« 梅雨寒、二番花の季節。 | トップページ | 今日、プールで。 »

2018年6月15日 (金)

静かで、やさしい時間

18june

昨日、仕事をしてたらなんだか無性に気になったから、急きょ思い立って夕方実家に父の様子を見に行った。いつものようにカギのかかっていない玄関のドアをあけると中は真っ暗で、でもテレビの音が大きな音で鳴っていたからきっと自分の部屋で横になってテレビでも見てるんだろうと部屋にあがって電気をつけ、襖をあけると、父はテレビをつけっぱなしにしたまま眠っていた。よくこんな大音量の中で眠れると思う。しばらく布団の横に座ってその顔を眺めた。父はすっかりおじいさんになってしまって、こんな暗いところでひとりで眠っている姿はなんだかとても哀れに見えた。テレビ台の上に載っているリモコンを取ってテレビをそっと消したら、その気配に気づいたのか父が目をあけた。顔の前でゆっくりと「こんばんは。今日はね、ごはんを作りに来たんじゃないよ。昨日転んだっていうから心配になって顔見に来た」とわたしがいうと、父はため息をつくように大きく息をついて、「そうか。ありがと」といった。「痛いところあるの?」と訊くと、「あるけど、そんなにたいしたことない。だいじょぶだ」という。横を向いたら後頭部のでっぱったところに小さな絆創膏が貼ってあるのが見えた。

それからいつものように「おとうさんはずいぶん長生きしたなあ・・・。こんなになっちゃうなんてな。おとうさんの友達はみんな死んじゃった。もう誰もいない」といいはじめたので、「だれもいなくなっちゃってさびしい?」と訊くと、父は意外にも「そんなことは思わない。自然なことだから」といった。ふうん、そうなのか。でも年じゅうおなじことばかりいってるのは、さびしいからなんじゃないのかな。わたしはそう思いながら、「ねえ、前におかあさんはおとうさんの夢に一度も出てこないっていってたけど、いまでもそうなの?」と訊いたら、父は「そんなことはない」といった。そして唐突に「おかあさんとはお見合いで結婚したんだ」と話しはじめた。「おかあさんは背の高い人でね。自分は首のところまでしかなかった。でも仲人さんが、二人はお似合いだといったんだ。それで結婚した。」
はじめて聞く話だった。
ごくたまに父はいつものループじゃない話をする。
それで、そういうときはいつもより多少、頭が明晰な気がする。
転ぶ前の火曜日に来たときより、むしろ今日のほうが父の頭ははっきりしているように感じた。
でも、それも自分のこころのありようなのかもしれない、と思う。
自分のこころの映し鏡としての。
「おとうさん、ハンサムだったもんね」といったら、父はそれにはあまり興味なさそうに、「そうか」とだけ呟いた。「そうだよ。いい顔してたじゃない」とわたしはいった。
「カステラと胡桃まんじゅうと栗まんじゅう買ってきたから食べない? おとうさん、甘いの好きでしょ」といったら、「もうそんなに食べられない。もう87だし、歯もなくなっちゃったから」と、まるで後じさりでもするようにいうので(いまや父にとって「食べる」ということはちょっとした負担なのだ)、「カステラだから歯がなくても食べられるよ。カステラ、好きでしょ」といったら、「カステラか。懐かしいなあ・・・。カステラは大好き」といって、やっと起き上がる仕草をした。痩せてもう骨と皮ばかりになっているから布団の上で起き上がるのも立ち上がるのも一苦労で、腕を下から支えてあげようとしたら「イタタタタ・・・ッ!」と声をあげたのでこっちのほうがびっくりしたけど、袖をまくって見せてくれた腕がものすごい色になっていた。昨日の打撲痕。転んで肘のとんがってることころを思いきりぶつけたからすごく痛いんだ、という。ああ、もう、やれやれ・・・・・・、とわたしは痛々しくて見ていられない。

やっとのことで起きてきた父にカステラとレスキューレメディー入りのお番茶をだし、ふたりで食べた。いつものように息子のことを訊かれ娘のことを訊かれ仕事のことを訊かれ、「あなたはいまいくつになった?」と訊くので答えると、「もうそんな年になったのかあ!」といって驚き、「まだ40くらいかと思った。顔見ればそれくらいにしか見えないけど」といって笑った。そうだろうか。こないだまでは「あんたはもう60?」とか「70?」とか、わけのわからないことをいってたじゃないか。そう思うわたしに「でもあんたは元気そうな顔してるからいいな。まだまだ人生あるんだからいっぱい食べなさい」という。最近の父の口癖は「あなたはまだまだ人生あるんだからあなたが食べなさい」というのと、「あのひとはとうとう結婚もしないで!」というのがお対。87になった父の、それがいまの感慨。
父はたったひときれのカステラをやっとのことで食べ、湯呑のお茶を飲み、「もう、お腹いっぱい」といった。それから父がトイレに行き、歯を磨き、布団に入って寝たのを見届けて、「じゃあ、また来るね」といって部屋の電気をそっと消して家を出た。
そして外に出てから、今日は思い立って来てよかった、と思った。
それは時たまやってくる、静かで、やさしい時間だった。

|

« 梅雨寒、二番花の季節。 | トップページ | 今日、プールで。 »

父の認知症」カテゴリの記事

コメント

何度読ませていただいても心に染み入ります。自分は母は眠っている間に父は痛みを訴えてその日にめされました。 だから創吉様のような幸せなひと時を戴く事ができませんでした。 現実は本当に大変ですがそれに見合うかけがいの無い尊い時間をえられたのではないかと  私は羨ましく思っています。
自分といえばその対象者の域に入ろうとしています。 そのまえに人生を戴いた事に対して あかしは何なんだろうって思う日々です。
部外者の私が物申す事ではありませんが全ての人に与えられる経験では無いと思いますのでどうかいっぱいお互いがお互いを思いやるすばらしい愛を惜しみなく捧げあって欲しいと思います。   遠くから応援しています。                 

投稿: TAAKO | 2018年7月 1日 (日) 10:09

TAAKOさま、こんにちは!

はじめまして!
今日は丁寧で気持ちのこもったメッセージをありがとうございました。
今朝メーラーをひらいてTAAKOさんのメッセージを読んだ瞬間、泣きました。
なんだろう、ふだん泣くのを我慢してるとは思わないんですけど、でも人から温かい言葉をかけられた瞬間泣くというのは、やっぱりどこかで自分の素直な感情を抑圧してるのかもと思いました。
TAAKOさんのご両親はあっという間に逝ってしまわれたんですね。
遺されたものとしてはあまりにあっけなく名残惜しいでしょうけれど、でもそれも立派な逝き方だと思います。
少なくとも長く苦しい闘病生活をしたり、寝たきりの介護生活がつづくよりはずっとよかったんじゃないでしょうか。お互いにとって。
そしてそれでもじゅうぶんに親子の気持ちは通じあっていたと思います。間違いなく。
わたしは自分と子供の生活を成り立たさせるのが一義的であって、父のところへは週に1度か2度行くだけでやっとなんですけど、手のかかる父と毎日一緒に暮らしている妹はほんとうに大変だと思います。
それがいま一番の心配です。
で、そうなのね。心配じゃなく、応援しなければと思うこのごろです。

わたしもよく思います。
わたしが今生に生まれてきたミッションはなんなんだろう?って。
いまもそうだし、いままでもそうなんですけど、わたしはアホだし間違いもするのに、神さまはいつも肝心なところで守ってくれて、生かしてくれている。
その理由はなんだ?って。
それを知るにはできるだけ自我と欲を捨てて空っぽになって、自分の奥にある本質と一体になって、降りてきた直観のまま実践する、と、まずは『決める』ことが大事だそうです。実践するのに言い訳は無用。
日々実践していくうちに、最初は間違いが多かったとしても、だんだんに直観の精度は上がっていくそうです。

TAAKOさん、ありがとうございます。
わたしも残された限りある時間を大事にします!

投稿: soukichi | 2018年7月 1日 (日) 19:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 梅雨寒、二番花の季節。 | トップページ | 今日、プールで。 »