しあわせの力♡

2019年6月24日 (月)

Listen to my heartbeat

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ハロー、ここで君と話すのもひさしぶりだね。
先月末以来、次から次へといろんなことがあったから、
何から話していいかわかんないや。
正直言っていいことばかりじゃなかったけど、
とりあえず感情のピークは過ぎたみたいだ。
そして過ぎてしまったいまは、
静かな気持ちでただただいろんなものに感謝してる。
フラワーレメディー、植物の力や、
もうそれほど多いとはいえない友人たちや、
神さまの采配なんかに。

たった1人の人に出逢ったことで人生が変わる。
映画でもドラマでもなく現実にそんなことってほんとにあるんだね。
それまでただの憧れでしかなかった国に、いきなり行くことになったり。
・・・・・・ 息子はいまそんな時間を生きてる。
人生はどうなるかわからない。
だから面白い。
息子の前にいる人はこれまでになく最強だ。
最強 ・・・・・・

それでハハのわたしは息子の状況を面白がりながら
自分はどうすっかな、って考えてる。
意外とコンサバな友達にいったら、きっとそんなことやめろ
っていわれるのかな、とか。
とりあえずね、明日の夜はひさしぶりにライブに行こうと思うよ。
さっき、みろりちゃんからメールがきたから。
明日は雨にならないといいな。
晴れ女の勝利といきたい。

写真はこのあいだ息子がセットアップしていったあたらしいコンピュータ。
息子の置き土産にして兄から妹への精一杯のエール!

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2018年9月24日 (月)

Birthday Eve@Posada del Sol ☆

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明日、息子の30歳の誕生日。
でも明日は息子は夜から仕事の会議があって早く帰れないっていうから、今日バースデー・イブ・パーティーをやることにした。
でも今朝になったら息子は熱があって風邪気味というまさかの事態。
たった家族3人なのになかなかうまくいきません。
でも予定通り決行でいいというのでまずは娘と2人でケーキと花を買いに。
家族3人なのに、6号の大きなバースデー・ケーキ。
今日と明日分。
デジタルカメラの色の加減でピンクがつよく出てしまったけど、おきまりの紅いばら。外側の濃い赤の花弁が内側に向かうにつれてパープル、ピンクと変化してゆく、カップ型の形がきれいなばら。なかなかこういう好みの赤ばらはない。
『深い感動』という名のばらだそうです。

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息子もついに30歳。
自分のエイジングについては日々鏡の前で確認してるから、どうりでわたしも歳をとるってわけだ、なんて常套句をいうつもりもないし、ここまであっという間だった! なんていうことも全然できない。この人についてはここまでほんとに苦労してきたから。(で、いまは下の子で苦労してる。)でも、よっぽど(親に似ず)出来でもよくて自立心旺盛でもないかぎり、母親なんていつまでも苦労するもんでしょう、といまではすっかりあきらめ・・・・・・、もとい、すっかり悟りの境地でいる。大事なことは世間の一般論や常識、外野のいうことに振り回されることなく、自分で感じるところを大事に、多少凸凹でも親子ともども我が道を行くことじゃないかと思う。まだまだ道はつづくし、道のりは長い。
それにもちろん、子供がいてよかったことはいっぱいある。
ここまでぶつかりあいながらも助けあって生きてきたという感じ。
それは子供がほんとに小さく、非力だったときからのことで、子供がいなければわたしはこんなにがんばってこられなかっただろうと思う。
きっとこの先だってまだまだいろいろあるんだと思うけど、2人のユニークな子供を授かったことをこころから神さまに感謝します。
いつだってそう思ってるけど、特に今日はそういう日です。
夜は最近みつけた、家族がめちゃめちゃお気に入りのメキシカン・レストラン、ポサーダ・デル・ソルへ。Posada del Sol とは、太陽の宿、太陽が休むところ、という意味だそうです。お日さま大好きなわたしにはこの店名からしておあつらえ向き。
ここに来るのは今日でまだ2回めだっていうのに、出てきた店主に「今日、息子の誕生日だから予約したのに、このひと熱があって風邪っぴきなの」とわたしがいうと、店主「えー、だいじょうぶー? 辛いもの食べて元気になって帰って」という。
というわけで、いつも最初にでてくるワカモレ。

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あらためてここで食べたら自分で作ったのとは全然ちがってた!
まずタマネギの分量がちがうし、自分で作ったのほど辛くない!
もちろん、こっちのほうが全然おいしい。
三種のソースがそれぞれちがった味でアクセントを与えてくれる。
それからシュリンプカクテル。

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ここにもアボカドがいっぱい入ってて、この緑のソースが何でどうやって作られてるんだか全然わからないんだけどこれがまたとってもおいしくて海老に合うんです。
で、ピンボケになっちゃったけどタコス。

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ちょっと焦げ目のついた温かいトルティーヤに具が入ってて、かならず小皿に軽く炒めた細かい角切りのタメネギと、トマトとタマネギのみじん切りが付いてくる。このタマネギがあまくておいしいんです。お好みでさっきの三種のソースをかけて。
タコスだけでも、チョリソコンパパスというのとカルニータスというのとチキンの3種類食べたのだけど、どれもみんなおいしかった!
それからチリコンカルネね。

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温かいトルティーヤがまるい、かわいいカゴにナフキンに包まって入ってきて、そのうえにレタスとトマトとチーズのたっぷりかかったチリコンカルネをのせて包んで食べるんだけど、これが食べると見た目よりボリューミーで、このあたりからお腹いっぱいになってきます。
このほかにも写真はないけど肉が好きな息子はチョリソと、ミラネサという薄切りビーフカツレツをオーダーして、息子も途中で死ぬほどお腹いっぱいに。
このミラネサと、このあいだ食べた白身魚のフライに付けあわせでのってたジャガイモがめっちゃめちゃおいしくて、日本人のわたしにはこれがどういう味付けで作られてるのか全然わからないんだけど、とにかくわたしはこれがいちばん好き、ってくらいにおいしい。このあいだ店主に訊いたら「そりゃ秘密のものが入ってるから」と笑ってごまかされたんだけど、今日はシェフに「あれはなんていう料理?」って訊いたら、「ジャガイモのピュレ」ってことでした。ゆでてマッシュして味付けしたクリーミーなジャガイモを表面だけ焦げ目がつくように焼いたもの。あれだけバクバク食べたいくらいおいしい。
それで最初から最後まで「おいしい」を連発してるけど、ここほんとに何を食べてもおいしいんです。どうおいしいかというと、まず味が濃くなくて、ぜんぜん油っぽくない。から、どんどん食べれてしまう。でもそれぞれしっかり固有の味があって、いってみればとても上品な味。いままで食べたタコスともチョリソともチリコンカルネとも全然ちがう。
最後に店主がお皿をさげるときに「辛くなかったですか?」と訊いたんだけど、みんなの答えは「ちょうどいい!」。それで逆に訊いたのは「ここの料理は日本人向きにアレンジしているんですか?」ってこと。そうしたら店主は「きっと日本の人はメキシコ料理を誤解してるんじゃないかと思いますね」とソフトな語り口で話しはじめた。「日本で一般に食べられているメキシコ料理(といわれるもの)は、もっと味が濃くてスパイシーで油っぽいかもしれないけれど、それはほんとうのメキシコの味じゃありません。ここで出しているのはメキシコのふつうの家庭で作られている家庭料理です。それはそんなにしょっぱくしない。おとうさんに出す料理はしょっぱくしてるものもあるかもしれないけど、たいがいはこんなものです。ときどき外国人が来て、塩をください、といわれることもあるけど、あっさりしたのが好きな日本人にはあってるかもしれないですね。それとうちの料理が油っぽくないのは、フライといっても油で揚げてるんじゃなくてフライパンで焼いてるからです。」ってことだった。
つまり、日本人が食べてるタコスやチリコンカルネやブリトーなんかはどうやらアメリカ的にアレンジされたものってことになるらしい。本場メキシコの味はもっと上品でやさしい味なんだなあ・・・・・・
食べようと思ったらもっと食べられそうだったけど、今日はこのあと家でバースデー・ケーキと珈琲が待ってるから、デザートはパスして終わりにした。
帰り際に厨房前で「おふたりの写真を撮らせてもらってもいいですか?」と訊くと、「えー、なんで? カメラ壊れるよ」と店主。壊れてもいいよ、ふたりとももっと寄って、というと店主、シェフを見ながら「えー、気持ち悪いよ」という(笑)。
で、この笑顔!

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はじめてこの店に来たとき、外から見たときの(ちょっとあやしい)イメージと中に入った感じが全然ちがってて、店主は無口だけれど人当たりがソフトで温かい感じで、出てくる料理がみんなおいしくて、びっくりしたのでした。帰りに夜道を歩きながら、まるで映画の中から出てきたみたいな人たちだったね。こんな店が近所にあったなんて! って。
今日も家族でおいしいものお腹いっぱい食べて二人の笑顔見て、とてもしあわせな気持ちで帰ってきました。
でもね、このあいだも今夜も我々がいた時間は我々3人だけだったの。
(家に帰ってホームページを検索したらGoogleのコメントに「奇跡的な店!」ってあったのにですよ。)
これってマズイでしょう?
なので、こんな素敵な店がつぶれたら困るので、わたしは折りあらば誰かを誘ってはここにタコスを食べに行こうと思います。いまこれを見てくださってる人もなかなかこんなローカルなところに来ることはないかもしれないけれど、西武新宿線に乗ったらぜひお立ち寄りください♪
よろしくお願いします。

 Posada del Sol 

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2018年1月 9日 (火)

ドリームボード

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オークション・システムはとっても便利なツールだと思う。
ときどきオークションに着なくなった服やいらなくなった本やCDを出品するかわりに、たまに好きなブランドのタグ付き新品の服やデッドストックの家具、中古のCDや古本なんかを格安で手に入れる。
世の中にはとっても器用な人がいて、オークション・サイトの中には既成品だけじゃなくていろいろなハンドメイドの作品を出品している人がいる。
そんななかの一人、ハンドメイドのコルクボードばかり出品されてる方に、オリジナルのコルクボードを作ってもらった。しかもメール・オーダーで。
オークションサイトでみつけて、いつかオーダーしたいと思いながら時が過ぎること早や数年。でもオーダーしてからは早かった。
もう暮れも押し迫ってからお願いしたのに、届いたのはなんと昨日。
そして、いかにも手慣れた丁寧な梱包をほどいてコルクボードを出してみたら、何から何まで素晴らしい仕上がり! 
欲しかった、白い雲がもくもくしてるみたいなデザインのボード。
机の前の壁に掛けてみたら、まるで目の前にあたらしい窓がひろがったかのよう。
これもわたしがイメージしたとおり。
なぜこんなコルクボードが欲しかったかといったら、自分のドリームボードを作りたかったからだ。
ビジョンボード。
またの名をドリームボード。
ここに欲しい物やピンときたものの写真や画像、ひらめいた言葉の端キレや思いつき、それから明日のタスクリストなんかをあまりいろいろ考えずに貼ってゆく。するといま自分が端的に手に入れたいものからなりたい自分、行きたい場所や到達したいヴィジョンのビジュアル・イメージが右脳(潜在意識)にインプットされるわけ。
こういうわたしを見て、息子はちょっと皮肉なj表情を浮かべて「ぼくってほんとに優しくないな」という。「人は年末年始に気持ちも新たにヴィジョンや目標を掲げておきながら、その後1年、そういう自分に負けつづける、っていうのがぼくの考えだから」と。
なるほど、たしかにそれはこのあいだ読んだ村上春樹の短編『ドライブ・マイ・カー』の中で、主人公である初老の俳優が、自分お抱えの運転手であるヘビースモーカーの若い女の子が煙草に火をつけるときに、「命取りになるぞ」と言って、女の子が「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」と言ったのとおなじくらい、当たってるかもしれない。
でも、あたらしい年にこういうことをせずにいられないのがおかーさんなわけ。
で、わたしは負けない。
というか、勝ち負けなんて正直言ってどうでもいいんだ。最初から。
それで、なんとなく小さな棚のところに、いつか横浜ではじめてangelseedさんに会ったときに買ったキーボードを弾いてる天使を飾ったら、なんだかこれってJさんみたいだな、と思った。Jさんはこんな頭じゃないけど、なんとなくとぼけたかわいらしいところがあって、天使になったらこんなかも、と思う。天国でも音楽をやりつづけてほしい。

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今朝、起きたときは雨で、窓の外はまるで北欧みたいな寒々しい景色だったけど、この写真を撮り終えてしばらくしたら俄かにパーッと強い光が射しこんできて、ドリームボードを飾った壁ぜんぶに虹が躍りだした。
まるで虹の洗礼みたいに。
一気に心が洗われた瞬間。
とにかく、何がどうでもこの三次元世界はつづく。
自分が生きてる限り。
前を向かなきゃね。

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そうそう、この素敵なコルクボードを作ってくださったのは、大阪在住のふっきゃんさんです。気になった方はブログ覗いてみてくださいませ

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2017年10月16日 (月)

こころのブロックをはずすには

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このあいだある女性と話してたとき、彼女が「わたしは子供を産んでないことに罪悪感を持っているんです」といったので、風邪であんまり声を出したくなかったにもかかわらず、「人には今生で持って生まれたミッションというのがあって、それは人それぞれみんな違う。子供を産んで育てるのがミッションの人もいれば、子供を持たずにGoing my way な人生を生きるのがミッションの人もいる、ただそれだけのことなんだから、他人に対しても自分に対しても、それに神さまに対しても罪悪感を持つ必要なんか全然ない。そんなものは早々に捨ててしまいなさい。ただ子供はとてもいいものだから、いまからでももし授かることがあったら間違いなくそれは宇宙タイングたから怖れずに臨めばいいし、逆に授からなくてもあなたにはあなたにしかできない素敵な人生があるんだからそれでいいのよ」と熱く力説してしまった。だって、こころに罪悪感なんか抱えてると間違いなく病気の素になるから。

子供を産む・産まないという問題だけにかかわらず、人は誰でも潜在意識の中に様々なブロックを抱えている。何かをして他人様からお金をもらうことに抵抗を感じるお金のブロックや、逆に自分のためにお金を遣うことに罪悪感を感じてしまうブロック。人の愛情を素直にうけとれないブロックや、愛情を素直に表現できないブロック。お金持ちに対するブロックや、貧乏人に対するブロック。容姿に関するブロックや、自分がこれまでしてきたことへの罪悪感によるブロック。人に理解されないことに孤独を感じつつも潜在的には自分の気持ちを明かしたくないブロックや、表現したいのと同時に人に見られたくないという自意識の二律背反のブロック、もう様々なブロック・・・・・・。

でも、くさい言い方かもしれないけれど、その様々なブロックを解かすのはいつだって愛なんだと思う。
このことろ小さな気づきがたくさんあって、たとえばわたしが負けず嫌いで気の強い女の人が苦手なのは妹がいるせいだったんだ、とか、わたしが初対面で女の人より男の人のほうがざっくばらんにリラックスして話せるのは母が6人兄弟の長女で、たくさんのいい叔父たちに囲まれて育ったからだった、とか、まあいろいろあるのだけれど、そのなかで最も大きかったのは、わたしはこれまでずっと自分が子供たちを守ってきたと思っていたけど、実は自分もまた子供たちに守られていたんだ、と気づいたことだった。まるで自分にとっての守り神みたいな存在。それはわたしにとってはちょっとした驚きだった。

昨日もそれをつよく感じることがあって、実は昨日わたしは出かけた先でとんだ失敗をしてしまって、それはいまのわたしにとってはけっこう手痛いミスだったから家に帰ってから人知れず落ち込んでいたら、素早く人の表情を読みとる息子が何かあったのかと聞いてきた。誰かにいうつもりもなかったし、息子にいえば「いったい何をやってるの」と責められそうなことだったから渋々話しだしたのだけれど、息子の反応は信じられないくらい寛容だった。そして、その寛容さに心底救われた。
頭の中で過去に似たようなことをしたときパートナーからどれだけ責められかということを思いだしたりしていたところだったからなおさらだった。
こういう失敗をしてこんなふうにいってもらえることもあるんだ、という驚き。
わたしは実際びっくり眼をしていたと思う。
息子は「そんなこと全然たいしたことじゃない。以上。この話はこれで終わり」といって、さっさと自分の部屋に戻って行った。
それでわたしも、もういいや、という気になった。
それは誰しもやりそうな間違いで、そういう行き違いが起こったとき、誰しもが自分とおなじような対応をするわけじゃない。それはまるで、ラッキーセブンの7777が逆に運悪くたまたま並んじゃったようなものにすぎないんだって。
そうして救われて自分のこころの中にあったブロックがひとつかふたつ取れた気がした。つまりは息子の愛ある言葉によって。
そういうのって、思いがけなくもらった花束みたいだ。

そこでもうひとつ思いだしたのは、「今朝うちの娘がガレージから車をだすとき壁にぶつけちゃってね。それをカミさんがしつこくガミガミガミガミ叱ってるんだ。娘はもう自分のしたことに驚いて反省して、すっかりしゅんとしちゃってるのにさ」という男友達の言葉。
そう、自分のしたことを反省してすっかり落ち込んでる人にそのうえガミガミいったりするのはまったくもって逆効果なのだった。わたしも母親からさんざんされたし、自分の子供にしたこともあるけど、それは人のこころにブロックをつくることにほかならない。そうやって、こころにできたブロックの中には人から植えつけられたものあるし自分でつくってしまったものもあるんだと思うけど、それを解除するのもまた誰かの言葉だったり、自分自身の気づきだったりするんだろう。
最終的には人を許し、自分を許すということ。

昨日はつめたい雨の中でかけて行ってたからものを手に入れたり、かと思ったらとんだ失敗をしたりという変な日だったけど、それを超えるいいことがあったから昨日はやっぱりいい日だ

写真は何かあるごとにひらいてみるリズ・ブルボーの『わたしを愛して』。
職場の上司が病気になったからといって心配するあまり、わたしの本棚から勝手にこの本をあげてしまった娘がAmazonで再度買い直してくれた。
たとえば、この本の『事故』の項を読むと、ふつう事故は偶発的なことだと思われているけどそれは単なる偶然の産物ではなくて、『偶然』というものは、神がわたしたちに語りかけるために使う手段のひとつに他ならない、と書いてあって「なるほど」と考えさせられる。

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2017年8月24日 (木)

愛を味方にする生き方 ♡

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昨日に引きつづき今日届いたのは、いま話題のプリミ恥部さんこと白井剛史さんの本、『愛を味方にする生き方』。
わたしがプリミ恥部さんのことを知ったのは、吉祥寺にあったカフェ『Room1022』でのことだから、もうかれこれ6年も前のこと。震災のあった2011年の秋のことだ。
Room1022でやまぐちめぐみさんの絵の個展が行われていて、それを娘と一緒に見に行って、カフェに置いてあった手書きのチラシを見たのがきっかけ。わたしがそのチラシをとって「これもらっていいですか?」と訊くと、カフェの店主は笑いながら「もちろん。でもあなたも変わってますよね。そのチラシを手にとって、もらっていいかっていったの、あなたがはじめてですよ」といった。
「なんで? だってこれ面白いこと書いてあるよ!」といって、わたしは店の中にわたしたちのほか誰もいなかったのをいいことに、思わずチラシの文面を声に出して読んでみたりしたのだった。店主いわく、チラシをパッと見て、なんとなく怪しいというか、胡散臭く思うみたい、ってことだった。
まあ、なんたって『プリミ恥部』だしねえ・・・・・・。
そのときすでにそのチラシには宇宙マッサージのことが書いてあって、「これってどんなの? どこで受けられるの?」みたいなことを彼女に訊いたと思う。
そのとき店主に聞いたところによれば、彼女の友人であるプリミ恥部さんはふつうの人がふつうにできるようなことがまったくできなくて、生活感もまるでなく、いったい何を生業として暮らしているのかもわからない謎の人で、だから『宇宙マッサージ』はどこかのカフェみたいなところでやってるみたいだけど、それがいつやるのか、いくらもらってやっているのか(そして、そんなんで生活できているのかさえ)全然わからない、ってことだった。ただマッサージのほうは才能があるらしくって、評判がいい、ということだった。
生来、好奇心が旺盛で不思議大好きなわたしだから、へえー、それはわたしもいつかうけてみたいなあ、といったのをおぼえている。
そのチラシはずいぶん長いことなんとなくとっていたのだけれど、さすがに6年もたってどこかにいってしまった。
そのときRoomの店主から聞いた、ある種『社会非適応人種』みたいなのがプリミ恥部さんの印象だったから、それから6年経ってこんな本を出されていたことを知り、巷で話題の人となっていることにちょっと驚いた。それに当時わたしはプリミ恥部さんて、てっきり女の人だと思っていたから、今回はじめて男性と知って、それにも驚いた。きっとふつう(Roomのオーナーがどこまでふつうかはおいといて)の人から見たら何をやっているのかわからなかっただけで、きっと当時からプリミ恥部さんはせっせと愛の布教活動ならぬ宇宙マッサージをやっていたのだと思う。
6年てけっこうな時間で、この6年のあいだにめぐみさんは天に召されてしまったし、最近たまたま知ったところによればRoomのオーナーもいまは結婚して子どもを産み、子育て中らしい。

この本については届いたばかりでパラパラっと見たくらいだからまだ何も書けないけれど、プリミ恥部さんいわく、地球(特に日本は)人に気をつかいすぎてものすごく息苦しく、キュークツになってるそうで、プリミさん自身は『人に気をつかうと即死』だという。その言い方には思わず笑っちゃうけど、言わんとするところはよくわかる。
わたしもこのあいだあるところで話していて、相手が誰かに気をつかうあまり、物事を無理にポジティブにしようとするあまり、ほんとのことに目を向けようとしないばかりか、目の前にいる人間(つまり、わたし)がほんとのことをいおうとするのまで封じてきたような感じがしてすごく息苦しく、キュークツな思いをした。
もともと嘘のつけないタチではあるけど最近、歳をとってますますそれがはっきりしてきて、自分ではそれがいいんだか悪いんだかわからないと思っていたけど、宇宙のエネルギーからするとそれでいいらしい。もう、自分に嘘をついて誤魔化して生きていける時代ではなくなったのだということ。

大体において人の身体というのは心で感じ、頭でいろいろ考える前にもうすでに答えをだしている。それを自分でもちゃんとわかっていながら気持ちや頭でいろいろ正当な理由をつけて言い訳したり、誤魔化したり、場を繕ったりするから(そういうことをやりつづけているから)、病気になるんだと思う。
エビデンス、という(つまらない)範疇においてはその証拠にもならないだろうけどわたしの肩がそのいい例で、肩関節痛、という、一見筋骨系の障害でありながら、自分に合わない場所に行ったり、人に会ったり、自分に合わない音を聴いたり物を見たりしてストレスを感じると途端に重たくなったり、痛みが増したりする。まるでセンサーのようなのだ。
そういう意味ではこの肩の痛みも、筋骨系の問題でありながら同時に心因性の問題でもあるように思う。

心当たりがあるとすれば長年、人に嫌な思いをさせるのが嫌、という理由で無意識に人に気をつかってきたのと、同様に人を傷つけたくなかったり、疲れる喧嘩に発展させたくないために自分の怒りや気持ちを抑えつけてきたこと。
もう実際にこれだけ身体に痛みがでているのだから、そんなことはこの先やってられない。
ある時期から人に嫌われることがどうでもよくなってきた。
今後も自分に正直になることで人から非難されたり、嫌われたり、かつて大切だった人が去っていくようなことがあっても、それはそれでもうかまわないと思ってる。
この世のすべてのエネルギーは片時もこの場に止まってはいないから。
それでいっとき友人が激減するようなことがあったとしても、わたしのこの性格じゃそれもいっときのことだと思うから。
孤独もまたよし。

でも、人に気をつかうかわりに愛をつかえたら、それをみんなができるようになったら、この世界はどれだけハッピーになるだろう!
それについて書かれたのがこの本なのじゃないかと思う。

昨日に次いで、本の横に置いた大きいボトルのフラワーエッセンスはリンガリンガソープさんのオリジナルで、こころが軽くなるエッセンス
フラワーエッセンスも、わたしが確かな効果を感じているもののひとつです。

宇宙マッサージ、いつか受けてみたい。
自分の子どもにも父にも妹にも受けさせたい。
肝臓がんで認知症の父があとどれだけ生きられるかわからないけど、たとえあと半年一年でも心身共に解放されて、いまより楽に自由に(自分に贅沢することや楽しみを許して)生きられたらどんなにいいだろうなあー! と思うのです。

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2017年8月23日 (水)

獅子座の新月に

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8月8日の満月のとき、水瓶座は『転機』とあった。
それは最初、わたしにではなく、わたしの家族にやってきて、その展開に驚いてたらその後わたしにもやってきた。それは小さなことかもしれないけれど、いままでなかったようなこと。
そして先日、欲しいフラワーエッセンスがあってサイトに行って、買う直前になって何故か突然、べつのフラワーカードが気になってそれをひらいた。
そこに書いてあった言葉は、『再生』。
いまの気にぴったりだなと思って、けっきょくそれを買った。
それが新月だった昨日、夕方買いものから帰ったらポストに届いててうれしかった。
さっそく今日からつかう。
ニュージーランドから届いた小さな箱には、プレゼントでもらったサンキャッチャーがひとつ。南の窓にはもうたくさん飾ってあるから、ちょっと考えてから北側の小さな窓に付けた。

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2017年3月26日 (日)

川越八幡宮

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子供のころから西武線の『本川越』に乗っているのに、いままで一度も終点の本川越まで乗ったことがなかったのです。
わたしの子供たちは小さいころ母に菓子屋横丁に連れて行ってもらったりして何度か行ったことがあるのだけれど、わたしはそのころ土日も関係なく働く身だったから一緒に行くどころじゃなかった。
今日、外は一日つめたい雨だったけど、もう夕方ころになって「行くなら今日しかない!」と思い立って行って来ました。
なぜかというと、ここは足腰の健康にまつわる神さまが祭られているから。
子供が小さかったころよく見ていたTV『日本昔ばなし』でも紹介された『相撲をとった狐さんの話』に由来しているそうです。
近々、ちょっと大変なオペを受けることになった友達のために、オペが無事に終わってまた元通り元気に歩けるようになるように、それから、この友達とわたしの父が一生自分の足で立って歩けるように、しっかり祈ってきました。

それと、、、今日のお目当てはこれ。
足腰のお守り。

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足あとが付いてて、なかなかユニークなお守りです。
そしてユニークといえば、ここには『ぐち聞きさま』といって、聖徳太子の姿をした神さまもいて、この神さまに悩みを聞いてもらうと心がすっきりして心穏やかにすごせるそうです。
わたしは基本、『言ってもしょうがないことは言わない』という主義なのだけど、このところストレスを感じることが多くて、ちょっとお姿を見て話を聞いてもらいたいようだったけど、あいにく今日は時間が遅くてもう見ることができなかった。代わりにストレスに弱いうちの家族みんなのために、心安らぐお守りを買ってきました。このお守りが向かい合った二羽の白い小鳥ついた、なかなかラブリーなお守りなんです。
クリーム色とピンクとあって、息子・娘・自分のために色違いで買ってきました。

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かつての城下町だった川越は、『時の鐘と蔵の町』といわれるように、情緒あふれる古い蔵造りの町並みが有名な観光名所です。
今日は帰りに蔵のカフェでもみつけてお茶でもして帰ろうと思っていたのだけれど、お守りを買うとき住職に聞いたら、ここから徒歩だと蔵の町まではかなりあるし、早い時間に閉まってしまうお店が多いというので、雨もひどくなるいっぽうだし寒いので、今日はあきらめてまっすぐ帰ってきました。

うちからだと電車に乗ってもたったの30分。
こんな近いところにこんな観光名所があったとは。
いつか天気のいいお休みの日に、ぶらぶらお散歩しに行きたい。

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2017年3月13日 (月)

PowerVoiceミーティング♪

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今日は午後から素敵な人と仕事のミーティング。
自分のほうが早く着いて待ってるつもりが、電車が遅れてタッチの差で先に着いた彼女。
わたしが席に着くなり配色の違う2冊のノートを差しだして「早苗さん、どっちか好きなほう取ってください」っていうから「じゃ、ピンク!」といってピンクと緑の配色のノートをもらったのだけど、これあんまり軽いから思わず2冊買っちゃったんです、って。
もう2時なのにまだお昼を食べてない彼女がランチをすませるあいだ軽く話をしていて、彼女何をいいだすかと思ったら、わたしが彼女にはじめて送ったメールをカギ付けて保存しておいたんだって。
なんだ、彼女もわたしとおんなじだなあ、と思った。
わたしも直さんからきたメールをカギ付けて保存してたりするから。
(いや、といっても「今日はライブに来てくださってありがとうございます!」みたいな、なんてことないフツーのメールなんですけど。)
そのメールが昨日、携帯いじってたらふいに出てきて、それ読んだらあらためてそのときのわたしの熱さが伝わってきて、これまでずっと自分1人で孤独に仕事してきたから、早苗さんのこと仲間なんていっていいのかわからないんですけど・・・・・、といいかけたから、わたしは「何いいたいのかわかった! でもそんなの、わたしだっておんなじだよ!」といったのでした。
彼女はこの十数年、本社から遠く離れて1人で黙々と様々な葛藤を抱えながら仕事してきたわたしにはじめてできた仲間、というか相棒です。
つまらない相手だといくらでも黙っていられるわたしだけど、この相棒とだといくら時間があっても足りないくらい話は尽きなくて。
ひとつのことからいろんなイメージが湧いてくるし、いろんな可能性、やりたいことが見えてくる。声のこと、からだのこと、歌のこと、音楽のこと、言葉のこと・・・・・・
そんなわけで今日も気づけばあっという間の4時間。
よくまあ、これだけ仕事のことを夢中で話しつづけられるもんです。

世の中にはいろんな考え方の人がいて、自分がやってることを頭から否定されることもあるけれど、そういうことももうあんまり気にならなくなってきました。
自分がこれだけ面白いと思うことは、自分とおなじように面白いと思ってくれる人がきっといると思うからです。

そういうわけで、5月に東京でまたPowerVoiceセミナーやります!
詳細は近々、オフィシャルサイトから告知予定です。

滅多にないこと、仕事の宣伝でした(*^-^)

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2017年2月12日 (日)

ウェイクアップ・コール

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時は片時も止まっていなくて、ひとたび満ちた月は満ちた端からまた欠けていく。
移ろうひかり。時間。
彼女のことは今日から『ウェイクアップ・コール』と呼ぶことにした。
そうすれば物言いに乱暴で意地悪なところがあっても、全ては人の目を覚ますために現れた人なんだと思えば、それさえありがたいと思えるかもしれない。
欠けていく月とともに自分の中にあるよけいなものも捨ててしまおう。
さよなら、昨日までのわたし。

写真は、『ウェイクアップ・コール』といったらこの石。
わたしの宝物のハーキマー・ダイアモンド☆

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2017年2月 8日 (水)

バースデー・フラワーと今日のオラクル*

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食卓に花がある。
娘がわたしの誕生日に買ってきてくれた花。

17ranunculus

そのままコサージュにしたいような、かわいい絞りのラナンキュラス。
こんな絞りのラナンキュラスを見たのははじめてかもしれない。
これが今日のいちばんいいもの。
で、今日もしあわせな一日がおくれるはずたったのだけれど残念。
昨日の夕方から胸に引っかかってることがあって午後には苦しくなって、そうだ、Close Your Eyesで買いものをするといつも付いてくるオラクルカードがあったっけ。
と思って届いた封筒をあけてみると、カードにはこんな言葉が書いてあった。



   無理に何かをしようとしてはいけないよ
  人生をなすがまま解き放ってあげなさい
  見てごらん
  神は毎日何百万個の花を咲かせているよ
  つぼみになんの力も加えないで

            バグワン・シュリ・ラジニーシ



それで、ふう~っと固くなったみぞおちがゆるんだ今日のわたしです。
それにしてもよくもまあ、毎度こんなぴったりなカードがやってくるもんです。
おそるべし、波動。

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