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2020年11月28日 (土)

冬の日のプール


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よく晴れてまぶしい光でいっぱいの朝。
でも北風がつよくて木枯らしが吹きすさんでいる。
ここから先は日に日に冬が深まっていくばかりだろう。
今日はプールに行くのがちょっとこわかった。
府中街道沿いのあの樹林が、すっかり更地になってしまっているんじゃないかって。
でも、だいぶスカスカになったものの、まだぜんぶはなくなってなかった。
すこしは残されるのか、それとも単に細くて切り倒しやすい樹を先に切ってしまって、大木は後回しにされているだけなのか。わからない。スカスカになってしまった樹林の中からは今日も鳥たちの賑やかな囀り声が聞こえてきて、鳥はいつだって元気。
ここの樹がこんなに無残に切られてしまうことを思ったら、家の近所のテニスコートの跡地はまだよかった。『都内唯一の公園の中のマンション』という触れ込みのおかげか、すべてではないにしろ、主要な大きな樹は切られることなく、いまもその姿を残しているから。
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コロナのおかげでプールは11月になっても喚起のためにあちこち窓は開いてるわジャグジーは相変わらず再開しないわで、プールに入ってるあいだも出てからも寒くて、人とのコミュニケーションはほぼ抹殺された感じでちっとも楽しくないし、このぶんだと12月に様子を見て1月2月は休会するようだな、と思う。それでそのままやめることになるかもしれない。そんなに寒い思いしてプールで泳ぐことが身体にいいとも思えないし、楽しくなければお金払ってつづける意味もない。20年つづいた習慣だけど、逆に20年って、やめるにはいい節目かもしれない、とも思う。今日なんとなく、20年おなじ番号のロッカーを使っていたのを違う番号に変えてみた。つまんない、ちいさなことから大きなことまで、意識して変えていけば、いつかまったく違う景色のなかにいるかもしれない。
すべては意識と、意図することが大事なのだとしたら。

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2020年11月26日 (木)

真っ赤な贈りもの ♡

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朝いちばんに玄関のピンポンが鳴って、てっきりAmazon だろうと思ってたら娘が「〇〇さんからだよ」っていう。「えー、なんでー」といいながらうけとった。彼女からはついこのあいだももらったばかりだし、わたしは彼女に送ろうと思って買ったものをまだ送れてなかったものだから。彼女にかぎらず、わたしはあっちこっちに不義理をしている。

さっそく封をあけてみると、真っ赤なツリーのドイリーが出てきて、ああ、これかあ、前にいってた刺繍のドイリーって。ついにできあがったんだ、と思った。去年の4月までわたしの唯一の同僚だった彼女は大の趣味人で、あらたな習い事のお教室を見つけてはいつも何かつくっているのが好きな人。わたしとちがって根っからのお嬢さん気質なんだろうなあ、と思うけど、さぞかし目も手も疲れるだろうに、と思うようなことをせっせとやっている。そしてときどきこんなふうに、素敵なカードにこころのこもった手書きのメッセージととともに、習い事の成果をシェアしてくれる。わたしは自分の母が年中、手を動かして何かをつくっているひとだったからこういう感じはとても懐かしくもあり、あたたかな気持ちになる。彼女の日常にある豊かさをちょっと分けてもらったような。刺繍のドイリーはクリスマスの日にはテーブルに飾るとして、まずは壁に飾ってみたら、暗い部屋の中がぱっと明るくなった。
このドイリー、わたしがあげたイヴァン・リンスのCDを聴きながらつくったのだって。
イヴァン・リンスって(わたしにとっては)歌声も人柄も愛そのもののひとで、つまりは愛いっぱいのドイリーができあがったってわけだ。
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お菓子の包みはお菓子好きの小動物(娘)にあけてもらったら、「なんかお洒落な缶に入ってるよー」と。
わたしたち二人とも缶マニアです。
これはわたしがもらって写真入れにすることにした。
アンリ・シャルパンティエの、プティ・タ・プティ。
かわいくて、アートみたい。
彼女からいただくお菓子はいつも素敵なチョイスで、さすがお菓子の国の人。
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アンリなんてギフト以外買ったことないから、これからコーヒータイムにたのしんでいただきます。
クッキーを取りだすために添えられたエッフェル塔のピックもなんともお洒落!
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2020年11月25日 (水)

晴れの日の自分に周波数をあわせる

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気持ちよく晴れて陽射しがあたたかく、ひかりが特別に美しい、そんな穏やかな一日の終わりにはいつも、こんな日がしばらくつづいてくれないかな、と思う。(実際にそう口にする。)たいていはそんな日はそうそうつづかないのだけれど、ここ1週間くらいは奇跡的にそんな日がつづいて、それはほんとに神さまからのギフトみたいな日々だった。
でもそんな日はもう終わって、今日は昨日から降りはじめた雨がまだ降っていて部屋の中は暗く、一気に冬がきたみたいだ。
でも、そう思ってからはっと気づいた。
そうか。スピリチュアルではいまの自分がどうでも(つまりまだ何も望む状態になっていないとしても)、もうすでに自分が望んだ状態になっていると想像してその感情をリアルに味わうことで波動を高くすることができて、結果ほんとうにその状態になれる(タイムラインを移動できる)といわれているんだけど、自分の場合だったら晴れの日の自分の周波数に合わせればいいんだってね。
自然に囲まれた山の中の動物園で紅葉してゆく樹々を眺めたり、日だまりでのんびりうたた寝する動物たちを観察したり、青空を流れてゆく雲と自分のハートを同期させたりしながらすごした一日。なんにも持ってなくてもわたしたちは恐れも不安もなく、楽しく平和で豊かだった。ああいう気持ちに。そう思ったらちょっと揺れそうだったこころがゼロポイントにもどってきて、この冬はこれまでになくアクティブにすごそうと思った。寒かったらそのぶん、よけいに身体をぴきぴき動かせばいいんだ。
そして、東京なんかよりずっと寒くて冬の長い国から今年も真っ赤なお便りが届いた。
青森の長谷川農園さんのりんご!
宅配便のひとが持ってきた箱の外からもういい匂いがしてるのは土居珈琲さんの珈琲豆と長谷川さんのりんごくらい。Pineapple 、パインアップルっていうけどまさにパイナップルにも似た香りがして、蜜が入ってるところの味もそう。
さっそくお昼ごはんのあとむいて食べた。
娘はあんなに器用なのにりんごの皮を剥くのが苦手で、わたしはりんご剥き大会に出られそうなほどりんごを剥くのは得意です。
知樹さんの2017年のピンクのお皿にのせたりんご。
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今年も蜜いっぱい!
「今年も家族・親戚総出で収穫しました」ってプリントが入っていたけど、できることならわたしも青森まで収穫を手伝いに行きたいくらいです。
いつか行こう! 青森にも。
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2020年11月24日 (火)

酒粕みそパン

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江古田にVieill(ヴィエイユ)っていうパン・カフェ・ギャラリーがあって、そこのオオヤマさんが焼く『みそぱん』っていうのがおいしくて大好きなんだけど、いつか娘が味噌づくりをした後に残った板酒粕をパンの生地にいれて焼いたらとってもいい匂いのするおいしいパンができて、「これにお味噌つけたらあうんじゃない?」とリクエストして焼いてもらったパン。これでもう何回めかな。
昨日の夕方キッチンから「うまく焼けた!」って声がするから行ってみたら、きれいにクープの入った見るからにおいしそうなパンが網(魚焼きグリルの網!)に載ってた。酒粕と味噌の芳ばしい、いい匂い。
すぐにもばくばくっと食べたいのを我慢して今朝の朝食に。
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薄くスライスして食べてみると、いける!
とくに今回のお味噌はこのあいだ焼きなすの上にかけた自家製味噌にゴマとピーナツ粉をたっぷり入れて粗糖を混ぜて練ったものを使ったから、それほどしょっぱくもなく絶妙な味。もちろん、何もつけずにそのまま食べられる。これをうすーくスライスしてレタスと生ハムとチーズなんかをはさんでサンドイッチにしてもおいしそう。
このところずっと晴れて暖かい日がつづいて知樹さんの個展は終日お天気に恵まれてよかったけれど、昨日の午後あたりから急に北風がつよくなってきて、今日は一気に気温が下がって暗い朝。そうしたらもう朝からつめたい生野菜のサラダなんかぜんぜん食べる気しなくなって、今朝は昨日の夕飯に作った残りの大根と鶏のスープ。
これを作るときは、6センチくらいに切った大根をかつら剥きして放射状に6分割したのを面取りして米の研ぎ汁(なければ米を少量入れて)で透き通るくらいまで下茹でしてから、キツネ色になるまでこんがり焼いたチキンと缶詰のミックスビーンズ、にんにくのみじん切りをオリーブオイルで炒めたところに玉ねぎ・ピーマン・にんじんを入れて炒めたのにトマトのカット缶、コンソメキューブ、ブラックペッパー、ローレルの葉を入れて全体にとろっとするまで煮込んで、最後にヒマラヤソルトで味を締める。
お肉は鶏肉以外に牛肉でもポークでもあいます。
ふだん、朝は軽めだからこんなに食べるとお腹いっぱいです。
体温が上がってあったまりました。
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2020年11月22日 (日)

パン焼き職人がうちにいる

2011choconutsfruits_pan 昨日、もう夜になってから娘に「もしかして今日パン買い忘れた?」と訊かれて、はじめて自分がパンを買い忘れたことに気づいた。最近、わたしはこの手のことがほんとに多い。なにせ、あんまり頭を使わないように生きてるものですから。
それで「いまからつくる」といって昨晩、娘が焼いてくれたパン。
昔、フランスの片田舎に住んでる日本人の女の子のブログが好きでよく見ていて、その子が「今日とつぜん友達が訪ねてきて、今夜は泊まっていくから朝たべるパンを焼いた」なんて記事を読むと、誰かが突然やってきてすぐにパンが焼けるなんてすごいなあ、わたしもそんなふうになりたい、そんな暮らしがしてみたい、なんて思ったものだけど、すでにうちの娘はそうなってるってわけだ。すばらしい。
世の中においしくて高価なパンなんていくらでもあるだろうけど、わたしは娘の焼く、このくるみとクランベリーとハイカカオのチョコチップがざくざく入ったチョコパンが大好きで、何より薄くスライスしてそのまま食べられるのがいい。
バターはおいしくて大好きだけど、腸が汚れるだけだし、胃腸に負担だから。
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ちょっと前まで、真冬並みに気温が下がって寒かったときは、とっても朝からサラダを食べる気になれずに温かい野菜スープや温野菜ばかり食べていたけど、このところまた朝は野菜サラダをたっぷり。
そして今日も珈琲は死ぬほどおいしくて、このパンの珈琲にあうことといったら!
社会的に見たらわたしたちはなんにも持ってないように見えるかもしれないけれど、でもじつはすべて持っていて豊かでしあわせなんだ。
そんなことがひしひしと感じられる朝。
今日も外はよく晴れて陽射しが暖かい。
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2020年11月21日 (土)

Will the day come when humans can coexist with the earth?

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昨日までよりちょっと気温は下がったみたいだけど、今日も朝から気持ちよく晴れて窓辺のひだまりがあったかい。
お日さまはほんとになんて偉大なんだろう! 
ただ青空に太陽が照っているだけでわたしはこんなにもしあわせだ。
そして今日も元気にプールに行けること。感謝しかない。
きらきら光る陽射しの下を自転車で走りながら「ありがとう!ありがとう!」といいながらプールに向かった。
ただ、解体されているブリヂストンの工場脇の樹木が根こそぎどんどん伐採されているのだけが腹立たしくて、かなしい。『ブリヂストンは市の緑化に貢献しています』みたいなことが書いてあったあの看板はいったいなんだったんだ。大企業のいうことなんてたいてい詭弁ばかりの大嘘つきだ。わたしがスイミングスクールに通っているこの20年ちかくのあいだ、真夏の太陽がじりじり照りつける日も北風が吹き荒れる日も突然ヒョウが降ってきた日も変わらずにいつもここに立って美しい緑を揺らしていた樹々は、いまは無残に切り倒されて根こそぎブルトーザーで無きものにされている。敷地のこんな端っこの樹木を切り倒して更地にしなきゃならないほど、敷地を有効活用せねばならないっていうのか。ここは鳥たちの居場所でもあったのに。人間はほんとにバカだ。大木となった樹は人間なんかよりよっぽど『知っている』存在なのに。ここにわずかでも林があったから車がバンバン通る排気ガスだらけの府中街道脇でも自然を感じながら走ることができたんだ。
もう20年ちかくつづけてるスイミングだから、それがない生活なんて考えられないけれど(そしてそのことにはブリヂストンにほんとに感謝しているけれど)、切られた樹木から立ちのぼる、つよい生命の証みたいな香気を感じたら心底かなしくなっていやになったから、もうプールはやめようかなぁ、なんて思いながら帰った。

そしてプールから帰って、出てきた今日のまかないお昼は中華風にゅうめん!
ウェイパーの入った鶏がらスープに、豆板醤が効いてピリ辛の鶏そぼろと青梗菜が絶妙のうまさ。
娘はこの1年あまりで料理がほんとにうまくなった。
毎日つづけること、継続は力なりって、ほんとに思う。
感謝。

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2020年11月10日 (火)

まばゆい冬のひかりのなかで

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今日は西高東低の典型的な冬型の気圧。
陽射しのある日だまりは暖かいけれど大気はだいぶつめたい。
洗いものをする水もずいぶん冷たくなってきた。
どんどん日が短くなって、日が傾くのが早すぎて時々いま何時なのかわからなくなる。
家にいるとやることはいくらでもあってあっという間に1日が過ぎてしまう。
うちのガス栓はキッチンにしかなくて、したがってガスファンヒーターをつなげようと思うと、換気扇の掃除からはじめないとならない。今日はキッチンにあるものをぜんぶテーブルに避けて徹底的にキッチンの掃除をして、それから家中の窓を開け放ってトイレ掃除と部屋の掃除をしてガスファンヒーターを取り付け、あちこちでセージを焚いて喚起をして終わりにした。掃除したあとの部屋は気が変わってすごくすっきりした。
これでいつ寒くなってもだいじょうぶ。
明日11月11日は宇宙のポータルがひらく日だ。
ふと気がついて時間のあるときはいつでも忘れずに瞑想しよう。
写真はまばゆい冬のひかりのなかで咲く、ラ・パリジェンヌ。
ほんとに美しいひかり。美しいばら。

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2020年11月 9日 (月)

ホワイトセージ*

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わたしのベランダには育てるには難易度が高いといわれる植物がいくつかあって、ばらもそのうちに入るかもしれないけれど、最も難易度が高いと思われるのがセルリアとホワイトセージ。セルリアはまだまだ栽培方法が確立されていない植物だし、ホワイトセージはたぶん、高温多湿の日本の気候に合っていないから。でも、セルリアは一鉢枯らしただけで他の4鉢は一株を除いてずいぶん大きくなって毎年花を咲かせてくれるし、ホワイトセージは3株とも元気。生活の木ハーブガーデンでほんとに小さい苗を買ってきて最初の2年は毎夏枯れそうになってもうだめかと思ったけれど、涼しくなってくるころからだんだん持ち直して、いまはどれも茎が太くなって木質化している。ここに二鉢しかないのは、一株は葉っぱが伸び放題になってたのを夏に収穫したから。葉を刈ったついでに乾燥させてスマッジング用のドライセージをつくってみたのだけれど、焚いてみたらいつもの買ったセージみたいにいい匂いがしなかった。ただ煙いばかりで。でも難易度の高い植物が元気に育つってことは、わたしは緑の指をしてるんだろうか。

昨日の夜は一晩中、北風が吹き荒れた。
その前、夜遅くに電話がかかってきて、昨夜ようやく諸々話がついて、わたしはもといた会社の仕事から完全に手を引くことができた。退職から1年2ヶ月もかかって。やっと。
それで今日は仕事上のすべてのアカウントを削除したり、サイトのログイン設定を変えてもらう依頼をしたり・・・・・・。こんどはコンピュータの中の断捨離。わたしのいけないところはもう必要なくなった相手との大量のメールが詰まったメールフォルダを削除することくらいのことでも躊躇してしまうことで、微かなさみしさや痛みを感じてしまうこと。中には、それをとっておいて再び見たからってネガティブな気持ちにしかならないのに、って相手とのやりとりもあって、それをなかなか消せない自分の馬鹿さかげんに呆れるけれど、今日はこころを鬼にしてバンバン削除した。どうしても消せない愛する友人2人のを隠しフォルダに残して。わたしは丁寧なのかアホなのかわからないけれど、それが自分なんだからしかたない。仕事に関しても14年ってわたしにとっては大した時間で、それがもたらしたもの、変えてしまったもの、パツンとなくなった影響はとても大きい。わたしは何をするにも時間がかかるんだ。しかたない。そしてこんなときにはいつも「どんな感情が湧いても自分をいたわってください」といった森さんの言葉を思い出す。その意味をこの一年ずっと噛みしめている。いつか「自分のハイヤーセルフとつながるにはどうしたらいいですか?」とわたしが訊いたら、その答えは「浄化と瞑想とグラウンディングです」だった。けだし明快。
わたしは今年ずっとそれをやってきたのだ。
コンピュータの中を片づけて、いらなくなった仕事の資料をぜんぶシュレッダーにかけて掃除をしたら、またセージを焚こう。キッチンを掃除してガスファンヒーターをつなげて冬に備えよう。それからちょっとずつ、ほんとうの自分になるためのリハビリをはじめよう。わたしはもう14年前のわたしじゃない。
ゆっくりでも、いまのわたしなりのやりかたで。

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2020年11月 8日 (日)

マルセイバターサンド*

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昨日プール帰りにスーパーに行ったら、マルセイバターサンドが売ってて、うーん、どうしようかな、と迷って買って帰ってキッチンにいる娘にそういったら、「え! わたしもおなじの買ってきたよ!」って。やっぱり親子だなあ、と笑った。
5個入りのマルセイバターサンドが2箱。
これめっちゃ珈琲にあうから、しばらく毎日のコーヒータイムがたのしみです。
マルセイバターサンドというと、思わず北海道に住んでるブロガー友達のことを思いだすけど、彼は元気にしてるかな。
もしこの記事を見たらご連絡ください。

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2020年11月 7日 (土)

わからないままにしておく

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知樹さんから個展の案内が届いた。
毎年恒例になった陶芸家の三彩さんとのコラボ展。
知樹さんは毎回、個展のタイトルのつけかたがうまいけど、こんどの『わからないままにしておく』っていうのもすごくいいタイトルだな、と思う。『わからない』ということと『すでに知っている』ということは別次元のことで、スピリチュアルの世界でいうと(って、わざわざいうまでもないんだけど自分の中では)『わからない』ことを『わからないと認める(うけいれる)』ってことはとても大事で、すべてはそこからはじまる。そして、『わからないこと』をすべて『わかる』ようにしなくてもいいんだということ。
『わかった』って思うことって時にひどく薄っぺらで、『わからない』ことの可能性と自由さと、その深遠さにくらべたら「それがわかったからって何なの?」ってくらいどうでもいいことだったりする。その『なんなの?』くらいのことでわたしたちは傷ついたり、一喜一憂しすぎる。いい歳になってわたしはようやく最近、そういうことが腑に落ちた。

この世に生きててわたしたちって実はわからないことだらけだ。
何をサインに赤ちゃんが生まれてくるのかも知らない。
松の実がどうやって成るのかも知らない。
わからないことを知りたいと思うのも愛だし、わからないこと(知らなくていいこと)をそのままにしておこうというのも愛だと思う。
知樹さんの描く絵もなんだかわからないけど、愛がいっぱいだからわからないままにしておく。

古民家ギャラリーには今年も知樹さんの絵が描かれた皿やマグカップや鳥のオブジェが賑やかにたくさん並ぶことでしょう。
いまからたのしみです ♡

渡邊知樹 個展『わからないままにしておく』は
阿佐ヶ谷 CONTEXT-S にて、11月17日~23日まで。

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2020年11月 4日 (水)

瞬間の素粒子

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いつも電車ででかけるときはトートバッグの中に本を入れていく。
今朝どれを持っていこうと、本棚からふいに目についたプリミ恥部さんの本をとりだしてぱっとひらいたら、ひらいたページに書いてあったことが自分の心のなかにあったこととシンクロしててはっとしたから、ちょっと長いけど(自分のために)ここに引用しておく。

 キミはぼくに、一月までに仕事が絶対入るって言ってたのに実現してないね、まだなのかな?って優しくきいてきたけれどぼくはもうとっくに長期の案件へと軌道修正しているんだ。ぼくが成功することを一番にのぞんでいるのなら、今は二人離れよう。100%集中して自分の進むべき道を選択したい。ぼくが成功の起動に乗るまでは、あわないことにしよう。

 君は表面的が自由に見えても、精神が自由じゃない。精神は依存していて、自立してない。
 他人が自由と感じて、自分も自由を感じることが本当の自由だ。そして、たとえ他人に自由と感じてもらえていなくても、自分の精神が自由であれば、それはだれがなんと言おうと自由だ。
 また、自分の進むべき決まった道からはずれることは、自由ではない。
 自分のゆくべき決まった道に自由があるんだ。

 しあわせや感謝で、世界中の意識、宇宙中の意識が、その瞬間たった一人の人を祝福する。それはランダムに祝われる。花屋さんだったり、高校生だったり、刑務所の囚人だったり、酒場のあるじだったり、政治家だったり、営業マンだったり、サックス吹きだったり、ミリオネアだったり主婦だったり編集者だったり。そのたった一人の存在が自分であると想像する。そしてそれは繰り返し自分が想えばその都度訪れる。一度訪れたら、十年後とかではない。瞬間というのは宇宙のすべてに満ちている。その瞬間を私たちは呼吸している。その瞬間の素粒子は変動体である。自分の想うままに成分の分布が変わる。もし瞬間の素粒子の成分のすべてを愛で満たしたら、あなたは愛だ。(引用:プリミ恥部 あいのことば 白井剛史) 

「ごめんね。マスクをしていて口紅もつけてないから、わたし疲れた顔してるでしょう?」
今日会った彼女は、カフェの奥まった席についてマスクをとるなりそういった。
50を過ぎた女性ってみんなこんなふうだ。もう自分を若くも美しくもないと思ってる。あまりにも無意識に日常的に世間からそういう扱いをうけてるからだと思う。そんなのお互いさまだし気にもしないから「そうかな。そんなふうに見えないけど」といってわたしは彼女に店員さんが持ってきたメニューを見るよう促した。
彼女と会うのはまだこれで2回めだ。
彼女とは去年の暮れの土砂降りの寒い日に、渋谷のカンファレンスルームで会った。そこにいた時間はほとんど無駄に等しかったけれど、たまたま隣にいた彼女はわたしとおなじように会ったときからオープンで正直な人で、帰りの電車も方向が一緒だったからお互い屈託なく話してメールアドレスを交換し、その後もときどきメールでやりとりするようになった。最初に会おうといったのはわたしだけれど、夏になってもいっこうにコロナが治まらず、お互いの中間地点あたりでランチをしようにもちょうどいい店がなかなかみつからないのでそのままになっていたところ、彼女のほうから連絡がきたのだった。LINEの最後には「心配して何度もメールくれたこと、わたしはわたしでうれしかったのです」とあって、なんとなくだけど彼女も何かあったのかもしれないな、と思った。「うん、会おう」とすぐに会うことにした。 

そして会ったらやっぱりそうだった。
オーダーをして店員さんが離れたあと「A子さんは元気だった?」と訊くと、「それがわたし、夏のあいだはがっくり落ち込んでたの」という。「うーん。今年の夏はしょっちゅう誰かが亡くなってほんとにキツくて暗い夏だったもんねえ・・・」というと、「コロナで、ってわけじゃないんだけど知らないあいだに友達が死んじゃって」というから「ええ?!」と驚いた。
そこから彼女がした話は今年あちこちで聞いたようなことだったけれど、この夏しばらく連絡をとってなかった友人にコロナのこともあるからひさしぶりにメールをしてみたら返事が返ってこなかった。そのあとも何度かメールしたけれどいっこうに返事がないから気になって携帯に電話をしたら、すでに使われてない番号になっててショックだった。でも自分の歳くらいになるともうスマートフォンもいいかと携帯を持つこと自体やめちゃう人もいるしと思って自宅に電話してみたけれど、やっぱり出ない。いよいよ気になってきて、中学のころからいちばん親しくしてきた友達だったから、そらで覚えてた実家の電話番号にかけてみたところ、おかあさんが出てきて「娘は亡くなりました」という。聞けばもうずいぶん前のこと。去年の5月、自殺だった。それで心底ショックをうけた彼女は中学時代の同級生も誘って実家の仏壇にお線香をあげて、お墓参りもさせてもらおうと実家を訪ねると、おかあさんはお墓に行ったらわかることだし、そこでみんながショックをうけるといけないから先に話してしまうけど、、、といって、実は娘が亡くなる前に彼女の息子のほうが先に自殺してしまったことを告げたのだった。
そこまで話してから彼女はまた心底すまなそうに「ごめんね。1回しか会ったことないあなたに会うなりこんな話して」といった。「いや。ぜんぜん。そういう話聞いてもわたしはもう引きずられたりしないからだいじょうぶだけど、でも息子に死なれたっていうのはほんとにきっついね! わたしだって子供に自殺されたりしたらもう生きていけないよ!」といった。すると彼女は「そうだよね。わたしも考えられない! それで息子に死なれて耐えられなくなった友達は、もともと精神科からもらっていた薬を大量に飲んで死んじゃったらしい」という。
数の問題じゃないから何人子供がいたっておなじだけど、A子さんのうちも一人娘だそうで、身近な親友とその息子の死を知って、彼女が自分の身に置き換えて深刻に感情移入して落ち込んでしまった気持ちもよくわかるし、それは相当こたえただろうと思う。
A子さんは同級生とお墓参りして、ひさしぶりにいろいろ話して、最近ようやく落ち着いてきたところ、といった。
そして、こういう話につきもののことではあるけれど、彼女は後悔を口にした。
数年前、最後に会ったとき友達は息子のことで悩んでいて、それについて話されたとき、自分はそれくらいのこと、どこの家庭にだってあるよと、軽く一蹴してしまったんだそうだ。いま思えば、自分とってはよくある話でも、彼女にとったら自分が思った以上に深刻なことだったんだなとわかって。なんであのとき、わたしはもっと彼女の話を親身に聞いてあげられなかったんだろうと・・・・・・。
わたしは「そうかあ・・・。でもわたしもいわれたよ。離婚して母子家庭の人なんて世の中にごまんといるし、特にめずらしいことでもなんでもないって。大変大変って、親がこどもの面倒みるのは当たり前だよ、ってね。たしかにそうだし、それが友達の言葉なんだから、もうそれ以上、何もいう気なくなった」といった。この『後悔』についてはよく息子とも話すのだけれど、相手が死んでしまった後で何をいったところでなんにもならない。後悔の気持ちをどれだけ誰かに述べたところで、そのひとが優しいことを証明してくれるわけでもない。ひとから何かいわれたとき、簡単に一蹴してしまうのは一言でいえば『想像力の欠如』にほかならないけど、たいていの場合みんな自分のことに手いっぱいで、他人のことを深く考える余裕もなければ、ほんのちょっとのことができなかっただけなんだろうと思う。ただそのしなかった、できなかったことについて関係のない誰かに向かって後悔を吐露するのは違う気がする。誰にもいわずに、それが時間をかけて鎮まるまで、自分のなかでそっと抱いていればいい。そして次からは少しでも後悔しないようにしたらいい。・・・・・・もちろん、彼女にそういったわけではないけれど。
そういうかわりに、「でも、仮にどれだけしてあげられたところで、大事な人の死後にかならず残るのが後悔なんじゃないかな。で、亡くなったひとはもうとっくにそんなところにはいないんだから、いつまでも落ち込むのはやめにして、前を向いたほうがいいってことだよね」と話した。
でも、もっというと『他人の人生にはいっさい干渉できない』というのが宇宙の法則なのだそうだ。それを聞いたとき、はー、そうか! と思った。
そこまで無慈悲になれたら他人に対する期待も執着もぜんぶはずれると思う。
完全ではないにせよ、他人に期待も執着もしなくなってわたしはずいぶん楽になった。

ひとは仲がいいから、古い友達だからなんでも話せるかというといつもそうとは限らなくて、むしろ旅先なんかで初めて会った、通りすがりのワンタイムのひととのほうがオープンに話せたり、親身に優しくできることってあると思う。わたしと今日の彼女がまさにそれで、お互いのバックボーンをほとんど知らなくて過去の既成概念がないから、自分の近況を素直に正直に話すことができた。それがよかったかどうか、楽しかったかどうかは別として、今日はそういう日だったんだろう。わたしはこの一年、家族以外ではずっとそれができないでいたし、ひとりで抱えているのもときどき息が詰まるから。感情のデトックス・デー。
わたしは昔から老若男女にかかわらずキラキラしたひとが好きで、それは単に外見的なことをいってるんじゃない。しわくちゃの笑顔の農家のおばあちゃんにだってあると思うんだけど、どこか非現実的な要素を持ったひと。どんな状況にあっても、ごくごくささやかでも夢を持ってるひとが好きなんだ。そういう意味では今日の彼女はわたしより2歳年下なのにわたしなんかよりずーっと堅実で現実的だ。えらいなあ、と思うし、素直に勉強させていただこうという気持ちはあるけど、正直なところあんまり惹かれない。
でも、そういうわたしたちにもひとつだけ共通点があるのが駅まで歩いているあいだにわかった。それは『いろいろあってもわたしは強運!』と思っていることだ。これはきっとポジティブな信念。
駅のホームで方向のちがう彼女と別れるとき、「いつでもそう思えたら、わたしたちきっとこれからもなんとかなるね!」とハイタッチして別れた。

最初に引用したプリミさんの本について最後にもう少し書くと、引用した文章には前のページに続きがあって、それはこうだ。

 ぼくとキミはもうほとんど一体になりかけてる。キミが好きだとおもうものはぼくも好きになりかけるし、不安や恐怖を感じていると、ぼくが100%未来に前向きじゃなくなる。ぼくは今無職で、この先どうなるかわからないし、キミの望む二人の未来をかなえてあげられないかもしれないし、そもそもキミの望む未来を中心にやっていたら、お互いに不幸になって必ず離れるだろう。

朝ぱっと目についた本を取ってひらいたページにこういうことが書いてあるっていうのは、自分がいまどんなバイブレーションをしてるかがわかるってもんだよね。それと同様に、かどうかはわからないけれど、今年ずっと断捨離してるなかでいつか息子のものだった部屋の本棚を片づけていて、ふと手にとったカミユの異邦人の冒頭を何気なく読んだら、変ないいかただけど「ひっさしぶりにこんな硬質で文学的な文章読んだ!」と感嘆したのだけれど、この『あいのことば』の中にあるいくつかの文章もそれを思いだすような硬質ないい文章で、これが二十歳のころに書いた文章だとすると、若いってやっぱりすごいな、と思った。自分もそうだったけど、内なるエネルギーが充溢してて。
特に曇り空について書いた文章。
わたしは晴れ女で、お天気さえよければ元気ってタイプの人間なんだけど、これを読むと曇り空が好きなひとの感性や感覚がはじめてよくわかって、晴れの日よりも曇りや雨の日のほうが好きな息子の気持ちもこういうふうなんじゃないかと、、、思ったりした。
プリミ恥部さんの本は不思議とただ持ってるだけでも落ち着くところがあるんだけど、この本も息子に送ってあげようかな。

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2020年11月 3日 (火)

雲は雲で。

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世の中のひとがちょうどお昼ごはんを食べる時間よりちょっと遅いくらいに、タッパに温かい栗ごはんと豚汁とほうれん草のごまあえを詰めて、いますぐ食べられるばっかりにして持って行ったのに、戸をたたいても隣人は出てこない。でも、人嫌いのちょっと変わったひとだし、年寄りのおっさんだから横になってたりしたら起き上がるにも時間がかかるだろうしと思って、何度かチャイムを鳴らしたりドアをたたいたりしてしばらく待っていたけれど、いっこうにドアが開かないので、しかたなく家に戻った。
そしたら夕方、どこかに散歩にでも行っていたのか、階段をえっちらおっちら上がってきた隣人がドアを開けながらゴホゴホ咳するのがきこえて、すぐ後からふたたびドアをノックするとこんどはすぐにドアがひらいて、でもこのひとは見慣れてるはずのわたしをいつも、まるで「あんた、いったいどこの誰?」とでもいいたげに、首をかしげてひどくいぶかしげに見るから、こっちは思わずひるみそうになる。それにドアをあけるなり煙草の匂いがものすごくて息が詰まりそうだ。それでもドアをあけてしまった手前、「えーと、あのう、栗ごはんと豚汁つくったので食べますか?」というと、おっさんは妙に勢いよく「なんでもたべますよ! そりゃあ、すみませんねえ」と意外とまっとうな返事をする。それを聞いてちょっとほっとして「さっきすぐ食べられるように温めてもってきたんですけどお留守だったから。もしいま食べるんでしたら温めなおしてきますけど、どうしますか?」と訊くと、「わざわざ温めなおさなくても自分であっためなおすからいいですよ」というので「ほんとに? 電子レンジはありますか? お鍋は?」と矢継ぎ早に疑問だったことを訊くとおっさんは、いやだなあ、、、という顔をして「電子レンジくらいありますよ!」というのだった。へーえ、そうなんだ、と思いながら「じゃあ、いま持ってきます」といって、さっきテーブルに置いたままのカルディの袋をさしだすと、おっさんは「これはこれはありがとうございます」とうけとった。たったそれだけのあいだに自分も全身煙草臭くなってしまったような気がした。

それで部屋にもどってきて娘に「隣のうち、電子レンジあるんだってさ。なんでもたべますよ! って、怪獣だね。このあいだ、ちくわぶ残してたべなかったくせにね」なんていって笑った。
この話には前があるから知らないひとはこれだけ読んでも文脈がわからないと思うけれど、わたしがこんなことをしてるのは単におせっかいって話もあるけど『情けは人のためならず』でもあるし、『汝の隣人を愛せよ』でもあるし、高齢化社会における深刻な問題でもある。つまり、知らない間に隣人が故老死してた、なんてことがふつうによくある世の中だからだ。自分の近くでそれだけは避けたいと思う。ひとはいつか死ぬし、死ぬときはあっけなく死ぬ。老人で病気だったらなおさら。身近なひとの生死に無関心でいるのだけはやめようって、ただそれだけのことだ。自分に何かを課そうとなんか思わないし、他人に干渉する気もない。食べ終わったタッパをそのままにされると臭くなるから「水でゆすいで返してください」とメモには書いて入れたけど、何も期待してなければ、同情も同調もしてない。みんな自分のやりかたがあるしタイミングがあるし気分ってものがあるから。
「それにしても買ったばかりの自転車を盗られちゃったのはかわいそうだね」と娘にいったら、「でも、別のかたちで返ってくるかもしれない」というから、「隣人がごはんを持って来たり?」といってから、「隣のおばさんからなんどか夕飯のおかずもらったことあったもんね」といったら、娘は娘で「そういえば小学生のとき、カギを持ってでるのを忘れちゃって玄関の前で待ってたとき、隣のおじさんに飴もらったことがあった」という。
へーえ、あのおじさんにもそんなときがあったんだあ、と話した。
そうだ、いまは全身ニコチンまみれで皮膚病で人間嫌いの偏屈なあのおじさんだって、まだこどもがちいさくて奥さんが若くて楽しくてしあわせな時代があったのだ。隣の家に入れないカギッコに飴をあげるくらい余裕があってやさしい時代が。
おじさんがいまみたいになっちゃったのはぜんぶ自業自得とはいえ、たまにごはんの差し入れくらいあったっていいよね?
写真はでてこない隣人を待つあいだに階段の踊り場で見た空。
今日も青空に白い雲ぷかぷか。

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2020年11月 2日 (月)

栗ごはん

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ひさしぶりに大好きな栗ごはん作ろうと思って昨日、国分寺のデパ地下で買ってきた愛媛県産の栗。
去年はもう、栗ごはんどころじゃなかったから。(ほんとに死んでた。)
でも、あまりにもひさしぶりだったのであまくみてました。栗の皮むき!
片手鍋に栗と水をいれて、沸騰したら3分間ゆでてザルにあげ、それをさらにお湯に浸すこと1時間。
それであっさりむけるかなあ~と思いきや、2合のお米に入れる20個の栗をむくのに1時間近くかかかって、もう手がおかしくなりそうです。おまけに20個中、4個も虫食いでがっかりしたり。
でも今日はいつもよりひと手間かけて、沸騰したお湯にむいた栗と重曹小さじ1いれてアク抜きすること3分。
いい感じにできあがりました。
合鹿椀に入ったたっぷりの豚汁と。秋の定番。
栗むくのに時間がかかったから、おかずは少なめです。
でも娘とわたしだとこれくらいでじゅうぶんなのです。
これでお魚があったらもう食べきれない。
栗ごはんって、苦労して栗をむいてるときは、ああ、もうこれ1回きりでいいや、と思うのだけど、いざ食べはじめるとおいしくて、もう1回くらい作ってもいいかな、となる。
毎度、性懲りもなく。
いまや若いおかあさんだけじゃなくて家で栗ごはん作るひともだいぶ減ったみたいだけど、日本から栗ごはんがなくなったら味気ないよなあ、と思う。日本の秋の味覚。
次は白米で作ろう。

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2020年11月 1日 (日)

11月

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11月だ。
朝カーテンをあけるとサンキャッチャーからいっせいに虹が放たれて、いつのまにかすっかり冬の陽射し。今年は月が変わるたび毎月思うけど、時間がすぎるのが早すぎて、今年もあと2ヵ月で終わりだなんて嘘みたい。
今日は晴れていいお天気になったから、娘と2人でまた昭和記念公園に行った。
このあいだコスモスの丘でやっとベストな撮影ポイントをみつけたから、日の高いうちにそこで写真を撮りたいと思ったのだけれど、平日とはちがってさすが今日はお天気のいい日曜だけあって、すごい人混み。みんな家にこもりがちな生活で自然を欲してるんだと思う。花の丘に着けば、そこもコスモスをバックに自分のこどもや孫や恋人を撮るのに夢中なひとでいっぱいで、みんな自分のことしか考えてなくて、撮影の邪魔になるひとに大声で文句をいう男のひとまでいて、うちの娘はどこまでも天使系のひとでそういうのが耐えられないからみるみる表情が曇ってきて、早々にあきらめてランチをするベンチを探しにいった。
かろうじてまだ日の当たるベンチでサンドイッチとハーブティーで遅いお昼をすませたあと、原っぱのまんなかにある大きな樹の向こうに太陽が沈んでゆくのを感じながら、20分瞑想した。原っぱで遊ぶひとたちの声、近くを通り過ぎてゆくひとの話し声、鳥のさえずり、虫の羽音、ときおり風で揺れる樹々の葉擦れの音・・・・・・。家で瞑想してると20分って長く感じるのに、外ではあっという間なのがおもしろかった。
ひとは同じ場所にいる(と思っている)ときでも、実際には一瞬一瞬、次元を移動していて、瞑想前と後では違う場にいるという。とするならば、我々が明日まったく違う場所にいたっておかしくないってことだ。
だとしたら、、、、、、さあ、どこに行きたい?

写真は、駅に行く途中、「きれいだ!」と思わず撮ったサザンカ。
青空に向かって、爽やかな白の、凛。

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