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2018年11月 8日 (木)

りんごのお便り **

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先週、りんごの樹のオーナーをやってる友達に、「今年はいつ収穫に行くの? わたし、一度りんご園でりんごがたくさん生ってるとこ見たいんだよね」といったら、「来週行くよ。なんだったら一緒に行く?」といわれて、まじで急きょ会社に休日届け出して行っちゃおうかと思ったけれど、いかんせん急すぎるし、いきなり彼らの間にわたしが飛び入りしていいもんかな、というのもあったから、今年はパスして来年は一緒に行かせてもらうことにした。
それで、長野が11月頭ってことは青森は11月末くらいだから、そろそろ来るころかなあと思っていたら、やっぱり来ました、青森の長谷川りんご園さんから今年もりんごのお便りが。家族、親類総出で一年間、丹精込めて作ったりんご。今年のりんごも蜜がたっぷり入ったおいしいりんごだそうです。完熟で収穫して、採れたてを届けてくれます。たのしみ 
で、一年ほんとに早いです。
これからまた数ヶ月、アオムシのように毎日りんごばかり食べて暮らす冬がくるんだと思うと・・・・・・
そう思っていたら新月の今日、別のところからりんごのお便りが届きました。
そう、りんごの木のオーナーをやってる友達夫婦から。
収穫したての大きくて真っ赤なりんごとともに。
彼らのりんごの品種は、陽光。
ほんとに大きくて真っ赤でピカピカのきれいなりんごです。
姫りんごみたいな、おっきなサクランボみたいなかわいいミニりんごも入ってて。
「今年は初の雨の中の収穫となって大変だったけど、終わってみれば楽しかったなあーっていう感じでした!」というメッセージ付き。
しかも、いつもの年より大量に採れたそうです。
もう、そう聞いただけで自分も行きたくなってしまいます。
夢はユーリさんの白樺かごいっぱいにりんごを収穫して、りんごの樹の下で写真撮って来ることかな。で、りんごの樹の下で、っていえばすぐ思い浮かぶのはマイケル・フランクスの『Underneath The Apple Tree』ってかわいい曲で、ママライオンとぼく、つまりいってみればこれはアダムとイブの歌で、マイケル・フランクスののんびりした歌いっぷりの割にはけっこう色っぽい歌なんだよね。タイガー・イン・ザ・レインってアルバムに入ってる。
それを口笛で吹きながらさっそく剝いたりんご!
あたりまえだけど、りんごは採れたてがいちばんです。
ジューシーで香り高いうちにいただきましょう。
立冬過ぎて暖かな11月の午後。
今年もりんごの季節のはじまりです。

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2018年11月 3日 (土)

赤のエネルギー ☆

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赤って間違いなくパワーのある色だと思う。
冬になると赤が着たくなる。
20代の頃はピンクハウスの赤が大好きで、ピンクハウスの真っ赤なコートを着てた。ピンクハウスといってもシンプルなステンカラーのコート。
30代の終わりにはバーバリーの真っ赤なPコートを着た。
そう、バレンタインにあわせて。
赤って人を元気にする色です。
昨日ひさしぶりに会った友達は、最近ツイてないことが多かったからって、今日は最初から赤にしようと決めて来たって、赤い器を買った。
吉川裕子さんのポップでキュートで温かな器。
そのあと入ったカフェの店先で、わたしは思わず真っ赤なラディッシュを買って、「それ、葉っぱも食べれますよ!」といってた店員さんの言葉を思いだして今朝、シンプルなカブのサラダに。

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イブピアッチェもゆっくりひらきはじめた。
ばらの迷宮。
赤いラビリンス。

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2018年11月 1日 (木)

イブ・ピアッチェ一輪

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花屋でいいばらにであうのも、きっとタイミングなんだと思う。
昨日、夕飯の買いものに行くついでにこのあいだの日比谷花壇に行ったら、昨日は一輪で様になるようないいばらがひとつもなかった。それでふたたび電車に乗って、ほかの駅で花屋をふたつ見て、イングリッシュローズみたいな黄色いばらと迷ってこれを買った。
この時期になるときまってでてくる、イブ・ピアッチェ。
このばらを見ると、いつもあのひとのことを思いださずにはいられない。
それがどんな思い出であっても、その花を見るとその人のことを思いだす、思いだしてもらえる、というのはとても素敵なことだと思う。
チェーン店の花屋なんてあんまりおもしろくないと思っていたけど、駅なかのチェーン店の花屋のいいところは、その気軽さと、花を一輪だけ買っても気持ちよく応対してくれて、切り花保持剤を付けてくれるところ、かな。何より最近は、ばらを一輪買うくらいが自分にあってると思うようになった。これからの季節は、一輪の花をじゅうぶんに愛でるのにいい季節です。
そして昨日はこんな素敵なリーフレットをもらった。
白いシャツにかご、かごには色とりどりのばらがいっぱい!
わたしの好きなものばかり。
リーフレットの中には、滋賀県でオリジナルの和ばら(『WABARA』)を作って世界に発信しているRose Farm KEIJI の記事が載っていて、わたしもこんなばら農園で働きたい、でもわたしの歳じゃもう雇ってくれないか、、、(^-^; と思ったり。
青山フラワーマーケットではこれからひと月ばら月間だそうです。
わたしも今月は、ばらからエネルギーをもらおう。
今日、11月のはじまり。

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2018年10月31日 (水)

ハッピー・ハロウィン♪

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今日の朝ごはんは昨日、店の前を通りかかってなんだか思わず買ってしまったマネケンのワッフル。6つ入りの箱の中身は、栗とパンプキンプリンとさつまいもバターの期間限定すハロウィン・スペシャル。
ハロウィンなんていままでぜんぜん興味なかったけど、もとはケルト民族の収穫祭で、秋田のなまはげ祭りともよく似てることなんかを思うと、民族や文化や宗教の違いはあっても人間のルーツはひとつなんだなあと、ちょっと親近感が湧いたりして。
それでワッフルっていうとすぐに、昔Sと映画を観た帰りに新宿のDUGで食べたワッフルを思いだす。いつもフレンチコーヒー2つにワッフルひとつ頼んで、2人でシェアして食べた。
DUGのワッフルは四角いのが2つつながったような形をしてて、外側がカリっと芳ばしく焼けて、中がふわっとしてる。その上にバターがひとかけのって、ミルクピッチャーに黒蜜がたっぷり入って出てくる。ワッフルにバターをまんべんなく塗って、ピッチャーの黒蜜ぜんぶかけてもまだ足りなくて、お店の人にピッチャーを差しだして「すみません。もうひとつください」というと、いつも嫌な顔せずに、すぐに持って来てくれた。いつ行ってもいまどの時代にいるんだか時間がわからなくなるようなJAZZが流れてて、煙草と珈琲と輸入盤レコードの匂いが混ざりあったちょっと煙たいような薄暗いDUGの2階で、バターとシロップがたっぷりかかった焼き立てワッフルを食べながらいま観たばかりの映画について話す時間。
あれって、ほんとにしあわせだったなあ・・・・・・!
10月の終わりは晴れて暖かくなった。
この時期、カシミアの半袖Tシャツ1枚でいられるってなんてありがたいんだろう。

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2018年10月29日 (月)

セージグリーンの室外機カバー

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忌明けの今朝は気持ちよく晴れて暖かくなった。
それで朝から室外機カバーを組み立てた。
1週間くらい前、箱が届いたら思ったより大きくて重たかったから、これはひとりで組み立てるのはけっこう大変かもと思ったけど、娘が手伝ってくれてあっという間に終わった。すごく助かった。持つべきものは子供!
娘もわたしも、作業をするときは最初に取説を読んでからはじめるタイプです。
このアルミの室外機カバー、ガーデン用品では見たこともないきれいなセージグリーンをしてると思ったら、あの素敵なガーディナー、吉谷桂子さん監修だそうです。ここは風のつよい4階で、台風ともなるとその脅威たるや凄まじいから、この夏買ったばかりのあたらしいエアコンをちょっとでも風雨から守りたいのと、室外機の上に植木鉢を乗せたくて買ったのだけど、おかげでベランダが片づいていい感じになりました。
この夏の異常な猛暑と、次々やってきた大型台風のせいでばらが何鉢も枯れてしまい、すっかりさみしくなってしまったベランダ。
わたしはどうもこの『さみしい』ってのが苦手みたい。
来年の春から夏に向けて、懲りずにまたこのベランダを花と緑でいっぱいのジャングル状態にしようと思います。

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2018年10月28日 (日)

四十九日

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母はわたしが玉の輿に乗るとでも思ったんだろうか。
わたしが10代の頃そんなことをいった占い師がいたから。
彼がいったことはわたしを傷つけただけで、何ひとつ当たらなかったのに。
母はわたしが成人式を迎えるあたりから嫁入り道具としてわたしの着物を作りはじめた。高校から帰ると、すでにわたしも顔なじみになっていた呉服屋の男の人が、居間で反物を広げて母と話している場面にでくわすことがよくあって、子供ながらにわたしは、呉服屋とつきあうってこういうことか、と思った。呉服屋は、たとえ帯締め一本でも客との縁が切れないようにすると聞いたことがある。あたりまえだけれど着物は、着物だけあればいいってわけじゃない。実に細々といろいろなものが必要だから、延々、縁が切れないというわけだ。でもそれはシャビイな部屋に住んで、わたしが小さかった頃から「うちは貧乏なんですからね!」が口癖だった母にはいささか不釣り合いな気がして、いま思ってもいったいどこにそんなお金があったんだろうと思う。
母は安物買いじゃないし、目利きで基本、贅沢な感覚をしているから、呉服屋も変なものは持ってこなかった。わたしの成人式の着物は朱赤の総絞り。それに附下に訪問着に、なんと喪服まで作った。わたしが母の作ってくれた着物を着たのは成人式のときと息子の七五三のとき、たった数回だから、なんてもったいないことをしたんだろう、と思う。
母の死後、その着物が誰も着ないまま、誰にも手入れされることなく和箪笥の中で変色したり、シミができてしまったと妹から聞いたときは、心底がっかりして母に申し訳ないことをしたと思った。でも、そう思ったところでどうなるわけでもないし、時が経つうちに、母の気持ちはその着物を娘のために用意していた楽しい時間にすべて昇華されたのだと思うから、もうそれはそれでいい、と思えるようになった。
そして18年経ったいまは逆に、母は将来どうなるかわからない娘への幻想にお金を遣うよりも、そのときまだ若かった自分にお金を遣うべきだったとつくづく思う。それが親心だということも十分わかるし、人は誰でも自分の大事な人に大なり小なり幻想があって、それが自分の中にもあるということがわかっていて、なお。

父の四十九日の前々日に、妹から「母が作った喪服の着物をわたしが着てもいいですか」とメールがきたので、わたしはもちろん、いいよといった。わたしはもう着物は着ないから、今回に限らず自分のにしていいよ、と。妹はまだちゃんとひろげて見てないから着られるかどうかわからない、ということだったけど、今朝行きの電車の中でばったり会ったら喪服を着て黒いバッグをさげていた。わたしと妹は背丈がけっこう違うから、自分にはかなり大きくて着るのにちょっと苦労した、という。それでもきれいに着ていて、髪こそひとつに結んだだけだったけど、着付けを習ったといってもわずか数回行っただけというのに、器用なもんだな、と思った。そう思ったら、母は自分では滅多に自分の娘を褒めることはなかったけれど、わたしたちが誰かから褒められると、いつも冗談交じりに「そりゃあ、わたしの娘ですから」と言ってたことを思いだした。自分の嫁ぎ先の家紋より自分の家の下がり藤の家紋が好きで、わたしの着物にも入れたという、母こだわりの喪服は見るからにいい着物で、今日着る時を得てきっと母も喜んでいるんじゃないかと思う。

1週間7日。それが7回過ぎて、今日、四十九日。
四十九日で死者の魂はあの世に旅立つといわれているけれど、別の宇宙観で生きているわたしにはなんだかピンとこない。ただ、ここまであっという間だったかというと全然そんなことはなくて、むしろ長いくらいだった。いつも頭の中は思考でぎゅうぎゅうなのに、わたし自身は空っぽみたいな。妙な感覚がずっとあった。それで、疲れていた。どうやってもとれない疲れ。それは今年がすごくヘヴィな年だったから、というのもあるけれど、もっというと人生の疲れ、この歳になるまで堆積した疲れが一気にやってきたような感じかもしれない。
でもとにかく今日、またひとつ終わった。
今日は法要の時間に遅れてくる人があったり、お坊さんがお経をあげている最中に携帯を鳴らす人がいたり、部屋から出て行く人があったりとまぁ、いろいろあったけど、いずれ忘れてしまうようなつまらないことはいますぐにでも忘れてしまおう。
今日、お経をあげてくれた真言宗のお坊さんはとても透明感のある、きれいなお顔立ちをしたお坊様だった。彼の澄んだ目には慈愛とともにこの俗世に対する諦観と、微かなシニックな視線があった。
部屋での法要が終わって墓地に行って納骨の際、墓守にひとりずつ確認してください、といわれてお墓の前を通り過ぎながら墓の中を覗くと、父と母の白い骨壺が記名されたほうをこちらに向けてふたつ並べられていて、このあいだ父の骨壺を持ったとき、あまりに大きくて重かったから母のときより大きいんじゃないかと思ったのだけれど、ふたつはまったくおなじ大きさだった。つまり18年前、喪主だった父はあの小柄な身体で母の大きくて重たい骨壺を抱えていたのだった。
父方の菩提寺は由緒ある古い寺で、墓地もとても古いぶん墓石もみんな古くて、暗くてじめじめしていて子供ながらにいかにもお化けがでそうで嫌だったけれど、ここはまだあたらしい墓地で、まわりの墓石もあたらしいものばかりでピカピカしていて、そのぶん何の情趣もなく、無機質でよかった。お天気がよくて暖かかったせいで日よけのために立てられたパラソルがなんだかピクニックみたいで、ここでもお経の途中に叔父と叔母がお喋りしていて気になったけれど、もうそんなこと父は気にしてもいまい。

今日、記念すべくは法要の食事会の後に、墓地から近いからと誘ったら、わたしの結婚以来はじめて80と67の叔父ふたりがわたしの住んでいる部屋に来たことだろうか。
わたしはお腹いっぱいでただ珈琲が飲みたかっただけなのだけれど、まだ飲み足りないという叔父ひとりと帰りにスーパーマーケットに寄って、お酒やら酒のつまみやらフルーツやら買って帰り、家族3人+妹+叔父ふたりでワイワイやって楽しかった。楽しかったけど母方の兄弟である叔父たちは頭がよいぶん、鋭くって歯に衣着せない人たちだから会話の内容はヘヴィでもあった。楽しくてヘヴィな時間。うちではこんなの親子でしょっちゅうだけれど、叔父たちの家ではもう家族でこんな核心に迫るような会話はしないのかもしれない。
そして、いくら血のつながった親族であってもそこには敷居も壁も無数にあって、どれだけ『プライドより愛』と思っても超えられないものは超えられないらしい。人間とはどこまで面倒なものだろう。
でも父はもうとうにボディを置いて、そんな面倒な現世から離れてしまった。
儚い笑顔だけを空中に残して。
父がその戒名にあるように自由に空を飛んで、FANTできたらいいなと思う。
写真は今朝6時の空。

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2018年10月23日 (火)

柿と蕪のサラダ

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またこの季節がやってきた。
朝の食卓に柿のオレンジ色がやさしい、柿と蕪のサラダ。
皮をむいて薄切りにして塩で揉んだ蕪と、薄切りにした柿をドレッシングであえただけのシンプル・サラダ。
わたしが子供だった頃はおっきな種の入ったまるっこい柿がふつうだったけど、いまは四角くて平たくてお座布団みたいなかたちをした種無しの柿が主流みたい。
それで子供の頃から大人になるまでそれほど柿が好きだったわけじゃないけど、最近たべるようになった。外で食べる玄米菜食ランチなんかでも、ちょこっと季節の果物がついてるとうれしい。
外はまたしてもいまにも雨が降りそうな曇天。
今年の秋はさっぱりお天気がつづかない。

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2018年10月17日 (水)

朝陽が射してきた

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朝陽が射してきた。
今日こそ気持ちよく晴れるかな。
茎と葉の裏がホワイトシルバーでうつくしいのは、サルビア・ディスコロール。
シックな黒い花は咲かないけどにょきにょき伸びた。

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2018年10月14日 (日)

オリーブの木

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朝は雨が降ってて今日もずっと曇っていたけど、午後遅く、ようやく晴れ間が見えてきた。いつも思うけど光の射しかたひとつで世界はまるっきりちがって見える。それはきっと人のこころもおなじなんだろう。
陽射しを浴びてきらきら光るオリーブの葉っぱ。
昨日、高松からやってきた。
高松っていうと、高松出身の親友が「高松はニッポンの地中海だ!」って言った言葉をいつも思いだす。
届くまで知らなかったけど、箱をあけたら憧れの創樹さんのオリーブだった。
幹がどっしり太くて、きれいな樹形をしているのは、剪定のお手本のようなもの。
今年の春だったか思わず、というか、うっかり、というか、ドイトでみつけて買ってきてしまったエル・グレコも、いつかこんな形にできるだろうか。
オリーブは違う品種で2本以上ないと実がならないという。
調べたらこのネバディロ・ブランコと相性のいいのはシプレッシーノだって。
ギリシャ産の希少品種だという、エル・グレコはまだ未知数の木。
でもいつか、わたしのオリーブに実がなることを夢見ている。

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2018年10月 6日 (土)

2ヶ月ぶりのプール

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8月はドクターストップでスイミングスクールを休会した。
9月からは泳げるだろうと思っていたらまたしてもドクターストップをかけられて休会を延長せざるを得なかった。それでいいかげん頭にきて、10月は誰になんといわれようとプールに行く! と決めていたのに、散々だった9月に右肩の痛みがまたぶり返してきて、もうひと月休会しようかどうしようか考えてるうちに延長できる時期を過ぎてしまって、けっきょく今日を迎えた。
今日、2ヶ月ぶりのプール。
今日も水着を着るのが大変だった。
水に入ったら身体が重たくてまいった。
クロールを泳いだら右腕が痛くてちゃんと回せなかった。
わたしは左ブレスなのに、右手をまっすぐ伸ばしてられないから呼吸ができなくて、ブレスのたびに立つというていたらく。みっともないったらありゃしないけど、整体の先生からは無理して回さないように言われてるのだ。それにあれだけ酷い腱鞘炎をやった後では無理して回す気になんて全然ならず。リハビリと思って、できる範囲でちんたら泳いだ。しばらく泳いでないせいで体幹もブレブレ。そういうわたしに遠くから手を振る人がいる。ゴーグルずらして見たらあやこさんだった。「〇〇さぁーん、がんばってねー!」って、もう名前を呼びなさんなってカッコ悪いから。
アフタープールのジャグジーでは1番前を泳ぐYさんから「それでどうよ、肩治ったの?」と訊かれて、「治んない。五十肩ってほんとにしつこい。それに泳いでないあいだにお腹に脂肪がついて身体が動かしずらかった」といえば、「脂肪? 俺にはまた痩せたみたいに見えるけど?」といわれる。そりゃそうだろう。2ヶ月も泳いでなきゃ筋肉だって落ちるし、そのぶん痩せたようにも見えるかもね。でもお腹には脂肪がついたんだって。もう最悪!
水泳をはじめたばかりの頃のように疲れて帰る帰り道、でもだからやっぱり泳いでないとダメなんだ、と思う。泳力とか、泳ぐ技術がどうでも、身体を動かしてさえいれば動かしてるなりの身体にはなる。もう何度も書いてるけれど、スポーツを何もしないで歳をとるなんて、いまとなっては考えられない。
で、まだまだあきらめない、って思うわけです。

風のつよい午後。
大きな樹の下にいると海にいるような気がする。
あの光のベンチで、わたしの息子はまだやっと立てるようになったばかりの赤ちゃんで、わたしはとても若かった。
Never die when love has gone.

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