、父はホットカーペットをつけたうえに電気ストーブまでつけて部屋の中は暑いくらいだった。夕飯ヘルパーといっても、昨日も出がけまで仕事でバタバタしていて作る時間もなく、けっきょくまた駅前でお寿司を買って自分はお味噌汁を作っただけなのだけど。なかなかうまくいかない。

それでもとにかく生ものが好きなひとだから、こういうものさえ買って行けば前は喜んで食べてくれたのだけど、今日は最初のひとつを「うまい」といって食べたほかは、ちっとも箸が進まない。もう86にもなると前みたいに食べれなくなるんだ、とか、お父さんなんて一日二食、いや一食でもいいくらいだ、とか、まわりはもうみんな死んじゃってる歳だ、とか、食べるかわりに言いわけばかり延々と喋る。そのあいだにも作ったばかりの味噌汁は冷め、TVからはうるさいばかりに音が鳴りつづけ、食事中に聞きたくないような陰惨なニュースが垂れ流され、それでも父はTVに釘付けのまま、とんちんかんな相槌を打っている。それを見ているわたしは心底げんなりしてきて、わざわざ自分が時間を作ってあたふたとここに来る必要なんてないんじゃないかと思えてくる。

父と話していてももう自分の娘のことも孫のことも一緒くたで、何を言っているのかわからないくらいだけれど、それ以上に父はもうずいぶんふつうのことができなくなってきた。
食事をしていても咀嚼力もなければ飲み込む力もないから口の中のものがいつまでたってもなくならない。そのくせ口いっぱいに頬張るもんだから、なおさら牛が反芻するみたいにいつまでも噛みつづけている。もうそうなると、おいしいとかまずいとかじゃない。そういう食事はたぶん、父にとっては疲れるだけで、身体に必要なだけ食べられないからどんどん痩せて、とっくに体重は40キロを割っている。常にエネルギーが足りないから自力で体温を上げることもできず、夏でも冷たい手をしている。骨と皮ばかりになって、とうぜん筋肉も筋力もないから歩くことはもちろん、家の中で立ったり座ったり、食事中にちょっと姿勢を変えるのだって一苦労だ。困ったことに最近はトイレまで間にあわなくって、粗相をすることも増えたらしい。
そういう父の先にあるもののことを考えたらいずれは間違いなく寝たきりになるということで、そうなった父にいったいなんの愉しみがあるだろうかと思う以上に心配なのは、一緒に暮らす妹の大変さ。もちろん、そうなったらわたしだって他人事ではいられないけど、所詮わたしは一緒に暮らしていない人間だ。そんなわたしにいったい何ができるだろう?
毎日、父と顔つき合わせて面倒みなきゃならないのは妹なのだ。
こういうことはあまり悲観的になってもしかたがないと思うけど、かといっていまのうちにできる準備はさっさとしておいたほうがいいのではないか。
妹は医療従事者だから仕事場でも嫌というほど老人を見ていて、わたし以上になんでも知っているだろうし、それ以上に父との生活で日々いろんな問題に直面して痛感しているだろうと思うのだけれど、姉と妹の性格の違いというものなのだろうか。いつだって姉の思考のほうが早く、妹はスローときてるのだ。いくら姉妹といってもわたしは家を出た身であってそうそう何がいえるわけでもなく、いったところでうるさがれるだけで、いつも内心やきもきしている。
そんなだから、最近わたしが母の仏壇の前で祈ることも変わってきている。
父はもうじゅうぶん長生きしたし、何より当人がいつもそういっている。
もうやりたいこともなければ行きたいところもなく、食べたいものすらないのだ。
いずれいまよりもっと何も判別できなくなり、身体は動かなくなる。
でも妹にはまだ自分の人生がある!

最近話題になったけれど、欧米には日本のような寝たきり老人はいないそうだ。
何故かというとそれは単純な話、寝たきりになる前に亡くなってしまうからだという。
一生分の医療費のほとんどを終末医療で使ってしまうといわれるこの日本と違って、欧米では高齢者に対して不自然ともいえるような手厚い医療は施さない。
自力で食べることができなくなった高齢者を胃ろうにしたり、点滴で栄養を与えるようなことをしないばかりか、肺炎になっても抗生物質さえ打たないというのにはちょっとびっくりしてしまうけど、それは高齢者をないがしろにしているわけではなく、むしろ本人の命の尊厳をおもんぱかってのことだという。
自力で生きていくことができなくなった人間は自然と死に向かう。
それを無理やり現代医学の力で延命したりはしない、ということだと思う。
一概にどちらがいいとはいえないけれど、大学病院でがんの標準治療を受けている限り、80過ぎても90過ぎても再発すれば可能な限りオペをする、という、日本の医療のあり方にいつも疑問を感じているわたしには欧米のやりかたのほうがより自然な医療、自然な死に方に思える。
人間、ただ生きていればいいってもんじゃない。
日本の医療も、いつか欧米のようになるだろうかと考えるとき、それは社会や個人の死生観や思想が成熟するとかじゃなくて、もっと危機的な問題、いまもいわれている医療の崩壊によって物理的にそうならざるを得ないんじゃないかという気がする。そしてこの日本において精神の成熟なしにそうなったらなったで、それは新たな悲惨を生むんだろうなと思う。
この世に生を受けたかぎり、生きている間は何があっても生きなきゃならないし、死ぬタイミングは自分では選べない。全ては宇宙タイミングなのだとして、でも頭も身体もしっかりしているうちに、自分はどう死にたいのかをしっかり考えておかないといけない。

最近実家に行って気になるのは、いつでも仏壇の花が枯れていることだ。
仏壇の手入れは信心深い父の役目で、お父さんは花屋に行くのを楽しみにしてるからわたしは行かないんだ、と前に妹がいってたのに。
気力がないのか、お金がないのか。
そのどっちもなのかな。
昨日なんか仏壇の花はカラッカラに枯れて、花瓶に水も入ってなかった。
そういうの、母はいちばん嫌いだったのに。
だから最近は、食べものだけじゃなくて花も買っていく。
実家の最寄りの駅前の花屋は、なんてことのないふつうの花屋だけれど、よく切り花の蘭が安く売られていて、昨日は緑のシンビジュームがとてもきれいで、母はこんなシンビジュームが好きだったっけな、と思って買って行った。
「ほら、きれいでしょう」と父に見せると、父も「きれいだなあ!」と感嘆し、そう、この父は最近お墓参りに行っても花がきれいだきれいだというんだった。
蘭は買うときちょっと高くてもほかの花よりもつからいい。
わたしは仏花は嫌いだし。
シンビジュームを買って店を出てしまってから、外の鉢花の近くにヒヤシンスの球根をみつけて白いのをひとつ買った。家に帰って、ごはんの支度をするより先にヒヤシンスポットにセットした。何故だかしらないけどすごく急いた気持ちで。
ふだんは花瓶として使っている透明度が素晴らしく高くて美しいヒヤシンスポットは、さこうゆうこさんのです。

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2017年10月22日 (日)

大雨、台風、投票日。

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今日は土砂降りのなか投票に行って、一瞬でずぶ濡れになって帰ってきた。
結果は、、、、、、内閣支持不調でも自民勝利。
やれやれ!

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2017年10月21日 (土)

Seasonal Remains

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外はひどい雨だったけど、また雨に降りこめられて一日中ずっと家にいるのが嫌で、午後になって家を出た。でも出がけにちょっと慌てたせいかな。中身がいくらも入ってないお財布を持って来てしまったのに駅近くまで行ってから気づいて、suicaの中も空に近くて、目的地まで行けずに、近くのデパートで息子の好きなシュークリームを買って帰る、そんな日。
家を出てすこし行くなり目に入ったのは、駐車場のコンクリートの上をオレンジ色に染めていた金木犀の花びら。
暗いし傘は持ってるし、横殴りの雨がカメラにかかるし、しゃがむとリネンのパンツが濡れるしでうまく撮れなかったけど、季節の落としもの。

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2017年10月16日 (月)

東京は46年ぶりの寒さ

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昨日あれだけ降ったのに、今日もまた雨だ。
朝カーテンをあけたら向かいの棟の階段を見覚えのある猫が駆け下りてきて、濡れたくないの、とでもいうように、つま先立ちでタタタっと走って駐車している車の下に潜りこんだ。
思わず「みずたまちゃーん!」と大声をだして呼んだけれど、自分のことだと思ったのかどうだか。
一日、雨で寒くて暗い。
と思ったら、今日東京は最高気温が15℃下回って46年ぶりの寒さだとか。
どうりで寒いわけだ。
たまりかねて足もとにハロゲンヒーターとラプアンカンクリのショールをだした。
まだ10月なのに。

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2017年10月 1日 (日)

温室へ

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このあいだ神保町の『温室』に行ったら本物の温室に行きたくなって、午後は近所の東京都薬草植物園へ。

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前にも書いたかもしれない。
わたしは生まれた場所こそ東京23区だけど、わたしが生まれた年に宅地建物取引主任者の資格を取って不動産屋に転職した父の勤め先の関係で、ちょうどいま住んでるあたりに引っ越してきて、小学校に上がる1年前まで過ごした。
いまでもわたしの住むここは東京の郊外であることには違いないけれど、当時はほんとうに田舎で、辺りは畑ばかり。高い建物なんかぜんぜんないし空気もきれいだから山の稜線がそう遠くないところにきれいに見えて、近くを通る電車も30分に1本くらいしか走ってなかったんじゃないかと思う。ときどき数駅先の町まで買いものに行くのに、母と隣りのおばちゃんと3人で手をつないでよく線路の上を歩いて行ったのを憶えているから。
遊び場は井戸のある大家さんちの庭や近所の土埃のする畑の横の道。よくてユネスコ村。物心ついてからは、やれ椎茸狩りだ筍狩りだという大人に連れられてよく山にも登ったし、川でも遊んだ。いまの自分が健脚なのもそういう子どものころあってのことだと思う。
そして小学校に上がる前に中野区に引っ越してきたのだけれど、中野区だって当時はけっこう田舎だった。近所には夏になると糖キビやとうもろこしを作っている畑があったくらいだし、空き地や原っぱや裏山、子どもの遊び場には事欠かない環境だった。そこでわたしは日の暮れまで近所の子と遊び、おかげでそのころのわたしは一年じゅう日に焼けて真っ黒だった。そんな子どものころはともかくもっと後年になって、友人が武蔵野音大に入学するときに江古田近辺のアパートをお母さんと一緒に探しに来たとき、お母さんが「なんや、東京ゆうてもここらへんは高松とちっとも変らへんなあ」と言ったというから、東京ってそのくらいのもんとちゃうのん、というのが、そのころからずーっといまに至るまでのわたしの感覚だった。
一応、東京生まれ、東京育ちのわたしの。

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だから地方から来た人たちにことさら東京に緑がないとか東京砂漠だとかいわれてしまうのにはいつもちょっと違和感を覚える。もちろん、わたしの感覚は地方の本物の自然豊かなところで育った人とはかなりズレた感覚かもしれないし、わたしが生まれ育ったころといまとではぜんぜん時代が違うといえばそうなのだけど。
でも東京は世界でも例を見ないくらい緑の多い都市だといわれ、それは神社仏閣が多いことにも由来しているだろうし、かつて貴族といわれた人々のものだった邸宅や庭がいまは都立公園となってあちこちに点在していることにもあると思う。日本一の花見好きであった江戸っ子たちのおかげで春ともなれば東京じゅう、どこに行っても桜だらけだ。遊歩道も多いし、庭がなくても軒先に鉢植えをところ狭しと並べてる家も多い。大きな植物園や動物園もある。だから東京の街なかにいて、ほんとうに緑の多いところに行きたいと思えば比較的すぐに行けるんじゃないかと思う。

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むしろ、わたしには地方から来た人たちが東京で展開する緑の仕事のほうがずっと人工的な感じがする。スタイリッシュで都会的。
もちろん、それもカッコよくて好きだけれど。

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自分の植物好きを思うとき、それは育った環境にもよるだろうし母親の影響もあるのだろうと思っていたけど、いまこの文章を書きながら東京下町の小さな家の庭の棚いっぱい、それだけじゃおさまりきれなくて外まではみだすくらいたくさんの盆栽を育てていた父方の祖父のことをふいに思いだしてしまった。
いまでもツツジの時期によく思いだすのだけれど、子どもの頃ほっぺたに何かできてかゆいと言ったとき、おじいちゃんが「それはハタケだ。外に咲いてる白ツツジの花をよく揉んで花の汁をつけてごらん。すぐ治るから」といわれたことがあった。そのとおりやってみるとすぐに治って、以来ずいぶん大きくなるまでやったものだった。
ほとんどどういう人かわからないまま亡くなった祖父が、いったいどういう思いであれだけの盆栽を育てていたのか。
人っていつもたくさんの謎を残していなくなってしまう。

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この東京都薬草植物園には温室の外にも様々な薬草が栽培された広い敷地が広がっていて、中には滅多に見ることのできない有毒植物なんかもあって興味深かった。上の写真はわたしの好きなチョコレートの原料となるカカオ、下はバナナ。
こういうのを見るとアフリカの教会の庭にあったバナナを思いだす。
鉄分の多い赤土でできるからなのか、アフリカのバナナは濃厚な味と香りだった。
パワーフードといってもいいような。

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広い敷地の中には『ふれあいガーデン』といって植物や書籍やグッズを売っているログハウスのお店もあって、喉が渇いたのでそこで文旦のジュースを買って手作りの木の椅子に座って飲んだ。
そのとき見た今日の空。

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今日は閉演まで1時間切っての入園だったのだけれど、こんどはもうすこし早く来てゆっくりしよう。寒くならない秋のうちに。

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2017年9月26日 (火)

空には入道雲

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この先はただただ秋が深まってゆくばかりなんだけど、
そんなことはよくわかってるけど、
昨日今日、夏日で暑くて、
一瞬、夏が帰ってきたみたいでうれしかった。

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2017年9月24日 (日)

ついに金木犀が咲きはじめた!

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秋晴れの日曜。
陽にかがやくオレンジの金平糖。

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2017年9月20日 (水)

彼岸の入り **

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その年の夏が猛暑であろうが長雨つづきの冷夏であろうが、お彼岸近くになるとあちこちから彼岸花が顔をだして、自然とおはぎが食べたくなる。
季節のめぐりって、日本人の感覚って、よくできてるよね。
それももう、変わりつつあるのかもしれないけれど・・・・・・

今日午後遅く、仕事を休んで父と妹と3人で母のお墓参りに行った。
例によって妹のお見立てらしかったけど、父はうちの息子があげた夏の帽子をかぶって、茶色のベストと茶系のズボンを履いて、いつになくお洒落だった。
見るからに痩せて顔つきが精悍になって、目ばかりぎょろぎょろさせていたけど、母のお墓の前で丁寧に拝んで、そのあと何をいうかと思ったら、「もう駄目だね、お父さんは。もう86にもなって。すっかりボケた爺さんになって」って、ときどきこのひとは至極まともなことを言う。でも墓前に花を活けたら「きれいだ」って。こころがそうやって動くうちはまだ全然いいんだと思う。

今日は一日いまにも降りだしそうな空だったけど、雨に降られなくてよかった。
父の気がすんでよかった。

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