今日のお昼なに食べる?

娘による今日のまかないお昼

2020年11月21日 (土)

Will the day come when humans can coexist with the earth?

2011nyumen

昨日までよりちょっと気温は下がったみたいだけど、今日も朝から気持ちよく晴れて窓辺のひだまりがあったかい。
お日さまはほんとになんて偉大なんだろう! 
ただ青空に太陽が照っているだけでわたしはこんなにもしあわせだ。
そして今日も元気にプールに行けること。感謝しかない。
きらきら光る陽射しの下を自転車で走りながら「ありがとう!ありがとう!」といいながらプールに向かった。
ただ、解体されているブリヂストンの工場脇の樹木が根こそぎどんどん伐採されているのだけが腹立たしくて、かなしい。『ブリヂストンは市の緑化に貢献しています』みたいなことが書いてあったあの看板はいったいなんだったんだ。大企業のいうことなんてたいてい詭弁ばかりの大嘘つきだ。わたしがスイミングスクールに通っているこの20年ちかくのあいだ、真夏の太陽がじりじり照りつける日も北風が吹き荒れる日も突然ヒョウが降ってきた日も変わらずにいつもここに立って美しい緑を揺らしていた樹々は、いまは無残に切り倒されて根こそぎブルトーザーで無きものにされている。敷地のこんな端っこの樹木を切り倒して更地にしなきゃならないほど、敷地を有効活用せねばならないっていうのか。ここは鳥たちの居場所でもあったのに。人間はほんとにバカだ。大木となった樹は人間なんかよりよっぽど『知っている』存在なのに。ここにわずかでも林があったから車がバンバン通る排気ガスだらけの府中街道脇でも自然を感じながら走ることができたんだ。
もう20年ちかくつづけてるスイミングだから、それがない生活なんて考えられないけれど(そしてそのことにはブリヂストンにほんとに感謝しているけれど)、切られた樹木から立ちのぼる、つよい生命の証みたいな香気を感じたら心底かなしくなっていやになったから、もうプールはやめようかなぁ、なんて思いながら帰った。

そしてプールから帰って、出てきた今日のまかないお昼は中華風にゅうめん!
ウェイパーの入った鶏がらスープに、豆板醤が効いてピリ辛の鶏そぼろと青梗菜が絶妙のうまさ。
娘はこの1年あまりで料理がほんとにうまくなった。
毎日つづけること、継続は力なりって、ほんとに思う。
感謝。

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2020年1月 3日 (金)

そば粉のガレット

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家を出て行ってから滅多に一緒に食事をすることがなくなった息子は、ゆえにたまに来るとお客様待遇である。
最初は2日に帰る、といってたのに、昨日の夕方みんなで映画を観たあと夕飯を食べたら、面倒くさくなったんだろう、「今日はもう帰らない」というから(どうせ自分の部屋に帰ってもろくな食生活してないんだろうし)、「明日のお昼食べてから帰ったら?」といえば、コイツがまた「それはわからない」とかいうんだよね。
それで、(娘の作る)「ガレットなら食べたい」とかいうもんだから、娘は朝からそば粉を求めてスーパーをはしごしたみたいだ。
朝からよく歩いた、といって帰ってきた。

そんなわけで、今日の遅いお昼は『そば粉のガレット』。
そば粉以外は年末からの余り物(水菜とマッシュルームとシュレッドチーズ)でできている。(ところがすばらしい!)
昨日の夕飯はひと口ヒレカツだったから、今日はこんな野菜だけのガレットでちょうどいい。
それを食べて、銀行に行く用事と夕飯の買い物がてら、帰る息子を駅まで送った。
今日もお正月らしい、穏やかないいお天気で、夕方の空のひかりが妙にきれいで実存的で、であると同時に多次元的で、まだまだいろんな意味で心もとない息子を駅の改札で見送ったらちょっとさみしい気持ちにもなったけど、宮崎駿さんのいうとおり、人間なんて誰かがいなくてちょっとさびしい、と思えるくらいでちょうどいいのかもしれない。いまの日本のじり貧の状況、暴力的で不吉な世の中、来るべくカタストロフの予感、、、個々が抱える問題に思い及ぶとキリがないけど、同時にそのすぐ横にはひかりも存在しているのだから。

それにしても昨日観た映画にはびっくりしたな。
息子の本棚に10年以上も眠っていたという、『ペイフォワード』。
はじまってすぐに娘が「シンクロだ!」といった。
ちょうど毎年恒例の石井ゆかりの筋トレ年報を読んだばかりだったから。
(水瓶座で『ペイフォワード』を観たことある人は時間があったら石井ゆかりさんの『2020年の空模様』を読んでみてください。うわあ、今年はそういう年なのか!って思うから。)
映画の中でのシンクロはほかにもあって、暮れに『コーヒーがナチスのホロコーストに一役買った』という動画を見て無類の珈琲好きとしては心底気持ちが落ちたのが、この映画ではコーヒーが人助けに使われていて、暮れのマイナスがふわっとプラスに転じた。それだけでもいま見る必要があったのだろう。たぶん、、、導かれて。この世の全ては毒にも薬にもなる。
できることなら後者として今生を終わりたい。

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