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2018年5月30日 (水)

モスキートの季節

18mosquito

窓の外は雨。
外は半袖じゃ寒いくらいだけど、家の中は蒸し暑い。
窓をあけ放したまま仕事してたら蚊が飛んできたから働き者のジェントルマン登場。
またこの季節がきたか、と思う。
おひさまさえ出てれば元気なわたしはちょっとブルー。

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2018年5月29日 (火)

おなかにやさしいごはん

18potaufeu

体調を崩したのか数日前から娘がめずらしくお腹が痛いといっていて、何を作ろうか考えて、このあいだ妹がポトフを作るといっていたのを思いだしてわたしも昨晩ポトフを作った。フライパンににんにくのみじん切りとオリーブオイルを入れて弱火で香りが出るまで炒めて細切りのベーコン投入。ベーコンがカリッとしたらタマネギの薄切りを入れて炒め、鍋に入れる。乱切りにしたキャベツ、皮をむいて半分に切ったカブ、コンソメキューブ3つにローリエ1枚を入れてカブが透き通るまで煮たら皮をむいて大きめに切ったじゃがいもを入れ、じゃがいもに火が通ったらハーブソルトで味を調えてできあがり。
ひさしぶりに作ったポトフはめっちゃおいしかったです。
昼は昨晩、炊飯器で作ったサムゲタンの残り。
この時期こんなのを食べるとやっぱり暑いんだけど、でも意外と身体の芯は冷えていそうだから疲れているときには胃を温めるごはんを。
炊飯器で作るサムゲタンは、炊飯器に玄米元氣をスプレーしてひと口大に切った鶏胸肉とお米1合を入れ、その上に輪切りにしたネギ、洗って適当に切った青梗菜、それにお酒大さじ3、塩小さじ1、ウェイパー小さじ1杯半を入れ、水を4号くらいまで入れてふつうに炊くだけ。炊きあがったら、お好みでゴマ油とゴマを振って。
今回迷ってはじめてウェイパァーの大きな赤い缶を買ってみたのだけど、炊きあがるにつれてすごくいい匂いがしてきて、ウェイパァーってすごい、と思った。独特の匂いが食欲をそそる。これ、すごくイージーでおいしくって疲れてるときのお助けメニューになりそうです。これなら父でも食べられそうだし、こんど作ってあげよう。

18samgyetang

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2018年5月24日 (木)

雨上がり、フェアビアンカ

18fair_bianca

雨はあがった。
大気は浄化された。
でも、ばらの葉の上はアブラムシがいっぱい。
今日も水を入れた噴霧器で丁寧に洗い流す。
わたしは気が長い。
いまにも枯れそうな貧弱な株から、一輪のフェアビアンカ。
ミニチュアローズほどの。
ちいさくてもいい香り。
わたしの好きなばらは繊細なのが多い。
今夜はライブだ。
元気をださなきゃね。

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2018年5月22日 (火)

詩とか、歌とか。

Richard_brautigan

日曜日の午後遅く、ふいにかかってきた電話は静かな湖面に手を入れて引っかきまわすようなものだった。その時間までお昼も食べずに仕事をしていたわたしは、ちょうどこれから遅いお昼の買いものにいこうとしているところだったから、タイミングも悪かった。わたしはただ彼女の要求に対してほんのちょっと時間をくれといいたかっただけなのだけれど、どこでカチっときたのか彼女はだんだん感情的になり、あろうことか2年前の暮れの嫌な出来事まで引っぱりだして蒸し返した。あれだって自分のなかでは無理やり封印して乗り越えたことだった。なぜなら、そのころ彼女は肉体的なハンデを負っていたし、その夜はひどく酔っぱらってもいたから。自分が寛容になって水に流すしかないと思ったのだった。
相手が感情的になるとわたしの頭は一気に合理的になり、自分はどうしたらいいかだけ聞いて電話を切った。その日のうちにいわれたことはやったけど、釈然としない思いだけが残った。何より彼女からいわれた言葉はわたしの鳩尾に重たく残った。ちょうど先日、彼女とわたしは生まれ育ちも性格もちがうけど、合う合わないにかかわらずもうソウルメイトなんだろうなあ、としみじみ思ったところだったからなおさらがっかりした。
いつも人は些細なことで大切な相手と擦れ違ってしまう。
でも精神世界においては人から裏切られるのも利用されるのも雑な扱いをされるのもぜんぶ自分のせいと決まっているのだ。やれやれ!
それで今日も冴えない気分で娘と遅いランチをしたあと苦し紛れに詩を書いた。
最初のフレーズがふいに空から降ってきて、きっとまた書きだしたら数行で書けなくなるんだろうなあ、と思っていたら一気に最後まで書けて、書きあがったら鬱屈していた気持ちは歓びに変わった。
物書きの性。
けっきょくわたしは書くことでしか解消されないんだなあ、と思った。
書き終ったらこんどはいま頭にあったイメージを絵に描きたくなって、いつものように、どんな絵を描きたいか、構図もタッチも頭にははっきりあるのだけれどわたしにはそれを描く力量もなければそんなことをしている時間もないから、方眼ノートに鉛筆でパーッと描き殴ったのを破いて娘に渡し、「こんな絵を描いてくれない?」といってバタバタと家を出た。今週も実家に夕飯ヘルパーに行くために。
娘がその絵を描いてくれるかどうかはわからない。
描いてくれたらわたしはここにアップするだろうか?
わたしの意趣がわかる相手が見たらきっとわたしを嫌いになるだろう。
でも嫌われたら嫌われたでかまわないという気持ちがどこかにあって、それがそのまま詩にでている。

日曜の電話のあと、襖をぴっちり閉めてやっぱり仕事をしていた息子が部屋から出てきて、「おかあさんもさ、ふだんピース・オブ・マインドがミッションとかいってるならもういいかげん、そうできない相手とつきあうのはやめたら?」といった。
息子のいうことは正しい。
いつもわたしにいちばん厳しいのは2人の子供だ。
それで、そういう厳しい人間が近くにいるのはいいことだと思う。
自分に対して歯に衣着せずに厳しいことをいってくれる人が近くにいないと、いくつになっても我儘で甘えた大人子供みたいな人間になってしまうから。
転んだ後に読み直した足立幸子さんの本にも書いてあった。
『愛』とは厳しいものだと。
そこに『情』がつくからだめなんだと。
日本って、情に棹さして流されてばっかの国だもんなあ!

日が長くなって明るいうちに実家に行くと、父はもう夕飯(といっても、お昼の残り)を食べ終わっていて、もう何もいらない、という。だったら天気もいいからバスに乗って阿佐ヶ谷にでも散歩に行こうか、それとも近所の喫茶店であんみつでも食べない? あるいは父がよく行くスーパーマーケットで好きなお菓子でも買うとか、といろいろいってみるのだけれど、けっきょくぜんぶ却下されるのだった。それで今日は夕飯の支度もなーんにもしないで、もう百万遍も聞いた父のいつもの山手線の話を延々聞いて、噛みあわない会話をし、7時半になってNHKの『歌謡コンサート』を見た。今夜は東京特集で、オープニングからわたしの好きな『東京ラプソディー』で、昭和30年代から80年代の東京の街の映像と、その時代時代に流行った歌を取り上げていてすごくよかった。歌謡曲が好きか嫌いかということは置いとくとして、日本の昔の歌謡曲ってほんとによくできていて、母音がしっかり音符に乗ってて情感がある。歌ってて気持ちいい。「昔っていい歌いっぱいあったし、昔の歌手のほうがうまかったよねえ」といいながら見た。父も懐かしい懐かしいといいながら、最近にしてはめずらしく楽しそうな顔をして、ときどき自分も一緒に歌ったりしながら見ていた。けっきょく番組が終わるまで見た。すごくひさしぶりに父の笑顔を見た気がする。よかった。これぞまさしく音楽セラピー!

帰りの電車でブローティガンの『東京日記』の青い表紙をひらいたら、このあいだアムレテロンさんで買ったときはなぜこれを選んだのかわからなかったけど今日にまさしくシンクロニシティで、それはブローティガンがはじめて日本に来た1976年の5月から1ヵ月半、東京に滞在して書いた日記形式の詩集だった。
子供のころ、大好きだったエドワード叔父さんを第二次世界大戦で失って、以来、家族が誇りにしていたその大切な叔父を殺した日本人を人間以下のサルだと思って憎みつづけていた少年ブローティガンがなぜ大人になって日本に来ることになったか。それが前書きを読むだけでわかるこの本を、日本がおかしな方向にいきはじめたいま読むのは意味があることだと思う。前書きの終わりのほうには『作品の質にはむらがあるが、あえて全部を活字にした。これは日本でのぼくの気分と感情をしるした日記であり、生活の質はむらのあることがよくあるからだ』なんて文章もあって、そのとおりだと思った。
どうやらわたしのスロートチャクラの詰まりも解消されたみたいだし、わたしもむらがあっても気にせず出しつづけるとしよう。鳥が運んだ種みたいなものが何になるかはわからなくても、飽きずに諦めずに水をやり、光にあてよう。

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2018年5月21日 (月)

自由なムード

180521sky

仕事のミーティングに行くのに午前中の電車に乗ったら、座った席の向かいにシニアのご夫婦とその友人らしき男性がいた。シニアといっても彼ら3人は半袖Tシャツにジーンズ、裸足にジョギングシューズという、とてもカジュアルで若々しいファッションをしていた。今日は湿度もなく気持ちよく晴れて、右端にいる奥さんは足を組んで自分の腕を夫の腕に絡め、頭をすっかり夫の肩にあずけて、窓から入る爽やかな5月の風に吹かれながら気持ちよさそうに眠っていた。
ただそれだけの光景なのに、一見して夫婦仲のよさが見てとれ、それはふだん電車の中ではあまり見ない光景でもあり、なんていうか彼らはとても自然で、自由でオープンでしあわせな雰囲気を放っていた。
乗っているのはたった二駅だったからわたしは本をひらくこともなく、背もたれにもたれて目を瞑った。そうしたら左端にいた男のひとが話しはじめて、わたしはハッと目をあけた。わたしはてっきり彼らは日本人だと思って見ていたのだけれど、聞えてきたのは日本語じゃなかった。スペイン語? ・・・・・・ちがう。たぶん、ポルトガル語だ。もしかしたら日系ブラジル人かもしれない。その知的で穏やかな語り口。攻撃的なところはどこにもない。プライドや我のようなものも感じられない。奥さんは相変わらず風に吹かれて気持ちよさそうに眠っている。
世界中には日本より貧乏な国がいっぱいあるけど、貧乏でも日本人よりしあわせに暮らしている人はいっぱいいる。彼らはやっぱりこの国の人とは全然ちかっていた。
そんなことを思いながら彼らに見惚れていたら一駅乗り過ごしてしまった。
今日は早めに家を出てきたからよかったけれど。

待ち合わせのカフェに入ってメニューを見ていると、仕事相手がにこにこしながら店に入ってきた。彼女はグリーンの濃淡のとても素敵な麻の服を着ていて、わたしがそういうと、それはわたしのイメージで買った服なのだという。わたしがいつもお洒落だから会うときは緊張する、今日も3回も着替えてきたんですよ! というからわたしは「はーーー」と間の抜けた顔をしてしまった。最近のわたしにそんなこというの、彼女くらいだから。
自分で思う自分と他人が思う自分にはギャップがある。
けっきょく自分が他人からどう見られてるかなんて自分ではわからないってことだ。
今日もたくさん話して、びっくりするほどたくさんシンクロニシティがあった。
気のあう人とはいつも無理なく自然にこんなふう。

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レモンジンジャー

18lemon_ginger

息子は整体に行くようになってから仕事に行く日の朝は珈琲はのまない。
身体を冷やすといけないからって。
珈琲が身体を冷やすかどうかは別として、カフェインを減らすのはいいと思う。
とくに息子のように腸が弱い人にとって。
それに食事と一緒に、あるいは食後すぐに珈琲をのむと、食事に含まれる鉄がカフェインに吸着されてしまって貧血になるから。
それでずっと平日の朝はヨギのレモンジンジャーティーとか出していたのだけれど、一昨日わざわざさんのブログを見たら、ポットに新生姜をすりおろして輪切りにしたレモンを入れて熱湯をかけただけのレモンジンジャーティーがめっちゃおいしい、とあったから、翌日からやっている。ちょうど近所のスーパー・マーケットで和歌山県産の小さなレモンがまとめて袋に入ってるのを売っていたから。わたし、人からいいといわれるとわりかしなんでも素直にやってみるほうです。
で、やってみたらほんとにおいしい。
簡単だし、高いお茶を買うより安上がりでいいかも。
わざわざさんのブログにもあったけど、このところ暑かったり寒かったり湿度がすごかったりで自律神経がおかしくなりそうだから、身体を温めるのはいいと思う。
息子は3ヶ月はつづけなきゃならない、という。
それで、わたしも娘も最近はこれ。
おいしい珈琲はランチかおやつの時間にとっとくとして。

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2018年5月19日 (土)

アマンディーヌ・シャネル

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おととい、今季最後の食卓のばらはジュビリー・セレブレーションと書いたけれど、ほんとの最後はこれでした。
一枝に5輪もついた、アマンディーヌ・シャネル。
ピンクに赤が混じったような個性的なピンク。
でも、インパクトのある強い色の割には香りはりんごのような、素直にばららしい、いい香りで、きれいに整った大きすぎない中輪の花が好ましい。
そしてこのアマンディーヌ・シャネルもジュビリー・セレブレーションも時間が経つごとにだんだん退色していって、その退色した色もほんとうにきれいで、今日は見るたびにこのばらに助けられたかな。
ばらが発しているものは愛でしかなくて、それに何十年と支えられているわたし。

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2018年5月18日 (金)

いちご三昧

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昨日、夜な夜な作ったいちごジャム。
750グラム入るボンヌママンの大きな瓶にふたつと、ちょこっと。
いちごがまるのままゴロゴロ入った贅沢スタイルです。

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あんまり甘くなく、爽やかな酸味のゆるめのジャム。
めっちゃおいしいです。
それで今朝はプチフールの胚芽パンのトーストにバターとジャム。

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昨日スーパーでこんなみつけて買いました。
サラダソルト。
レモン&オレンジMIX、バジル&オレガノMIX、パクチー&レモングラスMIXとバリエーションがあって、どれも使えそう。とくに最後のなんか、ベトナム料理屋で食べたアサリの酒蒸しに使ったらおいしいんじゃないかな。
こういうのは大好きです。
朝はなんたってサラダサラダだから。

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そして今日のおやつは、いちごのジュレ。
いつも季節ごとにその季節をたっぷり食べたいと思うんだけど、忙しくしているあいだにあっという間に過ぎちゃって、全然たべないまま終わっちゃうものも多い。去年の夏は一度もスイカを食べなかったから、それで今年はいまからスイカスイカといってるんだけど。
ふうぅぅぅ・・・・・・・。
これで今年はたっぷりいちごを味わえそうです。

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梅雨の気配

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外はあつい。
しかも、むしあっつい。
大気には湿度があって微かに雨の匂いがする。
そして頭が痛い。
5月第3週にしてすでに梅雨の気配。
今年はなんでも早い。
娘が「いま熱を測ったら絶対36度5分以上あると思う」といいながら測ったら、なんと7度2分もあった。初夏のはじまりに感じたように、今年の梅雨は耐え難い蒸し暑さになるかもしれない。もう20年近くここに住んで、もう出て行かなきゃならないといういまごろになって、今年は寝室にしてる部屋だけでも網戸を付けるか、なんて考えている。
湿度が高くなるとベランダは一気に害虫が増えて、それもユーウツだ。
いま咲いているばらはセント・セシリア。
まんまるのカップ咲き。なんともいえないファエリーなピンク。強いミルラの香り。
イングリッシュローズは最近の品種より、コンスタンス・スプライ、グラハム・トーマス、ジェーン・オースティン、イヴリン、トロワラス、フェアビアンカ、このセント・セシリアみたいな昔のばらのほうがずっと好き。そう遠くない日に引っ越ししなければならないことを考えたらいまは増やせないけど、またティーの香りがするばらがほしい。

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2018年5月17日 (木)

いちごジャムの季節

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ひさしぶりにそら屋さんに加工用のいちごが入るっていうから予約して、今日うけとりに行ったのだけど、自転車で走っていても暑くて暑くて、これって5月の暑さとは思えない、どう考えても7月くらいの暑さだよ、と思った。同時にこれだけ急に蒸し暑くなったら、下手したら父は熱中症になるぞ、と心配になった。
おととい火曜に夕飯ヘルパーに行ったら、もう暑いというのにまだフリースのベストを重ね着していた父。それどころか妹が昼休みに帰ってきたらホットカーペットがついてて、電気ストーブまでつけてたというから、いくら体温調節がうまくできなくなっているとはいえ、いったいどこまで感覚がおかしくなってるんだろうと思う。冬からずっと言いつづけてる父の口癖は、「いまは寒いけど、暖かくなったらゆっくり歩いて公園に散歩に行くんだ」、だけれど、この蒸し暑さじゃ水も飲まない、ろくろく食べてない父はそれこそ命取りだと思う。
店に入ったら店長は店長で、この蒸し暑さは去年、自分が熱中症になったときとおなじ感じだから、いまクーラーをつけようかどうしようか考えていたところ、という。
ふぅ、やれやれ。まだ5月だっていうのに、今年はなんでも早すぎる。
これじゃあ、いちごジャムを作るんだって汗をかきそう。
蒸し暑い時期のいちご、というとすぐ頭に思い浮かぶのはルキノ・ヴィスコンティの映画『ベニスに死す』で、ビーチで椅子に腰かけて貴族らしく(暑苦しく)盛装した主人公の老作曲家アッシェンバッハが、どす黒くさえ見えるいちごを食べていたシーン。あんなにいちごが不吉な食べものに見えたのはあの映画だけ。
酷い連想になったけど、買ってきたいちごはいちごづくりの名人、奥木さんのいちごだそうで、加工用といっても露地物の不揃いな小さい粒のいちごじゃなくて、ジャムにするのがもったいないような、そのまま食べて十分においしい良質のいちご。
これをまず50度洗いしてヘタをとり、琺瑯の鍋に入れて糖度30%になるように洗双糖を入れてしばらく置いておく。果汁が上がってきたら鍋を火にかけ、焦がさないように木べらで掻きまぜながらどんどんアクが出てくるからアクをとり、最後にレモン1個分の絞り汁を入れてよく混ぜて適度に煮詰まったらできあがり。あらかじめ煮沸消毒しておいた瓶に詰める。今年はいちごを1キロしか買わなかったから保存用に糖度を高くする必要もないし、ゆるめに仕上げるつもり。
いちごジャムなんて1年中どこででも買えるけれど自分で作ったのは格別で、この時期だけの贅沢な味。

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今朝の食卓

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食卓に摘みたてばらを飾れるのも、たぶん今日が最後です。
今朝のFour Roses はジュビリーセレブレーション。
レモンとラズベリーの華やかな香り。

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2018年5月15日 (火)

夏の様相

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風は南風。
ベランダにでると大気がもわんとして、ひかりはすでに夏の様相。
5月の春ばらのシーズンもそろそろ終りです。
そして午後、いつものように遅いランチをしていて、あ、と思った。
目の前の壁の絵にいつもとちがう角度でひかりが当たって・・・・・・
午後、西のキッチンの窓からひかりが射すようになると季節は夏です。
黄色いばらはハープシコード。

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2018年5月12日 (土)

白い花が風に揺れるころ

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プール帰り、自転車をこぐわたしの前からふわーっと風が吹いてきて、目の前の大きな樹木が揺れて木漏れ日に白い花がきらきら。
涼しげなセンダン。
でも午後から気温が上がって外は暑い。
瞬く間に今年もこの季節がやってきたんだ。
今日は子供がふたりとも出かけて一人になれる時間があるから、買いものに洗濯、掃除に夕飯の支度だけで終わっちゃうんじゃもったいない。
家事を終らせたら珈琲をいれよう。
自分のためだけに。
野力奏一さんの『Piano Solo』をかけて・・・・・・

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寝坊した朝の

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朝6時にパッと目が覚めて、それで起きてしまえばよかったんだけど寝たの遅かったし、疲れていたからもう一度寝たら夢を見て、息子に屁理屈をたらたらいわれている最中にちょうど息子の声で「もう10時50分だよ」と起こされた。
10時50分?!
まずい!
プールの朝は11時までにごはんをすましとかなきゃならないのに。
連休明け2週間ぶりのプールで、そうじゃなくても泳げないと思うのに、食べてすぐじゃますます泳げないよなあ、、、と思いながら起きる。
昨日のうちに朝ごはんを作っておいてよかった。
実家に夕飯ヘルパーに行って、疲れて帰って来て夜な夜なそういうことしてるから朝起きれないんだ、というのはあるけど。
チリビーンズに薄く切ってトーストしたバゲット。清美オレンジ。
柑橘の季節もそろそろ終わりかな。
今年の夏はスイカをいっぱい食べるつもり。
なんとしても!
とくに理由はないけど。

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2018年5月11日 (金)

泣く夢を見た

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連休中に『アニカマスターコース1日体験会』というのに参加させてもらって、タイムアップで全部はできなかったけどわたしに最後にアニカしてくれた女性がその後のシェアの時間で、「最後のほうでおでこにガン!!とすごい衝撃が走ってびっくりしました」といって、わたしは「ああ、それ、1月に転んでおでこと顔を打ったときの記憶だと思います。そんなことまでわかったなんてすごい!」といったのだけど、さらに驚くのは、その女性にいわれるまでわたしは自分のおでこがまだ痛むことに気づいてなかった、ってことだ。わたしはなかなか治らない顔の傷あとのことばかり気にして、デコが痛むことなんてちっとも気にしていなかったらしい。
それでこれを書きながら手で左のおでこを押すと、やっぱりまだ痛い。べつに顔面骨折してるわけでもあるまいし、転んでからもう4ヶ月も経つというのに。
それで思うのは転倒によって身体に生じる衝撃の凄さで、自分の歳でこれだから、骨も脆くなり筋肉もなくなった老人ともなれば、そのダメージはいかばかりかと思うのだ。下手したら命とりだし、半年や一年具合が悪くなったっておかしくない。それをうちの父は今年87になるまで何度もやっているのだからこれからはほんとうに気をつけないといけない。
そして、もうひとつ思うのは、人間の感覚ってすごく精妙なようで、人間の脳のほうは何かに強く気をとられていると別のところからサインが出ていても気づかないことがあるみたいだ、ということ。北村太郎の詩に、『部屋に入って 少したって/レモンがあるのに/気づく 痛みがあって/やがて傷をみつける それは/おそろしいことだ 時間は/どの部分も遅れている』(小詩集1)というのがあるのだけれど、まさにそんな感じ。
それでこのあいだ、まだ自分のデコが痛むということを教えてもらってから毎晩、布団に入って横になってから自分のデコの痛むところと傷の上に手をあてている。まだほんのさわりしか知らない初心者のわたしにはそれがアニカになっているのかどうかは定かじゃないけれど、デコに手をあてているといつもはつめたいわたしの手が急に温かくなってきて、ああ、これはあの日3人からもらったものだな、と思う。プリミ恥部さんの宇宙マッサージの後もそうだったけど、人からもらったエネルギーというのは日にちがたってもそう簡単にはなくならない。
はじめてやった晩はすぐに眠気がやってきて、眠ったら不思議な夢を見た。
夢の中でわたしは目の前の小鳥をそっと捕まえようとしていて(わたしの家ではわたしが物心つく前の幼児のころから鳥を飼っていて、10代のころはいろんな鳥が1ダースほどもいた)、手に触れるか触れないかの瞬間にそれは小さなこども(女の子)になった。それを見たとたん、何かが深くわかったような、腑に落ちたような気がしてその子をぎゅっと抱きしめたら、涙がどんどんあふれてきて、終いには声をだして号泣していた。
目覚めると実際には声もでてなかったし、涙もたいしてでてなかったけど、たしかにしこたま泣いた感覚があった。昼間外を歩きながらふと、あの女の子は自分だったと気づいた。間違いなくあれは自分のインナーチャイルドだったのだろうと・・・・・・
そして今日は目覚めると夢の内容はほとんど忘れていたけれど、こんどはたくさんの人のなかにいて、やっぱりわたしは泣いていた。最初は泣くつもりなんかまったくなかったのに、ふざけていたらほんとに涙がでてきて止まらなくなった、という感じで、最後は声をあげて泣いた。現実には人前で声をあげて泣くことなんてそうそうないけど、近くにはみどりちゃんもよしみさんもいて、あれはなんだったんだろう。昨日寝る前に、買ったばかりの野力さんのピアノソロを聴いたからかもしれない。
夢は現実の代償行為とも補足行為ともいうから、夢でわたしは泣けない現実の補足をしているのか。
今朝は連休後、4日ぶりに晴れた。
でも風があって部屋の中は寒く、わたしの手は相変わらずつめたい。

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2018年5月 9日 (水)

彼女のプロフィル

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今日も雨だ。
昨日よりも寒い。
今朝は驚いた。目が覚めたらもう7時50分で。
あわてて起きたら、ダイニングテーブルで息子が飲みものものまずにトーストもしてないパンをカタイ表情で黙々と食べてて、お茶をいれようとしたら「いらない」って。あとでお湯を飲むからいい、って。
キッチンのガス台にはクラムチャウダーの入った鍋もかかってるし、お湯沸かしてお茶くらい自分でいれて飲めばいいのになあ、と思う。このひとがひとり暮らしをしたらどういうことになるか、いまから目に見えるようだ。友達は息子がひとり暮らしをはじめるときにせっかくヤカンを買ってあげたのに、ずいぶんたったあとで様子を見に行ったらまったく使った形跡がなくて、家でお湯も沸かさない生活をしているようだと嘆いていた。若い男の子ってみんなそんなものなのかなあ。
最近、息子はまたカタイ表情をしていることが多い。
それが仕事のせいなのかは、わかんない。
人生にはいろいろ複雑な局面があるから。
今朝のばらはどこまでも淡く、はかなげなマダム・フィガロ。
ふわふわと淡く、風に舞うようにエアリーで、大好きなばら。
それからラ・レーヌ・ビクトリア。

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今朝は平日なのに目覚ましが鳴っても起きられなかったし、昨日の夕方はなんだか暴力的なまでにキョーレツな眠気に襲われてPCの前でバタッと倒れてしばらく眠ってしまったし、気温と気圧の激しい変化に自分で思う以上に身体は疲れていて、無言のサインを発しているのかなあ、と思う。わかっているつもりでいながら、自分のことは思ってる以上にわかってないのがほんとのところかもしれない。
最初の一輪めはあっという間にひらいてしまって、頭があまりに重くてうなだれすぎて撮れなかったライラックローズ。
春のこのばらの色は重たい。

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散る間際のコンスタンス・スプライ。
宝石みたいに美しい。
最後まできらきら、わたしにサインを送っていた。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、ちゃんとわかってるから。
今年もありがとうね。

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2018年5月 8日 (火)

10年ぶりの低気温

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今朝も雨。
ベランダに出たら寒くてびっくりした。
リネンのパジャマの上にカシミアのカーディガンを羽織る。
ゴールデンウィークの連日夏日から一転、東京は今日、5月としては10年ぶりの低気温とか。なんだかもうすっかり梅雨の気配すらして、昨日は奄美地方が、今日は沖縄が梅雨入りした。今年はなんでも1ヶ月早いから、東京もじき梅雨入りするかもしれない。季節が駆け足で過ぎてゆくのに、ついていけないスローな自分がいて困ってしまう。
今日のばらはフローレンス・ディアットル。
いい匂いのする、薄紫の房咲き小輪のフレンチローズ。

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2018年5月 7日 (月)

自由な精神

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朝起きたときは晴れていたから、てっきり今日は天気予報がはずれて晴れるのかと思ったら、やっぱりそうではなかったらしい。
しだいにまた雲が空を覆って暗くなってきた。
降水確率80%、の今日咲いたのは、『自由な精神』という名のばら。
今年は生き生きと美しく咲いてくれた。
『自由な精神』って、いまの日本に最も必要なことじゃないかと思う。
ゴールデンウィーク明けで、この先スペシャル・ホリデーは7月半ばまでまったくないという。おまけに今日は大雨の予報だし、どちらさまもブルー・マンデーになりませんように。

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2018年5月 6日 (日)

物思いの箱

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ゴールデンウィーク最後の今日は、等々力の『巣巣』さんに行った。
今日まで展示されている、やまぐちめぐみさんの絵を見るために。
ここへは前からいちど来たかったのだけれど、家からは遠くてなかなか来る機会がなかった。乗り継ぎだけで1時間半かかる。
目黒の駅前からバスに乗って20分。
そこは駅前の喧騒とは打って変わった静かな住宅街だった。
休日の郊外の眠たいような午後。
ドアの前まで行くと、「不在にしていてすみません。近くに出かけて、すぐに戻ってきます。よかったら中をご覧になっていてください」というような小さな張り紙がしてあって、うちの息子は最近できたコンビニエンス・ストアは性悪説でできている、といっているけど、ここは限りなく性善説でやってる店なんだな、と可笑しくなった。

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広くて明るい店内。
そこに家具と布物と雑貨と植物、書籍や作家の作品などが並べてあって、壁にはたくさんのやまぐちめぐみさんの絵。
雑然とはしていないけど片づきすぎてもなく、適度な生活感があって、その匙加減が絶妙。はじめて来たのにすぐ場になじんでしまうようなリラックス感がある。わたしが昔はたらいていたインテリアショップの社長は美的に散らかすことを真骨頂とするひとだったけど、ここの店主もそういった意味できっと上級者なんだと思う。

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絵の飾り方もとっても素敵で、それはめぐみさんの絵にあっていて、彼女の絵のことをよくわかっている方なんだということがわかった。どの場所で見ためぐみさんの絵より、今日ここで見たのがいちばんあってていいと思う。
帰って来た店主にそういったら、「まるで、めぐみさんの部屋で絵を見ているみたいです」といわれます、ってことだった。
わたしは行ったことないけど、好きで集めたかわいいものでいっぱいだった、そしてそれがそのまま作品制作の場だった、めぐみさんの部屋。

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中でもわたしが足を止めたのはこの絵。
めぐみさん、こんな絵も描いてたんだ、と思った。

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これから婚礼をあげようとしているような若いカップルの横にネズミのメイドと召使がいて、しあわせを祝福しているかのような花と蝶ちょと鳥。手前にはふたりの象徴みたいな白いスワン。左肩に、船の舳先についてるセイレーンみたいなミューズが描かれているのがこの絵のいちばんいいところで、これはきっと吉兆であり、ふたりの行く末を見守る守護天使でもあるんだろうな。この写真じゃよくわからないかもしれないけれど細かい部分までしっかり描いてあって、すごくイマジネーティブないい絵だと思った。それと、うまく撮れなかったけど、これなんかもめぐみさんらしい。

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めぐみさんの絵を見ると、いつもすごく魚座的な絵だなって思う。
めぐみさんの絵のよさを言葉で説明するのは難しいけど、ちょっとシャガールみたいでもあるし、アンリ・ルソーにもちょっと似てる。
めぐみさんの絵は、「ここにこれがあるのはおかしい」と大人が頭で考えて描くような絵とはちがって、子どもが「ここにこんなお城があったらいいな」「いつかこんな町に住みたい」と、想像にどっぷり浸って思いつくまま描いたような絵で、だから子どものころ絵が好きでそんなふうに描いたことがある人には心覚えがあるし、懐かしい感覚を呼び覚ます。こういう絵はすっかり大人になってしまったひとにはきっと描けない絵だと思う。だから、インナーチャイルドの絵ともいえる。そして、めぐみさんの絵を見ていると何故かいつもぼんやりしてしまう。それはめぐみさんがいなくなってしまったからではなくて、生きているころからそうだった。描きこみ過ぎない画面の余白の感情のようなものに、こちらの感情が吸いこまれてしまうせいかもしれない。めぐみさんはもういないけどその作品は見る者をぼんやりさせ、物思いに耽らせる。それこそが『作品を遺す』ということだろう。
いや、でももしかしたら彼女は今日も巣巣にいたかもしれないぞ。
そんな気もする。
(番外編:トイレに入ったらここにもめぐみさんがいた。)

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知ってる方も多いと思うけど、この展示はめぐみさんの作品集が出版されたことを記念してのものだった。ほんとはわたしは巣巣さんに行った帰りにアムレテロンさんに寄って予約していた作品集をうけとるつもりだったのだけれど、出がけにちょっとアクシデントがあって家を出るのが遅くなり、今日は行けなくなってしまった。おまけに夕方から大雨になるという予報だったから、雨が降ると髪がめちゃくちゃになってしまうくせっ毛のわたしはなんとなく意気上がらず、何を着て行こうか考えたあげく面倒になって家にいたまま出てきてしまったのだけど、巣巣に着くなり、そして店主と顔をあわすなりわたしはそのことを激しく後悔した。とくにやまぐちめぐみさんの展示にこれはなかったな、って。
めぐみさんは晩年、病気が悪化して思うように出歩けなかったこともあるけれど、外出の前は明日何を着て行こうって、そわそわ、わくわくするかわいいひとだった。で、そういうのって、いくつになっても大事だと思う。自分の気持ちのためにも。自分と接する誰かの気持ちのためにも。
そんなことを思いながら巣巣を出ると、天気予報通り、空はだんだん不穏な感じになってきて、最初の雨粒がポツっと頬に落ちてきた。帰りのバスに乗って駅に向かうあいだも、風にわさわさ揺れる街路樹と夕暮れの街並みを眺めながら、平凡なしあわせを捨ててなんのあてもなく東京に出てきて、それまでとはまったく人生を生き、アーティストになった彼女のことをずっと考えていた。

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わたしのばら *

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今年も一輪だけ咲いてくれた。
自分で挿し木したコンスタンス・スプライ。
つるばらで背が高くなるから、細いステムの先で花はうつむいて咲く。
ピンクのばら数多あれど、わたしがいちばん好きなのはこれかもしれない。
その色。香りも。
ベランダにどれだけあっても、『わたしのばら』といえるのはわずかしかない。
そして『わたしのばら』といってすぐ思い浮かぶのは、いつもこのばら。
でもイングリッシュローズは全然もたないし、コンスタンス・スプライは一季咲きだから、あっという間に終わってしまう。
一瞬のひかり。

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2018年5月 5日 (土)

こどもの日スペシャル

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立夏。こどもの日。
いつもだと、こどもの日は柏餅かちまきときまってるんだけど、今日は珈琲がのみたくて、近所の『おやつやサンセット』で本日限定こどもの日スペシャル『チョコバナナロール』を買ってきた。手作りのケーキのいいのは、ちゃんと生クリームを使ってること。これ大事。
昔、こどもが小さかったころは、こどもの日というと吉祥寺のニキティキによく行った。こどもにかこつけて大人が木のおもちゃが好きで。外ではピエロがシャボン玉を吹いてて、まわりでは小さなひとたちが走り回ってて、長閑だったなあ・・・・・・
しあわせなこどもの日の記憶。
吉川裕子さんのしあわせなカップ(ソーサーに『felice』って書いてある)とともに。
ちなみに、国が定める『こどもの日』とは、祝日法2条によれば『こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する』というのが趣旨だそうです。
母に感謝する日!
知らなかった!

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メラレウカ!

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書き忘れたけど、昨日よかったのはてっきり枯れたと思ってたティーツリーから芽が出てきたこと!
あきらめずに水をやりつづけていてよかった!

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摘みたてばら

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今日の摘みたてばらはシャーロット・オースティンとラ・レーヌ・ビクトリア。
黄色とピンクってふだんじゃありえないけど。

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2018年5月 4日 (金)

ばらの日々***

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やっぱり一昨日の疲れがまだ残ってるようだ。
今朝は目覚まし鳴っても起きられなかった。
休日だからいいようなものの、この季節に寝坊するとやることいっぱいで後が大変。朝から陽射しが強いと乾いてあっという間にばらが萎れてしまうから、まずはキッチンとベランダを何往復もして水やり。それから水を入れた噴霧器で蕾についたアブラムシをとってやらないといけない。こう毎日やってるともう虫と人間の根競べみたいなものだけど、でもあきらめちゃいけない。自分の顔に虫がたかってることを想像したら嫌だから、(ばらだって)やだよねやだよね、といいながら根気強く洗う。そして、そういうわたしの気持ちはばらに伝わっている。たしかに。
ばらがみんなきれいになったら、いまにもバサッと崩れそうな花がらを摘み、鉢の位置を変え、いくつかばらを摘んで花瓶にいける。
ばらの手入れをしているあいだは人間のごはんは後回し。
まだ風は残ってるけど今日は爽やかに晴れた。
今朝咲いたのは小ぶりだけれど、『優雅』という言葉がこれほど似合うばらはないと思う、フローレンス・ディアットル。
淡い紫の花びらにオレンジ色の花芯が鮮やかで愛らしい。

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いつもつぼみが大きくなるのに時間がかかりすぎてなかなか咲かない、ライラックローズ。このばらはアンニュイなマダムって感じかな。
でも、ライラックローズが大人っぽいルージュピンクで、風に舞うように軽やかに咲くときのなんともいえない風情は捨てがたい。

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何年育てても華奢な株のまま、そのくせ多花で、細いステムの先にハートの花びらがぎっしり詰まった中輪の花を咲かせるシャンタル・メリュー。
うちではもう古株で、去年はまったく咲かなかったからそろそろ寿命かと思ったけれど、今年はまた花を咲かせてくれた。

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最後はクイーン・オブ・スウェーデン。
咲きはじめは品のいいアプリコットピンクで、時間の経過によってピンクに変わる。品種の説明には『清らかなソフトピンク』とあるけれど、わたしにはちょっと平凡で退屈なピンクに見える。品のよさと退屈さって紙一重なんだと思う。だからこのばらはやっぱり咲きはじめの輝くようなアプリコットのときがいちばんいい。
春ばらのシーズンはうっかり寝坊もできないし、いつも以上にやること多くて大変だけれど、ばらも桜とおなじで次々に咲いては瞬く間に終わってしまう。
短いばらの日々を今年もせいいっぱい味わおう。

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2018年5月 3日 (木)

雨上がり、5月のベランダ

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昨日の夕方から降りはじめて夜中から激しくなった雨は、朝おきたときはまだ降っていたけど、ようやくさっきやんだ。いつだって雨は浄化。それでわたしも窓をあけはなして家じゅうハタキをかけ掃除機をかけ玄関を掃き精油を焚いた。それから約束通り父にモーニングコールをした。今日は父はひとりで起きてデイサービスに行く日。今朝は雨で暗いからますます起きられないかなと思っていたけど、しばらく鳴らしたらちゃんと出てきて、いま支度をしてたところで、あと神棚の掃除をしたら終わり、というので、ほっとした。今日もふつうに行けるという。昨日早く寝かせたのがよかったのかもしれないけれど、いったい昨日のはなんだったんだろう、と思う。
時折りの明晰さと、それ以外の、ほとんど混沌。
年寄りの脳っていったいどうなってるのか全然わからない。
デイザービスから帰ってくるころにまた行くから、といって切る。
ベランダに出ると風雨で散ったばらの花びら。
雨の滴をまとったばらたち。

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これまでわたしがどんなに困窮しても手放さなかったものがいくつかあって、それは、ばらと音楽と珈琲。後になってからは、水泳。
それらがわたしにもたらす恩恵はとても大きくて、父にも何かひとつでもそんなものがあったらよかった、と思う。
父が最も好きなのは、旅。それから映画。
絵を観るのも好きだった。
もっと昔にさかのぼると映画音楽を聴くことや、絵を描くこと。
数学の問題を解くこと。囲碁や将棋。
父にだって昔はいっぱいあったのにね。
好きなことがあると知識が増えるだけじゃなくて、そこから所作が生まれ、ライフスタイルが生まれる。パトリス・ジュリアンがいうところの、『生活はアート』。テレビなんかなくたって(むしろないほうが)楽しく充実して暮らせる。
わたしにとって大きいのは緑。
ベランダの植物がわしゃわしゃ伸びてきて外界の景色がだんだん遮断されて見えなくなってくると心底ほっとする。昔から外も緑、中も緑で、外と中が一体になったジャングルみたいな部屋に住むのが夢だけど、そんな部屋に住めたらどんなにいいだろう!

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今朝咲いたのはラ・レーヌ・ビクトリア。
ころんとした花形の、ヴィヴィットなピンクのお姫さまたち。

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わたしのシャビーな、夢見るような5月のベランダ。

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2018年5月 2日 (水)

ネロリの香り

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朝、実家に向かう途中、風が吹いてきて、はっとした。
もしや、、、と思ったら、やっぱりそうだった。
いままで気づかなかったけど、幼稚園の園庭の柵の近くに大きな柑橘の木。
蘭のような、白い小さな花をひとつとって香りをかいでみると、わたしがいつも愛用しているネロリのフラワーウォーターとおなじ香りがした。ネロリはわたしがばらに次いで、いや、ばらとおなじくらい好きな香り。
ネロリが採れるのは欧米ではビターオレンジ、日本では『だいだい』の木らしい。
わたしは家がほしいという願望はそれほどないのだけれど、狭くても日当たりがよくて風通しのいい庭があったら、そこに植えたいものはいろいろある。
ミモザ、ジューンベリー、ティーツリーにユーカリポポラス、それにこのネロリの木。
ばらとハーブと球根植物。
もちろん、それらが調和して共存できるかどうかはわからないけれど、ただの願望として。白い花を指でつまんで香りを楽しみながら、しばしそんな自分の夢の庭を夢想しながら歩いた。
はたして、だいだいの木は植木鉢でも育つかな?

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2018年5月 1日 (火)

ばらの季節に

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ちょうどバスルームで使っている石鹸がなくなったからあたらしいのをおろした。
顔を洗うのはリンガリンガソープさんで買ったローズの石鹸。
オーガニックローズオットーウォーターにローズダマスクウォーター、それにオーガニックローズヒップオイルとローズアブソリュートほかいくつかの精油が入っていて、香りがいいのもさることながら、ルックスもキュートでかわいい!
これはリンガさんの実店舗のあるニュージーランドのパーネルに住むマダムたちがリピートする石鹸だそうで、パーネルは19世紀後半のヴィクトリア調の建物が残っている歴史ある地域で、美しい大聖堂や個性的なアートギャラリー、雰囲気のいいカフェがたくさんある素敵な街だそうです。歩いてるだけで気分が上がる街。東京でいうとどこだろう。南青山か代官山? わたしは最近そういうのなくなっちゃったけど・・・・・・
淡いセージグリーンで花と鳥が描かれたソープディッシュは大昔、新宿伊勢丹の1階にあった『花香菓』のコーナー、クラブツリー&イヴリンで買ったもの。
『花と香りとお菓子』のギフトを扱うショップって、いま考えてもあたらしいと思う。いまの切り口でもう一度やってほしいと思うくらい。
身体を洗うのはオーブリーのロサ・モスケータ、つまりローズヒップの石鹸。
ローズヒップは『ビタミンCの爆弾』ともいわれるほどビタミンCが豊富に含まれていて、美白のみならず収斂作用で毛穴を引き締め、ペーハーが人の肌に近いことからよくなじみ、乾燥から肌を守り、紫外線で傷んだ肌を修復する高い効果もあるという。
ともあれ、ベランダでばらが咲いている5月のわずかな期間はどこにいてもばらの香りがするようだけど、バスルームでもたっぷり楽しもうと思う。

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