« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »

2018年8月31日 (金)

8月が終わる

18genmai_saisyoku

このあいだひさしぶりに実家の駅前近くの『和かふぇつゆくさ』で、『つゆくさごはん』を食べた。
つゆくさのごはんは、ハレとケでいうと、ケのごはん。
とくべつなごちそうではないけど、からだにいい、ちゃんとしたごはん。
うちの息子が外ではお金を払って食べないごはん。
どれも自分で作れそうなものばかりだけど、かといって毎日これはやれないよな、とわたしなんかは思ってしまう。
それで、たまにそういうごはんを食べると、ああ、わたしももうちょっと日々のごはんをなんとかしなくちゃ、とか思ったりして。
今日のお昼は昨晩そうやって作った夕飯の残りもの。
いつもは食べきれる分しか作らない主義だけど、お惣菜をいくつか作ったらさすがに余った。お豆腐のハンバーグにかぼちゃの煮もの、ピリ辛たたきキュウリに玄米ごはん、なめことお豆腐のお味噌汁。昨日はこれにナスの和風マリネもあった。
今日はそのうえスイカも食べてしまう。

18suica

今年は暑かったからスイカがおいしくて娘とたくさん食べた。
(息子はスイカを食べるとお腹を壊すって、1回しか食べなかった。)
今年はこんなに暑かったのに、1回もかき氷を食べなかった。
外は Cats & Dogs。
空は青空で晴れてるのに雷がドカンドカンうるさいくらい鳴ってて、横っぷりの激しい豪雨。さっき窓から外を見たら雨の滴で世界じゅうがきらきら光り輝いてて、8月の終わりとしては最高の演出だなって。
夏の驟雨は夏の驟雨でしかなくて、それは春の雨でも秋の雨でも冬の雨でもない。
わたしは夏の驟雨が大好きで、それは夏が苦手なあなたにはわからない。
7月もハードな月だったけど、8月もかなりヘヴィな月だった。
それも今日で終わり。
父はなんとか8月を乗り切った。

| | コメント (0)

2018年8月24日 (金)

やっと月・・・・・・

180824moon

自分の調子がやっとよくなってきたと思ったら相棒(カメラ)の調子が悪くなった。(電源をOFFにしてもOFFにならない。)自転車の後輪は何回空気を入れてもらっても乗るとヘタってる。父の容体が悪くなってあわてて実家に行こうとすれば家のドアが閉まらない。(経年劣化でドアの下のコンクリートが腐食して陥没ならぬ、隆起してるのだそうだ。)
そして昨夜は夕飯食べ終わってコンピュータの前に座ったら足もとがぐっしょり濡れてて、バカなわたしはうっかり自分で机の上のコップでもひっくり返しかと思ってたら、いくら拭けども拭けども乾くどころかどんどん濡れてきて、バスタオルを何枚敷いてもぐしょぐしょになるばかり。さすがにこれはおかしい、と思ってタオルを取りに行ったついでに娘に話せば、「それって、『生き人形』の話にでてきたやつじゃない?」などとこわいことをいう。もう夜も遅いというのに。
どれどれ、とわたしの部屋に見に来た娘とあらためて床以外のところを見てみると、カーテンまでぐっしょり濡れてる。それでそのときはじめて上を見上げて、あっ! と思った。なんとクーラーから水漏れしているではないか!!
でもすでにそのとき夜中で、外は台風のまっただなか。
雨はまだ降りだしてなかったけど風が吹き荒れてるから窓を開けるわけにはいかないし、室外機を見にベランダに出ることもできない。コンピュータの電源を落とす前にあわてて週間天気予報を確認すれば、台風一過の後はまた連日35度の真夏日が戻ってくるっていうじゃないか。
いったいほんとに、今年はなんて年なんだろう・・・・・・

しかたなく昨夜はポタポタ水が漏れつづけるクーラーの下にタオルを何枚もはさんで寝たものの、荒れ狂う風の音とクーラーの水漏れが気になってなかなか寝つけず。眠れないと父のことも気になってくるし、そうなるとてきめんに痛くなってくる肩・・・・・・。
それでも人間、ほんとに切羽詰まると頭も身体も動くもんだと思う。
寝不足にもかかわらず今朝は早く起きて、昨日出た大量の濡れタオルを洗濯機に放り込み、濡れたカーテンと床に除湿機をかけつつ、『クーラーから水が漏れる』とネット検索して室外機を点検した。で、自分ではどうにもならないとわかったらもうグズグズ考えてる暇はない。そうじゃなくたって今年のスーパー猛暑でエアコン業者はどこもてんてこまいで取り付け工事の予約が取れないっていうのに。
そこからは朝ごはんも食べずにコンピュータの画面にかじりつき、いくつかのエアコンのスペックとサイズと価格を比較して、高い買い物にはちがいないけどもう迷ってる暇はない。エイヤ!っとヨドバシドットコムで数年来の念願だった白くまくんをカートに入れて、カード決済した。インターネット上に家電のネットショップ数あれど、商品と取付・取り外し工事費用とリサイクル費用をそれぞれカートに入れて、向こうから電話をかけてくれるように設定して決済できるヨドバシドットコムはわたしにとっては神である。これまでだってある日突然、毎日使う必需品の家電が壊れるたびに、何度助けられてきたことか。わたしにとっては溜め息が出るような痛い出費だけど、いいかげんここまで先延ばしにしてきたのがいけなかったんだろう。もう20年以上も使ってるクーラーで、ずいぶん前から電源入れてもなかなか動かなかったり、やっと動きだしたと思ったら離陸した直後の『紅の豚』みたいにパラパラパラパラ凄い音がしたりして、毎年夏の間中いつ壊れるかとハラハラした。もう来年からはハラハラしなくてすむんだ。よかった!
でもさすがスーパー猛暑。
いつもだったらすぐ取り付けてくれそうなものなのに、速攻で買って、最短で設置手配して、なんと28日だって。今日はまだ風があるから家じゅうの窓あけはなしてクーラーなしでもどうにか動きまわれてるけど、明日からは? 
暑がりの息子だっているのに・・・・・・。
で、午後はまたしゃかりきに動いてまず自転車屋さんでタイヤの応急処置してもらったついでに顔見知りの電気屋さんに寄ってみた。そこの奥さんときたらもうわたしと真反対の逞しい女なのだ。わたしなんか困ったときにこのひとの顔見るだけでもちょっと安心しちゃうくらいだ。たくましい腕を組み、鼻の頭にシワを寄せてわたしの話を聞いていた奥さん、「そりゃ、室外機のホースの詰まりだね」といった。それで、「割り箸でもなんでもいいから細長い棒で室外機の水が出る方のホースを突ついてみて。それで詰まってたものがドロっと出てきたら水漏れしないで動くかもしれないし、それでもダメなら室内機の問題かもしれないし。とりあえずやってみて、どうしてもダメだったらここに電話して」と、店のパンフレットをくれた。それから帰って遅いお昼を食べて腹ごしらえしてから、昨日濡れた床からはじまって家じゅうの掃除をし、最後にベランダに出てもういちど室外機のホースを探し、電気屋の奥さんにいわれたとおり、割り箸をつなげて長くしたので突ついてみた。たしかに白い割り箸に泥のようなものがついて黒く汚れる。でも何かがドロっと出てくる気配はないなあ、と思ってよく見たら、ホースの下のコンクリートに、すでに泥のかたまりのようなものがある。もしかして昨日の暴風雨がホースの途中にあいてる穴から入って、すでに詰まってたものが押し出されたのでは? と思って、部屋に戻っておそるおそるクーラーの電源を入れると・・・・・・
ややあってから動きだしたクーラーの送風口からはたしかに冷たい風がでてくる。・・・・・・
水漏れはしてない!
ふう~~~、助かった。
これであたらしいクーラーが来るまでのあいだ数日でも動いてくれればなんとかなる、あさっては出かけられる、とほっとして空を見上げれば、夕空にきれいな月。
いろいろあってすごく疲れる1日だったけど、今日一日も無事に暮れてゆきそうです。

| | コメント (0)

2018年8月22日 (水)

ワカモレとタコス

18guacamole

息子は土曜日から今日まで夏休みで、昨日のランチはほんとはタコスランチの予定だったのだけれど、昨日ああいうことになって作れなかったから今日作った。
写真は、はじめて作ったワカモレ。
このあいだ近所のメキシカン・レストランで食べたワカモレがおいしかったからネット検索して作ったのだけれど、レシピと作り方を披露しているメキシコ人シェフの包丁さばきが素晴らしく見事で、わたしもあんなふうに・・・・・・と思ったけれど、そこまではいかなかったかな。材料も作り方もいたってシンプルで、タマネギを超みじん切りにして、皮をむいて種をとったトマトを小さくダイスカットして、パクチーの葉と、青唐辛子も種をとってみじん切り。よく熟れたアボカドの真ん中にナイフを入れてねじるようにして割り、種をとったら果肉をスプーンですくってボウルに入れてマッシュし、ライムを絞って、そこにみじん切りした野菜と塩を入れてかき混ぜたらできあがり。
味付けはライムと塩だけというヘルシーさ。
レストランではそれが牛の形をした黒い石の器に入ってた。
さて、お味は? というと、近所のレストランのは日本人向けにアレンジされてたのかな。青唐辛子が効いて、わたしが作ったのほうがスパイシーくらい。
でも、そうそう、これ、という味。
タコスは最初の二皿だけセットして知樹さんのアートなお皿にのせて。
あとはそれぞれセルフで。

18tacos

最近わたしがお世話になってるゴッドハンズにしてミュージシャンのS氏によれば、メキシコってミュージシャンにとってはパラダイスみたいな国で、一度行ったら帰ってきたくなくなる国なのだそうな。それってミュージシャンなら誰でもなの? それとも日本人だけなの? あの映画の中から抜け出てきたみたいなメキシカン・レストランのオーナーとシェフは何ゆえそんな素敵な国を出てもう38年も日本(しかもこんなローカルな町)にいるの?
・・・・・・と、タコスを食べながらいろいろ謎が深まるランチタイムなのでした。
(こんどまたあのレストランに行ったらオーナーに聞いてみよう。あのシャイさと無口さだと、まともな答えは返ってこないかもしれないけれど・・・・・・。) 

| | コメント (0)

2018年8月21日 (火)

微かな希望

18aomomiji

昨日夜遅くに携帯が鳴って、妹からで驚いた。
そんな時間にかけてくること自体、何かあったんだろうと身構えてしまうのに、妹の話がなかなか核心にたどりつかないので聞いているほうは忍耐が必要だった。その妹によれば、今朝5時半に父の声で起されて部屋に行ってみると、父はベッドから落ちて頭を打ったらしく、頭が痛いといってうずくまっていた。でも見たところケガもなく、とくに問題もなさそうだったのでそのまま寝かせて、出がけに「今日もデイサービスに行ってね」といっていつものように出勤して昼休みに帰ってみると、父はけっきょくデイには行かずに家で寝ていたらしい。相変わらず喉の奥がゼロゼロいっていてしきりに痰を出そうとしていて、熱を測ると8度7分もある。すぐに先生に来て診てもらったところ、すでに誤嚥性肺炎を起していて、脱水症状もある。このまま何も手を施さなかったら数日もたないよ。でも点滴をするにしても、もうあまりいい血管が残ってないから難しいかもしれない。それにあなたのお父さんは、おとなしくじっといられる人じゃないから、途中でまた自分で点滴を外してしまうようなことがあったら困ったことになるし、なんにもならない、どうしますか? 聞かれる局面があった。
でも先生にそういわれたからって自分は「じゃあ、もう何もしなくていいです」とはいえなかったから、とりあえずだめかもしれないけれど点滴をお願いして、少し前に終わって先生が帰ったところ。もっと早くに電話しようと思ったけれど、まさか今日こういうことになるとは思ってなかったから、という。
ついに父もこういうところまできてしまったか、と妹と話した。
父はもともとかなり食の細い人ではあったけれど、6月にごっそり歯が抜けてしまったのがはじまりだった。それが何かの合図であったかのように父は食べなくなり、まるで「歯がなくなったらもう食べられない」と自分の脳にインプットしてしまったかのようだった。歯が抜けた後の父の顔が一気におじいさんぽくなってしまったのにはわたしもびっくりしたくらいだから、さぞかし本人鏡で自分の顔を見てショックだったんだろう。足腰のことに次いで「こんなになっちゃって・・・」が父の口癖になった。そして食べられなくなって口を動かさないでいたら瞬く間に咀嚼に必要な筋肉が衰え、固形物ばかりではなく流動食さえ入らなくなり、さらに脳と末梢神経や筋肉とが連動する認知機能も衰えてしまったのか、しまいには水さえ、自分の唾液さえ飲みこむことができなくなってしまった。完全な嚥下障害。
何をもって人の寿命とするかは人それぞれ考えの分かれるところとしても、人も動物である以上、飲めない食べられないとなったら、それは自力ではもう生きていけないということだ。
母が肺がん末期になったときもほんとうにキツかったけれど、最期は病院だった。
それとくらべても違うキツさがあるね、と妹にいうと、でも最後に病院に入院するまでのあいだは、家で苦しむ母を看るのはやっぱりとても大変だった、と妹がいった。たしかに。そのときだって一緒に暮らしていた妹にはわたしには計り知れない苦労があっただろうと思う。
妹は昨夜は父の部屋で寝る、といっていた。朝になったら点滴のコックを変えないといけないからと。先生に教えられたとおりやるだけだけど、やったことないからこわいー、ともいっていた。家で看取ることを覚悟の上で妹が決断した在宅介護だけれど、ほんとうに大変。この先もどうなることか。

朝になってうちの子供ふたりに昨日の状況を話し、実家に向かった。
娘は何もいわなくてもついてきてくれた。
部屋の前まで来てドアノブを回すと鍵がしまっていてポストにもなかったから妹に電話すると、すぐに自転車で飛んできてくれた。
部屋に上がるなり強いビタミン剤の匂いがして、それはやっぱり点滴が外れてしまったからだという。朝気づいたら点滴が外れて布団がびしゃびしゃになっていて、でも抗生剤はほとんど全部、ビタミン剤も4分の3方入ったところだったからまだよかった、と妹はほっとしている。妹がすぐにクリニックにとんぼ返りしてしまった後は娘とふたりで留守番をした。
父はわたしが低い音で映画音楽のレコードをかけても、口の中にレスキューレメディーをたらしても静かに眠りつづけていた。
昼過ぎに近くのスーパー・マーケットにお昼の買いものに行った。
今日も外は灼熱で、薄暗い部屋の中とちがって外は夏のひかりであふれていて、蝉はみんみん鳴き、わたしはどんなに暑くてもやっぱり夏が好きだと思った。
それは父親譲りらしい。
昼休みに帰って来た妹と3人であわただしく簡単なお昼をすませたあと、先生と看護師さんがやってきた。点滴のおかげで父の血中酸素は想像以上に回復したらしい。あまりの回復ぶりに先生はびっくりし、妹は「これでちょっと希望が見えてきましたよ」と喜んだ。
先生が来たのに次いで、ケアマネージャーさんとオムツを持って来てくれたヘルパーさん二人、別のヘルパーさんが二人続々とやってきて、みなさんの居場所がないので娘とわたしはお先に失礼することにした。家を出てから、よく有名人が重病になったりすると医療チームが組まれて治療やケアにあたったりするけれど、87歳の認知症患者ひとりにあれだけたくさんの人が来てくれるなんて、やっぱり人はみんなに生かされてるのであって、自分ひとりで生きてるわけじゃないってことだよね、と娘と話した。それどころか、人の心臓が動いているのだって宇宙のサポートあってのもので、人は1人っぽっちに思えるようなときですらほんとうは1人ぽっちじゃない、常に何ものかによって生かされている。それはほんとうにありがたいこと。そして、いまの父の在宅医療のネットワークは妹がクリニック勤めでなかったらとうてい実現できなかったことじゃないかと思うから、妹にも感謝。

ともあれ父は生き延びた。
生き延びたということはきっとまだやれていないテーマがあるってことだろう。
体験して学ぶこと。
でも体験して学ぶといったって、もう五感が鈍って体験もしっかり体感できなければ、学びどころじゃない父にとって、そのテーマとはもしかしたら、むしろ父のまわりの人間、妹やわたしや、わたしの子供に向けられた学びなのかもしれない。
たぶんきっとそうだね、といいながら帰った。
帰りの電車の中から息子に「ありがたいことにおじいちゃんは順調に回復してるそうです!」とメールしたら、息子からは「とりあえず爺さんの件よかったです! いくつになってももう生きなくていいよという年齢は存在しないと思うので!」と返ってきて、そうか、そうだよなあと、しみじみ思う。
とりあえずハハとしてはそういうふうに思える息子を持ってよかったデス。

| | コメント (0)

2018年8月19日 (日)

メラレウカ完全復活!

18melaleucaalternifolia

昨日、生活の木のショップで『今だけ、ここだけで買える、めずらしい植物』というコーナーにマヌカティーツリーの苗木が売ってて、買おうかどうしようか迷った。小さな乾いた実みたいのもついててかわいらしかった。いつもだったら買ってしまうところなんだけど、いま重いもの持っちゃいけないといわれてるし、帰りに夕飯の買いものもしなきゃならなかったからあきらめて帰って来たけど、でもやっぱりあれは買っとくんだったかなあ~、なんて思ってる朝。
写真は、いつか枯れ木のようなのからわしゃわしゃ芽が出はじめた写真をアップしたメディカルティーツリー。いまはこんな。冬になったらクリスマスツリーにできるんじゃないかと思うくらい元気に大きくなってきた。思わず自分って緑の指なんじゃないかと思ってしまうほど。一年じゅう緑の常緑樹は、それこそ一年じゅうベランダを明るくしてくれる。
残念ながらセルリア・ブラッシングブライドは完全に枯れてしまったみたいだけど。

| | コメント (0)

2018年8月18日 (土)

夏のひかりを求めて

18medical_herb_garden

妹は今日出かける用事があるといっていたから、昨日の様子じゃ父をひとりにするのは危険だと思って代わりに留守番に行こうかと電話をすると、父は今日デイサービスに行ったというので驚いた。あの様子じゃ今日明日無事に家で過ごすのだって大変じゃないかと思っていたから。
でもなんとか行けたからだいじょうぶ、と妹はいう。
あんな体調でデイサービスに行けたというのがわたしには信じられなかったけど、でも家にいるとずっと寝たきりだというし、それだと昨日みたいに喉の奥に溜まったものを嚥下できずにひっきりなしに出そうと喘いでしまうだろうから、少しでも上半身が起きた状態で、何より介護のプロのもとで水分補給くらいでもしっかりさせてもらえるのはいいことのように思われた。一日中、弱冷房の部屋のなかで季節感もなくいるよりは、行き帰りのほんの一瞬でも夏の大気と光にさらされるのはいいことだ。
今日は昨日にも増して爽やかに晴れて、クーラーなしでいられる。
おとといまでの蒸し暑さが嘘のようだ。
もう秋だなと思うわたしに、息子が「やっとほんとの夏が戻ってきたね」という。
急に涼しくなってきたからって、みんなもう秋の気配とかいってるけど、これがほんとの夏だよ。異常な暑さにみんな慣れ過ぎちゃったんだよ、と。
たしかにそうかもしれない。
わたしが子供だったころ、真昼から午後2時くらいはクラクラするほど暑かったけど、でもそれだって毎日30度前後だったのだ。
なんたって、クーラーなしでいられたんだもの。
これくらいで正しい夏、少なくとも健康な夏といえるかもしれない。
大気や光の中にもうわずかに秋の成分が混じっているのはほんとだけれども・・・
それで勢い、実家に行く必要のなくなったわたしはでかけることにした。
一緒に暮らしてるんじゃなくたって家族にいまにも死にそうな病人がいると家の中の空気はぴりぴりしてくる。こんな日に家にいたってくさくさしていいことなさそうだったから。
それに今日は一年に一度か二度あるかないかの美しい日だ。
夏のひかりを求めて。

18medical_herb_garden12

向かったのは飯能にある、生活の木・薬香草園。
電車で向かう途中、窓から見えた景色もきらきらしててきれいだった。
ここのいいのは建物の中にいても外にいても爽やかなハーブのいい匂いがして心地いいこと。最初に迎えてくれたのはエキナセアの花は、いつ見てもおとぎ話の絵本の中から出てきたみたいにシュール。

18medical_herb_garden03

相棒(カメラ)の調子が悪くてちょっとピンぼけだけど、木にしがみついて鳴いてた蝉。蝉の身体も足もとの草たちも夏の陽にいまを限りと輝いてる!

18medical_herb_garden05

でも(実家に行かなきゃ行かないで)思い浮かぶのは父のことだ。
もう2年前の初夏?
父はこの椅子に座ってジュースを飲んでたっけな、とか。
あのときもうすでに父は上まで登る気力がなかった。

18medical_herb_garden04

切り花のユリは好きじゃないけど、ユリは自然のなかにあると美しい花だと思う。夢見るような夏のひかりの中で・・・・・・

18medical_herb_garden_01

そう、もう何度も書いてるけれど、夏の何が好きなのかって、このひかりが好きなのです。それはほかの季節にはないもの。ただの夏草だって輝く。

18medical_herb_garden07

そしてここにもいた。みんみん蝉。
頭の上からあまりにうるさくて、思わず「うるさい!」と声に出していってしまった。
このみんみん蝉、拡大して見て驚いたんだけど、なんと背中がドクロ模様なのだ。
びっくり。

18medical_herb_garden06

今日は爽やかといっても陽射しは強いから動くと汗をかくくらい。
そしてこのコントラスト。
夏の庭のヴィヴィッド。
むかーし、10代だったころ好きだったひと(大人の男・単なる片思い)は「ぼくはヴィヴィッドに生きたいんだ」と言ってて、その言葉はずーっと自分の中に残ってる。
わたしのヴィヴィッドは夏。
だから夏みたいな人が好き。

18medical_herb_garden010

そしていま、この瞬間に、もうすでにある秋の予感。
透明な青空にパンパスグラスが揺れてるのを見るといつも、ああ、もう秋だなあ、って思います。輝くシルバーの穂先。きれい。

18medical_herb_garden09

最後に、きれいなブルーのお茶になることでいま話題の『バタフライピー』の花を見た。見るからにマメ科の植物。

18medical_herb_garden10

それですっかりお腹がすいて、遅い昼ごはんをレストランで食べたのだけれど、レストランに入った瞬間、ああ失敗したな、って思った。ここのメニューはわたしには無駄にボリューミーなんでした。わたしは食べることはそんなにどうでもいいみたい。父みたいな年齢の人と入って食べられるようなものもないし。次回からはスイーツくらいの利用にしておこう。
ただ、どこもかしこも夏のひかりがきれいだったです。
『今日という日はギフト』の言葉どおり、今日、ここに来られてよかった。
父もいたら、妹もいたらよかったけれど、夏の陽はゆっくり傾いてきます。

18medical_herb_garden11

| | コメント (0)

2018年8月17日 (金)

レスキューレメディー

18hacimansama

今朝起きたら大気が爽やかでびっくりした。
クーラーのタイマーが切れてもそのまま汗かかずに眠っていられた。
開け放った窓から入ってくる風が心地よく、でも陽射しは夏で、青空と木々のコントラストは今日もくっきりしてる。
美しい夏空。
みんみん蝉の鳴く桜並木の下、鮮やかに木漏れ日がさざめく舗道の上を、真夏の青い海のような、くっきりした夏空のような青いTシャツを着て出かけた。
今日、4回めの整体。
わたしの右肩の痛みはほとんどなくなった。
左手で珈琲のハンドドリップをするのはすっかり慣れたけれど、もう右手でできるかもしれない。エプロンの紐も後ろ手で結べるようになった。相変わらず重たいものは持たないようにしてるけど、ほとんど家事も仕事もふつうにできるようになった。ただうっかり根を詰めてキーボードを叩いているとやっぱり右手がおかしくなってくるし、ずっとクーラーをかけて寝ているせいで冷えるのか、朝起きると右肩から腕が固まっていて動かしずらい。壁に手を突くと左手は直角にまっすぐ腕を伸ばせるけれど、右手はまだ全然そうできない。鏡で見ると肩の位置はまだ左右対称ではなく、合掌すると肘の位置も前後している。
それに対してのゴッドハンズの答えは、このあいだ激痛だったときに肩関節がまた石灰沈着を起こしていたんだろう、と。1回固まってしまったものはそうそう動くようにはならないけれど、ここからは稼働領域を広げていかなくてはならない。現状を変えるには刺激を与える必要があって、いきなり過激なことはしないけど、その刺激によっても身体は反応するし、それは正しい姿勢になろうとする力と長年培ってきた元の身体に戻ろうとするコンサバティブな力の拮抗するところだから、とうぜんなんらかの不具合が出てくるだろうし、かならず壁に突き当たることがでてくると思います。てなことだった。それはこのあいだも聞いた。でもやると決めたからにはやらねばならない。5年後、十年後の自分の身体を考えたとき、いまちゃんとやっておいたほうがいいと思えるからだ。父を見てても思うけれど、いまのままいったら間違いなく、いつかまともな姿勢で歩けなくなるときがきそうだから。近所でも街なかでも、老若男女関係なく、おかしな歩きかたをしている人をいっぱい見る。そうならないように。
身体に不具合が出てきてからはプールで泳いだ後もそうだけれど、整体に行った後は必ずどこかに痛みや反応が出る。それは正しい反応なんだと思う、きっと。
今日はゴッドハンズ推奨の足指捻り体操を教わった。
これを毎日やりつづけたら必ず足は変わる、とのこと。
理想的には2週間後、といわれたところを3週間後に予約した。
月末にかけていくつか予定が入っていたし、父がどうなるかわからなかったから。

帰りに父のところに寄った。
実家には妹に頼まれたことがあって日曜日も来たから6日ぶり。
そのときも父はわたしが来たことには無反応で、わたしはただ父の顔だけ見て用事をすませて帰ったのだけれど、今日来たら父の様子はさらにひどく、さらに別ものになっていた。
ベッドで寝ていてもしょっちゅう喉の奥をガラガラいわせて、痰でもあがってくるのかサイドテーブルにあるティッシュペーパーを取ろうともがき、ティッシュを取ると口の中に入れては舌を拭っている。それでも足りないときは言葉にならない声で妹に助けを求め、妹は濡れたガーゼで拭ってやるのだけれど、拭っても拭っても、すぐにまた父はおなじことを訴える。その光景はかつて病院で見たことがあるような気がして、わたしはこれってもう自宅で介護できるレベルじゃないんじゃないか、病院に入院させたほうがいいんじゃないかと思うのだけれど、妹は今日は一日こういう感じなんだよね、でも取ってみると痰という感じでもないし、と悠長なことをいう。医者にすぐに見せられたらいいけれど、あいにくかかりつけ医は今週末までお盆休みで、だから(そこに勤める)妹は今日、家にいるのだった。
ずっと一緒に暮らしている人間の感覚とたまにしか会わない人間の感覚にギャップがあるのは当然としても、わたしは父のあまりにつらそうな様子にショックをうけてしまって、父がやっと落ち着いて横になってからもしばらく茫然と見ているしかなかった。そしてようやく父がいつものようにぽかんと口をあけて寝息を立てはじめたのを見ると、わたしはそっと近づいていって家から持ってきたレスキューレメディーを開いている口の中に4滴たらした。その瞬間、父の瞼がうっすら開いたからてっきりアルコールの刺激でも感じて何かいいだすかと思ったら、父はちょっと口をもぐもぐしてから眠ってしまった。レスキューレメディーのせいかどうかはわからないけれど、そこからは安らかな眠りだった。
家に帰ってから気づいたことには、これまでわたしが買ったフラワーエッセンスは全部アルコールベースだったのに、今回父のために選んで買った4本は期せずして全部グリセリンベースだった。試しにその中の1本を自分の舌にたらしてみたらとっても甘くて、それで(甘いもの好きの)父は違和感を感じなかったか、とわかった。
父が静かに眠りはじめたあとで妹に、とにかく休日明けにすぐに先生に診てもらうとして、父のいまの状態だとここ数日でどうにかなってしまう可能性もあるから覚悟したほうがいいかもしれない、といった。だいじょうぶ? と聞くと妹は、わたしだいじょうぶだよ、とはっきりいった。それで最後にわたしはフラワーエッセンスについて簡単に説明して、レスキューレメディーだけでも朝晩かならず、それ以外いつでもタイミングのいいときに1日4回以上、父にあげてくれないかと頼んだ。これは薬じゃないから薬との飲みあわせの問題もないし副作用もない、舌の上に4滴たらすだけだから嚥下にも関係ない、そしてかならず効く、といって。一緒に暮らしてないわたしにはもう食べない飲まなくなった父にしてあげられることはほとんどないし、それが最期の頼みの綱だった。
今日も帰りに八幡様に寄った。
ここでは来週末、毎年恒例の収穫祭が行われる。
小・中学生だったころは夏休み最後のイベントで、長い休みのあいだに会えなかった友達たちの顔が見られるのが楽しみだった。また学校がはじまる、という思いと、ついにこれで夏休みも終っちゃうんだ、というさみしさと。
下町育ちの父が好きだった射的、輪投げ、金魚すくい。
帰りに母の好きな綿あめを買って帰るのが常だった。
今年、父が自分の足で歩いてここに来られることはないだろうけど、お祭りのお囃子は介護ベッドで眠る父の遠くなった耳にもとどくだろうか。

| | コメント (2)

2018年8月15日 (水)

休日のひとりごはん

18hiyashi_cyuka

お盆明け、風のつよい朝。
風に乗って死者たちの魂が帰ってゆくような。
そして夏休みの最終日。
夏休みといっても息子と休みが1日もかぶらなかったから、仕事をしなくていいだけで毎日ほとんどいつもどおりの生活だった。
今日、娘がアルバイトに行くとき玄関でわたしに「ちゃんと何か食べてね」といった。
まるで仕事に行くおかあさんが子どもにいうみたいに。
家で仕事してるとお昼を食べそびれることはしょっちゅうだから、わたしが何も食べないと思ったのだろうか。
今日も気づけば午後2時、それから冷やし中華を作った。
冷やし中華っていうのも最近外で食べないもののひとつだな、と思う。
自分で作るとけっこう手間がかかるから高いのはわかるんだけど、ふつうの中華料理屋さんのは高い割にたいした具も入ってなくてあんまりおいしくないから。
家で作るとお野菜も錦糸卵もたっぷりのせて、ごまだれのほかに有機すりごまもたくさんかけて。しみじみおいしい。つめたい三年番茶と。
それから夕方、思い立って電話をした。
昨日、夕張メロンを食べて思いだしたひとに。
この夏、異常な暑さの上に豪雨もあったからずっと気にかかっていたし。
誰かに電話をするにも家にひとりでいるときのほうが気楽でいい。
しばらく呼び出し音が鳴って、ようやくでてきたひとは最初ちょっと元気のないような声をしていたけれど、わたしが名前をいうと弾けるような声に変わった。
それから小一時間ばかし長電話をした。
長電話するのなんて、いつぶりだろう。
『長電話』っていうこと自体、もうノスタルジーみたいな。
いつもわたしはこのひとの歳を忘れてしまうのだけど、母が生きてたらおなじ歳だったんだ、と思う。今年86歳になるというひとは、死にかけのわたしの父とちがって明晰で、明るく闊達で、若々しかった。実際はどれほど心細いことがあるだろうと思わずにはいられないけど、85歳の独り暮らしはつよい。
今日も気を遣うことなく話は弾み、今日も初めて聞く話をいろいろ聞けて純粋に楽しかった。きっと彼女も昔よりいまのほうがわたしの性格をわかってくれているんじゃないかという気がした。ある意味ではわたしはあのころとぜんぜん変わってない。でも、別の意味ではまったく変わった、ということもできる。つまり、ひとりで生きてきた母として。あのころよりずっとたくましくなった。おなじ女性として、彼女もそれを認めてくれているんだろう、きっと。
赤の他人同士がわかりあうにはそれだけ時間が必要だということ。
いや、血のつながったもの同士だってわかりあうには時間がかかる。
いったい、わたしはどれだけ母のこと父のことをわかっていただろう。
電話は切れそうでなかなか切れず、彼女は「かけてもらった電話なのにごめんね」と何度も何度もいい、そんなところも昔とおなじだった。
今日、電話してよかった。
遠くにあって、切れそうで切れない一本の細い糸。
儚くも懐かしい、人とのつながり。
電話を切ってからブタの貯金箱に500円玉をひとつ入れた。
彼女の健康としあわせを願って。

| | コメント (0)

2018年8月14日 (火)

夏を感じに。

18melon_parfait_01_2

今日も朝からとびきり陽射しが強くて、外は暑い。
暑いけれど、でも一日クーラーをつけた家にいるより外で暑い夏を感じたくて、娘を誘ってでかけた。国立へ。
ほんとは前から行ってみたかったお店があって、そこのランチに間にあうように出てきたのに、うっかり営業日を見間違えちゃったみたいだ。店の前まで行ったら明日までお盆休みの張り紙があった。
それで2番めに行くつもりだったロージナ茶房へ。
ここにはパフェを食べに。
これまでここには何度も来ていたのに、ロージナ茶房にパフェがあるって知らなかった。しかもメニューを見たら思った以上にいろいろあってびっくり。チョコバナナパフェなんかはどこにでもある、それでいつ食べてもハズレのないパフェの王道として、いましか食べられない季節のパフェを頼んだ。
メロンパフェ。
ウェイトレスの女の子がパフェをトレーに乗せて2階に上がってきたら、みんなの視線が釘付けになった。思わず「おお~♪」といってしまいそうな、なんとも素敵なルックス。なんたってこのメロンの盛り方が豪華!
食べたらめちゃめちゃおいしかった。
なんとこの日使われていたメロンは夕張メロン。
グラスの中もありがちなフレークとかスポンジとかブラウニーとかよけいなものがぜんぜん入ってなくて、アイスクリームと生クリームとシロップだけという、シンプルで理想的な組みあわせ。
メロンのおいしさと生クリームとアイスのおいしさを堪能した。
それが850円で食べられるなんて。
こんなの食べちゃったらあたしゃもう、めちゃめちゃ高い癖にホイップクリームなんか使ってる某フルーツパーラーなんてもうぜったい行かない、と思ってしまった。
高いだけで、あれはほんとにがっかりだった。
よけいなものが入ってないから妙に甘すぎたりすることもなく、後味はさっぱり。
このあと遅いランチにアンチョビと玉ねぎのピザをシェアして珈琲も飲んだのだけど、どちらもおいしかったです。ひとつお隣りのテーブルのカップルが食べてたカスタードプリンも大きくてカラメルソースたっぷりですごくおいしそうだった。
で、ここの名物として昔から国立は学生街だから、お腹すかせてビンボーな学生のためになんでも超大盛り、というのがあって、お隣りの女の子が食べてたスパゲティの量がハンパじゃなかった。とうてい自分じゃ、ひとりでは食べきれない量。
でも、どこに行ってもせちがらい今日び、昔ながらの大盛りをみんなに提供してるなんて、すごい心意気だと思う。
店の中には往年の客とおぼしきインテリゲンチャ風のおじさまもいて、ボスがいたらきっと、ボスもここ好きだろうな、と思った。そうしたらすぐに新宿3丁目の『エルザ』にいたころの若かりしボスが新聞広げて近くの席に座ってるのが見えて、ハンチングかぶった元気そうな顔のホセさんもいて、まさしく異人たちの夏・・・・・・
昔、ここに連れてきた某氏に「君がここを気に入ってる理由がちっともわからない」なんていわれたことがあったけど、彼って全然あたしとは感覚あわなかったな、なんて思いだしてる。
客がいなくなった部屋のまんなかで、テーブルの上に乗って汗かいてるレトロな銀のポットもナイス・ビュー。

18rojina_sabou

| | コメント (0)

ひまわりのブーケ

18sunflower_bouquet_01

昨日、帰りがけにかっこいい花屋で買ったひまわりのミニ・ブーケ。
一晩でだいぶだめになった。
夏の花はもたなくて、瞬く間にだめになってしまうけど、ほんの束の間でも彼女とわたしの部屋に夏のひかりを放ってくれてよかったと思う。
これから女友達との別れ際にはかならず花束をあげたい、と思うくらい。
何もそれほど特別じゃなくていいから、街中にもっと素敵な花屋がたくさんあればいいのに、と思う。きっと花を贈ることがそれほど特別じゃないパリならふつうに素敵な花屋が街中にあるんじゃないかと思うけど、パリには行ったことがないからほんとうのところはわからない。
彼女にあげたブーケの中にもひまわりが一輪入ってた。
二月生まれのわたしにはひまわりは似合わないと時々いわれるけれど、ひまわりは好き。夏のあいだに何度かは飾りたい。

| | コメント (0)

2018年8月13日 (月)

雨に降りこめられて

18garden_square

夏休み3日めの今日は、今日しか夏休みがないという友達とランチをした。
彼女に会うのはほぼ1年ぶり。
誰と会うんでもなぜかたいてい会う場所を決めるのはわたしで、休日に混んだ都会なんかに行きたくないから、いろいろ探してたら思いがけなく我々の実家近くで素敵なレストランを発見。「ここはどうかな?」とメールしたら、即座に「素敵!」という返事が返ってきて、話が早いっていつだって最高、と思う。
彼女にとっては見慣れた駅、わたしにとってはもはや懐かしの駅で待ちあわせて、歩くこと十数分。見るからに鬱蒼とした広大な敷地の中にお洒落な看板が現れて、駅からそう遠くない、こんなところにこんな一角があったなんて・・・・・・、と驚く。彼女のほうは前からなんとなくここの存在を知っていて、前から一度入ってみたいと思っていたそうで、やっと来られた、ってことだった。
通りをはさんで1階右手がお花屋さんで、左手がカフェ、2階がイタリアンレストラン。この感じ、まるで表参道か代官山か自由が丘みたいです。

18garden_square02

いまの時期はちょっと暑すぎるし虫も多いと思うけどテラス席も充実して・・・・・・

18garden_square03

何よりこれだけ緑が多いってところがわたし好みです。
休日くらい、緑に囲まれて思いっきりリラックスしたい。

18garden_square04

でも地元だからって甘く見てたらちょうどランチタイムだったせいか2階のレストランは満席で、「御予約ですか」と訊かれてしまった。さいわい、そう待たされないですんだけど、次回来るときは予約したほうがいいかも。
ランチは3種類あって、我々が選んだのは前菜の盛り合わせ・パスタ・フォカッチャ・デザート・ドリンクのセット。この前菜がボリューミーだった。

18la_ventura

外でパスタを食べるときは、ふだん自分では作らないのを選ぶわたしです。
これは白身魚とケイパーのトマトパスタ。

18la_ventura_01

デザートはレモンのムース。

18la_ventura_02

それで、まだデザートをまだ食べ終わらないころだったろうか。
だんだん窓の外が暗くなってきたと思ったら風が吹きはじめて、しだいに雨粒が音を立てて窓を叩きはじめ、やがて暴風雨に。そして激しい雷・・・・・・!
近くで立て続けに激しい雷の音が轟くたびにそれまでなごやかだった店内にどよめきが走り、外ではガランガランと何かが倒れたり吹き飛ばされてゆく大きな音。
あまりの急展開、あまりの物凄さにびっくり!
さっきまであんなに晴れていたのに・・・・・・・。
なんたって大きな窓ガラスの向こうは鬱蒼たる森だから、暴風雨に煽られてしなる木々もすごい迫力で、みんなしばし会話を中断して窓の外に見入っている。中にはガラスにiPhoneを近づけて動画を撮っている人も。
お喋りしながらのんびり食事をしていた我々もそろそろ出なきゃならない時間だったのだけれど、これじゃしばらく帰れないね、、、と。

18la_ventura_04

でも、いつもだったら夏の驟雨なんてあっという間にやむはずなのに、いっこうにやむどころか雷雨はひどくなるばかりで・・・・・・

18la_ventura_03

傘を持ってきたのか、それとも車で来たのか、だんだん客が出ていくなか、レストランのスタッフがテーブルを片づけはじめたので我々もしかたなく出ることにしたけれど、でも外はまだ土砂降りなのだ。さっき上がってきた階段だって。びしょ濡れ。
なんだかすごいことになっちゃったね、といいながら雨のなか階段を降りて、通りを渡った花屋を見せてもらうことにしたら、そこでも花屋が倒れた鉢や植物を見に行きたいんだけど、こんなに酷い雨じゃ身動きもできないと困っていた。ネイティブプランツの大きな鉢植えがたくさん置かれたかっこいい花屋。ガラスケースの花のチョイスもセンスが感じられて悪くなかった。この花屋のおじさんがすごくフレンドリーなひとで、なんなら椅子もあるからのんびりしていってくださいと言ってくれたのだけど、冷房の効いた花屋は寒すぎた。折しも雨が降りだしてからは気温が一気に下がって、半袖じゃ肌寒いくらいだったから。我々がお礼をいって外に出るとおじさんも一緒に出てきて、空を見上げて「西のほうはもうだいぶ明るいからじきにやむよ」といった。
でも実際のところはそのあとも全然やまなかった。
繰り返し何度も雷が鳴って雨脚が強くなって・・・・・・
我々は死ぬほどお腹がいっぱいだったからカフェでお茶をする気もしなくて、けっきょくカフェの前のベンチでしばらく雨宿りをさせてもらうことにした。
どれくらいだろう?

18garden_square06

いつまでたってもやまない雨を気にして外を伺うわたしに、彼女が「でも、こういう時間もいいね」といった。わたしもちょうど昔こんなふうに雨に降りこまれて駅前の喫茶店ですごしたことを思いだしていたところだったから、「うん。そうだね」といった。あれは結婚したてのころ、Sと。わたしたちは若かったからそれはそれでいい時間だった。突然の雨は非日常を連れてくる。
それからいろんな話をした。
彼女の仕事のことや家族のこと、亡くなった両親のことや、いまのお兄ちゃんのこと、それからすっかり忘却の彼方にあったクラスメートたちのこと。
そして何を思ったのか彼女が古い話をしだした。
自分は本を読むのがすごく苦手だったから、いつも本を読んでるわたしが憧れだったって。それでいつかわたしに『嵐が丘』を奨められて一生懸命読んだのだって。
嵐が丘? ヒースクリフ? なんでまた・・・・・・。奨めたという当のわたしはすっかりそんなこと忘れてしまっていた。わたしは『嵐が丘』は本より先に映画を観て、ものすごい衝撃を受けたのだった。死んでからまで愛しい人を呼びにくる亡霊、とか。それほど激しい愛。惹かれるのと同時に吐き気がする。
そして、そんなこというならわたしだって、3歳年上のお兄ちゃんがいて一軒家の2階で兄と隣同士の部屋で暮らしてる彼女に当時憧れてた。いつだったか彼女がわたしの母同様、ガミガミと口うるさい母親の目をかすめて、夜こっそり自分の部屋の窓から抜けだして遊びに行くというのを聞いて、「何それ、わくわくする! わたしもやりたい!」といったことがあった。それで彼女が「じゃあ、うちに泊まりに来る?」といって、冒険敢行の日は彼女の家にふつうに遊びに行っておばさんに挨拶して泊めてもらって、夜、窓から抜けだす彼女の後から同じように真似してわたしも外に出た。それから近くの高い塀を越えて・・・・・・
2階の屋根からどうやって地面に降りたかはもう憶えてない。
「で、それからどこに行ったんだっけ。吉祥寺?」とわたしが訊いたら、「そんなとこまで行ったっけ?」と彼女。自分としては吉祥寺サムタイムくらいに行った記憶なんだけど、ほんとうは近くの公園にでも行って早々に帰って来たのかもしれない。なんたって中学生の子供のやることだから。

18garden_square07

そんな古いことを思いだしたら、さしずめ彼女はわたしのハックルベリー・フレンドだなと思った。
それであれから何十年なの?
彼女は親の建てた家もあって旦那さんもいて犬も飼ってて、でも人知れずものすごい苦労をしてて、わたしたちこんなに苦労するはずじゃなかった。少なくともあのころはこんな未来がくるとは思ってなかった。人生は過酷? 何が起こるかわからない? だからこそ面白い? ・・・生きて元気でさえいればなんとでもいえるってこと。
まだ雨はやんでなかったけれど、少し小止みになったのをみはからって彼女が持ってきた小さな折り畳み傘を頼りに帰ることにした。人っていつだって自分のやってることより人のやってることのほうがリスペクトできて、たまに会うんだから今日は最初から自分が支払うつもりでいたのに、けっきょく払わせてくれなかったから帰りに花屋で小さなブーケをふたつ買った。自分のと、ハックルベリー・フレンドのと。
いつか、雨に降りこめられた今日のことも、瞬く間に思い出になるんだろうなと思いながら。

18garden_square05

| | コメント (0)

2018年8月11日 (土)

SUMMER LOVE ♡

18summer_love

いつもの土曜日。
今日から夏休みに突入。
海外のバカンスとちがって日本のお盆休みなんてあっという間に終わっちゃうんだけど、でも洗い終わった洗濯物をカゴに入れてたら自然と『朝日のあたる道』を口笛で吹いていた。as time goes by ・・・・・・
それで、オリジナルラブの『SUMMER LOVE』。
うちのBOSEのアンプ(超ロートルのWestBorough)は1日にたった1枚しかCDをかけてくれないうえに好き嫌いがとっても激しくて、1枚もかけてくれないこともよくあるんだけどなぜか(なぜか)オリジナルラブだけはスッとかけてくれる。もうこれはBOSEくんも田島貴男が好きとしか思えない。
『SUMMER LOVE』はジャケットからしてサマー・ラブにあふれてて、夏好き海好きにはたまらない、夏必須アルバム。ライナーに使われた写真、アート・ディレクションも素晴らしい。
そして、いつ聴いても思うのは、田島貴男の歌のうまさはもちろん、このひとのコーラスの入れかた、日本語の母音の音符の乗せかたのうまさは最高としかいいようがないってこと。
1995年の8月に東芝EMIからリリースされた、いまから23年前のアルバム。
田島貴男の癖のあるいまの発声、歌いかたとちがって、すごく若くてナイーブで儚さの漂う『Without You』は、いま聴いても胸キュン。イントロから曲間、フェイドアウトにまで入れられた波の音がいやがうえにも誘うから・・・・・・
海に行きたい。

180811sky

| | コメント (0)

2018年8月10日 (金)

ついに寝たきり。

18sarusuberi01

今日は右手が使えなくなってからずっと行けなかった父のところへ行った。
ますます食べなくなったという父に何を持って行こうかさんざん考えた末、このあいだひさしぶりにウニを食べたらすごくおいしかったことを思いだして、やわらかく炊いたおかゆにウニを持って。
最近はデイサービスに行かない日もあって、家にいるときは寝てばかりいるという父。それ以上に気になるのは、もともと食が細くて一日一食か二食しか食べなかったのに、最近は一日一食さえ食べなくなってきたということ。すでにすっかり痩せ細って骨と皮ばかりなのに、それじゃもう身体がもたないだろうと思う。しばらく見ないあいだにいったい父がどんなことになっているのか、ひさしぶりなこともあって少々こわごわでかけた。
実家に着いて部屋に入ると、父の部屋は相変わらずカーテンが閉められ、クーラーが音もなく作動していて薄暗く、静かだった。外は今日も35度もあって灼熱だったけれど、ここにいるぶんにはそんなことは全然わからない。コンピュータ制御のエアマット付きのベッドはさぞかし快適なんだろう。介護ベッドの上で父はいつものように口をぽかんとあけて眠っていて、近づいても気がつかないほど熟睡していた。そうしていると落ち着くのか、胸の上で手を組んでいて、その骨ばった両腕はまるでビーチに打ち上げられた流木のようだった。
ベッドの脇にはあらたにポータブル・レコードプレイヤーが設置されていて、ターンテーブルには父が40年以上も前に買った映画音楽のLPが載っていた。このあいだ妹が天袋を片づけたときに出てきた、赤いヴェルベット調の豪華なボックスに入った12枚組の『魅惑の映画音集。』それを買った頃が父がいちばん元気で、豊かに暮らしていた頃だったんじゃないかと思う。どんな曲が入ってたんだっけな、と思いながらそのレコードを手に取って眺めていたら、父がうっすら目をあけてこちらを見た。ようやく起きるのかなあ・・・・・・、と思ったその瞬間、父がいきなり不機嫌な顔をして、「なに人の顔じーっと見てるんだよ!」と怒鳴った。そして子供が癇癪を起したときみたいに両手を宙に振り回して、「もう、おとうさんは90にもなろうとしてるんだよ! 寝てるしかないんだよ!」といって、そっぽを向いてしまった。
いきなりだったからちょっと面食らったけど、特にショックでもびっくりでもなかった。
ただ静かに、ついに父は認知症の人格崩壊がはじまったか、と思った。
その父に、「懐かしいね、昔おとうさんが買った映画音楽のレコード。たまには聴くの?」と聞くと、父は向こうを向いたまま、「そんなもの聴かない。なんならあんた持って帰れ!」と吐き捨てるようにいった。
やれやれ、またこれか、とわたしは思った。
これまでにも父の誕生日とか敬老の日に良かれと思って少々無理してプレゼントしたものを、こんなものいらないから持って帰れといわれたことが何度もある。いくら認知症とはいえ、父のこのものの言いかたたるや、なんなんだろう。
「せっかく I ちゃんが少しでもおとうさんが楽しめるようにと思ってレコード聴けるようにしてくれたんでしょ。わたしは持って帰らないよ。でもまだ眠いんだったら、どうぞごゆっくり。わたしは邪魔しないから」といって襖を半分閉め、隣の部屋で携帯で妹にメールを打ちはじめた。おかゆとウニを持って来たけど、父は機嫌が悪くて食べさせるのは無理そう、と。
すると、眠るのかと思った父が何やらガサガサやっている。
近寄って「どうしたの?」と聞くと、「トイレだ」といって、明らかに狼狽した表情をしている。まずい! と思って「間に合わないの?!」と聞くと、さらに切迫した顔になる。起きれない、という父の両手をとって、うー、と唸っている父の身体をなんとか起き上がらせて足をベッドの横にだしてあげて、やっとの思いで父はベッドから降りてトイレに行った。ほんとに自分でトイレに行けてることのほうが、もはや不思議なくらいだった。
手を洗って戻ってきた父にいまがチャンスだとばかりに、「ウニがあるんだけどおかゆちょっと食べない? ウニ、おとうさん好きでしょ?」といってみると、「ウニ?」と眠そうな細い目がちょっとひらいて反応して、一瞬食べるかと期待したけどまたすぐ細い目になって、「食べない。もう90にもなるとそんなに食べられないんだ。無理なんだよ。それにいまトイレに行ったばかりで寒くて寒くて・・・・・・」といってまたベッドに倒れこんでしまった。「ああ、寒い寒い」という父に布団を掛けてあげると、父は「もう12月といったら1年で最も寒い季節だ。年寄りには寝てるしかない季節だよ。」ともっともらしい顔でいった。
「12月?! いまは8月だよ。真夏!」
わたしがそういうと父は「8月?」といって、まるで奇妙なものでも見るようにわたしの顔を見つめた。「そう8月。ここを見て。8月10日って書いてあるでしょ?」とさっき、父にこれでも見てろといわんばかりに渡された今日の新聞の日付を見せると、父は驚いたような顔をしたまま、「8月か。それなら真夏だ。」とつぶやいた。そして「ここにいるとそんなこと全然わからない。それにもうそういう身体になっちゃったんだよ。もう寝る。ほっといてくれ。」といった。
それでわたしは妹にメールを送信し、妹が帰ってきたらウニを食べてね、といって、電気を消して家を出た。
けっきょく父は今日も飲まず食わずだった。
それに数週間見てないあいだに父はすっかり別物になってしまったな、と思った。
夜道を歩きながら、このあいだ駅前の花屋にいわれたことを思いだした。
母を早くに亡くし、父は90近くまで生きたという、地元に古くからあって自分は三代目だという花屋のおじさんがいうことには、80も90も生きる人は業がとても強いんだよ、と。
業?
業といったら、これまで母のほうが業が強いと思っていた。
父が業が強いなんて一度も思ったことなかったけれど、でも考えたら母は生まれつきそんなに身体が強かったわけでもなく、繊細な感受性の持ち主で、どこか儚げなところのあるひとだった。毎日自分を怒ってばかりいる母がいつか突然死んでしまうんじゃないかというのが幼いわたしが抱える怖れだった。
それにくらべて父は一見、身体が小さくて弱そうでいて、人一倍負けん気が強くて自分のやり方にこだわりがあり、人に指示されるのも命令されるのも大嫌いだった。これまでだっていまだって、誰かのいうことを素直に聞いたためしがない。認知症の影響が大きいにしろ、在宅医療でわざわざ家に訪問してくれる医師の診察の手を痛いだの冷たいだのいって振り払うほどだ。
わたしが小さな子供だったころから大人になるまで、父はずっと穏やかでやさしい人だったけれど、その裏にはきっと多大な忍耐と我慢があったのではないか。あの始終小言ばっかりいっている母親の影で、人知れず傷つき、悩んだこともあったのかもしれない。
父は肝臓がんで、肝臓といったら怒りの臓器だ。
煙草吸いの父が肺がんではなく肝臓がんになったのは長年、肝臓に怒りや我慢を溜めこみずぎた結果なのではなかったろうか。
3人の子供を遺して早くに逝った妻の代わりに祖父が子連れの女性と再婚したことで、長男なのに家を出るしかなく、15歳から80近くまで働きつづけた父は、娘のわたしたちがいくらもう十分働いたからもういいんだよといっても仕事がないことを悔やみ、車を失ったことを悔やみつづけた。いまだって1銭も収入が無く、娘に頼るしかない生活に忸怩たる思いを抱きつづけ、事あるごとにいつまでもそれをしつこく口にする。そして87になり、すっかり身体の機能が落ちたいまですら父は人の助けの手を拒み、眠いときただ眠ること、疲れた時に休むことを自分に許すことができずにいる。それが逆に今日みたいな乱暴な態度、言葉になって表れているんだろう。
老いてまで自分を苛みつづける父の葛藤。
この期に及んでもまだ父は安らかならざる境地にいるようだった。
それが父の業で、カルマだった。
父は『寝たきり』のことを『寝っきり』といい、先月までは自分がそうなることをとても怖れているようだった。それに対して激しく抗っているようにも見えた。
でも、その父もついに寝たきりか。
それどころか、食べない飲まないではもう刻々と死に向かっているとしかいいようがない。こうなってはたして自分に何ができるだろう?
最近は父のところに来た帰りは、かならず八幡様にお参りして帰る。
今日もお参りをして、ふと気づくとこのあいだも、今日も、後ろで待つ人の姿があって、いまって、神さまに祈りたい人が多いんだな、と思う。

| | コメント (0)

2018年8月 9日 (木)

セルリアが枯れてきた

18serruria

毎朝おおきなHAWSのジョーロに水をぎりぎりいっぱい入れてキッチンとベランダを往復すること6、7回。真夏はそれを朝晩。それが、わたしのばらの水やり。ぎりぎりいっぱい入れると6リットルはあるし、フェンスにかけた高い鉢もあるから、朝からけっこうな労働。それはいまのわたしにはやれない、やっちゃいけないことだから、代わりに娘にずっとやってもらっていて、今日ひさしぶりにベランダに出たら、なんと大事なセルリアが枯れかけていた。ベランダのフェンス寄りのよく日が当たるセルリアが元気なことを見ると、それより内側に置いたこのセルリアは水切れで枯れたというより、土がずっと乾かずに湿っていたせいで根腐れしたものと思われる。
植物はどんなに世話してても枯れるときは枯れるからしかたないけど、あーあ、と思った。
ばらも白いのがなぜか弱いけれど、セルリアもプリティピンクにくらべてブラッシング・ブライドのほうが弱いみたいだ。好きなものに限って弱く、枯れやすいときてる。
植物に水やりをするのって意外と難しい。
10鉢あったら10鉢、均一に水をやればいいというものじゃないから。
植物の状態、土の状態を見ながらやったりやらなかったり、加減をしないといけない。ジョーロから水を注ぐときも、勢いよくダーッとまっすぐに株もとにかけると土がへこんで根が露出してしまうから、ウォータースペースからぐるぐると丁寧に回すようにかけて、株もとに土がこんもりするようにしないといけない。
それにこんなことをいうと笑う人がいるかもしれないけれど、植物は誰が水をやっているかもちゃんと知っている。(たぶん、そのやり方で。)
いつかやっぱり忙しくてずっと家族に水やりを頼んでいたとき、ひさしぶりにベランダに出て行ったら、「ああ、やっと帰ってきたか」と溜め息まじりにばらの木がいうのがわかったから(マジで)。
それに、あたらしいばらの苗を買ってはじめて花が咲いたとき、「ああ、なんだかぜんぜん思ってたのとちがう」なんて思おうものなら、いつの間にか枯れてくださる。ほんとうに見事なくらい。それと同時に日々対話しながら愛情をかけたら、かけただけ応えてくれるのも植物で、それは愛くるしい毛のはえた温かな動物たちとくらべてもそんなに変わらないんじゃないかな、と思う。ちがうのは、何をやってもついに枯れてしまうと(それがどうしても好きな品種の植物だったりすると)、また買わないとなあー、と思うところだろうか。
植物からはたくさん愛をもらってるし、ときどき慰めももらうし、ときには忘れかけてたことを思いだせてもらったりもしている。
セルリアは、ばらの咲かない冬の時期のベランダをドリーミーに彩ってくれる大切な植物。特にこれは貴重なブラッシング・ブライドだからとても残念。

| | コメント (0)

2018年8月 8日 (水)

朝のフルーツ

18morning_fruit

昨日の朝、息子が超ブルーな顔で起きてきたと思ったら、歯が痛くて眠れなかった、って。これから朝いちばんで歯医者に行けたらそのまま仕事に行く、という。でも予約が取れたのは10時半で、息子はその間ベッドで服着たまま眠ってしまった。そして歯医者に行ったと思ったら家に帰って来て、痛いのは親知らずだった、急きょ今日の夕方、親知らず抜くことになった、って。すぐに会社に休みの連絡を入れたあと、わたしや下の子に親知らず抜いたときどうだった? と聞いてくる。もともと怖がりのひとだから、下の奥歯だからきっと大変なんじゃないかとか顔が腫れるんじゃないかとか行く直前までさんざん心配してたけど、で、実際抜くのはけっこう大変だったみたいだけど、抜いてしまった後は意外にもけろっとしてそんなに痛がるわけでも顔が腫れるわけでもなく、親知らずハイになってべらべら喋っていた。途中で歯が4回も欠けたとか、歯医者があんなに力技とは思わなかった、とか。歯医者には、大変だったけどその年齢で抜いてほんとによかった、と言われたそうだ。そりゃ、わたしみたいにいい歳になってから抜くよりはずっといいだろう。わたしもほっとした。夏場に痛いのって、ほんとにつらいから。
それで昨日の息子の夕飯は、おかゆ。
今日もカタいものは食べられないっていうから、ヨーグルト。
フルーツたっぷり。でも葡萄は却下された。
男の人ってめんどくさいの嫌いね。
いつの間にか今年も葡萄のおいしい季節になってきました。

| | コメント (0)

2018年8月 7日 (火)

フェルデンクライス

18feldenkrais

やっと昨日から鎮痛剤なしで眠れるようになった。
でもまだ寝返り打つと痛みで目が覚めるから熟睡とまではいかないし、起きるときは寝ているあいだに固まった右肩をかばいながら起きる。
鏡の前に立って胸の前で合掌すると、あきらかに左右の肩と肘が激しくアンバランスなのがわかる。右の肩と肘が前に落ちちゃってる感じ。
今朝、壁に片手ずつ手をついてみたら、左手は手のひらに対して腕が垂直にまっすぐ伸びるのに、右手は全然そうならなくて、いやあ~、どうなっちゃったんだろ、わたしの骨、
と思わず言ってしまった。
これまでスイミングクラブの先輩たちからは「五十肩で肩が痛いからって動かさないと固まるから動かさないと駄目よ!」といわれてきたのに反して整体の先生からは泳ぐのはもちろん、(自己流の)ストレッチなんかもしないようにいわれていて、それで昨日から寝る前にフェルデンクライスをはじめた。

フェルデンクライスとは、最小の動きでゆっくり、静かに、できるだけ力を使わずに行う、『鍛える』とは無縁の身体調整法。
実際やってみると、こんなんで何かになるのかな、と思うけど、やる前とやった後でははっきり違いがわかって、その効果に驚く。
ストレッチとも違うし、体操とも違う。
そして運動能力も筋力もいらない。
考えようによっては、これは身体を使った瞑想ともいえるかもしれない。
これまでの自分の身体の使いかた、呼吸のしかた、脳の認識を正しく書き替えること。
整体の先生は『骨の記憶はとてもコンサバティブ』といったけれど、長年じぶんが培ってきてしまった悪い癖はそうそう簡単に書き替えられるもんじゃないから、繰り返し正しい情報を脳に身体にインプットするしかないと思う。
ひとつのエクササイズをゆっくりやると大体30分。
ゆっくり呼吸しながら小さな動きをつづけてるとだんだん眠くなってくるから、寝る前にやるのはいいと思う。
必要なエクササイズを毎晩ひとつずつ、無理のない程度に・・・・・・

フェルデンクライスの正しいやりかたはいつかインストラクターに習うのがいいとして、でも
この本を見ながら自分でやってもじゅうぶん効果が出るから、この本とってもお勧めです!
『フェルデンクライスの、脳と体のエクササイズ』

18feldenkrais01

| | コメント (0)

2018年8月 5日 (日)

真夏の食卓

18a_midsummer_table

食卓に花がある。
真夏のベランダで摘んできたシャビィなばらとハーブだけど。
贅沢はいわない。
グリーンアイスと、イエルバブエナミントとクールミント。
ちょっと触ってるだけでミントの爽やかな匂いがひろがる。
窓の外を見ながら息子が「もう8月の夏だ」という。
最近の息子の口癖。
息子のいうことはよくわかる。
まだモーレツに暑いのは暑いけど、でもすでに夏が古いシネフィルムみたいな光になりかけていて。斜陽に照らされながらビーチを西に向かって歩いてく、女の子のきれいな後ろ姿みたい。
サウダーヂな季節。
でもそれも限りなく夏好きの言だね。
暑いのが、夏が苦手な人は、一刻も早く夏が去って秋がくるのを心底願ってる。
わたしは夏のひかりと音(大気を満たす蝉の声)が大好きで、ここから先はそれを十分に味わうつもり。身内に夏を充電するように。

産毛がはえてるぶん、よけいに暑そうでかわいそうだからって娘に優遇されて、このあいだから一鉢だけ特別待遇でクーラーの効いた部屋にいるラムちゃん。
きみのふわふわの耳には身体が痛いときにも癒されたよ。
さんきゅー。

18lambsear

| | コメント (0)

2018年8月 4日 (土)

Tシャツが好き。

18tshirts_love

毎日こう暑いと、毎日とっかえひっかえ着られてジャブジャブ洗って洗いざらしが気持ちいいTシャツがいちばん、ってことになって、今年はTシャツをいっぱい買った。
コットン100は基本として、リネンのや、インディゴや藍で染めたのや、きれいな色やくすんだ色の。
20代のころから大好きな45RPM STUDIOで。
で、今年いっぱい買ったから来年はたぶん買わない。
45のTシャツは買うときは高いけどすごく長持ちするから。
生地がくたくたにやわらかくなっていい感じに色褪せるまで、着倒す。
エイジング。
そして、そのころにはわたしもさらに年をとっているというわけ。
いくつになってもTシャツが似合う自分でいたい、と思う。
たとえば・・・・・・、谷川俊太郎さんみたいに。
Tシャツのボトムスはこの時期デニムじゃ暑すぎるから、たいていリネンのパンツ。
でも今日は古いギャザースカートをひっぱりだして着てみたら、スカートってこんなに涼しかったっけ、と思った。カーキグレーのTシャツの下に、くすんだ淡いスモーキーグリーンのガーゼみたいな薄い生地のギャザースカート。
若いころはウエストがゴムのパンツやスカートなんて絶対はかなかったけどね。

| | コメント (0)

2018年8月 3日 (金)

夏の驟雨

18monsoon_cafe

3回めの整体のあと、ビルを出たら舗道がすっかり濡れていて、雨が降ったらしい。
夏の驟雨。
まだポツポツと小雨の残るなか、熱いアスファルトの上を雨が通り過ぎていったあとの乾いた匂いを感じて、おあつらえ向きだな、と思いながら坂道をのぼった。
ちょうどモンスーンカフェに行こうとしていたから。
店内は空いていたけど、ひとりだったせいかカウンターに通された。
お冷はふつうの水とスパークリングウォーターとありますがどちらになさいますか、と聞かれて、スパークリングウォーターとこたえると、ぶくぶく泡のたったグラスが目の前に置かれた。
フロアの席には若い、きらきらした女の子やカップルのほかに、おばあさんが悠々とひとりで食事をしていたりして、そっか、都会ではおばあさんもモンスーンカフェでごはんを食べるのか、と思ったけど、今日びこの国じゃどこに行ってもおなじなのかも。昔行った代官山のモンスーンカフェは、もっと活気があってカジュアルな雰囲気だったような気がするけれど、ここは客あしらいがとっても丁寧でスマートで洗練されてて、つまり都会的。お客の女性たちがみんな女王様みたいにふるまってるのが印象的だった。でも、もうこの歳になると、もっと素朴でカジュアルな、そう、昨日家族で入ったメキシカンレストランのシャイな店主みたいなのほうが好みだな、と思う。
わたしが今日ここに来たのは野菜たっぷりの生春巻きが食べたかったからだった。
ごくふつうの生春巻きと鶏のフォーを食べた。
スパイスは効いていたけど、どちらもあっさりした味で量もちょうどよかった。

18monsoon_cafe_01

整体はまた2週間後。
相変わらず、基本できるだけ安静に。
重いものは絶対に持ってはいけない。
何をするにも無理はしないように。
今日も外はサウナみたいに暑かった。
プール無しの灼熱の夏がゆっくり過ぎてゆく。

| | コメント (0)

2018年8月 1日 (水)

やっと復活

18morning_salad

昨夜はやっとちゃんと眠ることができた。
今朝は自然と6時前に目が覚めて、ひさしぶりにベランダで植物の手入れをした。
人に何から何までやってもらう経験も貴重だったけど、でも朝起きたらふつうに身体が動くって、なんてありがたいんだろう。
それで1週間ぶりに自分で作ったサラダ。
トマトと蒸し豆とキュウリとスルフォラファン(ブロッコリーのスプラウト)。
それに、はちみつバタートーストとハーブティー。
なんてことないけど、心底ほっとする朝。
目指すは鎮痛剤なしの熟睡。

| | コメント (0)

« 2018年7月 | トップページ | 2018年9月 »