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2019年8月 4日 (日)

『好き』の核、『歌』の核。

19two-joans

それは春ごろ、そう、ちょうど啓蟄前くらいのこと。
小野リサのCDで知って前から好きだったジョアン・ドナートの『ケン・エ・エン』というCDを手に入れて聴いたらめっちゃよくて、のっけからサイコーに気持ちいいグルーヴィーなキーボードにやられた。CDを聴きながら食事中にお行儀悪くテーブルをたたいて一緒に歌いだしたり、仕事中にコンピュータのキーボードをたたくついでに机をたたいて頭を振ったりして、大いに楽しんだけれど、同時にかなしくもなった。
1年前に亡くなったJoseさんのことを思い出して。
彼もまたラテン・フレイヴァーの左手を持つキーボーダリストだったから。
そしてこんなふうに朴訥とした歌を歌う人だったから。
彼がやっていたのはブラジル音楽じゃなくてキューバ音楽、サルサバンドのキーボーダリストだったけど、音楽についてはなんでも詳しかった。そして何より、いい音楽をみつけたとき、心底共有できる相手がいなくなってしまったのはさびしかったし、かなしかった。自分の好きなものをわかりあえる人って、そうはいない。自分の好みがニッチすぎるってこともあるんだろうけど。

そして『ケン・エ・ケン』に話を戻すと、エレキ・ピアノはめっちゃグルーヴィーでカッコイイんだけど、歌ってるドナートの声がしょぼいの。歌がうまいとかどうのとかそういうことじゃなくて、声に元気がない。ときどき歌いながら心底しんどそうに「はぁ・・・」ってため息ついたりして。それは何故なんだろうと思ってライナー・ノーツを読んだら、判明しました。このアルバムをレコーディングしたとき、ドナートは離婚したばかりで深い喪失感のなかにあったんだということ。最後のリズミカルな、一見楽しい曲は、別れた妻が連れて行ってしまった5歳の愛娘ジョデルに思いをはせた曲なんだってこと。それで、あらためて曲の歌詞を読みながらCDを聴いたら、もう俄然ドナートの歌が、声も歌い方もぴったりで、、、泣けましたね。ほんとに泣けた。
これはいろんな意味でよくできたトータルアルバムだと思う。
それで思ってしまうのは、『いい歌ってなんだ?』ってことだ。
それはもしかしたら声がいいこととも歌がうまい(歌唱力がある)こととも違うんじゃないかって。
伝わる、ってことが最もいい歌なんじゃないかって。
もちろん、カエターノ・ヴェローゾのように天性の美しい声で、歌唱力があって伝わる歌を歌えたらそれがいちばんいいには違いないけど、でも仮にそういう素養がなくても歌は歌えるし音楽はできるっていうことだ。たぶん!

そして、ライナー・ノーツにはこのアルバムに入っている『ア・ハン(カエル)』という曲のことからジョアン・ジルベルトの『エン・メヒコ』(ここでは同じ曲が『オ・サポ』という曲名で入ってる)についても書いてあって、たしかそのCD持ってたはずだけど『エン・メヒコ』ってタイトルじゃなかったような、、、と思ってCDラックをガチャガチャやって出てきたのは、たしかにカエルの曲が入ってたけど、『Ela E' Carioca (彼女はカリオカ)』ってタイトルだった。ライナーも付いてない、薄っぺらい紙ジャケットが1枚入っただけの、アメリカ盤の安いやつ。それだけじゃ音以外、内容については何も知りようがないからさらに検索して調べてみたら、なんと『エン・メヒコ』という、曲のタイトルそのままの記事が出てきた。吉上恭太さんという、ギタリストで翻訳家の『昨日のつづき』というブログの中の記事。
その記事を読んで驚いた。
ジョアン・ジルベルトの『エン・メヒコ』についても詳しく書いてあったのだけれど、そこに『伊勢昌之』さんの名前があったからだ。
『伊勢昌之』さんといえば、清水翠のファーストアルバムのライナーの中に『伊勢昌之氏に捧げる』と書いてあるのだ。
つながったね! と思った。
しかも吉上恭太さんは古書ほうろう、という本屋さんでときどき『サウダージな夜』というコンサートをやっているらしい。
どこまでおあつらえ向きなんだ、ブラジル好きの誰かさんに。
それで、これはもう行くしかない! と思って先日移転したばかりの古書ほうろうさんに伺ったんでした。
滅多にないことだけど、好きなものがこんなふうにどこまでもつながっていくことがある。いっぽうで、自分と合わないものはどうやってもつながらない。どう努力したところで無理で、むしろそれは無理に努力するようなことでは全然なくて、自然に淘汰されるにまかせるのがいいんだろうと思う。
吉上恭太さんの文章を読んでさらにびっくりしたのは、アメリカ盤の『エン・メヒコ』の録音の位相が逆になっている、ということ。実はジョアンのCDを買った当時、これを聴いているとただ単に音質がよくないというだけじゃなくて、何かがおかしくて気持ち悪くなってくるから、これって位相がおかしいんじゃないかなあ、と息子に話していたのだ。何度聴いても気持ち悪いからそのうち聴かなくなってしまった。
だから、やっぱあたしの耳っていいんだ! みたいな ww 
(ここはただのアホと思ってスルーしてくださってよろしい。)
それで吉上さんの記事を読んだら久しぶりにジョアン・ジルベルトの『エン・メヒコ』が聴きたくなって、あらためてAmazonで買った。
届いたのは日本盤の『Ela E' Carioca』で吉上さんが言ってるオリジナル盤とは違うんだけど、聴いたらこれがやっぱりすごくいいんです。
ジョアン節、絶好調!
まるでレコーディング当時の空気感まで伝わってくるような、目の前でジョアンがギター弾いて歌ってるのを聴いてるようなリアルな録音。
そしてジョアン・ジルベルトとジョアン・ドナートが違うのは、『カエル』という同じ曲をとってもブラックなリズムに乗ったグラウンディング感の強いドナートと違って、ジョアンのはサンバの匂い香り立つ、駆け抜けるサマーブリーズのような爽快さがあるってこと。どっちも好きだし、どっちも素晴らしい!
ただ驚くべきは、見るからに(聴くからに?)憔悴しているドナートと違って、ジョアンのこの無疵感。
というのも、ライナーノーツによればこのアルバムの録音時、ジョアンもまたアストラッド・ジルベルトとの離婚、くわえて指の不調やボサノヴァ・ブームの終焉などで人生最悪の不遇時代にあって、メキシコにひとり流れ住んで(まるでホームレスみたいに)変わり果てたやつれた姿になっていたときだというからだ。そんなときにどうしてこんなにピュアで透明で欲のない、いい意味で浮世離れした歌が歌えるのか、音楽がつくれるのか、ほんとうに不思議。そこにこそジョアン・ジルベルトの歌とギターに賭ける、ある種常軌を逸した魂みたいなものがあるのじゃないかと思うけれど、同時にこのあたりにも(つまり追い詰められた状況あっての人の表現の中にも)歌うことの核、音楽の核があるのではないかと思えてならない。

今日なぜこんなことを書き出したかというと、仕事仲間に貸していたジョアン・ドナートのCDが返ってきて、朝から聴いていたからだ。
昨日の夜はわたしが事務局を務めるPowerVoiceセミナーの打ち合わせで西武コミュニティカレッジに行った。
わたしが約束の時間より30分早く着くと、セミナーで講師をしてもらっている小林貴子さんが、もう20年以上も講師を務めているというゴスペル教室のレッスンを行っている最中で、わたしは入り口の隅に立って終わりまで見学させてもらった。それは去年のちょうど今頃にもあった光景で、まるでデジャヴュみたいだったけど、目の前にいる生徒さんの人数もコーラスの厚みも去年とは格段に違っていた。
そして、わたしが見ていた、たった30分の間にも、生徒さんの歌声はビフォア・アフターのごとくはっきり変わるのがわかった。
それはまるで普通のプリンタで印刷した平面のりんごと3Dプリンタから出てきた立体のりんごくらいに違っていた。
貴子さんの指導は、まるで袋から出したばかりの硬い粘土を柔らかくもみほぐして本来が望む自然なかたちを引きだすようだった。
ごくたまにだけどそういうシーンを目撃しているわたしは、『ニュアンスもセンスもあって雰囲気とってもいいんだけど、声が平たくて英語の発音が平面的で惜しい!』なんてヴォーカリストに会っちゃうと、貴子さんのとこに行けばいいのになー、なんて思っちゃうのです。
ちょっとネタバレになるけど、実をいうとわたしは次回のPowerVoiceセミナーのなかで参加者に実際に声を出して歌ってもらうシーンで、このドナートのカエルの曲のスキャットを超スローでやるのはどうかと提案していたのだけれど、あえなくボツになりました。歌をやってない方も来るなかで、これをやるのはちょっと難しいんじゃないかってことで。そこはただの音楽好きのわたしより、教えるプロの考えを優先するのはとうぜんのことです。
というわけで、仕事の話(特に宣伝)はここでは滅多に書かないのだけれど、今年のPowerVoiceセミナーは10月です。
ことによったらわたしが事務局を務めるのはこれが最後かもしれないので、気になった方はぜひ8月15日以降、PowerVoiceサイトをチェックしてみてください。
下の写真は、PowerVoiceセミナーの講師2人。左から小林貴子さんと松永敦さん。
貴子さんは掘りの深いラテンなお顔立ちのせいもあるけど、1時間半におよぶ渾身のレッスンの後で目の下にクマができています。
ほんとに素晴らしい先生!

19powervoice

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