« バゲットのある朝 | トップページ | 自分時間 »

2018年3月13日 (火)

介護食

18agedashidoufu

先月から父の週1夕飯ヘルパーを月曜から火曜にしたのだけれど、1週間は瞬く間に過ぎて、すぐ次の火曜日が来てしまう。要するに、わたし自身がぜんぜん余裕のない暮らしをしているせいもあるんだと思う。まったくもっていつも時間に追われているよう。
先週も仕事をしながら頭の隅で今日は何を作ろうかと考えていたところに妹からメールがきて、父は最近トイレに間にあわないことが多くて下着からズボン下までいくら洗濯しても洗い替えを買っても間に合わない状況、それも小だけではなく大にまでなってきて洗濯と掃除に追われていることが逐一事細かに書かれていて、最後に、今日来てくれたときにびっくりする状況かもしれないので一応連絡した、とあり、ふー! ついに父もそういうところまできちゃったかあ、、、と、ため息をついた。
メールには紙オムツで対策しようと思うも近所にSサイズのオムツを売っているところがなくてまだ買えてない、とあったので、それから食材の買い出しに行くついでに近所のドラッグストアに見に行った。大人の紙オムツなんて買うの初めてだったからどれがいいのかわからなかったけど、よくよく見くらべて考えてるような暇もなく、前後どちらから履いてもOKというオムツパンツのSサイズをみつけて取り急ぎ2袋買って宅配で送ってもらった。けっこう高かったけどそれも考えてる場合じゃないし、姉のわたしの仕事は早い。
これまで結婚して離婚して女一人で子供を育てているのと、結婚しないで年老いた親と暮らしているのと、どちらもそれぞれ大変だけど、でもどちらも別のテーマを背負って現世を生きているだけだからしかたがないと思ってきたけど、こうなってくるとそうとばかりもいってられない。ただいえるのはこれがあと何十年もつづくわけじゃないってことだけだ。
父は去年あたりからだんだん食が細いというのをこえてどんどん食べられなくなり、食べものが食べられない、というのは生きものとしての終わりが近いということでもあって、妹の勤めるクリニックの先生からは「来年の春くらいでしょうか」といわれたという。
そして、いま春。
週に一度実家に行くと父は顔色こそ悪くないものの以前のようには笑わなくなり、身体のあちこちに小さな不調を抱えていて、またそれを家族に隠してるようなところもあって、あまり元気とはいえない。ごはんが食べられないという人に無理に食べさせてもしょうがないけど、先日ふるいお雛さまを南三陸町に送るのを手伝いに行ったとき、妹が『おいしくてカンタンに作れるお年寄りの好きな料理』みたいな本を出してきて、これを見て作った料理は自分ではおいしそうには見えなかったけど父はおいしいおいしいといって食べた、というので、このあいだからわたしもそういう料理をインターネットで検索して作るようになった。
先週見つけたお年寄りの好きな料理№1は、揚げ出し豆腐の野菜あんかけ。
いわゆる甘酢あんかけで、入れる野菜を変えてアレンジして作ってみたけど自分としては料理にあんまり砂糖を使いたくないのと、ちょっと甘いかなという感じだったけれど、父はやっぱりおいしいといって食べた。といっても小鉢に少し盛ったのをかろうじて完食した程度。それでも箸を一度か二度つけて終わりのことも多いからまだ食べたほうかと思う。
決め手はやっぱりソフト食といわれる素材のやわらかさなのかな。それと、あんかけをかけることで具材がまとまりやすくなって食べやすくなる。刻み食とは違う、適度な素材の大きさで、歯ごたえも残したソフト食。どれだけ工夫したところで少ししか食べないことには違いないのだけれど・・・・・・
そして瞬く間に1週間経った今日は、さらにこのあいだのアレンジで、揚げ出し豆腐の中華あんかけ。まあ1週間経ってるし、きっとこっちのほうがおいしいんじゃないかってことで。白菜、しいたけ、タケノコ、海老とうずらの玉子で八宝菜を作ったところに揚げ出し豆腐を入れて絡めた。大変なのは自分の家の分も同時に作るから、水切りして小さめのダイスに切った二丁の豆腐をキツネ色に揚げるのにけっこう時間がかかることくらいか。自分で食べてもおいしかったし家族にも好評、今日のも父はおいしいといって食べた。やっとこさだけど。
父に勝手に喋らせとくと、だいたい5つくらいしかない話題を順繰りに延々喋りつづけるだけだから今日は父に質問をしてみたのだけれど、父にはもうなんの楽しみもないし、食べたいものもないし、友達はみんな死んじゃったから会いたい人もいないし、いまはただ病気しないように生きるだけ、だそうだ。なんとも寂しい限り。
それでも「暖かくなったら浅草の観音様にお参りに行かないと」と繰り返しいいつづけるあたり、それがいまの父にとっていちばん行きたいところということか。
うんうん、もっと暖かくなったらね、といって帰って来た。
世の中では『8050問題』が深刻な社会問題となっているらしい。
引きこもり生活を続けるなどして働いた経験もなく安定した収入も持たないまま50歳近くになった子供と、80歳近くなった親。
身体に少々問題があってもそこそこ健康で働ける50代が80過ぎの認知症の親の面倒をみるのだって大変なのに、引きこもりの50歳の面倒をみつづける80過ぎの親の苦労はいかばかりか・・・・・・。そして、ざっと見渡しても、もうそれに突入した知人や予備軍の人たちが頭に浮かぶという、この現実。
世界最高の長寿国といわれる影に、超々高齢化社会の日本の歪んだ姿が見える。
いったいこれからこの国はどうなっていくんだろうな。
いろいろ考えて暗くなってもしかたないから、この先も生きていかねばならない人間としてはいまできることを一心にやるしかないのだけれど。

|

« バゲットのある朝 | トップページ | 自分時間 »

父の認知症」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« バゲットのある朝 | トップページ | 自分時間 »