no music,no life!

2017年1月26日 (木)

ジョビン、ヴィニシウスを歌う

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午前中、カッターマットの上で延々切り張り・・・ という、単純だけど意外と集中力のいる仕事をやらなきゃいけなくて、しばらく黙々とやってたけれどだんだん疲れて飽きてきて、そうだ、昨日聴けなかったCDを聴こう、とかけたら、スピーカーから音が流れてきた瞬間、こころが震えた。
ジョビンの弾くピアノの音色の美しさに。
『天上の声』といわれるパウラ・モレレンバウンのこころが洗われるような声に。
曲の間にはさまれる、まるで詩の朗読をしているようなMCのジョビンのポルトガル語の深い響き。どこにも力んだところのない、からだの中から自然に、自在に生まれてくるスキャット。

なんて・・・・・・。
なんてすばらしいアルバムなんだろう!
と、そう思うそばから、わたしはこれを聴かせたい人の顔が次から次へと頭に浮かんでいっぱいになる。(そのあいだもちゃんと手は動いているのだけれど。)
つまり。いつまでたってもわたしはお節介焼きなのよ。
そしてその気持ちをストレートに汲んでくれる人は滅多にいないのね。
残念ながら。
わたしのハートはいつでも愛でいっぱいなんだけど。
でも今日はこれが聴けたからもういいや!

と、そんなつまらないわたしのつぶやきはともかくとして、いまこのアルバムが気になった人のために、めずらしく国内盤のこのCDに付いていた帯の言葉を書いておこう。以下、CDに付いていた帯から転載。

ボサノヴァ代表曲のほとんどを生み出したアントニオ・カルロス・ジョビン。
パフォーマーとしては『WAVE』などCTI期の作品が有名だが、ファンの間で最も愛されてきた晩年の人気作が待望の再発。本作はかつてのパートナーであり、『イパネマの娘』『フェリシダージ』などの名曲をともに作り上げた詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの作品集で、没後10年目の1990年に行われたメモリアル・コンサートの貴重な録音。ヴィニシウスが作曲を手がけた楽曲も多く、詩の素晴らしさはもちろん、これまであまり語られてこなかったメロディメイカーとしてのその魅力を浮き彫りにした重要作。バックの布陣も、カエターノ・ヴェローゾの音楽監督や、坂本龍一とのユニットMorelenbaum2/Sakamotoで知られるジャスキス・モレレンバウンをはじめ、陰影に富む最高の演奏。フェイバリットに挙げるアーティストも多い文句なしのマスターピースだ。

ちなみに、昨日聴いてたCDがジョビン54歳のときの録音で、これが63歳のときのなんだけど、こっちのアルバムのほうがよく声が出てる。
つまり昨日のは単純に体調でも悪かったか、前日に酒でも飲み過ぎて身体(声帯)が浮腫んでた、とかね。そんなことなのかもしれない。
まあ、とにかく文句なし、買って間違いなしのアルバムです!

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2017年1月25日 (水)

ジョビンの誕生日 *

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今日はアントニオ・カルロス・ジョビンの誕生日だから、ジョビンのCDを聴いている。
わたしとおなじ水瓶座のジョビン。
生きていれば今日で90歳だった。
亡くなったのは意外と早い、わたしの母とおなじ67歳。
でも、そのくらいでちょうどいいかもしれない。

いま聴いているのは抽象画のジャケットの、1981年にミナス・ジェライスで録音されたライブCD『Antonio Carlos Jobim live at Minas』。
つまり、いまから36年前、ジョビン54歳のときの録音。
でももうあんまり声が出てなくて、その歌声はためいきをつきながらやっとこさ走る、ふるい車のよう。
ジョアン・ジルベルトが80過ぎても完璧なリズムでギターかき鳴らして朗々といつまでもどこまでも歌いつづけたことを思うと、やっぱりこのひとは歌い手というよりは作曲者、編曲者、ピアニストなんだな、と思う。
でも、そのかすれた声で歌う、歌の味わい深さ。
人生の年輪を感じさせる色っぽさ。
ダンディーなんて言葉は現代ではもう死語なのかもしれないけれど、ダンディーとしかいいようがない、その声。
ボサノヴァはジョビンの弾く、このどこか物憂いピアノと、対照的に無邪気にささやくようにつぶやくように歌うジョアンの歌から生まれた。

NO MUSIC, NO LIFEを謳いながら、家で音楽を聴くのはひさしぶり。
ずっとNO MUSICでいたなんて。
わたしの相棒、いまやボスの形見でもあるBOSEくんが、1日にたった1枚しかCDをかけてくれなくて、それもなかなかかからないものだから、すっかり音無しの生活に慣れちまった。わたしの肩関節がこんなに痛むようになったのも、もしかしたら音楽なし終日コンピュータ生活のせいなのかもね。

ほんとは左上のCDを聴きたかったんだけど、残念ながらさっきはみつからなかった。なんたってCDアンプが1枚しかCDをかけてくれないものだから・・・・・・
ごちゃごちゃになったCDラックも早く片づけなきゃ。

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2017年1月20日 (金)

黄色い鳥の二人

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雪が降りそうな寒い日、黄色い鳥器店に知樹さんの個展を見に行ってきた。
去年から楽しみにしていた個展だから、もう家を出る前からわくわく。
こんなにわくわくするのって、知樹さんの個展がいちばんじゃないかな。

DMの地図を見ながら行ったそこは、ずいぶん前に友達に連れられて入ったときの印象とはなんだか全然ちがってた。立地も、店の感じも。まるで場所が変わったみたいに。と思ったら、やっぱり前の場所から移転したみたいです。
前は路面店だったと思うけど、いまは建物の2階。
鉄の外階段を上がってガラスドアをあけると、左手にキッチンのある明るい空間がひろがって、それだけでほっとする。店の雰囲気は素朴さとスタイリッシュが入り混じった感じで清潔感がある。通り沿いが全面ガラス張りのせいで光がいっぱい!
はじめて行く店で緊張しないでリラックスできるっのて、素敵なことです。

たくさんの陶器や伝統工芸のうつくしいかごや民芸品などに囲まれて、2階は知樹さんのカラフルな鳥のオブジェと、三彩さんコラボの器の展示。
この二人がつくるお皿はほんとにたのしい。
三彩さんがつくる端正で正統派の器の上に、ありったけ自由に描かれた知樹さんの絵。
カラフルなのありシブイのあり、使えるお皿を選ぶもよし、飾るお皿を選ぶもよし。
うーん・・・、と思いながら眺めていると、店主らしき方から「3階で絵の展示をしています」といわれる。

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また鉄の階段をのぼってゆくと、部屋の中から何やら知樹さんが絵について誰かに熱く語っている声が聞こえてくる。ジャマしちゃ悪いので、わたしはしばしこれを撮っている。

そして一歩踏み入れた部屋はそれほど広くない空間。
そこに17点くらいの新作絵画が飾られていて。
パッと目に飛び込んできたのはすごくきれいな黄色の花の絵。
細いペンで描かれた繊細な花のかたち。
今回の絵は前回のとも前々回のともまったくちがう。
たぶん毎回ちがうんだと思う。
知樹さんと目が合ったので、「前回とくらべると『線から面へ』って感じだね」といったら、「いきなり謎かけですか?」といわれちまった。
いえいえ、言葉通りです。一見しての感想です。

毎回、知樹さんの個展に行くたびに、絵描きの頭の中ってどうなってるのかな? 
と思う。
自分でも何が出てくるかわからないんだって。
出てくるままに描いてると。
そこに意図や計算はないのかな、と思う。
もちろん、あるときはあるし、ないときはまったくないんでしょうね。
よく、ひとつの絵がすごくうまくいくと、延々バージョン違いでおなじような絵を何枚も(きっと自分の気の済むまで)描きつづける画家もいるけど、知樹さんはそういうのともちがうみたいです。
話してたらそこに三彩さんがやってきて、お店の方が熱いお茶を持って来てくださって、「みかん食べよう、みかん食べよう」という知樹さんと3人でテーブルに座ってした雑談もたのしかった。
それから、どれにしようか迷っているお皿を三彩さんにお見立てしてもらって。

(知樹くんに合わせて)自分の持っている服の中で一番豹柄っぽいのを着てきた! という、お茶目な三彩さん。
思わず記念写真撮らせてもらいましたよ。
黄色い鳥の豹柄の二人。
めっちゃ、いいお顔で撮れました。
いつ会ってもおんなじように気楽に話せて、わたしが自分のままでいられる人たち。
それってとても貴重なこと。
貴重な人たち。

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「ここで写真を撮ってもいいですか?」と訊くと、いつも「撮って撮って!」という知樹さんなのだけれど、三彩さんとのお喋りがたのしくてぜんぜん撮れなかった。
唯一今日のいちまい。

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オーナーの高橋千恵さんのディスプレイのセンスが随所に光ってました。
3枚選んだうちからどれにするか悩んだ末(なぜか二人に向かって『このお皿のいいところ』をそれぞれプレゼンさせられ)、やっとこさ1枚選んで買ってきました。

とくになんにも考えてなかったのに、ふと気づいたらまたしてもうちの家族みたいな三羽の鳥の皿!
黄色い鳥器店で買った黄色い鳥の皿。
お皿を買ってもうちにはもうしまうところもないので、イギリスからわざわざ輸入しているという、絵皿立ても買ってきた。
ふだんは玄関に飾っておいて、使うときだけ取ってきて使う!
これ、すごくいいアイディアだと思う!

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いつもの知樹さんの手描きの絵がついた手提げ袋の中から、好きなのを選んで。

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いやあ~、ひさしぶりにたのしかったなあー

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2016年12月30日 (金)

はじめてセッションに行ったある夜の。

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暮れにやることぜんぶ投げだして行った、白楽BLUESETTE。
もちろん誰から誘われても行くってわけじゃない、誘ってくれたのが翠さんで、大好きな直さんがセッションリーダーを務めるセッションだったからなんだけど。

ジャムセッションなんて初めて行きました。
そりゃそうだ。わたしはミュージシャンじゃないもの。
店に入っていくなり、ステージにいた直さんに「なんで~?!」といわれました。
そりゃそうだよね。
ベテラン・ヴォーカリストと、ミュージシャンでもなんでもないわたしが一緒に行ったら、そう言われてもしかたがない。
案内されるまま席に着くと、すぐにチャージとドリンクの会計をしに女性がやってきて、名前(ニックネーム)を書くボードを渡され、わたしも書けといわれたけれど書きません。名前を書いちゃったら何かやらなきゃならなくなるから。
あとで見ていたらボードを持って来たその女性もジャムセッションに参加するミュージシャンでした。

みんながセッションしているところを見ながら、前に息子が言ってたことを思いだした。息子もいっときセッションに行ったりしていたから。
ごくごく数えるほどのことだったけど。

今日よかったのは、初めて直さんと翠さんが一緒に演奏するところを見られた(聴けた)ことかな。My Favorite Things。
バックはどうあれ、翠さんの歌は圧倒的だった。
自然に身体がどんどん前に出てきて・・・・・・
今日、残念に思ったのは、いまプレイしてない人たちがスマートフォンの画面ばかり見ていて人の出す音をまるで聴いてなかったこと。おつきあいでピンポイントでだけ拍手して。
いったいお金を払って何をしにきたの、と思った。
でも、人の音を聴いてなかったのはステージの外にいる人だけじゃなかったかもしれない。

それからもうひとつは、そこに集まった人たちがオープンマインドじゃなかったこと。
音楽ってオープンじゃないとできないと思うのに、すごく閉じてる人たちだと思った。
もっとも、それは見たことのない新参者がいたからかもしれないけれど。
(でも本番のステージではいつだって知らない人ばかりだよ?!)

いつでも人に教えることって、人と理解しあうことって、とても時間のかかる、面倒なことだと思います。
おなじことをいっても相手の理解、受けとり方が常におなじとは限らない。
そこにうんざりすることなく、細かく修正をかけていく。
わかるまでいろんなアプローチをする。
相手を尊重しながら、愛情を持って。
だから、そういう面倒なことをやりつづけられる人というのは、とても我慢強い、愛情の深い人だと思います。
竹内直さんはそういう人だと思います。
そしてわたしも少なくとも子供の親という部分でだったら、そういう人だと思います。

わたしはふだん仕事で人に教えている人をサポートする人間として、彼の言葉が間違って人に伝わらないようにほんとうに細心して、時間をかけて丁寧に仕事をしてきたつもりなのだけれど、それでも激しく誤解する人がいるんだな、っていうのを今日知って、とてもショックだった。
そういう意味では仕事でもなんでもなく、人にわかってもらうための言葉ではない詩っていうものは、わたしにとってはとてもいいものです。
それは絵描きが「絵に付けたタイトルには何の意味もないです」っていうのと、ちょっと似てるかもしれない。器楽奏者のフリーのソロにも似てるかも。
よけいな説明なんかいらない。説明なんかしたくもない。
大体において、意味がわかるから絵や音楽や詩を好きになるわけじゃないものね。

諸々いろいろ考えさせられた夜。
ひどくうちひしがれて帰った夜。

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2016年11月 9日 (水)

昨日の馬場さん。

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昨日は出がけまでバタバタしていて、6時過ぎにあわてて家を出て電車に乗ったら東横線で急病人が出て、ちょっとのあいだ電車が止まってしまう騒ぎがあって、焦ったけどなんとかスタート時間ぎりぎりに間に合った。
ここ東京の西から横浜までの夜の行き帰りはちょっとでもぼんやりしたりアクシデントが起きたりすると間に合わなかったり帰れなくなったりするから、けっこうスリリングです。これからどうしたって酔っ払いが増える年末は気持ち早めにバーを出たほうが無難かもしれない。

というわけで昨日の上町63
月1の清水翠×馬場孝喜のデュオ。
写真はファーストステージが終わって休憩中も練習に勤しむ馬場さんの姿。

毎回ギタリストの創意に満ちたアプローチ、チャレンジってすごいです。
聴いてて思わず笑っちゃう。
そこまでやるか、って。
みんな、にこにこして聴いてる。
なんというか、大人の世界。
それで、馬場さんが変化に富んだこと複雑なことやればやるほど、けしてヴォーカリストは歌いやすいわけではないと思うんだけど、そこはベテラン、翠さんも面白がって笑いながら、いかようにも歌いこなしちゃう。これまたすごい。
だからふたりのデュオでもう何度聴いたかわからない曲でも退屈しないで聴いていられる。
わたしが移ろう季節を実感するのは大気や樹木や空の色なんかのほかに音の聴こえかたもそのひとつで、昨日はいまの季節にぴったりな選曲ばかりだったのだけれど、とちゅう曲名がわからない曲もあってメモするのを断念してしまった。
でも昨日の馬場さんのギターで1番よかったのは『Mercy Street』。
あの曲のミステリアスで重層的な世界を一本のギターから出てきてるとは思えない複雑な音で表現してた。それで初めて聴いたときは全然よくないと思った翠さんの『All or Nothing at All』は余分なものがそぎ落とされてウソみたいにクールでかっこよくなった。
そしてもう何十回となく歌って翠さんにぴたっとハマって血となり肉となった曲はもう誰にも真似できない世界を体現してる。
聴いてていつも思うのだけれど翠さんのファルセットヴォイスの美しさはたぶん、日本のヴォーカリストの中ではピカイチで、前にも書いたけど例えば『Kiss of Life』なんかもう原曲を超えたなって思う。
シャーデーの声は温もりのあるアーシーでセクシーな声なんだけど、翠ちゃんの声は鳥の羽根のようにエアリーな声で、シャンパンの泡のように、青空の高いところ、高いところへと上ってく感じ。
その生きる歓びにあふれた幸福感において、もう超えたなって思うのです。

そしてこれまでずっと翠さんの歌を聴いてきたわたしとしてはいまの馬場さんとのデュオがベストマッチングで、こんなに毎月楽しそうに歌う翠さんを見るのは初めてなんだよね。
だから、このブッキングを考えてくれた上町63のマスターと馬場さんには、実は内心ふかーく感謝しているのです。
こんなこと言葉にだしていったことはないけれど。
(そんなことわたしにいわれても困るだろーけど。)

ただひとつ。
問題があって、本人はすっかり解消した気になってるけど、このあいだも傘持たずに行って上町出たら雨だったし、昨日なんかめちゃめちゃ冷たい雨が降ってた。
もう翠ちゃんの雨女ーーーーー!

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2016年11月 4日 (金)

昨日の直さん。

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上町63は、演奏中の写真撮影は基本NGです。
このあいだの横浜ジャズプロムナードのときは撮らせてもらっちゃったけど、ふだんはたいていダメ。
最近はそういうところが多くなった気がします。
新宿ピットインは前は写真撮影OKだったのに、いまはしっかりダメと書かれたフライヤーが壁に貼ってある。それというのもいまはスマートフォンで写真どころか演奏内容まで簡単に盗み録りできちゃう時代だし、iPhoneはカメラみたいにマナーモードにできないから動作のたびにいちいち光るし音は出るわで、それをよしとしてたら演奏にさしさわりがあるからだと思う。
というわけで、これは演奏前、いつになく厳しい顔で譜面をチェックする直さんです。

昨日はわたしがまだ一度も聴いたことのないブッキング、なんと直さんと馬場さんだったので、もうこれは行かないわけにはいかない! と行って来ました。
そして直さんと馬場さんにとってもベースの小牧良平さんとは昨日が初めてだったそうで、いろんな意味でスリリングで緊張感のあるステージ。わたしは翠ちゃんと演ってる以外の馬場さんの音を聴くのは初めてだったし、選曲もこれまで聴いたことのない曲ばかりだったから、いろいろ発見があって面白かった。

そんな昨日のセットリストを思いだせる限りのところで。

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ts.竹内直 gt.馬場孝喜 b.小牧良平

1st

1.Bud Powell / チック・コリア

2.Palha'o / エグベルト・ジスモンチ
  (MCで『パレヤソー』と聞こえたのでこれかなと思ったけど違うかも。)

3.M.E. / ビリー・グリーン
  (エルヴィン・ジョーンズの『ヘヴィ・サウンズ』に収録されている曲。)

4.Melancholia / デューク・エリントン

5.Chckin dog / ジョン・スコフィールド

2nd

1.Marionette / ラーシャ・ヤーソン

2.ミシェル・ペトルチアーニの曲(曲名聞き取れず。)

3.Send on your love / スティーヴィー・ワンダー
  (・・・と聞こえたんだけどちょっとあやしいな。)

4.Deep River / ゴスペル

5.Dream Dancing / コール・ポーター

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個人的には『チキンドッグ』が一番よかった。
馬場さんのギターと直さんのサックスの絶妙な掛け合いが。
そしてわたしは直さんがスティーヴィー・ワンダーの曲をやるのがすごく好きです。
ラストの『ドリーム・ダンシング』はいつもサムタイムで竹内直カルテットで聴いてる曲で、あの出だしのなんともいえないニュアンスとか、すごく懐かしい、というか、ああ、サムタイムにもしばらく行けてないけどまた行きたいな、と思った。
これからの冬のあいだは深夜の行き帰りは寒いけど、好きな音楽のためならそんなこともいってられない。
そして帰りの電車の中で、制限を受けることで鍛えられる筋肉と、限りなく解放されることで磨かれてゆく感覚とがあるんじゃないかな、なんてことを考えつづけた。
バーでの直さんとの会話から。

じっつにまとまりのない文章だけど、好きな女の子とうまく口がきけない男の子みたいに、好きなミュージシャンの音楽を聴いたあとそんなに饒舌にぺらぺら喋れないよ、ってな話でした。

昨日の馬車道!

16basuamichi150

『馬車道150』って何かな、と調べたら、慶応3年(1867年)に60フィートの計画道路に整備されて『馬車道』と呼ばれるようになってから、来年で150年を迎える、ということだそうです。
わたしは文字通り馬車に乗ってこの道を走ってみたい。
プルーストの小説のワンシーンみたいに。

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2016年10月18日 (火)

I Will Say Goodbye **

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10月、といってわたしがすぐに思いだすのは、『秋のひかりにきらめきながら/指のすきまを逃げてくさざ波』ではじまり『グレイの影と私だけの十月』と歌うユーミンの『さざ波』で、ほんとに自然と口をついて出てくる。それでいまは、そういう季節と時間と感情とがぴったり合わさるいい歌がなくなったんだよ。
しみじみそう思う。
それでもう、10月も半分を過ぎたいまの気分にぴったりくるのは、『I Will Say Goodbye』かな。

どこまでもうつくしい。
ビル・エヴァンスはまるで呼吸するようにピアノを弾いていて、その指先からはまるで波のように、際限なくメロディーが生まれては押し寄せてくる・・・・・・

わたしがこのレコードを買ったのは22、3のころ。
高田馬場の駅前にあったレコードショップで。
ビル・エヴァンスのアルバムにかけられた帯にはどれも『究極のリリシズム!』『美の極致!』なんて言葉が躍ってて、そんなアルバムをレジに持って行くのがすこし気恥ずかしかった。
当時はもうサンスイ・4チャンネル・サラウンドシステムじゃなくて、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買った自分のオーディオで、BOSEのスピーカーから流れる音を聴いたたんだったかな。もう忘れちゃった。
たぶん、数あるビル・エヴァンスのレコードの中からほとんどジャケ買いでこれを買ったんだと思うけど、聴いたらどれをとってもいい曲ばかりの名盤で、昔からこれに入ってる『Seascape』が好きだった。
静かな諦観に満ち溢れてはいるけど、午後の海のような煌めきもあって。
そう、これを聴いているといつも海に行きたいなって思うんだ。
それからこれまで、いったいどれだけ聴いたことか。
だからこれも血となり肉となっていて、どうかした拍子にふいにメロディーが頭に浮かんでくる。

もうずいぶん昔のこと、モーツァルト狂の叔父は火葬場で、自分の葬式のときにはぜったいモーツァルトのレクイエムをかけてもらうんだと熱く語っていて、それを聞きながらわたしは、死んですぐにそんなものかけられたら心臓ドキドキしてがん箱突き破って生き返っちゃいそうだから、わたしはフォーレのレクイエムのほうがいいな、そっちのほうがずっと心が安らぐ、と思っていたけど、今朝これを聴いていたら、ああ、これでもいいか、と思った。
これくらいさりげなくライトなほうが自分らしくて。

ジャケ買いといいつつ、当時はこれってちょっと取って付けたみたいなチャチな写真だなと思っていたんだけど、あっという間に景色の向こうに消え去る車を見つめるような別れって、もしかしたらある意味すごく理想的かもしれない、といま思う。

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2016年6月21日 (火)

雨の日、ボサノヴァ、ナラ・レオン

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雨の朝。
昨日、上町63から午前様で帰ってきて、お風呂に入って遅い時間に寝て、今朝はほぼいつも通り起きたからさすがに眠くて、息子に朝食を出した後めずらしくCDなんかかけている。聴いているうち自然に身体が動きだして、ボサノヴァのリズムにあわせて机を叩いてたらだんだん目が覚めてきた。
ナラ・レオンの『dez anos depois』。
直訳だと『それから10年後』となるのか、放題では『美しきボサノヴァのミューズ』なんてベタなタイトルが付いているけど、このアルバムを買ったのはもう何年も前の、ちょうど梅雨時のころ。
パリの街角をレインハットにレインコートで雨のなか歌いながら歩いてるみたいなナラ・レオンのかっちょいい写真に惹かれて『雨と休日』さんでジャケ買いしたものの、頭から通して聴くと何かがどうにも気持ち悪くて、何度かけてもだめだった。
どこか、何かがズレてるみたいなキモチ悪さなんだよね。
ところが今朝ひさしぶりに引っ張り出して1曲めを飛ばして聴いたら、なんてことでしょう!
いいんだ、これが。
これってなんなんでしょうね?
1曲めはジョビンの有名な『How Insensitive』(このアルバムでは『INSENSATEZ』)。

何が入ってたか忘れて聴いてたら3曲めに昨夜MANIで聴いてよかった『白と黒のポートレイト』が出てきて、ああ、それで今日はこれだったのか、と思った。
無意識の意識、何気なく無意識にするチョイスって、いつでもどこかでつながってるような気がします。

ちなみに、このアルバムの古い音源をDSDマスタリングしているのはわたしも大好きなオノ・セイゲンさんです。
だから何がどうよくないのかわからない。
ただ、ときどき絵を見てても気持ち悪くなることがあって、それはごくごく個人的な(生理的な)感覚なのではないかと思います。
血というものはどうすることもできないものらしく、うちの息子もまったくおなじ感覚だったのだけど、つまりこのアルバムを頭から通して聴くと気持ち悪くなる、という人は、わたしとかなり似た感覚の人なのではないかと思われます。
(だからなんだ、っちゅー話ですが。)

・・・・・・ というわけで、雨の日に聴くのに最適な1枚。
ワン・ノート・サンバ、白と黒のポートレイト、コルコヴァード、イパネマの娘、想いあふれて、ボニータ、オ・グランヂ・アモール、ポル・トーダ・ミーニャ、ヂサフィナード、サビアー、etc.etc;ブラジル音楽の名曲目白押し、全曲歌詞・訳詩付きで素敵なジャケット、おすすめです!

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2016年6月 5日 (日)

新月・梅雨入り・メビウス・グラスホッパー

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今夜はある意味、記念日的な夜だったと思う。
奇跡的にいくつかの家族が揃って30年来の友達のライブに行った。
今夜の主役であるミサちゃん(西田美佐子)が昔やっていた『PicicoPacico』という女の子2人の音楽ユニットのことはこれまでにも何度か書いたけれど、私のもとに彼らが昔つくった自主制作盤の1枚のCDがあって、いい音楽をいっぱい聴いて鍛えられたいまの自分のお耳をもって聴いても、その輝きは色褪せてない。
それどころか(わたしはいまやTVどころかラジオでさえうるさくて聴けなくなったけど)、いま耳に入ってくる音圧だけがやたらと高くて、まるで機械的にいくつかの決まったパターンのフォーマットに落とし込んでつくったみたいな画一的でつまんないJ-POPなんかにくらべたらずっといいくらいだ。

そのCDには若くてイキのいエネルギーに満ちたユニークでオリジナリティーあふれる魅力的な楽曲が11曲詰まっていて、それぞれの曲の世界観をつくるべく、ひとつづつ異なるサウンドづくりがなされている。いまほどテクノロジーが発達していなかった時代だけに、むしろいい意味でのアナログ的な創意工夫と手作り感がある。
いまほど耳ができあがっていなかったのか当時はふつうに聴いてしまっていたけど、いま聴くとそれぞれの楽器、ピアノ、ドラム、ベース、ギターにくわえてバイオリン、アコーディオン、パーカッション、ハーモニカ、それにVoiceなどが実に無駄なく的確にサウンドづくりに効果を上げていて、こんなにもひとつの楽器のもたらす力って大きいのか、と思ったりする。何よりPicicoPacicoの曲の面白さは歌詞と奇想天外な曲のアレンジにあって、楽しい曲はとことん楽しいし、静かな曲は静かな曲で、感情の機微にひたひた沁みてくるものがある。そしてそのサウンドには30年前の時代の欠片がまるで砂浜のビーチグラスみたいにきらきら光っているから、どうしたってあのころのことを思いださずにはいられない。
彼女たちのことを検索してこのブログにたどり着き、わたしから送られたCDをうっかり仕事場の休憩時間に聴いてしまったJさんは、聴きながら思わず顔を伏せて泣いてしまったそうだ。たしかにいま聴いても泣ける。そしてそれが友達ゆえの甘々した欲目なんかじゃないというのは、うちのうるさい子供の耳をしても感じさせるものがあるというところで、つまりは本物なのだと思う。
わたしはこのCDの中に入っている、「どうしたもんだと/考えても考えてもわからないから/猫のアタマをちょっと借りてみたくなる」と歌う『どうしたもんだ...と』や、浦島太郎の話をサイコーに愉快にコミカルに歌った『U・LALA.C・MAMA』なんかがアニメーション付きで『ポンキッキーズ』やNHKの『みんなのうた』といった番組で流れて、『およげたいやきくん』みたいに爆発的にヒットすることを夢見たもんだが、ついにそうならなかった。(まだわかんないけどね。)

そして、あれから30年。
人生に紆余曲折あって当時アホアホだった若い我々も酸いも甘いも噛み分けたいい歳の大人になり、今夜の邂逅を迎えた、というわけなんだけど、いやがおうにもそれぞれみんな、あっという間に過ぎ去った30年と向き合わざるを得ない夜ではあったのかな、と思う。
本人のMCにもあったとおり、ミサちゃんが昔だったら聴くどころか自分が歌うなんて考えもしなかった美空ひばりや笠置シヅ子の昭和歌謡を熱唱しちゃうあたり、時の変遷を感じずにはいられない。
でも、そうだな。自分についていえばいくつになってもいまだに洗練されたカッコイイ音楽が大好きで、音楽なんてカッコイイ不良たちのやるもんだろうと思ってるのは全然むかしと変わってない。むしろ世の中がみんな優等生のイイコちゃん志向になるにつけ、ますますその感を強くしている。
だからそういう意味では今夜は正直言ってキッツイところもあったけど、ミサちゃんが今夜のために急きょ書きおろしたという2曲の新曲がとてもよかった。
とくに、50になったけどいまだ半人前で悩むことしかり・日進月歩のテクノロジーには置いてかれるばかりだけれどアナログ人間の何が悪い・50になってますます嫌いなものは嫌い・持ちたくないものは持たない・やりたくないことはやらないで通すぞ・それが地球にもきっといいことなんだ・地球を救おう!・・・・・・なんちゅーことを歌った『50/50Blues』という曲がお世辞抜きにサウンド含めて1番よかった!
つまり、自分のオリジナル楽曲を歌ってそれが1番いいだなんて、彼女の最大の強みじゃないかと思うのです。
継続は力なり、という。ほんとにそうだと思う。つづけていれば必ず力がついてくる。好きなことをずっと続けるって難しいことだし、この社会にあっては稀有なことでもある。でも、それだけじゃ人を魅了できない。
たしかにもう若い勢いはないかもしれないけれど、でも彼女はいいものをいっぱい持っててまだまだやれる人だから、やっぱり「がんばれ、ミサちゃん!」といわずにはいられない。
で、その声はこだまして返ってきて「がんばれ、わたしたち!」でもあるのです。

今夜はめっずらしく娘もアルバイトを休んでまで一緒に行ったのだけれど、その娘が今朝ごはんを食べながら、「今日行くとこ、グラスホッパーってあるかな?」とわたしに訊く。「グラスホッパーって、カクテルか何か? バッタのカクテルねえ。。。村上春樹の小説にでも出てきたの?」とわたしが訊き返すと、「そうじゃないけど。ミントチョコ味のカクテルなんだって」という。
それがこれだ。

160605grasshopper

暗かったし、ちょっと口をつけちゃった後で思いだして撮ったからあんまりキレイに撮れてないけど。わたしはきれいな球状の氷が入ったアマレットのオン・ザ・ロックを飲んでたので、ひと口だけ味見させてもらったのだけど、ほんとにミントチョコの味がしました。
娘は24だけど外でアルコールを飲んだのってこれが初めてなんじゃないかな?
・・・・・・ というわけで、今夜はグラスホッパー記念日。

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2016年1月 8日 (金)

Life goes on!

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時間は円みたいにつながってるから当然といえば当然なんだけど、このあい

だここにきたのがクリスマスイヴだから、それから2週間でもう新しい年の1週

間めにここに来ているなんて、時間ってなんて早いんだろう。

2016年、今年のお聴き初めは上町63

その記念すべきトップバッターが翠ちゃんだなんて、こいつぁ~春から縁起が

いい! 今年はきっと清水翠×馬場孝喜の年になるに違いない!

というわけで、私の前を行く見覚えのある人の後から上町63のドアをあける

と、いつものマスターの「いらっしゃい!」という声に次いでYさんの笑顔が目

に入る。ああ、そうそう、これこれ。この感じ。昨夜も上町63は「出席簿でも作

ったほうがいいんじゃないの?」というくらい、いつもの顔が集まった。外は寒

いけど店の中はあったかい。そうしてはじまった馬場さんのギターの音はこれ

また沁みるようにあったかい。翠ちゃんの声は・・・・・・、身内に抱える大変な

辛さに関わらず絶好調みたいだ。人間って、人間の身体と心って、ほんとうに

不思議です。いいライブになるときって、最初に入った場の空気から、そして

最初の一音から決まってるような気がします。

このあいだはクリスマス前、ということで一応クリスマスをテーマにした選曲

だったみたいだけど、昨日はまだ松の内、ということで今回、翠ちゃんが選ん

だお正月っぽい(?)曲は以下のとおり。

 ファーストセット

  1.The Nearness Of  You

  2.Teach Me Tonight

  3.Long Ago and Far Away *

  4.Edelweiss

  5.Blackbird

  6.So Many Stars *

  7.Englishman In New York *

  8.ばらに降る雨 *

  9.フェリジダーヂ

 10.True Colors *

 セカンドセット

  1.You Can Close Your Eyes

  2.Be My Love *

  3.コラソン・バガボンド *

  4.エウ・ヴィン・ダ・バイーア *

  5.All The Things You Are

  6.Kiss of Life *

  7.My Favorite Things *

  8.Aquelas Coisas Todas *

  9.Nightingale Sang In Berkeley Square

なんたって暗いところで適当にメモするから翌日になって自分で書いた字が

読めなかったり、ぜんぶの曲名を言ってはじめるわけじゃないから歌詞から

想像してタイトルを書いたりしてるのだけど、たぶん、これであってると思う。

この日初めてやった曲はファーストセットの2曲めと3曲め、だったかな。

あたらしい試みはいつ聴いても新鮮。

懐かしかったのは昔、ピアノの高田さんとよくやってた『Be My Love』。

でももはやこれも馬場さんとのほうがいいくらいだね。

もちろんどの曲もそれぞれよかったんだけど、私が個人的にいいと思ったの

は*マークを付けた曲。ファーストセットでは『True Colors』がダントツ。そして

いつ聴いてもいいと思うのはセカンドセットの3、4、6、7、8あたりで、『コラソ

ン・バガボンド』や『エウ・ヴィン・ダ・バイーア』や『アケラス・コイザス・トダス』

などのブラジル音楽をあんなふうに歌えるヴォーカリストは滅多にいないと

思う。(というか翠ちゃんだけだと思う。)

これについてはほんとうに特筆すべきことなので何度でもしつこく書く!

それについての説明はいらない。聴く人が聴けばわかることだから興味があ

る人はぜひ聴きに行ってください。ただし、このあいだ話したところでは翠ちゃ

ん本人は『コラソン・バガボンド』を歌ってると、いじいじとした女々しさに身体

がムズムズかゆくなってきちゃって歌うのあんまり好きじゃないんだってさー。

とはいえ、聴いてるほうとしては彼女にすごくあってる曲だと思う。つまり翠ち

ゃんの本質は女々しい。じゃなくて、とても女らしい人なのだと思います。

(いつも「ウッス!」とかいって、ガサツに見せてるけど。)

トニーニョ・オルタの『Aquelas Coisas Todas 』の英語歌詞(もちろん原曲は

ポルトガル語)は切れ切れにしかわからないけど、翠ちゃんが「Why?」と

歌うとき、しばらくそれが頭上をふわふわ舞ってる感じがする。この曲の疾

走感、それも地を駆けるんじゃなくて大きな鳥が空から地上めがけて低く

滑走するように飛んでくみたいな雄々しくダイナミックでドラマチックな感じ。

馬場さんのバッキングのよさもあって聴いてるといつもドキドキします。

そして翠ちゃんの『My Favorite Things』が『そうだ、京都行こう!』のCMで

流れることをどれだけ私は夢見たことか。(いまでも諦めてないけど。)

原曲の歌詞以上に幻想が広がると思うんだけどなあ・・・・・・

『Kiss of Life』はもう完全に翠ちゃんのものになったね。

いつ聴いてもストーリーが立ち上がる素敵な歌。

・・・・・・ というわけで今年の出だしも絶好調!

いいお聴き初めになりました。

昨日は新年初、ということでみんなが持ち寄ったお年賀のお菓子もいっぱい

あって、休憩時間はそんなお菓子をいただきながら思い思いに珈琲を飲ん

だりお酒を飲んだり煙草を吸ったりして、いつもながら他愛なくもアホなお喋

りに興じたのでした。

今夜の翠ちゃんはお正月仕様ということでシンプルな紺のドレスに三連パー

ルと、いつになくシックな装い。天才ギタリストにこんなことゆうのはなんだけ

ど、見た瞬間、昨日髪切ったばかりとわかる馬場さんはなんだか七五三みた

いでかわゆらしかった。

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最近、というか、ここずっとかな。

ここに来てライブを聴いてると、あと四半世紀も経たないうちにいまここに

あるものはみんな消えてなくなるんだ、ということに思い当たってなんとも

不思議な気持ちになる。人も儚いし、一夜限り、一度限りの音楽も儚い。

でも、だからこそ寒い夜に往復4時間近くかけてここに来るわけで、そうし

て今夜も、つよく儚いものたちがひととき肩を寄せ合って、小さな灯りを囲

むみたいに音楽に耳を傾けた夜・・・・・・。

他愛ない時間ほど愛しい時間ってないものです。

きっと後になればなるほど。

そして昨夜も終電に乗るためみんなより先に店を出ると、街角には『55』

のフラッグが翻っていて(単に横浜DeNAベイスターズが5周年めだから

みたいだけど)、勝手にGOサインをもらったような気がした私なのでした。

相変わらず私は会いたい人はそんなにいない。今年も私が一日時間を気

にしながらいそいそ出かけて行くのはきっとジャズバーかライブハウスくら

いでしょうね。でも、そういう私の1月が、いまとはまったく違うめくるめく12

月にたどり着かないとはいえないわけで、それが人生の面白くって不思議

なところ。

そう、人生はつづく!

160107basyamichi

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