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2017年2月25日 (土)

寒緋桜と河津桜 *

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このあいだ日の暮れに娘と散歩していたら、春の蒼い夜に遠目にもぼおっと灯るように紅く見えて、いつの間にか桜が咲きはじめていたのに気づいた。
早咲きの寒緋桜と河津桜。
今年は年明け早々2ヶ月つづきでストレスつづきだったから、桜のことなんてすっかり頭から抜けてしまっていた。
誰が見ていなくたって季節が廻れば咲く時を知る花のたしかさ。
それは不安定で不確かな人間とはまるでちがう。

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遊歩道に植えられた何本もの桜のなかで、毎年この2本だけがまだ寒いうちに先頭を切って咲く。遠目にはもうほとんど赤みたいに見える濃い色の寒緋桜。
この樹が満開になるといつも様々な鳥が飛んできて蜜を吸う。
それから、寒緋桜ほど濃くはないけど、ソメイヨシノにくらべたらやっぱりずっとピンクの色が濃い河津桜。
花色が濃いせいでこんな曇天でも背景に沈まずになんとか撮れる。
毎年訪れる、プール帰りのわずかな花見時間。

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今日は近所の花屋に寄って桃の花を買って帰った。
このあたりでは昔からあるこの花屋の年配の店主が素晴らしくて、彼女はいつもとくべつに穏やかな空気をまとっていて、人と話すとき、お金をうけとるとき、かならず人の目を見てやさしく微笑しながらうけこたえをする。そのものやわらかな雰囲気はほかの人には滅多に感じないもので、それは「こんなふうに年をとれるなら年をとるのも悪くない」とわたしに思わせるようなものだ。
電車の中でよく見かける若くてきれいだけれど仏頂面をしたぞんざいな態度の女と、年はとっても品があって笑顔がやさしい素敵な女となら、わたしなら間違いなく後者のほうがいい。それがグッドエイジングってこと。ヨーロッパではもうとっくにエイジド、といって、年を重ねた女の美しさに注目が高まっているのに、この国はいつまで『若いことが全て』でいくのかしらねえ、まったく幼稚だよ、と息子と話す。
花屋の店主は花を買うといつも一言添えてくれるのだけど、今日は「もし、これからとても乾いたお部屋に入られるのなら、枝についた硬いつぼみに霧吹きをかけてからいけられると、硬いつぼみもふっくらしてきますよ」だった。
そのとおりにしてみたら、紫色に青ざめて縮こまったみたいだった硬いつぼみがふわっとしてきてピンクがのってきた。
素晴らしい。

まだ20代のはじめのころ、「いつか、髪が真っ白になったらピンクを着るの。そのときまでピンクは着ないでとっておく」といったYちゃんは今頃どうしてるかな。

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2017年2月24日 (金)

2017.02.24.AM 06:40.Morning sky.

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日の出がだいぶ早くなってきた。
今朝の日の出は6時18分で、ちょうどわたしが布団からやっと抜けだしたころらしい。
でもベランダにでるとあいにく空は分厚い雲に覆われていて、太陽はどこにも見えない。
見上げると、空の高いところに幾層もの雲が重なりあっていて、微妙にちがう色の雲が
織りなす空が美しかった。
写真は朝6時40分の空。
自分の目で見る空の美しさの半分も撮れてない。
それからアマテラスオオミカミをして、窓を開け放ってひたすら掃除。
26日の日食新月に向けて。

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2017年2月23日 (木)

鳥は何を?

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最近は早起きするためにできるだけ早く寝るようにしているのだけれど、昨夜はいろいろあって寝たのは2時だった。
朝、目覚ましのアラームが鳴って30分も過ぎてからやっとのことで起き、カーテンをあけてふと見たら、お隣のベランダのフェンスにヒヨドリ。
そおっと足音を偲ばせて近寄ってカメラを構えたけど、いつもなら人の気配ですぐに飛び立ってしまうのに、このヒヨ、何やら前方をじぃっと見つめたまま物思いにでも耽っているかのようにぼおっとしている。
部屋にカメラを置きに行って、それからいつものようにアマテラスオオミカミをして終わってもいなくならない。
今朝は飛蚊症もいちだんとひどくて、頭も重かったからそれからソルフェジオチューナー528を鳴らして身体の調整を試み、ベランダの死にそうなバラにも聞かせ、ヒヨドリにも聞かせてみたら、周波数を察知したのか、それまでじっと前を見ていたヒヨドリがしきりに首を傾げはじめた。
すると前方から仲間が飛来してきて、ヒヨドリは嘴を大きくあけて鋭く2回鳴いた。
いったいその小さな身体のどこにそんな大きな声が隠れていたの、ってくらいに。
わたしが七田眞の右脳開発に興味を持ったのは、右脳がひらかれると猫や犬や鳥や植物の言っていることがわかって、会話できるようになるということだった。
そんなことが日常的にできたらいいだろうな。
そんなことができたらわたしは人と会話するより彼らと話すことを選ぶんじゃないだろうか。ときどき、もうとうぶん誰とも会いたくないし、誰とも口をきかずに黙っていたい、と思うときがある。
いつだって口は災いの元だから。

日の暮れに疲れ果ててコンピュータの前から離れて、宇宙人みたいな歯科医から最近また『1日20分以上ゆっくり歩くこと』というあらたなミッションをもらった娘と散歩に出かけた。ちょっと先にある中央公園までゆっくり歩きはじめたら、ふいにまた風が強くなってきて、またしても春の嵐の様相。
春独特の青い夜空に裸木の細い枝が繊細に揺れてうつくしく、夜の林の中を轟々たる風の音を聞きながら髪をなぶられるままに「ああ、タンゴが聴きたい」と思った。
いつも書いているけど春はタンゴ。
あの鮮烈にして優雅な破壊力。
家に帰ってフェデリコ・ヴァジェホスのソロ・アルバムを聴いた。
ブエノスアイレス午前零時、ミロンガ・アズール、アディオス・ノニーノ、天使のミロンガ・・・・・・
馬鹿みたいに指で机を叩きながら頭を振って。

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2017年2月21日 (火)

3月のライオン来たる。

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昨夜はおっそろしい風だった。
去年の春はめずらしく強風が吹かなかったと思ったら、今年は2月のうちにもう3月のライオンがやって来たのかな。
それにしても激しい風の音って、どうしてあんなにも人の神経を逆撫でするんだろう。恐怖映画では問題の夜はいつも暴風雨。
外ではその風に負けじと猫たちが「ニャアアアアーーーオ、アアアアーオ、ウワァーアアアーオ!!!」と叫びまくっていてうるさいくらいだった。やっぱり風の日は猫も血が騒ぐのかな?
春が穏やかで平和なのってよく晴れた日の日だまりくらいで、春はいつもどこか不穏で不安定で、ちょっとグロテスク。
わたしにとって春ってそういう季節。
う、う、う、生まれる~~! ・・・・・・ みたいな。
何が生まれるかはわからない。

本日、母の祥月命日。
あの日は西高東低のよく晴れた朝で、空が虚しくなるほど青くてきれいだった。
きっと死ぬまで今日の空を忘れないだろうと思ったけれど、きっと死ぬまで忘れないんだろう。
あれから17年。
父も年をとったし、わたしも妹も年をとった。
去年の前半は他人の家族や自分の家族、友人のことなんかでずっと死について考えていたけど、今年は終いについて考えている。
生きている間は生と死のコントラストははっきりしているけれど、だんだん年をとるごとにそれも曖昧になっていって、いつか自然に消え入るように向こうにいけたらいいね。願わくはディック・ブルーナさんみたいに。

仕事を終えたら今日はお墓参りに行くつもりだったけど午後になってあきらめた。
今日も風がとても強くて。

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2017年2月17日 (金)

春一番 ***

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ベランダでは一年中ラフィアの帽子をかぶってる。
これ以上紫外線にやられてシミ・ソバカスを増やしたくないから。
でも今日は春一番が吹いて外はすごい強風だから、頭がボーボーになるのが嫌でマチュアーハの帽子をかぶって、「ほら! もう夏だよ!」なんて息子にいっている。
まだ2月なのに。
でも昔っから2月も半ばを過ぎると綿の入った通称『相撲コート』の下はいきおい半袖のアロハだったりして、わたしが2月から夏だ夏だと騒ぐのはいまにはじまったことじゃないか、と思う。それに実際、最近の異常気象ときたら、ついこのあいだまでストーブつけて寒い寒いといってたと思ったらもうクーラーつけて暑い暑いか、と思うほど季節の廻りかたも気温の寒暖差も激しいから、冬が終わった途端もう夏だというのもあながち極端ではないのかも。

外にでると大気はむわん、と暖かい。
最高気温21度の今日ばかりは2月で薄着でもちっとも寒くない。
お昼の買いものに行ったついでに和菓子屋に寄って、桜餅と道明寺と花見饅頭のどれにしようか散々迷って店のおばさんに笑われた。
家に帰ると即座に目がチカチカして鼻の奥がムズムズして思わず、くしゃみ!
さっそく花粉をお見舞いされた。

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2017年2月11日 (土)

押し花、パルマすみれと月食満月 *

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いつだったか深夜のJAZZバーで、わたしが子どもだったころは子どもの小学校の入学祝に百科事典を送るのがブームだった、という話をしたら、そこにいたわたしより一世代上の男性たちから、たしかにそうだった、百科事典なんてのもいまじゃあんまり見かけなくなったけど、懐かしいね、という反応が返ってきた。
でも彼らは一様に、分厚い百科事典を親にねだって一冊買ってもらうのがやっとで、わたしが10巻以上揃った百科事典を本棚にずらっと並べていたというと、そりゃずいぶんお金持ちの家だね、なんていうのだった。
でも、わたしの家はお金持ちでもなんでもなくて、ただ単に母は6人きょうだいのいちばん上の長女で、下はぜんぶ弟で、わたしにとっては叔父であるその弟たちがみんな社会人になってバリバリ働きはじめたころに最初の子ども(祖母にとっては初孫)であるわたしが生まれたから、小学校の入学祝いが豪華だったというだけの話なんである。
そして、それはまったくもってわたしには猫に小判のようなしろものであった。
わたしが熱心に見たのは植物図鑑と動物図鑑と人体図鑑くらいで、あとはほとんど開いてもみなかったんじゃなかろうか。
なかでも一番よく眺めたのは植物図鑑で、巻末にある五十音順の索引を、頭からぜんぶ暗記しようと試みたくらいだった。わたしは母に『鉄砲玉』と呼ばれるとおり、いったん家を出たら一日原っぱで遊んでいるような子どもだったからである。外で自分が目にする植物の名前がぜんぶわかるようになりたかった。
そのころ仲の良かった友達というのも、クラスのみんなから『ハカセ』と呼ばれる植物と生きものにやたらと詳しい、いまでいうところの眼鏡男子だった。
そんなわけで、あの立派な百科事典がその後どういう末路をたどったかはいまとなってはまったく記憶にないけれど、開いても見ない事典の多くは、よく押し花をつくるのに使用された。原っぱでとってきた、子どもの自分としてはめずらしい、きれいな植物を残しておくために。
押し花なんて地味だけど、いまでもなかなかかわいらしい趣味だと思う。

誕生日に娘にもらった花がだめになってきたので、そんな昔を思い出して今日ひさしぶりに押し花をつくることにした。
わたしの愛用品、和紙のレターペーパーで絞りのラナンキュラスを丁寧に挟んで、親友マリコにもらった分厚い『辞林』に挟んでさらにその上に本を積み上げた。
最初はどれくらい置いた後にひろげてみるんだったっけ?
挟んだ紙はその都度とりかえるんだったよね?
きれいにできたら紙に貼って、コラージュでもつくってみようか。
そんなイマジネーションにひたるのが好き。
いつでもひとり遊びは好き。

先週行けなかったから今日、2週間ぶりのプール。
帰りにパンダ目で花屋に寄って、予約していたパルマすみれをうけとった。
明日までコトリ花店ではこの時期恒例の『すみれの花の砂糖ずけ』というイベントをやっています。

本日、月食満月。
ここからわたしはひたすら断捨離です。
物理的にも、精神的にも。

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2017年2月 7日 (火)

誕生日に *

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誕生日の前日の夜に映画『八月の鯨』を観た。
冒頭、セピアカラーの映像の中で愛らしい少女だった娘は、次にカラー映像に変わったときにはすでに老婆になっている。これは映画じゃなければできないことだけれど、とどのつまり、人の人生とはそういうものなんだろうな。
光陰矢の如し。
この映画をわたしが一言で表すとしたら、それは『現実の中に息づく幻想』。
『八月の鯨』がまさにその象徴で、それはあるいは『希望』と言いかえても『夢』と言いかえてもいいかもしれない。

映画を観終わったあと、息子は「いい映画だったね」と言った。
「面白かった」
たしかにとてもいい映画ではあったけれど、わたしは単純に「面白い」とは言えない、と言った。
いろいろ考えさせられた。
身につまされた、と言ってもいい。
ただ人生には最期まで解けない謎があったほうがいい、とは強く思わせられた。
あるいは、解けない魔法。
そして人生をサヴァイヴしていくには楽観性が必要であること。
たとえ人からバカと言われても。

今朝は娘がカレンダーをめくるなり、「今日はいい日だね」と言った。
『海を貸し切る日』。
たしかにいい日だ。
息子は「海を貸し切るにはまだ早すぎる」と言うけれど。
それから息子は「夕飯はいるからね」といって出ていった。
そのあと娘がケーキを買いに行ってくれた。
誕生日のわたしのために。
前から気になっていたムッシュMのシュークリーム。
わたしのだけふたつあって、ひとつはいちごの入ったスペシャルなの。

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花も買ってきてくれた。
娘から花をもらうのは娘が小学生のとき以来だからとてもうれしい。

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それから娘と絵の前で今日の記念写真を撮った。
それからケーキを食べた。
息子からは絵をもらった。
トラネコボンボンさんの、『それぞれの住処』。

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しばらくして宅配人がチャイムを鳴らして、ハンタさんから誕生日のプレゼントが届いた。
モンゴルのフェルト製のあったかいスリッパ。
なんたってこのハチワレのカードが最高!

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今日はいい日だ。
世の中にはまだ若くて美しくて才能もあって素敵なパートナーもいて子供も小さいのに重い病で闘病している人がいる。
わたしは子供のときにパインのひとかけで消化不良になり、タクシーのタイヤが左足親指に載ってあわや死にかけたことはあるけれど、それ以降これまでずっと、大した病気どころか足の捻挫くらいのケガをすることさえなく生きている。
これってたぶん、奇跡的なことだ。
神さまに守られているとしかいいようがない。
こころから感謝する。
この宇宙に地球に自分の生きているこの国に両親に家族に子供に友人にこの世界のすべてに。

夕方、一気に肩が重たくなるメールがきて、外は北風が強くて寒かったけど気を取り直して自転車飛ばして駅まで行って電車に乗った。
思えば去年の今日もすごく風の強い日だった。
一日が終わるころにバアバアの髪でギャラリーにやっとたどり着いて、初めて知樹さんの絵を見た。
あれから一年。なんて早い!
そして、それから一年後の今日も知樹さんの絵を見る。
今日はいい日だ。

(中央線で阿佐ヶ谷に向かう途中の電車の中でロルバーンに一気に走り書きした今日の日記。)

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2017年2月 3日 (金)

節分 ***

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節分。
日本には一年のうちに過去をリセットするタイミングが何度もあって、それはすごくいいことだと思う。何度でもやり直せる。何度でも生まれ変われる。
今日と明日は心機一転の格好のタイミング。
しっかりシフトしたい。

今日は朝から北風が強かったけど、家じゅうの窓を開け放して掃除した。
夜はまた家じゅうの窓を開け放して家族全員で豆まきをする。
もっとも追い払うべきはたぶん、自分の中の鬼。

うちでは恵方の方角を向いて恵方巻きを丸かぶり、なんて
お行儀の悪いことはしないけど、
何はなくてもこれ!

今年も一年、お金に困ることなく暮らせますように。

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2017年2月 2日 (木)

二月の花束

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まだ見ぬ方から、お手紙とお花をいただきました。
白いヒヤシンスとチューリップとアネモネ。
二月の清々しい大気そのものみたいな花束。
今日も虹が飛びかう光いっぱいの朝。
Hさん、ありがとう!!

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2017年2月 1日 (水)

チョコレートな月

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ムラキテルミさんがやってらっしゃるエルシャン・ストアで、『UVウォーター』とか『ノニ石鹸』とか、もはやわたしにとって必需品ともいえるものをときどき買うのだけれど、今日届いた荷物をあけたら、注文した商品と一緒にオマケのチョコレートが入ってました。
京都下鴨『フルーツほそかわ』のオレンジチョコレートですって。
最近、京都に引っ越したテルミさんらしいオマケ。
和歌山産のオレンジを使っているのだそうです。
こういうさりげない心遣いって、ほんとに粋だと思う。
採算重視じゃ、とてもできないこと。
チョコホリックのわたしには何よりのオマケでした。

一年でもっともお日さまの光が少なくて寒い二月だけれど、チョコレートの月だと思うとなんだか元気がでてきます。
今日もとっても気持ちのいい、素晴らしいお天気で、いいスタートになりました。
フルーツほそかわのオレンジチョコ、とってもおいしかった*
いつか京都に行ったら寄ってみたい。

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