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2018年4月 1日 (日)

桜とつくしんぼ

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彼女とはいつも桜の季節に会う。
会うのはいつも1年に1度か2度だから、近況だけでもお互い話すことはいっぱいあって、午前中に待ち合わせたのに瞬く間に夕方になる。あっという間の半日。
だから会った後はすぐにでもまた会おうと言いあうのだけれど、気づくといつの間にかまた桜の季節になっている。
我々の世代は下の世代とちがって個で行動することを快とする人が多いし、それに自分の親がこの年だったときにくらべると我々はそれよりずっと忙しい生活をしていような気がする。貧乏暇なし。
今年も日に日に過ぎていくカレンダーを頭の隅で気にしながら彼女に連絡するタイミングをはかっていた。気になるのは野川の桜もだけど、つくし!
今年は一気に初夏みたいな陽気になっちゃったから、もう見られないかもしれないなあ。
そんなことを思っていたら、ふいに彼女からメールがきた。ソメイヨシノはあっという間に終わっちゃったけど、野川の枝垂れ桜はずっとチェックしていたの、って。
それで今年もここに来られた。
野川の桜もだいぶ傷んで、かつては両側から覆いかぶさるようにして咲いていた、いちめんピンクの春霞、とはいかなくなって、ずいぶんさびしい感じにはなってしまったけど、それでもこのピンクと緑のコントラストの景色は変わらず。
暖かな陽射しの下で、水の中にせっせと嘴を突っこんではエサを漁っていたカモ。
こんなのを見てると日常の雑事を忘れて、なんだかの~んびりします。

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それから今年もあった。つくし!
相変わらず春ともなると彼女は犬もいないのにこの辺を歩いたり走ったりしながら、毎朝チェックしていたらしい。
なぜ春になるとつくしが見たくなるのか、つくしを見るとこんなにうれしくなるのかわからないけど、同い年で小さいときさんざん原っぱで遊んだ昭和の子供の我ら。
いつか、『つくし』なんてものも日本人の頭からすっかり忘れ去られて、ただ教科書に載ってるだけの過去の遺物になるかもしれないな。そんな日もそう遠くはない気がするよ。

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こんなふうに、春の小川で遊ぶ子どもたちの光景も。

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年が同じだから自分たちの子供の年も親の年も、そしてその時々抱えている問題もほぼ一緒で、今日会った瞬間から我々が話していたのは、80越えたお互いの親のこと。つくづくいまの日本って超高齢社会で、いまやどこの家でも大なり小なり年老いた親のことが問題になってるらしい。。
長生きし過ぎるようになったことの弊害。
自分たちのいまこの時点のちゃんとした頭では、生きてる限り、自分の足で立って歩けて、自力で食べて排泄でき、最低限身の回りのことくらいできなければ生きている価値もなければ、楽しみもない、と思うけれども、自分たちだって先のことはかわからない。せいぜい、いまのうちにできる努力をするしかない。

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人間、ずーっとあったものがなくなったり、変わったりしてはじめてわかることってあるけど、これまで30年近くずっと二世帯住宅の上と下で暮らしてきたお姑さんが先日、狭窄脊椎症の手術と術後のリハビリで3ヶ月くらい下の部屋にいないときがあって、その間、彼女は実に伸び伸びとした自由な気持ちになったそうだ。それで、自分としてはこれまでだって我慢してやってきたつもりは全然なかったのに、やっぱり下を気にしながらストレス感じながら生きてきたんだということに気づいたらしい。
産科の母親学級で彼女と知り合ったのはお互い27のときだった。
いまでも思いだすのは、子どもが生まれて当初の予定より早く義理のご両親との同居がはじまったころ、建ったばかりの素敵な二世帯住宅に子どもを連れて遊びに行くと、彼女が夫の親と一緒に暮らしてて一番嫌なのは、赤ちゃんが泣くと「あらあら、また泣かして!」と姑がどかどか2階まで上がってくることだ、と言ったこと。
わたしが泣かせてるわけじゃないのに、と。
それから30年近く、姑はたまに1泊か2泊で出かけることはあったけど3ヶ月もいなかったのはそれがはじめてだという。
30年でたった1回!
主婦というもの、ほんとにひとりで自由にできる時間がない。
これまで経済的にも精神的にも苦労してきた自分とちがって、やさしくて穏やかな旦那さまのもと、専業主婦として何不自由なく豊かに平穏に暮らしてきたと思っていた彼女だけれど、この30年のあいだ彼女はわたしがしてこなかった苦労をしたんだな、と思った。
人生、いろいろ。
先日仕事仲間に会ったら、このあいだ友達のJAZZミュージシャンの結婚披露宴に招ばれて行った会場で、新婦の師匠であるサックスプレイヤーがスピーチで「結婚は、我慢です」と言った瞬間、まわりにいた数人の女性たちが思わずハンカチで涙を拭ったのをわたしは見逃さなかった、と言っていたけど、ほんとにそうね。我慢と忍耐。今生は学びと修行の場でしかないというからそれもしかたがないかと思うけど。
同い年の友人の目下の心配はお姑さんがまったく歩けなくなることだという。
お互い根が明るいし常に興味のあることもあるから楽しい話題も尽きないけれど、確実に昔とはちがう重たいものを抱えてるなあ・・・・・・。
ふだん家で日がな一日ほとんど誰とも喋らずに仕事してるから、彼女と別れるころにはすっかり声がハスキーヴォイスになってしまった。
上着なしでも暑いくらいだった日。
春の野川で。

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