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2018年6月20日 (水)

風前の灯

18ch03

昨日、娘を連れて夕方実家に行くと、明るいうちから父は布団に入って寝ていた。
めずらしく妹がもう仕事から帰って来ていて、いまお姉さんたちが来るから起きてたらといったのに布団に入っちゃって、、、という。
父は曜日によってちがうデイサービスを利用しているのだけれど、今日はデイサービスから帰ったあと、何を勘違いしたのか別の曜日のデイサービスの車が迎えに来ないと(あの歩けない足で)、また外に出て表通りまで歩いて行ったところを、運よくちょうどそのデイサービスのクルマが通りかかって、「今日は違うよ」と声をかけてくれて家に戻って来たらしい。今日はちょうどデイの人が気づいて声をかけてくれたからよかったようなものだけど、そうじゃなかったらどこまで行ってたんだろうと思う。こういうことは昨日に限ったことじゃなくてこの先もあるだろうから、それを思うと気が気じゃない。
父は最近、ますます過去と現在、実際にあったこととテレビや人から見聞きしたこととが頭の中でがごっちゃになっていて妄想はなはだしく、その自分で勝手に作りあげた妄想に怒りの感情をのせてたりするから、ほんとうにまいる。こういうのもアニカでは潜在意識の中にある親や先祖などの他人の感情、過去生の記憶だというのかもしれないけれど。
父は痩せこけて体重が30キロ台しかなく、痩せこけて筋力も体力も無くなり、ここ数週間のうちに瞬く間に歯が抜けてしまったせいでさらにますます食べられなくなって自力で体温を上げることができずに、外が30度近くある日でも寒い、寒いという。布団から起き上がってトイレに行くのも食卓に着くのも大仕事。
「もう、生きてるのがやっとだ」というのが最近、父がいいはじめた言葉だけれど、それに昨日は、「生きてるのが不思議なくらい」というのが加わった。「もう、明日死んでもおかしくないくらい」というから、そんなだと気が楽だね、としかたなく言ったけど、それは本人よりまわりの家族にとって、かもしれない。ほんの半年前までは、「オリンピックまで生きたい」「最初のオリンピックは働いてばかりで見られなかったから、こんどは家でちゃんと見るんだ」といっていた父だけど、もうさっぱりそんなこともいわなくなった。
夏好きの父は「暖かいのは大好き。暖かくなりさえすれば」というけれど、ここまで体力がなくなって食べない、水も飲まない人に夏の猛暑はどうだろうか。
いまは雨の季節で梅雨寒だけど、予報では7月になったとたんいきなり平年並み以上に暑い日がやってくるといわれている。それは健康な人にだってキツイのに。
父にとっては今年の夏を無事に越せるかどうかが最初の山場かな、と思う。

昨日は小豆をやわらかく煮てココナツミルクを入れたのに、ゆでてもどしたタピオカ、バナナを持って行って、父と娘と3人で温かい小豆のチェーを食べた。タピオカはグルテンフリーのうえに、ごはんよりカロリーがあるっていうから介護食にもいいかと思って。
少しでも体温が上がるように生姜をたっぷり入れて作ったけれど、父は小さな器に半分食べるのがやっとだった。孫とは会ってないといってもお正月以来、たった5ヶ月ぶりなのに、おじいちゃんは最初わたしの顔を見たとき誰だかわからなかったみたいだ、とあとで娘がいっていた。
せっかく孫が来たというのに、父は早々に眠ってしまった。
ちょっと風邪っぽかったみたいだし、デイサービスに行った後また歩いたりして疲れたのかもしれない。それでも、ひさしぶりに孫の顔見てうれしかったんだと思うし、わたしも子どもの頃に病気したとき覚えがあるけど、誰もいない部屋でひとりぽっちで寝ているより、適度に家族が出す生活音の中で寝ているほうが人って安心して眠れるものだと思う。
帰りは娘のリクエストで、駅近くの八幡神社をお参りして、おみくじを引いて帰った。
娘もわたしも『小吉』。
あんまり良くなかった、という娘と、すぐに凶に転じやすい大吉なんかより、じわじわよくなってく小吉くらいのほうがいいんだ、というハハのわたし。

下は本日の娘の手作り弁当。
自分で作った大豆入りひじきの煮ものと、このあいだ残った餃子の皮にマッシュしたポテトと溶けるチーズを入れて焼いたのがなかなかのアイディア。これはサモサみたいな味だったそう。

18obento

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