日々のあれこれ

2019年4月22日 (月)

カウントダウン

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あっという間に4月の4週めの月曜日。
相棒の同僚の退職日までついにカウントダウンだ。
5、4、3、2、1、0、Take off!
すべての物事には始まりと終わりがある。
だから当然のことながらそれはわたしにも訪れる。
その時こんなふうにだけは思いたくないな。
What am I going to do now
よくご存じの方からしたらあまりにも無知かもしれないけれど最近知ったんだ。
世の中の会社では定年退職後に再雇用されると給料が激減するって。
これまで再雇用制度っていいものだと思っていたからびっくりだった。
それでこのあいだアフタープールのジャグジーの中で同じレーンで泳いでるYさんにそういったら、あっさり「5分の2だよ」って。
ごぉぶぅんのぉーにぃぃぃーーーー?!!!
思わず「それって体のいい搾取じゃん!」っていったら、「仕事減らしゃあいいんだよ!」って。
I see!

雇用される側もなかなかだと思うけど、そんな、言うようにできるものなのか?
それに定時で働かなきゃならないのは一緒なんでしょ?
そんなのって時間(人生)の無駄遣いじゃないかと思うし、趣味でやってるスイミングだって向上心を絶やさずやってる人間を、つまりまだまだ能力もあって健康で使える人間を、そんなふうにしか雇ってくれない世の中のいまの体制っておかしくないですか? と思う。
そんなふうだから貴重な人材も技術もどんどん海外に流出しちゃうんだよ。
歴史ある魅力ある企業が潰れちゃうんだよ。
まったく国力の低下だよ。
・・・・・・などなどと思う土曜日の午後。

ちなみにわたしの相棒は常に好奇心を絶やさず興味のあることにトライする人だから新生活も楽しくすごせるだろう。
何より勤め人のストレスから解放される。
働かないで好きなことをしていられるとしたら、もっというと、不労所得があって好きなように暮らせるとしたら、そんなにいいことはないだろう。それって(わからないけど)およそ万人の理想とするところじゃないかな。
でもわたしは「いくつになっても働ける」というのもいいと思うのです。
それが自分を疲弊させない、みじめにさせない働き方だったら。
いくつになってもお金が入ってくるっていいことだし、きっとそれは自信になる。
だからわたしは息子に70になってもお金が入ってくるキャッシュフローをつくる、といってる。
そんなごたいそうなことじゃなくていいの。
でもなんとか自分の面倒がみられて、できたら少しは人のためにもなれるような。
その方法を探す、みつける。
そしてみつけたら地道にせっせと構築する。
先のことはどうなるかわからない。
でも精一杯やる。
まじで!

昔、スヌーピーのマンガに出てくるルーシーに似てる、といわれたことがある。
ブランコの前でチャーリー・ブラウンに「押してくれない?」といわれたルーシーが、チャーリーの背中をどん!と押す4コマ漫画を見ながら。それってひどくない?
(わたしにですよ)と思うけど、このポストカードのルーシーのセリフは好き。
昔かんがえてもなかったひとが夢にでてくると、そのひとの前に行って「あなたわたしのこと呼んだでしょ」とかよくいったもんでした。
それで下の写真はこのあいだ大阪に行ったときに同僚がくれたハンドメイドのポーチ。おなじかたちで雰囲気の違うテキスタイル、それにあわせた色のタッセルや金具がついたポーチが4柄あった中で、わたしが選んだのはスヌーピーのポーチ。
実はその日も旅行用の歯磨き洗顔セットの入ったビニールポーチがスヌーピーだったのでした。
裁縫の苦手なわたしは、なんて器用な、と思うけれど、「最近、ファスナーの付け方をマスターしたのよー! それでうれしくなってたくさん作っちゃったのー」というから笑えるけど、そういうのはわたしにも覚えがある。
子供の小学校の入学準備で袋物つくらなきゃならなくて、ひっさしぶりに押し入れからミシンを出したら思うように動かなくて、やっとまともに動くようになったころにはすっかり袋縫うのにハマちゃって、レッスンバッグやら体操着入れやらお弁当袋やら、友達のうちの子の分まで作っちゃったりして。そういうところも類友かな。
仕事の同僚としてはあと5日。
でもこれからは純粋に友達としての時間がはじまるのかな、と思う。

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2018年11月 7日 (水)

『挌』というもの。

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ムラキテルミさんがやってらっしゃる『エル・シャン』ではじめてお買いものしたとき、届いた荷物の中に薄い手漉きの和紙に元気な書き文字で手書きのお手紙とお菓子の小袋がひとつ入ってて、びっくりしたことがあった。今回も歯みがきに歯ブラシにノニ石鹸、なんてわずかな買いものに京都の紙司柿本のミニ一筆箋と封筒のセットがひとつ入ってて、わあ! と思いました。京都も紙モノも大好きだから。こういうちょっとした心遣いも、儲け主義だったら絶対できないと思う。
今回はワープロ、プリントのお手紙ではあったけど、テルミさんの手紙には最近、『格』ってものがどうやって育つのかに関心がある、と書いてあり、「幸せなことにいま京都に暮らし、仕事ができて、格式の高い、格調あるお店がたくさんあり、目に触れる機会に恵まれています。共通点は、『掃除力!』。とても清潔です。隅々が。お掃除なら、私にもできます。会社も、自宅も、お掃除を楽しんでいます」とあって、なるほど、たしかにそうだな、と京都のことをあれこれ思い出した。
今年もあと2ヶ月弱。
わたしも楽しんでやりましょう、断捨離とお掃除。

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2018年5月21日 (月)

自由なムード

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仕事のミーティングに行くのに午前中の電車に乗ったら、座った席の向かいにシニアのご夫婦とその友人らしき男性がいた。シニアといっても彼ら3人は半袖Tシャツにジーンズ、裸足にジョギングシューズという、とてもカジュアルで若々しいファッションをしていた。今日は湿度もなく気持ちよく晴れて、右端にいる奥さんは足を組んで自分の腕を夫の腕に絡め、頭をすっかり夫の肩にあずけて、窓から入る爽やかな5月の風に吹かれながら気持ちよさそうに眠っていた。
ただそれだけの光景なのに、一見して夫婦仲のよさが見てとれ、それはふだん電車の中ではあまり見ない光景でもあり、なんていうか彼らはとても自然で、自由でオープンでしあわせな雰囲気を放っていた。
乗っているのはたった二駅だったからわたしは本をひらくこともなく、背もたれにもたれて目を瞑った。そうしたら左端にいた男のひとが話しはじめて、わたしはハッと目をあけた。わたしはてっきり彼らは日本人だと思って見ていたのだけれど、聞えてきたのは日本語じゃなかった。スペイン語? ・・・・・・ちがう。たぶん、ポルトガル語だ。もしかしたら日系ブラジル人かもしれない。その知的で穏やかな語り口。攻撃的なところはどこにもない。プライドや我のようなものも感じられない。奥さんは相変わらず風に吹かれて気持ちよさそうに眠っている。
世界中には日本より貧乏な国がいっぱいあるけど、貧乏でも日本人よりしあわせに暮らしている人はいっぱいいる。彼らはやっぱりこの国の人とは全然ちかっていた。
そんなことを思いながら彼らに見惚れていたら一駅乗り過ごしてしまった。
今日は早めに家を出てきたからよかったけれど。

待ち合わせのカフェに入ってメニューを見ていると、仕事相手がにこにこしながら店に入ってきた。彼女はグリーンの濃淡のとても素敵な麻の服を着ていて、わたしがそういうと、それはわたしのイメージで買った服なのだという。わたしがいつもお洒落だから会うときは緊張する、今日も3回も着替えてきたんですよ! というからわたしは「はーーー」と間の抜けた顔をしてしまった。最近のわたしにそんなこというの、彼女くらいだから。
自分で思う自分と他人が思う自分にはギャップがある。
けっきょく自分が他人からどう見られてるかなんて自分ではわからないってことだ。
今日もたくさん話して、びっくりするほどたくさんシンクロニシティがあった。
気のあう人とはいつも無理なく自然にこんなふう。

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2017年10月17日 (火)

さよなら、コーヒーミル。

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あたりまえのことだけど、なんにでも終わりがくるね。
このところ電動コーヒーミルの調子が悪くて、なかなか電源が入らなかったり、入ってもモーターが変な音を立ててプロペラが回らなかったりして、とくに1杯分の少量の豆だとかかりが悪く、昨日はやっと挽けたものの持ってる部分が熱くなってモーターが焦げつくような匂いがして、ちょっとこわかった。今朝も最初に家を出る息子の珈琲をいれようとして1杯分の豆を入れたらかからない。多ければ挽くかと思ってさらにメジャースプーン山盛り2杯入れて電源を押したけど、モーターが空回りしてるみたいな唸り音がするだけで、ぜんぜん回らなかった。あきらめてコンセントを抜いたら、コードの穴からうっすら煙が出てきて、ついに終了。こんな電動ミルなんて安いもんだし、たかが機械といったらそうなんだけど、もう25年以上も毎日使ってきたことを思うとそうドライにもなれなくて、朝からなんだかさみしい気持ちになった。
「コーヒーミルがついに壊れた!」
みんなより遅く起きてきた娘にいったら、「えー、ついに~」という。
「埋葬したいね」と娘がいうから、「たしかにそんな気持ちだね」とこたえた。
だってこのコーヒーミルくんはこれまでほんとうによく働いてくれた。
1日2回から3回。あの働き者の洗濯機より働き者だ。
本体に不釣り合いなデカくて不格好なコンセントが付いているのは、最初に電源が入らなくなったときに元家族だったひとに直してもらったから。
あのひとは電気工事が得意な器用な人だった。
そんなこともあってなおさら愛着を持って使ってきたのかもしれない。
男でも女でも、電気仕事ができたり大工仕事ができたりクルマの運転がうまかったりする人に憧れる。自分ができるようになったらいいのかもしれないけれど、なんでもできて他人を必要としない人になりたくないから、いつまでもできないままにしておく。そのほうがきっとやってくれる人がでてくる気がするし(絵のときみたいに)、大体においてそんなことはじめから自分にできるような気がしないしね。

それで今朝ついに電動ミルが壊れたので、今日は滅多に出てこない手動のミルをだした。何年か前の母の日に、息子に買ってもらった燦然と輝く我が家の家宝のプジョーのミル!
でもまだ2回くらいしか使ったことなくて、挽き目の調整がちゃんとできていないのだった・・・・・・。食卓でわたしが「あれ? おっかしいな」といいながらガリガリやってるのを横目に、「ぼく今日、珈琲いらないから。お湯のむ」と、息子はさっさと食卓を立って行った。
・・・・・・ですよね。

で、次にわたしがすべきことは洗濯機や炊飯窯と同じくらい必需品である電動ミルを新しく買うことなんだけど、それは前に超オタクともいうべき人たちの研究サイトをつぶさに読んで比較してあるから、たとえサルがやっても常に同じ挽き目で挽けてノン・ストレスな電動ミルがどれなのかはよくわかっている。でもそれはいまのわたしには高価で贅沢すぎるから、とうぶん買うのは無理だろうなあー!
となると、あとは勢い安いののどんぐりの背比べで大差はないのです。
どれだけくらべたところで帯に短し、襷に長し。
そんな廉価な電動ミルの中でも、このフィリップスの電動ミルはよくできたヤツだった。機能はいたってシンプル。
珈琲豆を入れたらスイッチを押しながら本体を振って挽き目を自分の勘で調節するだけ。挽けたら蓋を押さえてひっくり返して本体をトントン!とたたいて本体中央を回しながらコードを仕舞い、蓋をはずしてペーパーをセットしたドリッパーにバサッと入れる。蓋に残った粉を木の小さいヘラでこそぎ落とし、ティッシュペーパーできれいにふき取って終わり。もう何十年もやってるから一連の動作は流れるがごとし。
フィリップスはもう十数年も前に電動ミルを作るのをやめちゃったらしいし、この単純な機能がいま現行のほかの一流メーカーの電動ミルにはないって、どういうことでしょうね? いろいろ余計な機能は付いているのに、この、するするっとコードが巻ける機能がないというのは?
いったいメーカーは何を考えて製品を作っているのか。
テクノロジーは日進月歩で進化しているというけど、こんなアナログなところで後退してるとはね。よくわかりません。
でも、しかたがないからAmazonで○リタのあれを買うしかないんだろうなあ・・・・・・

フィリップスのコーヒーミルくん、ありがとう。
いままで君はほんとうによく働いてくれました。
おつかれさま!
そして、今度こそ、さよなら!

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2017年10月10日 (火)

ささやかな主婦の日常

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晴れたら晴れたで朝からやることが多くて思わずため息がでてしまう。
つまり、まだ体力が完全に戻ってないっていうこと。
昔、食の好みが違う旦那とふたりの娘のために毎朝それぞれ和洋別の朝食をつくっては自分は珈琲1杯しか飲んでなかった親友が、「トイレ掃除をして、きれいになったトイレに一番最初に入るがささやかな主婦のたのしみ」といっていて、「それじゃあまりにもささやかすぎるぜ!」といったことがあったけど、同時にそういう彼女だったらどんなことがあっても絶対に離婚なんかしないだろうと思っていた。
その彼女がいろいろあった末についに離婚して、わたしはそれまでの価値観が崩壊するのと同時に、そうか、相手のあることにおいてこの世に絶対なんてものは存在しないんだ、と悟るに至った。そして『花様年華』のヒロインが映画の中で言った言葉を思いだして、ちょっとだけ溜飲が下がる思いがした。ずいぶんと長いこと自分を責めていたから。

トイレ掃除をしながらふとそんなことを思い出す朝。
主婦が数日掃除をしてないだけでたちまち家の中はきたなくなる。
晴れた朝、ふきんをまとめて洗って鍋で消毒して干した。
すっきり。
ささやかな主婦の満足。

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2017年10月 5日 (木)

来たものをうけとる

17nodoame

思うに、いつもふつうにやっていることができないときっていうのは、すでに疲労が蓄積しているときなんだと思う。そして、ひとたび病気になると、それがたかが風邪くらいのことであっても、それまでふつうにできたことが全然できなくなってしまう。もうだるくておっくうでつらくて。

昨日の朝起きると、喉が焼けるように痛かった。
今週は月曜に父のところに行けなかったから、おととい野菜カレーをたくさん作って半分持って行こうと思っていたのだけれど、作ってる途中でなんだか異常に疲れてきて、おまけに思っていたより手間も時間もかかって、「もう今日は行けないや」とあきらめてしまった。行ったり行かなかったりじゃ向こうとしてもちっともアテにならないよなあ、と思いながら。
それでやっとカレーができあがって外も暗くなったころ、ここ数日ずっとガスレンジの電池がチカチカしていたことを思いだしてスーパーに単1電池を買いに行き、ついでに重いのにボルヴィックの1.5リットルを2本買って帰った。なんだか妙に口の中が渇いて。
そして夕飯を食べるころになって喉の痛みに気がついたのだった。
喉の奥を見ようと、鏡の前で口をあけたら舌の裏には口内炎。
喉の奥は真っ赤。
おとといの夜、お風呂の順番を待つ間についうっかりうたた寝しちゃったのがよくなかったらしい。意識の端で「寒いなあ」と思いながらうとうとしていのだ。
今週は金・土と仕事で人と会う約束が入っていたから、これはまずいと思って、そこからはできるだけのことをした。薬箱から去年のちょうどいまごろ処方された抗生物質を探し出して、寝る前には整形で出された消炎湿布剤を首に貼ってシルクの巻きもの、竹布のおやすみソックスを履いて、竹布のマスクの裏にはユーカリとペパーミントを垂らして、それをして寝た。
それでなんとか一晩寝たら何もなかったことにならないかと期待したのだけれど、翌日の起きたら焼けるような喉の痛みだ。
こうなるともうとても起きていられるような感じじゃないし、医者に行く気力もない。おまけに外はいきなり寒い。
こうなったらもう寝てるしかない。
それで丸一日、寝たり起きたりしていた。
風邪で寝こむのなんていつぶりだろう?
そして夕方、誰もいなかったから自分でバスルームの掃除をしてあたらしいお湯を溜め、溶かしたヒマラヤソルトを入れて、さあ、お風呂に入ってすっきりしよう、と思って一応熱を測ってみたら、37.8分まで上がっていた。どうりでなんだか寒気がするわけだ。
そこでハタと、これでお風呂に入っていいものかと思いあぐねてしまって、インターネットで検索したら、最初にヒットしたサイトでなんとおなじみの顔が出てきたのには笑ってしまった。


 風邪で熱があるときの入浴はOK?

こんなところで自分たちがやっていることが使われてるとは。
でも、これを見た時点ですでに食欲は全然ないし、関節痛もあったし、ひどくだるかったのでお風呂に入るのはあきらめて、夕飯食べたら早々に寝ることにした。
そして不思議なのは、病気になるといくら寝ても寝ても寝られること。
昼間あれだけ眠ったのに、枕に頭をつけると吸いこまれるように眠ってしまう。
ふだんはまわりの音とか光に敏感でなかなか寝つけないほうなのに、もうそんなのもおかまいなしでひたすら眠る。
きっともう眠ることでしか復活できないことを身体が知ってるんだと思うし、そこまで疲れていた、ってことなんだろう。
そしてこれまた不思議なことに、身体がちょっと復活してくるといきおい眠りつづけてはいられなくなる。眠ることにもいいかげん飽きてきて、変な時間にパッと目が覚めたりして。そのとき頭がハッキリしていればかなり復活してきたってことだと思う。
今朝は早朝にパッと目が覚めて、ああ、もうだいじょうぶだ、と思った。
昨日はほんとうに死ぬほどつらかったから、心底「たすかった」と思った。
鏡に映る自分はまだひどい顔をしていたけれど、起きてきた息子に「よく1日でそこまで持ち直したね!」といわれた。昨日は、「そのぶんじゃ金曜出かけるのはとても無理だね」といわれていたのだ。
でもたった一日半寝ていただけで背中といい、お尻といい、脚といい、どこもかしこも痛くて、そこで気づくのは『寝たきり老人もラクじゃない!』ってこと。
ほんとうに『一生寝たきりにならずに寿命をまっとうする』っていうのは現代人の課題だと思うし、高齢者ってほんとに毎日生きてるだけでも難義なことだと思うから、お年寄りにはもっと配慮してあげないといけないと思ったのでした。わたしの年でふつうの風邪くらいでこれだけつらいんだから、年寄りが風邪ひいたりしたらヘタしたら命とりだと。
あれだけ好きな珈琲もまったく飲まなかったし、飲みたいとも思わなかった。
実際、飲んでも口の中がおかしいから全然おいしいと思えない。
甘いものもしかり。
つまり、究極にいうと身体の具合が悪いときでも食べたり飲んだりできるものがほんとうに身体にいいものといえるんじゃないかな。
梅干しの入ったおにぎりと味噌汁とか、塩かけたおかゆと梅干しとか。

思えば、宇宙マッサージに行ったあの日、すでに自分はずいぶん疲れていたように思う。雨ばかりの冷夏で意気上がらなかった8月に次いで、9月はいろいろヘヴィなことがつづいた月だったから。そして誰でも宇宙マッサージみたいなものをうけた後には、例えば『劇的に身体が軽くなった』とか、『奇跡的に状況が改善した』みたいな『いいもの』しか期待・想像しないのだろうと思うけど(わたしもまたしかり)、実際のところは『その人にとっていまいちばん必要なもの』が来る、ということにすぎなくて、わたしにいま必要だったのがこの『風邪をひいて寝こむ』ということだったのだろうと思う。
風邪は身体の大掃除、だから。
そう思って、甘んじてしっかとうけとめました。

写真は昨日、仕事帰りに息子が買って来てくれたのど飴。
「おいしいのじゃなくて効きそうなヤツをと思ってさ」とのこと。
でもこれおいしかったです。

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2017年3月 9日 (木)

作戦会議

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昨日、夜のファミリーレストランで妹と京都行きのプランを練った。
このあいだの休日、たかだかA4の紙1枚、二泊三日のプランを作るのに、逐一細々したことを調べていたら丸一日かかってしまった。
健常者と行く旅ならアウトラインだけ決めてあとは臨機応変でいこう、ということもできるけれど、85歳で歩行に障害のある高齢者と行くとなると、いちいち何から何まで調べていかないとならないのがほんとに大変。
しかも行き先は春の京都。
それも三月の連休。
坂も多ければ人も多い。
お金もかかる。
電話したタクシー会社の受付けの女性には「混む時期ですから、できるだけ予約は早くしてください」と、さっそくいわれてしまった。
こころなし関東とはちがうテンションの低い不愛想な声。

先日、京都生まれで両親がいまは滋賀に住んでる友達から、いまの京都は一年中いつ行ってもすごく混んでるから、もっと静かなところに行くことを勧めるよ、といわれたけれど、それが父の希望なのだからしかたがない。
京都をさんざん歩きまわったことがあるだけに最初は想像するだけでもげんなりしたけど、でもいざプランを立てはじめたらだんだん気分が乗ってきた。

わたしが子どもを連れて京都に行ったのはもう17年も前のこと。
母が亡くなった年の春、三月の終わりのことだ。
退院して元気になったら家族みんなで京都に桜を見に行こう、といっていた約束も叶わず早々に母が逝ってしまい、落ち込むわたしをみかねてボスが連れて行ってくれたのだった。
とはいえボスとは京都に着いた日に市内を散歩して蕎麦屋で昼飯を食べ、ボスが若い頃よく行ったという東郷青児ゆかりのレトロな喫茶店『ソワレ』で珈琲を飲んだくらいで、あとは完全に別行動。せっかく京都まで一緒に行ったのに、「昔、京都に住んでて俺は何でも知ってるから今さら神社仏閣めぐりなんてしない。自分たちだけで行ってきなさい」というボスと別れて、二日めも三日めも我々はハンドブック片手にバスと電車を乗り継いで朝から日が暮れるまで京都じゅうを歩き回った。もう詳細は忘れてしまったけど、一日めはたしか清水周辺のお寺というお寺を廻り、二日めはいちばん遠くの大覚寺からスタートして嵐山周辺をくまなく歩き、最後に広隆寺で弥勒菩薩を観た。
子どもは8歳と12歳。とくに下の子はまだ小さかったのに、よくもまあ、あんなに日がな一日、文句も言わずに歩いたと思う。
最後の日は、いま一緒に仕事をしている当時大阪に住んでいた友達ほか二人と南禅寺で落ち合って、銀閣寺近くのうどん屋で食事をしたのも、いまとなっては懐かしい思い出。でも、それさえもう記憶があやふやで、そのときたしかにボスもいたはずなのに、一緒に食事をしたのかどうかもはっきりしない。偏屈でプライドが高くて見栄っ張りなボスは、京都駅まで車で送るという親切な友達の申し出を断って、自分ひとりでさっさとバス乗り場に消えてしまったのだった。ボスのことを思い出すとき、いつもさみしげな後ろ姿がこころに影を落とす。
それももう遥か昔のこと。

今回の京都行き当日は、仕事を半日で上がらせてもらった妹にあわせて新幹線に乗れるのが午後だから、京都に着くのはもう夕方。
最初は二日とも観光タクシーを使う予定でいたけど、妹といろいろ話した結果、マックス一日動ける翌日は車椅子をトランクに積んだ観光タクシーを利用し、ちょっと遠出することにして、最終日の帰る日は、ホテルに荷物を預けて新幹線に乗る時間まで自力でのんびり近場を見て回ることにした。
どのみちリッチな大名旅行じゃないし、まったく知らない土地で電車に乗ったりバスに乗ったりするのも、少々難義なことではあっても父にはそれも楽しいんじゃないかということで。

せっかく滅多にないこと京都に行くなら、自分ならほんとはやっぱり清水ははずせないし平安神宮にも行きたい、南禅寺もいい、それに圓光寺にも行きたかったなあ、といったら、それまで自分としては今回とくに行きたいところはない、とクールにいってた妹が、ミーハーだけどわたしは都路里で抹茶パフェを食べるのはあきらめた、といい、でもイノダコーヒには行ってみたい、あ、ソワレも、といいだし、それならわたしはフルーツホソカワに行きたい、とわたしがいって二人で笑った。
もう帰ろうというころに妹が「これ買った?」と雑誌『OZ magazine』を差し出して、「いや、買ってない」といってわたしがきれいなグラビア写真眺めながら、「こんなの見て夢が広がったところできっとどこにも行けないんだよねえー」といったら、どうせジーサンは夕飯食べたら疲れて寝ちゃうだろうから、お姉さんはその後ひとりでどこかに行ってきたら? というので、だったらジーサンが寝た後タクシーひらって二人でどこかに行こうよ、といった。
宿泊先のホテルは三条近くにあってなかなか便利なところなのだ。
小町通りが近いし、祇園にも行ける。
でも夜出かけよう、なんて思うのもいまのうちのことで、実際は自分たちも疲れ果てて寝ちゃうかもしれないんだけど。
はてさて。どうなりますことやら。

もし、いまわたしに自由になるお金と時間があるなら、一番行きたいのはパリです。
ポンピドゥー・センターでサイ・トゥオンブリーが見たい。
ものすごく!

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2017年3月 2日 (木)

エクストラな休日に

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遠方から訪ねてくる人あって、当初彼女はわたしがいつも行ってる花屋に行きたいとの希望だったのだけれど、あいにく彼女が東京に滞在する期間と花屋が滅多にないこと連休をとった日がぴったり重なってしまって、昨日は滅多にないことわたしもお休みをとって一日彼女につきあった。
いつもの花屋の代わりになりそうなところと思って頭に浮かんだのは、前から一度行ってみたいと思っていたふたつの花屋。
どちらにしようか迷って、でも夕方には武道館に行くという相手のことを考えたら土地勘のあるこっちを選んだ。
南青山にある、ル・ベスベ。

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ル・ベスベというとすぐに思い浮かぶのはいつも『アンドプレミアム(&Premium)』という雑誌の表紙と巻頭ページを飾っていた美しい花の写真。
いったいこんなナチュラルで素敵なブーケをつくるのはどんな方だろうと思ったし、雑誌に紹介されていた店の佇まいにもとても惹かれた。そして3年前にル・ベスベの店主でフラワーデザイナーの高橋郁代さんが急逝されてしまってからは、後に遺されたお店がどうなったかも気になっていた。
一度行ってみたいと思っていた気持ちがこんなかたちで実現するなんて。

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できれば主のいるときに来たかったけれど、でも主亡きいまもお店はちゃんと存続していて、今日も近所のマダムと思しき女性が熱心にお花を選んでいました。
あいにく今日は先が長いから花を買うことはできなかったけれど、いつかまた訪れてみたい。
でもやっぱり花を買うためだけにここに来るのはちょっと遠いかな。
骨董通りを抜けて高架下の地下道を渡った向こう。
表参道からは徒歩12、3分てところ。
でも、もしル・ベスベのブーケを贈られることがあったら?
それはもうほんとに素敵でしょうね!
夢にだけ見ておこう。
それにもし自分の夢が叶ったら、腕に抱えられるだけの花束を自分のためにつくってもらってもいいし!

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はじめて行くところってたいてい実際より遠く感じられるものだけど、骨董通りを端から端まで往復したらけっこう疲れてお腹もすいて、次に向かったのはイタリアンレストランHATKE。

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平日で、もう1時を回っていたのにけっこう混んでいてちょっぴり待たされた。
待っているあいだに出て行く人たちを見ていたら、名前はすぐに出てこないけどテレビをまったく見ないわたしでも芸能人とわかる人たちが何組か・・・・・・
立地の割には静かだしリーズナブルでお食事もおいしいので南青山で友達とごはんのときは選択肢のうちのひとつにしているのだけれど、いつの間にかここは芸能人御用達のお店になったのかな。
ここに来るとかならずオーダーする平日50食限定のハタケ・ランチ。

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一見いつもおんなじように見えるけどもちろんそんなことはなくて、毎回その季節の旬のオーガニック野菜を中心に作られたアンティパストの10種盛りプレートはいつ食べてもおいしい。
それに今日はとっても濃厚でおいしかったポタージュスープとフォカッチャ、アンチョビの隠し味が利いた海老と小松菜のショートパスタ、ドリンクと小さなドルチェがついて1350円はやっぱり安いと思うな。

そしてここに来てはじめてちゃんと話すことができたHさん。
東京に来る直前まで縫っていたという、着物をリメイクしたガウンを着てらした。
すごく好奇心旺盛、チャレンジ精神旺盛でエネルギッシュな方でした。
今回数年ぶりに来たという東京での滞在期間も毎日スケジュールがぎっしり。
わたしにはとうていそんなのはもう無理だなと思いました。
お正月に二泊三日でパリに行った友達が、毎日二食でひたすら美術館にだけ通っていたと言っていたけれど、わたしもそんなのがいいなと思います。

ここでランチタイムのあいだお喋りして、食後は1階にあるニコライ・バーグマンのフラワーショップを眺めた。今日2軒めの花屋。
ここでnicolai bergmann というロゴの入ったリボンのかかった黒い箱が届いて、あけたら宝石箱みたいなフラワーボックスだったらどんなに素敵でしょう、という話をして楽しんだ。
夢は大事ね。
好き嫌いはあるかもしれないけど、とてもスタイリッシュな花屋。

ラストは九段下近くということで神楽坂に移動。
かもめブックスにも大洋レコードにも行ってみたかったけどもうそんな時間はなかったので紀の善へ。
今日はどこに行ってもはじめての方と一緒だからよかったものの、わたしってじっつにワンパターンだなと思います。
食べるものまで決まってますもん。
紀の善ときたらクリームあんみつです。
彼女はここではくるみ汁粉を食べてた。
それもおいしそうだった。

イレギュラーな休日の一日。
はたして彼女は楽しめたのかどうか・・・・・・。
けっこうたくさん歩いたのに疲れも見せず、今日のメインイベントである武道館に向かって行きました。

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2017年2月18日 (土)

抹茶碗

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何故か知らないけど昔から二月はいろいろ大変なことが重なる月で、今年もやっぱりいろいろあって、気になりながら電話できないままでいたら先週むこうから電話がかかってきた。
わたしと誕生日がおなじ、あやこさん。
うちの個電はナンバー・ディスプレイだからすぐに誰だかわかって、電話に出るなり「わあ。あやこさん、元気?」といったら、「元気よ。あなたこそ元気?」といつもの声が返ってきてうれしくなった。
でも実をいうと一月は元気じゃなくて、夫のインフルエンザが移ってひと月寝ていたのよ、という。インフルエンザなんて一体どこからもらってきたの、と訊くと、あのひともプールに行ってるから、もしかしたらプールでもらってきたのかもねえ、と。
それであなたはいくつになったの、というから、わたしが歳をいうと、いままで若い若いと思ってたけど、あなたももうそんな歳になったのねえ。わたしなんか今年でもう82よ! わたし、ついに去年、お茶やめたのよ。言ったっけ。去年、表彰されたこと。そのとき紋付き着て行って、それでお終い。と、滔々としゃべる。
そのときの写真を見せてよ、といったら、いやだ。オバケみたいだから、あんなの人に見せられるようなもんじゃない、という。

それより去年、夫が叙勲されてね、皇居に招ばれて行ったときに色留袖を着て行ったんだけど、そのとき夫と庭を歩いてるところをカメラマンが写真に撮ってくれてね、それがいままで撮ったなかでいちばん自然だったからそれを遺影にすることにしたのよ。わたし、もう遺影だってちゃんと用意してあるんだから。と、相変わらずサバサバした勢いのある話し方。
叙勲なんて滅多にあることじゃないから、旦那さまは何で勲章をもらったの? と訊けば、知らない、とそっけなくいう。
まんまとお茶を濁された。
さすが、お茶の先生だけに。

それで、これまでつづけたお茶を辞めるにあたって家に大量にあるお道具を処分しなけりゃならないのだけど、わたし馬鹿だからお茶碗ひとつにしても買ったときのレシートを箱の中に一緒に入れてあってね、うっかりそんなもの見た日にゃ「ああ、こんなお茶碗ひとつ買うにもこんなにお金出して買ったんだ」とか思ったら、捨てられないのよ。生徒さんたちにはお茶碗2個ずつあげたんだけどね、というから、関係のないわたしがたいへん図々しいことをいうようだけど、もし処分してしまうのだったらわたしにも何かひとついただけませんか? といってみたら、あやこさんますます勢いよく、ぜんぜん図々しくなんかないわよ! あたりまえよ! じゃあ、それもこんど何か選んで持って行くわね、といった。
わたしが、殊勝な感じで、ありがとう、大事にします、といったら、大事になんかしなくていいのよ! どうせ練習用でたいしたものじゃないんだから、といって、あやこさんは、わたしは今週はまた行けないから、じゃあ来週の土曜日、プールの後にね! と言って電話が切れた。

思えばなんの血のつながりもない、ただおなじスイミングクラブのおなじレーンで泳いでいて、たまたま誕生日がおなじだったというだけの、自分の親ほども年の離れた人とこんなふうに親子みたいに、あるいは友達のように話せるっていうのも不思議なことだと思う。そして男でも女でも年齢に関係なく、そういう相手がわたしにとっては一番ありがたい。自分のままでいられて、ありのままをうけとめてもらえる。
昔、銭湯でのことを『裸のつきあい』といったけれど、いい歳の女がすっぴんで、スタイルが良くても悪くても水着を着て自分の身体を曝け出し、下手な泳ぎでカッコ悪いところやみっともないところを互いに見せあっているプールはある意味、裸のつきあいなんだと思う。
大人になってそういう場を持てたことはほんとによかったと思う。
あやこさんはもうスクールには来ていないけど、相変わらず下のジムでヨガをやりバランスボール体操をやり、フリーの時間にプールでけっこうたくさん泳いでいる。
この真冬に。82歳になったいまでも。
素晴らしいとしかいいようがない。

今日わたしがジャグジーも早々に着替えて下に降りて行くと、あやこさんはもう来ていてテーブルの前で座っていた。
抹茶碗の入った箱とチョコレートの入った紙袋を持って。
わたしは『かまわぬ』で買った巾着と豆源のお菓子を持って行った。
あけてみて、とあやこさんがさしだした箱は、吉祥寺にある茶道具の店『池上』のものだという。楽かと思っていたけど開けたら楽茶碗ではなかった。グレーの、これは美濃焼、だろうか。

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これはいちばん気に入っていて、よくお稽古で使った茶碗だという。
これくらいたっぷりしているとお茶を点てやすい、ということ。
そんなことをいいつつ茶碗を持っていたあやこさん、わたしがお茶のことを何も知らないと思ってか、あなた、こっちが前だからね! といってわたしの前に置いて見せた。さらに、お茶を点てるんじゃなくても、茶碗飾りにしてもいいのよ、と。
わたしが「茶碗飾り???」という顔をしてたら、なんだったら漬けもの入れてもいいのよ! だって。
やれやれ、すみません。なんにも知らなくて。
『茶の湯』というと、ずいぶん前に見た利休の映画を思い出す。
ものすごーく地味だけど、それこそ滋味あふれる興味深い映画だった。
一杯の茶に、一人の稀有な人間の生き方が美学が、そして時代や政治の力学、人間関係までもが詰まった時代劇。一杯の茶が、いまでいうところのパワー・ドリンクであった時代の話。
でも『Art of Tea』といったらもちろん、わたしにとってはさんざん聴き古したマイケル・フランクスのアルバムですけど(笑)

あやこさんからこれまでにも何度か聞いたことがあるけど、生徒ならともかく、お茶の教授ともなるとそれこそふつうの人が持っていないような季節ごとのお道具がたーくさんあって、しかも教授職の人にしか必要ないからそうそう譲ることも売ることもできないのだという。でも目利きが選んだ古いものともなれば現代ではもう作れないような意匠を凝らした高価なものもあって、そんなのますます捨てるに捨てられないだろうな、と思う。そういうの、二束三文じゃなくて、少なくとも心情的にだけでも手放す人の気持ちにかなったリサイクルの方法がないものだろうかと考えてしまう。

ともあれ、今年も無事に誕生日を祝えてよかった。
最近よく思い浮かぶ言葉に、以前人から言われた「すべてのはじまったことにはいつか終わりがくる」という言葉があるのだけれど、いまのところは、これがいつまでつづくかなんていうのは考えないことにしようと思う。

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2016年10月 5日 (水)

薬大臣

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風邪ももういいかげん治りかけだと思うのだけれど、最後に咳だけが残ってなかなかすっきりしない。咳がつづいているせいでなかなか体力が戻らなくて疲れやすい。そう思っていたら先日、電話でわたしの声を聞いてびっくしりた医者の友人が薬を送ってくれて、それがさっき届いた。
ほんとうにありがたいかぎりだけど、またしても抗生物質。
それに痰切りに鼻水に咳止め、それぞれの薬と胃薬に漢方薬。
食間に飲むものや吸引剤や夜寝る前だけに飲む薬もあって、もう山ほど・・・・・・
これ以外に毎日飲んでるサプリメントがあるから、お腹いっぱい食べたら食後に飲みきれなくなりそう。

昔、枕もとに置いたお盆の上に、三種の神器ならぬ医者からもらった薬あれこれに正露丸に目薬にアンメルツに湿布薬など、思いつく限りのものを一式載せていたおばあちゃんのことを生前、母はよく『薬大臣』と呼んでいたけれど、これじゃまさに薬大臣だ。
抗生物質は風邪の菌をやっつけてくれる代わりに善玉菌も殺してしまう。
風邪が完全に治ったらこんどはデトックスして腸内環境を整えることをしないとね。
テーブル上には昨日ビタミンC補給のために買ってきたミカンも転がってて。
ビタミンCといえば、20代のころテレビでどこかの博士が自らやってる健康法として『ビタミンC大量摂取法』というのを紹介してて、ビタミンCを日常的に大量摂取しているとガンにならない、というので、ガンになりたくなかった自分も真似してやってみた。
薬局で大きなボトルに入った安い『アスコルビン原末』というのを買ってきて、添付の小さなスプーンで白色の微粉末を掬って水に溶かして飲むんだけど、とにかく酸っぱい。
でも毎日やってたらある日、母がわたしの顔をまじまじと見て、「最近どうしてそんなに色が白くなったの?」と訊くから、「ビタミンC大量摂取法をやってるからじゃないかな」といったら母までやりはじめてしまった、ということがあった。酸っぱいし、ときどきお腹にくるからあまり長くは続かなかったけど、ずっとやりつづけていたらほんとうにガンにならなかったのだろうか。
どうなんだろう、と思う。

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