しあわせの力♡

2020年11月25日 (水)

晴れの日の自分に周波数をあわせる

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気持ちよく晴れて陽射しがあたたかく、ひかりが特別に美しい、そんな穏やかな一日の終わりにはいつも、こんな日がしばらくつづいてくれないかな、と思う。(実際にそう口にする。)たいていはそんな日はそうそうつづかないのだけれど、ここ1週間くらいは奇跡的にそんな日がつづいて、それはほんとに神さまからのギフトみたいな日々だった。
でもそんな日はもう終わって、今日は昨日から降りはじめた雨がまだ降っていて部屋の中は暗く、一気に冬がきたみたいだ。
でも、そう思ってからはっと気づいた。
そうか。スピリチュアルではいまの自分がどうでも(つまりまだ何も望む状態になっていないとしても)、もうすでに自分が望んだ状態になっていると想像してその感情をリアルに味わうことで波動を高くすることができて、結果ほんとうにその状態になれる(タイムラインを移動できる)といわれているんだけど、自分の場合だったら晴れの日の自分の周波数に合わせればいいんだってね。
自然に囲まれた山の中の動物園で紅葉してゆく樹々を眺めたり、日だまりでのんびりうたた寝する動物たちを観察したり、青空を流れてゆく雲と自分のハートを同期させたりしながらすごした一日。なんにも持ってなくてもわたしたちは恐れも不安もなく、楽しく平和で豊かだった。ああいう気持ちに。そう思ったらちょっと揺れそうだったこころがゼロポイントにもどってきて、この冬はこれまでになくアクティブにすごそうと思った。寒かったらそのぶん、よけいに身体をぴきぴき動かせばいいんだ。
そして、東京なんかよりずっと寒くて冬の長い国から今年も真っ赤なお便りが届いた。
青森の長谷川農園さんのりんご!
宅配便のひとが持ってきた箱の外からもういい匂いがしてるのは土居珈琲さんの珈琲豆と長谷川さんのりんごくらい。Pineapple 、パインアップルっていうけどまさにパイナップルにも似た香りがして、蜜が入ってるところの味もそう。
さっそくお昼ごはんのあとむいて食べた。
娘はあんなに器用なのにりんごの皮を剥くのが苦手で、わたしはりんご剥き大会に出られそうなほどりんごを剥くのは得意です。
知樹さんの2017年のピンクのお皿にのせたりんご。
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今年も蜜いっぱい!
「今年も家族・親戚総出で収穫しました」ってプリントが入っていたけど、できることならわたしも青森まで収穫を手伝いに行きたいくらいです。
いつか行こう! 青森にも。
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2020年10月 4日 (日)

誕生日の翌朝

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誕生日の翌朝はいつも、前の晩に半分残ったケーキを食べる。
今朝はゆっくり眠っている息子を起こさないように洗濯機も回さず音楽もかけずに、できるだけ音をたてないようにキッチンでサラダを作った。それからようやく起きてきた息子とひさしぶりに3人で朝ごはん。
わたしもめずらしくゆっくり時間をかけて自分のいれた珈琲とケーキを味わった。
ムッシュMのケーキと土居珈琲の珈琲がめちゃめちゃおいしかった。
まさしく幸せのかけら。
時間っていうのは不思議だ。
伸びたり縮んだりする。
すべては一瞬にして過ぎてしまうし人はみんな忘れてしまうから、ときどきこんなふうに結び目(印)をつけとくのはいいかもしれない。

午後の遅いお昼は、息子のリクエストによりタコスランチ。
「今日のトルティーヤは薄くできたんだよ!」って、嬉しそうに娘。
自分のためにいっしょうけんめい食事を作ってくれる家族がいるってなんてしあわせなことだろう。
はやく息子にもそんな家族ができるといいな。
男女関係なく、東京で1人で働いて暮らすって大変なことだから。
多かれ少なかれ人間はめんどうなものだし1人は気楽だけど、それ以上にいいこといっぱいあるもんね、好きな相手となら。
わたしたち3人はみんな風の星座で、昨日わかったのは全員、両手の親指に仏眼相があるってことだ。
(つまり、超レアケースな3人。)
それは何かしら能力があることを示唆しているのだとしても、瞬時に人の気持ちがわかってしまうって非常に面倒くさいし、疲れる。
うまくその力を使いこなせるようになるといいんだけどね。

息子は夕方までいて、夜帰るのを駅まで見送った。
そして息子を送って家に帰ったら、やっぱりなんだかさみしい気持ちになった。
息子が家を出ていってもう1年以上たつのに。
いつまでも一緒に暮らせないのはわかってるし、別々に暮らしたほうが平和なのもわかってるけど・・・・・・。
夜、パジャマのまま頭に寝癖をつけた息子がタコスを食べてる写真を見て、笑った。
わたしたち、しあわせにならなきゃね。
いまよりもっと。
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2020年10月 3日 (土)

花とケーキ

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今日は1週間遅れの息子の誕生日パーティーをするのに、プールを休んで娘と午後、買い物に行った。
プールに行ってると準備がいろいろ間に合わないから。
まず、何はなくても花とケーキ。
いつも息子の誕生日は赤いばらと決まっているのだけれど今日はいい赤いばらがなくて、大輪の濃いピンクのばら。
名前は『ブルジョア』ですって。
イブ・ピアッチェの枝変わりのばららしい。
どうりでいい香り。
息子もわたしと同様、貴族乞食みたいなもんだからぴったりじゃないかな。
ケーキは息子が好きなムッシュMのガトー・フレーズ。
3時ごろ来るといって、5時過ぎくらいになってやっと来るのもいつもどおり。
息子に会うのは4ヵ月ぶりだ。
かわいそうに案の定、息子はまたしても痩せて疲れた感じだった。
今年の夏はいろんな意味でほんとに苦しかったから。

3月からとつぜん片道2時間かかる職場で働くことになった息子は毎朝6時半に起きて緊急事態宣言下も関係なく、ゴールデンウィークも1日の休みもなく働いた。中小企業どころか零細の制作会社では潤沢な資金でもない限りどうしたって働き方はブラックにしかなりようがなく、少数精鋭の名のもとに個人の負担は重くなる。なんの保障もない個人事業主契約で自分のやりたいこともやれずに安月給の長時間労働では、早晩いやになるのは当たり前かもしれない。そうじゃなくても駅まで30分も歩くのに、今年の梅雨の長雨にゲリラ豪雨、真夏の猛暑はどれだけキツかっただろう。おまけにコロナで常にマスクだ。一人暮らしまだ10ヶ月の初心者の男としては仕事と生活のルーティンを回すだけでも大変だっただろう。
自分が4月以降、ほとんど家から出ていなかっただけによけい、そう思えた。
単純に肉体のキツさだけではない。
まるで世界が止まってしまったかのような重たい空気。
マスクをしているだけじゃない息苦しさ。
ざわざわと落ち着かない不穏な日々。
心臓をじかにぎゅっと握られるようなショックな訃報の数々・・・・・・。

だからもう一緒に暮らしてない母としては自分たちの不安のほかに会えない息子に対する心配もあったけれど、日々眺めるYouTubeの動画の中で『不安や心配は脳の錯覚』というクリティカルな言葉をもらって、なんとか心配ではなく信頼のこころで息子を見守れるようになった。もう過ぎてしまった過去でもなく、まだ起こってもいない未来でもなく今日、『いま』にできるだけフォーカスすることで。
他人から見たらちっとも変わってないように見える娘とわたしだって、日々着実に変わっているんだ。
それに他人から見てどうかなんて、もうほんとうにどうだっていいよ。
もう誰が離れていこうが誰に嫌われようがかまわない。
古い価値観ではかる友達はいらない。
孤独はうけいれる。
そうとっくに決めたんだ。
そのうえであたらしい関係をつくっていこうと思う。

息子はほんとうによくがんばった。
昔の息子からは信じられないくらい。
つまりどんどん進化してるってことだ。
それをまず自分で認めないとね。
アダマスもいってるけど、(大事なのは)無条件に自分を信頼すること。
いったい、母親にとって息子がどれほど大事かなんて、きっと君にはわからないだろうなあ!
笑い上戸のぼくが笑い方を忘れるなんて、、、と息子は今日の自分の表情を気にするけれど、そんなこと全然気にすることはないんだ。だって今日は君の1週間遅れの誕生日なんだから。君は今日の神だ。どんなときだってそのマジックは有効なんだ。
花とケーキさえあれば。
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2020年9月25日 (金)

息子が生まれた日

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いま思いだしてもラッキーだったと思うのは、その日は土曜日でSちゃん(元夫)が家にいたことだ。
常日頃からもし自分ひとりのときに陣痛がきたらどうしよう、と思っていたから。
外は一日雨の暗い日で、テレビのニュースでは昭和天皇が重体になったことをしきりに報じていた。
夕飯をすませたあとなんだかお腹が痛くなってきたのでトイレに行ったらお腹が下って、でもこれはただのお腹下しではないような気がして、もしや、と思い、トイレを出たあとSに「もしかしたらいよいよかもしれない」と伝えた。
でも、そのころ通っていた病院の母親学級では、おかあさん予備軍である女性たちはナースさんからさんざん「陣痛がきたからって慌てて救急車を呼んだりしてはいけません(恥ずかしいから)」とか「まだまだ先なのにフェイントして病院に早く来たりしないように」とか、まぁ、さんざんうるさく教え込まれていたから、それからお風呂に入って出かけるばっかりに身支度してから、椅子に座って時計を見ながら陣痛の間隔をみなきゃならなかった。
そして、やっぱりこれはいよいよだとなったとき、Sちゃんにタクシーを呼んでもらった。
もうずいぶん遅い時間だったと思う。
夜のタクシーの中では「ときどき間に合わなくてクルマの中で産気づいちゃうひとがいるんだって。そうなったらどうしよう?」とか、「逆に病院に行ったら(陣痛が)おさまっちゃったりして」なんてことを冗談交じりに話した記憶があるのだけれど、実際のところは不安だったことを憶えている。
無事病院に着いて受付で手続きをすませると、夫の立会出産を申し込んでいなかった我々は暗い廊下でいったん別れた。そのとき彼がわたしになんといったか全然おぼえてないのだけれど、わたしはたしか「気をつけて帰ってね」とかいったと思う。もう夜遅かったし、雨も降っていたから。入院するための荷物をうけとって、ひとりになったときのなんとも心細い気持ち。
それから寝間着に着替えて必要な処置をうけて、カーテンで仕切られたベッドが6つだったか8つだったかある『待機室』というところでベッドに横になって陣痛の波を感じながらその痛みに耐えながら自分の順番(そのとき)がくるのをひたすら待つのだけれど、それが長くてつらくて孤独だったなあ・・・・・・
立会出産を希望しなかったことをちょっと後悔したくらいだ。
わたしのベッドは窓際にあって、窓のほうを向いて横向きに寝ていると、下の道路を走るクルマの音が外はまだ雨だと教えてくれた。
それから妊婦たちの息遣い。うめき声。ナースを呼ぶブザーの音。腰をさすってもらう衣擦れの音・・・・・・。
妊婦たちのひっ迫した様子を聞いているだけで、次にどのベッドが分娩室に運ばれるのかわかるようだった。
何よりこわかったのは分娩室から聞こえてくる妊婦の大きな喚き声!

まいったのは一晩じゅう苦しんで白々と夜が明けるころ、いよいよついに自分の番がまわってきてストレッチャーで待機室の外まで運ばれたにもかかわらず、その日は満月間近で出産する人がいっぱいいたせいでなかなか分娩室が空かずに、そのまましばらく廊下に放置されたことだ。そしていざ分娩台にあがって助産婦さんに促されるままラマーズ法の呼吸をはじめたら、途中でなんだか陣痛が遠のいてきちゃって意識も朦朧としてきちゃって、すると医師がこっちがびっくりするような大声で「まずい! 赤ちゃんの心音が小さくなってきた!!」と叫ぶや、助産婦さんにいきなり酸素マスクを付けられた。「思いっきり息を吸ってください!」といわれて思いきり息を吸ったり吐いたりすることどれくらいだっただろう・・・。酸素マスクってこんなにラクなんだと思った瞬間。けっきょく陣痛促進剤を使ったらロケットみたいに赤ちゃんが出てきちゃって、会陰切開したにもかかわらずもっと切れてしまって大量出血。輸血にまでは至らなかったものの、重度の貧血に陥ってそのあと点滴付けて24時間歩行禁止、とあいなったのでした。
赤ちゃんが生まれた直後、「無事に生まれましたよ!」と助産婦さんが一瞬わたしの胸の上に赤ちゃんを置いてくれて、その言葉に心底ほっとしたものの出産のショックで朦朧としていて、そのとき見た赤ちゃんの顔のすら記憶に残ってないほど。分娩室から運び出されるときに、上から見下ろしているSちゃんや自分の両親の顔も見た気がするけど、いまとなっては2度めの出産のときとごっちゃになっていてよく憶えてない。無事生まれてよかった。元気な男の子だったよ。お疲れさま。ありがとう。とか、口々にいわれたような気がする。
あとから家族に聞いた話によれば、分娩室から出てきたわたしの顔があまりに真っ青で心配になったそうだ。そりゃそうだよ。まじで死ぬかと思ったもん。
ただ、あとで思えば自分でも意外と冷静だったと思うのは、そこはキリスト教系の病院で、なんと分娩台に横になった自分の目線の先にイエス様の肖像画が飾られていて、陣痛に苦しんでるあいだも「キリスト教の人はこういうときでもイエス様の顔を見るとその苦しみがやわらぐのかな?」なんて思っていたことだ。どこまでいってもわたしにはそういう(アホな)ところがあって、でもそれゆえにこれまでずいぶん救われてきたような気がする。
息子が生まれたのはもう翌朝の8時58分。

産後はまるで産卵を終えたホッチャレのようにぼろぼろになってストレッチャーで病室に運ばれ、ナースさんにきれいな寝間着に着替えさせてもらって腕に点滴の針を刺され、尿の管を付けられ気絶するように眠っていると、おばあちゃんシスターがわたしのサイドテーブルに朝食を運んできた。なんたってこちらはいま出産を終えたばかりで食事ができるような状態じゃないから「いまは無理です。食べられません」というと、彼女は紅茶の入ったカップにスプーンで2杯も砂糖を入れてかき混ぜると、「じゃあ、これだけでもお飲みなさい。疲れてるときは甘いものとると元気がでるよ」といって短いストローまでさして差し出すのだった。
その紅茶のなんてあまくておいしかったこと!
そのころのわたしは(髪が赤ちゃんにかからないようにと)長い髪を三つ編みにしてしていてガーリーなKID BLUE のナイティなんか着ていたものだから、ひどく子供っぽく見えたんだろう。後から採血にやってきたおっかないベテラン婦長はわたしの腕をとるや、「なんて細い腕! こんなんで子どもが育てられるの!」とぴしゃりといって、ただでさえ24時間歩行禁をいい渡されて落ち込んでいるわたしを大いにへこませたのだった。実際、出産の前日から退院する前日まで毎日毎日暗い雨の日がつづいて、軽い産後うつになりそうだった。それで、あんな大変な目にあったのだから自分はてっきり難産だったのかと思いきや、助産婦さんにいわせると初産で11、2時間くらいかかるのはごくふつうのことで、あれでも安産だったっていう。満月のときに赤ちゃんが生まれるのは自然の摂理にかなっているから、たいてい安産なのだって。当時その病院は日本でいちばん赤ちゃんが生まれることで有名な病院だったのだけれど、驚いたことに昨夜だけで20人も生まれたらしい。どうりでなかなか分娩室に入れてもらえなかったわけだ。
ふつう、何事もなく出産を終えた母親は翌朝きまった時間にワイワイといっせいに初乳を与えに新生児室まで歩いていくのだけれど、24時間歩行禁のわたしはみんなとちがう時間にひとり車椅子に乗せられ新生児室まで連れていってもらって、産後はじめて自分の子どもと対面することになった。生まれたばかりの赤んぼがずらっと並んで寝かされているガラス張りの新生児室で、ナースさんから白い産着を着た赤ちゃんをそっとうけとり、ぎこちなく抱いたら、その子はきょろっと視線を上げてわたしを見た。その感じ・・・・・・。まるでそのとき息子は「I know」といってるようだった。すかさず若いナースさんがわたしに「あなたがおかあさんだって、ちゃんとわかってるんですよ」といい、思わず緊張の糸が解けて涙をぽろぽろこぼしてしまったこと。いま思いだしても泣けてしまう。
静かで、賢そうで、ほんとうにきれいな赤ちゃんだった。
それまでわたしはとくべつ自分が子ども好きだと思ったことはなかったけれど、谷川俊太郎のおかあさん同様、すっかり自分の息子に夢中になってしまったのだった。

それから今日で32年。
32年がたった。
けして短かいとはいえない月日。
ここまでほんとうにいろいろあったし苦労もしたから、とてもじゃないけど短かかったとか早かったなんていえない。
むしろ、ようやくここまで来たか、という感じ。
わたしもほんとに年を取った。
正直、こんなに長く自分がひとり親をすることになるとは思わなかったけれど、今日、あの日のことを思いだして、もし32年前に戻ってやり直すことができるなら、わたしはもっとうまくやれるだろうかと考えて、いまの、この自分でやり直せるならいざ知らず、やっぱり起きたことすべては必要、必然だったんだろうと思った。
それに、ひとり親といったって、ほんとうに困ったときは物心共に助けてくれた親きょうだいや、わずかだけど友達がいてくれたこと。こころから感謝したい。そして彼がいなかったら子供の存在すらなかったのだから、やっぱりSちゃんにも感謝しよう。
むかぁ~し、何かの本で読んだのだけど、子どもは三歳までに親に一生分のプレゼントをしてくれるのだから親はそれ以上は期待しちゃいけない、って。たしかにそうだと思う。ただただかわいがりさえすればよかった一歳までの赤ちゃんとの時間は母親にとっては一生の宝物で、三歳くらいまでの息子とわたしは、まるでウッドストックとスヌーピーみたいだったのだから。もう十分にもらったし、それ以上にもらった。
非力で、いろいろ足りない母親のもと迷惑もかけたし不自由な思いもいっぱいさせたと思うけど、でもこの25年、わたしが何よりも大事にしてきたのは二人の子供以外の何物でもない。
ここまでの、曲がりくねった長い道。
ここからつづく遥かな道。
とにかく元気で生きてさえいてくれたらそれでいい。
でも願わくはしあわせに!
今日は息子の誕生日だ。
誕生日おめでとう!!!

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2020年1月 5日 (日)

今年の初詣

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わたしの初詣は毎年2月4日の立春の日の明治神宮参拝、と決めているのだけれど、今年は中野新橋にある八津御嶽神社へ新春マルコニクス瞑想会に参加しに。
予報では今日は一気に気温が下がって寒くなる予定だったけれど、朝起きるといいお天気で陽射しがぽかぽか暖かく、お日さまに感謝する。夜に降った雨のせいで大気は隅々まで清められ、神田川沿いを歩くのも格別に気持ちよかった。

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マルコニクスなのになぜ神社で? と最初思ったけれど、そこは神社がすっぽりビルの中に入ってしまったようなハイテックな空間でありながら、それでいて無機質ではない、浄まった中に有機的なエネルギーがびんびん感じられる空間だった。場のクリアリングからはじまり、マルコニクスエネルギーの召喚、アンカリング、、、、、
2時間半の長い瞑想。

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ふだん瞑想を習慣としてないわたしにできるかと思ったけれど、とくに問題はなかった。むしろ自分よりずっと瞑想に慣れていそうなまわりの方たちの落ち着きのなさのほうが気になったくらいだ。
途中、浄化が進んだためか、咳が止まらなくなってトイレに駆け込んだ人あり。
わたしも長い瞑想が終わるころには頭が痛くなった。
この会には息子も参加していたけれど完全に今日は別行動だった。
親子だからって人それぞれ人から侵食されたくない自分の時間、領域があるから。
帰りはお茶もせずに電車に乗ってまっすぐ帰った。
駅のホームから息子にメールすると、息子は久々だったからか今日は集中力が足りなかった、と。でも、(平岡はるよさんの)夜明け前が一番暗い、って言葉はよかったよ! と返事がきた。
さあーてね、世の中にはこういう話をすると頭から疑ってかかる(あるいは拒絶する)人も多いんだろうけど、それを承知で書くと今日あの場にはメタトロンも来て見守っていたそうだ。そのメッセージを一言で要約すると、『変化を怖れずに受けいれること』。これまであったモノやコトやヒトに固執することなく、執着を捨てて変化を受け入れ、変化しつづけること。常に感謝の気持ちを持って。
わたしは特別何かが見えたりわかったりするほうじゃないから、瞑想してるあいだにメッセージをもらったりインスピレーションが湧いたりはしなかったけれど、今日あの場にいられただけでよかったと思う。
そして今年は間違いなくこういう流れで進んでいくだろう。
なぜなら、そう『選択』したからだ。
もう後には戻れない。
そう思うと、魂がちょっとドキドキする。

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2019年6月24日 (月)

Listen to my heartbeat

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ハロー、ここで君と話すのもひさしぶりだね。
先月末以来、次から次へといろんなことがあったから、
何から話していいかわかんないや。
正直言っていいことばかりじゃなかったけど、
とりあえず感情のピークは過ぎたみたいだ。
そして過ぎてしまったいまは、
静かな気持ちでただただいろんなものに感謝してる。
フラワーレメディー、植物の力や、
もうそれほど多いとはいえない友人たちや、
神さまの采配なんかに。

たった1人の人に出逢ったことで人生が変わる。
映画でもドラマでもなく現実にそんなことってほんとにあるんだね。
それまでただの憧れでしかなかった国に、いきなり行くことになったり。
・・・・・・ 息子はいまそんな時間を生きてる。
人生はどうなるかわからない。
だから面白い。
息子の前にいる人はこれまでになく最強だ。
最強 ・・・・・・

それでハハのわたしは息子の状況を面白がりながら
自分はどうすっかな、って考えてる。
意外とコンサバな友達にいったら、きっとそんなことやめろ
っていわれるのかな、とか。
とりあえずね、明日の夜はひさしぶりにライブに行こうと思うよ。
さっき、みろりちゃんからメールがきたから。
明日は雨にならないといいな。
晴れ女の勝利といきたい。

写真はこのあいだ息子がセットアップしていったあたらしいコンピュータ。
息子の置き土産にして兄から妹への精一杯のエール!

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2018年9月24日 (月)

Birthday Eve@Posada del Sol ☆

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明日、息子の30歳の誕生日。
でも明日は息子は夜から仕事の会議があって早く帰れないっていうから、今日バースデー・イブ・パーティーをやることにした。
でも今朝になったら息子は熱があって風邪気味というまさかの事態。
たった家族3人なのになかなかうまくいきません。
でも予定通り決行でいいというのでまずは娘と2人でケーキと花を買いに。
家族3人なのに、6号の大きなバースデー・ケーキ。
今日と明日分。
デジタルカメラの色の加減でピンクがつよく出てしまったけど、おきまりの紅いばら。外側の濃い赤の花弁が内側に向かうにつれてパープル、ピンクと変化してゆく、カップ型の形がきれいなばら。なかなかこういう好みの赤ばらはない。
『深い感動』という名のばらだそうです。

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息子もついに30歳。
自分のエイジングについては日々鏡の前で確認してるから、どうりでわたしも歳をとるってわけだ、なんて常套句をいうつもりもないし、ここまであっという間だった! なんていうことも全然できない。この人についてはここまでほんとに苦労してきたから。(で、いまは下の子で苦労してる。)でも、よっぽど(親に似ず)出来でもよくて自立心旺盛でもないかぎり、母親なんていつまでも苦労するもんでしょう、といまではすっかりあきらめ・・・・・・、もとい、すっかり悟りの境地でいる。大事なことは世間の一般論や常識、外野のいうことに振り回されることなく、自分で感じるところを大事に、多少凸凹でも親子ともども我が道を行くことじゃないかと思う。まだまだ道はつづくし、道のりは長い。
それにもちろん、子供がいてよかったことはいっぱいある。
ここまでぶつかりあいながらも助けあって生きてきたという感じ。
それは子供がほんとに小さく、非力だったときからのことで、子供がいなければわたしはこんなにがんばってこられなかっただろうと思う。
きっとこの先だってまだまだいろいろあるんだと思うけど、2人のユニークな子供を授かったことをこころから神さまに感謝します。
いつだってそう思ってるけど、特に今日はそういう日です。
夜は最近みつけた、家族がめちゃめちゃお気に入りのメキシカン・レストラン、ポサーダ・デル・ソルへ。Posada del Sol とは、太陽の宿、太陽が休むところ、という意味だそうです。お日さま大好きなわたしにはこの店名からしておあつらえ向き。
ここに来るのは今日でまだ2回めだっていうのに、出てきた店主に「今日、息子の誕生日だから予約したのに、このひと熱があって風邪っぴきなの」とわたしがいうと、店主「えー、だいじょうぶー? 辛いもの食べて元気になって帰って」という。
というわけで、いつも最初にでてくるワカモレ。

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あらためてここで食べたら自分で作ったのとは全然ちがってた!
まずタマネギの分量がちがうし、自分で作ったのほど辛くない!
もちろん、こっちのほうが全然おいしい。
三種のソースがそれぞれちがった味でアクセントを与えてくれる。
それからシュリンプカクテル。

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ここにもアボカドがいっぱい入ってて、この緑のソースが何でどうやって作られてるんだか全然わからないんだけどこれがまたとってもおいしくて海老に合うんです。
で、ピンボケになっちゃったけどタコス。

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ちょっと焦げ目のついた温かいトルティーヤに具が入ってて、かならず小皿に軽く炒めた細かい角切りのタメネギと、トマトとタマネギのみじん切りが付いてくる。このタマネギがあまくておいしいんです。お好みでさっきの三種のソースをかけて。
タコスだけでも、チョリソコンパパスというのとカルニータスというのとチキンの3種類食べたのだけど、どれもみんなおいしかった!
それからチリコンカルネね。

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温かいトルティーヤがまるい、かわいいカゴにナフキンに包まって入ってきて、そのうえにレタスとトマトとチーズのたっぷりかかったチリコンカルネをのせて包んで食べるんだけど、これが食べると見た目よりボリューミーで、このあたりからお腹いっぱいになってきます。
このほかにも写真はないけど肉が好きな息子はチョリソと、ミラネサという薄切りビーフカツレツをオーダーして、息子も途中で死ぬほどお腹いっぱいに。
このミラネサと、このあいだ食べた白身魚のフライに付けあわせでのってたジャガイモがめっちゃめちゃおいしくて、日本人のわたしにはこれがどういう味付けで作られてるのか全然わからないんだけど、とにかくわたしはこれがいちばん好き、ってくらいにおいしい。このあいだ店主に訊いたら「そりゃ秘密のものが入ってるから」と笑ってごまかされたんだけど、今日はシェフに「あれはなんていう料理?」って訊いたら、「ジャガイモのピュレ」ってことでした。ゆでてマッシュして味付けしたクリーミーなジャガイモを表面だけ焦げ目がつくように焼いたもの。あれだけバクバク食べたいくらいおいしい。
それで最初から最後まで「おいしい」を連発してるけど、ここほんとに何を食べてもおいしいんです。どうおいしいかというと、まず味が濃くなくて、ぜんぜん油っぽくない。から、どんどん食べれてしまう。でもそれぞれしっかり固有の味があって、いってみればとても上品な味。いままで食べたタコスともチョリソともチリコンカルネとも全然ちがう。
最後に店主がお皿をさげるときに「辛くなかったですか?」と訊いたんだけど、みんなの答えは「ちょうどいい!」。それで逆に訊いたのは「ここの料理は日本人向きにアレンジしているんですか?」ってこと。そうしたら店主は「きっと日本の人はメキシコ料理を誤解してるんじゃないかと思いますね」とソフトな語り口で話しはじめた。「日本で一般に食べられているメキシコ料理(といわれるもの)は、もっと味が濃くてスパイシーで油っぽいかもしれないけれど、それはほんとうのメキシコの味じゃありません。ここで出しているのはメキシコのふつうの家庭で作られている家庭料理です。それはそんなにしょっぱくしない。おとうさんに出す料理はしょっぱくしてるものもあるかもしれないけど、たいがいはこんなものです。ときどき外国人が来て、塩をください、といわれることもあるけど、あっさりしたのが好きな日本人にはあってるかもしれないですね。それとうちの料理が油っぽくないのは、フライといっても油で揚げてるんじゃなくてフライパンで焼いてるからです。」ってことだった。
つまり、日本人が食べてるタコスやチリコンカルネやブリトーなんかはどうやらアメリカ的にアレンジされたものってことになるらしい。本場メキシコの味はもっと上品でやさしい味なんだなあ・・・・・・
食べようと思ったらもっと食べられそうだったけど、今日はこのあと家でバースデー・ケーキと珈琲が待ってるから、デザートはパスして終わりにした。
帰り際に厨房前で「おふたりの写真を撮らせてもらってもいいですか?」と訊くと、「えー、なんで? カメラ壊れるよ」と店主。壊れてもいいよ、ふたりとももっと寄って、というと店主、シェフを見ながら「えー、気持ち悪いよ」という(笑)。
で、この笑顔!

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はじめてこの店に来たとき、外から見たときの(ちょっとあやしい)イメージと中に入った感じが全然ちがってて、店主は無口だけれど人当たりがソフトで温かい感じで、出てくる料理がみんなおいしくて、びっくりしたのでした。帰りに夜道を歩きながら、まるで映画の中から出てきたみたいな人たちだったね。こんな店が近所にあったなんて! って。
今日も家族でおいしいものお腹いっぱい食べて二人の笑顔見て、とてもしあわせな気持ちで帰ってきました。
でもね、このあいだも今夜も我々がいた時間は我々3人だけだったの。
(家に帰ってホームページを検索したらGoogleのコメントに「奇跡的な店!」ってあったのにですよ。)
これってマズイでしょう?
なので、こんな素敵な店がつぶれたら困るので、わたしは折りあらば誰かを誘ってはここにタコスを食べに行こうと思います。いまこれを見てくださってる人もなかなかこんなローカルなところに来ることはないかもしれないけれど、西武新宿線に乗ったらぜひお立ち寄りください♪
よろしくお願いします。

 Posada del Sol 

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2018年1月 9日 (火)

ドリームボード

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オークション・システムはとっても便利なツールだと思う。
ときどきオークションに着なくなった服やいらなくなった本やCDを出品するかわりに、たまに好きなブランドのタグ付き新品の服やデッドストックの家具、中古のCDや古本なんかを格安で手に入れる。
世の中にはとっても器用な人がいて、オークション・サイトの中には既成品だけじゃなくていろいろなハンドメイドの作品を出品している人がいる。
そんななかの一人、ハンドメイドのコルクボードばかり出品されてる方に、オリジナルのコルクボードを作ってもらった。しかもメール・オーダーで。
オークションサイトでみつけて、いつかオーダーしたいと思いながら時が過ぎること早や数年。でもオーダーしてからは早かった。
もう暮れも押し迫ってからお願いしたのに、届いたのはなんと昨日。
そして、いかにも手慣れた丁寧な梱包をほどいてコルクボードを出してみたら、何から何まで素晴らしい仕上がり! 
欲しかった、白い雲がもくもくしてるみたいなデザインのボード。
机の前の壁に掛けてみたら、まるで目の前にあたらしい窓がひろがったかのよう。
これもわたしがイメージしたとおり。
なぜこんなコルクボードが欲しかったかといったら、自分のドリームボードを作りたかったからだ。
ビジョンボード。
またの名をドリームボード。
ここに欲しい物やピンときたものの写真や画像、ひらめいた言葉の端キレや思いつき、それから明日のタスクリストなんかをあまりいろいろ考えずに貼ってゆく。するといま自分が端的に手に入れたいものからなりたい自分、行きたい場所や到達したいヴィジョンのビジュアル・イメージが右脳(潜在意識)にインプットされるわけ。
こういうわたしを見て、息子はちょっと皮肉なj表情を浮かべて「ぼくってほんとに優しくないな」という。「人は年末年始に気持ちも新たにヴィジョンや目標を掲げておきながら、その後1年、そういう自分に負けつづける、っていうのがぼくの考えだから」と。
なるほど、たしかにそれはこのあいだ読んだ村上春樹の短編『ドライブ・マイ・カー』の中で、主人公である初老の俳優が、自分お抱えの運転手であるヘビースモーカーの若い女の子が煙草に火をつけるときに、「命取りになるぞ」と言って、女の子が「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」と言ったのとおなじくらい、当たってるかもしれない。
でも、あたらしい年にこういうことをせずにいられないのがおかーさんなわけ。
で、わたしは負けない。
というか、勝ち負けなんて正直言ってどうでもいいんだ。最初から。
それで、なんとなく小さな棚のところに、いつか横浜ではじめてangelseedさんに会ったときに買ったキーボードを弾いてる天使を飾ったら、なんだかこれってJさんみたいだな、と思った。Jさんはこんな頭じゃないけど、なんとなくとぼけたかわいらしいところがあって、天使になったらこんなかも、と思う。天国でも音楽をやりつづけてほしい。

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今朝、起きたときは雨で、窓の外はまるで北欧みたいな寒々しい景色だったけど、この写真を撮り終えてしばらくしたら俄かにパーッと強い光が射しこんできて、ドリームボードを飾った壁ぜんぶに虹が躍りだした。
まるで虹の洗礼みたいに。
一気に心が洗われた瞬間。
とにかく、何がどうでもこの三次元世界はつづく。
自分が生きてる限り。
前を向かなきゃね。

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そうそう、この素敵なコルクボードを作ってくださったのは、大阪在住のふっきゃんさんです。気になった方はブログ覗いてみてくださいませ

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2017年10月16日 (月)

こころのブロックをはずすには

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このあいだある女性と話してたとき、彼女が「わたしは子供を産んでないことに罪悪感を持っているんです」といったので、風邪であんまり声を出したくなかったにもかかわらず、「人には今生で持って生まれたミッションというのがあって、それは人それぞれみんな違う。子供を産んで育てるのがミッションの人もいれば、子供を持たずにGoing my way な人生を生きるのがミッションの人もいる、ただそれだけのことなんだから、他人に対しても自分に対しても、それに神さまに対しても罪悪感を持つ必要なんか全然ない。そんなものは早々に捨ててしまいなさい。ただ子供はとてもいいものだから、いまからでももし授かることがあったら間違いなくそれは宇宙タイングたから怖れずに臨めばいいし、逆に授からなくてもあなたにはあなたにしかできない素敵な人生があるんだからそれでいいのよ」と熱く力説してしまった。だって、こころに罪悪感なんか抱えてると間違いなく病気の素になるから。

子供を産む・産まないという問題だけにかかわらず、人は誰でも潜在意識の中に様々なブロックを抱えている。何かをして他人様からお金をもらうことに抵抗を感じるお金のブロックや、逆に自分のためにお金を遣うことに罪悪感を感じてしまうブロック。人の愛情を素直にうけとれないブロックや、愛情を素直に表現できないブロック。お金持ちに対するブロックや、貧乏人に対するブロック。容姿に関するブロックや、自分がこれまでしてきたことへの罪悪感によるブロック。人に理解されないことに孤独を感じつつも潜在的には自分の気持ちを明かしたくないブロックや、表現したいのと同時に人に見られたくないという自意識の二律背反のブロック、もう様々なブロック・・・・・・。

でも、くさい言い方かもしれないけれど、その様々なブロックを解かすのはいつだって愛なんだと思う。
このことろ小さな気づきがたくさんあって、たとえばわたしが負けず嫌いで気の強い女の人が苦手なのは妹がいるせいだったんだ、とか、わたしが初対面で女の人より男の人のほうがざっくばらんにリラックスして話せるのは母が6人兄弟の長女で、たくさんのいい叔父たちに囲まれて育ったからだった、とか、まあいろいろあるのだけれど、そのなかで最も大きかったのは、わたしはこれまでずっと自分が子供たちを守ってきたと思っていたけど、実は自分もまた子供たちに守られていたんだ、と気づいたことだった。まるで自分にとっての守り神みたいな存在。それはわたしにとってはちょっとした驚きだった。

昨日もそれをつよく感じることがあって、実は昨日わたしは出かけた先でとんだ失敗をしてしまって、それはいまのわたしにとってはけっこう手痛いミスだったから家に帰ってから人知れず落ち込んでいたら、素早く人の表情を読みとる息子が何かあったのかと聞いてきた。誰かにいうつもりもなかったし、息子にいえば「いったい何をやってるの」と責められそうなことだったから渋々話しだしたのだけれど、息子の反応は信じられないくらい寛容だった。そして、その寛容さに心底救われた。
頭の中で過去に似たようなことをしたときパートナーからどれだけ責められかということを思いだしたりしていたところだったからなおさらだった。
こういう失敗をしてこんなふうにいってもらえることもあるんだ、という驚き。
わたしは実際びっくり眼をしていたと思う。
息子は「そんなこと全然たいしたことじゃない。以上。この話はこれで終わり」といって、さっさと自分の部屋に戻って行った。
それでわたしも、もういいや、という気になった。
それは誰しもやりそうな間違いで、そういう行き違いが起こったとき、誰しもが自分とおなじような対応をするわけじゃない。それはまるで、ラッキーセブンの7777が逆に運悪くたまたま並んじゃったようなものにすぎないんだって。
そうして救われて自分のこころの中にあったブロックがひとつかふたつ取れた気がした。つまりは息子の愛ある言葉によって。
そういうのって、思いがけなくもらった花束みたいだ。

そこでもうひとつ思いだしたのは、「今朝うちの娘がガレージから車をだすとき壁にぶつけちゃってね。それをカミさんがしつこくガミガミガミガミ叱ってるんだ。娘はもう自分のしたことに驚いて反省して、すっかりしゅんとしちゃってるのにさ」という男友達の言葉。
そう、自分のしたことを反省してすっかり落ち込んでる人にそのうえガミガミいったりするのはまったくもって逆効果なのだった。わたしも母親からさんざんされたし、自分の子供にしたこともあるけど、それは人のこころにブロックをつくることにほかならない。そうやって、こころにできたブロックの中には人から植えつけられたものあるし自分でつくってしまったものもあるんだと思うけど、それを解除するのもまた誰かの言葉だったり、自分自身の気づきだったりするんだろう。
最終的には人を許し、自分を許すということ。

昨日はつめたい雨の中でかけて行ってたからものを手に入れたり、かと思ったらとんだ失敗をしたりという変な日だったけど、それを超えるいいことがあったから昨日はやっぱりいい日だ

写真は何かあるごとにひらいてみるリズ・ブルボーの『わたしを愛して』。
職場の上司が病気になったからといって心配するあまり、わたしの本棚から勝手にこの本をあげてしまった娘がAmazonで再度買い直してくれた。
たとえば、この本の『事故』の項を読むと、ふつう事故は偶発的なことだと思われているけどそれは単なる偶然の産物ではなくて、『偶然』というものは、神がわたしたちに語りかけるために使う手段のひとつに他ならない、と書いてあって「なるほど」と考えさせられる。

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2017年8月24日 (木)

愛を味方にする生き方 ♡

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昨日に引きつづき今日届いたのは、いま話題のプリミ恥部さんこと白井剛史さんの本、『愛を味方にする生き方』。
わたしがプリミ恥部さんのことを知ったのは、吉祥寺にあったカフェ『Room1022』でのことだから、もうかれこれ6年も前のこと。震災のあった2011年の秋のことだ。
Room1022でやまぐちめぐみさんの絵の個展が行われていて、それを娘と一緒に見に行って、カフェに置いてあった手書きのチラシを見たのがきっかけ。わたしがそのチラシをとって「これもらっていいですか?」と訊くと、カフェの店主は笑いながら「もちろん。でもあなたも変わってますよね。そのチラシを手にとって、もらっていいかっていったの、あなたがはじめてですよ」といった。
「なんで? だってこれ面白いこと書いてあるよ!」といって、わたしは店の中にわたしたちのほか誰もいなかったのをいいことに、思わずチラシの文面を声に出して読んでみたりしたのだった。店主いわく、チラシをパッと見て、なんとなく怪しいというか、胡散臭く思うみたい、ってことだった。
まあ、なんたって『プリミ恥部』だしねえ・・・・・・。
そのときすでにそのチラシには宇宙マッサージのことが書いてあって、「これってどんなの? どこで受けられるの?」みたいなことを彼女に訊いたと思う。
そのとき店主に聞いたところによれば、彼女の友人であるプリミ恥部さんはふつうの人がふつうにできるようなことがまったくできなくて、生活感もまるでなく、いったい何を生業として暮らしているのかもわからない謎の人で、だから『宇宙マッサージ』はどこかのカフェみたいなところでやってるみたいだけど、それがいつやるのか、いくらもらってやっているのか(そして、そんなんで生活できているのかさえ)全然わからない、ってことだった。ただマッサージのほうは才能があるらしくって、評判がいい、ということだった。
生来、好奇心が旺盛で不思議大好きなわたしだから、へえー、それはわたしもいつかうけてみたいなあ、といったのをおぼえている。
そのチラシはずいぶん長いことなんとなくとっていたのだけれど、さすがに6年もたってどこかにいってしまった。
そのときRoomの店主から聞いた、ある種『社会非適応人種』みたいなのがプリミ恥部さんの印象だったから、それから6年経ってこんな本を出されていたことを知り、巷で話題の人となっていることにちょっと驚いた。それに当時わたしはプリミ恥部さんて、てっきり女の人だと思っていたから、今回はじめて男性と知って、それにも驚いた。きっとふつう(Roomのオーナーがどこまでふつうかはおいといて)の人から見たら何をやっているのかわからなかっただけで、きっと当時からプリミ恥部さんはせっせと愛の布教活動ならぬ宇宙マッサージをやっていたのだと思う。
6年てけっこうな時間で、この6年のあいだにめぐみさんは天に召されてしまったし、最近たまたま知ったところによればRoomのオーナーもいまは結婚して子どもを産み、子育て中らしい。

この本については届いたばかりでパラパラっと見たくらいだからまだ何も書けないけれど、プリミ恥部さんいわく、地球(特に日本は)人に気をつかいすぎてものすごく息苦しく、キュークツになってるそうで、プリミさん自身は『人に気をつかうと即死』だという。その言い方には思わず笑っちゃうけど、言わんとするところはよくわかる。
わたしもこのあいだあるところで話していて、相手が誰かに気をつかうあまり、物事を無理にポジティブにしようとするあまり、ほんとのことに目を向けようとしないばかりか、目の前にいる人間(つまり、わたし)がほんとのことをいおうとするのまで封じてきたような感じがしてすごく息苦しく、キュークツな思いをした。
もともと嘘のつけないタチではあるけど最近、歳をとってますますそれがはっきりしてきて、自分ではそれがいいんだか悪いんだかわからないと思っていたけど、宇宙のエネルギーからするとそれでいいらしい。もう、自分に嘘をついて誤魔化して生きていける時代ではなくなったのだということ。

大体において人の身体というのは心で感じ、頭でいろいろ考える前にもうすでに答えをだしている。それを自分でもちゃんとわかっていながら気持ちや頭でいろいろ正当な理由をつけて言い訳したり、誤魔化したり、場を繕ったりするから(そういうことをやりつづけているから)、病気になるんだと思う。
エビデンス、という(つまらない)範疇においてはその証拠にもならないだろうけどわたしの肩がそのいい例で、肩関節痛、という、一見筋骨系の障害でありながら、自分に合わない場所に行ったり、人に会ったり、自分に合わない音を聴いたり物を見たりしてストレスを感じると途端に重たくなったり、痛みが増したりする。まるでセンサーのようなのだ。
そういう意味ではこの肩の痛みも、筋骨系の問題でありながら同時に心因性の問題でもあるように思う。

心当たりがあるとすれば長年、人に嫌な思いをさせるのが嫌、という理由で無意識に人に気をつかってきたのと、同様に人を傷つけたくなかったり、疲れる喧嘩に発展させたくないために自分の怒りや気持ちを抑えつけてきたこと。
もう実際にこれだけ身体に痛みがでているのだから、そんなことはこの先やってられない。
ある時期から人に嫌われることがどうでもよくなってきた。
今後も自分に正直になることで人から非難されたり、嫌われたり、かつて大切だった人が去っていくようなことがあっても、それはそれでもうかまわないと思ってる。
この世のすべてのエネルギーは片時もこの場に止まってはいないから。
それでいっとき友人が激減するようなことがあったとしても、わたしのこの性格じゃそれもいっときのことだと思うから。
孤独もまたよし。

でも、人に気をつかうかわりに愛をつかえたら、それをみんなができるようになったら、この世界はどれだけハッピーになるだろう!
それについて書かれたのがこの本なのじゃないかと思う。

昨日に次いで、本の横に置いた大きいボトルのフラワーエッセンスはリンガリンガソープさんのオリジナルで、こころが軽くなるエッセンス
フラワーエッセンスも、わたしが確かな効果を感じているもののひとつです。

宇宙マッサージ、いつか受けてみたい。
自分の子どもにも父にも妹にも受けさせたい。
肝臓がんで認知症の父があとどれだけ生きられるかわからないけど、たとえあと半年一年でも心身共に解放されて、いまより楽に自由に(自分に贅沢することや楽しみを許して)生きられたらどんなにいいだろうなあー! と思うのです。

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