アートのある場所

2009年9月16日 (水)

ラリックの愛/国立新美術館

Lalique

会期が終わる直前の9月始め、女友達と一緒にラリック展を見に行った。

まだあれは6月だったか、私がラリックに行きたいと言ったら、友人がチケットプレゼン

トに応募してくれて、ラッキーなことにそれが当たったのだった。

ラリック展は数年前、庭園美術館でやったときに一度見ていて、招へい元の細やかで

高い美意識に演出された見せ方と、庭園美術館というラリックにぴったりなロケーショ

ンもあって、会期中にぜひもう一度見に来たいと思うほど素晴らしかった。

今回は、前から行きたいと思っていた国立新美術館。友人も私も行くのは初めて。

Museum_04

もちろん撮影は禁止なので作品の写真はないけれど、今回も本当に素晴らしかったで

す。ただ失敗だったのは会期が終わる直前ということで、ものすごく混んでいたこと。

そのほとんどが女性客。それもさもありなんで、展示されている作品の半分以上が精

緻を凝らした美しいジュエリーというのだから、もう女性の眼は釘付け! 

その女性たちのランランと輝く瞳と、喉から手が出そうな表情を見ているほうが私には

面白かったくらいで、作品の前に延々と並んだ列はいっこうに動く気配なし ・・・

約400点あまりの作品を全部見終えるのに、2時間半以上はゆうにかかりました。

もう、へとへと。

ラリックというと、前回の個展でも思ったことだけれど、本当に自然をよく観察している

人で、彼が好んで作品のモチーフにするのは美しい植物や動物、神話の中の登場人

物のようなロマンティックなものばかりではなくて、爬虫類や昆虫など、時にグロテス

クなものまで。それをマクロ的な視点でリアルに表現しているのだけれど、これがまた

実に美しいジュエリーに、またただのジュエリーにとどまらず高いアートに昇華してい

るんですよね。ほんとに溜息ものでした。

思わずレプリカでもいいから手に入れたい! と思うようなものはいくつもあったけれ

ど、その中でも特に私の印象に残ったのは、萎れた花、花びらが1枚きりになった花

をモチーフにした作品。美しく咲いている花を愛でる男はこの世にいくらでもいるでしょ

うけれど、枯れた花、散った花までをみつめて、滅びゆくものに美を感じ、それを表現

しているところにラリックならではの深い愛を感じました。それは妻子がありながら激

しい恋に堕ち、苦悩しながらもその相手と成就したラリックならではのロマンティックな

ところだと思うし、こんな男に愛された女はしあわせだろうなと思います。

そのラリックが愛した女、アリスの象徴であるケシの花。

チケットになった写真のハット・ピンがまさにそれで、ケシの花をモチーフにして作られ

た作品はすべてアリスをイメージして作られ、また捧げられたものなのだとか。

もう女性たちの目はますますハートでいっぱいですね。

後半はガラス工芸。でも、今回はなんといってもジュエリーが圧巻でした。

ジュエリーといっても、ただ華美なのじゃない。精緻さ、繊細さ、精妙さ。微妙な色のグ

ラディエーション。日本人の詫び寂びにも通じるような、枯淡ともいえる色合い。

日本人がラリックを好きなわけです。

うっとりと堪能して出てきた後はすっかり足が棒になっていて、俄かにお腹も空き、当

初予定していた美術館の外にランチをしに行く元気もなくなっていて、「もう、ここでい

いや!」とばかりに宇宙船のようなカフェ『サロン・ド・テ・ロンド』に入る。

Museum_06

素晴らしい眺め!

でも、話のタネにここでお茶するくらいはいいけれど、ランチはお勧めしません。

固いバゲットのサンドイッチは歯が折れるかと思いました。

お湯を足して足して薄まったようなミネストローネもいただけません。

Museum_07

でも、この日はとてもお天気がよく、ガラス壁のカーテンウォールから燦々と降り注ぐ

光が眩しいほどで、夏の陽射しが残るデッキでくつろぐ人たちもとても気持ちよさそう

でした。女友達とは「つまり、この景色がおかずってわけね」と言いながら ・・・

Museum_08_2 

国立新美術館、館内もスペースチックで圧倒的な世界だけれど、外から眺めたところ

がまたいい!

まるで都会に突如としてあらわれた巨大なサボテンみたい!

Museum_09

青空に映える見事なウェーブ。

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どこから見ても面白い建物です。

見ているだけで楽しくなる。

全面ガラス張りなのに冷たくなく、むしろ有機的なあたたかさを感じる。

圧倒的な存在感なのに威圧感はまるでなくてポップ、すごく凝った作りなのに一見す

るとシンプルで、街の景色にも緑にも自然に調和して、見ているだけで癒される感じ。

この建物自体がアート。

・・・ というわけで、 私は建物を出てからもすっかり楽しくなってしまいました♪

Museum_11

この建物の設計デザインをしたのは黒川記章。

もう亡くなってしまったなんて信じられないくらいです。

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子供のようにはしゃぎながら、坂を下りる2人。

夏の名残りを残す美しい午後、美しい友達と。

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2009年9月11日 (金)

ちひろの眼差し

Chihiro_2

夏休みもあと数日で終わろうかという美しい夏の午後、娘を連れてちひろ美術館

行った。夏休みのあいだに一度、娘をここに連れて行きたいと思っていたのだ。

息子は「僕は何回も行ったことあるから行かない」と言ってついてこなかった。

いったいここへ来るのは何年ぶりだろう?

当時はこの近所に息子と数日違いで生まれた娘を持つ友人が住んでいて、互いに

まだ3歳にもならない子どもを連れて来たのだった。賑わしくも懐かしい安寧の日々。

久しぶりに行ってみると美術館はすっかり改装されて、岩崎ちひろ絵本美術館から、

ちひろ美術館へと名称も変わり、前にも増して素晴らしい建物になっていた。

エントランスを入ってすぐが受付、向って右手がミュージアム・ショップで、左手が緑が

美しい中庭に面するカフェ・コーナー。

Chihiro_02

それをはさんで右と左に展示室。

もともとちひろの住居だった家を改装して作られたこの美術館には、ちひろの生前の

アトリエがそのままの形で残されていて、前に来たときはたしかそれは2階にあったよ

うな気がしたけれど、今は左手奥の部屋に移されていた。場所こそ移ったけれどその

部屋は、今にも絵を描くちひろが見えてきそうなほどリアルに当時のままの気配をま

とってあたたかく、懐かしい雰囲気がした。

部屋を囲む通路の壁にはちひろの子ども時代からのモノクロの写真が飾られていて

時折ちひろの日記のような、エッセイのような文章も額に入れて並んでいるのだけれ

ど、この文章がまたとてもよかった。

一芸に秀でていて好きなことを一心にやっている人の心というのはまっすぐで、ポート

レイトに写った彼女の瞳同様、晴れ晴れと生き生きとしていて簡潔で潔かった。

そこに彼女の絵にも見てとれる一抹の寂しさというか透明なかなしみがあるのもよか

った。おまけにその心にはボルケーノを抱えているのだ。なんて素敵なんでしょう。

ひとつひとつの写真と文章と絵を黙々と丹念に見てゆく娘の後について、私も同様に

丹念にそれらを見ていった。館内は大きな窓から入る自然光がとても明るくて、たえ

ず緑がさざめいては美しい影を作り、清潔でやさしい気に満ちていた。立って絵を眺

めることに疲れた私たちは、展示室にあったブルーのソファに腰掛けて絵本を眺め

始めたが、そのやわらかくて気持ちの良いソファは長年ちひろが愛用したお気に入り

のものだったらしい。ここでは目に見えるものも今は失われて目には見えないものも

大切に保存されているらしかった。

ちひろの絵というと私は家にも学校にも居場所がなくて、雨の日でも長靴と傘で外に

出ていった子どもの頃の雨の日の記憶とダブるが、そのほかに1枚の少年の絵があ

る。いつだったか、ミュージアムショップで大きな額に入って飾られていたその少年の

絵を見たとき、あまりにも息子に似ていたので思わず買ってしまったのだった。

その絵は長いこと古い一軒家の玄関の靴箱の上に飾られていた。

小さかった息子が小学生になって、初めて家庭訪問があったとき、息子の担任の年

配の女の先生は、玄関先でその絵を見るや驚いて私にこう訊いた。

「この絵は俊ですか?」と。

いいえ、ちがいます、と私は笑いながら言った。でも、そっくりでしょう。岩崎ちひろの絵

です。あんまり似てたものだから、思わず買ってしまったんです。

担任は「まぁ、ほんとにそっくり」と言いながら家にあがった。

その絵はその古い家に住んでいる間じゅう玄関に飾られていたけれど、今はもうすっ

かり色褪せて、どこかの天袋にしまってある。

その絵の小さなポストカードを見つけて買ってきた。

 いわさき ちひろ 『立てひざの少年

岩崎ちひろのたった一人の愛息、猛さんの絵。

Chihiro_01_3   

今はこうしてキーボードを叩く私の目の前、小さなスピーカーに立てかけてある。

そして、ミュージアムショップで娘が迷いに迷って欲しいものをものを選んでいる間に、

私はこの本を見つけて買った。ちひろのモノクロの写真や絵の間に飾られていた言葉

は、この本からのものだったらしい。この美術館もそうだけれど、この本には30歳に

して7歳年下のコミュニストと大恋愛に落ちて結婚して、55歳で亡くなるまで、たった

20数年と短い歳月ではあったけれど、現実と向き合いながらもお伽話のようにしあわ

せで美しい人生を送ったちひろの人生が詰まっていて、一発でこの本は私の宝物に

なった。特に美術館を入って最初に見た『大人になること』という文章は、どうしても心

に留めておきたかったものだ。

 いわさき ちひろ 『ラブレター』 講談社 

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その日の夜は布団に入ってからも過ぎ去った日々が頭をよぎり、ちひろのピュアでま

っすぐな密度の濃い眼差しが頭から離れず、なかなか寝つくことができなかった。

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2009年8月14日 (金)

ぷわぷわ、ぷかり。

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2人でミュージアムまでの道をお喋りしながら歩いていると、さっちゃんが「明治神宮

の宝物殿って行ったことある?」と聞いた。多分あると思うよ、と答えると、「あそこの

宝物殿の前の池に、天使が降りてくるんだって!」と言う。

思わず目を丸くして「ほんと?!」と聞き返すと、さっちゃんは嬉しそうに笑って「よかっ

たぁ~。さなえちゃんが反応してくれて。今まで誰に言っても、だーれも反応してくれな

かったんだもん」と言った。そりゃあーた、世間のフツーの人はそうかも知れないけれ

ど、目に見えない力を最大限に味方につけようと思ってる私なんだもの。

彼女は彼女で、祈願というから私は何か個人的な祈願を想像すれば、サッカーのワー

ルドカップ出場祈願のために今年初めてお伊勢さんまで行ってしまったのだと言う。

なんてすごい情熱だろうと思うけれど、そのとき境内に入ったらドーっと傘も役に立た

ないくらいのすごい雨が降ってきて、服の中までびしょ濡れになりながらそれでも本殿

まで進むと、ちょうど本殿に入ったところで凄かった雨は嘘のようにピタっとやんで、代

わりに本殿の奥からもうもうと霧が立ち込めてきたそうな。もう、なんていうかすごい荘

厳で、パワーを感じた、ということだった。あそこはやっぱり半端なところじゃないと思っ

た、と言うから、西だと圧倒的に伊勢神宮、東だと明治神宮らしいよ、なんてところか

ら冒頭の話になったのだった。

Hara_museum

いろいろ考えたけれど、彼女とは原美術館に行くことにした。

前から行きたいと思いながら、なかなか行く機会がなかった美術館。

彼女はもともとアート系の人だからきっと行ったことあるだろうと思っていたら、私同様

まだ行ったことないのだそうだ。建物自体がアートみたいな、白くて美しい美術館。

緑の芝生に面してアールを描くサンテラスのカフェがあって、ガラス越しに入る夏の陽

射しと、友人のバックで映える木々の緑と芝生の眩しさを想像していた。そこでなら、

ぷわぷわ夢のような話もできる気がした。

そうしたら、そのとおりになった。久しぶりの爽やかな夏日だ。

原美術館は品川駅から歩いて15分くらい、御殿山坂を上って左に入った閑静な住宅

街の中にあった。ほんとに普通の邸宅とみまごうばかりの自然さで。

Hara_museum02

都内の美術館同様、ここも館内撮影禁止なので残念ながら写真はないけれど、建物

内もとても美しかった。いま館内では常設展をやっていて、パッとわかるメジャーなとこ

ろではアラーキーの写真、それから吉本ばななの本の挿絵で有名になった奈良美智

の部屋なんかがあった。奈良美智はとくべつ好きな作家ではないけれど、この人の描

く絵はインナーチャイルドの絵だなあと思う。誰でも心のなかに1匹は飼ってるような。

個人的にはツァオ・フェイの『RMB City:セカンドライフでの都市計画』という6分間の

CGヴィデオ作品が面白かった。まさに、ぷわぷわ、ぷかりな作品。

Hara_museum03

アートは日常から非日常へ、制限ある(あるいは制限があると私たちが勝手に思い込

んでいる)世界から制限のない自由な世界へと一瞬にしてワープしてしまえる魔法の

ツール。現代アートはなんだかわからないという人は多いけれど、わかるとかわからな

いじゃなくて、なんだかわからないけどこれすごく好き、とか、見ているだけで心が自

由でハッピーになる、とかでいいんじゃないの、と私は思う。

カフェではランチしながら夢のような話のほかに超現実的な話もしたけれど、過ぎてし

まえばそれさえなんだか夢のようだ。私たちが現実に抱えるシリアスな問題はそうそ

う簡単に解決するものではないけれど、それだってきっと気の持ちよう。晴れた日に

は風船に付けて青い空に飛ばしてしまえそうな。

そして、結局いつだっておかあさんな私たち。

ミュージアム・ショップで子供にお土産を買いました。

Lisa_larson

リサ・ラーソンのアニマル・キーホルダー。

これは超かわいくて、もうあげたくないくらいなんだけど ・・・

Lisa_larson_01 

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2009年3月12日 (木)

明日の神話

09asunoshinwa

光と影をあげる

色を見せてあげる

きみの空を廻る

太陽になるんだ


ほどけてしまわないように

ぎゅっとむすびつこうよ

寄り添って支えて

踊ろよずっと


ああ 長い時間をかけて

つくってゆく愛 Yeah

たがいの気持ちをこの世界に描くよ

たがいに思えば幻じゃなくなる

物語は


太郎と敏子のように

向かいあうふたりに

なれるのかなきみと

試してみよう


ああ いくつの障害を乗り越えられる

きみを愛してる Yeah


たがいの気持ちをこの世界に描くよ

たがいの気持ちがこの世界を描くよ

たがいに思えば幻じゃなくなる

物語は


(Lyric by 田島貴男 アルバム『東京飛行』から『明日の神話』)

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久しぶりに街に出ると、自分がモグラになったような気がする。

渋谷はいつでも人が多くて、仕事じゃなければなるべく行きたくない街。

器用に人をよけながら、足早に道玄坂を上る。

Kさんに会う。笑顔がなんだかとってもありがたい。

Kさんはずいぶん長いこと、人を信じることができなかった、と言った。若い頃。

意外だったし、私は本当にそういう人もいるんだ、と思った。

以前、Mちゃんに「あなたには嘘はつけない。あなたは人を疑うことを知らない人だか

ら」と言われたとき、「まさか。私だってそんなに馬鹿じゃないんだし」と思ったけれど、

いったん相手を信じてしまうと私は圧倒的に信じてしまい、そういう私を相手が圧倒的

に信じないのが不思議で、空しくもあり、人なんて気紛れな生きものだけど、そして時

にその気紛れこそが人を救うものだけど、でも圧倒的に私を信じてくれ! 簡単に疑

わないでくれ、なんて思う。・・・ いつだって全ては、信じることから始まるんだから。

Kさんと別れた後、渋谷で初めて『明日の神話』を見た。

1人の女性の情熱が、そしてその情熱に共感したたくさんの人の協力が、どこに行っ

たともわからなかったこの絵をここに運ばせた。

もうどこにも行かなくていいんだ。

もうどこにも行かなくていいって、なんて素敵なんだろう ・・・。


田島貴男は詩もすごくうまくて、無意味じゃない歌詞を書ける稀有なソングライターだ

と思うけど、こうして歌詞を書き出してみると歌を聴くときほどの感動はなくて、これは

歌詞でしかなくて、やっぱりこの歌詞はあの声と歌、音楽あってのものなんだと思う。

でも、『たがいに思えば幻じゃなくなる』ってところが好きだ。特に。

この三次元空間を幻じゃなくするのはあなたと私の思い、意識でしかない。

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2008年11月 2日 (日)

芸術祭に行ってきた。

08geisai

昨夜、鳩尾と背中に謎の痛みがあったせいで、めずらしく早めに寝て、今朝は8時間

たっぷり眠って起きた。遅い朝食をとって、しっかり寝た割にはあまり絶好調とはいえ

ない体調のまま、今季もう3度めの風邪っぴきであるヤワな息子を1人残して、武蔵

野美術大学の芸術祭に出かけた。家から最も近い美大といえばここだし、スイミング

クラブのコーチの男の子も、近所の花屋のアルバイトの男の子もここの学生だったり

して割と身近な学校なのだけれど、実際に行くのは初めてだ。

地理的にはとても近いはずなのだけれど、ローカル線というのはちょっとタイミングが

悪いとひどく待たされたり、駅に着いたら着いたで美大行きのバスがなかなか来なか

ったりして(長蛇の列にはびっくり!)、ひどく時間がかかってしまった。途中、娘の履

いてた靴が壊れて急遽買わなきゃならないアクシデントもあったりしたせいで、1時に

家を出たのに、着いたのはもう3時前。ところが大学内の建物は、なんと1号館から

12号館まであって、工事中の4号館を除いて全ての建物で作品を展示をしているの

です。これじゃ午後遅く行ってもいくらも見られない!

・・・ というわけで見られたのはほんのごく一部だったけれど、ムサビの雰囲気をたっ

ぷり味わってきました。きっとこの建物が建った頃は超近代的な建物だったんだろう

なぁ、という感じのコンクリート打ちっぱなしの校舎は今やちょっとたそがれて無機質

で寒々しい感じがしたけれど、教室の高い天井や大きな窓や広い空間は、ものづくり

をするのにはとても機能的なんだろうなあ、とも思う。油絵の具の匂い、それが飛び散

った床、石膏の匂い、粉だらけの廊下、いたるところに転がるオブジェ・・・

残念ながら今回は心を揺さぶるような作品を見つけることはできなかったけれど、あら

ためてつくづく思うのは、数ある芸術の中でも美術というのは限りなく自己満足の世界

だよなぁ、ということ。それを他人が客観的に見たときにも、作者と同じような思いで見

られるか、あるいは全く別の観点であっても感動できるか共感できるか評価できるか

なんてところに(存続していけるかが)かかっている気がする。自分の創った世界がど

れだけ多くの人の心とチューンできるか。私は一応、言葉使いの側に自分を置いてい

るので、言葉のいらない世界で生きている人にとても憧れるけれど、それはもしかした

ら音楽や文学と較べても難しい世界かもしれない、と思う。先日会った友人は「オレは

現代アートがわからない」と言っていたけれど、私もかつてはそんな風に考えていた。

わかるとか、わからないとか。でも今はわかる・わからないじゃなくて、ただ単に自分

が好きなもの、心惹かれるものに出会えればそれでいいんと思って見ている。そして

直感的にこれが好き、と思うこと、心惹かれることにはたいてい確たる理由がない。

先ほど書いた、美術が音楽や文学にくらべて(人に理解してもらうのが)難しいと思う

のがこの点で、好きな理由を言葉でうまく説明することができないからだ。作者自身、

どこまでわかって創っているのかと思う。もちろん、わかってなくて創っていてもいい。

つまり、ロジカルな世界じゃないから。

良い作品というのは、というよりもこの場合、自分にチューンする作品というのは、自

ずと作品のほうから語りかけてくるように思う。見る側はそれをただ受け取ればいい。

もちろん、これは私個人の考えに過ぎないけれど。

昔は具象画が好きだったけれど、今は抽象画のほうが好きだ。

毎朝、目の前の殺風景な白い壁を見ながら珈琲を飲んでいて、ここにいい抽象画が

あったらな、と思う。絵も飾られた空間、見る時間帯の光によって全然違って見える

んだろうな。本来、絵って、そうやって長い時間かけて眺めるものなんじゃないだろう

か。少なくとも、描き手がそこに費やした時間くらいは。

上はある教室で、コの字型の壁画に隠された動物をみつけて指さす娘。

こどもの頃は絵描きになりたいと思っていた私だけれど、今は全然思わない。

私のこどもの頃にくらべたって100倍は自在に描けるこの子がいるから。

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2008年8月12日 (火)

夏の夜空を彩るアート/東京湾大華火祭

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今まで花火というと、毎年近所の遊園地で上がる花火の音だけ(ち

ょうど花火の上がる方向に建物があって家からは見えないのです)を

家の中でやきもきしながらさみしーく切ない思いで聞いているだけだ

ったのが、今年はありがたいことに何故か縁あって誘われて、行って

きました、なんと今年2回目の花火大会、東京湾大華火祭!!

誘ってくれたshizuさんは浅草界隈の出身で、毎年高校時代のバスケ

ット部の面々で集まることになっているこの花火大会は、ちょうど彼女

が高校を卒業した年から始まって、なんと今年で20年になるのだと

か。お互いを名字で呼び合うそんなインティメートな集まりに、部外者

の私が行ってもいいの?!と訊くと shizuさんは笑って「ぜーんぜん。

問題ない!」と言う。なんなら娘ちゃんも、と言ってくれたので、お言

葉に甘えて娘と、私も高校時代の友人を誘って参加させてもらいまし

た。さて、当日は勝どきの駅に着くなり人類の大移動のような物凄い

人並みに乗って、途中sizuさんにピックアップしてもらって着いた先は

チケットのある人しか入れない花火に最も近い晴海主会場。入り口

付近で立派なプログラムを渡されて野球場を見回すと、すでに20人

くらいで賑やかに宴を囲んでいる面々。「ここが1番いい場所なのよ」

と言うのは月島在住の毎年チケット&食料担当のH家のハハ。「遠

慮なんてちっともいいことじゃないからね。さ、食べなさい」とおにぎり

をもらって、さっそく宴に加わる。花火の前からすっかり盛り上がって

る会場。そしてカウント・ダウン・・・ 目の前で上がるド迫力の花火!

ウォ~~! っと湧き上がる歓声!!

以下は12000発の花火大会のほんの一部だけれど、しばしご観覧

あれ!

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花火はそれぞれ趣向を凝らしたテーマ別の六部構成になっていて、

私が好きだったのが第三部『東京湾、銘華の競い』の中の『東京湾

華の創造』。日本全国の有数の花火師が作った作品ともいうべき花

火を、玉名、作者名を読み上げながら1玉づつ上げる。地味と言え

ば地味で、一瞬で終ってしまうのだけれど、この花火がすごく繊細な

色合いで、まさにアート。日本の花火師の感性と技術の高さを感じ

させるものでした。その中から印象に残ったものいくつか。

繊細な色合いの雛菊のような、昇小花 変芯綿先紅銀乱

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これも中心から外への色が絶妙、雌雄芯菊先オレンジ銀乱

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オレンジ色の花ふたつ、昇小花 三重芯菊先紅光露

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光がメドューサの髪のようにクネクネする、昇小花 流星群光

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風車のような花ふたつ、昇分砲 八重芯錦牡丹

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愛らしい牡丹菊のような、昇朴付 大万華鏡

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と、次から次へと進み、ついに第六部のグランドフィナーレともなると

もう頭の上に降ってきそうな花火の嵐でわけがわからないことに・・・

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ふと気づけば、さっきまで私の横で賑やかに食べたり笑ったり喋った

りしていたshizuさんが感動してオイオイ声をあげて泣いているじゃあ

りませんか。ほんとに忙しいやっちゃなー!coldsweats01

そんなわけでトータル80分の真夏の夜の夢は、無数の星屑とともに

消えたのでした。

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そして花火が終る頃には初対面ながらすっかり打ち解けたH家ハハ

と我々。「これに懲りずに来年もまたどーぞ。H(shizusan)が来なくて

も来ていいからね」の言葉に、ほんとに来年も行く気になってる私で

す。花火の素晴らしさもさることながら、東京下町っ子の人情と男気

にすっかりやられました。これもご縁なので、ここでちょっと紹介する

と、H家のご長男が、もんじゃ焼きで有名な月島で手ぬぐい屋をやっ

ているという。なんたってハンカチ代わりに手ぬぐいを常時携帯してい

る私ですから、さっそく教えられた店名でHPを見てみると、これがな

かなか手作りチックの雰囲気の良いお店。東京下町散歩をしながら

月島でもんじゃ食べて、帰りにショップ見て帰る、なんてコースもいい

し、オンラインショップもあります。よかったら見てくださいね!↓

            こっさ。・・・月島の手ぬぐいと和雑貨の店

さて、長くなったけど、実はこの後がもう大変だったのです。

この日は前日までのクレイジーな暑さが和らぎ、日が暮れてからは

外にいると涼しい風が吹いて心地よいくらいだったのだけれど、第

五部あたりから時折りポツポツと降り始めた雨が、会場を出る頃に

は本降りに! お祭りの神社の境内のような人の列について、遅々

として進まない行列を雨に濡れて(最後はかぐや姫のようにシートを

頭からかぶって!)前も見えないまま歩くこと数十分。勝どき駅が満

杯ですぐ電車に乗れないってことで、更に月島まで歩くこと数十分。

普通なら20分で着くところをなんと70分もかかって、全身ずぶ濡れ

状態でやっと駅のホームまでたどり着いたのでした。ふぅ。

途中、私の後ろで歩きながら口喧嘩を始める夫婦やら、道端で無策

のままつっ立ってる男の子の横で頭から雨に打たれていた浴衣の女

の子が、業を煮やしたのかプイと踵を返して1人で歩き出すのを目

撃。あの日は綺麗な花火を見た後の突然のどしゃ降りで、あえなく別

れることになった可哀想なカップルもけっこういたんじゃないかと思は

れる weep。来年、彼女と一緒にこの花火を見に行こうと思ってる男の方

には、くれぐれもrainの用意をして行くことをお勧めしますsmile

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2008年7月26日 (土)

アートな包み紙

Karintou_01

玄関のチャイムがピンポン♪と鳴って、荷物が届いたのが2週間前く

らいのこと。出て行って受け取るとAmazonでもHMVでもない。

書をつまびく、そして歌う』のブロガー、calligraphyさんからだった。

いつものごとく手書きのお手紙つきで、あることのお礼だと書いてあ

るけど、私はお礼なんてされることしてないゾと開けると、出てきたの

はかりんとうの包み。calligraphyさんのブログを一度でも見たことのあ

る人なら、この包みを見た瞬間、これが墨で書かれたものをピンクに

反転したものであることがすぐにわかるだろう。書家でパッケージ・デ

ザイナー彼女の手紙には「去年、手がけた仕事が形になったので、

宣伝がてら送ります」とあった。なので私もちょっと宣伝 ↓ 

                               東京カリント

包みを開けると袋に入った蜂蜜白かりんとうと蜂蜜黒かりんとうが。

Karintou_02

パッケージ・デザインにはもともと興味があったものの、calligraphyさ

んに会うまではお菓子の包みに書いてある文字をしげしげと見ること

もなかったけれど、何気なく食べているお菓子の袋に書いてある文

字も、実はcalligraphyさんみたいな方の試行錯誤の結果のものなん

ですね。そう、これはブログで見慣れた彼女の字なのだ。

Karintou_03

これを見ていて思ったのは、彼女にやって欲しい仕事のこと。

京都に行ったとき、店先にかかっている暖簾にとても惹かれた。

どれもとても粋な色と文字とデザインで、これだけ写真に撮っていて

も絵になるなぁと思った。それから提灯に書かれた字。手ぬぐいや、

そこから発展して浴衣地なんか。calligraphyさんだったら、古風なが

らも都会的なセンスにあふれた素敵なデザインのものができあがる

んじゃないかな?

さて、届いたのが休日だったのでさっそく開けて食べてみた。

Karintou_04

久しぶりに食べたかりんとうは、懐かしくて素朴な味。

この日も暑い日だったけれど、1日中クーラーの効いた部屋で冷たい

ものを飲んでいると身体がおかしくなるので、熱い玄米茶を入れて。

私も若い頃はアイスコーヒーが大好きだったけれど、今は珈琲は1年

中ホットしか飲まない。

私の仕事のパートナーによると、高給料亭に行って最初に出される

のはお煎茶ではなく、ほうじ茶か玄米茶なのだそうだ。胃に優しく身

体を温めるのはそういったお茶で、中でもほうじ茶がいちばん良い

そう。

暑い毎日が続きますが、たまには熱いお茶で一息、なんてのもいい

もんですね。皆さま、どうかご自愛のほど。_mさんもね!happy01

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2008年4月 5日 (土)

望月彩子銅版画展

Etching_2 

このブログにもリンクさせていただいている『After 65』のブロガー、

ayabunbun さんこと、望月彩子さんの銅版画展に行ってきました。

ayabunbun さんというと、ブログで拝見する凛とした文章からもご自

分の人生に自信とプライドをお持ちの方だということが感じられて、

子供の頃からアウトサイダーを自認するへなちょこな私にはちょっと

立派すぎてお会いするのも気後れしちゃうと思っていたのだけれど、

実際にお会いしてみるとこれがなんと、私だとわかるなりハイタッチし

て喜んでくれるような、とても明るくて気さくな方でした。

aya さんは、男女平等の建築事務所でインテリアコーディネーターと

して長らくしのぎを削ってご活躍された後、大学の教職について定年

まで働き、辞職されたのを期に新天地を求めて美大の生涯教室でエ

ッチングを学び始めて8年。まとまった作品ができあがったのと、ひと

つの区切りとして今回の個展を思い立たれたのだそう。

会場となった自由が丘のもみのき画廊には、初めて作った作品から

最近の作品までが整然とならんでいました。その最初の1枚が、初

めて作ったとは思えない絵心のある作品でびっくり。聞けばずっと絵

を描いてきたわけではないけれど、子供の頃の美術の成績は5だっ

たそうです。なるほど。

日常のなかで見た何気ない景色や、そのなかの植物や生きもの、バ

カラのグラスやレース、鳥の羽やバラといった好きなもの、亡くなった

愛犬や、旅先で見た風景など、身近なところに題材をとって自分の世

界観をつくりだしているところが素敵でした。

エッチングというと、私は個人的にはとてもポエティックなところが好

きで、今まで欲しいと思った作品はエッチングが多かったように思う。

私でも買えそうな小さな作品。けれどその技法については今まで何

も知らなかったのだけれど、今回ayaさんの個展を見て、実に様々な

技法があることを知りました。私がやってみたいのは直接銅版を彫る

やり方だけど、作品の仕上がりを見て気になったのは、ソーラープレ

ートという技法。これは、その名の通り太陽光線を利用する方法で、

有害な薬品を使わないだけ、人にも環境にも優しい技法だそうです。

初めてお会いしたにもかかわらず話が尽きずにあっという間の数時

間、とても楽しい時間をすごさせていただきました。

望月彩子銅版画展は明日までとなってしまったけれど、東京は明日

も晴れるみたいなので、ラストの目黒川のお花見も兼ねて、自由が

丘・代官山散歩もお目当てに、お出かけになってはいかがでしょう?

以下、もみのき画廊のマップです。(ちゃんと見えるかな?)

Etching_01_2 

***************************************************

追記:そういえばaya さんに会ったとき、このあいだの北村太郎の詩

がとても良かったので思わずAmazonで探してしまったと言っていて、

すごく嬉しかった。そして私が「なかったでしょう?」と聞くと「あった」

というので驚きだった。詩の専門書店『ぽえむ・ぱろうる』がなくなって

とてもショックだった私は、いったいこれからどこで買えばいいんだと

思っていたのだけれど、灯台下暗し。年中Amazonでは買い物してる

のに。実際さっき検索してみたらけっこうあって、マーケットプレイスで

高値が付いてるものまであってまたまた驚き。今年出たばかりの私

の知らない本もみつけて、さっそくカートに入れた。多謝。

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2007年12月27日 (木)

2008年のカレンダー

2008koyomi

今年もまた『書をつま弾く、そして歌う。』のブロガー、calligraphyさん

から2008年のカレンダーが届きました。

今年、私がオーダーしたのは2つ。

赤と緑の紐がかかって届いた2つの小さな包み。

今回のカレンダーは名刺サイズです。

今年も完全受注生産、100%何から何まで手作りのカレンダー!

いつもはあまり迷うことのない私が迷った末に緑の包みを開封すると

中からはこんな箱が出てきました。

2008koyomi_01

おお、今年も麗しい! そして蓋を開けると・・・

紅の印も鮮やかに『2008 CALENDER』の字が躍ってる・・・

2008koyomi_02

カレンダーを取り出すと蓋の底にはこのカレンダーのコンセプトが。

2008koyomi_03

素敵なアイディアです。

それにしても、なんていう手のかけ方、なんちゅう凝り性でしょう。

箱を作るところから始まって、外はオリジナルの墨絵の貼り紙、裏は

墨黒の紙が貼ってあります。calligraphyさんは私はとても箱職人には

なれない、なんて言っていますが、とても美しい箱だと思います。

そして、今年の卓上カレンダーはこんな風に立てて使う。1月。

2008koyomi_04_3

私が特に好きだった月。2月と8月。

8月は青い海に立った白い波さえ見えるような・・・

2008koyomi_05 2008koyomi_06_2

そして裏だって抜かりはありません。この通り。

2008koyomi_08

2008koyomi_10 2008koyomi_11

ここで全部をお見せすることができないのは残念ですが、

calligraphyさんのログでは全部見られます)、墨が持つ繊細なニ

ュアンス、モノトーンなのに色さえ感じさせるような豊かな表現力、そ

れを知り尽くして見事に書と絵で12個の月を名刺サイズの箱に納

めてみせcalligraphyさんのセンスに今年も脱帽です。

手のひらサイズの大きさだけれど、これは立派なアート。

前にプロの絵描きさんに、絵は大きくても小さくてもそこにかかる集

中力と労力(消耗度)は全く同じ、と聞いたことがあるけれど、まさし

くそれを感じさせる作り。calligraphyさんはこんな細かな作業でいっ

何個のカレンダーを作ったのでしょうか・・・

昨日から何度も手にとって箱を開けて眺めてしまうのです。

この箱からは手作りの温かみが、そして書と絵からはきれいな気が

伝わってきます。なんかしあわせな気分だな・・・

今年もいろいろ大変なことあったけど、もう帳消しにしてしまおう。

だって今年もあと残すところ今日を入れて5日です。今年1年お世話

になったcalligraphyさんのカレンダーをたたんで、この新しいカレンダ

ーを立てる日も近い。

calligraphyさん、今年もどうもありがとう! そしてお疲れさま!

え? 赤い紐のかかったもうひとつの箱はどこに、って?

・・・ それはcalligraphyさんと私の内緒です。

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2007年12月21日 (金)

angelseed さんのスノー・エンジェル

Snow_angel_01_2   

窓を雪柄にしたのにはもうひとつわけがあったのだ。

今年の誕生日にangelseed さんにお願いして作ってもらったスノー・

エンジェル。2月は東京でも最も雪が降るときだから、雪が降ったら

飾ろうと思ってついに雪は降ることなく、飾らす終いになったこの壁

掛け。この冬はそんなことがないように早々に飾ることにしました。

去年から頭の中にイメージがあった、窓に映る雪の結晶とスノー・

エンジェル。

彼女が作る人形は、動きが自然で表情豊かで、とてもポエティック!

雪の結晶にぶら下がる女の子。

Snow_angel_03

ちょこんと座って歌っているような女の子。

Snow_angel_04

お陰で寒い冬も楽しく過ごせそうです。

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2007年12月11日 (火)

イケダ コウイチ 油絵展

Ikeda_kouichi   

また今年も気づいたら最終日になってしまった。

でも、ふと思い立って送られてきていたポストカードを確認してよかっ

た。うっかり行きそびれるところだった。今年は夏にも案内をもらって

いたのに、日程だけを頭の隅で気にしながら結局行きそびれてしま

った。好きなものがピンポイントでしか存在しないなら大事にしなきゃ

ならないのに、全く駄目だな、と思う。絵を見る人もJAZZライヴに行

く人も人口の比率からしたら圧倒的に少ないんだから、好きな人間

が行かないでいったい誰が行くだろう。ローカルな駅の近くにある、

目立たない小さなギャラリーの個展なんかに?

去年たまたまいつも通っているスイミングクラブのフロントに置いてあ

った個展の案内のポストカードの色彩に惹かれて、最終日ぎりぎりの

時間に行ったイケダ・コウイチ油絵展に、今回もぎりぎりで行って来

た。路面のギャラリーでありながら少し階段を降りた半地下にあって

嫌でも密な白い空間。ガラスの扉の前に立ったら、見覚えのある若

い作家が迎えてくれた。正面に1番大きな絵。モノトーンの冬の裸木

の木の枝に、鳥の影のような小さな人影がひとつ。それ以外の絵は

今回はカンバスのままじゃなくて淡いベージュの額に額装されてい

る。どちらかというと荒涼とした景色が多くて色も暗めのトーンなのに

タッチに優しさが感じられ、時々はっとするほどヴィヴィッドできれいな

色彩。タイトルは覚えてないけれど、私にはたぶん風の強い日の海

の風景かと思われた、全体にブルーとグレイのトーンが入り混じった

空に、胸が痛くなるほどきれいな水色がさしてある絵が好きだった。

ひととおり見たところで作家さんが話しかけてきたので今回も少し話

した。前回来たときに、彼が美大(武蔵野美術大学)に在学中の時

からやっている個展のポートフォリオが置いてあって、そのファイルに

は全部目を通したけれど、毎回まったく違うアプローチの個展であり

ながら、嫌いなものがひとつもなかった。それは私にとってはとても稀

有なことで、たぶん私はあなたの描く絵のタッチや色彩感覚が好きな

んだと思う、というようなことを話した。ギャラリーの中には関係者とお

ぼしき女子高生と受付をやっている女の子と作家と私しかいなくて、

自分の静かな声が空間に妙に響くのに戸惑いながら。

それから全部で14点ほどある作品の中には私にとってはもっと他に

印象的な色彩の絵があったから、この14点から何故この絵をポスト

カードに選んだのか聞いてみたら、これが1番最初に描いた絵なの

だと言う。『旅人のいる街』と題されたこの絵ができたとき、今回の個

展のコンセプトと全体像が見えてきたのだそうだ。様々な風景の中に

いる、小さな鳥のような人影は旅する彼自身。そしていつも箱(ギャラ

リー)が決まると、そのサイズに合わせて絵のサイズと点数を頭でだ

いたい把握しながら描き始めるのだそうだけれど、今回は絵をぜんぶ

搬入して壁にかけてしまってから、何かが違うと気づいて急遽額装す

ることにしたんだそう。だから初日は額無しで、慌てて額を買って2日

目には間に合わせたというからその行動力たるやすごい。それから

壁に絵を掛ける順番のことや、ディレクションの話などをした。ものづ

くりをする人の頭の中を垣間見れたようで面白かった。去年も思った

けれど、彼は純粋な絵描きとしてだけではなくて、お仕事になる作家

だと思う。つまり売れるものがつくれる人ということ。文章にすると長く

なってしまうけれど、今日は夜からライヴが控えていたのであっさりと

早々に帰った。個展の案内が来る限り、私はまた行くだろう。

彼の20年後の絵が見てみたい。

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2007年11月24日 (土)

月光荘にゆこう!

Gekkousou_2 

さて、3連休初日の昨日はかねてより行きたいと思っていた『月光

荘』に行って来た。最近は娘も学校にアルバイトにと予定が詰まっ

ていて、なかなかお互いの都合が一致しないのだ。

地下鉄の駅っていうのは降り口ひとつ間違うととんでもない所に出

てしまって困るのだけど、若い頃は恋人と銀座に映画を見に行って

(私の見たい映画というのはたいてい単館上映で分かりづらい場所

にある小さな映画館だったりするから)、さんざん歩き回って結局上

映時間までに映画館にたどり着けず、最後は喧嘩して帰る、なんて

ことがよくあったっけ。そんな不案内な銀座だけれど、銀座なんても

ともとハイエンドな所得層の人の街で、私みたいなローエンドの人が

行くところじゃないと思ってるところがある。なので誰かと出かけると

きは慎重です。銀座のA2出口を出て鳩居堂を右手にして中央通り

をまっすぐ行き、フェラガモを通り越して『資生堂パーラー』と『ザ・ギ

ンザ』の間を入った花椿通りにあるのが『月光荘』。

いつもは『ザ・ギンザ』は見ても小物のとこしか見ないのだけれど、こ

の日は最上階から見ながら降りてきました。

何かを買うため、というよりは娘の物づくり心を刺激するためです。

ザ・ギンザのショー・ウィンドーはすっかりクリスマス!

Ginza_01

ブルー・フォックスをまとったトナカイさん。

私がジャミロクワイのように成功したリッチなロック・スターだったら、

こんなのをしたフォクシーでゴージャスな女の子を連れて歩きたいと

思うかな? でも私はジェーン・バーキンみたいなのが好みだしな、

などとワケのわからんことを思いつつ・・・

Ginza_03

これは資生堂のショー・ウィンドー。

ペーパー・クラフトの巨大なツリーです。

Ginza

そして何やら天麩羅を揚げるいい匂いがしてきたなと思ったら、うど

ん屋の『木屋』さんでした。確かその向かい(つまり通りの左側)だっ

たよな、と思って見たらありました。ホルンマークの月光荘の看板。

そして矢印に沿って行くと、これが入り口。アンティークであたたかい

雰囲気です。

Gekkousou_01

お店の中の雰囲気は月光荘のホームページを見ていただくとして、

中に入ると、わざわざこのためだけに銀座に来た者としては拍子抜

けしてしまうほどの狭さ、簡素さなのでした。置いている画材も実に

シンプルなら、銀座だからってけして高くない! むしろ小さな町の画

材屋さん、て風です。娘がスケッチブックの棚の前に立って眺めてい

ると、すぐに店員の女の子が用途を訊いてくれました。月光荘のスケ

ッチブックは虹の七色でできているそうなんだけれど、紙の厚さも薄

いのから特別に厚いのまであって、水彩画に使うと言った娘は特ア

ツを薦められていました。お店の店員さんはみんな現役の美大生か

画生のよう。じゃないと実際に画材を使った感じを説明できませんも

のね。以下、娘の買ったもの。

Gekkousou_02

赤とピンクの特アツのスケッチブックに、ヌメ皮のキャップの付いた

太い8Bの鉛筆に専用の鉛筆削り、それに『よく消せる』消しゴムに

水彩画用のパレット。ぜんぶ普通のものだけれど、でもよく見るとひ

とつひとつこだわりのあるもの。たとえば鉛筆だっていい感じです。

Gekkousou_03

持ちやすくて、濃くも薄くも自在に描ける。使うほどに飴色になってい

くヌメ皮のキャップもいい。ひとつひとつにきちんとホルンマークが付

いてるのも可愛いですね。6歳まで物心ともに恵まれて育った長男と

違い全然違う育ち方をした下の子は、あまり物を欲しがったりねだっ

たりするということがなくて、あるもので間に合わす、無ければ自分で

作る、ということが徹底した子なんだけれど、この日も赤いスケッチブ

ックを1冊選んだだけだったので、滅多にここまで来ることはないんだ

し、と言って後は私が選びました。パレットはお会計をして店を出ると

きになって見つけて、店員さんの説明を受けて買ったもの。月光荘の

パレットとイーゼルは全部アルミ製なんだそうです。パレットは絵の具

が滲みることなくいつまでもきれいに使えるし、返ってこのアルミの地

の色は絵の具の色が正確にわかるのだとか。イーゼルは木製より重

みを持たせている分しっかりしていて、野外で使うときにもちょっとの

風じゃ倒れないそう。しかもこのパレット、特別高いものじゃないのに

止め具に不具合が生じたら持って来てくれたら直します、とのこと。

素晴らしい! そしてもっと素晴らしかったのは、お会計を済まして

「何か入れる袋をお持ちですか?」と訊かれたこと。そういえばホー

ムページでチラッと見た記憶があるんだけれどすっかり忘れてた! 

月光荘では『ショップバッグの紙袋にお金をかけたりしない代わりに

少しでも安く画材を売る』という創業者橋本兵藏さんの想いから、創

業以来ずっとお客さんにマイバッグを持って来てもらうようにしている

のだそうです。この日私たちは何も持ってなかったので、あり合わせ

の袋(たぶん『銀座あけぼの』の袋)に入れてくれました。

月光荘は地味だけれど知っておきたい、また知っていることが誇りに

なるような素敵なお店だと思いました。そしてこのスケッチブック。

美の黄金率にのっとって作ってあって色がきれい、というだけじゃな

いの! 表紙の裏にはこんな可愛い絵入りで、色の説明になるショ

ート・ストーリーが書かれてありました。岩崎ちひろさんもこの月光荘

のスケッチブックを愛用されていたそうです。

Gekkousou_04

Gekkousou_05

そして、こんな言葉が書いてありました。

幼児教育の基本は色と音、教育の始まり。それをあやまったら

こんなにみじめな物はない。教育は金では買えぬ。

レーニンの第一声 ー 子供には最良の物を与えよ。

これって実にそうだと思う。

私は結婚生活をしているときからそれほど裕福ならざる暮らしをして

いたのだけれど、幼稚園前の長男は近所のアートスクールに週3回

通わせ、幼稚園ではアフタースクールに絵画教室に行かせ、小学校

に入ってから国立に本校がある『アトリエ・ラパン』の出張教室に行か

せ、と、お金が無いなりにアートにはお金を払ってきたし、子供に与え

る紙や画材も、できる限り良いもの、自分が見て使いたい物を与えて

きたつもりだ。それは自分が子供の頃に絵(とピアノ)をやりたかった

のにやらせてもらえなかったこともあるし、何より絵を描く小さい子供

が好きだったから。裕福な家庭の方からしたらそれほど大したことで

はないかもしれないけれど、それはそれなりに子供の中に何かしら

残ったように思う。事実、この日も娘は月光荘をとても気に入っていた

ものね。

アートする子供は素敵だ。

それを見られる私はしあわせだなぁ、と思う。

ちょっとでも絵を描く人は月光荘を訪ねてみて欲しいなと思う。

こんな地味なことをして銀座で創業90周年にはわけがある。

地下ではおいしい珈琲が200円で飲めるし。

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2007年5月30日 (水)

海岸美術館に行ってきた

Kaiganbijyutsukan

バラの肥料を買っているバイオゴールドから、このタイトルでメールマ

ガジンがきたのが先月。

その内容もさることながら、『海岸美術館』という名前にヒットしてしま

った海好きの私がさっそくネットで検索すると、それは写真家・浅井

愼平のギャラリーだった。浅井愼平というと私には少々思い出があっ

て、女子高時代、仲のよかった私にとってのカリスマ的友人が大の

ビートルズマニアで、彼女に見せてもらった今では超お宝のビートル

ズ初来日のときのパンフレットの写真が浅井愼平の手によるものだ

った。その写真のイメージと印象は今でも頭の片隅に残っている。

そして肝心のその海岸美術館だが、これがなかなか素敵なのだ。

場所は千葉県の千倉。折りしもブロガー友達のhanta さんと会う算段

をしているときだったので、同じように海好きの彼女とここに行くのは

とても素敵なアイディアに思われた。直感による思いつきを大事にす

る私たち。さっそくメールすると、すぐに「その話、乗った!」と返事が

返って来た。やった! 持つべき者はノリのいい友達!

かくして海岸美術館に行くことになった私たち。でも『びゅう・さざな

み』みたいな特急を使わずに行くとなると、hanta さんちからでも私の

家からでもなんと4時間以上かかるのだ。おまけに途中までは私が

調べていった通りに順調に電車に乗れたものの、hanta さんのひと

声で乗った電車が予定違いで、なんと千葉駅で次の電車を待つこと

50分! つまり5時間以上かかって、予定の1時間遅れで千倉に着

いたのでした。ふぅ。駅前の観光局でパンフレットをもらい、『カフェ千

倉』でまず腹ごしらえ。美術館へは行きは山道の上り坂でとても歩い

てはいけないからタクシーで行ったほうがいいとカフェのマスターに言

われ、タクシーに乗って約5分。降りたところはこんなところ ↓

Kaiganbijyutsukan_01

山のなかに忽然と現れた壮麗で不思議な建物。

手前の水はもともと灌漑用水として使われていたものらしい。

着くなりhanta さんに「うわあ。素敵なところだ。連れてきてくれてあり

がとう!」なんて言われてしまった。5時間もかけて来た甲斐があり

ました。

Kaiganbijyutsukan_02

そして、これが海岸美術館入り口。

Kaiganbijyutsukan_03

窓口の女の子に、「この建物のどこからか海が見えるんですか?」

と聞いたら、「いいえ。海はここからは見えません。海岸美術館という

のは浅井が企画の段階から考えていた名前なんです」という答が返

ってきた。そうか。私はてっきり海が見える美術館だと勝手に思って

いたのだけれど。確かに山の中にあるんだし。見えるわけないか。

順路に沿って階段を上り、これが2階。アートに溶け込むhantaさん。

Kaiganbijyutsukan_06

建物は上から見るとH型なのかな。2つの建物を結ぶ外通路。

Kaiganbijyutsukan_07

通路から見た、海を感じさせるタイル張りのコーナー。

Kaiganbijyutsukan_08

通路を渡った先は、天井の高いギャラリー。

音が気持ちよく響き、光がきらめき、風が吹き抜ける心地よい空間。

館内のどこにいても水の音が聞こえる。写真のほとんどは南の国の

写真で、海の写真も多く、白い壁にブルーの海が生きてるみたいだ、

海が見えなくても海を感じさせる、そう、ここは海岸美術館だ。

Kaiganbijyutsukan_09

そして1階。素敵な暖炉があった。

庭にはバナナの木。

Kaiganbijyutsukan_13

Kaiganbijyutsukan_11

外の緑がきれいだ。ここの芝生をメンテナンスしているのがバイオゴ

ールドってわけです。

Kaiganbijyutsukan_10

Kaiganbijyutsukan_14

猫が飼い主に似るのか飼い主が猫に似るのか、それとも同じ波動で

呼びあっているのか。何故だかとびっきり級にイタズラな三毛猫ばか

りに縁のあるhanta さん。立ち入り禁止の札があれば中に入ってみ

たくてしょうがない、椅子があれば座って、寝台があれば寝てみなき

ゃいられない。hanta さんて、三毛そのものみたいな人です。

Hanta_san_04

時間を忘れていつまででもいたいようなギャラリーを出ると、建物の

中にはギャラリーのほかにミュージアム・ショップがあった。

これは店内から見た裏庭。

Kaiganbijyutsukan_15

このショップで英国人作家が作るリアルでアートな猫にひと目惚れし

てしまったhanta さん。「この猫を見にまた来る!」と言うので、「その

時は私もつきあう!」と言いました。どうやら、この猫のお陰でまたこ

こに来る口実ができたみたいです。よかったにゃあー

Hanta_nyan

海岸美術館のある千倉へは、うまく時間が合えば、東京駅から特急

『さざなみ』に乗って3時間ちょっとで行けます。土日は新宿からも千

倉行きの『新宿さざなみ』が出ていて、これは館山で内房線に乗り換

えることなく千倉に行けるので、都内にお住まいの方はこれが便利

かも。私たちは往復10時間以上かかって嫌というほど(お尻が痛く

なるほど)電車に乗った、1 Day ショート・トリップでした。

Kaiganbijyutsukan_2 Kaiganbijyutsukan_017 

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2006年12月27日 (水)

書を書く詩人

Syo_01

ちょうど先週の今日、 『つま弾くように書く、そして歌う』というブログ

で素敵な書の作品を発表されている calligraphy_mさんの新年の暦

が、こんなお洒落な包みで届きました。本当は今年の最後にアップ

しようと思っていたのだけれど、エキサイトブログの『今週のピックア

ップブロガー』にcalligraphy_mさんが取り上げられたということで急遽

アップ。包みを開けると、こんな表紙の暦が出てきました。

Syo_02_1

この暦、同じくエキサイトブログの『極上の憂鬱』の柊さんが紹介され

ていたのを見てすぐに calligraphy_mさんのところに飛び、ひと目惚れ

して即オーダーしたカレンダー。何から何までオーダーを受けてから

作るという本物の手作り作品です。ブログ上で見て素敵だと思ってい

たけれど、実際に手にすると紙の感触もあって、すごい。感動。

陶芸の世界では陶器に出た焼き上がりの景色を土味(つちあじ)と言

うのだけれど、まさにこれは墨味とでも言ったらよいのだろうか。全部

を紹介はできないけれど、少しだけ中身をお見せするとこんな感じ。

これは2月です。

Syo_03

私が生まれたのは2月で、私がこの暦を見て嬉しかったのは、私の

ニックネームであるそうきち、略してSOUと呼ばれることが多い私の

誕生月の2月に配された文字が『奏』で、墨で描かれた絵が音符の

ように見えたことだ。私はやっぱり音楽なんだ、と勝手に思って嬉し

かった。

Syo_04_1

この暦はこんな風にカレンダーに配された絵とともに、

Syo_08

Syo_09

その裏にはその月ごとに実にぴったりな言葉が添えられているところ

が、また素敵なのです。右上から1月、2月、3月、4月。

Syo_07

こんな風に。9月は、月にむら雲。

Syo_10

Syo_11_2   

そして私がいちばん好きだった文字はこれ。

Syo_13

玉響、たまゆら。私の辞書には、しばしの間、ほんの少しの間。暫

時。とある。これは12月につけられた言葉。いままさに12月で、

この言葉に1年の短さを噛みしめる私です。そしてもうひとつ。

Syo_12  

残夢、ざんむ。響きからして酷い感じ。その意味は、見残した夢。

目覚めてからも、なお心に残る夢。痛いね。これは10月の言葉。

夏が終わり、残暑も過ぎ、風が吹きすぎる秋の原は、まさに兵どもが

夢の跡だ。calligraphy_mさんのこの暦を見て、書ってまさにアートな

んだなあってことを実感した。言葉を司っているのは言語野と言われ

る左脳だけれど、字はもともと絵から派生したもの。感覚的な世界。

言語感覚と絵ごころと詩情があわさってできるのが書の世界なんだ

と、calligraphy_mさんの暦を見て実感したのでした。私は彼女のこと

を『書を書く詩人』だとしみじみ思った、と言ったら、calligraphy_mさん

はとても照れてしまわれたのだけれど、いまこのブログを見てくださ

っている方たちもそれには誰も異論はないんじゃないかと思う。

1年なんてあっという間に過ぎてしまって、いつも12月は膨大な反省

と自戒とともに茫然自失してしまう私なのだけれど、こんな素敵な暦

を見ていると、来年はもう少し丁寧に日々の実感を味わって生きよう

などという気持ちになる。全て手作りということで制作には限界があ

り、残念ながらこの暦のオーダーはもう打ち切られてしまったのだけ

れど、来年はさぞかし今年以上に忙しくなるんじゃないかな。

calligraphy_mさん、暮れの忙しいなか、一字一字、気の入った書を書

いて、暦を作ってくださってありがとう。

来年のあなた様のご活躍を心からお祈りいたします。

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2006年12月26日 (火)

今年もあと6日

Biora_04_2

今朝、久しぶりに雨の音で目覚めた。

時折りの雨も悪くない。

陽が射さないことで寒いことを除けば、心が落ち着く。

今日はめずらしくラジオもつけずに雨の音だけがする静かな部屋の

中ですごした。こんな日は自転車にも乗れないから、買い物にも歩い

てゆく。

2週間前の雨上がりの寒い夕方に、何かに導かれるように画廊に行

った。スイミングクラブのフロントでもらったポストカードの絵の色に惹

かれて、実際の色が見たくて。私がそんな風に思うことは滅多にない

から、やっぱり導かれて行ったとしか言いようが無い。実際の色はも

っと暗かった。

絵描きの男の子に話しかけられて、少し話した。武蔵野美術大学出

の才能あふれる28歳の青年。いつもは記名なんてしないのに、書い

てくださいと言われてしかたなく名前を書いたら、昨日お礼のポストカ

ードが届いた。才能があって若い上にこんなことがちゃんとできるなら

お仕事にもなるかもしれない。個展は1年に1回は開くと言う。画廊を

キープしてから短期間で一気に描くのだそうだ。若いってすごいな。

1年なんて、また瞬く間に過ぎるのだろう。今年もあと残り6日。

Kouichi_ikeda_1 

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2006年10月31日 (火)

ドラマが始まる空間 / cafe DADALLI

Off_kai_31

陶芸をやらない私が今回、陶芸家の hashikbamig 氏のオフ会に(死

ぬほど)参加したいと思ったのは、hashibamig 氏の圧倒的な食のセ

ンスと、そういう方がプロデュースする盛りだくさんにして魅惑的な内

容と、自然のなかでの焼き物体験、というのが大きな理由だったの

だけれど、でもそのなかでも最も大きかったのが、このカフェ・ダダリ

だ。氏のいちばんのお気に入りとしてブログで何度となく紹介される

ここの画像を見るたびに、私はここに焦がれた。でもそれはかなわぬ

夢に思われた。『いつか行こう』という曖昧な言葉だけがいつも浮か

んでは消えた。それが行けることになったのだ。となったら行かない

手はあるまい? それでは、ラストは憧れのカフェ・ダダリ!

ダダリはこんなロケーションにある。

眼下は切り立った断崖絶壁の青い海。

Off_kai_32

このエントランスからして、すでにドラマは始まっている ・・・

Off_kai_33_1 

Off_kai_38

でもこの日はあいにく駿河湾を一望する特等席にはすでに先客がい

た。ゆえに視線を端に移してわずかに切り取った風景。

Off_kai_34

カフェ・ダダリには『長谷川美術館』という名前の通り、ガウディや

ウォーホール、イブ・クラインやリキテンシュタインといった個人所

蔵としては信じられないような作品が展示されているけれど、最も

アートなのはこの窓に切り取られた風景かもしれない。日々変幻

し、片時も同じことはない自然のアート。視界の中の motion blue.

自分の部屋にこんな窓があったら ・・・・・・

Off_kai_37

そして別の窓から見た断崖の海。

Off_kai_35

今日の空の青は今日しか見られない空の青なんだ。

そういうものがあることを、あなたにもわかってほしかった。

Off_kai_36

見知らぬ私たちが大勢で来たせいだろうが、店の女性がちょっと神

経質になっていて思うように写真が撮れなかったせいもあるけれど、

実際にここへ来てわかったのは、私は hashibamig 氏の視点に恋し

ていたということなのだった。私は自分の記憶の中の風景と実際の

風景との間にわずかだけれどギャップを感じた。

カフェ・ダダリはたぶん、わざわざここを目指してくるようなところでは

なくて、日常的に思い立ったらふらっと立ち寄れるロケーションにあっ

てこそ良い場所なのだと思う。私にとっての『CAFE LES JEUX』みた

いに。自然をそのまま反映する建物だから、きっと来るたびに印象が

違う。そのいろいろな顔を知ってこそ、愛着が増すのだと思う。

けれど、恋人とドライブしていてたまたま偶然ここをみつけて立ち寄っ

たとしたなら、それはそれでまた格別なサプライズと共に忘れがたい

記憶として残るだろうな。「ねえ、またあそこに行ってみない?」と言

ったら、2人の間ではそれだけで通じるような。

ともあれ、実際にここに来たことで、ダダリは私の頭にもいろいろなも

のを残した。たとえば、昨日の午前中は、何かをしながらもダダリの

風景を思い描きながら、ここに最も似合う音楽を頭の中で流すという

ことにずっと興じていた。たとえばここの絵が気に入って2日続けて通

ったというリヒテルのピアノだったら? あるいはグレン・グールドな

ら? それともトスカニーニのブラームスの3番なら? 嵐の夜ならホ

ロヴィッツの弾くラフマニノフのピアノ・コンチェルトも合うだろうし、ぐっ

と新しいところで JiLL-Decoy association なんかも似合いそうだ。

人が織り成すドラマというものにもいろいろあるだろうが、私にとってド

ラマとは愛の経験に他ならない。私はダダリに流れる音楽と共に、こ

こから始まるドラマをいくつか想像してみた。

そうやって頭のなかに空想と妄想の犬を1匹飼うことで、私はしばらく

独り遊びをして楽しめそうだ。独り遊びは子供の頃から得意なのだ。

.Off_kai_41

私たちがお茶をした後、グラスとカップだけが残された東のデッキテ

ラス。カフェ・ダダリは『焼津から車で10分。大崩海岸の崖っぷち道路

を静岡方面に走り、2つ目のトンネルを抜けたらすぐ,海岸に下りる道

を右』と氏のブログにあった。いつかまた来られるだろうか ・・・

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 cafe DADALLI 金曜定休 午前10時から午後7時まで

            TEL / 054-627-7581

(この2日間で4日分くらいのテキストをアップしてしまったし、あとは仕事に集中

 たので、週末まではコメントのお返事と、数日ご無沙汰している方のところへ

 伺うだけにして、ニュー・エントリはお休みします。)

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2006年8月26日 (土)

明日の神話/岡本太郎

Okamoto_taro_1

先日、下の娘を連れて今月末に公開終了となる岡本太郎の壁画、

『明日の神話』を見てきた。

簡単にこの壁画について説明すると、この壁画が制作されたのは

1969年、岡本太郎が大阪万博のために『太陽の塔』を制作してい

た頃で、同時進行で進めらた。メキシコの実業家から、新築ホテル

のロビーに飾るための壁画を制作してほしい、との依頼を受けての

ことだったが、作品は完成したものの、肝心のホテルの方は完成前

に依頼主の経営状況が悪化したため、ホテルは未完成のまま放置

され、この絵もロビーからはずされて、その所在がわからなくなって

いたという。

この絵の存在を知っていた岡本太郎の50年来のパートナーである

岡本敏子さんは、必至でこの絵を探し求め、そしてついにメキシコ郊

外の資材置き場で、半ば雨ざらしの状態ですっかり汚れ、損傷した

この壁画を見つけ、絶対に日本に持って帰ると決意する。そこから

この『明日の神話』修復再生プロジェクトが始動したのでした。

ここに描かれているのは核が爆発する悲劇の瞬間でありながら、核

の悲惨さを描いただけのものではなく、「人は忌まわしい惨劇をも誇

らかに乗り越えることができる。そしてその先に明日の神話が生まれ

るのだ」という岡本太郎の痛烈なメッセージが込められているのだそ

うです。この絵についてのもっと詳しいことと修復までの過程につい

ては、再生プロジェクトを支援した『ほぼ日刊糸井新聞』に詳しく載っ

ていますので、よかったらご覧ください。→ ほぼ日刊糸井新聞 

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見事に再生された壁画からは岡本太郎の強烈なパワーを感じると同

時に、この絵を探し当て、縦5.5メートル、幅30メートルもの巨大な

壁画を前にして、どうしても日本に持って帰ると決めた岡本敏子さん

の情熱と愛情を感じずにはいられない。敏子さんはこの絵が無事に

日本に帰って来るという知らせを受けて、安心して「もう自分の役目

は終った」と言って、絵が帰ってくる前に亡くなってしまったそうだ。

彼女は公的な立場としては岡本太郎の秘書であり、戸籍上では養

女であり、一般的に知られるところでは岡本氏の生涯のパートナー

であった人だけれど、社会的な呼ばれ方に関係なく、岡本太郎の真

のソウルメイトだったのだろうと思う。インターネット上で見つけた産

経新聞の記事には、こんな風に書いてあった。

『岡本太郎の名言、「老いるとは、衰えることではない。年とともに

ますます開き、開ききったところでドウと倒れるのが死なんだ」。こう

言い切り、こう生き切れたのは、秘書の彼女あってのことだった。』

Okamoto_taro_01_1

岡本太郎の『明日への神話』は今月末まで、汐留の日テレタワー、

ゼロスタにて無料公開されています。この公開の後はまだどこに移

送されるかは未定とのことなので、あと5日間、どうかお見逃しなく。

また修復再生を支援するためには、TARO MONEY という可愛い記

念コインが用意されています。 → TARO MONEY

私は『午後の日』の絵がついた銅のコイン、「1TARO」を買いました。

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2006年5月10日 (水)

弥勒菩薩

Miroku_1

なぜいきなり弥勒菩薩なのか、私に聞かないでほしい。

私だってわからないのだ。

私は最近になって『清虚』という言葉を知り、その意味するところを感

覚的に理解したが、正確なところが知りたいと思って友人からもらっ

た分厚い大辞林を引いてみたが、載っていなかった。

たぶん他のどんな辞書にも載っていないと思う。

けれど、辞書を引くより前に、清虚といって頭に浮かんだのが弥勒

菩薩だった。それで私は昨日、クロゼットの中から京都に行った時

の細々したものが入っている袋を探し出した。神社仏閣を参拝した

時のチケットとか、祇園祭の絵が入っているホテルの封筒とか。

その中に廣隆寺のパンフレットとともに弥勒菩薩のポストカードを見

つけた。

前にもここに書いたが、私が京都に行ったのは2000年の春、母が

亡くなったひと月余り後の3月末だった。廣隆寺に行った日は、朝早

くホテルを出た後シャトルバスで京都駅に行き、そこからバスで目指

す大覚寺に行ったのだった。その後、途中で食事をしたりしながら嵐

山に出たが、その日は雨が降ったりやんだりの日で、子供と3人で

買ったビニール傘をさして歩いた。山の中にある常寂光寺に行った

時のことだ。上の子が苔むした地面で足を滑らせて軽く足をくじいて

しまった。そんなことがあったにもかかわらず、その帰りにわざわざ

廣隆寺に行ったのである。寺の階段を登って境内を過ぎ、弥勒菩薩

が安置してある霊宝殿まではけっこうあり、息子は足を引きずって歩

いていたから、いま思えば可哀想だったようにも思うが、どうして雨の

中そんなにまでして見たかったのか。たぶんその機を逃せば見られ

なくなると思ったからだと思うが、はたして弥勒菩薩はそうまでして見

るに値するものだった。私は特別に仏像愛好家でもなければその知

識も持ちあわせないが、半眼で微笑するその類稀なる美しい仏像の

前に立ったとき、永遠という時間の意味が少しわかったような気がし

た。弥勒像の前に置かれた小さな札には、『我が国で最も古く最も

美しいこの弥勒像は、いかなる言葉をも無視し、いかなる言葉も届

かぬ所で永遠の微笑を続けている』と書かれてあった。

私が思う清虚さとはこういうものなのだが、はたしていかなるものだ

ろう。ここに、ポストカードの中に入っていたドイツの哲学者カール・

ヤスパース氏の言葉を、そのまま引用しておこうと思う。

Miroku_001

私は今まで哲学者として、人間存在の最高に完成された姿の表徴と

して、色々のモデルに接してきました。古代ギリシャの神々の彫像も

見たし、ローマ時代に作られた多くの優れた彫像をも見たことがあり

ます。しかしながらそれらのどれにも、まだ完全に超克されきってい

ない地上的人間的なものの臭いが残っていました。理知と美の理想

を表現した古代ギリシャの神々の彫像にも、地上的な汚と人間的な

感情がまだどこかに残されていた。キリスト教的な愛を表現するロー

マ時代の宗教的な彫像にも人間存在の本当に浄化されきった喜とい

うものが完全に表現されてはいないと思います。それらのいづれも、

程度の差はあっても、まだ地上的な感情の汚を残した人間の表現で

あって本当に人間実存の奥底にまで達し得た者の姿の表徴ではな

いのです。然るにこの広隆寺の弥勒像には、真に完成され切った人

間実存の最高の理念が、あますところなく表現し尽くされています。

それは地上に於ける全ての時間的なるもの、束縛を超えて達し得た

人間の存在の最も清浄な、最も円満な、姿のシンボルであると思い

ます。私は今日まで何十年かの哲学者としての生涯の中で、これほ

ど人間実存の本当の平和な姿を具現した芸術品を見たことは未だ

もってありませんでした。この仏像は我々人間の持つ心の永遠の平

和の理想を真にあますところなく最高度に表徴しているものです。

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追記:いま友人からメールがきて、「『清虚』とは、心が清らかで私欲

がないこと」と、広辞苑に書いてあったそうです。なるほど。

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2006年5月 1日 (月)

岡本太郎記念館

Taro

早いもので今日から五月。

鯉のぼりも岡本太郎さんが作るとこんなにカラフルになる!

というわけで、行って来ました。岡本太郎記念館

西洋占星術、いわゆる星占いなんてクダラナイと見る向きもあるだろ

うけれど、日本の陰陽師にしても天文博士なわけで、星と人との関

係は古来から密接であったのだ。今年始めに聞いた占星術によれば

今年の東京のパワースポットは南青山だそうで、しかもキーワードが

ミステリアスとかストレンジということを考えると、この南青山にある岡

本太郎記念館は最もそれに適した場所、つまりパワースポットという

ことになるらしい。アート好きな私の友人は子供連れで年に数回は訪

れると言うし、一度は行ってみたいと思っていた場所でした。

下は入り口と、左手の壁のレリーフ。

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そして入り口を入ってすぐ左手にあるのが太郎さんのお庭。

いかにも岡本太郎らしい面白いモニュメントとオブジェがいっぱい

で、楽しくて不思議な庭。

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子供みたいに笑っている太陽のモニュメント。

見ているこちらまで、思わず笑顔になっちゃいそうな。

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庭、ほぼ全景。それほど広くはない庭です。

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かわいい! と思って見たら、この作品のタイトルは『犬の植木鉢』

でした。なんだ、そのままじゃないかと少々苦笑。

犬も太郎さんが作るとこうなる。

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そして、これは館内1階奥のアトリエ。

ここは実際に岡本太郎が50年近く生活した住居をそのまま記念館

にしていて、このアトリエもほとんど生前のときのままに保存してある

らしい。床に飛び散った油絵の具。無造作に立てかけた描きかけの

キャンバス。机の上の絵の具がついたままのたくさんの絵筆やブラ

シも生々しい。

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岡本太郎記念館は、私が思っていたほど広くはなかった。

1階エントランスの受付と小さなミュージアム・グッズ売り場。

その右手のリヴィングと奥のアトリエ。それから2階の2部屋。

所蔵する作品約1800点は生前のうちに川崎市に寄贈され、没後

1999年には川崎市多摩区に川崎市岡本太郎美術館がオープン

しているから、作品を見るならそちらがメインとなるのだろう。

帰りに電車の中で記念館のパンフレットを開いたら、いきなり見開

きにこんな言葉が書いてあった。

 人間は必ずしも成功することが喜びであり、大事なのではない。

 闘って、後に崩れる。

 その絶望と憤りの中に、強烈な人生が彩られることもある。

これを読んで最近、子供の進路のことで考えるところの多い私は、

またもや考えさせられた。こういう言葉はとても生半可に吐ける言葉

ではないし、また若くして言える言葉でもない。その言葉通り、強烈

な人生を生きた人にしか吐けない言葉だと思う。

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2006年4月21日 (金)

高松純子さんのガラス展

Junko_takamatsu_02

水曜日、仕事で渋谷に出たついでに、その日が『高松純子ガラス展』

の最終日だったことを思い出して代官山まで足を伸ばした。

ギャラリー無垢里は古民家をそのまま使っているギャラリーなのだけ

れど、先月行ったときは工事をしていたのが今はすっかり完成して、

前より明るい感じになっていた。

最終日のその日は作家の高松純子さんも来ていて、作り方の説明

などをしてもらいながら見る。高松さんはたぶん50代の方かと思う

けれど、とっても華奢で繊細な雰囲気の、ショートヘアが素敵な美し

い方でした。作品は様々な技法で作られた、主にガラスのボールや

デカンタやグラス、それにフラワーベースなど。

中でもキューブ状に作ったオリジナルのガラスを丁寧に並べて溶着

し、それを吹きガラスの技法で器の形にしてゆく、という方法で作ら

れたモノトーンの器に目をひかれた。これは大変な手間と時間がか

かる技法だそうで、陶芸なんかと同じで偶然の産物であるところも多

く、全てが上手くゆくとは限らないらしい。ここにあるのは『生き残った

もの』、という表現をされていたけれど、それを思えば高価になってし

まうのも仕方がないと思われる。できあがった作品はキューブをつな

げただけあって、とても立体的で不思議なニュアンス。どこかアンティ

ークな雰囲気さえするのは、黒(紫のように見えるのが黒のガラス)と

琥珀色のガラスを使っている彼女のセンスによるものだと思う。

とても素敵だけれど私なんかにはまだまだ手の届かない、大人っぽ

い世界だと思いました。

Junko_takamatsu_03

手前できらきら光っているのがガラスのキューブ。

このキューブの膨らみ方で、様々な立体的な模様ができてゆく。

Junko_takamatsu_04

Junko_takamatsu_01_4   

私はギャラリーを見てもどうしても欲しいと思わない限り滅多に買うこ

とはないけれど、そうやって買ったものは多少高価であってもすぐに

使ってみるほうで、飾って眺めるだけ、なんてことはしない。

逆に飾っておくだけのものは基本的には買わない主義です。

そういう点からすると、私は今回の作品ではマットな白のフラスコ型

のフラワーベースが最も気になった。どんな花にでも合って生けやす

いフラワーベースって探すと意外に無いのです。

この春夏のトレンド・カラーは私は白じゃないかと思っているのだけれ

ど、あのマットな白なら冬に使っても寒々しくならないだろう、等々。

いちおう名刺はいただいてきたけれど、さてどうしたものか。

いつものごとく、その前に「働け」かな。

名刺と一緒にプロフィールもいただいたら、そこに高松さんのとても

素敵な文章が書いてあったので、それをそのままここに転載させて

いただこうと思います。

ちなみに彼女の作品は青山の『アイ・スタイラーズ』でも買えるそうで

す。根津美術館の前にあるらしいので、お散歩のついでにぜひ。

Junko_takamatsu_1 

ガラスを始めてからかなりになるが、不思議なことに新鮮さがまったく

変わらない。いつもどきどきしながら惹きこまれてしまう。

何故だろう? 高温で溶けたガラスは妥協を許さず常に私に自然の

力を示してくれる。それはまぎれもなく生きていることの実感であり、

謙虚さと勇気にも近い感覚である。

ガラスそのものの透明感を生かすこと、それはフォルムの美。

デッサンにおける選択された一本の線。

器としての用を備えたうえでの削ぎ落とされたかたち。

私にとってガラスは無限の美しさを可能にする想像の手段といえる。

点から面へ、面から立体へ、そんな造形も試みてみる。

同じ色でも濃い、薄いと変化させるとまったく異なった表情を持つの

が面白い。形はあくまでシンプルに。

毎回ガラスに触れるたびに新たな発見や不思議さがあり、とりとめの

ない不統一と多様性をもたらす結果となる。        高松 純子

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2005年12月 5日 (月)

ブログ友達に会う

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東京はこの冬一番の冷え込みとなった昨日、ブログでほとんど毎日

のように会話しているよしえさんと初めて会いました。

目黒駅の改札で待ち合わせて歩き出した途端に、パラパラと雨。

出掛けに折りたたみ傘を持とうと思いつつ忘れてきた私はコンビニ

で198円(安い!)のビニール傘を買い、途中でマニアックなテディ

ベアのショップを2人で見てから、まずは腹ごしらえということで

庭園美術館のカフェへ。

カフェのエントランスもすっかりクリスマス・カラー。

でもこの季節にひときわ鮮やかな、造花みたいなパープルの花は

何だろう?

teiencafe_03

初めて会うよしえさんは、ブログのコメント欄での態度のデカさと

違い(こういうことを平気で書けるところが友達となった良いところ

だと思うのだけど)、予想に反して、小柄で可愛らしい人。

でも私と同じようによく話してるのに、この人、細い癖によく食べる!

あっという間にかなりのボリュームのサンドイッチとサラダ2種を

ぺろりとたいらげたのでした。こういうところは、さすがに若さか?

(写真はカフェの窓からの眺め。ここからも庭の紅葉がきれい。)

teiencafe

初めて会うとはいえ、毎日話してるようなものなので、全然、初め

て会ったような気がせず、さんざん話し、さんざん笑ったあとランチ

終了。本当は今日は庭園美術館隣りの白金自然教育園で秋の

ハーベストを見つけるショートトリップをする予定だったのだけれど、

外に出たら雨が雪に変わりそうなほどの底冷えする寒さに2人とも

すっかりめげ、今日は庭園美術館散策にとどめようということになっ

たのでした。折りしもこの日は館内でマイセンの展示をしていたの

で、まずそれを見ることに。

meissen 

マイセンの磁器の素晴らしさもさることながら、館内はふだん公開し

ていない部屋まで公開していて、その隅々のディティールに至るまで

何から何までアートとしか言いようがない館そのものに、2人とももう

うっとり。つい声が大きくなってしまい守衛さんに注意される場面も。

下は庭園美術館のリーフレットからの抜粋で、今回、公開されていた

部屋のひとつである3階のウィンターガーデン(温室)。三方の窓から

光が入る明るい部屋で、部屋には蛇口も付いていて、「ここでジョー

ロに水を入れ、植物に水をやったのです」 と、監視の方が話してくれ

ました。実はこの部屋に来る前、写真撮影に関する断り書きの札を

見たばかりの私たちは、この部屋に上がる階段の踊り場に付いてい

た素晴らしいステンドグラスの前で誰もいないことをいいことに、

「なんて素敵なの!ここでポートレイトを撮れないなんて残念ね。しか

  し写真くらい撮ったっていいじゃないねえ、減るもんじゃないんだし」

などと話していたら、すっかりこの監視員のおじさまに聞かれていた

ようで、このおじさま、私たちを見て 「ほんとですねえ。写真くらい撮

ったってねえ」 などと言う。館内はところどころに初老の紳士淑女が

監視で椅子に掛けていたのだけれど、これがなかなかみんな素敵な

紳士なのでした。おまけに私がこの部屋で蛇口をいじっていたのも

しっかり見ていた上での先ほどの談である。(バレたか。)

「写真が撮れないかわりに、あなたのその美しい瞳のシャッターに

残していってください」とは、おじさまもなかなか言うね。

庭園美術館の良いところは、レトロとモダン、古いものと新しいもの、

西洋と東洋が渾然一体となった、限りなく贅沢にして繊細な美しさに

あると思う。ただし、未公開の部屋を公開できるまでにする修復の

苦労はなみなみならぬものがあるらしい。この日も入り口付近に修

復のための募金箱が設置されていたけれど、修復が進んで、まだ

未公開のたくさんの部屋もいずれは公開されることを思うと、楽しみ

です。

onshitsu 

下は、庭から見た庭園美術館。なんとも優雅な建物。

teien

庭に咲いていた花。雨に濡れて ・・・

teienflowers_01

teienflowers teienflowers_02   

まだ3時過ぎなのにこの暗さ。

この日、建物の中でもバラの咲き残った庭でも「パリみたい」と言っ

ていた、よしえさんがモクモクと一服する風景。

「このどんよりした暗さは、まさにパリみたいだわ ・・・」 と。

庭園美術館は灰皿だってお洒落なのだ。

(暗めのプロフィルなので勝手に公開、見逃してくれえ、よしえさま。)

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追記:前回来たときも今回も、私は庭にあったはずの円形プールを

探したのだけれど見つからなかった。後日、美術館でもらってきた

ニュースレターを読んでいたら、ちょうどこの下の写真にある銀色に

見えるオブジェ(実際には白大理石)がある場所が、プールの跡地

だったとわかった。かつてそこにあったプールは、プールと言っても

泳げるようなものではなくて小さな水遊び用のものだったけれど、非

実用的だっただけに、なんとも優雅な感じがしたものだ。

そう考えると、先日見た庭園の景色も昔とはずいぶん違うものだっ

たんだなあと思う。いまプール跡にあるのは、安田侃(やすだ・かん)

氏による大理石の彫刻、《風》。

yoshie

そして、すっかり冷え切った私たちは庭園美術館を出て、またカフェ

に向かって歩き始めたのでした。

植え込みの燃えるようなシクラメンの赤と、バーガンディ・レッドの

ビオラの間に、銀杏の黄色い葉っぱが落ちて ・・・

teiencafe_06

庭園脇の舗道の銀杏並木もすっかり黄葉。

teienmae 

昨日は茶室のある日本庭園の紅葉がまさに見頃で素晴らしく、その

写真もあるのだけれど、ボリュームの都合上、それはまた明日!

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2005年11月21日 (月)

アートという花

hibino

昨日、仕事で南青山に出たついでに、青山スパイラルギャラリーで

やっていた『ひびのこづえ』展を見てきました。

コスチュームデザイナーで多彩な活躍をする彼女の個展をここで見る

のは、なんと10年ぶり。そのときも確か友人とここのカフェで待ち合

わせがあったので、たまたま見ることができたのでした。

一時期、『とらばーゆ』の表紙などでもよく見ていて注目していた彼女

の仕事を実際に見たときのその新鮮な驚きは、10年経った今でも

鮮明に残っていて、今回また見られたことは本当にラッキーでした。

彼女の縦横無尽に異素材を組み合わせる絶妙な感覚と色彩感覚は

斬新でありながら自然によく馴染み、アーティスティックでありながら

素朴で、甘くないメルヘンに満ちた世界には手仕事の暖かさがあっ

て、何より子供みたいな発想が楽しくて大好きです。

絵が好きな子供だったら、誰でも一度はスケッチブックに、実際には

見たこともないような想像上の服や帽子を、思いつくままに描いたこ

とがあるんじゃないでしょうか。まるで童話のなかの登場人物が身に

つけているような、夢にあふれた洋服や帽子や靴なんかを。

会場にはところどころに人が立っていて注意されそうだったので、あ

まり服などは詳細に撮ってこられなかったけれど、ここにほんの一部

をお見せできたらと思います。ものづくり精神がとまらない、あふれる

色の洪水にしてシックな、『ひびのこづえ』ワールドです。

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チュールやベロアやリボンやシルクやデニムや、様々な異素材を組

みあわせた斬新な服たち

hibino_03

素材は自然素材だけにとどまらず、ビニールだったりスポンジ

みたいなものだったり ・・・

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ひとつひとつ細かな手仕事で接ぎ合わされ、コラージュされた1点

物の可愛いトートバッグたち

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スリッパだって『ひびのこづえ』が作るとこんなにアートで可愛い!

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上のトートバッグや作品の一部は展示即売されていました。

その他にも商品としてオリジナルの着物の生地や半襟や帯、それに

ハンカチやブローチやグリーティング・カードなどの小物も。

興味のある方は以下の関連サイトをご覧ください。

 ☆ ひびのこづえ公式サイトは ここ を。

 ☆ この個展に関することは ここ を。

 ☆ ウエブショップは ここ を。

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2005年7月24日 (日)

あふるくん

afuru

南青山を友人と歩いているとき、たまたま入った小さなギャラリーで

出会った、あふるくんの絵。

なんて天真爛漫な線と色彩!

その鮮やかな色と迷いのないタッチに、友人と2人して、すっかり

魅せられてしまいました。

近頃、子供でもこんな絵は描かないんじゃないかと思う。

あふるくんはいま、22歳の青年。

養護学校を卒業後、パン屋さんで働きながら絵を描いている

あふるくんは、お金とか名誉とか、またうまく描こうなんて気持ち

とはまったく無縁で、描きたいものにであい、描きたい気持ちに

なったときしか描かないんだそう。

純粋に、描くことの喜びに満ちあふれています。

そして描きあげてしまったら、自分の描いたものにはまったく執着

しないんだとか。それもすごいこと!

他人の言葉も自分の言葉もなかなか捨てられない私は、そんな

あふるくんを羨ましく思います。

きっと、いま一瞬を、輝いて生きている人なんだと思います。

私は空みたいなブルーのバックに、黄色の(人のよさそうな?)

チータの絵が妙に気になりつつ帰って来ました。

あふるくんの個展は、今月26日までやっています。

興味のある方は、ぜひ出かけて行ってみてください。

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