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2018年8月17日 (金)

レスキューレメディー

18hacimansama

今朝起きたら大気が爽やかでびっくりした。
クーラーのタイマーが切れてもそのまま汗かかずに眠っていられた。
開け放った窓から入ってくる風が心地よく、でも陽射しは夏で、青空と木々のコントラストは今日もくっきりしてる。
美しい夏空。
みんみん蝉の鳴く桜並木の下、鮮やかに木漏れ日がさざめく舗道の上を、真夏の青い海のような、くっきりした夏空のような青いTシャツを着て出かけた。
今日、4回めの整体。
わたしの右肩の痛みはほとんどなくなった。
左手で珈琲のハンドドリップをするのはすっかり慣れたけれど、もう右手でできるかもしれない。エプロンの紐も後ろ手で結べるようになった。相変わらず重たいものは持たないようにしてるけど、ほとんど家事も仕事もふつうにできるようになった。ただうっかり根を詰めてキーボードを叩いているとやっぱり右手がおかしくなってくるし、ずっとクーラーをかけて寝ているせいで冷えるのか、朝起きると右肩から腕が固まっていて動かしずらい。壁に手を突くと左手は直角にまっすぐ腕を伸ばせるけれど、右手はまだ全然そうできない。鏡で見ると肩の位置はまだ左右対称ではなく、合掌すると肘の位置も前後している。
それに対してのゴッドハンズの答えは、このあいだ激痛だったときに肩関節がまた石灰沈着を起こしていたんだろう、と。1回固まってしまったものはそうそう動くようにはならないけれど、ここからは稼働領域を広げていかなくてはならない。現状を変えるには刺激を与える必要があって、いきなり過激なことはしないけど、その刺激によっても身体は反応するし、それは正しい姿勢になろうとする力と長年培ってきた元の身体に戻ろうとするコンサバティブな力の拮抗するところだから、とうぜんなんらかの不具合が出てくるだろうし、かならず壁に突き当たることがでてくると思います。てなことだった。それはこのあいだも聞いた。でもやると決めたからにはやらねばならない。5年後、十年後の自分の身体を考えたとき、いまちゃんとやっておいたほうがいいと思えるからだ。父を見てても思うけれど、いまのままいったら間違いなく、いつかまともな姿勢で歩けなくなるときがきそうだから。近所でも街なかでも、老若男女関係なく、おかしな歩きかたをしている人をいっぱい見る。そうならないように。
身体に不具合が出てきてからはプールで泳いだ後もそうだけれど、整体に行った後は必ずどこかに痛みや反応が出る。それは正しい反応なんだと思う、きっと。
今日はゴッドハンズ推奨の足指捻り体操を教わった。
これを毎日やりつづけたら必ず足は変わる、とのこと。
理想的には2週間後、といわれたところを3週間後に予約した。
月末にかけていくつか予定が入っていたし、父がどうなるかわからなかったから。

帰りに父のところに寄った。
実家には妹に頼まれたことがあって日曜日も来たから6日ぶり。
そのときも父はわたしが来たことには無反応で、わたしはただ父の顔だけ見て用事をすませて帰ったのだけれど、今日来たら父の様子はさらにひどく、さらに別ものになっていた。
ベッドで寝ていてもしょっちゅう喉の奥をガラガラいわせて、痰でもあがってくるのかサイドテーブルにあるティッシュペーパーを取ろうともがき、ティッシュを取ると口の中に入れては舌を拭っている。それでも足りないときは言葉にならない声で妹に助けを求め、妹は濡れたガーゼで拭ってやるのだけれど、拭っても拭っても、すぐにまた父はおなじことを訴える。その光景はかつて病院で見たことがあるような気がして、わたしはこれってもう自宅で介護できるレベルじゃないんじゃないか、病院に入院させたほうがいいんじゃないかと思うのだけれど、妹は今日は一日こういう感じなんだよね、でも取ってみると痰という感じでもないし、と悠長なことをいう。医者にすぐに見せられたらいいけれど、あいにくかかりつけ医は今週末までお盆休みで、だから(そこに勤める)妹は今日、家にいるのだった。
ずっと一緒に暮らしている人間の感覚とたまにしか会わない人間の感覚にギャップがあるのは当然としても、わたしは父のあまりにつらそうな様子にショックをうけてしまって、父がやっと落ち着いて横になってからもしばらく茫然と見ているしかなかった。そしてようやく父がいつものようにぽかんと口をあけて寝息を立てはじめたのを見ると、わたしはそっと近づいていって家から持ってきたレスキューレメディーを開いている口の中に4滴たらした。その瞬間、父の瞼がうっすら開いたからてっきりアルコールの刺激でも感じて何かいいだすかと思ったら、父はちょっと口をもぐもぐしてから眠ってしまった。レスキューレメディーのせいかどうかはわからないけれど、そこからは安らかな眠りだった。
家に帰ってから気づいたことには、これまでわたしが買ったフラワーエッセンスは全部アルコールベースだったのに、今回父のために選んで買った4本は期せずして全部グリセリンベースだった。試しにその中の1本を自分の舌にたらしてみたらとっても甘くて、それで(甘いもの好きの)父は違和感を感じなかったか、とわかった。
父が静かに眠りはじめたあとで妹に、とにかく休日明けにすぐに先生に診てもらうとして、父のいまの状態だとここ数日でどうにかなってしまう可能性もあるから覚悟したほうがいいかもしれない、といった。だいじょうぶ? と聞くと妹は、わたしだいじょうぶだよ、とはっきりいった。それで最後にわたしはフラワーエッセンスについて簡単に説明して、レスキューレメディーだけでも朝晩かならず、それ以外いつでもタイミングのいいときに1日4回以上、父にあげてくれないかと頼んだ。これは薬じゃないから薬との飲みあわせの問題もないし副作用もない、舌の上に4滴たらすだけだから嚥下にも関係ない、そしてかならず効く、といって。一緒に暮らしてないわたしにはもう食べない飲まなくなった父にしてあげられることはほとんどないし、それが最期の頼みの綱だった。
今日も帰りに八幡様に寄った。
ここでは来週末、毎年恒例の収穫祭が行われる。
小・中学生だったころは夏休み最後のイベントで、長い休みのあいだに会えなかった友達たちの顔が見られるのが楽しみだった。また学校がはじまる、という思いと、ついにこれで夏休みも終っちゃうんだ、というさみしさと。
下町育ちの父が好きだった射的、輪投げ、金魚すくい。
帰りに母の好きな綿あめを買って帰るのが常だった。
今年、父が自分の足で歩いてここに来られることはないだろうけど、お祭りのお囃子は介護ベッドで眠る父の遠くなった耳にもとどくだろうか。

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父の認知症」カテゴリの記事

コメント

私の所もやっと義父の病院に行ってきました。
こうなる前にと思っていたんだけど、家族の誰も
こうならないと動けなかった、というのが正直な所。

今の義父は、同じ時間に起きて、同じ朝食を食べ
同じ場所に買い物に行って、同じような昼食と夕食を
食べる以外はずっとTVの前で過ごしているようで
短期記憶が出来なくなっています。

お医者様に生活で困っていることはない
と言い切るということは、やはり認知症なんだなと
病院に付き添っていて、感じました。

義父を見ていて思うのは、きっと主人も同じようなことを
私に言い、癇癪を起し、義母の困った顔が、
このままいけば、私の表情そのものになるのかと
思うと、何だかため息しか出ないなということ。

そして、私は義母のようには出来ないなというのが
確かな答えです。


投稿: ノブタ | 2018年8月26日 (日) 22:23

ノブタさん、こんばんは!

このノブタさんのコメントからひと月半余りが経ちました。
その間にいろいろなことがありました。
いちばん大きかったことは、父が亡くなりました。

それでこれはノブタさんが赤の他人だからじゃない、何度か会ったことのある人だから言うことなんだけど、このコメントを最初に読んだときに違和感を感じました。

お義父さまのことは、一緒に暮らしていないし、嫁のノブタさんとしてはやっぱり自分の肉親ではないから他人の家庭にズカズカ踏み込めない遠慮もあっただろうし、結果的にどうあれ、このタイミングしかなかっただろうと思います。
たとえ自分の肉親であったって、一緒に暮らしてなければ一緒に暮らす姉妹への配慮や遠慮から言えないこと、言ったってどうにもならないことがいっぱいあるから。

わたしが違和感を感じたのは最後の6行かな。
まずノブタさんのご主人はお義父さんと(似てはいるかもしれないけれど)同じ人間じゃない。そしてもちろん、ノブタさんはお義母さんではない。
だからいまからノブタさんがお二人とは別の道を選ぶなら、同じようにはならないと思うの。
でも、ノブタさんがいまからこう思ってると、たぶん必ずといっていいほどそうなる。

で、ノブタさんがはっきり「私は義母のようにはできない」と思うなら、別の道を探すべきだ。間違いなく。
わたしならそうする。
思いつく限りのことをして結果同じになったらそれはそれだけど、わたしはならないと思う。

これまでさんざん波動だなんだって世界にいたノブタさんだったらわたしの言ってることわかるよね?

ノブタさんが変われば相手も変わるよ。
反対も真なり。

何か方法を探して。

たとえば認知症を予防するための策ならいろいろある。
性格的なことならわたしはフラワーレメディーをおすすめします。
ノブタさんにも旦那さんにも。
最初はこんなもの効くんだろうかと思うかもしれないけれど、効きます。
それは本人に知られずに飲みものに入れたとしても効果には関係ない。
で、毒でもなければ副作用もありません。
試してみる価値はあるんじゃないかな。

・・・・・・ というのは、わたしの頭の中にずっとあったことです。
お返事がこんなに遅くなって申し訳なかったけれど、
なんだったらいつでも電話ください。
自分の父で学習したこともあるから。

何はともあれノブタさん、嫌だと思うんなら
同じ道を進んじゃいけない。

投稿: soukichi | 2018年10月15日 (月) 00:21

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