幸せの力

2009年10月22日 (木)

LOVE、またはbrave?

Yasukuni_jinjya_2

わかんねー女だよなぁー、と思いながら九段下の駅の階段を上がる。

だいいち『そうきちは遠くにありて思うもの』なんて、ひどいじゃないか。

『でも愛してるからね』だなんて。屈折してるよなぁ~・・・

その点、私の愛情表現はストレートだ。

好きなものは好き。行動するときはする。

それにしても最近、あらゆるものに対する執着心がことごとく薄くなってきて、ともする

と大切なものの前もスルーしてしまいそうだけど・・・

でも、やっぱり守るべき大切なものは守らなきゃならないんだと気づいた今朝。

彼女の歌声を聴いて。


靖国神社の大きな鳥居を左の肩越しに眺めてビルに入る。

先日、大勢でミーティングした場所で、2時間ばかり1:1でその会社のボスと話した。

いくつになっても人からものを教えてもらうことはとても貴重で、その機会じたいとても

ありがたいことだと思うけれど、いつも自分のことは自分で考えるからいいと思ってい

る私を、ひどく心配している古い友人がいて、それを人の口から聞くことになろうとは。

女友達とはまた違う、男友達の愛情の大きさに驚いてしまった今日この頃。

「よろしくお願いします」なんて言われるの、ウェディング・パーティー以来か。

なんだか不思議。そして正直言うと、ちょっと面倒。

人のことならいくらでも一生懸命になれるのに、いざ自分のこととなると逃げたくなるの

はどうしたものか。それで、こういう性格はけっきょくMちゃんとあんまり変わらないか、

とも思ったりして。

その人は、私の仕事のこと以外の頼みも快く引き受けてくれた。

ビルの前で深くお辞儀をして帰る。


帰りに見た大村益次郎の銅像。

この絵をbrave と見るか不穏な未来と見るかは、君の心のありよう次第。

Yasukuni_jinjya_01_2

| | コメント (0)

2009年6月19日 (金)

見えない力で

Rainbow_crystal

それであなたはだいじょうぶなの?

私が息子の病気についてひととおり話し終えるとAはそう言った。

だいじょうぶって何が? 

ぼけぼけしながら私が聞き返すと、Aは「あなたの体調だよ。最近、調子はどうなの」

と聞く。「うん。そりゃ、いつもあなた様に言われてるとおりもう年ですから、日々肩こ

りがひどかったり眼精疲労がひどかったり頭痛に悩まされたり何かしらあるけど、でも

だいじょぶです。私は神様にはすごく愛されてる感じがするから」

私がそう答えると、「それはいいね。それならだいじょぶだ」とAは軽い調子で言った。

それなら全然心配ない、といった口調だった。

友人Aという人は私のそんな言い方でそういう理解をする人なのです。でもってその理

解で私には充分なのだ。もし「神様だって?!」なんて言う人だったら私とはたぶんき

っと全然合わないし、私のことを半分も理解できないでしょう。世の中にごくわずかで

も話が通じる相手がいるというのは、ありがたいことです。

Aは生まれたときから医者になることが義務付けられていた医者であって、よりにもよ

って医者嫌いの私がこんなにも長くAと友人関係を続けることになろうとは(しかも一緒

に仕事をすることになろうとは!)何の因果で、と思うけれど、それもそれ、Aがいささ

か変わった医者だからかもしれない。

彼は35歳の頃だったか、あることが原因でガンになった。手術こそ普通にしたけれど

その後の化学療法などはいっさい拒否して、家族に承諾を得てあるスピリチュアリスト

とともにペルーに行き、そこでメディテーションをマスターした。このあいだ、その後の

経緯のことはすっかり忘れてしまって、「結局どうやって治したんだっけ?」と聞いたら

好きな音楽をやって、楽しく歌ったり踊ったりしているうちに治ってしまったんだという。

そんなAが今は気功のマスターになるために励んでいる。

「治し手として神の手になりたいわけね?」と言ったら、「そう!」と答えが返ってきた。

もともとは愛娘のアトピーがひどいのでそれをなんとかするためにと始めたことのよう

だけれど、やるうちにこれは自分の医療にも使える、と思ったらしい。

最近、うちの息子は深夜にAの遠隔治療を受けています。

『人の意識は光よりも早く地球の裏側までだって届く!』というのが私の持論だから、

大阪 → 東京間を人の気が飛んできて病気を治したってなんの不思議もないけれど

それでも息子が「今日は足の底(足の底!笑える!)がピリピリ熱くなりました」と言っ

ているのを聞いたときは、「おお、ほんとに飛んできてるんだ!」と思いました。


今日、息子が先日受けた検査の結果を聞きに行きました。

結果は、最初に医者が予想していたとおり(そして我々が懸念していたとおり)国が指

定する難病でした。

「国家がしている難病になったとは、まいったね」

と私が言うと、「でも治るんでしょ?」と他人事のようなことを言う息子。

「うん。もちろん治るよ。お母さんはそんなに心配していません」と言えば、「なんで?」

と聞くから、「ここは清められた場だし、ヒマラヤ岩塩だってあるし石だってあるし、遠隔

治療だってやってるし、それにホ・オポノポノだってあるしね」と答えました。

だいいち、それは自分の心が作りだした病気なんだから、と言うと、息子は「わかって

るよ」と言った。このあいだ病院に検査に行った帰りも今日も、そのことを考えながら

帰ってきたのだそうだ。思いのほか神妙な返答に内心感心しつつも、「心が作りだした

病気なら、それをなんとかすれば治るよ。難病になるなんて心がよっぽどだったってこ

とだよ。特に怒り。怒りって人間の最もいけない感情だね。ま、せいぜいホ・オポオポ

ノやるんですね」

なんてところで今日の話は終わった。


写真は最近、手に入れたナチュラル・ジェネレーター・クォーツ。

手もとにくるまで気がつかなかったけれど、まるで親子ドルフィンのように並んだ小さな

ポイントには、なんと鮮やかにレインボーが出ていた。しかもアーチの形で。

夢のようなクリスタル。これを吉兆と言わずしてなんと言おう。

眺めているだけで右脳にシフトして、シャングリラにワープしてしまいそうです。

| | コメント (0)

2009年3月11日 (水)

ふしぎ・大好き

Crystal_05

「石オタク」、と言われてしまった。

今年のお正月、冬の陽が燦々とあたる窓辺で、届いたばかりの福袋ならぬ福箱を開

けて、中から出てきた群生水晶を光に透かしながら、「なんてキレイなんでしょう!」と

みとれていて、娘に。

昔から私は家にいるより外にいるほうが好きだから、どうやったって私はお宅じゃなく

てお外でしょう、と思っていたのに、最近どうやらそうとも言えなくなってきて、おまけに

石については確かにそういうところもあるかも、なんて思う始末で。

1日の大半をコンピュータの前で、ごく限られた人、ひどい時は誰とも喋らずにメール

とチャットなんかでやりとりしていると、どうしたって心は有機的なものへと向かってい

いって、いっそ誰かに電話して話そうかとも思うけれどそれもなんだか億劫だし、ベラ

ンダに出てもこの時期花も咲いてないしと、そんなときには、石を眺める。

Crystal_02

石っていうのは不思議なもので、ふと気づくと手元に届いたときとはいつのまにか様

相が違っていることがある。かつてはなかったクラックができていたり、またなくなって

いたり、インクルージョンが複雑になったり、クリアーになったり、そうかと思うときれい

な虹が出現したり。私はサイキックじゃないから石が持っているエネルギーを正確に

感じたり、石が発しているというメッセージを人間の言葉で読み取ることはできないけ

れど、つくづく石っていうのは生きものなんだな、と思う。

このあいだ、もう元気がなくなってしまったインカローズのブレスレットを机の引き出し

の中にしまって、翌日開けたらゴムが切れてバラバラになっていた、ということがあっ

た。着脱時に負荷をかけたならともかく、何もしないでゴムが切れるというのは不思議

なのでちょっと調べたら、そんなときには再び作り直したりしないで、もうお役目を果た

したということで、お礼を言って御神木の根元に埋めたほうがいい、とあった。そのブ

レスを買った時期も理由もはっきりしていたから、なるほど、と思った。私はもうその

一件からはすっかり立ち直って、開放されたってことなんだろう。

まさかどこかの御神木の下を勝手に掘って埋めるわけにもいかないから、それは唯一

庭に植えてあるバラの根元にでも埋めようと思う。インカローズだけにぴったりかと。

この不況のせいで世の中はパワーストーン・ブームだそうだけれど、パワーストーンを

買った6割の人が効果を感じていないどころか信じてもいないらしいというのはまったく

馬鹿げたことだと思う。ただのお守りなら他にいくらだってあるのに。

少なくとも私は石からの恩恵を受け続けていると思っている。

石が人を浄化する。石の持つ波動が人を愛でいっぱいに満たす。日常にシンクロニ

シティや変化をもたらす。縁や運を運んでくる。

そして人生までをも変えてしまうことがある。

そんなこと信じるものか、という現実主義者、唯物論者はそれで結構。

時に人と話すより、無言で何かを語りかけてくるような石と向き合っているほうがずっ

と安らげるときが私にはあって、それはそれでいいじゃないかと思う。

もし、いつでも行ける近さに海があったら、石はいらないかもしれない。

でも、ここには海はないから、石の中に広がる一筋のきらめく天の川、ティンカーベル

が振りまく光の粉、雨上がりのレインボー、嵐の荒れた海を思わせる波のかけらなん

かを眺めている。

Crystal

写真は六芒星のクリスタル。この六芒星は愛の波動、だそうだ。

これを誕生日にプレゼントした友人は、取り出して初めて手のひらにのせたとき、な

んだかブ~ン* と細かなバイブレーションのようなものを感じたそうだ。

不思議。

子供の頃から不思議って大好きです。

Crystal_07

| | コメント (0)

2009年2月28日 (土)

土居珈琲の心意気

Doi_coffee_03

土居珈琲さんの定期宅配便をとるようになってから、もうどれくらい経ったろうか。

最初の頃は、毎月第4週の木曜に発送されて金曜か土曜に届く、箱の外からも珈琲

のいい香りがするその荷物を、まるで宝物のように受け取っていた。

今ではすっかり慣れて当たり前のようになってしまったけれど、それでもときどき土居

珈琲の珈琲豆が無くなって近所の焙煎問屋で追加で買ってくるようなとき、その歴然

たる味と香りの違いに驚き、あらためて土居珈琲の仕事に感謝するようなこの頃だ。

世界でたった5%の人しか飲めないスペシャリティー・コーヒー。

かといって近所で買ってくる豆とくらべても特別値段が高いわけではない。

それもそのはずだ。

土居珈琲のホームページで見ると200グラム1400円する豆であっても、定期宅配と

いう特典でもって全て同じ価格のパッケージで出してくれているのだから。おまけに去

年までは送料も取らなかった。去年、原油が高騰してついに送料をいただかねばなら

なくなった、というお知らせがきたときも、土居珈琲もついに値上げか、という思いより

今までよく頑張ってきたよなあ、という思いの方が強かったくらいだ。

その土居珈琲さんからの2月の定期宅配が昨日届いて、いつもは届いたらすぐに開

封して冷蔵庫にしまうところを、バタバタしてそのままになっていた。

それを今日開けてみて驚いた。こんなのが入っていたから ・・・・・・

Doi_coffee

きちんとした文章で書かれた誕生祝のお手紙と、市場には出回らないというプレミア

ムのスペシャリティー・コーヒーが100グラム。びっくりです。

世の中は毎日、不況だ人員削減だ倒産だと言っているのに、ここは今まで豆と一緒に

同封されてきたセット内容の解説レターもいつのまにか普通のモノクロ・コピーからカラ

ーになっているし、そしてこの心意気。すごいじゃありませんか。

今までだって夏にはアイスコーヒー用の豆がプレゼントで付いてきたり、時にはスペシ

ャルなお試し用の紅茶が付いてきたりしたことはあったけれど、誕生日のプレゼントを

もらったのは初めてです。

・・・ というわけで、宣伝のつもりじゃ全然ないけれど、自分も仕事をする人間のはしく

れとして今日はとても嬉しかったので、思わずここに書いてしまったというわけ。

実は去年、土居珈琲さんが値上げをするより前に我が家も経費削減で5点セットから

3点セットに縮小してしまったのだけれど、そうなると今度は豆が足りなくなることもあ

るわけで、ちょうどいま飲んでいるのが近所の焙煎問屋で買って来た珈琲豆。

まだそれは残ってるけど、せっかくだから、さっそくプレゼントでいただいたのを開けて

みた。袋に書いてあった銘柄の名前はハニーツァルキー。う~~ん、いい香り ・・・

そして実際に飲んだら、いつもと使ってるお砂糖の分量は一緒なのに甘い!

これは豆本来の甘み。

やっぱり土居珈琲さんの豆は全然違うなあ、と久しぶりにしみじみ美味しい珈琲を味

わったのでした。

Doi_coffee_01

| | コメント (4)

2009年2月26日 (木)

ヒマラヤブーム

Himaraya_02

最近のマイ・ブームはヒマラヤです。

とだけ書いてピンとくる人は、私と同じ嗜好(志向)を持った人だけでしょうけれど。

そう、あのヒマラヤ。

ネパールの、地球で最も宇宙に近い山々、とも、天下の屋根、とも呼ばれるヒマラヤ

山脈。そこで現地の人によって命懸けで採掘されるヒマラヤ水晶は水晶の中でも最

もエネルギーが強くてパワーがあるとされているのだけれど、同じくヒマラヤ岩塩も、

ヒマラヤの麓の2億5千年前の地層、地下1500メートルから採掘されるだけあって

塩にして、ただの塩にあらず。

そのヒマラヤピンクソルトで作られたキャンドルホルダーを買いました。

これが入った箱を開けたのは今日の夕方、半日エクセルに向かって集中して作った

仕事の資料がぶっ飛んだ直後。(『名前を付けて保存』で、ちゃんとファイル名を入れ

て保存したのに無くなるなんてなぜっ!!! weep

しばし遠く離れた会社の同僚とスカイプで空しい会話をして、もはや今日はこれまで、

とコンピューターの電源を切って、板の間に座ってダンボールを開けた。

まずはハートの形をしたヒマラヤピンクソルトを手の平に載せてボーッ。

Himaraya_01

昔からクリアーでありたいという強い願望はあったけれど、去年から浄化に対する欲

求が徐々に高まってきて、それは自分の身のまわりのみならず自分の心身にまで及

んでいて。しばらくきれいなピンク色の岩塩を眺めていたら無性に食べたくなってきた

ので、少し欠いて食べてみようとしたけれど、岩、というだけあって簡単に砕けるような

もんじゃない。まな板の上で包丁でガリガリと少し削って舐めてみたら、ただしょっぱい

だけじゃなくて、滋味のある深い味でした。もともと塩好きの私。

それから気を取り直して立ち上がり、もう夜で、外は雨が降っていたけれど家中の窓

を開けて掃除をした。掃除をした後、部屋のあちこちに岩塩を置く。

食事の後のテーブルでキャンドルに火を灯した。

キャンドルホルダーの箱の下に入ってた、塩でうにゃうにゃになった紙には、こんなこ

とが書いてあった。

 ●マイナスイオンを発生させることにより、空気中の有害なものを中和し、自宅にい

  ながら自然の中にいるような気分にさせてくれます。

 ●アレルギー体質の方にとってとても大切な、きれいな空気をたくさん作り出してく

  れます。

 ●寝つきの悪い方にマイナスイオン効果が不思議と安眠にさせてくれます。

 ●ヒマラヤソルトランプをつけるたお部屋の植物やお花は育ちがとても良いです。

 ●コンピューターの周りにソルトランプを置くと、コンピューターから出る電磁波をマイ

  ナスイオンに変え、快適な空間を生み出します。etc ・・・・・

確かにランプからは涼しい風が生まれてくるのが感じられたけれど、それ以上にこの

岩塩はとても美しく、その灯りは温かくて、いつまで見ていても飽きないのでした。

コンピューターの電源を切ったまま、音楽も聴かず、キャンドルを灯したテーブルで私

が何に熱中していたかというと、まんだら塗り絵です。

Himaraya_2

| | コメント (0)

2009年2月 7日 (土)

天使が届いた。

09angel

前日体調がイマイチだったのと妙な物音が気になってなかなか寝つけず、今日は朝

から仕事のミーティングだというのにうっかり寝過ごす、というありえない失敗をして、

心臓が止まるほどびっくり、茫然自失、駅まで猛ダッシュ! というとんでもない事態

で始まった誕生日 ・・・

3時間におよぶミーティングが無事に終わって、仕事仲間とランチをして、帰りの電車

に乗ったら一気に肩の力がぬけた。そうしたらいつの間にか眠りこんでいた。

朝ごはんも昼ごはんも作らなかったかわりに子供にケーキをお土産に買って家に帰っ

たら、香港からEMSが届いていた。

1月の終わり頃にオーダーして、向こうの旧正月をはさんでちょうど誕生日の日に届く

ってことは、これも縁があったってことなのかな、と思う。ブレスレットに付いていた天

使のチャームをはずして、マクロのレンズ越しに眺めていたら、なんだかすごい浄化

のパワーを感じて癒されてしまった。

小さなブルーのメッセージ・カードに付いていた、オマケらしいストラップも天使。

頭が水晶で翼がローズクォーツでスカートがロードナイトのこの天使、レンズ越しに、

まるで魂があって勝手に踊るみたいな動きをするから驚いた。

09angel_03

09angel_04_2

メッセージ・カードには『2009年が飛躍、前進、スタート、再出発の素敵な年になりま

すように。感謝をこめて』と書いてあった。このストラップは娘にあげた。

この日、F.O.B COOP から届いたのもエンジェル。

このフックは息子の部屋に付ける。

09angel_06

それから自分でオーダーしていたもの以外に贈り物が2つ届いていた。感謝!

夕方、行きと帰りで違うルートで帰って来たものだから、駅前の駐輪場に置きっぱなし

になってしまった自転車を取りに行こうとしていたら、父から「今から行くから」と電話。

娘の誕生日以来、我が家はケーキやらトリュフやら甘いもの漬けなうえにさっきもケー

キを食べたばかりだというのに、ケーキを10個も買ってやってきた。折りしも夕飯時。

息子はすっかり外食に行く気で待機しているし、「せっかく買ってきたんだからいま食

べなさい」とか言われても私は食べられるわけもなく、ありがたいやら困るやら。

そうこうしているうちに今度は電話が鳴り、誰かと思ったらスイミングクラブで前に一

緒に泳いでいた誕生日が私と同じHさんだ。私も電話しようと思っていたところだった

からそう言うと、「元気だった?」と明るい声。「今日クラブで会えると思っていたのに、

あなた休みだったから」と言い、「私もう74歳よ!」と言う。でも、その声は晴れ晴れ

としていて若々しくて、とてもそんな風には思えないのだ。なんたって60過ぎてから水

泳を始めて今はほとんど毎日のように午前中泳ぎ、午後は高血圧とメタボ解消のた

めにヨガに体操をやってる彼女。医者にお金を払うくらいだったら高くてもジムに払い

病気になって薬を飲むくらいだったら予防のために前にサプリメントを飲んだほうが

いい、と言う彼女はすごくコンシャスな74歳だ。父と3つしか違わないのに、どうして

こうも違うんでしょう。

父も外食に誘ったけれど、「具合が良くないから帰る」と言うので途中まで送ってゆき

私は自転車を取りに行った。もう疲れて私はどこにも行きたくなかったけれど、それか

ら子供と3人で外に食事に行った。

結局、母親の誕生日なんて自分の日であってないようなもんです。

そしていま、コンピュータの前にいたら、もうとっくに寝たと思った娘が起きてきて、何

やら私にくれました。いつも「私は手抜きはしない」が口癖の(絵に関しては)完璧主

義の彼女、でも私に何かくれるときはきまって「時間がなかったから」って言ってくれる

のよね。ラフに描かれたその絵は、でも私っぽい色かな。

今日最後の締めも天使でした。

年齢まで書いてあるのはBOOですが、裏には鉛筆書きのメッセージもあって。

09happy_angel_2 

ひどく長く長く感じられた1日。1日でたくさんの学びがあった今日。

今日これまでなんとかやってこられたことと、関わった全ての人に感謝。

| | コメント (6)

2009年2月 4日 (水)

立春

09rissyun

立春です。

新しい1年の始まり。

この後すぐに誕生日がくる私としてはより新しい1年の始まりと感じる。

今年も毎年恒例の明治神宮参拝に行く。

ここ数年、立春は良いお天気だったような気がするけれど、今日は薄曇り。

お陽さまが出てないぶん少し寒いけれど、それでもこれは2月の寒さじゃない。

いつか来たときは、木立の足もとに分厚く積もった霜が冬の陽にきらきらしていたけれ

ど、今日は霜が積もった形跡さえないし、手袋もいらない。

深い鎮守の森に足を踏み入れると俄かに辺りはしんとし、浄まった大気に包まれる。

赤坂の会社に通勤していた頃、毎日混雑した不機嫌な電車に乗って、電車が原宿の

ホームに近づき、車窓いっぱいに鬱蒼たる緑が映し出されると、それだけでどんなに

ホッとしたかわからない。

09rissyun_01

ここはいつもなのかもしれないけれど、今日が何の日か知ってか知らずか、今日もた

くさんの外国人が参拝に訪れていた。

参道は長いけれど参拝自体はあっという間に終わってしまう。

原宿の景色もずいぶん変わってしまったけれど、祭日の表参道に日の丸の旗が翻る

景色は昔と変わらない。

09rissyun_02

お洒落なファッションの街に日の丸の旗が翻る、この対比が私はけっこう好きだ。

猫のように昔馴染みの店をちょこちょこ覗きながら、246に出る。

09rissyun_03

スパイラルで前から気になっていた 野田琺瑯 の容器をみつけて、思いきってレクタン

グルの浅型Mと深型Mをひとつづつ買った。

Noda_horo

これ、あらためて手にとったらすごくいいです。すごく使えそう。

乳白色のあたたかく清潔な感触。下ごしらえした食材を入れてもいいし、調理したもの

を保存するのもいい。詰めていった食材をこのまま出してもおかしくないどころか、白

い容器はきっとおいしそう見えると思う。冷蔵はもちろん、琺瑯だからこのまま火にも

かけられるし、何を入れても容器に匂いがつかないのが嬉しい。

さて。これで準備万端。

これに自分で作ったお惣菜を詰めて、お花見にもピクニックにも花火見物にだって出

かけられそうです。さっそくこの日の夜は深いほうにサラダ、浅いほうに揚げるばっか

りに下ごしらえしたカキフライを詰めて実家に出かけました。出張料理人。

実はそのために買ったんですけど ・・・

Noda_horo_01

良い道具っていいですね。

常日頃から私は日本人はもっと自国産のものを使ったほうがいいと思っているのだけ

れど、付いてきたリーフレットの中の『洗い桶』の説明に書いてあった言葉。

『目にも優しい乳白色、手作りならではの温かみのある洗い桶。水を張るとキッチンの

光で洗い桶の中は、さらに清潔感溢れる明るさになり、お野菜についている小さな砂

の粒ひと粒も見逃すことはありません。そして何よりも、”洗う楽しみ、喜び”を感じさせ

てくれます。』

洗う楽しみと、喜び。考えたこともなかった。

でも、これぞまさしく日本の主婦の感覚って感じじゃないですか。

そういえばSとつきあい始めた頃、珈琲好きのSの誕生日に初めてプレゼントしたのが

ここの白いホーローの珈琲ポットとマグカップだったんだってことを思い出した。

あのポットはどこに置いてあっても絵になる素敵なポットだったなぁ、と思う。

これからちょっとづつ増えてゆきそうな野田琺瑯の容器。おすすめ!

| | コメント (0)

2009年2月 3日 (火)

節分

09setsubun

環境やライフスタイルの変化で大人の生活からも子供の生活からも徐々にリアルな季

節感が薄れつつあるこの頃だけれど、それでも四季があって、四季折々の行事があ

る日本はまだ自然と季節の移ろいを感じながら暮らせる国だと思う。

春の七草セットもそうだけれど、最近は便利になって、節分も近づくとスーパーには福

豆だけじゃなくてこんなものまで山盛りにされて売られている。

節分に玄関に飾る魔よけのひいらぎ。

山盛りにされているってことは、それだけ売れているってことだろう。

先日、家に来た父が「もう節分だね」と言うので、「うん。豆ももう買ってあるよ」と言っ

たら、父は「豆まきなんかするの」と言う。毎年やってるよ、と答えてアルバイトに出か

けようとする息子を見ながら、「この子も成功しなきゃならない子なのよ。鬼はちゃん

と追い出しとかなきゃね」と言ったら、息子は「僕は鬼も味方につける」なんて言いな

がら出かけて行った。

鬼が意味するところはいっぱいある。災い、不幸、病、貧乏、人の良くない思い etc;

立春の前、1年の終わりでもある節分に浄化をするのは理にかなったこと。

窓を開け放って家中の掃除をする。掃除が終わったら玄関で香を焚く。花を飾る。

そして今年はこれだ。

09setsubun_01

恵方巻。またの名を丸かぶり寿司。

こんな習慣が始まったのはいったいいつからだろうと思うけれど、今までは恵方(今年

ラッキーな方角)を向いて太巻を丸齧りするなんてお行儀が悪いし、だいいち食べにく

いし、およそ東京人のすることじゃないよ、と思っていたのだけれど、この間たまたま

ラジオから聞えてきた『いまセブンイレブンで恵方巻を予約すると、恵方がわかる方

位磁石プレゼント』の声。そ、私はそれが欲しかったわけです。

どうせオマケでくれる方位磁石なんてオモチャみたいなものだろうとは思ったけれど

大晦日に貼り損ねた一陽来復のお札を節分の夜中に貼るのに、いつもの目検討よ

りはいいだろう、ということで。実際、オモチャみたいな方位磁石をもらって部屋の方

位を見たところ、微妙に東西南北はずれてました。

さて、この丸かぶり寿司。なんでも今年はあの料理が上手い森公美子がプロデュー

スしたということで、七福神にちなんで豪華な7つの食材が入っているらという。

一見、ごく普通の太巻なんだけれど、これが食べたらすごく美味しかった!

ジューシーでおいしい出汁巻き卵と、あなごと、どう見ても本物の蟹としか思えないカ

ニかまぼこの絶妙なコラボレーション。

今まで太巻なんて全然興味なかったけれど(まず甘い干ぴょうが嫌い)、これまで食べ

た中で1番おいしい太巻でした。最初バカにしていた息子も同様の意見。

セブンイレブンの宣伝をするわけじゃないけれど、まだ食べたことない人は一度お試し

あれ!

| | コメント (0)

2008年12月26日 (金)

今年もまた

09calendar

今年もまたcalligraphyさん から来年の手作りカレンダーが届きました。

去年は小さな手作りの張り箱に入った12個の月。

今年は12枚の書画に篆刻の印が貼られた葉書サイズの壁掛けカレンダー。

ぜんぶは無理だけど、ちょっとだけご紹介。

まず一月は椿。墨ではんなり描かれた椿に赤の印が鮮やか。

09calendar01_2

そして私の二月は雨のしずく。

北村太郎の詩集に『冬を追う雨』というのがあったけれど、春の芽吹きを誘う雨でしょ

うか。

09calendar02   

そして、この色を見ただけで今から待ち遠しくなってしまうような四月は、大好きな桜

の季節。わずかに入れられた緑が効いて。

09calendar03

五月は緑萌ゆる季節。

風に揺れて輝く新緑と、地面を多い尽くす草の匂いがしてきそうな・・・

09calendar04_2

六月はやっぱり雨、雨、雨・・・

こどもの頃、泣き虫だった私は雨でもないのに、よくこんな滲んだ視界のなかにいまし

たっけ。

09calendar07

七月はひつじ雲。

ひつじと聞いただけで眠くなっちゃうような、平和な。

09calendar05

八月は海の青と空の青が重なるところ。空の高いところを鳥が飛んで。

この青の滲みが絶妙。

09calendar06

そして十月。

赤錆のような暗い赤と紫が美しいこの印の字は、ぱっとみたときはわかった気でいた

のに、はたしてなんと読むのか。

calligraphyさんのコメントを待つしかないな。

09calendar08

・・・ と、私の拙い写真ではどこまで良さが伝わるかわからないけれど、今年はこんな

感じです。

(個人的に、私が思う)calligraphyさんの素敵なところは、もちろん書家であるから、そ

の書、字の美しさはもちろんなのだけれど、この季節を鮮やかに表現できる色彩感覚

とデザインセンス。今まで私は書って色の無いモノトーンの世界だと思っていた。とこ

ろが違った。たとえ墨一色で描かれていても、描かれたものから色が立ち上がってく

るのは、なんともイマジネーティブで素敵だなぁ、と思います。

私は音楽にしろ洋服にしろアートにしろ、ほんとに好きなものはわずかしかない。

若いときほど人の好き嫌いはなくなったけれど、それでも退屈しないで話していられる

人はやっぱりわずかしかいない。だからそのわずかと出会ったら、大事にしたいなあ

と思います。

calligraphyさん、今年も素敵なカレンダーをありがとう!

また1年、これを手にした方々と見えないところで繋がって、これを見ている間は同じ

時間を共有できそうです。


そして。今年もまた。融通の神さまと言われる穴八幡に行ってきました。

もともとは私が今の生活になってから、お金に困らないようにとの親心で父が毎年暮

れに持って来てくれていた穴八幡のお札。今となってはそれ自体のご利益より、年老

いた父と出かける機会としての意味のほうが大きくなって。

08anahachimangu

御歳77歳の父は、この1年でまたずいぶん衰えてました。

まず足がぜんぜん上がらない。だから歩くのはものすごくゆっくり。

今日は朝の天気予報でも報じられたとおり今年1番の冷え込みで、強い北風が吹き

すさぶなか私は一気にそこを駆け抜けたいようなのだけれど父は遅々として進まず。

「何もこんな日に行かなくたって・・・」と朝電話してみたものの、ジーサンというのは言

い出したら聞かないもので。こんな寒いなか延々長蛇の列を並んだりしてどうなること

かと心配したけれど、ありがたいことに今年は去年の長蛇の列が嘘のように空いてい

て、あっという間にお札をもらうことができました。

前に並んでいたおばさん曰く、「ここへは24回(つまり24年)来てるけど、こんなの初

めて!」だそうです。よかった、よかった confident

今年は、来年も続くであろう不況に負けないために(?)、いつものお札の他に『福銭』

というのも買ってみました。

さて、来年の我が家に一陽来復、なるか。

| | コメント (4)

2008年12月21日 (日)

太陽の誕生日

Sun_catcher_02

今日、冬至。

1年で最も日が短い日。陰極まって陽となる日。一陽来復。

あるサイトの言葉によれば、今日は太陽の誕生日なのだそうだ。

太陽の誕生日。

そんな冬至の今日、窓を磨いてサンキャッチャーを付けた。

サンキャッチャーとはその名の通り、太陽の光を集めて部屋の中に光のエネルギー

を拡散させるためのもの。起源はネイティブ・アメリカンだそうだけれど、欧米では陽

の射す時間が短くなる冬に、少しでも陽の光を取り込むために生まれた習慣だそう。

サンキャッチャーはレインボーキャッチャーとも呼ばれていて、太陽の光が当たると空

間に無数の虹を撒き散らしてくれる。それはただ美しいだけじゃなくて、空間をプラス

のエネルギーで満たし、場を浄化してくれるのだそうだ。

このサンキャッチャー、たいていは人口水晶やスワロフスキー・クリスタルでできたも

のが多いけれど、これは天然水晶でできていて、虹の出方は人口のほうが強いけれ

ど、エネルギー的には天然水晶の方が比べものにならないほど素晴らしいという。

私はことさら水晶に朝陽が当たってできる虹を見るのが好きです。


今日の午前中、燦々と陽の当たるベランダでせっせと窓を磨いていたら、冬至とも思

えないほどの暖かさ。セーターを着ていたらあまりに暑いのですぐに薄手の長袖Tシャ

ツに着替えたけれど、それでも汗をかいてしまったほど。

冬になればなるほどありがたいのがこのお日様のあったかさで、冬至というのはもし

かしたらお日様に感謝する日かもしれない。


ピカピカに磨いた窓ガラスに、キラッキラのサンキャッチャー。

小さな虹とともに Little Luckshine も舞い込みそうな。

Sun_catcher

| | コメント (6)

2008年12月19日 (金)

贈り物の季節

Okurimono_2

嫌だなあと思いつつも、12月も第3週ともなると徐々に気ぜわしくなってきましたね。

やらなければならないことを頭の中で次々にシュミレーションしているだけでなんだか

疲れてくるという情けなさ。そして今年の年頭に自分に掲げたことがちっともできてな

いまま、また1年が終わろうとしている情けなさ。・・・ で、しおしおのぱぁーになりそう

な今日この頃の私ですが、皆さまお元気でしょうか?

でもこの時期、そんな気分を一瞬にして変えてくれるのが宅配便が届く玄関のチャイ

ムの音と、ポストに届く小包。・・・ 贈り物の季節です。

今週の月曜の夕方、たくさんのDMとともにポストに入っていた小さな小包。

差出人は大阪で働く仕事仲間からで、リボンのかかった包みを開けると、出てきたの

はポコポコした毛糸で編まれたグラディエーション・ブルーがきれいなマフラーでした。

なんと彼女の手編み! 

カラー診断では共に SUMMER の我々。もちろんバッチリ似合いました。

ちょうど今年久しぶりに買った、赤とブルーグレーのネップの入ったツイードのコート

に合わせて。そして、「一緒に送り忘れちゃったんだけど、この切手知ってますか?」

と言って今日送られてきたのは『日本ブラジル交流年』の記念切手。

今年、ボサノヴァが誕生して50年。

日本人がブラジルに移民して100年のブラジル・イヤーでした。

ブラジル好きなら必須でしょ!ってことで送ってくれたこの切手、額装しようと思ったけ

れど全部は無理なので、一部分をアフリカに行ったときに買った水牛を貼った小さな

フォトフレームに入れてみました。ブラジルと言えば、なんたってリオデジャネイロ、コ

パカバーナ海岸から見える砂糖パンの山と、コルコバードの丘のキリスト像でしょう。

私だけの小さなブラジルができあがりました。

Brasil

切手は小さいけれど、いつも目に入るビジュアルというのはパワフルだから、私はこれ

が机の上にある限り、いつだってブラジルを忘れない。いつか私の願いが叶ってきっと

ブラジルに行ける日が来るでしょう。いや、絶対に行く!smile

もうすぐクリスマスxmas

私の部屋の隅でも旅立ちを待っている贈り物がいくつか・・・

| | コメント (0)

2008年10月22日 (水)

エンジェリックな光景

08pampas_grass01

私が好きなセレスタイト(天青石)みたいな青い空に

大きな鳥の羽みたいなパンパスグラス

なんてエンジェリックな光景だろう

08pampas_grass02

パンパスグラスって不思議な植物だ

羽みたいにふわふわの穂

08pampas_grass03

パンパスグラスが風に揺れているのを見ていると

心が開放されてゆくようだ

どこまでも高く飛ぶ

魔法の羽で ・・・

08pampas_grass_3

| | コメント (0)

2008年10月18日 (土)

今年最後の・・・

08cosmos

「かかえてごらん」

「ばらをかかえると、どんなときでも、楽しくなるよ」

大島弓子のマンガ『いちご物語』の中でオオカミ男こと日向温(ヒュウガ・オン)は言っ

た。大島弓子フリークの私は日向音が大好きで、男の子だった最初のこどもの名前

を『音』とつけようと思ったのだけれど、「オン!なんて、そんな犬の鳴き声みたいな

名前つけられるか」という相方の言葉で一蹴されたのだった。後になってそれを聞い

た息子は「あー、よかった。そんな変な名前にされなくて」と言った。ならば次の女の

子は『いちご』に、と思ったけれど、やっぱりそれも却下された。娘は同様に「リサい

ちご、なんて名前にされなくてよかったよ」と言う。ちぇ。かわいいと思うのになぁ。

でも問題はそんなことじゃない。

久しぶりに会うその人に、何を持って行こうかと考えていた。

お酒じゃ渡りに船(酒飲みなのだ)だし、お菓子じゃつまんないし、花? 

でもバラでもユリでもない。

しばし考えた後、何かしながら別のことを考えていた時に、空から唐突に『コスモス』

という言葉が降りてきた。そうだ、コスモスだ。あの人に似合うのは!

08cosmos_05

さっそく、いつも行く花屋に行って店内を見回したけれど、コスモスは鉢花以外置いて

ない。「もう切花のコスモスは入りませんか?」と訊くと、お花屋さんの彼は「どうでしょ

う・・・」と考えてから、「まだ今週ならあるかもしれません」と言った。

そ:「まだ、ってことは、もう終わりってこと?」

花屋:「ええ。もう原生のはそろそろ終わりです」

そ:「入るかな? ・・・ 持って行きたいところがあるんです。必要なのはこの日です」

花屋:「やってみましょう。この日に必要だとすると明日じゃないと間に合わないから、

      あれば明日入ってます。どれくらい必要ですか?」

そ:「ふわっと、抱えられるくらい」

花屋:「色はピンクですか?」

そ:「白と淡いピンクと濃いピンクで、普通に原生してるみたいな感じで ・・・」

花屋:「わかりました」

そんな会話をしてその日は、それじゃ、よろしくと帰って、次の日店先で入りましたと

言われた。それを今日の午後、出がけにもらいに行った。

私の顔を見てお花屋さんが奥から出してきたのは、長いバケツいっぱいの、私の思

い描いたとおりのコスモスだった。「きれいです」と私が言うと、「コスモス、いいですよ

ね。花を知る前はこの花の良さがわからなかったけど、知ってからは好きになりまし

た。たぶんこれがウチに入る今年最後のコスモスです」とお花屋さんが言った。

カウンターに載せられた大量のコスモスからは独特の草のような香りがした。

08cosmos_07_3

それをふわっと抱えられるくらいの大きな花束にしてもらって、『できるだけナチュラル

に』ラッピングしてもらって、できあがった花束を抱えて午後の町を歩いた。今日の陽

射しは動くとちょっと暑いくらいで、コスモスを包んだセロファンが陽の光にきらきら光

って、私は上気しながら久しぶりにわくわくした気分になった。

ときどきすれ違う人が振り向いた。

駅のホームで電車を待っているとき、年配の女性が「まあ、きれい!」と声を掛けてき

た。「コスモスが好きな方にさしあげるんですか?」と彼女は言ってから、「それとも、

あなたが好きなの?」と訊いた。「ええ、大好きなんです。コスモス」と私は言った。

病院の精神科で看護婦として働いているというその女性は、自分の庭に咲いている

コスモスを昨日病院に持って行ったばかりなのだそうだ。「コスモスって優しい花です

よね」と彼女は言った。「ええ」(にっこり)

08cosmos_01

銀座のギャラリーはビルの最上階のペントハウスにあって、デッキテラスでは賑やか

にお茶をする女性達がいて、上からは聞き覚えのある快活な声がした。近寄ってき

た女性は髪をストレートにして短く切った私を見ても誰だかわからなかったみたいだ

けれど、私はわかった。Sさんのかつてのテニス仲間。私がにっこり笑いながら「こん

にちは」と言うと、彼女の顔の上で疑問符がゆるゆる解けて「きれいなお花を抱えた

素敵な女の子が入ってきたから、まぁ、ちょっと誰なの、と思ったらあなただったの」

と言った。ワタシハオンナノコ デハ アリマセン ・・・・・・。続いてSさん登場。

花束を渡すと彼は「ありがとう」と言って「ちょうどいい。さっそくこれに活けてもらおう」

と、ゲストブックの脇に置いてあった自分の焼いた大きな空っぽの花器を持ち上げた。

08cosmos_04

花はさっきの彼女が活けてくれた。「ここへ座って珈琲でもどうぞ」

実を言うと私はひとりで静かに絵を見たらさっと帰ってくるつもりだったのだけれど、

そんなわけでテラスで気持ちのいい風を受けながら、しばらく女性達のお喋りにつきあ

った。年齢の話とか日焼けの話とか病気の話とか、どこででも出るそんな女性特有の

退屈でどうでもいい話 ・・・。ひとり席を立って絵の前に立った。Sさんは数年前の個展

の時とくらべるとだいぶ画風が変わったみたいだ。この風景画の町並みはスペイン?

そんなことを思っていたら病気の話をしていた女性がいつのまにか隣りにきていた。

08cosmos_06_3

帰り際、Sさんが「絵はちゃんと見たの?」と私に訊いた。「うん。見ました!」と答えた

けれど、ごめんなさい。ほんとはちゃんと見られなかったかも。私は始終話しかけてく

る女性が横にいては集中できないんです。たぶん、またきっと会期中に来ることにな

るんだろうな。前の個展のときもそうでしたもんね。

絵よりも女性のお喋りばかりが頭に残って物足りない気分のまま自分の駅に着いた。

今日は日が暮れてからも暖かかったけれど、スーパーに寄って出てきたらどしゃ降り

になっていた。ビニール傘を買って家路をたどりながら、ふいに踵を返して再び花屋に

行った。お花屋さんに今日のお礼を言って、私のためだけに仕入れて、まだちょっと

だけ残っていたコスモスをもらうことにした。せめて同じ花の時間を共有するために。

花はすぐに萎れてしまう。でもそこがいいと思う。

今年最後のコスモス。

08cosmos_09

|

2008年10月11日 (土)

救いの神さま

08funshourou

夜空に向かって思わず「神さま!」と心で叫んでしまった昨日。

このところ右肩の痛みがひどいうえに腰まで変にひねってしまって、でも久しぶりのク

ライアントとのミーティングに出がけに気合入れて出かけて行ったにもかかわらず、駅

の改札前で延々40分も待たされて、携帯もメールも通じず、いよいよ事故など心配し

始めたところに待ち合わせしている仕事仲間からやっと電話がかかってきたと思った

ら、すっとぼけた声でミーティングは来週の金曜だよと言われて絶句する(月曜日に

『こんどの金曜』って言ったら今日のことでしょーに!)も、ここで争っても仕方ないと

「帰ります」とだけ言って帰りの電車に乗り、でも滅多に使わない電車になんか乗った

もんだから、すっかり方向感覚が狂って、上りと下りの電車を間違えて乗ったことに

途中で気づく。こんなに疲れてるときに限ってよりにもよって30分のロス。頭にくると

ロクなことがない。夜の車窓に映る、スーツ着て疲れた顔の自分。トータル3時間の

ロス。夜のアポイントのために、家を出る直前まで夕飯の支度で忙しい思いをしたこ

となど男のあやつにはわかるまい。う~、私の時間をどうしてくれるー、とあまりに口

惜しかったので、乗り換え駅のデパートのスウィーツ売り場で、いつもは買わないよう

ないいケーキを3つ買ってやった。それを持ってやっと自分の駅に帰り着いて、ホー

ムの階段を降りて歩き始めたところでその電話は鳴ったのだ。どうせ、あやつめが

「ごめんごめん」と電話をかけてきたのだろうと思いきや、なんとそれはSさんだった!

なんというグッド・タイミング! ・・・ 瞬間的に、これって救いだと思った。

「もしもし」と出ると、Sさんはいつもの朴訥とした話し方で「元気ですか」と言った。

「はい。元気です。上がったり下ったりしてますけど、なんとか元気にやってます」と私

が言うと、「それは何より。元気ならよかった」と言う。「人間ですから、上がったり下っ

たりするのはしかたないですよね」と言ったら「そりゃそうだよ。それでいいんだよ」と

答えが返ってくる。今日電話したのは個展の案内を出したかったのだけれど住所が

わからないので、というので歩きながら住所を言った。近ごろ自然体ここに極まれリ、

という感じの私は「個展か。芸術の秋ですなぁ」などと馬鹿なつぶやきをしてしまった。

「どこでですか?」と訊くと「銀座」と言う。銀座の画廊、素晴らしい!

「かならず伺います」と言った。Sさんは「すぐに案内状を送ります」と言った。

電話を切った後で、女の人みたいに美しい字を書くSさんの署名が頭に浮かんだ。

あの字で案内状が届くと思ったらもう、『神さま!』だ。宝物です。

そして今日の、・・・ というか、今日までのストレス続きだった数週間の疲れが一気に

吹き飛んでしまった! 私はいたってゲンキンな性格なのだ。私はやっぱりSWEETS

よりもLOVEですね。でもこの場合、もう恋でもないし、かといって友情でもないし、な

んと言ったらいいんだろう? 隣人愛? 人類愛?

ええーい、もうなんだっていいや! HUMAN LOVE だって COSMIC LOVE だって、愛

には違いないもんね。少なくとも今の私にとっては駄目な気分を一気に吹き飛ばしてく

れる稀有な人には違いないんだから。

  神さま! ありがとう!

*****************************************************************

写真は毎年春にはぜんぜん駄目な粉粧楼。

やっと咲いた秋の花は、小さいけれど花びらぎっしりのオールド・ローズ。

実は今日はほんとは横浜ジャズ・プロムナードに行く予定だったのだけれど、昨日

仕事で深夜帰りで今日朝から出かけるのは無理だろうと思ってやめたのだった。

8月からカレンダーにチェックを入れておいた予定だったのに。

行きたかったなぁ。竹内直・五十嵐一生 2ホーン・カルテット ・・・

|

2008年9月29日 (月)

ハンタさんちの猫に会った。

08hanta 

鎌倉はいつ行っても懐かしさを感じるところだ。

電車が北鎌倉の駅に近づくと、いつも窓から外を眺めずにはいられない。

懐かしい北鎌倉の駅。

そして私にとってはちょっと切ないところでもある。何故なんだろう?

昔、鎌倉が好きでよく友人や恋人と来た。日の暮れまでさんざん歩き回って、暗くな

ってから電車に乗る。そんな取り返しのつかない時間とか記憶のせいかな。

2年ぶりでハンタさんに会いに鎌倉に行った。

初めてのとき同様、駅の改札で待ち合わせて、なると屋でおいしい和食のランチをい

ただいて、今回はハンタさんの家に行く。上は車を駐車してあるところまで行く途中、

閑静な住宅街のとある玄関の前でくつろいでいたソマリを発見したところ。

お育ちが良いせいなのか、まったく警戒心なし!のソマリちゃん。

08hanta_01_2

そして車で走ること10分?

ハンタ家で最初に迎えてくれたのは、リヴィングの椅子で寝ていたシュシュでした。

08hanta_02

このシュシュはとっても人見知りで、気に入らない人が来るとすぐに2階へ行ってしま

うのだそうだ。でも私はどうやら気に入られたようなのだった。

「ねぇ、ハンタさん。私よくやられるんだけどさ、猫が人の顔じーっと見てたかと思った

らこうやってゆっくり目を細めるのって、どんな意味があるの?」と訊いたら、それは

なんでも猫が気分がいいときにやるのだそうな。言ってみれば「私あなたが好きheart01

ってなときなのだそうです。ほぉ。わたしゃまた、「まったく。あんたを見てると眠くなる

sleepy」と言われてるんだと思ってました。今までずっと。

これはシッポネン。とっても人懐こくて、名前を呼ぶと返事をします。

08hanta_21

この子はジョリ。

08hanta_03_2

ちょうど2年前に初めてハンタさんと会った直後の雨の夕方に、道路の側溝に落ちて

鳴いていたのをハンタさんが拾った猫。ブログで見ていた写真ではまだほんとに子猫

だったのに、もうこんなに大きくなってしまったんだ ・・・

ハンタさんちは猫とのより良い暮らしを実現するため、『全ては猫のために』をコンセ

プトに今年家の中を全面的に劇的リフォームしたのだけれど、リヴィングにはキャット・

ウォークと呼ばれる猫の階段が張りめぐらされていて、まるで部屋全体が大きなジャ

ングル・ジムのよう。そのキャット・ウォークで1番遊んでいたのが、今年拾われたばか

りのまだ子猫のテムジン。好奇心旺盛な悪戯盛りの♂猫です。

08hanta_04

08hanta_05

ここはけっこう高い。反対から見るとこんな風。

う~ん、どこに飛び降りてやろうかと、虎視眈々と狙ってる顔つき。

08hanta_06

・・・ かと思ったら、庭で拾ってきた猫じゃらしを捕られまいとお兄さんと戦ったり。

全ての部屋は猫が自由に行き来ができるようになってるらしい。出入り口ではセンサ

ーがはたらいて、首輪をしている猫しか入って来られないんだとか。便利です。

08hanta_07

そうこうしているうちにシュシュが何かを見つけたらしい。

08hanta_09

シュシュ:「ん?!」

08hanta_10

シュシュ:「やや!」

08hanta_11

シュシュ:「にゃにゃーっ!!」

・・・ ったく、ついに2本足で立っちゃって、猫の好奇心、物見高さには呆れます。

でもって、それを見ている人間はまったく飽きない smile

08hanta_12

自分のお顔を洗っているかと思ったら ・・・

08hanta_13

いきなり猫パーンチ!

08hanta_14

そして始まる猫バトル。尻尾の先をご覧あれ!

08hanta_20

そして、気づけばいつしかとっぷり日が暮れているのでした。

08hanta_18

そうきち:「猫みてると時が止まるね」

ハンタ:「それって大事なことだよ」

これってまるっきり呪文だ。私はこの家に何しに来たんだっけ???

ま。いいか ・・・。

ラストは止まり木にとまったフクロウならぬテムジンだ。何やら神妙な面持ち。

08hanta_16_2

さて、来年の今頃は猫庭のフェンスがバラでいっぱいになるように私も考えるよ!

そして家に帰って娘に猫の写真を見せていたら、娘の「猫ほしい」がまた始まってしま

った。経済状態がもうちょっとよくなってから ・・・ なんてばかり言ってる私だけれど、

来年に向けて、ちょっとは真面目に考えてみますか。

あ、そうそう、なんでこのポストがカテゴリ『幸せの力』に入れてあるかっていうと、ハン

タさんの旺盛な向学心の原動力になっているのが猫だからなのだ。

ハンタさん、猫たちと末永くいつまでもお幸せにね!cat

| | コメント (6)

2008年6月 1日 (日)

齋藤けさ江書画展『生きる力』

Kesae_san_4   

月が変わった。

少し前のことになるけれど、まだ新緑が美しかった五月のある日、

『齋藤けさ江書画展』に行った。

ある方のブログで知って、実はその方に誘われてその日は一緒に

行くことになっていたのだけれど、奇しくも前日になって彼女の身内

にご不幸があって、行けなくなってしまったのだ。どうしようか迷った

けれど、1人でも行くことにした。その頃、私もどうしようもなく苦しくて

仕方のない数日を送っていたから、家にいるよりいいと思ったのだっ

た。場所は大好きな表参道だ。気分も晴れよう。小さなギャラリーみ

たいだから、そんなに時間はかかるまい。出てきたら久しぶりに原

宿界隈を散歩でもしよう、そんな風に思っていた。

ギャラリーの場所はすぐにわかった。入るとそれほど広くないフロア

に、掛け軸になった書が展示されている。けさ江さんの書く字はけし

て上手い字じゃない。でも、その書にはこどものように素朴な生きる

喜びと、生きる力があふれている。そして見る者には懐かしさと優し

さを感じさせ、しあわせな気持ちにしてしまう。順を追って掛け軸の書

を見ていた私は、ギャラリーの中ほどにある机の前まできて足を止め

た。思わず手に持っていた荷物を足もとに置いて見入った。そこには

机の上いっぱいに息子や孫に宛ててけさ江さんが書いた、山形弁の

たどたどしいひらがなのメモや書き置きが並んでいた。

Kesae_san_002_2

広告チラシの裏や大学ノートの切れ端に書かれたそれらはごく日

常的なことなのに、見ているうちに泣きそうになった。私はもともと

人の書き文字に弱い。けさ江さんのそんな小さな走り書きまで大

事にとっておいた息子さんも優しい人だと思うけれど、私もそうい

うものをなかなか捨てられずに困る。けさ江さんのメモ自体にも涙

が出そうだったけれど、一瞬にして自分の祖母がお年玉の袋の裏

に書いてくれた字や、母が孫への祝儀袋に書いてくれた言葉なん

かを思い出してしまった。結婚した相手もマメな人で、よく書き置き

を残したっけ。今でも家のどこかにあるかもしれない。Mはびっくり

してたけれど、10日間留守にする間のバラの水遣りをお願いした

とき、その間Mが残したメモでさえ、ずいぶん長いこと捨てられなか

った。書き文字っていうのはなんてリアルなものか。

そしてさらに困ったことには、ギャラリーの中では、けさ江さんが以

前出演したというNHKの『人間ドキュメント』のビデオを放映してい

て、それを見ていたらもう涙が止らなくなってしまった。理性ではこ

こは暗い映画館でもない明るいギャラリーで、近くに人もいっぱい

いるんだからみっともないとわかっていても、もう駄目だった。

画面の中ではもう80歳も越えていようかという、長年の野良作業

ですっかり腰の曲がった小さいおばあちゃんが、真夏だろうが真

冬だろうが、晴れてさえいれば毎日かならず元気に畑に行く姿が

映っていた。山形の貧しい農家に生まれたけさ江さんは若いとき

に結婚するも、すぐに夫を出征にとられて、その夫は戦地で戦死。

後35歳のときに、妻に先立たれて4人の子供がいる千葉の書家

のもとに後妻に入った。以来、今に至るまで、1人で畑仕事を続け

ている。あまり経済力が無い上に学だけはあって、気難しく何かと

いえば茶碗を投げつけるような夫を支えながら、先妻のこどもと自

分のこども5人抱えて、どんなに大変な生活だったろうと思うけれ

ど、当のけさ江さんは屈託なくよく喋り、よく笑い、よく働き、そんな

自分の生活に感謝こそすれども辛そうなところは微塵も見せない。

苦労して育てた大根が連作のため不作に終っても、引っこ抜いた

大根が変な形をしていると言ってケタケタと声を出して笑い転げて

い姿なんか、まるで無邪気な少女のようだ。70歳まで文盲だった

けさ江さんが書を書くようになったのは、けさ江さんのメモを見た書

家の岡本光平氏の勧めだという。代々、学舎の家に嫁いだ無学の

けさ江さんは最初それを固辞していたけれど、77のとき喜寿のお

祝いに筆をもらったのを機に書き始めた。そのとき初めて書いたの

が、『たのしい』。思わず顔がほころぶような字。それからはまるで

何かから解き放たれたかのように毎日書くようになった。書も絵も

題材となるのは日々の畑仕事で見たもの。野菜や果物や虫や鳥

の名前なんかだ。

けさ江さんの書や絵が胸に響くのは、素朴で無欲でまっすぐで、

山の上の水のようにきれいだからだと思う。そして何より、けさ江

さんが苦を苦と思わず、しあわせな存在だから。たくさんのお金や

物を必要とし、それを手に入れてもまだ不幸で不満ばかり言って

いる現代人がとうに失くしたものを持っているから。

けさ江さんの書画は単純でありながらイノセントで力強いメッセー

ジをくれる。人間、何があっても生きていればなんとかなるよ、生

きていれば楽しいことあるよ、と。

泣き泣きビデオを見ていたとき、TVの前の一群にカメラを向けた

男性がいて、個展の記録係だろうけど私のことは撮らないでくれ

と思った相手は息子さんの五十ニ(いそじ)さんだった。

帰り際、受付の方とひとしきり話してギャラリーを出た。

涙もまた心の浄化。

月並みな表現ながら、すっかり心洗われて新緑の下を歩いた。

下はそのとき買ったカレンダーの六月の書。

Kesae_san_001

(降っても晴れても)今月あなたが健やかで楽しくすごせますように。

| | コメント (6)

2008年4月10日 (木)

『好き』というパワー

Power_stone

私はもともとアクセサリーをそれほどつけるほうじゃない。

アクセサリーによらず、着飾るという行為自体にどこか照れがあって

駄目なのだ。男でも女でも、できるだけ無造作にナチュラルにしてい

てカッコよかったら、そんなにカッコイイことはないなと思う。

パワーストーンが好きなので左手にはいつもジャラジャラとパワーブ

レスをつけているけれど、これだって常に自分の波動を上げるために

つけているだけで、お洒落なアクセサリーとしてじゃない。

でも、それではアクセサリーに全然興味がないかというとそうでもなく

て、見るのは好きだ。リアルショップでもサイトでも。いつか南青山の

スパイラルで見た、自然素材でできた繊細なフラワーのハンドメイド

のロングネックレスがいつまでも頭から離れなかったりする。紙やコ

ットンや麻紐なんかでできていた。あれを20代のときに着てたみた

いな(母曰く)麻袋みたいなシンプルなワンピースとかチュニックに合

わせたら素敵だろうなあ・・・。

同様に、個性的なアクセサリーをごくごく無造作に素敵につけている

カッコイイ女性を見るのも好き。いわゆるゴージャスなジュエリー、

なんていうのじゃなくて、もっと人の手を感じさせるアートな。

去年、たまたま見ていたアクセサリーショップのサイトで、素敵なデザ

イナーをみつけた。彼女のいいところは商業的じゃないところ。本業

はアパレルの(帽子とかバッグの)デザイナーだそうだからプロのデ

ザイナーなのだけれど、作るアクセサリーからはあくまで彼女が好き

で作っているというこだわりを感じる。そして私が何より最も良いと思

うのは、彼女が石が好きで、一期一会を果たした石を使って、そこか

ら感じたインスピレーションをデザインにしているところ。インクルージ

ョンやクラックといった天然石特有のナチュラルな持ち味をそのまま

活かして作る彼女のアクセサリーは、洗練されているけれど、洗練さ

れ過ぎずにワイルドなところもあって、繊細さと大胆さが絶妙にバラン

スしている。そのバランス感覚がいいと思う。手に取るとわかる、とて

も丁寧な手仕事。天然石という性質上まったく同じものは作れないた

め、全て彼女がひとりで作ったハンドメイドの、ほとんどが一点もの。

なのにとても良心的な価格が付けられていて、私でも手が届く。そこ

が魅力。たぶん彼女が作るのと似たようなものをファッション雑誌の

グラビアかブティックで見たら、最低でも倍の値段が付いているだろ

うと思う。

そんなわけで、そのサイトでも彼女が作るアクセサリーが1番人気で

いつも新作をアップするたび、わずか数分で瞬く間に売れてしまう。

まるで争奪戦のよう。私が欲しいものを買えることはなかった。

それが去年の春頃、息子の卒業式と娘の入学式に着て行くスーツを

今年こそは新調しようと思いながらついにできずにいたとき、たまた

まアップしたばかりの上のネックレスを見た。ブルーオパールとレイン

ボー・ムーンストーンのネックレス。迷っていたらなくなっちゃうので、

そのときばかりは迷うことなく買った。スーツは無理でも、せめて新し

いアクセサリーをつけて式に出ようと。そして夏に買ったのがこれ。

マルチアクアマリンとクリスタルのネックレス。

Power_stone_01

私がアクセサリーでそんなに1人のデザイナーを好きになったのは初

めてだったけれど、残念なことに彼女はそれからほどなくしてそのシ

ョップから引退してしまった。そして彼女がいなくなってはっきりした

のは、私はそのショップが好きだったのではなくて彼女が作るものが

好きだったんだ、ということだった。

そんなことを思っていた先週、ある残念なことがきっかけで、彼女のこ

とをネットで探した。グーグルでズラッと出てきたアドレスを次から次

へと開いて見たけれど、彼女らしき情報は全然ない。7ページまで見

てもう諦めようと思ったとき、ついに見つけた! 

直感でそのアドレスに飛ぶと、どこにも彼女の名前はなかったけれど

一瞬で彼女だとわかった。彼女は新たに自分のアクセサリーショップ

を立ち上げていたのだ。そこには彼女の世界が慎ましやかに広がり

ひと目で彼女の仕事だとわかるアクセサリーが繊細な光を放ってい

た。そのときの嬉しかったこと!

そうそう、私はこれが好きだったんだ・・・。

そして嬉しいことに私がそのサイトをみつけたのは実にグッド・タイミ

ングで、トップページには数日後の日曜の朝9時から新作をアップす

ることが知らされていた。期間中の1週間は毎朝9時に新作がアップ

される。それから5日。毎朝9時前にはコンピューターの前に座って

毎日新作をチェックするのが今の私の楽しみになっている。

いつもそうなのだけれど、ちょっと気になるくらいのもののなかにいて

いざ本当に好きなものが見つかってしまうと、それ以外のものは一気

にかすんでしまう。それはまるで、それまでファインダーの中でぼや

けていた世界が、ピントが一点に合った瞬間、クリアーになって輝き

出すのに似ている。それは好きな人に出会ったときとも、好きな音楽

に出会ったときとも同じだ。『好き』というパワーのすごさ。

いま私には特に会いたい人はいない。いますぐ行きたいところもな

い。それがいいことかどうかはわからないけれど、ただただ聴きたい

音楽だけが次々にあって、それが私の毎日を牽引している。そういう

点においては、いま私は誰にも邪魔されず、翻弄されることもなく実

にすっきりさっぱり気持ちよく暮らしているのだけれど、誰かを好きに

なった途端、一瞬にして世界の見え方が変わるあの感じ、日常を満

たす根拠のない確信や、どこからともなく湧いてくるパワーなんかに

もう一度出会うのもいいかもしれないなぁと思う。

火曜にあの記事を書いてから、自分のなかの『執念』についていろ

いろ考えてみたけれど、私の根性をどう叩き直したところで持って生

まれた資質やこれまで培ってきた性格なんかがどうなるわけもなく、

私は『執念』よりはやっぱり『好き』というパワーや情熱で自分を引っ

張っていこうと思うのだ。

Power_stone_03

(ちなみに、いつもだったらここまで書いたら相手を宣伝したい気持ち

もあってすぐにサイト・アドレスをリンクするのに今回しないのは、あん

まり人に教えたくないからなの。それくらい好きってことなのです。)

| | コメント (6)

2007年12月25日 (火)

Very Merry Christmas!

Very_merry_christmas01

今年もいろんなことがあったけれど、こうしてまた無事に家族でクリ

スマスを迎えられることに感謝!

先日も年上の友人と話した。

私たちには曲がりなりにも仕事と収入があり、家族や友人に恵まれ

日本は戦時下ではなく、住むところと食べるものがあり、さらに人生

の愉しみまで持っている。

そしてそれ以上にやり方はいっぱいある!

私たちはだいじょうぶだって・・・

いま、そうじゃない人たちのために誰にでもできるチャリティーを。

  書き損じ・使い残しはがきチャリティー 

| | コメント (0)

2007年12月 9日 (日)

私信

Niphetos06

この世には、生きとし生けるものだけではなくて万物に、例えばコン

ピューターや冷蔵庫や石ころにだって固有の波動があって、それぞ

れが目には見えない精妙な光のエネルギーを出しあって、引き合っ

たり反発したりしている。その波動自体も常に変化していて一定では

ないから、私たちはそのアップダウンする繊細なエネルギーを、発し

たり受け取ったりしながら生きているわけで、いつも気の合う人間と

うまくいかないことがあったとしたって、それはごく自然なことなんだ。

今日、誰かの言葉が私を傷つけ、別の誰かの言葉が私を救う。

今日、誰かと意気投合する一方で、誰かと仲たがいする。

そんなことを繰り返しながら私たちは毎日暮らしていて、そのうまくゆ

かないのが自分の性格の欠点にあるなら直さなきゃいけないとして

も、それはごく普通のことで、特に悩むようなことじゃないんだ。

それはうちのラジオで、いつもはクリアに聴こえる81.3の周波数の

J-waveが、ある日突然聴こえなくなるのに似ている。つまり何かが

邪魔してチューンしなくなっちゃう現象。人と人だって、うまくチューン

しない時があるんだと思う。

そして、これは他人(ひと)についてはわからないから自分に限って

言えば、私は滅多に好きにならない代わりに、好きになったものを簡

単に嫌いになったりすることもないんだ。おまけに気持ちがころころ

変わったりすることもない。だから私が本気であなたのことを思えば、

私の思いは光より早くあなたのもとに届く。それをあなたが信じるか

信じないかは別として、それは量子力学では証明された事実です。

これが私の考えです。だから私は鬱にはならない。

私が自分の波動を上げたいと思うのは、自分自身のためだけじゃな

い。静かな水面に一滴の雫が落ちて波紋が広がるように、波動とい

うのは伝播するから。

今日、渋谷で仕事。

ジムに通うメンバー向けの、医師によるメディカル・セミナー。

私には特に『スポーツをして身体に筋肉がつくと、それが人の心、精

神に何をもたらすか』というのが興味深かった。

脆弱な心を強くしたかったら、身体を動かして筋肉をつけることだ。私

自身、実証済みだもの。毎日、腹筋・背筋をするだけでもいい。脂肪

と違って筋肉にはいっぱい血管が通っているから、筋量が増えると血

流が上がって身体が温まるし、そのぶん風邪もひきにくくなる。

それから人類はもういい加減、社会的ポジションや収入や学歴で人

を勝ち組・負け組に分けたり、ランク付けするのはやめたらいいのに

なと思った。そういう世界における高いところにだって下品で馬鹿な

人間はいるし、低いところにだって聡明できれいな人間はいるのに。

だいいち所有すること自体が幻想なのに。

人よりたくさん持っている豊かな人間なら、その高い意識レベルを低

い人たちに伝播することにもっと頭を使えないかね、などと・・・

さて、話をもとに戻すと、人と人を隔てているのは恥の概念だったりプ

ライドだったり自我だったり業だったりするけど、本当はもっと心を割

って話すことができるなら、人と人はもっと近づけるんじゃないかと思

うんだ。そして少なくとも私はかなりオープンな人間だと思うのだけれ

ど。友人のMへ。こんなところから。

|

2007年11月25日 (日)

ホリデイ・スペシャル♡

Kudou_01

金曜日、月光荘を出てきたらもう2時をまわっていて、すっかりお腹

がぺこぺこ。でも、そこは勝手知らない銀座。

私は基本的に家で食べる自分が作る『おうちご飯』がおいしいと思っ

ている人で、珈琲にしたってかなり(相当)おいしいのを飲んでいると

思うし、外で、たとえ珈琲1杯だって不味いものにお金を出したくない

というのがあるのだ。なので、少々時間はかかるけれど、勝手知った

る表参道まで行った。ここは私の古巣みたいなもの。年頃の女の子

はお洒落でかわいいカフェでランチしたりするのがいいのかなと思っ

たからなんだけれど、あいにくマディ・カフェはもうランチ・タイムを終了

していて、なんと和風らーめん屋の『だるまや』になってしまった。

結局、だるまやで食べた高菜そばはすごく美味しくて温まってOKだ

ったのだけど。私が好きで(足繁く、とまではいかないものの)行く店

は、地味だけどずっと変わらず独自の持ち味を守り続けている店なん

だなあと思う。この南青山・骨董通り裏の一角ではもう、うどん屋の

『権兵衛』と『カフェ・ド・レジュ』とこの『だるまや』と、そしてケーキの

『クドウ』だけ。そして、だるまやを出たときに思ったのが家で留守番

している息子のことで、「ちょっと贅沢だけどクドウでお土産買ってい

こうか」ということだった。甘いものならなんだって好き、という娘が

「いらない」というわけはなくて、さっそく入る。ここも前に紹介したけ

れど、昔と全然変わらない。娘はただただショー・ウィンドーを眺め

て迷うばかりなので、私が昔から大好きな『ショコラ』と『キルシュ・ト

ルテ』を買った。

Kudou_2

私と息子はどちらかというと甘いものフリークではなくて、変に甘いも

のを食べるくらいなら銀杏の炒ったのやピスタチオ、おいしい焼き鳥

なんかが食べたいといつも思ってるような、まるで酒飲みみたいな嗜

好なんだけれど、クドウのケーキだけは別。一度に2つだって食べら

れる。(娘はこれならホールでも食べられると言った。恐るべし甘党)

娘はクドウのショー・ウィンドーのケーキ、ぜーんぶ美味しそうで、全

部食べてみたいと思ったそうだ。いつかお金持ちになったらやるんだ

そうです。私も昔はそういう浅はかでくだらない、かわいい夢をいっぱ

い持っていたものだけど。お気に入りのブティックやセレクト・ショップ

に入って、「この棚のここからここまで全部いただくわ」、とかね。

あの頃から見たら今の私は仙人みたいです。

さて、クドウにもいろいろケーキはあるけれど、ちょいとそこのお嬢さ

ん、トッピングや見た目の華やかさに騙されちゃいけねぇ。このショコ

ラのシンプルにして味わい深い味こそ、クドウってもんでしょう。ものす

ごくしっとりしてほろ苦さのあるチョコのスポンジに包まれた、濃厚で

上等なミルクの味のする生クリーム。ほんとに口に入れてしばらく飲

み込みたくないくらいのおいしさです。変に甘いだけのお菓子が好き

な輩にはわからんだろうけど。

本当によいもの、本当においしいものにも間違いなく幸せの力があ

るよなぁ、と思ったこの休日。おいしいデザートも食べたことだし、3

連休最後の今日は私は仕事です。働け! そうきち!!

| | コメント (6)

2007年11月 6日 (火)

いらないものを捨てる

Gomi

シュレッダーが届いてから、時間をみつけては部屋の中を整理してい

る。昨日は夕方から夜中までかかって引き出しの中の細々した物を

整理した。長いこと後生大事にとっておいたものたちをシュレッドして

捨てる。不要になった仕事のマテリアルや古い領収書やテキスト、ス

クラップしようと思って切り抜いた雑誌の記事や自分の手帳や日記

覚え書き、友人から来た手紙やポストカード。とっておかなくてはな

らない必要書類を除いて、それ以外は中に何が書いてあるかなど考

えずにシュレッダーにかける。読み始めたりしたら、きっとまた捨てら

れなくなるから。終ったら机の引き出しにもFAX置きにしているチェス

トの引き出しにもずいぶん空きスペースができた。捨てられないもの

など、本当はごくわずかしかないのだ。

そして今朝は仕事の前に天袋の中を片づけた。今の暮らしになって

から2回引越しをしたけれど、私は未だにどこにいても仮住まいのよ

うな、どこか暫定的な暮らしをしているような気分が抜けなくて、ここ

からはいつか使うかもしれないからと思って取っておいた厚手の段

ボール箱がいっぱい出てきた。それから前の家で使っていたフレー

ムに自分で貝殻とビーチグラスを付けた鏡、絵の額、壊れたボーズ

の古いスピーカー、虫取り網に虫取りかご、砂浜の砂が付いたGAP

のビーチサンダル・・・。とりあえず厚手のダンボールをまとめて縛っ

て、燃えないゴミの袋に入れられるはみんな入れる。あとは粗大ゴミ

に出さねばならない。天袋もほとんど空になった。私はやるまでに時

間がかかってしまうタイプだけれど、始めてしまえば徹底的にやる。

スイッチが入ったのだ。肝心なのは自分にスイッチを入れることだ。

なぜそうなったかといえば少し前に友人に掃除力の本をもらったから

だし、11月になったのと、この間までずっと不調だったのからやっと

抜け出したせいもある。先日、近所で火事があったことも動機のひと

つになった。

ただ紙をシュレッドして捨てるだけでも、私がここ数年、何を考えて何

に執着し、どういう無駄をしながら暮らしてきたのかがわかる。離婚し

て子供との暮らしの生計を自分で立てなきゃならないようになって、

少しでも良い方向に行けるように、専業主婦でいたときには考えもし

なかったようなことにチャレンジしたり、同じことをやっても成功する人

と失敗する人の違いを知りたくて成功法則を学んだり、自分の能力を

アップするために右脳開発に興味を持ったりした。結果、うまくいった

こともあれば失敗したこともあるし、得たものもあれば失ったものもあ

る。いま思えば高い授業料だったと思うこともあるけれど、どれもいま

の自分に至るには必要なプロセスだったのだと思う。ときどき人から

「私はあなたみたいにポジティブにはなれない」と言われたりするけ

れど、それは多分「なれない」のではなくて、ならなくても生きてゆけ

る環境にあるから「ならない」だけだと思う。荷物が重くて自分で持て

なくても、代わりに持ってくれる人がいるから。自分しかいなかったら

重くても自分で持つしかないのだ。

そんな風に今までは自分を変えることだけを考えて奔走してきた私だ

けれど、最近興味を持っているのが風水だ。風水とは、『氣』の力を

利用して、環境を整えることから人が持っている運を変えていく環境

学。『環境が人をつくる。環境が運を開く』と考える風水では、ともする

とその人自体を変えるより、環境を変えるほうがずっとパワフルだと

いう。先日のミリキタニを見たってそうだ。最初はいかにも風変わりな

小汚いホームレスだったミリキタニだけど、環境が改善されてゆくごと

に身綺麗になり背筋がしゃんとしてどんどん若返ってゆく。最後に国

からの給付も得てケア付き老人ホームの広くて清潔な部屋で暮らし

始めたときには、もうすっかり自立した82歳とも思えぬ一国一条の

主の顔をしていた。環境が人をつくるのだ。

というわけで、とうぶんいらないものを捨てようと思う。捨てられない

ものはオークションに出した。そしてそれが済んだらこんどは『拭く』。

とにかくどこもかしこも、今まで拭いたことのないようなところまで拭き

まくろうと思う。そして今年は絶対に暮れに大掃除はしない! 

早々に家をきれいにしたら、暮れはライブにでも行ってしまおうと思う

のだ。いつもと違う結果が欲しいと思ったら、いつもと違うことをやる

こと。これも私が学んだ成功法則のひとつです。

| | コメント (5)

2007年10月 1日 (月)

新しい月

Kurigohan

10月になった。

私個人的にはこれから3ヶ月間はクリーンナップ月間だ。

それというのも、大晦日間際は毎年家の大掃除に明け暮れ、結局最

後の最後まで掃除をしている破目になるのだけれど、今年は思い切

ってそれをやめようと思う。今から3ヶ月の間、空いた時間にコツコツ

と掃除をして、暮れはきれいになった部屋で、すっきりした気分でゆっ

たりと新しい年を迎えたい。大晦日はカウントダウン・ライブに行くのも

いいかもしれない。

大体において暮れの寒い時期に寒風吹きすさぶなか窓拭きをしたり

混んだスーパーの長蛇の列に並んで買い物をするなんて、考えただ

けでも疲れるだけだ。思えばここに引っ越してきてから早8年余り。

天袋には引っ越してから1度も開けてないダンボールが幾つもある。

思い切ってそんな不要なものは全て捨て去り、どこもかしこもさっぱり

しよう。昨日、突然、思いついた。家庭用のシュレッダーを買って、私

が最も捨てられない手紙なんかも、もう捨ててしまおう。

さよなら、古い思い出!

そして、家の中だけじゃなくて自分のココロもカラダもデトックスして、

新しい気が入ってくるようにするんだ。

コップの中に水が残っている間は新しい水は入ってこない、というの

が宇宙の法則らしい。すっかりカラにしてしまうこと。そして新しい運

と縁のためのスペースを作ろう。

下の本はハンタさんにもらった本だ。ここには日々暮らす場所が、ど

れだけ人の精神や肉体に影響を及ぼすか、そして不要なものを捨

てることでどれだけ人が健康になり新しい縁や運がやってくるか、さ

らに捨てられないものの整理術まで指南してある。全てはものの考

え方ひとつなのだと思う。私はいつも『思考する技術』と言っているの

だけれど、ものを考えるにも技術はあったほうがいい。よりよく生き

ようと思うなら。

さて、秋は栗のおいしい季節。さっそく栗ご飯を作った。

季節の旬のものを食べることからも、人はパワーをもらえる。

Soujiryoku



『お金持ちはキレイ好き』

著者:風水コンサルタント

    ユキ・シマダ

宝島社

| | コメント (6)

2007年9月 9日 (日)

重陽(ちょうよう)

Cyouyou

今日は予定がひとつキャンセルになったので、思い立って母のお墓

参りに行った。昨日、母の誕生日。生きていれば74歳。

私はいわゆる仏花というのがあまり好きじゃないので、お墓参りであ

ってもいつもはその季節の好きな花を買って行くのだけれど、今日は

重陽とあって菊の入った仏花らしい花を買って行った。

>重陽とは、陰陽五行説における最も縁起の良い陽の数、九がふた

つ重なる、という意味。昔から中国では奇数が陽数字、偶数は陰数

字とされ偶数より奇数が良いとされたが、そのいちばん大きな陽の

数である九がふたつ重なることから、九月九日を特別にお目出度い

日として「重陽」の節句と呼んで祝った。日本でも平安時代には宮中

の年中行事として菊の宴が催されたが、現在残っているのは、三月

三日、五月五日、七月七日の節句だけである。<

ということである。そして、この重陽というのは風水学的には大事な

金運アップの日でもあって、この日は黄色のピンポンマム(ぽんぽん

咲きの小菊)をいけると良いというので、せっかくなので仏花の中に

混ぜてもらった。こんな花です ↓

Kiku_2

8月が終ると今年ももうカレンダーを4枚残すばかりで、この時期、世

帯主の私としてはいつになく一気に現実的な気分になってしまう。

もうすでに今年を無事に、そして来年を安心して気持ちよく迎えるた

めにはいま何をすべきか、なんてことを考え始めていて、良いと言わ

れることはなんでもやってみよう!というスタンスです。

風水を何かのおまじない、なんて思っている方、侮るなかれ!

風水はれっきとした科学です。

ちなみに今月は重陽から始まり、満月である27日まで金運アップの

日は続くそうなので、家の中に何かひとつ、風水を取り入れてみるの

もいいかも。

| | コメント (14)

2007年8月 5日 (日)

1ℓ for 10ℓ

Volvic

このCMがTVで放映され始めたのは確か先月からだったと思うけれ

ど、私が最近、最もパワフルだと感じているのがヴォルヴィックのC

Mだ。皆さんも見たことあると思うけれど、

  for 10ℓ

というキャッチコピーが目に飛び込んできたと同時に、「ヴォルヴィッ

クのお買い上げ1ℓごとに、アフリカに清潔で安全な水が10ℓ生まれ

ます」というナレーションが続き、アフリカの子供がおいしそうにきれ

いな水を飲んでいる映像が映しだされる。それだけ。きわめて簡潔

にして的確。このキャッチコピーのすごいところは、企業のビジョンと

狙いとを、たった一言で万人に目で見てわかるように表現したところ

だと思う。そして、そのビジョンと狙いをかなえる行動とはたったひと

つだけ。ヴォルヴィックを買えばいいだけだ。

私がこの世で最も好きな飲み物はおいしい水で、買って飲むミネラル

ウォーターはもともとヴォルヴィックだけだけれど、折りしも先日『世界

ウルルン滞在記』で、生まれてこの方、溜め池の汚い水しか飲んだこ

とのないカンボジアの村の人たちのために武田真治が井戸を掘る、

というドキュメンタリーを見て泣いたばかりなのだ。これでもう他のメー

カーの水は買わないだろう。そして、そう思うのは私だけではないだ

ろう。今の世の中、せちがらいようでいて、潜在的に社会の(人の)役

に立ちたいと思っている人は思いのほか多いのではないかと思う。

ただ具体的にそのやり方がわからなかったり、行動を起こすまでに

至らなかったりするだけで。

今もそうなりつつあるのだろうけれど、これから企業はますますこうい

う視点を持たなければならなくなるだろう。エンドユーザーに社会貢

献してもらいながら(あるいはそういう意識を持たせながら)、収益が

上がる、というビジネスモデル。

さて、自分の買った1ℓのヴォルヴィックが、なぜアフリカで10ℓになる

のか疑問に思われた方は、ヴォルヴィックのHPをご参照されたし。↓

          1ℓ For 10ℓ プロジェクト

| | コメント (2)

2007年3月 3日 (土)

病の根源、あるいは消費の果てにあるのは

Shiodome_03_1

昨日、私たちが潮留のホテルのロビーで会ったのは、弱冠37歳に

してIT関連の会社の代表を務める女性だった。見るからにバリバリ

のトップキャリアの彼女は10本の指の何本かに大きな指輪をはめ、

テーブルの上にふたつの携帯電話を置き、ノートにメモを取りながら

気ぜわしくアグレッシブに早口で話していた。我々が話している間に

も彼女のマナーモードにした携帯電話には何度も着信ランプが点滅

し、1時間しかないというタイムリミットの中でこちらサイドの悠長な話

に多少イラついている彼女が求めているのは、もっと明確なキャッシ

ュフローが見えるわかりやすいビジネスモデルだった。彼女は健康に

なるためには人は高いお金を払うし、また人はお金を払わないと健康

になった気がしないものなのだから、お金を支払わせるべきだと言っ

た。私たちがやろうとしていることと彼女が考えていること(あるいは

仕事にしていること)には、大きな意識のズレがあった。実際、彼女

は忙しい仕事の合間を縫って自分の身体のために週に3回ジムに行

き、そこでトレーナーから勧められるままに高いサプリメントを買い、

岩盤浴に行き、不調があればとっかえひっかえ医者に通う。かといっ

て身体の不調は良くならず、彼女は満足していない。身体の不調の

話になったら俄然、場が和んで盛り上がってしまった。東京で、IT業

界の第一線で女社長として働く彼女のライフスタイルがどんなものか

は一目瞭然に推察することができた。高い収入と高い生活コストを

引き換えにしながら、自身のパワーとパーソナリティーの魅力で、公

私共に多彩で豊富な人脈を駆使して日々仕事に遊びに人生を生き

生きと謳歌しているのだろう。彼女はとりたてて悪いところがあるわ

けではなく、そんな忙しい日常のツケが身体のあちこちに出ていると

いうだけなのだ。けれど、そういう一線で才能を発揮している人に特

有の話の早さで彼女は自分にできることは協力しようと言ってくれ、

ここを指定したのは私だからと大きなウオレットにズラッと並んだカ

ードのひとつで会計をさっさと済ませると、時間が無いことを詫びて

次のアポイントに出かけて行った。

その前日に私が仕事のパートナーに話していたのは、病気も貧乏

(貧乏もれっきとした病だ)も、その根源は一緒だという話だった。

つまり原因は両方とも心にあるのだということ。ある種の気づきを得

た一部のコンシャスな人たちは、その原因の根源について深く知ろ

うとする。それなくして病の完治はないだろうと思うからだ。けれど一

方で、お金を支払うことでそれを解消しようとする(お金持ちの)人達

は、高いお金を払って病の根源を探るためのマインド・トリップなんて

しやしない。だってそれをすることは見たくないものに目を向けること

でもあって、気持ち良いどころか苦痛でさえあるからだ。病の根源に

触れずに病気を治そうとする人は、臭いものに蓋をして不快な状態か

ら少しでも快の方向にすりかえよう、あるいは癒されようとしているだ

けの人だ。リッチな気分を満喫させてくれるトレンド・スポットで受ける

手厚いホスピタリティーとか、いい匂いのするオイルとかで。

さて、こんなことを書いたところで私が言わんとすることはわかっても

らえないだろうか。つまり単純に言うと、私はいつまで人はそうやって

消費し続けるのだろうか、と考えていたのだ。というより、いつまで人

はそうやって消費し続けていられるのだろうか、の方が正確か。

最近、私が買ったAPE(アーティスツ・プロジェクト・アース。音楽とア

ート・プロジェクトを通して、世界中の人々に異常気象や地球温暖化

自然破壊を訴え、また自然災害で被害を受けた人々を経済的に支

援する活動を行っている団体)プロジェクトによるチャリティーCDの

ライナー・ノーツにはこんな風に書いてあった。

僕らが一体どこから誕生してきたのか、一瞬でいいから考えてほし

い。人類の歴史に於いて最初の300万年、僕らは環境に順応して

生きていた。僕らは他のすべての動物と同じように、飢えや捕食、

病を恐れながら生きていた。僕らの自由、安楽、繁栄はすべて化石

燃料がもたらしたものだ。僕らの世代は今まで生きてきた中で最も

幸運な世代だ。ー中略ー僕らは生態学的束縛と生態学的災難の間

の、短い歴史的余興の中に住んでいるのだから。そして、2030年

までに必要な事として炭素を90%削減する必要があると書き、いま

そしてこれからの時代について、僕らは異常な状態にいるわけだ。

より多くではなく、より少ない消費を求め、初めての大規模な政治的

運動が今行われている。耐乏生活を達成するための、初の街頭デ

モだと言える。僕らの贅沢品も、楽しみも切り詰めなくてはいけない

ということだ、と書いている。

人のしあわせって一体なんだろう? と思う。

私も贅沢は嫌いじゃない。子供の頃から母親にさんざん言われてき

たとおり、美しいものに対する感性は人一倍鋭い私なのだ。お金が

あって贅沢しようと思ったらもうきりがない。でも現実にはお金が無い

せいで、私はいま人が想像する以上にストイックな生活をしている。

それに若い頃に較べたらずいぶんコンシャスにもなった。

私にいまお金がいっぱいあったら指に大きな指輪をたくさんはめるだ

ろうか。夜毎、睡眠時間を削ってアルコールまみれの仕事とも遊びと

もつかない明るいクラブ活動に励むだろうか。そして、その生活のた

めに分刻みの仕事に奔走できるだろうか。・・・ 答えはNOだ。

私が関わる仕事のプロジェクトが抱えるビジョンはとてつもなく大きな

ものだけれど、私個人が抱いている夢はいたってつつましやかなも

のだ。凡庸な1人の人間の一生にふさわしいもの。

贅沢から耐乏生活へ至るには、それこそ大きな意識のパラダイムシ

フトが必要だ。多くの人がそこにたどり着くまでに、あとどれくらいか

かるだろう。

人はなぜ病気になるのか? 

人はどうしたら病気にならずにいられるのか?

病気になってしまったらどうするのが一番よいのか?

自身のことも含めて、そんな根源的な問いを繰り返すことに私の仕事

の本質はある。

| | コメント (16)

2007年2月12日 (月)

わくわく右脳ラーニング

Unoukaihatsu

直感というものについて言葉で正確に言い表すのは難しい。

あえて言うならそれは私にとっては『たぶんそうなる』という感覚だ。

たとえば私は去年シンガポールに行ってしまった友人の自宅の住所

も知らなければ電話番号も知らない。日本で使っていた携帯は使え

ない。でも、私はまたきっと彼女に会えるだろうなと思う。そこにはな

んの根拠も無ければ論理的な裏づけもない。でもそれは限りなく確

信に近い。そんな小さなことくらいなら、誰でも経験があると思う。初

めて誰かに会った瞬間に、この人とは友達になれそうだなと思う。あ

るいは仕事でも、理由ははっきり言えないけれど、このプロジェクトは

やめた方がよさそうだと思う。なんだかわからないけれど、その日に

限っていつもと違う電車に乗ったら、いつも乗る電車が事故に遭って

いた、なんてこともあるかもしれない。この『なんだかわからないけれ

ど』というのがポイントだと思う。では、このなんだかわからないもの

がどこから出てくるかというと右脳である。前にも書いたかも知れな

いけれど、左脳は言語野、論理脳と言われ、意識(顕在意識)を司り

右脳はイメージ脳、ひらめき脳と言われ、無意識(潜在意識)を司る。

右脳の特徴が大量・高速なのに反して、左脳のキャパシティは小さく

その情報処理速度は遅い。そして普通の人間が使っているのは脳

全体のたった3%だと言われ、アインシュタインでさえ11%だという。

しかもアインシュタインのような天才が右脳優位であるのに対して、

普通の人間は99%左脳優位で生きている。つまり、いま使っていな

い右脳の力をわずかでも開発できたなら、今とは全然ちがう能力を

獲得できる、というのは誰しも容易に思い浮かぶことだろう。昨日、

私が行った『右脳ラーニング体験講座』の講師である寺下和也先生

は、『コペルニクス的転換だ』と言った。コペルニクス的転換。

今まで1冊の本を読むのに3時間かかっていたのが、5分で読めてし

まう。月に8冊しか本を読めなかった人が80冊読めるようになる。

1年なら960冊。10年なら9600冊。どの程度能力が開発されるか

は当然個人差のあるところだけれど、最低でも10倍、最高189倍だ

そうだ。しかも、70代の女性がたった2日間の講義で!! 

信じられます? 

私が昨日受けたのは2時間半の体験版で、もちろん2時間半ではそ

こまではいかないけれど、確かに最初と最後に行ったラビリンス(迷

路)を抜け出るテストでは、結果は倍以上に違っていた。では2時間

半、何をしたのかというと、それがまた私のイメージした『右脳開発』

とは全く違っていたのだ。つまり超高速で何かを言ったり見たり聞い

たり、ドリルをやったり、というのではなく、もっと直接心を動かすよう

なこと。昨日の参加者は男性7人に女性7人という編成だったのだけ

れど、お互いにペアを組んで、初めて会った人の目を見ながら30秒

間で相手のインプレッション(長所)を3つ言うとか、最初は「エ?こん

なことで右脳が?」と思うようなことなのである。

『右脳開発.com』のサイトにもあったように、グループでの対話型、体

感型のセッション。そして気づけば、たくさんの気づきを得ているので

ある。私が行く前にこのセミナーがいいと思った理由は、サイトに『ポ

ジティブな人もネガティブな人も分け隔てなく受け入れる和やかな雰

囲気』とあったからなのだけれど、寺下先生という方はまさにそういう

方だった。私が昨日このセミナーから得たものはいろいろあるけれど

最も印象に残っているのは、『実践しにくいことでもスモールステップ

で、できることから始めることが大事』。確かにいきなり100できなく

ても、0.5を馬鹿にしないっていうのは大事だと思う。それから『人の

欠点を探さない(長所だけを見つける)・良いところを見つけたら声に

出して言う・相手の言うことは小さなことでも承認して賞賛する』。

これを仕事場でも家庭でも実践できたら、人間関係は確実に向上す

るだろう。テクニック的なことは先生の虎の巻だと思うので書かない。

ただひとつ、誰でもすぐにできることがあるとしたら、制限時間を持っ

てテーマを明確にして行動(実践)することは、右脳を活性化すると

言っていいんじゃないだろうか。

上にあげた本は直接今日の記事には関係なかったのだけれど、昨

日うっかり写真を撮り忘れたのと、寺下先生は七田眞さんに17年間

指導を受けたということなので、アップしました。これは数年前、私が

ある能力開発グループにいたときに、仲間の女性から『私のバイブル

です』といってもらった本で、右脳開発についてわかりやすく書いた良

い本です。この中で私が最も好きなのが、『愛と感謝の法則』がより

よい人生を実現させる、という最後の章で、ここに最も右脳のエッセ

ンスが詰まっていると思うし、それは昨日のセミナーにも強く反映さ

れていたことでした。『奇跡体験アンビリーバボー!』というTV番組

の中の実際にあった奇跡の多くも、これを読めば右脳の力が大きく

関与していたことがわかるのじゃないかと思う。・・・ というわけで、

あっという間の2時間半をだいぶ延長し、更にその後の懇親会も大

幅に時間延長、いくら話してもきりがない参加者たちでした。

実は私は今日先生から、『あなたが右脳ラーニングをやりたいと思っ

た1番の理由は何ですか?』という質問メールをもらっているのに、

まだ返事を書いていないのです。昨日も帰ってからバスタブのお湯に

浸かってぼーっと考えていたのだけれど、それって私にとってはとて

も根源的な質問で、この12年間の自分のチャレンジと苦労と失敗、

思考と行動の流れが走馬灯のように頭に浮かんで、全然まとまらな

い。とても簡単には言えそうもない。今日もずっと考えていたのだけ

れど、さっきこの記事のカテゴリの名前を考えていてわかりました。

『幸せの力』。そうだ。私は幸せになるための力が欲しかったんだ!

最近この邦題がついた映画があったけれど、まさにあんな感じ。

さあ、それって、あなたが思う右脳のイメージとは違っていますか?

昨日、寺下先生より最後にお話がありました。もし私の話を聞いて、

私もその右脳ラーニング体験講座を受けてみたいという方がいたら

割引料金でお受けします、とのことです。ご希望の方は私にメールを

ください。いつもこのブログにおつきあいいただいている方はもちろん

わかってくださると思うけれど、これは紹介であって宣伝ではありま

せん。念のため(^-^)

 * 詳しいことはサイトを → 右脳開発.com

| | コメント (8)