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2019年4月22日 (月)

カウントダウン

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あっという間に4月の4週めの月曜日。
相棒の同僚の退職日までついにカウントダウンだ。
5、4、3、2、1、0、Take off!
すべての物事には始まりと終わりがある。
だから当然のことながらそれはわたしにも訪れる。
その時こんなふうにだけは思いたくないな。
What am I going to do now
よくご存じの方からしたらあまりにも無知かもしれないけれど最近知ったんだ。
世の中の会社では定年退職後に再雇用されると給料が激減するって。
これまで再雇用制度っていいものだと思っていたからびっくりだった。
それでこのあいだアフタープールのジャグジーの中で同じレーンで泳いでるYさんにそういったら、あっさり「5分の2だよ」って。
ごぉぶぅんのぉーにぃぃぃーーーー?!!!
思わず「それって体のいい搾取じゃん!」っていったら、「仕事減らしゃあいいんだよ!」って。
I see!

雇用される側もなかなかだと思うけど、そんな、言うようにできるものなのか?
それに定時で働かなきゃならないのは一緒なんでしょ?
そんなのって時間(人生)の無駄遣いじゃないかと思うし、趣味でやってるスイミングだって向上心を絶やさずやってる人間を、つまりまだまだ能力もあって健康で使える人間を、そんなふうにしか雇ってくれない世の中のいまの体制っておかしくないですか? と思う。
そんなふうだから貴重な人材も技術もどんどん海外に流出しちゃうんだよ。
歴史ある魅力ある企業が潰れちゃうんだよ。
まったく国力の低下だよ。
・・・・・・などなどと思う土曜日の午後。

ちなみにわたしの相棒は常に好奇心を絶やさず興味のあることにトライする人だから新生活も楽しくすごせるだろう。
何より勤め人のストレスから解放される。
働かないで好きなことをしていられるとしたら、もっというと、不労所得があって好きなように暮らせるとしたら、そんなにいいことはないだろう。それって(わからないけど)およそ万人の理想とするところじゃないかな。
でもわたしは「いくつになっても働ける」というのもいいと思うのです。
それが自分を疲弊させない、みじめにさせない働き方だったら。
いくつになってもお金が入ってくるっていいことだし、きっとそれは自信になる。
だからわたしは息子に70になってもお金が入ってくるキャッシュフローをつくる、といってる。
そんなごたいそうなことじゃなくていいの。
でもなんとか自分の面倒がみられて、できたら少しは人のためにもなれるような。
その方法を探す、みつける。
そしてみつけたら地道にせっせと構築する。
先のことはどうなるかわからない。
でも精一杯やる。
まじで!

昔、スヌーピーのマンガに出てくるルーシーに似てる、といわれたことがある。
ブランコの前でチャーリー・ブラウンに「押してくれない?」といわれたルーシーが、チャーリーの背中をどん!と押す4コマ漫画を見ながら。それってひどくない?
(わたしにですよ)と思うけど、このポストカードのルーシーのセリフは好き。
昔かんがえてもなかったひとが夢にでてくると、そのひとの前に行って「あなたわたしのこと呼んだでしょ」とかよくいったもんでした。
それで下の写真はこのあいだ大阪に行ったときに同僚がくれたハンドメイドのポーチ。おなじかたちで雰囲気の違うテキスタイル、それにあわせた色のタッセルや金具がついたポーチが4柄あった中で、わたしが選んだのはスヌーピーのポーチ。
実はその日も旅行用の歯磨き洗顔セットの入ったビニールポーチがスヌーピーだったのでした。
裁縫の苦手なわたしは、なんて器用な、と思うけれど、「最近、ファスナーの付け方をマスターしたのよー! それでうれしくなってたくさん作っちゃったのー」というから笑えるけど、そういうのはわたしにも覚えがある。
子供の小学校の入学準備で袋物つくらなきゃならなくて、ひっさしぶりに押し入れからミシンを出したら思うように動かなくて、やっとまともに動くようになったころにはすっかり袋縫うのにハマちゃって、レッスンバッグやら体操着入れやらお弁当袋やら、友達のうちの子の分まで作っちゃったりして。そういうところも類友かな。
仕事の同僚としてはあと5日。
でもこれからは純粋に友達としての時間がはじまるのかな、と思う。

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2019年4月20日 (土)

美しい町

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このところずっと、市議会議員・市長選で走り回っている選挙カーの声が朝から晩までかまびすしい。候補者の名前をただただ大声で連呼して懇願することが票につながるとは思えないのに、この旧態依然のデモンストレーションはいったいなんとかならないものだろうか。
特に朝、キッチンで静かに珈琲をいれる時間はわたしにとっては小さな瞑想のようなものなのに、突然ちかくで大きな声を出されると集中力が途切れてしまう。
近くにはいまこうしている間も死の床で苦しんでいる人がいるというのに。
その喧噪も今日で終わりだと思うと、それだけがうれしい。

そんなことを思いながらプールに行こうと外に出たら、つつじの鮮やかな色が目に飛び込んできた。
もう初夏だ。つつじの季節だ。
つつじといって思い出すのは、根津神社だ。それから飛鳥山だ。
かつて飛鳥山の近くには父方の叔母が住んでいて、満開のつつじでいっぱいの飛鳥山公園で遊んだ記憶がある。
それから父方の祖父の家でのこと。
わたしが顔にブツブツができて、カサカサになってかゆいといったら、おじいちゃんはわたしの顔を見て、「それはハタケだ」といった。
そして「ハタケ」には白つつじの花を揉んでその汁をつけるといいといって、わたしに庭にあった白つつじの花をとってこさせて、それを自分の手のひらで揉んだのを顔につけてくれた。つつじの汁は一瞬沁みて、でも数日して気づいたら、かゆかったところはほんとうに治っていて、子供ながらに驚いた。その日のできごとのおかげで白つつじの匂いは強烈にわたしの脳に刻まれてしまった。
遠い日の記憶。
祖父は植物好きのやさしい人だった。

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選挙が近づいてからは一気にうるさくなってしまったけれど、この四月は週に1回プールに行くたびに目に入る花が違って、その変遷する景色が美しかった。そして花たちの色はいずれすべて緑に埋め尽くされる。それもまた美しい。初夏から盛夏へと向かうころは、わたしが一年で一番好きな季節だ。いま住んでるところがいいのは緑が多いところだけ、とわたしは常々いっているけれど、でもそれって意外と大きなことなのかもしれないな、と時々思う。こんなところに長く住んでいたら、緑のない殺伐とした都心にはとても住めないと思うから。
うちの娘は、市長になる人は緑を大切にするひとがいいね、という。
簡単に木を切ったりしない人。
『美しい町』をつくっていこうという意識のある人。
でも、そんなことを重きに置いている人がいないことはこれまで市がやってきたことを見てもわかる。
何十年とかけて育った立派な木を無残にも根こそぎ伐採したと思ったら、そのそばからまたチマチマと新しい木を植樹するような無駄なことを年中やっているから。
この町の、緑のあるところは美しい。
でも住民の住む家は色も形もまちまちで調和がなく、駅前はごちゃごちゃしていて品がなく、町のあちこちでゴミの不法投棄が目立つ。日本もいいかげん欧米のように国あげて行政あげて自国の景観や美観に意識を置いた街づくりをするべきなんじゃないかと思う。いま日本各地で日本人が手放した風光明媚な土地を買っているのは中国人だという。この町にも移民の波がやってきているけれど、このままどんどん移民が増えれば街も町もきっともっとカオスになる。

人間の目って実によくできていて自分の見たいように見るから、写真に切り取られた風景は現実であって、すでに虚構。
この町もソメイヨシノがすっかり終わって、いま満開なのは八重桜。
そして咲きはじめたばかりのハナミズキ。
四月もあと10日で終わり。

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2019年4月19日 (金)

おにぎりランチ

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今日のお昼は、娘がつくった鮭おにぎりとゴマ昆布おにぎりと玉子焼き、それに唐揚げとインスタントのほうれんそうのお味噌汁。
わたしは昨日、息子に作った残りの唐揚げを揚げただけ。
娘がつくる玉子焼きはわたしがつくるのと違って甘くない出汁味で、それがおいしかった。それで小学校の遠足のとき、自分のお弁当に入ってる甘い玉子焼きと、友達のお弁当箱に入ってる塩味の玉子焼きをよく交換してたことを思い出した。いつも甘くない玉子焼きが入ってる子は甘いのが食べたい。いつも甘いのが入ってる子は甘くない玉子焼きが新鮮で。
おにぎりとサンドイッチもおなじこと。
みんな他人の芝生が青く見える。
でもやっぱり飽きずに食べれるのは自分のうちの味だったりするんだよね。
おかあさんが5人いたら、5人のおかあさんがつくるおにぎりはそれぞれちょっとづつ違って個性的なんだろうな、と思う。わたしは具がたっぷり入ってて、海苔がびっしり巻いてあるのが好きなんだけど、今日のおにぎりはまさにそれでした。

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2019年4月18日 (木)

アランチーノをつくった!

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このあいだ息子に「ライスコロッケが食べたい」といわれたのです。
どうやら前につくったことあるらしいんだけど、わたしはつくったことも作り方もすっかり忘れちゃって、即座に思ったのは「げ、めんどくさっ」ってことなんでした。要はチキンライス様に味をつけたごはんをまるめて小麦粉つけて卵つけてパン粉まぶして揚げればいいんだと思うけど、まずそれがめんどくさいでしょ!
でもまあ、子供に食べたいといわれたらつくるのがハハなので、しかし何ゆえライスコロッケなんだ・・・と思いながらレシピを検索したら、ライスコロッケってシチリアの名物料理なんですってね。
その名を『アランチーノ』というらしい。
レシピを見ると、フライパンで硬めにつくったミートソース入りのリゾットをバットにあげて1時間くらい冷まして、、、とあって、もうそこで、うわ、めんどくさい、と思って炊飯器で炊くことにしたら、うちのへっぽこ炊飯器ったらちゃんと炊けなくて、けっきょく硬めのリゾットになったというしだい。それでもレシピにあった市販の缶詰のミートソースを使いたくなくて、牛ひき肉とニンニク玉ねぎパプリカにんじん胚芽米2合を炒めて『カゴメの基本のトマトソース』を入れて自分でつくったんですの。
リゾットを炊いているあいだに近所のスーパーに足りない食材を買いに行って、かぼちゃのポタージュとサラダを用意して。
まだ半分コメ状のリゾットができあがったら、大きめのバットにあけて平らにならして、冷やすこと約1時間弱。
今日はスーパーマーケットに行ったらタイムリーにも24個入りのボッコンチーノ・モツァレラが売ってたのです。
それで、ビニール手袋した娘に24等分したリゾットの中にモツァレラチーズを入れてまるめてもらいました。
これがうまいの! まんまる! ・・・たすかりました。
で、その横で、まるまったリゾットにせっせと小麦粉まぶして卵をつけてパン粉の中で転がして、、、というのを延々やって、やっとできあがった24個の恐竜の卵! ならぬ、アランチーノ。
ひっさびさに時間かけて料理つくったけど、料理ってつくればいいだけじゃなくて延々つくって洗って片づけて、、、の繰り返しだから、マジけっこう疲れます。ときどき小さなイタリア料理店なんかで『厨房パートタイム求む』なんて張り紙を見ると、どれくらいのことができれば雇ってくれるんだろう、と思ったりするけど、わたしにはできませんね。向いてないし、もうそんな体力もない。
家で食べる毎日の食事は基本シンプルでよくて、つくるのにも食べるのにもそんなに時間をかけたくない。
日々やらなきゃならないことは多いし、やりたいことだってあるから。
今日も手伝ってくれる娘がいなかったらもっと時間がかかったでしょう。
ほんとにたすかりました。

で、あとはもう揚げるばかりだというのに、「今日は早く帰ってくるから。ライスコロッケねん♪」といって出かけた息子がいっこうに帰ってこないの。まいるよね。しかたないから先に食べちゃうことにしてアランチーノを揚げて皿に盛り、ブラックペパー、パルメザンチーズ、タイムを振りかけ、ローズマリーをのせてサーブ。
さて、そのお味はというと、、、揚げたてをナイフで切ってひと口ほおばった娘が「めちゃめちゃうまい!」といった。
あー、よかったー。これだけ時間かけてたいしておいしくなかったらもう二度とつくりたくないもんねー。
食べてみてわかったのは、硬めのリゾットにする理由。
なんというか、ごはんのもさもさ感がなくて、カリっとしてるのです。
かりっ。ふわっ。中からモツァレラがとろっ。みたいな。
上にのせたローズマリー葉っぱが香り高く、ほのかに苦くてトマトの味ととてもあう。
イタリアの味。
ほんとうはトマトソースを敷いた上にアランチーノをのせる、とあったんだけど、うちはお好みでサルサソースをかけて。
これもとてもおいしかったです。
揚げ方のコツは、レシピには「揚げ湯の温度は170度」とあったけど、170度の油にアランチーノを入れたら、ちょっと火力を落として転がしながらじっくり揚げること。そうすると冷ご飯が芯まで熱くなるし、中のモツァレラチーズがほどよくトローリと溶けておいしいです。

して、ようやく帰ってきた息子は6個も食べたのに、まだぜんぜん余裕でもっと食べられる! とのたまったのでした。
6個っていったらお米だけで半合ですよ!
もう夜の10時なのに!
でも息子もめちゃめちゃうまいと、満足した様子。
かぼちゃのポタージュも息子の好物です。
ほんとにまったくやれやれだけど、子供にあれが食べたいこれが食べたいといわれるうちが花なのかもな、と思ったりして。
いわれるあいだはつくるか、とも思うのです。

それで今日のお昼は、昨日揚げずにとっておいたアランチーノ。
昼からこんなに食べたらもうお腹いっぱいで、夜はうんと軽めにしようと思います。

 

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2019年4月16日 (火)

清水翠×田中信正@ドルフィー

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昨日のライブ写真。
JAZZバーの中は暗いし、暗いとわたしの相棒のAF速度は一気に遅くなるし、またみどりちゃんはよく動くしで、撮った写真のほとんどはブレてて、これはもう相棒のスペックを上げるしかなさそうだけど、その中でかろうじて写ってた数枚から。
ドルフィーに行くのは去年、みどりちゃんが乗木(奏一)さんとやったライブ以来で、それがまだ記憶にあたらしかったから昨日はおなじピアノでも鳴らす人によってこんなに音が違うんだ、というのを体感した日でもあった。ピアノに気負いなく向かうと、自然に美しい映像が浮かび上がり流れだす乗木さんのピアノと、あふれる創意がドラマティックに変幻してゆく万華鏡のような信正さんのピアノと。まったくちがうけどどちらも素晴らしいピアノ。そして演る相手によって様々なストーリーを引きだして魅せて聴かせてくれるみどりちゃん。
ごく個人的な覚書として、わかるかぎりで昨日のセットリストを書き出してみると、、、


1st
 1.四月になれば彼女は
 2.Moon Over Bourbon Street
 3.What A Little Moonlight Can Do
 4.So In Love
 5.Hyper Ballad
 6.Nearness Of You
 7.Waltz For Debby
 8.夢のつづきをしないかい?

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2nd
 1.エスターテ
 2.Always And Forever
 3.Morning
 4.All The Things You Are
 5.オブリヴィオン
 6.マーシー・ストリート
 7.The First Time Ever I Saw Your Face
 8.Come Together
 アンコール:悲しき口笛

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・・・とこんな感じで、いろんなジャンル、いろんなタイプの曲があるなかで、ひとつ言えることはみどりちゃんは「こわいほど美しい」とか「狂おしいほど愛しい」とか「幸福のさなかに消えてなくなりたい」とか、そういうちょっとオーバードーズ的な曲に惹かれる傾向があって、昨日はビョークの『ハイパー・バラード』なんかがそれにあたるんじゃないかと思うけど、そういう曲が彼女の持ってる資質にぴたっとハマると見事なできになる。かくいうわたしも若いころは多分にその傾向があったからそういう嗜好もわからないじゃないけど、いまはシンプルに「しあわせになりたい」と思うわたしです。
昨日はめずらしく日本語の曲が2曲入っていて、ファーストのラストにやった『夢のつづきをしないかい?』はなんと、みどりちゃんが若かりしころに書いたオリジナルだそうです。ちょっとびっくり。これは男の人が自分の恋人(あるいは婚約者)にあてて贈ったラブソングになっていて、外国語ならともかく、日本語で大真面目にこんな歌を歌われるとわたしなんかちょっと気恥ずかしくなってしまう、というか、ツンデレつっぱりのみどりちゃんにもこんな素直で健全な時代があったんだなあ~と、感慨深くなりました。ボコッ!( 👊 ← 殴られた音。)

昨日、個人的によかったのはアストル・ピアソラの『オブリヴィオン』とロバータ・フラッグの『The First Time Ever I Saw Your Face』、それからアンコールでやった美空ひばりの『悲しき口笛』がすごくよかった。
もちろんメロディーはそらで歌えるくらいなんだけど、ああ、この歌の歌詞ってこんなだったかと、しみじみ。
母国語の歌っていうのはほんとうにココロに沁みるんだけど、その分しんみり、さみしくなっちゃいましたねえ・・・
それで夜、横浜にライブを聴きに行って残念なのは、さみしくなっても誰かと話す時間もなく余韻に浸る暇もなく、即帰ってこなくちゃならないところで、昨夜もわたしはライブが終わるなりとっととJAZZバーを後にしたのでした。
ドルフィーを出てすぐの橋の上から見た桜木町の灯り。
ときどきね、もういっそのこと横浜方面に引っ越そうかと思うこともあるんだけど、どうもここはわたしの居場所じゃないみたいなんだよなあ・・・

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『桜木町』というだけあって川沿いは桜並木がずっとつづいていて、まだ散らずに残っている桜がちらほら。
ちょっと前まではきっと桜満開の見事な景色だったんでしょう。
前回、Mr.ハイブリッジさんに教えてもらったように、昨日もこの大岡川沿いを馬車道まで歩いて帰った。
この次ドルフィーに行くときは行きも馬車道からにしよう。
最近、深夜の往復4時間が疲れるようになってきたわたしです。
基本つかうのは階段、エスカレーターもじっと乗ってることなくスイスイ上ってくわたしなんだけど、やっぱ年ですかね。

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2019年4月15日 (月)

本日ライブにつき♪

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何かを見ると誰かのことを思い出すって、そういうものがあるって、いいことだなって思う。BossはスヌーピーのTシャツ、おばあちゃんはビワ、母は黄色いフリージア。
わたしだったらなんだろうな?
先日キッチン・ガーデンから送られてきたメルマガを見るなり「あ、これいい!」と思わずポチっとしちゃったこれ、このキティちゃんを見てすぐにあるミュージシャンの名前が思い浮かんだ人は、かなりのJAZZ通です。
そう、知る人ぞ知るキティちゃんマニアの孤高の天才ピアニスト、田中信正さん。
本日、我らがみどり姫とデュオ・ライブです。@ドルフィー。
一日遅れのバースデーだってさー

それで横浜へは、いつもは渋谷経由か所沢経由で行くんだけど、今日は花屋に寄って中央線で神田経由で行くことにした。
神田経由?
殺人ラッシュでもみくちゃにされないといいけど。

で、今日の空!
いま目に映るこの青い空と白い雲はこの瞬間にしか存在しなくて、1秒後にはもう変わってる。
それとおなじように、今日聴ける音は今日だけのもの。
いつだって一期一会です。

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2019年4月14日 (日)

4.14はみどりちゃんの誕生日

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ケーキっていつも食べたいってわけじゃないんだけど、たまーに食べたくなる。
今日がそれで、息子がこのあいだわたしのとっておきのチョコを食べちゃったかわりに、ねえねえとお金を出させて息子のゴチで買ってきた.
ムッシュMの苺のミルフィーユと、この週末限定スペシャルの、苺のエクレア。
この苺のミルフィーユがね、もういつ食べてもめちゃめちゃおいしいんです。
こんがり焼けたパイと生クリームとフレッシュな苺のコラボレーションが絶妙。

それで今日はみどりちゃん(清水翠)の誕生日なので、みんなで勝手にお祝いして食べました。
本人が近所にでも住んでれば「お茶でもしようぜ」ってなところなのだけれど(だが酒になる可能性大)、遠くに住んでちゃしょうがない。
で、みどりちゃんがいくつになるのかはあたくしも知りません。
正確な年齢も知らなければ住所も知らない。
だからバースデーカードも送れないけど、そんなものいらない、ってひとなのだからそれもしょうがない。

でもせっかくのお祝いだから、初めてこのカップを使うことにした。
新譜リリースのお祝いに贈った、大倉陶園のブルーローズ。
アルバム・タイトルを聞いた瞬間、これしか頭に浮かばなかったのです。
自分にも記念にひとつ買ってしまった。

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大倉陶園のカップ買うなんて20年ぶりかなあ。
わたしにとって人生ふたつめの大倉陶園。
詩人が詩集を自費出版するのとおなじように、JAZZミュージシャンが新譜をリリースすることもそうそうあることじゃないから特別です。
このブルーローズはラッピングもとても素敵で、自分の好きなものを贈ったからといって喜ばれるとはかぎらないけど、わたしはきっとおばあさんになっても忘れないでしょう。

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いつぞやどこかのメーカーが「青いばらをつくるのに成功した!」と発表して騒がれたときがあったけど、公表された写真を見たら、それはとっても美しいと思えるようなばらじゃなかった。まるで青ざめた貴婦人みたいで。
昔から青いばらをつくるのに成功したら億万長者になれる、といわれているように、『青いばら』は幻。そして、その意味するところは『奇跡』。だから、みどりちゃんが自分の新譜のタイトルを『Blue Rose』にしたのも、長年念願だった馬場さんとのこのデュオ・アルバムが完成したこと自体、まさに奇跡、だったからなのかもしれない。(なーんてね。どうでしょう? 本人に訊いたわけじゃないからわからない。)
でも、音にはめちゃめちゃこだわりがあって、何から何まで自分でやらないと気がすまないみどりちゃんです。
そんな『Blue Rose』、各所で好評みたいです。

・・・というわけでいまさらながら、(こうゆう写真を載せるとどっちを宣伝してるかわからないけど)清水翠のニューアルバム『Blue Rose』、絶賛発売ちう!
(Amazonでも買えます!)

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2019年4月 8日 (月)

くまプーはちみつ

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こないだ『クマのプーさん展』に行って買ってきたはちみつ。
カナダ産のはちみつが200グラムで1500円。
ふだんはこんなのぜったい買わないけど、この瓶のかわいさ見たら買わずにいられないよね?
我が家にはだんだんこの手のものが増えつつある。

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クマのプーさんで思い出すのは、昔まだ子供がちいさかったころに友達に誘われて親子でディズニーランドに行ったときのことだ。
友達が自分の娘ふたりとわたしの娘に風船を買ってくれようとして、うちの息子に「Sくんはもうお兄ちゃんだからいらないよね?」と訊いた。彼はひとりっ子だからきっとわからないんだと思うけど、そういうの子供のころにさんざん経験してそれはちがうだろうと思ったわたしが息子に「Sもほしいんでしょ! どれがいいの?」と訊くと、息子はうつむいてちょっと考えてから、「ぼく、プーさんがいい」といった。
あれ、かわいかったなあ!
それで4人のちいさな子供たちはディズニーランドにいる間じゅう、自分の好きなキャラクターの風船を手から離して飛ばさないように歩いたんだ。
子供たちはきっともう忘れちゃったかもしれないけれど、親にとってはそんなひとつひとつのちいさな思い出が宝物。
そして子供のときから大人になるまでずっと息子はプーさん好きで、はちみつ好き。
わたしは『クマのプーさん』って、ちいさいころに読んだきりですっかり忘れてしまって、かわいい髪形した主人公はてっきり女の子かと思っていたら、展覧会に行ってそれが男の子だったことに気づいた。そういったら息子に「男の子だよ。クリストファーでしょ」といわれてしまった。子供のころ好きだったものって、いくつになってもおぼえてるもんですね。

それにしても春ってどうしてこうも眠いんでしょう。
今朝はやっとのことで朝5時半に起きた。
明日の予行演習のため。
明日は5時に起きて10年ぶりに大阪に行く。
10年前の大阪出張で泊ったリーガロイヤルホテルのルームサービスの朝食が豪華だったこと、いまでもはっきりおぼえてる。

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2019年4月 4日 (木)

朝のジョアン

Era-e-carioca

元号があたらしく変わったね。
「令和」だって。
なんだかあんまりピンとこないな。
LとかR、もとい、ラ行の発音で思いつく言葉って外来語ばかりで、日本人にはあまり馴染みがないんじゃないかって気がする。
わたしなんて「レイワ」と聞いたとたん、すぐ頭に思い浮かんだのはエリック・クラプトンの「レイラ」だ。
ジャリラリラリラーン! ではじまる、あれね。
で、そんなことを思いながらおとといの朝Yahoo! をひらいたら、石原慎太郎さんの記事が目に入って、やっぱり「ピンとこない」と言ってた。
石原慎太郎というと、氏が都知事になったとき、「あいつが都知事になるなんて東京ももう終わりだな! とことん嫌になったから俺は東京を捨てる!」といって、とっとと八丈島に隠遁してしまったボス(*詩人・若かりし頃のわたしの上司)のことを、これまたすぐに思い出すけど、その記事に書いてあった石原慎太郎の言葉がすごくよかった。

出典の万葉集自体はすばらしいが、いまどきそんな古典を誰も読まない。読みもせずに若い人をはじめ多くの人がいま漢字の意味や万葉集についてネットで検索している最中だろうが、そんなことで得られるものは限られてるし、そんなものは教養にはならない。ほんとうの意味を知りたければ本を読んでほしい。「今」というのは歴史の続きにあるのだから、歴史を知らないと先見性が持てない。「平成」はその名の意味するところと違って動乱も多く、日本が災害列島だということを思い知らされた時代だった。東日本大震災で東北があれだけの被害に遭い、未曽有の危機にあったこの国が一体感を失わなかったのは、天皇陛下がクタクタになりながらも何度も何度も東北に行ったからだ。いろんな記者が美智子さまのことを「世界で一番素晴らしく、一番優雅な皇后だ」と言っている。皇后さまの努力で今の陛下があった。現在、皇室は週刊誌やテレビダネになって卑近なものにされつつある。このままでは天皇を核とした一体感は薄れていくだろう。元号が変わったから日本も変わるなんて幻想を持ってはいけない。歴史を背景に今の時代を考えないといけないのに、皆が歴史を知らない。これからの日本には大きな「選択」と「覚悟」が求められる。そこには先見性がないといけない。政治家は自分で考えなきゃいけない。政治家も人も個性が大事で、個性を育てるのは、感性。そのためには趣味を持ってほしい。趣味を持てば、うまくなろうと工夫をし、頭が刺激されるから発想力が出てくる。何かに夢中に、耽溺することで考える力がついてくる。皆がそうなれば、これからの日本も変わることができるかもしれない。いまの日本に必要なのはそこじゃないかな。云々・・・。

ここにあることの中にも最近わたしが読んだこととシンクロすることがいくつかあるのだけれど、日本というのはやっぱり天皇を核として成り立っている国らしい。つまり、波動的にも。だから当然のことながら天皇が変わればこの日本の波動も変わってしまう。それを古来からある方法で読み解いて流れを知り、その流れにうまく乗れるように準備しようとしている人たちもいるんだなと知った。
そして石原さんの言葉で最もいいと思ったのは最後の数行。
わたしもいつもそう思ってきたし、いまもそう思ってる。
趣味に耽溺する人はいつだってそういう自分をちっぽけで取るに足りないと思っちゃうんだけどね。
たしかに石原さんは政治家としてはどうかと思うけど、ひとりの人間として見たときにはすごくユニークで面白い。少なくとも退屈な優等生なんかとは全然ちがう。(相変わらず舌鋒鋭くて、これで86だよ。すげーぜ!)
うちなんかTVがあったころ、MXテレビでやってた対談番組を面白がってよく見てたものでした。

最初の「令和」に話を戻すと、若い人には思いのほかウケがいいみたいだ。
うちの息子も「かなり気に入ってる」って。
辞書を編纂する言語学者によると、「ラ行」の元号はこれまでなかったし、サウンド的にとても新鮮、とあって、サウンド的に新鮮というのは、それはいいよね、とわたしも思った。音って、とてもエモーショナルなものであるのと同時に、直観的で本質的なものだから。

そして今朝、わたしの古い相棒(BOSEくん)が昨日どうやってもかけれくれずにイジェクトしてもくれなくなったCDを起きてすぐにかけたら、シャワーを浴びてバスルームから出てきた息子が「朝のジョアンはいいよね」と言ったから、わたしは「へえ、そうか」と思った。わたしゃてっきり、「休日でもないのに朝から気が抜けるぜ」とか言われるかと思ってたんだけどさ。
で、「このジョアン・ドナートの曲。やっぱ名曲だよ!」と言ったのでした。
このアルバム、『彼女はカリオカ』におけるジョアン・ジルベルトの『O SAPO』(カエル)は、風のように吹き抜けてゆく、軽くて速いリズム。でも、ジョアン・ドナートのはマサイが裸足で大地を踏みしめるようなグラウンディング感があって、裏のリズムも打っててもうちょっと複雑で、味わい深い。
どっちもいいんだけど、ジョアン・ドナートのほうは、土で焼いた小さなカップを手に、「これは温かいのみものを入れるとほのかに土のにおいがしてとてもおいしいんです」と言ったメキシコ人の感覚にも似てるような気がする。その感覚、わたしは備前が好きだからよくわかるのだけど、「土のにおいがしていい」なんていうのは白人の感性にはないものなんじゃないかな? ・・・・・・わかんないけど。
どうでしょう?

でも・・・・・・、まあね。
晴れて暖かそうに見えるけど実際は寒くて日が翳りやすい、物憂い春のいまの時期には、「自分」ってものがありすぎるほどあるのに繊細で傷つきやすい人たちのこんな音楽が、とても似合います。

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2019年4月 3日 (水)

今日のお昼、なに食べる?

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娘が先月で仕事を辞めて今月からは昼間もいるので、これからは交代でお昼をつくることにしたのです。
自分ひとりで仕事をしているとお昼を食べ損ねて夕方になるなんてこともしょっちゅうなので、つくってくれるんだったらあたくし、何を出されても文句は言いません。
お昼なんて基本、食べれりゃいいんです。
で、昨日の夕飯は餃子で、具がちょこっとだけ余ったのでした。
それを使って今日、娘がつくってくれたのはチヂミ。
このひとはうちではいちばんの倹約家です。食材を無駄にしない。
コンピュータの前にいて「お昼できたよー!」と呼ばれて食卓につく、この新鮮さ。
いつ以来でしょうか?
やったー!
娘の仕事は遅いけど丁寧です。
このチヂミもとってもおいしかった。
これからもよろしくお願いしまーす♪

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