season colors

2017年5月12日 (金)

原種の蘭が咲いた!

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原種の蘭がついに咲きはじめました。
上の写真は昨日。
まるでシリコンでできているような質感の花は、小さくてもよくよく見ると、ひとつひとつがしっかり蘭のかたちをしていておもしろい。
さすが暑い国の花だけあって、太陽の下ではとても生き生きとキラキラ輝いててきれいです。

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そして今日はほぼ満開!

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こうなるとなんだか翼を広げた鳥が連なってるようにも、お星さまが連なってるようにも見えてかわいくないですか?
最初に届いたときの、あの『つくし』みたいな薄茶色の花芽が、だんだん平たい帯みたいになって垂れ下がってきて、その帯に刻まれたチョコレートみたいな四角い枠に切れ目が入ってひとつひとつ分かれていって、さらにそれが四角い平たいところから立体的なつぼみの形になるまでの、これまでの変容も見ていて面白かった。
ひらいた花からは、ごくごく淡い香りがして、それはミントみたいな、ニッキみたいな、バニラみたいな、不思議な香り。
この花はきっとばらと違って長くもつのかなと思うのだけれど、わたしの頭はもう花後の植え替えのことを考えています。
いまはポリポットに入ってプラスティックの鉢に入れられているけれど、いまより暑くなったら蒸れていいことないのは想像にかたくないから、次は水苔で巻いて素焼き鉢に植え替えるようですね。
いまこんなに小さな苗は、成長したらどれくらい大きくなるものなんでしょう?
そんなことを考えながら夜眠ったら、すごく摩訶不思議な夢が見られそうです。

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2017年5月11日 (木)

赤い月

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今日の満月はぼうっと赤い、神秘的な月だった。
気温が高くて湿度があるとき、こんな月になるような気がする。
今夜の月は蠍座の満月。
わたしは髪を切ってすっきり。

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2017年5月 5日 (金)

5月5日

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絶好のプール日和となった今日は午後から娘と市民プールへ。
自転車が1台しかないので片道30分かけて川沿いの道を歩いてゆく。
(先日行ったディック・ブルーナ展で買ったブラックベアのTシャツとミッフィーのエコバッグを肩にかけて歩く人。このバッグ、めちゃめちゃかわいい。わたしも買うんだった!)
家の中はそうでもなかったのに今日は外に出てみると陽射しが強くて想像以上に暑かった。もう夏!
そして5月5日、子どもの日の今日は小学6年生以下の子どもは無料ってことで、市民プールは混んでましたねえ。
そして、わたしはぜーんぜん泳げなかった。
いつも行ってるスイミングクラブの水深は110くらいで、それにすっかり慣れちゃったせいか150もあると水の重力がすごくて、何故かぜんぜん進まない。それもこれもきっと筋力も体力も圧倒的に落ちちゃったせいで、それに加えて腕や体幹がまっすぐに伸びてないせいもあるのかもしれない。
とってもひさしぶりに行った市民プールは自分のペースで泳げるフリーのコースが少なくなっちゃって、それに何人もの監視員にしっかり監視されてるなか、なんだか全然くつろげなくて、プルブイ付けてちんたら平泳ぎの掻きの練習したり、そこからバッタの掻きに移行したりと、そんなことをやってみようと思ってたわたしにはとうていそんなことができる環境じゃなくてつまんなかったです。
ここ2週泳いでないせいで肩も痛かったから早々に泳ぐのやめてジャグジーに行ってしまった。娘は宇宙人のデンティストからのミッションを黙々とこなしていた様子。
ただ面白かったのはプールを出た後、プールを見下ろすギャラリーから泳ぐ人を見ていたら、前によく進む人と進まない人の違いがよ~くわかったこと。それで今日の自分がなぜダメだったのかの見当がついた。それはよかったかな。
ブランチを食べてから行ったので帰りはすっかりお腹がすいちゃって、パン屋に寄ってピザを買って帰った。
それで今日は端午の節句ということで、ケーキじゃなくてこれを食べました。

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童謡『背くらべ』の歌詞にも出てくる、ちまき。
東京ではあんまりお目にかかれないから近所じゃ売ってないかと思ったけれど、ちょっと高級な和菓子屋さんに行ったらありました。(店頭で売り子が売っていたのは柏餅!)
で、ひと口食べて、はあ~ ・・・・・・、となった。
これってなんにも入ってなかったっけ、って。
わたし笹だんごと勘違いしてたみたいです。あんこが入ってると思ってた。
でもこれは紐をほどくのが大変なんですけど、笹のすごくいい匂いがして、ほんのり甘くて、あっさりしておいしかったです。
なんていうか、昔の、日本人のこころそのものみたいな味。
ちなみに笹の葉で包まれた三角のも好きです。きな粉をつけて食べるやつ。
あれもたしか『ちまき』というのじゃなかったかしらん。
5月5日にちまきを食べるのは厄除けの意味もあるということだから、これで一年、病気もしないで過ごせることでしょう。

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2017年4月22日 (土)

原種の蘭

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わたしが一生手を出すことはないと思っていた蘭を先日うっかり買ってしまったのは、前に花屋から原種の蘭の可憐な花の写真を見せてもらっていたからかも知れない。
母も生前、親友が勤める会社の社長が蘭が好きで蘭友会の理事を務めているとかいう関係で、ときどき蘭の博覧会の招待券をもらったりしては親友と出かけていた。
もともと花好き、植物好きの母だから、そんなものを見に行けば欲しくなるのはとうぜんのことで、「ほら、シンビジュームよ! きれいでしょう?」なんて言いながら嬉しそうに蘭の鉢植えを持って帰ったりしていたけれど、わたしはそのころ蘭にはなんの興味もなかった。正確に言えば、そのころどころかいまに至るまで蘭にはなんの興味もなかったのだ。だから、今回のこともなんでか自分でも全然わからない。
ただ、親子というものは年を追うごとに無意識にもだんだんすることが似てくるのかな、と思ったくらい。

その、このあいだうっかり買ってしまった蘭がさっき届いた。
植物用のちょっと大きな箱に丁寧に梱包された、厳重な包みを慎重に開けると、出てきたのは2号鉢に入ったほんとに小さな苗。
でも小さくても、これまで見たこともない苗。まったく未知の領域。
この『未知』って言葉にはいつだってわくわくする。

わたしが買ったのは『ホリドータ・シネンシス』という原種の蘭だ。
冬咲きで、すでにもう花が終った苗がほとんどだった中で、これはこれから咲くつぼみ付きの苗だった。(上の写真で、つくしみたいに見える部分が蘭のつぼみ。)
わたしがこれを選んだのは夏咲きで、つぼみ付きだったということもあるけれど、それ以上にこの蘭が蘭の中でも水が好きで、水やりが簡単そうだったこと。(わたしにとっては乾かし気味に管理する、ということのほうが難しいので。)
それから寒さにとても強い蘭だということ。(それなら冬越しも楽かもしれない。)
要は、わたしみたいな蘭の初心者にとっても育てやすそうな蘭だったということだ。
そして何よりゴージャスじゃないこと!

蘭といって、ふつう人が思い浮かべるのは胡蝶蘭みたいな華やかな花じゃないかと思う。
京都に行って夜、妹と高瀬川沿いを散歩していて目についたのも胡蝶蘭だった。
開店したばかりのお店の前はどこもかしこも、まるでお約束事みたいに胡蝶蘭のオンパレード。見事にみんなおなじ花。京都では、開店祝いの花といったら胡蝶蘭と決まってるんだろうか、と思ってしまったほどだ。
たしかに華やかだったけれど、夜目には夜の蝶みたいにも見えて、なんだかあだっぽかった。それに、これだけ見事な蘭の花をもらって、花が終ったあとはどうするんだろう、と思った。翌年おなじように咲かせられる人がいったいどれだけいるだろう。
もっとも、義理とか見栄の世界に植物の管理のことを持ち出すなど、ナンセンスかもしれないけれど。わたしなら胡蝶蘭より大きなオリーブやユーカリの木をもらったほうがずっといいな、と思った。

そんなわけなので、この原種はそんな華やかな世界からはほど遠い。
これくらい小さな鉢だったら、部屋の中に置いても邪魔にはならないし、ばらの中にあっても浮くことはないだろう。
小さくて白い花が、鉢からしなだれるように咲くところも可憐でいいと思う。
付いてきた説明書によればこの蘭は、スリランカからインドネシアを経て、フィジー諸島に至る広い範囲に分布している、とある。
これを買う前から原種の蘭が自生している写真をたくさん見ているのだけれど、その姿はちょっとこわいくらいにワイルドだった。
北の寒い国の森とはまたちがう、湿った熱帯雨林の野生、その命の輝きと神秘。

でも、これを機にわたしが蘭にハマることはないと思う。
その生育環境からいったら、ばらを植木鉢で育てること以上に蘭を小さな鉢で育てるのは、人工的で難しいことだと思えるから。

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2017年4月16日 (日)

野川の桜 ***

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ここに来るのは何年ぶりだろう?
野川の枝垂れ桜を見に、二年ぶりの友達と。
年々、桜の樹勢は弱まり、とくに去年はたくさん切られてしまったとかで、今年はあんまりよくないのよ、と友達。
もうかつての全盛期だったころのような華やかさはないけど、濃いピンクの枝垂れ桜と下草の緑のコントラストがうつくしい、この長閑な風景はいまも変わらず。
ここは野鳥もとても多くて、時折りウグイスが気持ちのよい声で鳴くのを目で追いかけながら、彼女の近況を聴く。
いつもなんとなくお互いの節目節目に会う彼女。
今日久しぶりに会ったら上の女の子の結婚が決まったって、それも結婚式は再来週だって。おまけに下の女の子の結婚も決まり、いちばん下の男の子は今年就職。彼女の父は去年の秋に亡くなっていた。
びっくりすることばかり・・・・・・。
人生の時計って、若いころ思ってた以上に早く進むみたいだよ。

満開のソメイヨシノを前に、橋の欄干にもたれて、今年はあなたとここに来られてよかった、って彼女がしみじみ言った。
桜を見る、とは、生きて元気にまた春を迎えられたということ、そのもの。

風が強かったけど二人でしばらく野川沿いを歩いて、今年もまた例の彼女のとっておきの場所でつくしんぼを見た。もう茶色くなってカラカラに乾いてたけど、このあいだまではまだ緑で瑞々しかったって。
つくしんぼはたくさん生えてて、ここに来ればまだつくしんぼが見られるんだね、覚えておこう、とわたしは言った。

幼いころ、場所は違っても都心より少し離れた緑の多いところで育ったわたしたち。
つくし、はこべ、ナズナにぺんぺん草、れんげにハルジョオにシロツメクサ。
春の野っ原で日の暮れまで遊んだ記憶も、いつかは古き佳き時代のただのノスタルジーになるのかな。

この先、何が起こるかなんてわからないし、半世紀生きたこれからもまだ人生はつづいてゆくし、まだまだ悲しいこともいっぱいあるんだろうことを思うといまからちょっとしんどいけど、束の間あたたかな陽に抱かれた春の日。

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チューリップが咲いた!

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昨日も暖かかったけど、今日は朝から気温が上がって、いきなりの夏日。
ついにチューリップが咲いた!
咲いたのはピンクと白のストライプ。
かわいい!

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夕方にはふたつ咲いてました。

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2017年4月12日 (水)

やさしい葉影

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朝、水やりを終えてふっとふりかえったら、ベランダにやさしい葉影。
ラナンキュラス、

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ローズマリーとポポラス、

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ばら、

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ばらとセルリア。

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ようやく球根の花芽が上がってきました。
これは去年、ばらの培養土を4袋まとめて買ったらプレゼントで付いてきた国産のチューリップ。

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そして、ラナンキュラス。

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わたしのベランダのピース・オブ・マインドな朝の風景。

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2017年4月 8日 (土)

今日のさくら

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プール帰りの水道道路。

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2017年4月 7日 (金)

大島桜 ***

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昨日、父のところで見たテレビの天気予報ではここ数日は雨のはずだったのに、予報が外れて今日は晴れた。
つまり貴重な、絶好のお花見日和。
でも仕事だからお花見に行けるわけもなく、今日も一日中コンピュータの前にいて、仕事が終った夕方またしても家を出た。
昨日、実家に忘れ物をしてしまって。

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それで今日、出がけになって気づいたのは、いつのまにか夕方鳴るチャイムが夏時間に変わっていたことだ。夏時間。
サマータイムっていいな。
5時過ぎてもまだ明るい。
それで部屋の窓から見える夕陽に輝く桜の樹めざして、いつもと違う駅から電車に乗ることにした。どれだけ上を見て歩いても窓から見える桜がどれだかわからなかったけど、駅近くの大きな大島桜と目が合った。
夕方の風に吹かれて明るい瞳。
純白で緑の葉が鮮やかな大島桜は清潔感があって、若くて健康な娘みたいだ。
その波動はどこまでも穏やかでやさしい・・・・・・

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二日つづきで実家に行くと、父は昨日よりましな音でNHKのニュースをかけっぱなしにしてうとうとしているところだった。わたしが声をかけると目を開けて「今日、何曜日?」って聞いた。金曜日だよ、まだ7時前だからIちゃんは仕事からまだ帰ってない、とわたしがいうと、やっといま自分がどこにいるかわかったらしく、「そうか」といった。
外はすっかり春の陽気で暖かいし、ラーメン好きな父だから、夕飯まだならラーメンでも食べにいこうか、といったら、「お金ないから行かない」という。お金ならわたしが払うからいいよ、といえば、「そういうわけにはいかない」という。やれやれ。
押し問答しててもしょうがないから、さっさと帰ることにした。

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2017年4月 6日 (木)

父、86歳

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昨日、詩人の大岡信が亡くなったと聞いた。享年86歳。
くらべようもないことだけど、今日わたしの父、86歳。
もともと小柄で細い人だけど年をとってますます細く小さくなり、もう食べることにもそれほど興味がないから何を持って行ってもはりあいがないのだけれど、夕方アルバイトが休みの娘とケーキを買って実家に行く。
娘のわたしがひとりで行くより孫が一緒のほうが喜ぶと思ったからだが、父は相変わらずテレビの音がわんわんする中にいて我々が行っても消すでもなく、流れてくるニュースは耐え難いほど下劣で、残酷で、そのなかで父のまたいつもの話がはじまったから、わたしも娘もすぐに嫌になってしまった。
ただ、父のいいのは具合が悪いときでもないかぎり、比較的いつもニコニコしていることだ。肩を壊して整形に通っているとき、リハビリルームで何を話しかけてもぴくりとも表情を動かさないこわばった顔の老人をたくさん見た。あの人たちよりはずっといい。それにそういう人たちにだって作業療法士たちは根気強く、やさしく話しかけていたのだから。

そしてもちろん、そんな父にだって当たり前のことだが若くて元気なときがあった。
算数と図画が得意だった子供時代の父は祖父の家がもともと商家だからという理由で商業高校に上がったが、学校に行っても勉強どころか毎日校庭で槍持って軍事教練ばっかりやらされて、いいかげんうんざりして辞めてしまったあとは戦後の父親との闇市からはじまって、ありとあらゆることをして働いた。
最も給料がよかったのは日本製鋼でアメリカ人の下で働いていたときで、ふつうのサラリーマンの数倍の給料をとっていたという。
「若かったころの兄はお洒落だった」と、その兄の部屋に勝手に上がりこんで洋服ダンスの服をみんな売り払ってしまった父とは真反対の遊び人の叔父が昔いってた。小さいときからお金で苦労した父がたぶん、最も自分にお金を遣えていたとき。
それから見合い結婚してわたしが生まれた年に、父は宅地建物取引士の資格を取って不動産屋に転職した。結婚して子供もできて、父としては「これからがんばって稼ぐぞ!」と思ったのかもしれない。
わずかにいいときもあったようだけれどもともと浮き沈みの激しい商売、毎月の収入は安定せず、母にいわせれば不動産屋なんて水商売とおなじだった。母はいつも「サラリーマンがよかった」と愚痴をこぼした。
今日、当時のことを思いだしながら父は「不動産屋の中にも悪党がたくさんいた」と言った。父の口から『悪党』なんて言葉を聞いたのは初めてで、いつになくそれは新鮮だった。
悪党。いまとなってはそんな言葉さえノスタルジー。
いまは度を超えてもっと狂った人間がいっぱいいる。
世間の『海千山千の不動産屋』というイメージに反して、父は『公正』ということにおいては不器用なほど実直で、頑固で、正直が服を着たような人だったけど、でもそんな父には妙な山っ気があって、いつだってどこかで一獲千金を狙ってるようなところがあった。
それがわたしには子供心にも面白かった。夢を見る人。
でも父が不動産屋で働いてて一番たのしかったのはお金儲けより何より、土地を見に行ったり、測量でいろんなところに行けたことだという。自分で車を運転して、どんな遠いところにも行った。楽しかったなあ・・・・・・

わたしが憶えている、わたしが子供だったころの父の趣味は、映画と、映画音楽。
いまじゃ信じられないことだが、昔はこの父がクロード・ルルーシュ監督の映画が、フランシス・レイの音楽が、と言っていたのだ。
それと、ドライブ。
毎年、夏休みには海に海水浴に行った。
わたしがいまでも助手席よりバックシートが好きなのはそのせいだと思う。
そしてたまに、囲碁や将棋。
突然やってきては人のうちで夕飯を食べ、酒を飲み、遅くまで帰らない悪友。
父のパチンコの腕はプロ級だった。
どこまでも山の手お嬢さん気質の母にわたしはどれだけ使いにやらされたことだろう。パチンコ屋の自動ドアの外に立っている母に、「ほら、あそこにおとうさんいるから呼んできて」って。いま思うとあんなにうるさくて煙草臭いところに子供やらせるってどうなの、と思うけど。突然、店に入ってきた小さな女の子にいま取ったばかりの玉をケースごとくれようとするおじさんもいて。屈託なく、明るい時代。わたしにとってはチョコレート・パラダイス。
給料を給料袋ごと奥さんに渡してしまう、自分に贅沢を許さない父にとってはささやかな息抜きだった。
それから煙草。
これは、がんになったいまでもやめないからきっと死ぬまでやめないだろう。
もうそれでいい。

父は早くに母親を亡くし、継母が来た直後から80になる直前まで家族のために働きづめに働いた。働くことだけが父のアイデンティティーだったとしても、それはしかたがない。いつか父と同年代の人に「ただ働くだけの人はだめだ」といわれたことがあるけれど、そういう父を誰が責められよう。
誰でもが自分の好きなことをやって生きていけるわけじゃないのだ。
人それぞれ、生まれ育った環境も違えば、そこからできあがった性格も違う。
とくに父の時代はそうだった。
根っからの貧乏性の父であれば、なおさら。

このあいだ、自分が買った本を息子に見せながら、帯に書いてあることを読んでいたとき、息子が『自分に許可を与える』って面白い言い方だね、といった。
「そうかな。それってすごく大事なことだよ。そして意外とできないことでもある」と、わたしはこたえた。
自分にほしいものを与える許可、好きなことをする許可、自分を認める許可、楽しみ事を許す許可、休みを与える許可、お金を遣う許可、人を愛する許可、冒険をする許可、我が儘を通す許可、etc;etc ・・・・・・
大なり小なり、人は様々に自分(ときに他人まで)を制限して生きているから。
父がボケたのも、わたしは父が長らく自分の欲求や能力を様々に制限したせいじゃないかと思っている。もっとも、認知症外来のエリート医師は頑としてわたしを馬鹿にしたような目で見ながら「そんなことは何も関係がない!」というだろうけど・・・・・・

いつも近所の『さくら湯』の前を通るとき、小さかったわたしの記憶では山の中にあったようなその銭湯に行くのに、あの小さい父が自分より大きな奥さんを自転車の後ろに乗せて、わたしをハンドルに付けた椅子に乗せて、坂を上ったり下ったりしながらよく行ったもんだと思う。その記憶はいまでも五感で憶えていて、その映像はまるでニュー・シネマパラダイスのようだ。

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