本の話

2017年5月18日 (木)

生きて愛するために

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昨夜は2ヶ月ぶりの上町63、清水翠×馬場孝喜。
相変わらず渋谷はうんざりするほどの人混みだった。
ただでさえ混みあってて導線が悪くて前に進まないのに、電車を降りるときや階段を上り下りするときくらいスマートフォン見るのをやめなさい、と思うけれど、みんな片時も目を離すことができないらしい。きっとがん箱まで持ってく気なのね。人の間を縫うように早足ですり抜け、ちょうど来ていた快速・横浜・中華街行きに乗りこむ。ここも殺人ラッシュ。渋谷から菊名までぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られ、誰かに強く押されるたびに手に持ったケーキがつぶれるんじゃないかとはらはらした。いつも着くまでに疲れてしまう。帰りの東横線は始発に近いから乗ったときはガラガラだけど横浜で一気にたくさん乗ってきて、帰りは帰りでせっかくいい音楽を聴いていい気分になってても、終電間近の酔客の声の大きさとマナーの無さに辟易として疲れ果ててしまう。
そんなわけで無理じゃない限り、行きも帰りもたいてい本を読んでいる。
さいわい、この歳になっても深夜の電車の中で眼鏡なしで文庫本が読めるありがたさ。本さえ開いていればその世界に埋没していられるし、目の前の醜態に気をとられないですむ。今日は辻邦生の『生きて愛するために』を読んでいて、この本とてもいい本だから、上町に着いたら読み終わってなくても翠ちゃんにあげようと思っていたのだけれど、けっきょく渡せなかった。昨日はなんだか大賑わいで、せっかく行ったのになんにも話せなかったから。
でもいいや。人生はつづく。
いつも上町に行って帰ってくると駅に着くのは夜中の1時近くなのに、昨日はとっとと帰って来たおかげでいつもより早く帰り着き、酷いものにも遭遇しなくてすんだ。よかった。これからはずっとこれでいくかな。
昨日もライブではファースト、セカンド各10曲づつの全20曲。
心に残ったものはいくつもあるけど、『Your Song』を聴くといつも広島にいる、エルトン・ジョンが好きな親友のことを思いだしてしまう。彼がいまここにいて、この時間を一緒に共有できたらいいのになって思う。友達にぴったりな曲。
いつ聴いてもいいのは『エウ・ヴィンダ・バイーア』や『コラソン・バガボンド』や『Kiss of Life』だけど、いまいちばんキマってるのは個人的には『Mercy Street』だと思う。しっとり聴かせるスローバラードもいいけどそんなのばかりじゃ飽きるし、翠ちゃんはこういうスパイスの効いた鋭さのある曲を歌うとキレがあってかっこいい。馬場さんの巧みなプレイも1本のギターからとは思えない重層的なサウンドを作りだして、つづれ織りのような人間の感情の機微の深さに誘ってくれる。
そして、これ以降、しばし翠ちゃんはオーバーホールに入る。
本人に怒られること覚悟でうんとライトに明るく言うと、パーツの交換。
昔、アンティークカメラショップでアルバイトしてたころ、毎日のようにカメラを修理に出しに行っていて、ニコンサロンなんかでときどきオーバーホールから上がってきたカメラを目の前でテストするのを見たりしていたけど、最近は人間の病院もオーバーホールというのにふさわしいくらい無機質な感じになってきた気がする。筋骨系はとくに。
でもオーバーホールされた後の翠ちゃんはきっと身体のキレも声のキレも歌のキレも一段とよくなって、ますますいい歌が歌えるに違いない。なんたって、もともとアスリートみたいな人なのに、自由に身体を動かせないのはどれだけ辛かったことだろう。それが解消されるのは、筋骨系のみならず視界からも心からも重たい霧が晴れるようなことだろうと思うのです。
本のことに話を戻すと、わたしが昨日この本を渡したかったのは、まさしくいまこの五月の新緑のなかに生きていて、心を捉える一文があったからだ。辻邦生が若いころ病を得て発見した、生きる歓び。逆に言えば病を得なかったら到達できなかったであろう、人生の真理。
昔よく翠ちゃんに「そうちゃんは健康健康って、健康なのが好きなんだね」と嫌味っぽく言われたものだ。彼女がいわんとすることもよくわかる。でも、わたしの言ってることの本質が全然わかってないんだなあ、と思った。だいいち若いころ太宰にハマってたわたしが健康健康なわけないじゃん。でも現実に何をするにも身体が資本なのは誰でも一緒のことで、実際に病んだりしたら何もできない。だいいち女は美しくなくなる。デカダンで、心身病んでなおかつ美しい、なんて、生まれながらの人間離れした美貌の持ち主でもない限り、とうてい無理と思う。少なくともわたしは心身病んで若さも美しさも失った女の吐きだす病んだ音なんて聴きたくないね、と思った。そんなの気が滅入るだけだもの。
でも、いつのころからか水泳をはじめた彼女はとても健康的になった。何にでも熱中するタイプで、はじめたばかりのころは1日8時間もプールで泳いで肺炎になったりもしていたけれど、もともとわたしなんかよりずっと運動神経がいいうえに持ち前の集中力と身体に刻まれたリズム感でもって、わたしより後からはじめたのに、あっという間にうまくなった。そして精神的にもブレなくなって、いつでもニコニコしていられるようになった。そんないまだからこそこの本を渡してもわかってもらえると思ったのだけれど・・・・・・
でもいい。これから先も人生はつづく。生きて音楽を愛するために、詩とアートを愛するために、猫を愛するために、花を愛するために、いまここに生きるすべてを愛し、味わい尽くすために。人生はつづく。

昨日の上町。
大人の隠れ家みたいなJAZZバーで子供みたいに遊ぶイカリンさん。
うしろにいるのはセカンドの曲を選んでる翠&馬場さん。

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過ぎ去る時間のなかでこんなのもすべて Your Song の歌詞のよう。
How wonderful life is while you're in the world.

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2017年4月25日 (火)

100歳のおじいさんが作ったちり紙人形

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詩人のウチダゴウさんの展示を見にギャラリーポポタムに行って、ウチダさんの詩集とともにこの本『祖父の人形 ー 原田英夫人形作品集』を買ったのはもうずいぶん前のこと。
その原田栄夫さんの人形を飾ったミニフェアを荻窪の書店『タイトル』でやっているというのを聞いて、今日までなので仕事を終えた後に行ってきた。夜遅くまでやってる本屋さんって、こういうとき便利だと思う。

わたしがこの本を買ったのは、多分に表紙から醸し出されている不思議な雰囲気にひっかかったからだと思う。
100歳のおじいさんがある日突然、家にあるテッィシュペーパーで人形を作りはじめたというのも不思議だけれど、その人形が若い女の子だというのはわたしにはもっと不思議な感じがした。とくにこの女の子が着ている服のライン。Aラインのワンピースで、裾がふわふわっとしているこんな絶妙なテクスチャーの服が100歳のおじいさんの手から作りだされたなんて。86歳の(ぼけた)父を持つわたしにはちょっと信じられないくらいだった。
表紙の女の子はレトロなようでもあり、今風でもあり、ユーモラスでありながら、どこかさみしい感じもして、そこから作り手の心情を読まずにはいられなかった。

いったいなぜ100歳のおじいさんはちり紙で人形なんか作りはじめたんだろう?
それまでとくに絵を描いたり、造形をやったりしていたわけではないみたいなのに。
さみしかったから、暇をもてあましていたから、単に手慰みで作りはじめたのか、あるいは突如、表現欲求に駆られたのか。

実際にタイトルに行ってみると人形が飾られているコーナーは想像したよりずっと小さなスペースで、値段を付けて売られている人形はほとんど売り切れ、あと数点が残っているだけだった。売り物の左手に栄夫さんがこれまでに作った、きっと家族の私物なのだろう、非売品のお人形が並んでて、この本の巻末で(本の)作者であるお孫さんのオニール原田さんが書いているように、どれもみんな『絶妙な』かたちをしていた。若い女の子も4姉妹もキリンも亀に乗った男の子も犬も猫も ・・・・・・
それは栄夫さんが対象を実にしっかり観察して、ちり紙という、日常どこにでもある手頃な素材ではあるけれど造形物を作り出すには頼りない素材を使って、創意工夫した証拠だった。
わたしはこっそり女の子のスカートに触ってみたのだけれど、しっかり固めたボディと違ってそれは人形の身体に着かず離れずの絶妙な感じにふわふわとやわらかく風にそよぐ感じにできていて、まさにフェミニンな女の子のスカートで ・・・・・・ 感心してしまった。
そして実際に栄夫さんの人形を見てわかったことは、英夫さんが純粋に楽しんで作っているということだ。
それはすべての表現の原型でもあると思う。
ふつう、いい歳になった大人の頭の中には常に『こんなことして何になる』という思いが潜んでいる。
『いまからこんなことしたってなんになる、プロになれるわけでもないのに』とか、『こんなものいくら作ったって売れる(お金になる)わけじゃないのに』とか、生真面目で常識的な人にあればあるほどそんなふうに考える。
でも、詩や文章を書くにしても絵を描くにしても造形物を作るにしても音楽をやるにしても、誰にも見せない、評価されないところで自分ひとりでやっているのであったら、それは他人から見たらただの趣味であり道楽であり暇つぶしみたいなものであり、生み出されたものは究極、ゴミとなんらかわらないものなのかもしれない。
でも、たとえ他人から見てそうであったとしてもそれに没頭している本人からしたらそれをやらずにいられないからただやっているだけであって、そこには損も得も、他人が付ける評価や金銭的価値もまったく関係なく、時間の流れすら忘れてしまうような時空間があって、それこそが表現の原型だなって思うのです。

そして栄夫さんがラッキーなことは、そんな英夫さんの作った人形を面白がって、掛け値なしにいいと思ってくれるお孫さんがいて、こうして作品集となって残せたことだと思う。そうでもなければ、できあがってしまったものにはなんの執着もなく、ほしいという人があればホイホイあげてしまうか、どこかにうっちゃらかしてしまうという栄夫さんの作品はあっという間に、四散してしまっただろう。そして本にして残せたということ以上に、それが世に出て、たくさんの人の目に触れ、共感を得られたということ。それはどれだけ100歳の老人の励みになったことだろう。何も100歳の老人じゃなくたって、たとえ若い人であったとしても、ひとり山奥で制作に明け暮れて誰にも作品を見てもらえることなく死んでゆくのをよしとする人間なんて、滅多にいないと思うから。
作る喜びと苦悩の次にあるのは人が見て(聴いて)何か言ってくれる喜びと苦悩だと思うけれど、栄夫さんの場合はたぶん、もうそんな人生の苦悩みたいなものからはとうに解き放たれて、気持ちのおもむくまま、毎日自由に制作されているんだと思う。
さっきも書いた、この本の巻末のオニール原田さんの後書きの最後に『いつまでも長生きしてほしい。そしてこれからも、好きなものを自由に、じゃんじゃん作ってもらいたいです。』
という言葉にオニールさんの祖父へのありったけの愛が感じられるし、100歳を越えてこんなふうに言ってもらえるおじいちゃんがこの超高齢化社会の日本にどれだけいるかな、と考えると、栄夫さんはほんとうに幸せだな、と思う。
今日わたしは栄夫さんの人形は買ってこなかったけれど、ほんとうはね、非売品の猫が買いたかったです。
栄夫さんはいま102歳。
ほんとうに長生きして人形を作りつづけてほしい。

タイトルでは人形を買わなかったかわりに茨木のり子の本を買ってきた。
『茨木のり子の家』
ずっとAmazonのカートに入れたまま、買いそびれてたやつ。
やっぱり本は、本屋で手にとって、見て買うのがいいですね。

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このマニッシュな茨木のり子の写真、かっこよすぎる!

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2014年12月16日 (火)

宝ものの部屋 ~ 本に恋して ~

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土曜日のプールのあと、ロバさんに連れられてついに絵本の図書室に行って

きた。明るい南向きのアップライトピアノのある部屋。どうやらロバさんだけじゃ

なく、息子さんもピアノを弾くらしい。

いくつも本棚が置かれた小さな部屋は、まさしく絵本の図書室だった。

私が酒井駒子が好きだからと、手前の可動式の小さなキャビネットには酒井

駒子の本ばかりを並べてくれていた。

そこでロバさんにいれてもらったコーヒーを飲みながら、お菓子を食べながら

そして絵本を眺めながら、いろいろなお喋りをした。

その話の途中でロバさんが「伊勢英子って知ってる?」と聞いた。

「知らない」と私が答えると、「あら、そう。ほんとに素敵な作家なのよ。私はこ

の一冊でハマってしまったの」といって、本棚から一冊の絵本をとって私に差

し出した。

ルリユールおじさん。

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そしてページを繰ったとたんに、たちまち私も魅了されてしまった。

パリの一角、少し離れて建つアパルトマンの緑あふれるバルコニーで、そ

れぞれはじまったばかりの朝をすごす、少女と老人を俯瞰したファースト

ショット。次の瞬間、パラパラと帳合いが外れて床に落ちる少女の本。

本屋に行けば同じ本はいくらでも売ってるけれど、ぼろぼろになるまで読

んだ大好きな自分の本をもとどおりに直したい、とつよく思う少女。そんな

に大事な本ならルリユールのところに行ってごらん、という路上でアートを

売るおばさん。ルリユールとは、手仕事で本を作るフランスでは伝統的な

製本職人のことをいうのだ。それから少女は、ルリユールを探して街中を

走り回る。

時は冬、だ。

裸木が寒々しく冬空に枝をのばす、色を押さえたパリの街並みが美しい。

その街のなかを、ごく近くにいながら擦れ違ってゆく少女の軽やかな足と、

影法師のようなコートを着た老人のゆっくりと重い足どり。

その光景はまるで恋人たちのドラマのようだ。

でも二人が恋してるのは本なのだ。

そして二人はやっと出会う。

通りに向かって硝子窓のある、ルリユールのアトリエの前で。

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そこから先は自分で手にとって読んでほしいから書かないけれど、そんなお

話がセンスあるうつくしい水彩画とわずかな(でも、とても的確で自然でイマ

ジネーティブな)言葉で綴られている。

「わあ、これ、私もハマりそうだわ」といったら、ロバさんは「でしょう」といった。

そして次に見せてくれたのは、『旅する絵描き』という伊勢英子さんのエッセイ

だ。どうやらここに『ルリユールおじさん』誕生の秘密が書いてあるらしい。

家に帰って絵本を最後まで読んだらわかったけれど、これは実際の話をもと

に書いた絵本らしい。あとがきにこんなことが書いてあった。

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    ──── RELLIEUR、M氏に捧げる ────


        パリの一角。路地裏の小さな窓。

        窓の中で手作業をつづける老人。

      ちいさな灯りの下、規則正しく揺れる白髪。

             手には糸と針。

          かがられていく黄ばんだ本。

    窓辺に背を向けて並んだ、色や大きさの異なる本。

       真紅、緑、濃紺、黒、茶色の革表紙には

          金箔の文字とアラベスク装飾。

         色彩と光に凝縮された時の流れ。

    そこに奏でられているのは沈黙と記憶という言葉。

            窓ガラスのちいさな紙片に

             「RELLEUR - DOREUR」

                  そして

  「私はルリユール。いかなる商業的な本も売らない、買わない」



RELLIEURは、よーろっぱでは印刷技術が発明され、本の出版が容易にな

ってから発展した実用的な職業で、日本にこの文化はない。むしろ近年日

本では、「特別な一冊だけのために装飾する手工芸的芸術」としてアートの

ジャンルにみられている。出版業と製本業の兼業が、ながいこと法的に禁

止されていたフランスだからこそ成長した製本、装丁の手仕事だが、IT化、

機械化の時代に入り、パリでも製本の60工程すべてを手仕事でできる製

本職人はひとけたになった。


旅の途上の独りの絵描きを強く惹きつけたのは、「書物」という文化を未来

に向けてつなげようとする、最後のアルチザン(手職人)の強烈な矜持と情

熱だった。

居て仕事のひとつひとつをスケッチしたくて、パリにアパートを借り、何度も

路地裏の工房に通った。そして、気づかされる。

本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるものだと。


        旅がひとつの出会いで一変する。


                                   いせ ひでこ


( 理論社 いせ ひでこ作 「ルリユールおじさん」あとがきより )

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ドキドキするような、ヴィヴィッドな言葉。

それからロバさんは「ここは伊勢英子コーナーよ」という本棚から次々に素敵

な本を出して見せてくれた。大型絵本やエッセイ。

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それで、いつもプールの帰りはそうじゃなくても荷物が多いのに、その日はた

またま複数の方からいただきものをしたりしてロバさんの家に行くときからす

ごい荷物だったのに、ロバさんがこの本も貸してあげるから持って行きなさい

これもこれも ・・・ と次から次へと出してくれるので、それでもずいぶん減らし

てきたものの、自転車の前かごに載りきれないくらいの荷物になって帰りは

大変なことになった。

また、いつも思うことだけれど、通じる相手とは簡単に通じてしまう。

そして通じる相手とは年齢の差もまったく関係なく、敬語も必要なく話ができ

て、こちらがどういう人間で何が好きかを簡単に見抜かれてしまう。

ロバさんの出してくる本がみんな私の好きなタイプの本だったので、自転車

の前かごなんかに無造作に載せて大事な本が傷まないかと気になりつつも

借りてきてしまったのだった。

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帰り際、ロバさんは「今日はほんとうによかったわ。1年ぶりであなたがここ

に来てくれて。私ひとりで宝 ・・・、宝といってもこんなただの本だけど、でも

宝の持ち腐れになるところを見てくれる人がいてよかった」といった。

ロバさんはほんとうに本が好きな人なのだ。

そして本を読む喜びを、自分だけじゃなく多くの人に惜しみなく分かちたいと

願うタイプの人なのだ。

まちがいなくここは私にとっては宝ものの部屋だった。

そして長いこと花屋以外、私には近所に知り合いも行けるところもなかった

けれど、最近、私にはあたらしい友達と行ける場所ができた。

材木屋さんとフォトグラファーとロバさんの図書室と。

一見、彼らにはなんのつながりもないようだけど、実は共通点がある。

それは書かない。

私だけが知っていればいいことだから。


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2014年4月20日 (日)

イイダ傘店のデザイン

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本日、二十四節気の穀雨。

雨は降らなかったけど冴えない天気の冴えない日曜日。

おまけに寒いから私はまたしてもチョコレート色の猫に逆戻り。

せめてしあわせな音楽を聴こうと思えば、うちのBOSEくんはご機嫌ななめらしく

さんざん音飛びしてたと思ったら紙をくしゃくしゃに丸めたみたいな派手な音を

たてて止まってしまった。もうどうやっても今日は私に音楽を聴かせてくれる気

はないらしい。それで、朝ごはんが遅かったからとぼけぼけしてるとすぐに娘の

アルバイトに行く時間がやってきて、今度は遅いお昼を作らねばならぬ。あーあ。

ときどき、ごはんを作るのは面倒くさい。

すぐにお腹がすく人間も面倒くさい。

でも、どうせ作るならしあわせなごはんが食べたいと思って、息子に(君にとって)

しあわせなごはんってなあに? と聞くと、う~ん・・・と考えてから、パスタかなあ

という。パスタ! パスタ? ・・・・君はイタリア人か。

でも自分じゃ何も浮かばないから自転車飛ばして買い物に行って、息子の好き

な緑のパスタを作る。昨日買ったイタリア製のジェノベーゼソースのビンに書い

てあったレシピ『海と大地のパスタ』。あさりにじゃがいもにバジルソースっていう

日本人にはなんだかあんまりピンとこない組み合わせ。時間がないので自分に

巻きを入れて作った。子供2人はおいしいといって食べてたけれど、べつにまず

くはなかったけどね、それほどしあわせなごはんでもなかったかな。

そんな冴えない穀雨の日に、おあつらえ向きの本が届いた。

このあいだ恵文社一乗寺店で予約した『イイダ傘店のデザイン』。

ご存じの方も多いだろうけど、オーダーメイドで傘を作っているイイダ傘店

その初の書籍となるこの本。

これまでイイダ傘店さんが作ってきた歴代の素敵な傘のコレクションやテキスタ

イルが見られるうえに、今回スペシャル・イシューで雨傘のテキスタイルで作った

ミニトートバッグが限定特典でつくってことで、ちょっと割高だったけど早めに予約

して買ったのでした。

その特典のミニトートバッグがこれ。

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女って実に袋もの、好きよね。

私の母がどこに行っても年じゅう袋もの見てる人で、いくらあっても買う人だった。

そんな母を見ながらその昔、「ほんとに女って袋好きだよねえ」と思っていたら、

このあいだ会ったsumigonさんも「私が買わずにいられないもの!」といって北欧

雑貨屋さんの壁に飾ってあるトートバッグを見ていたし。

で、なんだかんだいって気づけば私も好きですね(^-^)

自分が好きで使いやすいデザインって決まってるからどれも似たようなシンプル

なかたちのトートバッグだけど、コットン、リネン、ウールツィード、素材違いでいろ

いろ持ってる。とくに最近は革のバッグは重くて肩がこるから布バッグばっかり。

スーパーマーケットに行くときは100%エコバッグ持参だしね。

このちっちゃなトートバッグ。

なんてことないんだけど、こういう繊細なテキスタイルのバッグはありそうでない。

この小ささはちょうど単行本を持って歩くのにちょうどいいし、雨傘の生地ででき

てるから防水なのもいい。かごバッグとかトートバッグに直接本を入れて歩くと

本の角がへこんで痛んだりページが変なふうに折れたりするのが嫌だったんだ

けど、これに本を入れてバッグ・イン・バッグにしてもいい。

今日みたいに全身チョコレート色の日にこれを持つとかわいいし、本に携帯に

ハンカチにお財布くらい入れて近所の喫茶店くらいは行けるね(いかないけど)。

・・・・・・ というわけで、けっこう気に入りました。

私が選んだのは2つあるうちの『森の花』。

大きな生地のどこか出るかはわからないから、模様には個体差があるだろうけど

裏はこんなふう。

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ちなみに傘というと昔 、友達が持っていたコム・デ・ギャルソンの竹の持ち手が付

いた黒い大ぶりの傘がとっても素敵だったので私も真似て奮発して買ってみたと

ころ、重いものを持つのが嫌いな私には重すぎるし、キャンバスの厚手の生地は

なかなか乾きにくいしで、自分にはぜんぜんフィットしなかったのを思い出します。

それ以上に自分だけのオーダーメイドの傘。なんて贅沢・・・・・・

そんな素敵な傘があったら憂鬱な雨の季節もハッピーにすごせるかなあ、なんて

思ったりもするけれど、私の場合はそれよりも前に素敵な誰かに会う約束でもあ

ったらね、と思ってしまう。やっぱりそっちのほうが先かなあ。

というわけで来るべく(?)雨の日のデートのためにこのスペシャルはとっておこう。

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雨の日に素敵な傘のコレクション眺めながら、私だったらあんなのがいいかなあ、

こんなのがいいかなあ、と想像をめぐらせるのもオツかもしれない。

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この特典つきの『イイダ傘店のデザイン』は、ここでまだ予約できるみたいです。

 恵文社一乗寺店 イイダ傘店のデザイン

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2013年8月21日 (水)

居心地のいい場所

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若いころと違って最近は滅多に雑誌を買うこともなくなったけれど、昨日の夕方

何気なくフラリと寄った本屋でこの雑誌の表紙を見て、パラパラっとめくって見て

いるうちになんとなく買ってしまった。

9月号のテーマは、東京のイゴコチいいところ。

それで思う私にとっての居心地のよさっていうのは、まず緑の多いところ。

光と風が通るところ。

飲食店だったらまず1番に清潔なこと。

カフェ、あるいは喫茶店だったら昼間はなるたけ自然光で、午後も遅くなってき

たら間接照明で適度に暗いところ。くつろげる椅子と趣味のいい本とおいしい珈

琲、音楽は思考を妨げない程度の音量で、私が思わず「いまかけてるの何?」

と聞きたくなるようなのがかかってて、欲をいえばわずかでもテーブルに花。

そして暮らすための町だったら、私はさびしいのは嫌いだから適度に街感と閑

静な住宅街の部分とが共存していて、明るくてオープンな人たちが住んでるとこ

ろ。緑が多いのと必要なインフラがそろっているのは前提として、オプションで、

ちょっと偏屈だけど仲良くなるとなんでも教えてくれる店主(オヤジ)がいる古本

屋に、おいしいパン屋、働き者の自然食品屋に気のいいおばちゃんのいるお総

菜屋、小さくても宝物みたいなお花屋さん、それにやっぱりくつろげる喫茶店が

ある町だったらなおいい。もちろん、海まで歩いて行ける町だったら最高だけれ

ど、そうなると街感からは遠く離れちゃうんだろうな。

(でもそんなことより何より、愛する人と一緒なら、どこに住んでも都???)

(いやいや、やっぱりイゴコチのいいとこで居心地のいい人と一緒にいるのがサ

イコーでしょ。)

というような上記のことを考えると、残念ながら私がいま住んでるところはごくわ

ずかしか当てはまらない。

そして、この本をパラパラっと眺めてみたところによれば、いま東京の心地よさ

のキーワードとなっているのは『グリーン』だそうだ。都会をお洒落でナチュラル

に緑化するアーバンガーデナーなる仕掛け人たちによって、東京のあちこちに

着々とグリーンスポットが生まれているらしい。

もともと東京は世界の都市とくらべても例を見ないほど緑の多い街だといわれ

ているけど、それっていいことだな、と思う。一方で相変わらずクルマ社会はぜ

んぜん縮小傾向にないし、無神経な森林伐採や樹木伐採は日常茶飯事に行

われているから差し引きどうなのか実際のところはよくわからないけれど、それ

でも一過性のブームで終わらないでほしいな、と思う。

このOZの9月号には『としまえん』のプールも載っていて、昔は真夏ともなれば

さんざん男の子と遊びに行ったところだからなんだかとっても懐かしかった。

ノスタルジーでセンチメンタル。

そしてサウダーヂ。

それって夏のエッセンスだと思う。

基本、私は猫だから『いつものとこ』が1番くつろげてよいのだけれど、たまに

はこんな雑誌見ながら、東京のあたらしい心地よさを探してみるのもいいかも

なんて思っている。



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2012年12月18日 (火)

All is well/さよならのあとで

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自分自身がとても見たかったこともあるけれど、絵を描く娘にもどうしても見せたくて、

週末ちょっと無理して娘を連れて山陽堂ギャラリーに行ってきました。

先日書いた、『さよならのあとで展』。

結果から先にいってしまうと、とてもとてもよかった。

心底、今日この個展を見られてよかった、と思える個展でした。

その気持ちは、家に帰って山陽堂書店で買ってきたこの本『さよならのあとで』を見た

後ではなおさら強いものになった。なぜかというとこの本は、1篇の詩に、ごくごくわず

かな挿画が添えられただけの、簡素なまでに無駄なものをそぎ落としたストイックで

美しい大人の本なのだけれど、もしあの個展を見ないでこの本だけを見たのだったら

この本のためにあれだけの絵が描かれたのだということがわからなかったからです。

それは、山陽堂だよりに書かれていた言葉にも尽くされているけれど、結果としてのこ

の本の前に存在した様々なやりとり、時間、様々な可能性と方向性、イマジネーショ

ン、本ができあがるまでの大事なプロセスを感じさせてくれるもので、もしかしたらでき

あがった本以上に濃密で愛しい時間だったのではないかと思われ、その丁寧な時間

と人の思いを掬いあげてここで見せてくれた山陽堂さんがいなかったら日の目を見る

こともなく終わった絵たちだったかと思うと、なおさら感慨深いものがありました。

この個展には一篇の詩に強く打たれ、本にしたいと思った夏葉社の島田潤一郎さん

の確たる思いと、その思いをまるで自分自身のことのように受けとめて、気長に、ま

るで島田さんと対話するように絵を投げていった高橋和枝さんとのかけがえのない時

間そのものがあった。高橋さんの絵はどれも、鉛筆や色鉛筆を使って簡素な線で描

かれたとてもシンプルな絵でありながら、驚くほど表現力に富んでいて、誰でも大人に

なるまでにひとつやふたつ、こころの奥にしまってあるような風景を描いて、その心情

にいたるまでを表現していて愛情にあふれ、見ていてなんだかとても懐かしかった。

私はどこにいても仮住まいの気分が抜けないせいか、アート作品を自分のものにした

いという欲求には薄いほうなのだけれど、できればいくつか家に持ち帰りたいようでし

た。たとえば、こんな絵を。(小さくてわからないかもしれないけれど。)

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すべての絵にではないけれど、絵の下には詩の一行が添えられていて、その詩を読

みながらひとつひとつの絵を見ていくと、とてもイマジネーションがふくらんで言葉の説

得力が増して、言葉と絵、それぞれが持つよいところを増幅していたように思います。

そしてギャラリーの机の上には、展示されている以外の高橋和枝さんのカラースケッ

チや、彼女が考えた本のダミーなども置いてあって、それを見ると実際にできあがった

ものとはまるで違う絵本の世界があった。人にはいつも、選んだ道と選ばなかった道

の両方があると思うけれど、その一方を見せられた思い。

そして家に帰って本を見て思ったのは、これは大人の本だけれど、これとは別に子ど

もが見てもわかるような(イマジネーションを広げられるような)もっとイラストのたくさん

入ったカラフルな本も作ってもらえないかなあ、でした。こんなことを考えるのが私だけ

じゃなくて、たくさんの人の声でいつか実現するとよいのだけれど。

『さよならのあとで』の本の最後には詩の原文が載っていて、島田潤一郎さんのあと

がきによると、それは海外では葬儀や追悼式など、故人をしのぶ多くの場で読まれ

教会ではメッセージカードとして売られていたりもするそうです。なので、インターネット

上では容易にみつけられるということで問題なさそうなので、ここにその英文を引用し

ておこうと思います。以下、全文(タイトルなし。)

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 Death is nothing at all.

  I have only slipped away into the next room.

  I am I and you are you.

  Whatever we were to each other.

  that we are still.

  Call me by my old familiar name.

  Speak to me in the easy way which you always used.

  Put no difference into your tone.

  Wear no forced air of solemnity or sorrow.

  Laugh as we always laughed

  at the little jokes we enjoyed together.

  Play, smile,think of me,pray for me.

  Let my name be ever the household word

  that it always as.

  Let it be spoken without effect,

  without the ghost of a shadow on it.

  Life means all that it ever meant.

  It is the same as it ever was.

  There is absolutely unbroken continuity.

  Why should I be out of mind

  because I am out of sight?

  I am just waiting for you, for an interval,

  somewhere very near, just around the corner.

  All is well.

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この詩は、これから亡くなろうとしている人が、自分が死んでしまった後に遺される愛

しい人のために書いた遺書のような(あるいはそういう体裁でもって書かれた)詩で、

人は大事な人が死ぬと悲しむけれど、でも死は特別なことではなく誰にでも訪れるこ

と、死と生はひと続きの部屋のこっちとあっちのようなもので、人は、死んでしまったか

らといってまるでこの世に存在しなかったもののように消えてしまうわけじゃない、あな

たが私の名を呼ぶとき、私はいつもあなたの近くにいる、というようなことを書いている

けれど、私がギャラリーでひとつひとつ絵と言葉をたどりながらこの詩を読んでいって

もっとも救われたのは、最後の「全てはよし」という言葉でした。

すごく腑に落ちたというか、そうか、全てはよしなんだ、と素直に思えた。

肺がんの3ステージだった母が、大事な孫のクリスマスプレゼントに当時話題になって

いた『葉っぱのフレディ』をくれたことを亡くなった後に知って、それも母の死後、私が

泣くことの理由のひとつになったのだけれど、母も生前、この詩のようなことを孫に伝

えたかったのかなあと思う。私もまたいつか死ぬから、娘と一緒にこの個展を見られ

たのはよかったと思います。

そして実は書きかけだったこの記事の続きを書いているのはもう23日の今日なのだ

けれど、今日コトリさんのところに行ったら、私が先日記事を書きながらこの個展に最

も行ってほしいと思っていた方も見に行かれたということがわかったから、よかった。

人は誰を亡くしても生きてかなきゃならないから、そして生きていく限りは死んでるみ

たいじゃなく生き生きと生きてほしいから(生き生きと生きていきたいから)、自分に必

要なメッセージをちゃんと受けとめてほしいし、私も受けとめたいなと思います。

『さよならのあとで展』は、ひとりの人の大きな悲しみがたくさんの人の悲しみを救う、

そんな個展だったと思うし、この詩集はそんな本になったと思います。これから夏葉社

さんがどんな本を出版されていくのかも楽しみです。

夏葉社の島田潤一郎さん、イラストレーターの高橋和枝さん、そして山陽堂書店さん、

こんなに素敵な本と企画展をありがとうございました。

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2011年10月28日 (金)

若いころ夢みていたこと/ロマンティックに生きようと決めた理由

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それはまだ私が20歳だったころ、いつも行く近所の喫茶店の窓際の席でギター弾き

の男の子と会っていたときのこと。

私は彼に「お願いがあるんだけど」と言ったら、彼はとても鷹揚なやさしい笑顔で「3つ

までなら叶えてあげます」と言った。当時そう言われて私の頭にすぐ浮かんだのは(今

だから言えることだけれど)笑ってしまうことにちあきなおみの『4つのお願い』という歌

で、彼の言葉はそれよりひとつ足りなかったけれど、私は彼が神様なのじゃないかと

思ってしまった。

いま、そのときした3つのお願いがなんだったか正確に思いだせないのが残念だけれ

ど、2つまでなら憶えている。ひとつめは複葉機のプラモデルを作ってくれること、2つ

めは夏のリボンのついた麦わら帽子にぴったりな、まるい帽子箱を作ってくれること。

彼はとても器用で丁寧な仕事をするひとだったから、その2つの願いはきちんと叶えら

れた。複葉機も帽子箱もそのころの私の夢だったから、それを手渡されたときはすごく

嬉しかった。複葉機は長いこと私の愛用のオーディオ・ラックの上に大切に飾られてい

たし、帽子箱は夏のあいだたっぷりお陽さまの匂いがしみこんだ私の麦わら帽の安ら

かな寝床になった。彼とはよく海に行った。雪が降るような真冬の海にも。私はクリス

マスに買ってもらった真っ白いコートを着て、恵比寿の古着屋で安く買った黒猫みたい

なカシミアのコートを着てまんまるメガネをかけた彼はまるでエルヴィス・コステロみた

いだった。彼とはそんな夢のような、おままごとみたいなことばかりじゃないいろいろ

があった後、6年後に結婚した。ちょうど今日、10月28日に。

朝から気持ちよい青空の広がる、秋の美しい日だった。


私が今さらこんなことを書く気になったのはこの本のせいだけれど、同時にこんなこと

を書くのももう時効だろうと思う。

 ロマンティックに生きようと思った理由

この本のことを教えてくれたのはコトリさんだ。

彼女の口からこの本のタイトルが出てきたとき、いつものように彼女はこの本を私に

貸してくれると言ったのだけれど、それがあまりに素敵なタイトルだったから、きっと自

分にとっても大切な本になるだろうと思ってさっさと買ってしまった。

最初、読み始めたときは、子どもの頃からの自分の特徴的な思い出を、ただ思いつく

ままいつくままスクラップみたいに書きだしただけの、エッセイににもなってない稚拙な

散文のみたいに思えて、あまりピンとこなかった。でもそれでも読み進むうちに、いつ

のまにか自分もこの本の中の空気のなかにいた。つまり、海を中心として、そこを満た

している光や、風や、空気感や、まだ曖昧模糊としているけれど何かできそうな期待

感に満ち満ちた、若いロマンティックな雲のようなもののなかに。

海が好きな人なら、誰だって一度は夢みるだろう、海の近くで暮らすことに。それから

後先考えずに無謀な旅に出ることや、手当たりしだい思いつくまま何かをやってみる

こと。貧乏でも誰にも縛られない一人暮らしをすることや、なりたいもの ─ 作家や詩

人やフォトグラファーやミュージシャンや芸術家や建築家や花屋やカフェの店主 ─

になりたいと思うこと。それから ・・・・・・ 運命の恋に堕ちること! などなど。

これは1990年当時、葉山で創作活動を続けていた美術作家、永井宏が開いていた

SUNLIGHT  GALLERY に集まった、若くて、まだ名もないけれどユニークな才能たち

が時を経て何者かになったあとに振り返る『何かになる前の自分』、といったところだ

ろうか。永井宏とギャラリーゆかりの10人が、オムニバスで今の自分が在る理由に

ついていろいろ回想している。それは、若いころの自分に照らしたら誰だっていくつか

は心当たりのありそうなことだと思うし、ここに出てくるような人たちは誰のまわりにも

必ず何人かはいそうな気がする。もし違うことがあるとしたら、彼らが夢を追って果敢

に何かをやり続けて、なんとか自分のなりたいものになった、ということと、その大き

なきっかけになったのは、若いころに永井宏という人に出会った、ということだ。私は

永井宏さんを直接は知らないし、詳しいわけではないのだけれど、彼の書いたものや

やっていることを見ていると、ご本人自身が万年青年みたいでありながら、限りない

父性を持った方のように思える。そして明らかに SUNLIGHT GALLERY というのは様

々な才能をかたちにするための母体であったように思う。

若い人と、ある程度年齢を経た大人との違いは、より分別がついて理性的なぶん、

やっぱり圧倒的に大人のほうが現実的だということだろうか。たとえばたかが冬のス

トールを選ぶのにしたって、よそゆきのときくらいしかできそうもない、高価だけれどう

っとりするような素敵なカシミアのストールを1枚買うよりは、お手入れしやすくてお揃

いの洋服まで買えてしまうウールリネンのストールを選ぶ、とかね。

何がロマンティックか、の基準は人それぞれ違うだろうけど、私にとっては何の計算も

なく無駄な(あるいは無駄に見える)ことを一生懸命無心にやったりしちゃうことかな。

計算、で思いだしたけれど、私が離婚したとき私のボスは「おまえにはぜんぜん計算

てものがないから駄目なんだ。だって結婚って、計算だろ!」と言って、私は「けっ! 

ボスは詩人の癖に、およそ詩人らしからぬことを言うな」なんて思ったけれど、それが

本心じゃないことはわかってる。ボスだって計算ができたらたぶん今のような暮らしは

してないと思うから。死ぬまで幻の蝶を追いかけるような暮らしは。


最初、ただだらだら書いてあるだけみたいに思えたこの本の、どこで私が感情を揺さ

ぶられ、ひどく切なくなったかというと、いったいいつまで続くんだと思った木村直人さ

んの『人間は思った以上のことができる、ということ』という文章の中だった。

以下、その部分を抜粋して(自分のためだけに)書いておく。

(ちょっと長いからみんなはパスしてください。)


 彼はその傾向を見誤っている。かなりの注意深さを以てしても。何を意味している

 のかさえ忘れかかっていた。

 ある日、伝えるために出発する。静かな夕暮れ。誰に話すことでもない。離れでは

 夕飯の支度。針をおとす。クラシックを聴くために作られているエレクトロヴォイスで

 ロックを聴く。ずうっとずうっと夕暮れの中に生きてきた夢を見た。夕暮れに逢った。

 どんなに大切なことかもいつか忘れていく。僕が誰であるかも誰も忘れていく。あの

 音楽が何を意味していたのかも忘れていく。二十年は夕暮れの二十分。御飯が炊

 ける間に、生きてく時間の凄くいっぱいの時間が過ぎてく。話したいことがいっぱい

 あった。そう思いながら横顔を見ているそのことを意識していた。

 どんなことが幸せなのかわかってた。ずうっと前からわかってた。わかっていても伝

 えられない。わかっていても伝えられないまま過ぎてく。笑顔で忘れる。ただただ、

 遠くて懐かしい場所。もう何処にもなく、それでいてとても近い夕暮れのなかで時

 回りに自転車を走らせている。何のために毎日毎日ボールを投げ続けたのか。

 のために毎日、石を投げ続けたのか。誰も見てないところで。それでも夕暮れは幸

 せのなかにあった。もうすぐ見る笑顔と、そして、何かが動いて、少し進んでいくん

 よ、少し。と言われてるような未来の時間の予感。たぶん誰もが持っているもの。夜

 明けの前の土の匂い。昼下がりに海を見て過ごした日のこと。夕暮れには音楽と

 来の中にいて夜は宇宙に包まれて此処にいると感じているコト。宇宙? 生きて

  るコト。

 何もない場所にスベテノモノが満ちている。最初からすべての幸せは満ちていた。

 そこに暗闇が隙間を埋めていく。そのまわりを埋め尽くして幸せを取り戻そうとする。

 注意深く駒を進める。そうしているうちにそのことに囚われ見失う。何をしているの

 か見誤る。動かずとも持っていたものの多くを投げて投げ捨て攻撃する。何のため

 の攻撃か。よほどの不幸。まるでゲームの終わりに向かっているような錯覚。

 還る場所がなくなるコト。意味していることは伝えられない。

 わかっているのに伝えられない。

 伝えることのできないコト。

 存在しないものに本当に触れることができること。

 それは本当にできる。もしこれがそうなら僕は魔法を手に入れた。

 手に入れたけれど使うことの出来ない魔法。本当の魔法だと気付く。

 それが一日を過ごして生きること。一日が過ぎて生きているコト。 

       < 中略 > 

 宇宙の愛のすべてを持ってしても、愛が満ちていないのは不思議なこと。そのことを

 思うだけでも、すべては夢のよう。眠るまえには、半分は夢の中でそう思う。何も憎

 まずとも、世界はきっとあるはずだ。愛している時間のためだけにも生きることは短

 すぎる。


私がなぜこの文章を読んで切ない気持ちになったかをわかる人は、たぶん、この世で

たったひとりしかいない。でも、もしその人にもわかってもらえないとしたら私はとても

孤独だ。でももう平気。この十数年、ずっとそうだったから。

いつか息子が「お母さんの相手はやっぱりロマンチックな人じゃないとね」と言った。

ふぅん、そうなの、としか答えなかったけれど、そこにもう少し付け足す言葉がある。

私の相手は『ものすごーく』ロマンチックな人じゃないとね!

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2011年7月19日 (火)

猫、という不可思議な生きもの/猫の客

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それは引っ越した借家が面する小路がジグザグなイナズマのような形をしているため

夫婦が『稲妻小路』と名づけた道に突如あらわれる。最初、曇り硝子に映るちぎれ雲

かと思ったその影は、白いところに薄茶がかった灰墨の丸い斑模様の小さな仔猫で

あった。それは隣りの家の飼い猫となって『チビ』と呼ばれるようになった後に、しばし

ば庭をつたって夫婦の前にも姿を見せるようになり、やがて第二の我が家よろしく定

期的に訪れるようになる。もともとあまり啼かず、人に抱かれるのを好まない人に媚び

ることのない毅然とした猫であったため、妻はあえて抱かないと決めて、チビと球遊び

に興じるほかは、チビの気の向くまま好きにさせることをよしとしていた。それは、どん

なに可愛がって心を寄せたところで自分の家の飼い猫ではない、『猫の客』である。

内心そうわかって節度を保ってチビと接しているつもりでも、そこはそれ、人間に情と

いうものがある以上、そう簡単にはいかない。しだいにチビの行動が大胆に、また彼

ら夫婦に親和的なものになっていけばいくほど、彼ら2人の心の領分もその小さな白

い生きものによって占められていく。

そしてある日、その関係は唐突に断ち切られる。


この私小説ともいえる『猫の客』は、詩人・平出隆の初の小説であるそうだ。

フィクションをできる限り排除する、という書き方で書かれたこの小説に書かれたこと

は、だから限りなく事実であると言える。写真が同じ事実であっても撮るものによって

リアリスティックにもポエティックにもなるように、この小説は詩人の感性というフィルタ

ーを通して、ちょうど現実と非現実のあわいに位置しているようにも思われる。

小説の始まりが昭和63年から平成元年ということで、私はある特殊な思いで読み始

めた。ちょうどそれは私にとっては結婚した翌年であり、第一子を身ごもっているとき

だった。子どもが生まれた直後に天皇崩御が報じられ、年号が変わった年。時代的

には転換点でもあって、この小説にもあるようにそれまでの世界が崩壊してゆく予感

を感じさせる年で、あまりよい年ではなかったように記憶している。


そして冒頭にも書いたとおり、これは猫と人との交情を描いた小説ではあるけれど、

私の読み方は少し違っているかもしれない。

猫と人との関係以上に私が気になったのは、この主人公となる夫婦の密度の濃さで

ある。もともと子どものいない夫婦はどことなくいつまでも恋人同士のようでいいとは

思っていたけれど、これを読んで、子どものいない夫婦とはかくたるものか、と思っ

た。私が人一倍自由でいたい性格だからかもしれないが、私には正直言ってこの関

係はちょっと息苦しい。ふつう(と言ってしまってよいのかどうかわからないけれど)男

と女は陰陽のように、お互いまったく相容れない部分を持った者どうしがくっつくから

ぶつかるところもある半面いいところがあるように思っていたけれど、この2人はとて

も似ているのだ。ともに詩人で物書き。ひとつ屋根の下、部屋の南側に机を2つ並べ

て、夜半ともなると書きものを始める。詩、という、ことさらとらえがたい一瞬の言葉に

こだわり、それをとらえ、取り替えたり削ぎ落したり磨いたりしながら最終形にしてゆく

至極繊細な作業をする繊細な生きものがひとつ家に2人。見ている限り、別々の仕

事のとき以外、どこに行くのもたいてい一緒だ。似ているから互いの心情を理解する

ことはできようが、ひとたび同じ通奏低音が流れ始めたらずっとそのままだ。

子どもがいれば日常は嫌でも賑やかな喧騒と変化に彩られてゆくだろうけれど、似た

者同士の2人であればその単調さに風穴を開ける人間はいない。

そして、その重苦しさに風穴を開けたのがほかならぬ猫のチビだった。

そうであれば、その小さな生きものが一気に2人にとってのかすがいになったとしても

待ち遠しい客になったとしても不思議ではないだろう。

でも、だとしたらなおさら、こちらが積極的に招き入れたのではない、猫とは境を越え

て勝手にやってくるものなのだと言いつつも、誰が飼っているかわかっている人の飼

い猫に、エサを用意したり快適な寝床を提供したりして泣くほど情を移したりすべきで

はなかったのではないかとも思う。それがゆえに飼い主からは憤懣を買われる。

私は読みながら、前に見たのだったか読んだのだったか忘れたけれど、自分の夫だ

と思っていた人が実は他にも家庭があり二重生活をしていた、夫には自分の知らない

あと半分の人生、時間があったことを知って眩暈を起こして頭が真っ白になる女性の

ことを思い出した。猫ごときで何を大げさな、という人がいるかもしれないが、この小説

自体、猫が足繁く通うようになったことをマキアヴェッリの『フォルトゥーナ』という著作を

あげて『運命』と言っているくらいだから大げさなのだ。私は作者が『運命』という言葉

を使ったあたりからある種の慎重さを持って読んでいたのだけれど、当時自身の身に

起きた運命とくらべても(くらべてもしょうがないが)、この小説に運命と呼ぶほどの展

開が用意されていたとは思わない。


また、そういったことの一方で、猫とはこれほどまでに魅力、というか魔力を持ったもの

なのか、という思いも強くした。

猫という存在がもたらすやわらかな時間、よろこび、幸福感 ・・・・・・。

もともと著者である平出隆は猫が特に好きなわけではなかったという。

むしろ、猫好きの親しい友人の寵愛ぶりを見て呆れていたというし、猫好きというもの

にずれを感じていたともいう。

そういう人をしてこれか、と思う。

となれば私など、やっぱり猫には用心しなければなるまい、と思う。

ずいぶん前から、それこそ縁があったらそのときは猫を飼うかもしれないと思ってき

たけれど、こんなのを読むとうかうかと飼ったりはできない。

離婚するまでと離婚してからの十数年には実に様々なことがあり、そこで私が学んだ

ことはできるだけ所有しないこと、できるだけ執着心を持たないことだ。過度な執着は

苦しみの素になる。所有すればするほど、執着心を持てば持つほど人は自由ではい

られなくなる。私はできるだけ自由でいたいし、どうせ苦しむのなら私は猫より人のほ

うがいい。

詩人の描いた小説ということで、随所に美しい描写が散りばめられ、文字通り端正な

作品だと思う。でも私は個人的にはどんなに繊細でも磊落な明るいところがある詩人

が好きだし、先ほど書いたこの小説の通奏低音ともいうべきものが大げさ、というか

大時代的で暗くて重く、その息苦しさに読んでいる間中さっさと読み終えたい欲求に

駆られた。たぶん、私はこの著者とは好むところの感覚にずれがあるのだと思う。

個人的には、天窓状の半透明のガラス質の屋根のひさしの下に横になって、プレパ

ラートに載せた水滴のように春の雨が降ってくるのを観察しているシーンや、夏の庭

でシオカラトンボと気持ちを通わせるシーンが好きだった。

これは先日Cさんと会ったときにスパイラルの2階のスパイラル・レコーズで見つけた

本だ。彼女は平出隆が好きらしい。銀色の美しい書き文字で署名されたサイン本。


さて、親愛なる猫好きさん。

願わくは、あなたがこの本を読んだ感想も伺いたい。

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2011年6月 4日 (土)

人の儚さとか、生きているかなしみとか。

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夏日になった5月の終わりのこと、久しぶりに会う友達と池袋のリブロの前で待ち合

わせてランチを一緒にした後、ジュンク堂書店に寄った。

私はジュンク堂に行くのは初めてだったから、まずアート書籍のある9階から順に降

りながら興味のあるところを見ることにした。そして3階に降りて、それぞれ別々に好

きな本を眺めた後、友人が近づいてきて「何かいいのあった?」と聞いたときだ。

うん、と言いながらふと目線を目の前の下に落としたら、平積みになった本の山の目

立たない端に北村太郎の名前をみつけた。思わず「あっ」と声が出た。

控えめだけれど雰囲気のよい装丁の表紙には『珈琲とエクレアと詩人』というタイトル

があり、その横に小さな字で『スケッチ・北村太郎』とあった。

もともと、本そのものが出している気配というか、雰囲気ってあるものだ。

装丁に描かれた絵はメルヘンチックでポエティックで、裏表紙には北村太郎が好きだ

った猫もいて、題字も含めてその本からは優しい時間が放射されているようだった。

私は「これは買いだわ」と言って、すぐに1階のレジに持って行った。そして彼女の家

に向かいながら、昔話を始めた。


北村太郎とは昔からこうだった。

高校生のとき、初めてその詩集『あかつき闇』を手にしたのも、たまたま同級生と待ち

合わせたパルコの中の世界堂の前で、いくら待っても友人がこないので退屈しのぎに

入った『ぽえむぱろうる』の中でだったし、それからドイツ語の授業の後、いつもは寄ら

ない学校近くの芳林堂書店に何気なく入ると、なぜか滅多に出ないはずの北村太郎

の詩集が出版された日だったりして、不思議といつも呼ばれている感があった。

いつも、百発百中。

そういう風だから、たとえそのときお財布の中身が乏しくても買わずに帰ることなんて

できない。帰りの電車賃だけ残して詩集を大事に抱えて帰ってくることもあった。そう

いう自分をまるで恋人からの手紙を待っているようだと思った。

実際、なかなか出ない北村太郎の詩集を待っているのは、なかなかこない遠くに住ん

でいる恋人からの手紙を待つのとほとんど同じようだったけれど、それは北村太郎に

とってもそうだったのだということを最近になって知った。44歳という、いささかいい歳

になってから第一詩集を出した北村太郎はそれまで寡黙な作家と言われていたのに

ある時期を境に詩集が出版される間隔が短くなった。それはまるで寡黙な作家が急

に多作家になったようだった。その原因が何によるものなのか、漠然とながら詩の行

間から読んでいたつもりだったけれど、晩年の詩集はどうやらそのまま若い恋人に宛

てて書かれた手紙(ラブレター)だったらしい。

なるほど、それなら当時同じように若い受けとり手であった私がそんな風に北村太郎

の詩集を待っていたとしても、あながちおかしくないではないか。


その日は暑いなか、子供の頃の原風景とどこか似ているような古き佳き路地の間を

友人と歩きながら、「1年のうちで最も懐かしい季節は夏だね」と話した。少し前から

懐かしい季節の感触を感じていたのが、そこで一気に増幅されたようだった。

それがいけなかった。

帰りの電車のなか、途中で座れたので買ったばかりの本を取りだして読み始めたら

もう駄目だった。思わず友人には『Mちゃん、私、泣きそうです。どうしよう ・・・』とメー

ルした。それから1週間。

本を読む暇もなく過ぎていたのが仕事で横須賀に行くことになって本を持って出た。

横須賀へは駅から駅で2時間近く、ドア・ツー・ドアならそれ以上かかるちょっとしたシ

ョート・トリップ。さいわい、品川で待っているところに来た電車は2人がけのボックス

席の車両で、ますます旅気分。もともと1ページの文字数も少なくて薄い本だから、

行きの電車の中で読むことができた。


これは、たまたま縁あって詩人の恋人だった大家の家の2階に、階段ひとつ隔てて

北村太郎と暮らすことになった校正者である著者の回想録、というかエッセイ集。

言葉少なに、また飾らない言葉でポツポツと語られる詩人の日常と人となりは、私が

長くその詩から感じていたとおりの詩人の姿で、違和感なく心に沁みた。まるで長い

こと会っていなかった友人と懐かしい町で会って、これまでのことを聞かされたような

そんな自然さだった。必要以上に詩人の私生活をあからさまにしない著者の心遣い

というか、考えにも共感を持った。著者はあくまで自分が見た、自分が知っているだけ

の北村太郎について書いていた。

北村太郎にまつわる著書といえば、これまで何か書こうと思ってそのままになってい

る『荒地の恋』(北村太郎を敬愛する若い詩人のひとりであったねじめ正一による詩

人の実話小説)があるけれど、これはそれとは真反対の本だと言える。個人的には

私はあの本は駄目だった。どう駄目だったって、あれにはあったことがそのまま書か

れているという以上に、書き手の野心というか、物書きの業みたいなものを感じずに

はいられなかった。もちろん、ねじめ正一にはそれだけのことが書ける北村太郎との

親密な関係があったのだろうし、対象である詩人や、そのまわりの人間たちに対して

愛があって書き残しておきたかった、スポットを当てたかったのかもしれないけれど、

私は読んでいて気持ちのよい小説ではなかった。ご丁寧にも北村太郎の詩のタイト

ルがそのまま時系列で章立てになっているという巧みな構成で、それもまるで詩が生

まれた背後にあるものの種明かしをされているようですごく嫌だった。いったい詩人と

して、自分が死んだ後に書いたものの種明かしなどされたいものだろうか? (否!)

ああいいうものを書くわけはないだろうけど、仮に同じ北村太郎を敬愛する詩人のひ

とりである正津勉だったらどう書いただろう? と思う。きっともっと難解で、ふつうの

(ふだん詩を読まない)人には何がなんだかわからない浮世離れしたものにはなった

かもしれないけれど、もっと詩的美しさに満ちた小説になったのではないか、などと思

うのだ。あの小説を読んでいて何が嫌だったといって、それはなんだか北村太郎がハ

ードボイルド的かっこよさをまとった男性像、というか、B級メロドラマの主人公のよう

な類型的な人間に見えてきてしまうところで、それは長いこと北村太郎の詩を読んで

きた者としては非常に違和感を感じるところだった。つぶさに事実を書いているのに

違いないとしても、ここまであからさまに何もかも書かれてしまうことで、今までとって

も大事にしてきたものをつまらなくされてしまうのも、また今まで北村太郎のことなど何

も知らなかった読者にまで安直に何かを知った気にさせてしまうのもすごく嫌だった。

あの小説からは、つぶさに何もかも書いてしまうことのつまらなさを感じた。


この『珈琲とエクレアと詩人』の文体はどこまでも自然で、淡く優しい。

自分が身近に見た詩人に対する思慕と懐かしさに満ちている。

そして、それは何より2人の言葉少なな会話の間にも表われている。

ここに描かれている北村太郎は、いつも擦り切れたジーンズにポケットのついたペラ

ペラの薄いベストを着て、にこにこしながら言葉少なに優しく語りかける、少年の風情

を残す初老の詩人だ。ほとんど家具も持たないたった一間の安アパートで、苦でしか

なかった翻訳の仕事を日々のなりわいとし、いつも一切合財袋を肩から重そうにさげ

て歩く、質素きわまりない暮らしをする隣人。いかにもデリケートそうなこの書き手をし

て、今にも割れてしまいそうなガラス細工のようだったと言わしめる人。

父親のような鷹揚な優しさの陰に少年のような壊れやすい危うさと我儘な面を持って

いて、それこそが老若男女問わず人を惹きつける鍵になっていたのかもしれない。

そして、そんな風に北村太郎の波乱の晩年を優しく見守った著者にとっても、その12

年は平穏なものではなかったようだ。

このエッセイのなかにこんなシーンがある。

 「北村さん、わたし北村さんを見ていると、自分がとても不安になるんです」

 「どうして」

 「わたしの相棒だって、いつか北村さんみたいに、突然いなくなってしまうん

   じゃないかと、とても不安になります」

 「うん、考えているんだ。最低限のつぐないをしないといけないとね。いつも

   考えているんだよ」

人生というのは酷なもので、詩人とそんな会話をしてからどれほどの時が経ってのこ

となのか、それこそ病めるときも貧しきときも忍耐強くその相棒と苦労を共にしていた

ような著者なのに、その相棒とは別れてしまうことになったらしい。そして今では少し、

こころが不安定な状態にあるようだ。

この本の最後のほうで著者は「北村さんを思うと今でも、胸がいっぱいになるのはな

ぜだろうか」と書いている。詩人とは現実では一面識もないものの、それは私とて同

じことだ。この本を読みながら胸がいっぱいになった。そして自身の人生とも重なる

ところでは、うっかり電車のなかで涙を落としそうになった。さいわい、隣りのビジネス

マン風の男の人はずっと眠っていたからよかったけれど。

本屋のなかを歩いているときに友人と原発の話になって、彼女は不安定なものがい

かに危ないかを私に説いた。いわく、核も、人も、だそうだ。実に ・・・・・・。

昔から考えてきた、人の儚さとか生きているかなしみに思いを馳せつつも、こころにや

わらかな優しさの余韻が残る本。大事な本がまたひとつ増えた。

 『珈琲とエクレアと詩人』 橋口 幸子 著   港の人 発行

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2010年12月21日 (火)

『星の王子さま』のキツネ

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子どもの頃から私は感覚的な人間で、人から見ると私の言うことはとても突拍子もな

いらしくて、それを時たま初対面の人にも言ってしまったりして、友人からはときどき

呆れられたり、たしなめられたりする。

先日の忘年会で、向かい斜め左に座っていた女の子は他のどの女性とも雰囲気が

違っていた。およそ女っていうものは現実的な生きもので、ある程度の歳になるとみ

んなそういう現実感を漂わせているものだと思うけど、彼女にはそういった現実感は

まるで希薄だった。

どこか中性的な人だな、と思ってから、自分が若い頃さんざん中性的だと言われたこ

とを思い出して、ああ、中性的ってこういうことだったんだ ・・・ とあらためて知ったの

だった。それで、何かに似ているなぁ、と思いながら彼女を眺めていて、あ、星の王子

さまだ、と思った。ヘアスタイルとか巻いているストールの印象もあったかもしれない。

そして、そう口に出しながら彼女を見ていると、星の王子さまそのものではなくて『星

の王子さま』に出てくるキツネにそっくりなのだった。単純に、頭にその絵がはっきり

浮かんだのだ。なんでかは自分でもわからない。そう口にするまで『星の王子さま』の

ことなんか、これっぱかしも考えていなかったのだから。

家に帰ってから自分の言ったことを検証しようと思って、今は息子の部屋にある本棚

からそれを取ってもらおうとすると、息子は少し探してから「ないよ」と言った。そんな

わけないと思って自分でも見たけれどやっぱりなかった。私はときどき自分の気に入

った人に自分が大事にしている本を気前よくあげてしまうことがあるのだけれど、どう

やら『星の王子さま』も誰かにあげてしまったらしい。いまとなっちゃ信じられないんだ

けれど。ケースに入ったあんなきれいな本を人にあげてしまうなんて・・・

人というのは無いとなったらよけいに気になるもので、これは早々に調達しなきゃなと

思っていたのを、今日仕事で出たついでに書店で探してきた。あいにく、私が持ってた

のと同じケース入りの単行本はなかったけれど、とりあえずカラーの絵が見られれば

と思って小さいのを買ってきた。翻訳は内藤濯から池澤夏樹に変わっている。

それをさっき開いて見たのだ。

キツネの絵は、私の頭に浮かんだのとほとんど同じだった。

そして、それはやっぱり彼女に似ていた。

そしてさらにキツネが出てくる行を読んでみたのだけれど、これがまったくもって泣ける

話なんだよなあ ・・・! 

この『星の王子さま』は私にとっては本当に特別な特別な本で、子どもの頃から今ま

で幾度となく読み返してきたけれど、ある理由があって長いこと開かないようにしてき

たのだった。そのせいで細部の記憶は薄れていたのだけれど、キツネがこんなにセ

ンチメンタルなヤツだったとは ・・・

件の彼女はジュエリー作家で、見た目の年齢不詳なアンドロジナスな雰囲気とくらべ

ると、その作品はずっと大人っぽい。完成度の高いジュエリーを作る人だ。

アクセサリー、というより、ジュエリー。

「なぜ自分にとってジュエリーだったのかと考えると」と、会話の中で彼女は言った。

「父が船乗りだったんです。それで、長い航海から帰ってくるとき父は必ず私たちにお

土産を買ってきてくれるんですけど、それが母にはジュエリーだった。父は私が小さい

ときに亡くなってしまったんですが、父が亡くなった後も母はときどきそのジュエリーを

取り出しては眺めていて、それが子どもの私から見てもすごくしあわせそうで ・・・」

それで、気がついたらジュエリー・デザイナーを目指していた、と私が言うと、彼女は

「そうなんです」と言った。

それで私は、それってすごく素敵なお話ね。私にはそのお話のほうがジュエリーより

もずっと素敵な宝物に見えるわ、と言ったのだった。

そして、私はジュエリーなんてすごいものは持ってないけど、唯一持っているとしたら

これくらいかな、と言って、そのとき左手の小指にしていたピンキー・リングをはずして

彼女に見せた。それは2000年のミレニアム・イヤーにあることをコミットメントして買

った指輪だった。すると彼女はその指輪を取って見てから、「クリーニングって知って

ますか?」と私に聞いた。私はてっきりプラチナの部分に傷がいっぱい入っているか

らだろうと思ったのだけれどそうではなくて、石の入ったジュエリーは身につけている

うちにいつの間にか肉眼では見えない汚れがついて、本来の輝きが失われてしまう

のだと言う。そして、地金は磨いたら削れて減ってしまうけれど、そうではないクリーニ

ングの仕方があるのだそうだ。彼女は指輪を手に持ったまま、「この指輪を見ていた

ら私のクリーニングしたい気持ちがムクムク湧いてきたので、これクリーニングさせて

もらってもいいですか?」とキラキラした目で言った。その唐突さに私はちょっと面喰い

ながらも「じゃあ、お願いします」と彼女にその指輪を預けてきたのだ。

彼女は「クリーニングして必ず今年中にお返しします」と言った。

忘年会がお開きになって、彼女と一緒に駅まで歩いてホームで別々の方向の電車に

乗ったあと、私は軽くなった左手に気づいて少しぼんやりしてしまった。

折しも今は暮れで、気持ち的には新しい年を前に何もかもクリーニングしたいところだ

ったし、彼女の手によって石が本来の輝きを取り戻すことで、私のすでにすっかり薄れ

てしまったコミットメント(あるいは情熱と言ってもいいけれど)が輝きを取り戻すような

気がした。そして、それはすごいタイミングに思えた。

その日も、初めて会う人に自分が何をやりたかったか何をやりたいか話したりして、私

にしてはなんだかおかしいなと薄々感じてはいたけれど、さっきだ。

全ての意味に気づいてしまったのは。

さっきこの本を開いたとき。

本を開いてキツネのところを少し読んだだけで、私はこの本が自分にとってどれだけ

大事だったのかを思い出したのだった。

先日、引っ越したばかりの友人に会ったら、いまから大地震が起こるとして、ほんとに

命がけで持っていたい大事なものがこの家の中にどれだけあるのかって思ったわ、と

言っていたけれど、まさしくそれ!

私はやっぱり指輪なんかよりお話の方が大事だ、と思ったのだ。

私が、お話???

ある時期から物語に対する希求がまったく無くなってしまったと久しく思っていた私

が? ふぅ、そうか ・・・


それで、いささか遅くなった夕飯の買い物をしに雨の中を歩きながら思ったのは、

私は自分の言葉を取り戻そう

自分の中に眠ってるお話を掘り起こそう

それを1年かけてやろう

だった。

これじゃあ、まるで誰かさんへのアンサーみたいだけれど ・・・


ちなみに今日、『星の王子さま』を買うためにリブロの児童書・絵本のコーナーに行っ

て、酒井駒子の絵本が気に入って2冊買った。それから別の新刊書の棚に谷川俊太

郎の新しい本を見つけて、サイン本だったので思わずそれも買ってしまった。すごく分

厚い重い本で、本4冊を二重にした西武の紙袋に入れてもらって持って歩きながら、

こんな本の重みを感じるのも久しぶりだと思った。最近じゃ、本ももっぱらAmazonでし

か買わなくなっていたから。そして、書いた人の苦労を考えたら、本の重みを感じるく

らい、当然していいことだと思った。

今日買った『星の王子さま』は、指輪がクリーニングされて返ってきたら、あのキツネ

さんにプレゼントすることにしよう。

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