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2018年6月27日 (水)

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ものすごく集中して仕事の文章書いてて、気づいたら今日も2時になってて、あわてて家にあるものでサツマイモとニンジンのきんぴらとお豆腐とネギのお味噌汁つくって、娘に買ってきてもらったおにぎりで遅いお昼。
このあいだひっさしぶりに高校時代の友達と電話で話してて、「コンピュータ漬けのせいで肩が痛くてたまらない」といったら説教された。30分仕事したら10分休むとかしなきゃダメだよ、って、まるで教科書に書いてあるみたいなことをいう。そんなこといわれるまでもなく知ってるけど、そうできないからこうなるんじゃないか、といったら、さらに食い下がって、でもそうしなきゃダメだよ!って、やれやれ、人がどれだけ言ったって「そんなの無理」の一言で長年、酒も煙草もやめられなかった癖に、身体壊して急に健康に目覚めたからってこれだ。本気で集中してたらそんな悠長なことやってられるか。途中でやめたらそこでエネルギーが途切れちゃうんだよ。文章書くんだって絵を描くんだってそういうことだよ。そこいらへんのことまったくわかってないよ、 I は。
なーんてことを明るく娘にかっ飛ばしながらテーブルについた。
食卓に真っ赤なさくらんぼが載ってるのだけが六月の、いまの季節的。
娘が買ってきたさくらんぼはこれまで食べたどのさくらんぼより熟してて甘かった。
まるで神の恩寵みたいな。

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嵐みたいな

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昨夜は一晩じゅう、風の音がすごかった。
暑いから窓をうっすらあけて寝たのだけれど、あんまり戸がうるさくガタガタいうからあきらめて閉めきって寝た。
今朝もまだ嵐みたいな風が吹き荒れてる。
空を見上げると雲の様子もなんだかすごいから、また台風でもくるのかなと思って予報を見たけど、そういうわけでもないらしい。
娘がここ数日は強風マークがついてた、って。
台風でもないのにそれってなんで? 季節風じゃない。 季節風? モンスーン。
そんな会話をした。
夏の南風。
今日もすごく蒸し暑い。

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2018年6月26日 (火)

ベルガモットの花が咲いた *

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去年ひとつも花を咲かせられなかったベルガモットの花が咲いた。
ベルガモットの花をはじめて見たのはコトリ花店。
変わった花を仕入れるのが好きな店主らしく、緑のガクから伸びた花びらが噴水みたいで、なんだかヘンテコな花だな、と思った。
和名は『タイマツグサ』。
これはホワイトだからあんまりイメージが湧かないかもしれないけれど、赤だとほんとに燃えさかる松明のよう。

モルダナといえば去年の初夏、パン屋さんに行った帰りに野火止め通りを走ってて、思わず「あ!」と自転車を止めたことがあった。
舗道の脇に、濃い赤紫のモルダナが見事に群生して咲いてて。
ハーブ園以外でそんなにたくさんのモルダナが咲いてるのを見たことがなかったから、こんなところにモルダナが、と思って驚いた。
よく見ればモルダナのほかにもチェリーセージやアナベルなどいろいろ植えてあって、どれも大きく育って元気な花を咲かせている。うちのベランダとは大違い。
土壌的には石やがれきがゴロゴロしてて、けしてよさそうな土とは思えないのに、いったい誰がこんなところに、こんなに上手にハーブを育ててるんだろう、と不思議になった。
そうしたら後日、花の手入れをしているおじいさんを見かけて話すことができた。
もとは農家をやっていて、リタイアしたいまは誰に頼まれてやってるわけでもないけど、ただ老後のたのしみとして、身体が動くあいだは、と思ってやっているという。
そうか、農家か。土と植物のことを熟知してるんだ、とわたしは思った。
その日も暑い日だったのに、80近くなってそれができるのはすごいことだと思う。
モルダナは、花が咲き終って秋になるとタネがまあるくボール状に残り、それがまたドライフラワーみたいで渋くてかっこいい。
そのおじいさんのおかげで、そんな秋のモルダナの様子を見ることもできた。
ささやかな生活のたのしみ。
そういうのを見るたびにわたしは地面ってすごい、と思う。
それにくらべて、わたしのベランダガーデンのハーブは小さな鉢の限られた土の中でいかにもひ弱な感じだけれど、宿根草のいいのは虫がいっぱいついて茎を短く切りつめても、冬に枯れたようになっても、水さえ完全に切らさなきゃまた元気に芽を出すこと。このモルダナも2年めにしてやっと咲いた。
ベルガモットは大好きな精油。
花も葉もとてもいい匂い。

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2018年6月20日 (水)

風前の灯

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昨日、娘を連れて夕方実家に行くと、明るいうちから父は布団に入って寝ていた。
めずらしく妹がもう仕事から帰って来ていて、いまお姉さんたちが来るから起きてたらといったのに布団に入っちゃって、、、という。
父は曜日によってちがうデイサービスを利用しているのだけれど、今日はデイサービスから帰ったあと、何を勘違いしたのか別の曜日のデイサービスの車が迎えに来ないと(あの歩けない足で)、また外に出て表通りまで歩いて行ったところを、運よくちょうどそのデイサービスのクルマが通りかかって、「今日は違うよ」と声をかけてくれて家に戻って来たらしい。今日はちょうどデイの人が気づいて声をかけてくれたからよかったようなものだけど、そうじゃなかったらどこまで行ってたんだろうと思う。こういうことは昨日に限ったことじゃなくてこの先もあるだろうから、それを思うと気が気じゃない。
父は最近、ますます過去と現在、実際にあったこととテレビや人から見聞きしたこととが頭の中でがごっちゃになっていて妄想はなはだしく、その自分で勝手に作りあげた妄想に怒りの感情をのせてたりするから、ほんとうにまいる。こういうのもアニカでは潜在意識の中にある親や先祖などの他人の感情、過去生の記憶だというのかもしれないけれど。
父は痩せこけて体重が30キロ台しかなく、痩せこけて筋力も体力も無くなり、ここ数週間のうちに瞬く間に歯が抜けてしまったせいでさらにますます食べられなくなって自力で体温を上げることができずに、外が30度近くある日でも寒い、寒いという。布団から起き上がってトイレに行くのも食卓に着くのも大仕事。
「もう、生きてるのがやっとだ」というのが最近、父がいいはじめた言葉だけれど、それに昨日は、「生きてるのが不思議なくらい」というのが加わった。「もう、明日死んでもおかしくないくらい」というから、そんなだと気が楽だね、としかたなく言ったけど、それは本人よりまわりの家族にとって、かもしれない。ほんの半年前までは、「オリンピックまで生きたい」「最初のオリンピックは働いてばかりで見られなかったから、こんどは家でちゃんと見るんだ」といっていた父だけど、もうさっぱりそんなこともいわなくなった。
夏好きの父は「暖かいのは大好き。暖かくなりさえすれば」というけれど、ここまで体力がなくなって食べない、水も飲まない人に夏の猛暑はどうだろうか。
いまは雨の季節で梅雨寒だけど、予報では7月になったとたんいきなり平年並み以上に暑い日がやってくるといわれている。それは健康な人にだってキツイのに。
父にとっては今年の夏を無事に越せるかどうかが最初の山場かな、と思う。

昨日は小豆をやわらかく煮てココナツミルクを入れたのに、ゆでてもどしたタピオカ、バナナを持って行って、父と娘と3人で温かい小豆のチェーを食べた。タピオカはグルテンフリーのうえに、ごはんよりカロリーがあるっていうから介護食にもいいかと思って。
少しでも体温が上がるように生姜をたっぷり入れて作ったけれど、父は小さな器に半分食べるのがやっとだった。孫とは会ってないといってもお正月以来、たった5ヶ月ぶりなのに、おじいちゃんは最初わたしの顔を見たとき誰だかわからなかったみたいだ、とあとで娘がいっていた。
せっかく孫が来たというのに、父は早々に眠ってしまった。
ちょっと風邪っぽかったみたいだし、デイサービスに行った後また歩いたりして疲れたのかもしれない。それでも、ひさしぶりに孫の顔見てうれしかったんだと思うし、わたしも子どもの頃に病気したとき覚えがあるけど、誰もいない部屋でひとりぽっちで寝ているより、適度に家族が出す生活音の中で寝ているほうが人って安心して眠れるものだと思う。
帰りは娘のリクエストで、駅近くの八幡神社をお参りして、おみくじを引いて帰った。
娘もわたしも『小吉』。
あんまり良くなかった、という娘と、すぐに凶に転じやすい大吉なんかより、じわじわよくなってく小吉くらいのほうがいいんだ、というハハのわたし。

下は本日の娘の手作り弁当。
自分で作った大豆入りひじきの煮ものと、このあいだ残った餃子の皮にマッシュしたポテトと溶けるチーズを入れて焼いたのがなかなかのアイディア。これはサモサみたいな味だったそう。

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ばらに降る雨***

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朝からひどい雨。
その雨の中で咲いている黄色いばらは、シャルロット・オースティン。
疲れが溜まってるのか、昨日実家から帰ったあとバタンと床に転がって眠ってしまった。ここんところ、こういうことが何度かある。今朝は今朝で目覚ましが鳴ってもなかなか起きられなかった。むりむり起きたけど身体が異常にだるくて・・・・・・。
湿度のせいか、首も肩もひどく痛む。
わたしが寝坊したせいで息子は例によって飲みものも飲まないでロボットのようにパンだけ食べて出ていった。今日は早く出るといって。
こういう日はどうやってもだめみたいだ。
娘の身内に溜まった若く、苦しいエネルギーが出口を求めて朝の食卓で小爆発した。ふうぅぅ・・・・・・。子供がいくつになってもハハのわたしは大変。
みんなもっと身体を動かさないとね。
エネルギーは発散させて循環させないと停滞して淀む。
精神世界にどっぷりの人たちを見ててわたしがいつも思うのは、もっと身体を動かせってこと。それもヨガみたいなのじゃなくて、もっと動的なもの。走るとか泳ぐとか武道とか格闘技とか、日常とちがう動き、呼吸をして汗をかいたり、声を出したりしてエネルギーを発散できるもの。静的なのでもっともいいと感じているのはフェルデンクライス。あれは脳の使いかたが変わる。
息子はちょっと前からボクシングをやりたいといってる。
息子も頭を使うことばかりで若いエネルギーが溜まってる。
わたしは昨日、駅前で配ってたカーブスのチラシをもらってきた。
ずいぶん前からてるちゃんがハマってるやつ。
雨のせいでフローリングの床がペタペタする。
湿度120%。
この湿度が人間にもベランダの植物にもよくない。

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2018年6月19日 (火)

梅雨寒

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東京は梅雨寒。
昨日は大阪で地震があった。
震度6弱は大阪では観測史上初だそうだ。
わたしの会社は本社が大阪だから朝から気にしてたら、「電車がみんなストップしてるから今日は車に乗って出たけど、(自宅から職場まで)いつもは10分で着くところが100分走っても着かない!」と会社の人間から電話があった。彼曰く、こちらは3.11の東京より被害は少ない、ってことだったけど、その時点で死亡者はすでに3人。そのうち1人はまだ小学3年生の女の子で、「行ってきまーす」と元気に家を出た子が十数分後には崩れた重たいブロック塀の下敷きになって死ぬという、想像しただけでも辛すぎる朝だった。
その後にかわした同僚とのメールのやりとりには、「地震直後より情報が増えるにしたがってより被害状況が明らかになってきて、想像以上にひどいです」とあって、彼はちょっと楽観的すぎるよ、と思った。何があってもわたしは人生をエンジョイしますよ、という言葉も、わたしには谷川俊太郎の『ぼくには人の苦しみに共感する能力が欠けていた/一所懸命生きて自分勝手に幸福だった』をすぐに連想させて、なんだかちーともピンとこなかった。
おとといの深夜にきた妹のメールには、父の食欲不振はまだつづいていて、それを職場のお医者さんに話すと「それはまずいぞ! そんなことでは(秋の)引っ越しまでもたないよ!」ということになってすぐ家に往診に来てくれた、先生は肝不全を疑っていたようだったけれど、心配なかったようです、とあった。とにかく食事をとることが大事、ということで、食欲が出る薬をだしてくれたという。いま歯医者に行くのは消耗するだけだから控えたほうがよいといわれたらしい。そうじゃなくても体調を崩しやすいこんな時期に、しかも先日転んで頭を打ったばかりで麻酔なんてされたらどうなるかわからないからもっともな話だと思うけれど、同時に父が食べられないのは歯が抜けてしまったからでもあるんだという。八方ふさがりな状況。
それでもいまどきすぐに往診してくれる先生がいるだけでも父はラッキーだと思う。
ひとり暮らしだったら父なんてとっくに死んでる。
今日はそんなんで火曜日のヘルパーには娘に頼んで一緒に行ってもらうことにした。温かい小豆のチェーでも作って。

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2018年6月16日 (土)

今日、プールで。

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今日スイミングクラブに行って更衣室に入ったら「早苗ちゃん、早苗ちゃん!」と呼びとめられて、Fさんから紙袋に入ったジャガイモをもらった。「なかなか会えないから渡せなかったけど、これ除草剤も農薬も使ってないからすごくおいしいよ」って。最近、我が家はだんだん菜食傾向になってるから、こういうのがいちばんうれしい、といってもらった。長年プールに通ってると時々こんなことがあって、結婚しててもしてなくても、子供がいてもいなくても女同士、みんな生活者だから身近なものをあげたりもらったり。気の置けないつきあいは気楽でいい。

でもそのいっぽうで、ずっとプールで顔をあわせていた人がふと気がつくといつの間にか姿を見せなくなっていることがよくあって、平泳ぎがうまいことからわたしが『カエルのおじさん』(といっても年齢的にはもう、おじいさん)と呼んでいた男の人をしばらく見ないことに今日、はっとした。
おなじレーンで泳ぐHさんに訊くと、なんでも去年の暮れあたりプールで会ったときには、吐いたりもどしたりして近所の病院に行ったら胃からくる風邪だといわれた、と言っていたのだけれど、今年になって下のフロントで会ったら、いま休会届を出したところだって。どうしたの? と訊いたら、食道がんで黄だん症状が出ちゃって、手術もできないから抗がん剤をすることになった、抗がん剤でがんが小さくなったらまた来るよ、と言っていたという。でも、そのしばらく後に娘さんが来て退会届を出していったから、いま元気でいるんだかどうだか・・・。でも元気だったら、あの人のことだからプールに泳ぎに来ないわけはないしね、というので、びっくりしてしまった。
カエルのおじさんは毎朝5時に起きて10キロ近く歩いた後、家で朝ごはんを食べ、午後は月曜から土曜日まで毎日プールで泳ぎ、日曜は朝から一日野球の審判をしている、という人だった。背中が曲がっているのに器用に4泳法を泳ぎ、痩せているのにいったいどこからそんなエネルギーが出てくるんだろうと思うほど元気だった。
年をとった男の人はたいていひどく無口だったり気難しかったりして人とのコミュニケーションが下手な人が多いけれど、カエルのおじさんはその見た目に反してオープンで明るかった。わたしの後ろで泳いでるときはよく平泳ぎが苦手なわたしのキックの欠点を指摘してくれたものだ。キックが左右均等じゃないとか、ときどき煽り足になってるとか、キックした後にドルフィンをひとつ打つ癖があるとか。言われるたびに直しながら、わたしは、よく見てるよなあ、と思った。それだけ余裕があるってことだ。食道がんで黄だん症状が出ていて手術もできないといったら、それはもうあんまりよくない状況だろう。あんなに元気で明るかったカエルのおじさんがいったい何故・・・・・・。思わず考えないではいられないけど、おじさんの場合はちょっとやりすぎ、頑張り過ぎだったのかもしれない。自分では、こんなことこれまでずっとやってきたことなんだからちっとも大変じゃない、とか思ってたかもしれないけれど、身体のほうは徐々に疲れを溜めて、もう完全に回復できないところまでいってしまっていたのかもしれない。
わたしが読んだ免疫学の大家である阿保先生の本によれば、人ががんになる原因は『低体温と酸素不足』だということだ。また、昨日知ったばかりのエドガー・ケイシーの本によるとそれは『血液の質の劣化と、酸素供給能力の低下』であるそうだ。どちらもそのメカニズムを理解していればこのふたつの説が共通していることがわかると思う。そして、そこから逆算して、がんにならないためには何をすればいいかというのもいくつかサッと思い浮かぶけれど、いかにいい健康習慣を持っていたとして、それさえ人間の感情、ストレスと深く関わっていて、ストレスをうけるとすぐにぶれてしまう人間の感情のことを考えると、やっぱりそんなに簡単じゃないか、とも思う。

カエルのおじさんとわたしにはひとつ共通点があって、それは共にブレスに問題があるせいで背泳がいちばん好きで、得意だということ。男の人は背泳が苦手な人が多いからちょっとめずらしいけど、単純にずっと上を向いているから呼吸を意識しなくてすむからだ。特にクロールのように規則正しく、1、2、(まで息を止めて)3(で鼻から息を吐ききり)パアー(で顔を斜め横に傾けて息を吸う)ができないと、いつまでたっても長く、楽には泳げない。それを左右おなじようにできておなじピッチで泳げるようになればベストなのだけれど、何年やっててもいっこうにできるようにならない。たぶんそこにもフィジカルなことだけじゃなくてメンタルなことが関わってるんだと思う。
そんな似た者同士だからというわけじゃないけれど、食道がんなんて考えただけでも苦しそうで、元気だったときのカエルのおじさんの屈託ない笑顔が浮かんで、心底かわいそうになってしまった。もしいま病院に入院しているならお見舞いに行きたいところだけど、そんなとき他人の見舞いなんて返って迷惑なんだろうか。出産以外で入院したことのないわたしはそこがわからなくって、プールの帰り道、ひたすらホ・オポノポノしながら帰った。スーパー・マーケットで今季はじめて桃を買ったら、おいしい桃を買ってお見舞いに行きたくなった。

プールに通っているだけでもいろんなことがある。
毎回いろんなことを感じる。
何をしたところでいつ、どうなるかわからないのはおなじでも、できる努力はしないとならない。
今日も梅雨寒だったけど雨にならなくてよかった。
雨だったら重たいプールバッグを肩にかけて20分も歩かなけりゃならなかったから。そうじゃなくても肩が痛くてしかたないのに。
もらったジャガイモで今日はジャガイモとワカメのお味噌汁をつくる。
明日はジャガイモの入ったチキンカレーをつくろう。ゴメンナサイ、ドウカワタシヲユルシテクダサイ、アリガトウ、アナタヲアイシテイマス・・・・・・

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2018年6月15日 (金)

静かで、やさしい時間

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昨日、仕事をしてたらなんだか無性に気になったから、急きょ思い立って夕方実家に父の様子を見に行った。いつものようにカギのかかっていない玄関のドアをあけると中は真っ暗で、でもテレビの音が大きな音で鳴っていたからきっと自分の部屋で横になってテレビでも見てるんだろうと部屋にあがって電気をつけ、襖をあけると、父はテレビをつけっぱなしにしたまま眠っていた。よくこんな大音量の中で眠れると思う。しばらく布団の横に座ってその顔を眺めた。父はすっかりおじいさんになってしまって、こんな暗いところでひとりで眠っている姿はなんだかとても哀れに見えた。テレビ台の上に載っているリモコンを取ってテレビをそっと消したら、その気配に気づいたのか父が目をあけた。顔の前でゆっくりと「こんばんは。今日はね、ごはんを作りに来たんじゃないよ。昨日転んだっていうから心配になって顔見に来た」とわたしがいうと、父はため息をつくように大きく息をついて、「そうか。ありがと」といった。「痛いところあるの?」と訊くと、「あるけど、そんなにたいしたことない。だいじょぶだ」という。横を向いたら後頭部のでっぱったところに小さな絆創膏が貼ってあるのが見えた。

それからいつものように「おとうさんはずいぶん長生きしたなあ・・・。こんなになっちゃうなんてな。おとうさんの友達はみんな死んじゃった。もう誰もいない」といいはじめたので、「だれもいなくなっちゃってさびしい?」と訊くと、父は意外にも「そんなことは思わない。自然なことだから」といった。ふうん、そうなのか。でも年じゅうおなじことばかりいってるのは、さびしいからなんじゃないのかな。わたしはそう思いながら、「ねえ、前におかあさんはおとうさんの夢に一度も出てこないっていってたけど、いまでもそうなの?」と訊いたら、父は「そんなことはない」といった。そして唐突に「おかあさんとはお見合いで結婚したんだ」と話しはじめた。「おかあさんは背の高い人でね。自分は首のところまでしかなかった。でも仲人さんが、二人はお似合いだといったんだ。それで結婚した。」
はじめて聞く話だった。
ごくたまに父はいつものループじゃない話をする。
それで、そういうときはいつもより多少、頭が明晰な気がする。
転ぶ前の火曜日に来たときより、むしろ今日のほうが父の頭ははっきりしているように感じた。
でも、それも自分のこころのありようなのかもしれない、と思う。
自分のこころの映し鏡としての。
「おとうさん、ハンサムだったもんね」といったら、父はそれにはあまり興味なさそうに、「そうか」とだけ呟いた。「そうだよ。いい顔してたじゃない」とわたしはいった。
「カステラと胡桃まんじゅうと栗まんじゅう買ってきたから食べない? おとうさん、甘いの好きでしょ」といったら、「もうそんなに食べられない。もう87だし、歯もなくなっちゃったから」と、まるで後じさりでもするようにいうので(いまや父にとって「食べる」ということはちょっとした負担なのだ)、「カステラだから歯がなくても食べられるよ。カステラ、好きでしょ」といったら、「カステラか。懐かしいなあ・・・。カステラは大好き」といって、やっと起き上がる仕草をした。痩せてもう骨と皮ばかりになっているから布団の上で起き上がるのも立ち上がるのも一苦労で、腕を下から支えてあげようとしたら「イタタタタ・・・ッ!」と声をあげたのでこっちのほうがびっくりしたけど、袖をまくって見せてくれた腕がものすごい色になっていた。昨日の打撲痕。転んで肘のとんがってることころを思いきりぶつけたからすごく痛いんだ、という。ああ、もう、やれやれ・・・・・・、とわたしは痛々しくて見ていられない。

やっとのことで起きてきた父にカステラとレスキューレメディー入りのお番茶をだし、ふたりで食べた。いつものように息子のことを訊かれ娘のことを訊かれ仕事のことを訊かれ、「あなたはいまいくつになった?」と訊くので答えると、「もうそんな年になったのかあ!」といって驚き、「まだ40くらいかと思った。顔見ればそれくらいにしか見えないけど」といって笑った。そうだろうか。こないだまでは「あんたはもう60?」とか「70?」とか、わけのわからないことをいってたじゃないか。そう思うわたしに「でもあんたは元気そうな顔してるからいいな。まだまだ人生あるんだからいっぱい食べなさい」という。最近の父の口癖は「あなたはまだまだ人生あるんだからあなたが食べなさい」というのと、「あのひとはとうとう結婚もしないで!」というのがお対。87になった父の、それがいまの感慨。
父はたったひときれのカステラをやっとのことで食べ、湯呑のお茶を飲み、「もう、お腹いっぱい」といった。それから父がトイレに行き、歯を磨き、布団に入って寝たのを見届けて、「じゃあ、また来るね」といって部屋の電気をそっと消して家を出た。
そして外に出てから、今日は思い立って来てよかった、と思った。
それは時たまやってくる、静かで、やさしい時間だった。

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梅雨寒、二番花の季節。

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空は灰いろ。
いまにも降ってきそうだけど、地上には、ばら。
二番花は一番花にくらべたら小さくて地味だけど、一日じゅう白夜みたいに暗い雨の季節には貴重な彩り。
咲きはじめたのは、シャルロット・オースティンとクイーン・オブ・スウェーデン。

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そして、今日みたいな梅雨寒の日にはますますかわいく見えるラムちゃん。(ラムズイヤー)
こんな気候だと87の父じゃなくても脚が浮腫む。
冬のあいだずっと愛用していたシルクのレッグウォーマーを引っぱりだしてしたらそれだけであったかい。
梅雨時は難聴にも注意。

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2018年6月10日 (日)

お抹茶タイム

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外は台風でひどい雨。
わたしはお湯を沸かす、器を温める、茶筅をぬるま湯に漬ける、お湯を片口で冷ます、お抹茶茶碗の上でお抹茶を茶こしで濾す、適温のお湯を注ぐ、お抹茶を点てる ・・・・・・
ようやく訪れた独りの時間。
とくべつなお菓子はないけど、ふぅ、とひと息。

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2018年6月 9日 (土)

ロメインレタス*

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昨日、デパートの地下で100円で買ったロメインレタス。
きれいじゃない?
こういうのを見るとセラミック・アーティストがこのかたちといろを忠実に再現してアートにしたい気持ち、わかるな。指先の感覚を最大限に鋭敏にしてこのかたちをつくってみたいとわたしだって思うもの。
それで今朝はシーザーサラダ。
ただ食べるだけのひとは「なんだサラダか」って思うかもしれないけど、つくるほうはけっこう手間がかかって、野菜を50度洗いして水にさらして、しっかり水切りするだけでもそれなりに時間がかかる。だからレストランなんかでたっぷり生野菜がでてくるとわたしはうれしい。この店は手間を惜しまずサービスを提供してる店なんだな、と思うから。
今日みたいな休みの日はいいけど、平日に毎朝新鮮なサラダを食べようと思ったら、早起きしないとならない。
やっと野菜が安く手に入るようになってきて、毎朝アオムシみたいにサラダを食べる季節がやってきた。
今朝の朝ごはん。
シーザーサラダにチョコぱん。
今日、2週間ぶりのプール。

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2018年6月 8日 (金)

カージーの”あたらしい旅”

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夏がいいのは夜7時でもまだ明るいところ。
また夏が来たんだな、って思う。
三彩さんに「たのしみにしててください」っていわれたのはいつだったかなあ?
カージーさんの個展の葉書をもらって、ギャラリーみずのそらに行ってきた。
まず『あたらしい旅』っていう、タイトルが好き。
見た瞬間、オリジナルラブの『夢を見る人』って歌を思いだした。
下の子を自転車の後ろに乗せて、保育園に送り届けるまでがいつも戦争だった。
泣きそうな朝も、あの歌を歌いながら自転車を漕ぐと元気になれた。
わたしのあたらしい物語もいますぐはじまりそうで・・・・・・
壁に掛けられた今回の個展のタイトル。
これ何語?

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みずのそらは広いから、あの空間をカージーの作品がどう埋めるのか想像がつかなかったのだけれど、行ってみたらそこは出航を待つたくさんの船でいっぱいの港になっていました。

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木や金属の廃材をリサイクルして作った船は、一見シンプルなようでいて完成度が高い。それは描きこみすぎない絵みたいでもあるし、音数の少ない、完成された音楽のようでもある。それはフォルムを捉えるカージーさんの感覚の鋭さを感じさせる。
そして、カージーさんの作品は、静謐。
繊細にしてポエティック。
繊細だけどエッジがきいていて存在感がある。
一見ラフなようでいて、質感まできっちり作りこまれている。
だから、いつまで見ていても飽きない。
カージーさんはそんなに絵は描けないっていうんだけど、作品とその価格が書かれたこんなスケッチを見ても味がある。

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そしてカージーさんの作品を見ていていつも思うのは、カージーさんはいかにたくさんの仲間に囲まれて賑やかにわいわいやることがあっても、自分独りの静かな時間をとても大切にしている人なんだろうなあ、ということ。
それが作品にもよく出ていて、よけいなことはあんまり喋らないカージーさんのように作品も寡黙なんだけど、静かに物語を内包していて、じっと見ているとそれがじわじわと空間に滲み出てくるようで、わたしもそれにじわじわ共振した。

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個展がはじまった最初の週末はカフェでイベントもあったりしてきっとたくさんの人(仲間たち)で賑わっていたんだろと思うけど、平日の夕方のギャラリーにはスタッフ以外だれもいなくて、この空間を満たしているものにどっぷり浸かるには、わたしはむしろこのほうがいいなと思った。

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月とか星とか植物とか、船とか飛行船とかスウィート・ホームとか・・・・・・
ロマンディックなカージー・ワールド。

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そしてこれもいつも思うことだけど、カージーは植物をあしらうのがとてもうまい!
それはけして華美じゃない。それはもう枯れた葉っぱだったりドライになった木の実だったりするんだけど、すごく自然に作品と一体化してて、で、そこには対象に対する慈しみのこころを感じる。

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それでね、欲しいと思ったものを迷わず買えるほどわたしはお金持ちじゃないけど、わたしが今日、最初っから欲しかったのはこれ。
この飛行船。

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3、という数字に惹かれます。
なぜならわたしの家族は3人家族で、3人でずっとひとつおなじ舟に乗ってきたから。そしてそれはいつかは終わる形態だから。
これをリヴィングの天井から吊るしたところを想像して頭の中で遊びました。
このカタカタと、ひらひらとまわる銀の手作りのプロペラも好き。

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ギャラリーにはずっとピアノが流れてて、それがこの空間と、時折りカタカタまわる銀のプロペラにあまりにぴったりで、「いま流れてる音楽なんですか?」とスタッフの女の子に訊くと、「これです。カージーさんにこれかけてって渡されたんです」といって見せてくれた。

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ドイツのピアニスト、ヘニング・シュミートのソロ・アルバム『シェーネヴァイデ』。
おお、『雨と休日』で売ってそうなCDだね。さすがカージー!
自分の世界観をよくわかってる!
なんて思わずいったのでした。
このアルバム、家に帰ってさっそく探して買っちゃった。
カージーさんの個展は今週末で終わってしまうけど、6月の雨のあいだはきっとこのCDをちょくちょくかけているだろうなと思う。そして、みずのそらのこの空間を満たしていた景色と音楽、カタカタと音もなくまわっていた銀のプロペラのことを頭に思い浮かべると思う。
いい個展でした。
カージーさん、ありがとう。

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2018年6月 7日 (木)

秘密にしたいケーキ屋さん♡

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「そのケーキ屋さんはね、奥がカフェになってて、ケーキを頼んでカフェで食べると、お皿にたっぷりフルーツが盛られてでてくるの。ケーキ代だけで。だから、そこではぜったいお店で食べるほうがお得なの!」と彼女から聞いてはいたけど、行ってみたらほんとうだった!
いちごのショートケーキをのせたお皿には、ピンクグレープフルーツにグレープフルーツ、キウイにいちごにパイン、メロンまでのって生クリームが絞ってある。それに写真では見えないけれど、フルーツの下にはクレーム・ディプロマットまで絞ってあったのでした。
これで、いちごのショートケーキのぶんだけ450円!
これってすごくないですか?
でも、お隣りの席を見たら飲みものも頼まず250円のシュークリームだけなのに、おなじようにフルーツが盛られててさらにびっくり。
今日び、ふつうにケーキを作って売るだけだって大変な時代なのに、こんなことしててだいじょうぶなんですか? と思わず心配になっちゃいました。
もちろん、ケーキだってとってもおいしいのです。
最近じゃなかなかお目にかかれない、濃厚な純生クリームたっぷり。
これは生クリーム好き、フルーツ好きにはたまらないと思う。
席が4人掛けのテーブルひとつと2人掛けがひとつ。
あとはカウンターと少ないので、彼女によればいつでもカフェで食べられるとは限らないそう。思わず秘密にしたいくらいだけど、場所柄そうそう行けるところでもなし。
新高円寺のCafe neige(カフェ・ネージュ)さんです。
お近くで、まだ行ったことない甘いもの好きさんはぜひ!

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2018年6月 6日 (水)

雨の季節のはじまり

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今年はなんでも早いから、5月のうちに梅雨入りしちゃうのかと思ったらそうでもなかった。そうでもないところが自然の面白いところ。
今日、朝からしずかな雨。
関東も梅雨入り。

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2018年6月 2日 (土)

爽やかな朝

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爽やかな朝。
爽やかなグリーンアイ。
爽やかなレモンドレッシングのキャベツとコーンのサラダ。
昨日もらったヴィエイユさんのぱんと。

18lemon_dressing

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