おうちごはんがいいよね!

2019年1月 6日 (日)

今年最初の山羊座の新月

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お正月はずっと天気がよかったけれど、今日はひさしぶりに雲って窓の外はモノトーン。今日は一気に気温が下がった。息子はいまから月曜日の憂鬱をうたってる。休日って、いつもあっというまに終ってしまう。でもスイミングクラブに行って泳いだ後にジャグジーで定年退職したおじさんたちと話していると、仕事のなくなった彼らはまだ働ける人間を心底羨み、毎日プールに泳ぎに来てるおばさま方は口をそろえて「家にいてもやることがなくて暇だからよ!」とおっしゃる。毎日が日曜日って若いうちは憧れるけど、実際そうなったら意外と退屈なのかもしれない。そう、健康で働けることは素晴らしい。そう思ってまた明日からがんばらなきゃね。
今日の朝ごはん。
昨日夜な夜な作ったメキシカンチリビーンズを、国立の紀伊国屋で買ってきたピタパンにはさんで。ピタサンド。でもこれ、自分が思ったピタパンじゃなかった。わたしが好きなのは昔ヘルスマジックで食べたあれ。それから長谷川さんのりんご。いまになっても蜜が入ってる。それもあと1個で終わり。
そして今日は山羊座の新月。
日食と重なってかなり特別でパワフルなスタートの気を持つ新月らしい。
午後、今日のためにとっておいた天使のペンで天使のノートに新月の願いごとを書いた。なんていうか、いささか乙女チックな気もするけれど。
それからふいに思い立って、数駅先に住むずいぶん会ってない友人の家にはじめて行って、ドアノブに小さな花束をかけてきた。いい匂いのするばらと迷って、もう店先にアネモネがあるのをみつけて、アネモネにした。アネモネを見るといつも、お土産を何も買ってこなかったからここで何か買おうと思うけど何がいい? と訊いたら、だったら早苗さん、アネモネ買って、と言ったYちゃんのことを思いだす。我ながらいつまでもそんな小さなことをよく憶えてるものだと思うけれど。アネモネは、春を告げる花だそうだ。
もう夕方で北風がつよく、わたしは空腹で、春とは程遠い、雪の降りそうな寒さの日だった。

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2019年1月 5日 (土)

まいにち野菜生活

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今朝は目が覚めたらもう8時半で、9時半に起きてきた息子は11時に整体に行くのにもう時間がない! といってバタバタと支度をして出かけて行った。
それで今朝は娘とふたりの朝ごはん。
野菜を50度洗いして冷水にひたし、大きな赤カブは薄切りにして塩もみして、なんて丁寧にやってるとサラダひとつ作るにもけっこう時間がかかる。
暮れのスイミングクラブで年上の主婦たちが、スーパーマーケットで売られている袋をあけたらそのまま食べられるカット野菜のことを話していて、前はそんなもの食べてもちっとも栄養にならないと思っていたけど、いまのカット野菜は主婦が家で野菜を洗って作るよりずっと衛生的で、かつビタミン・ミネラルも失われてないんだって、このあいだテレビでやってるの見てはじめて知った、というので、わたしも、へーえ、そうなんだ、と思った。
それでお正月のスーパーマーケットに行ったらいろんな種類、サイズのミックスカット野菜がたくさん売ってて、見る間に売れてゆく。思えばいまは超高齢社会のうえに独身者が多くて、こんなカット野菜が便利でいいんだろうなあ、と思った。季節や悪天候によっては信じられないほど野菜が高騰しておいそれと買えないこともあるし、わたしもあんまりカタイこといってないでたまにはこういうのを採択しよう、と思った。それでさっそく息子に、1人暮らしになったらスーパーで買ってきたカット野菜でもいいからできるだけ野菜を食べなさい、なんていっている。
おとといだったかな。
例によって息子と話していて、「これまで自分の奥に隠れていたポテンシャルが引き出されて、いままで出なかった声を出さずにいられなくなる。身体を動かさずにいられなくなる。それが整体だ」と、息子が(息子にとっての)整体を定義するのを聞いて、そりゃいいな、と思った。そういうことがわからない人(あるいは健康体で整体なんか必要ない人、、、そんな人がほんとにいるのかわからないけど)にとってはただ高いだけかもしれないけれど、ひとたびそれを自分の感覚で体感、実感した人にとってはお金にかえられない施術、ある種瞑想にちかい自分メンテナンス時間だと思う。身体に刺激を入れるのは、そのまま人間の潜在意識、身体の奥に滞った感情に刺激を与えるのとイコールだから。
今日は陽射しがとってもあたたかい。
最高気温が15度にもなるらしい。
絶好の洗濯日和。
このまま春になっちゃえばいいのに、と思うけど、厳寒の季節はまだこれから。

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2018年11月20日 (火)

スープとパンの朝

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そのパン屋さんはかつてはホテルにパンを卸すほどおいしいパン屋さんで、夕方行くとなんにもなくなるくらい店はいつも繁盛してた。それがいつしかだんだん売れなくなって、店で働く店員の質が落ち、店から清潔感が薄れ、パンの味にもキレがなくなってきて、いつしかわたしはそこからネガティブなオーラみたいなものを感じるようになって、ついに行かなくなってしまった。そこの店主は料理がとてもうまくてアイディアマンの働き者だったけれど、もうすっかり疲れきってしまってるんじゃないかと思った。このままだと病気になっちゃいそうな気がする、と家族と話していたのだ。だから今年の春、店の窓に「体調を崩してしまい、しばらく店を休ませていただきます」の張り紙を見たとき、ああ、やっぱり、と思った。そして、それからずっとシャッターが閉まったまま、だんだん店の外観が薄汚れてゆくのを見ながら、きっとよっぽど重篤な病気で、もう復帰は無理でこのまま閉店するんだろうな、と思った。
それがつい先日、店の前を通ったらあたらしい張り紙があって、店を再開するからパートタイムを募集しているという。ああ、よかった。店主はやっと元気になったんだと思った。
開店は15日だったらしい。
その日の夜になってから知った。
それで娘が16日の午後に行ったら、店にはパンはまだ少ししかなかったという。
昨日わたしが行ったときも店内の広い棚はほとんどガラガラで、見慣れた数種類のパンがやっとこさ並んでいるという感じだった。それを見てあらためて、この店いっぱいに毎日パンを作るのがどれだけ大変だったか、どれほど店主が無理をしていたかが手に取るようにわかった。このパン屋さんはパンそのものもおいしいけれど、何より店主のつくる牛筋カレーやチキンやカモのローストといった料理が絶品で、それらが野菜とともにたっぷり入ったお惣菜パンがボリューミーで人気だった。サンドイッチの種類だけでもずいぶんたくさんあったと思うけれど、それを見るたび、これだけのお惣菜を店主ひとりでどうやって作ってるんだろう、いったい厨房はどういうことになってるんだろう、と思ったものだ。
最近、週1でカフェとかパン屋さんとか花屋とかお菓子屋さんをやるのが流行ってるけど、定休日以外、雨の日も風の日も毎日仕込みをして店を開けて経営をやりつづけていくって、ほんとうに大変なこと!
昨日、レジにいるときチラリと見かけた店主はまだ「すっかり元気!」というようには見えなかったけど、ここから先は無理をせず、できるかぎり長く店をつづけてほしいと思う。
昨日は揚げたてカレーパンとチョコクロワッサンを買ったのだけど、カレーパンの中はおいしい牛筋カレーがたっぷりで、これで160円は安すぎるんじゃないか? と思った。
パリッと焼けたクロワッサンにはパン屋のスピリットを感じた。
サービス品だからミニだけど、わたしは板チョコのはさまった普通サイズのチョコクロワッサンが食べたい。
・・・・・・ というわけで今朝はそのミニ・チョコクロワッサンと、ポサダ・デル・ソルのを真似てパスタのスープ。自分で作るとやっぱり具だくさんになってしまう。これはミネストローネみたいにベーコンは入れなくても、たっぷりのセロリとパプリカ、にんじんと玉ねぎをしっかり香りのたったニンニクとオリーブオイルで炒めることでコクがでる。ニンニクを炒めるときに輪切りの鷹の爪を入れ、仕上げにチリを入れたことでピリ辛になってそれがメキシカン風。でも、ポサダ・デル・ソルのはたぶん、オーダーが入ってからショートパスタを入れるんだと思う。パスタがアルデンテだったから。
11月になっても初冬というより晩秋の感じだったのがいよいよ冬っぽい気温になってきて、これからの朝はスープとパンの日が多くなりそう。

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2018年11月16日 (金)

ママのチキンスープならぬ、ミネストローネ。

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子供がちいさかった頃は、泣くのは子供が寝静まった後のキッチンで洗いものをしてるときかバスルームの中と決まってた。バスルームで泣くのはすごく効率的だ。すぐシャワーで洗い流せるから。
泣いたあとは少しすっきりして布団の中にもぐる。
毎日わずかな睡眠時間でへとへとに疲れていたから、たいていは枕に頭がつくなりすぐに眠りについた。そして翌朝は何事もなかったような顔で食事を作り、お弁当を用意し、職場では一日ニコニコ働いて夜には人と口もききたくないくらい疲れて満員電車で立ったまま居眠りしながら帰り、駅前のスーパーマーケットでバタバタと買いものをして帰れば息つく暇もなく夕飯の準備をする。
その繰り返し。
人生において(特に女の人生において)、しなくてもいい苦労はしないほうがいいと思う。
でも、人生最悪の時を経験してるとある種の強みにはなるかもしれない、と思う。
あんなに大変な時を乗り越えられたんだから、こんどもきっとだいじょうぶ、っていうような・・・・・・。
あれから十数年が経ってもう滅多に泣くこともなくなったけど、いまも綱渡り生活であることに大した変りはない。ただ時々、日なたの猫みたいにぼんやりして危機感が薄れてしまうだけで。
11月に入ってはっきり何かが変わったのがわかったけれど、昨日、腹をくくったらブレイクスルーした。星占い的にいうと、昨日今日あたりも重要な節目だったらしい。そして、ブレイクスルーしたらここのところずっと重苦しかったものがすっと解けた。自分が何に執着していたのかわかった。執着を手放すこと。
けっきょく、何にどう執着したところで変わないものなんて何ひとつないんだから。どんな人生だって急転直下、どうなるかわからない。そして、そうなったらなったで、また自分にできることを探せばいいだけのこと。なんたって、あんな人生最悪の時を乗り越えてきた自分なんだから、、、、、、
それで、昔を思い出して昨日深夜のキッチンで夜な夜な作った(フラニーとズーイーの)ママのチキンスープならぬ、ミネストローネ。
人間は、喉もと過ぎればすぐに熱さを忘れてしまう生きものだけど、ときどきその熱さを思いだすためにしなきゃならないことがあるんだ、たぶん。

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2018年8月31日 (金)

8月が終わる

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このあいだひさしぶりに実家の駅前近くの『和かふぇつゆくさ』で、『つゆくさごはん』を食べた。
つゆくさのごはんは、ハレとケでいうと、ケのごはん。
とくべつなごちそうではないけど、からだにいい、ちゃんとしたごはん。
うちの息子が外ではお金を払って食べないごはん。
どれも自分で作れそうなものばかりだけど、かといって毎日これはやれないよな、とわたしなんかは思ってしまう。
それで、たまにそういうごはんを食べると、ああ、わたしももうちょっと日々のごはんをなんとかしなくちゃ、とか思ったりして。
今日のお昼は昨晩そうやって作った夕飯の残りもの。
いつもは食べきれる分しか作らない主義だけど、お惣菜をいくつか作ったらさすがに余った。お豆腐のハンバーグにかぼちゃの煮もの、ピリ辛たたきキュウリに玄米ごはん、なめことお豆腐のお味噌汁。昨日はこれにナスの和風マリネもあった。
今日はそのうえスイカも食べてしまう。

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今年は暑かったからスイカがおいしくて娘とたくさん食べた。
(息子はスイカを食べるとお腹を壊すって、1回しか食べなかった。)
今年はこんなに暑かったのに、1回もかき氷を食べなかった。
外は Cats & Dogs。
空は青空で晴れてるのに雷がドカンドカンうるさいくらい鳴ってて、横っぷりの激しい豪雨。さっき窓から外を見たら雨の滴で世界じゅうがきらきら光り輝いてて、8月の終わりとしては最高の演出だなって。
夏の驟雨は夏の驟雨でしかなくて、それは春の雨でも秋の雨でも冬の雨でもない。
わたしは夏の驟雨が大好きで、それは夏が苦手なあなたにはわからない。
7月もハードな月だったけど、8月もかなりヘヴィな月だった。
それも今日で終わり。
父はなんとか8月を乗り切った。

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2018年8月22日 (水)

ワカモレとタコス

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息子は土曜日から今日まで夏休みで、昨日のランチはほんとはタコスランチの予定だったのだけれど、昨日ああいうことになって作れなかったから今日作った。
写真は、はじめて作ったワカモレ。
このあいだ近所のメキシカン・レストランで食べたワカモレがおいしかったからネット検索して作ったのだけれど、レシピと作り方を披露しているメキシコ人シェフの包丁さばきが素晴らしく見事で、わたしもあんなふうに・・・・・・と思ったけれど、そこまではいかなかったかな。材料も作り方もいたってシンプルで、タマネギを超みじん切りにして、皮をむいて種をとったトマトを小さくダイスカットして、パクチーの葉と、青唐辛子も種をとってみじん切り。よく熟れたアボカドの真ん中にナイフを入れてねじるようにして割り、種をとったら果肉をスプーンですくってボウルに入れてマッシュし、ライムを絞って、そこにみじん切りした野菜と塩を入れてかき混ぜたらできあがり。
味付けはライムと塩だけというヘルシーさ。
レストランではそれが牛の形をした黒い石の器に入ってた。
さて、お味は? というと、近所のレストランのは日本人向けにアレンジされてたのかな。青唐辛子が効いて、わたしが作ったのほうがスパイシーくらい。
でも、そうそう、これ、という味。
タコスは最初の二皿だけセットして知樹さんのアートなお皿にのせて。
あとはそれぞれセルフで。

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最近わたしがお世話になってるゴッドハンズにしてミュージシャンのS氏によれば、メキシコってミュージシャンにとってはパラダイスみたいな国で、一度行ったら帰ってきたくなくなる国なのだそうな。それってミュージシャンなら誰でもなの? それとも日本人だけなの? あの映画の中から抜け出てきたみたいなメキシカン・レストランのオーナーとシェフは何ゆえそんな素敵な国を出てもう38年も日本(しかもこんなローカルな町)にいるの?
・・・・・・と、タコスを食べながらいろいろ謎が深まるランチタイムなのでした。
(こんどまたあのレストランに行ったらオーナーに聞いてみよう。あのシャイさと無口さだと、まともな答えは返ってこないかもしれないけれど・・・・・・。) 

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2018年8月15日 (水)

休日のひとりごはん

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お盆明け、風のつよい朝。
風に乗って死者たちの魂が帰ってゆくような。
そして夏休みの最終日。
夏休みといっても息子と休みが1日もかぶらなかったから、仕事をしなくていいだけで毎日ほとんどいつもどおりの生活だった。
今日、娘がアルバイトに行くとき玄関でわたしに「ちゃんと何か食べてね」といった。
まるで仕事に行くおかあさんが子どもにいうみたいに。
家で仕事してるとお昼を食べそびれることはしょっちゅうだから、わたしが何も食べないと思ったのだろうか。
今日も気づけば午後2時、それから冷やし中華を作った。
冷やし中華っていうのも最近外で食べないもののひとつだな、と思う。
自分で作るとけっこう手間がかかるから高いのはわかるんだけど、ふつうの中華料理屋さんのは高い割にたいした具も入ってなくてあんまりおいしくないから。
家で作るとお野菜も錦糸卵もたっぷりのせて、ごまだれのほかに有機すりごまもたくさんかけて。しみじみおいしい。つめたい三年番茶と。
それから夕方、思い立って電話をした。
昨日、夕張メロンを食べて思いだしたひとに。
この夏、異常な暑さの上に豪雨もあったからずっと気にかかっていたし。
誰かに電話をするにも家にひとりでいるときのほうが気楽でいい。
しばらく呼び出し音が鳴って、ようやくでてきたひとは最初ちょっと元気のないような声をしていたけれど、わたしが名前をいうと弾けるような声に変わった。
それから小一時間ばかし長電話をした。
長電話するのなんて、いつぶりだろう。
『長電話』っていうこと自体、もうノスタルジーみたいな。
いつもわたしはこのひとの歳を忘れてしまうのだけど、母が生きてたらおなじ歳だったんだ、と思う。今年86歳になるというひとは、死にかけのわたしの父とちがって明晰で、明るく闊達で、若々しかった。実際はどれほど心細いことがあるだろうと思わずにはいられないけど、85歳の独り暮らしはつよい。
今日も気を遣うことなく話は弾み、今日も初めて聞く話をいろいろ聞けて純粋に楽しかった。きっと彼女も昔よりいまのほうがわたしの性格をわかってくれているんじゃないかという気がした。ある意味ではわたしはあのころとぜんぜん変わってない。でも、別の意味ではまったく変わった、ということもできる。つまり、ひとりで生きてきた母として。あのころよりずっとたくましくなった。おなじ女性として、彼女もそれを認めてくれているんだろう、きっと。
赤の他人同士がわかりあうにはそれだけ時間が必要だということ。
いや、血のつながったもの同士だってわかりあうには時間がかかる。
いったい、わたしはどれだけ母のこと父のことをわかっていただろう。
電話は切れそうでなかなか切れず、彼女は「かけてもらった電話なのにごめんね」と何度も何度もいい、そんなところも昔とおなじだった。
今日、電話してよかった。
遠くにあって、切れそうで切れない一本の細い糸。
儚くも懐かしい、人とのつながり。
電話を切ってからブタの貯金箱に500円玉をひとつ入れた。
彼女の健康としあわせを願って。

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2018年8月 1日 (水)

やっと復活

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昨夜はやっとちゃんと眠ることができた。
今朝は自然と6時前に目が覚めて、ひさしぶりにベランダで植物の手入れをした。
人に何から何までやってもらう経験も貴重だったけど、でも朝起きたらふつうに身体が動くって、なんてありがたいんだろう。
それで1週間ぶりに自分で作ったサラダ。
トマトと蒸し豆とキュウリとスルフォラファン(ブロッコリーのスプラウト)。
それに、はちみつバタートーストとハーブティー。
なんてことないけど、心底ほっとする朝。
目指すは鎮痛剤なしの熟睡。

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2018年7月 1日 (日)

夏の食卓

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7月だ。
外は熱風。
肩でも痛くなければわたしは屋外プールで泳ぎたい気分だ。
夏空を映して青く澄んだつめたい水の感触とか、
まだ日に焼けてない少女の鮮烈な白い肌とか、
昨日のことみたいに思いだしてる。
雨が降らないまま朽ちていく紫陽花。
陽に透けて輝く向日葵の黄色い花弁。
夏は滅びの前に命を燃焼する季節。
でも今年は真夏になるのがあまりに早すぎた。
まだ衣替えだって終わってないというのに。
息子とふたり、日曜の遅いお昼は棒棒鶏と冷麦。
子どもの頃、冷麦が盛られた自分のガラスの器の中に、ピンクや緑の麺をみつけるとうれしかったなあ・・・・・・
こんなところにも日本人の真夏に涼を求める美学が生きてる。

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2018年6月27日 (水)

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ものすごく集中して仕事の文章書いてて、気づいたら今日も2時になってて、あわてて家にあるものでサツマイモとニンジンのきんぴらとお豆腐とネギのお味噌汁つくって、娘に買ってきてもらったおにぎりで遅いお昼。
このあいだひっさしぶりに高校時代の友達と電話で話してて、「コンピュータ漬けのせいで肩が痛くてたまらない」といったら説教された。30分仕事したら10分休むとかしなきゃダメだよ、って、まるで教科書に書いてあるみたいなことをいう。そんなこといわれるまでもなく知ってるけど、そうできないからこうなるんじゃないか、といったら、さらに食い下がって、でもそうしなきゃダメだよ!って、やれやれ、人がどれだけ言ったって「そんなの無理」の一言で長年、酒も煙草もやめられなかった癖に、身体壊して急に健康に目覚めたからってこれだ。本気で集中してたらそんな悠長なことやってられるか。途中でやめたらそこでエネルギーが途切れちゃうんだよ。文章書くんだって絵を描くんだってそういうことだよ。そこいらへんのことまったくわかってないよ、 I は。
なーんてことを明るく娘にかっ飛ばしながらテーブルについた。
食卓に真っ赤なさくらんぼが載ってるのだけが六月の、いまの季節的。
娘が買ってきたさくらんぼはこれまで食べたどのさくらんぼより熟してて甘かった。
まるで神の恩寵みたいな。

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