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2018年8月15日 (水)

休日のひとりごはん

18hiyashi_cyuka

お盆明け、風のつよい朝。
風に乗って死者たちの魂が帰ってゆくような。
そして夏休みの最終日。
夏休みといっても息子と休みが1日もかぶらなかったから、仕事をしなくていいだけで毎日ほとんどいつもどおりの生活だった。
今日、娘がアルバイトに行くとき玄関でわたしに「ちゃんと何か食べてね」といった。
まるで仕事に行くおかあさんが子どもにいうみたいに。
家で仕事してるとお昼を食べそびれることはしょっちゅうだから、わたしが何も食べないと思ったのだろうか。
今日も気づけば午後2時、それから冷やし中華を作った。
冷やし中華っていうのも最近外で食べないもののひとつだな、と思う。
自分で作るとけっこう手間がかかるから高いのはわかるんだけど、ふつうの中華料理屋さんのは高い割にたいした具も入ってなくてあんまりおいしくないから。
家で作るとお野菜も錦糸卵もたっぷりのせて、ごまだれのほかに有機すりごまもたくさんかけて。しみじみおいしい。つめたい三年番茶と。
それから夕方、思い立って電話をした。
昨日、夕張メロンを食べて思いだしたひとに。
この夏、異常な暑さの上に豪雨もあったからずっと気にかかっていたし。
誰かに電話をするにも家にひとりでいるときのほうが気楽でいい。
しばらく呼び出し音が鳴って、ようやくでてきたひとは最初ちょっと元気のないような声をしていたけれど、わたしが名前をいうと弾けるような声に変わった。
それから小一時間ばかし長電話をした。
長電話するのなんて、いつぶりだろう。
『長電話』っていうこと自体、もうノスタルジーみたいな。
いつもわたしはこのひとの歳を忘れてしまうのだけど、母が生きてたらおなじ歳だったんだ、と思う。今年86歳になるというひとは、死にかけのわたしの父とちがって明晰で、明るく闊達で、若々しかった。実際はどれほど心細いことがあるだろうと思わずにはいられないけど、85歳の独り暮らしはつよい。
今日も気を遣うことなく話は弾み、今日も初めて聞く話をいろいろ聞けて純粋に楽しかった。きっと彼女も昔よりいまのほうがわたしの性格をわかってくれているんじゃないかという気がした。ある意味ではわたしはあのころとぜんぜん変わってない。でも、別の意味ではまったく変わった、ということもできる。つまり、ひとりで生きてきた母として。あのころよりずっとたくましくなった。おなじ女性として、彼女もそれを認めてくれているんだろう、きっと。
赤の他人同士がわかりあうにはそれだけ時間が必要だということ。
いや、血のつながったもの同士だってわかりあうには時間がかかる。
いったい、わたしはどれだけ母のこと父のことをわかっていただろう。
電話は切れそうでなかなか切れず、彼女は「かけてもらった電話なのにごめんね」と何度も何度もいい、そんなところも昔とおなじだった。
今日、電話してよかった。
遠くにあって、切れそうで切れない一本の細い糸。
儚くも懐かしい、人とのつながり。
電話を切ってからブタの貯金箱に500円玉をひとつ入れた。
彼女の健康としあわせを願って。

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