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2018年3月31日 (土)

ブルームーン

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夜、天秤座の満月。

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『生活の木』薬香草園で

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駅へ行こうとして近所の桜並木の前まで出たら、おとといいきなり満開になった桜がさらに雲みたいにふくらんで、分水嶺を越えて、あふれて、FANTしてた。
固く握ってた手を離して中空に放たれた花びらたちはどこまでも軽やかに舞い、とても自由で、それはいつ見ても気持ちがいい。
花吹雪・・・・・・。
人の死もそんなふうだったらいいと思う。
Jさんのメールには、「先週の木曜日に『生活の木』に行ってきました。ハーブ園にはまだ植物はあまりありませんでしたが、販売所でいくつかミントを買ってきました。目当てだった日本ハッカはなかったです。とりあえず日本ハッカ北斗を買ってきました。帰りに『あけぼの子どもの森公園』という、ムーミンパークに寄ってきました。人がたくさんいて、若くて健康そうな家族が眩しかったです。」とあって、それを読んだとたん、子ども連れで賑わう春の明るい公園の中でぽつんとひとり、さびしそうにベンチに座ってるJさんの姿が思い浮かんで心が痛んだ。なんで闘病中で心身ともに落ちこんでるようなときにわざわざそんなところへひとりで行くのかな、行くんだったら誘ってくれたらよかったのに、とすごく残念な気持ちになった。
でも、誰かを誘うような気持ちにもなれずにひとりで出かけていったJさんの気持ちはよくわかる。落ちこんで元気のないとき人に会って、迷惑かけたくないと思う気持ち。もう外に向かって元気さを装うことさえできなくなった自分を、人に見られたくないという気持ち。
でも、生きるってことはそれだけで常に誰かに迷惑をかけてるってことだし、それでふつうだと思えたらずいぶん気も楽になるだろう。それに元気がなくて落ちこんでたって、笑わせてくれる相手がいたら人はやっぱり笑ってしまう。それは彼の病気にとっては、とてもよいことだったのに。
そのときのJさんのブログにはハーブ園で見たミモザの木がアップされていて、わたしがその記事を見たときにはもうミモザの季節はとうに終わってた。来年は一緒に見に行けるといいな、と思った。ちょうど去年のいまくらいのこと。
もうJさんはいない。
彼はうまくFANTできただろうか。

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その薬香草園に娘を連れて行った。
わたしがここにはじめて来たのは去年の初夏。
父を連れてのことだった。
高台に造られたこのハーブ園がいいのは、バス停を降りたらすぐ目の前にあること。それから階段のほかに緩やかなスロープの道もあって、うちの父みたいに足腰の弱ったお年寄りでも上に登っていけること。そして生活の木の施設の中はもちろん、ハーブが生えてる季節は外にいても風がそよぐたびハーブのいい匂いがすること。どこにいても清々しく、気持ちがいい。
そのときは白いモッコウバラが満開で、ばらのアーチの下で父の写真を撮った。
今年はかろうじてJさんの見たミモザに会えたけど、もう終わりかけで、ふわふわの綿毛じゃなくなって黄色い金平糖みたいになっていた。

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最近、街に出ると、人の多さと満員電車の混雑のひどさ、どこに行ってもスマフォ中毒のノロノロ歩きとスマフォ見ながらのだらしない食事のしかたに心底げんなりして、疲れて帰ってくる。病気になったJさんは人混みに出るのを嫌ったけれど、いまの東京は病人じゃなくても、東京っ子のわたしでもしんどい街だと思う。
まさに限りなく自我と欲からなるエゴを拡大しつづけた結果。
だからこんなところに来るとほんとうにほっとする。
ここ飯能のハーブ園まで家からは約1時間。
もっと近くだったら、近所に住んでたら、年じゅう来るのにねえ、と娘と話した。
ガーデンからは隣の公園のソメイヨシノが少しと、近隣の民家の枝垂れ桜がちょこっと見えるだけだったけど、ベンチに座って花見まんじゅうを食べた。

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そして帰りにハーブショップで、ダブルフラワーカモミールとジャーマンカモミールの苗をふたつずつ、それから娘が選んだラムズイヤーをひとつ買った。
ここのガーデンで働く人たちは女のひとも男のひともみんな静かで繊細でやさしそうで、わさわさした都会で働くのはとっても無理そうな感じの人が多くて、一年中外で働くガーデンの仕事は楽なはずはないけど、ここはきっとそういう人たちの居場所なんだな、と思った。
わたしもきっとまたここへは来ると思う。
ばらが咲き、ハーブが育つころ。
秋風が立ち、パンパスグラスが揺れるころ。
帰りに小さなハーブの苗をいくつか買って。

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2018年3月30日 (金)

かすてらかすてら

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いまはいくらでもおいしいお菓子があるから「カステラなんて」ってバカにする人もいるけど、わたしはカステラけっこう好きです。ときどき無性に食べたくなる。長崎土産ではぜったい買ってきてほしい。ときどき伊勢丹の福砂屋で買ってまで食べる。底にざらめがざらざらついたのが好き。猫のパッケージに惹かれて昨日バーンロムサイで思わず買ってしまったムソウのカステラ。抹茶と蜂蜜。
今日のおやつ。

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傷跡を治すクリーム

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このあいだコンピュータのいっぱいになったお気に入りを整理していたら、『傷跡を消すクリーム』っていうのをみつけた。『アットノンジェル』という製品のページ。
それを見たときは傷なんてなかったはずなのに、なんでそんなページをブックマークしていたのかわからない。つくづく解決策っていうのは自分の中にあるんもんだなと、妙に感心してしまった。でも、よくよく見るとその製品は顔には使っちゃいけないらしい。それでさらに別のサイトに飛んで、見つけたのがこちら。
ヒルドイドフォルテクリーム。
なんと海外直輸入。
これは顔の傷にも使えるという。
それで、いまさら買ってしまったというわけ。
顔の傷が全体的に良くなるまでは早かったけど、あとちょっと、というところからはなかなか治らない。皮膚の細胞の構造って、人間が思うよりずっと精妙にできてるみたいだ。それほど深く切らなかった眉の上の傷の赤みだって完全には消えないし。
あれから、自転車に乗っててもガリガリしたアスファルトを見ると慎重に走るようになった。
けっきょく一度も皮膚科には行かなかった。
単純に、どこの皮膚科がいいかわからなくて。
顔のケガは自分の理性と冷静さと思考回路を確認したほかに得たものもいくつかあるけど、傷跡には紫外線がよくないっていうから、いいかげんすっきり治ってくれないかなあ!

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2018年3月29日 (木)

Milestone26

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朝からむっとする空気。
3月末にして初夏の陽気。
いま東京はどこに行っても桜、桜です。

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ここから何かが変わりだすのかな。
はじまるのかな。

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わからないけど、
夜。
何を思ってか娘がごちそうしてくれた苺パフェ。
春の心模様。

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2018年3月28日 (水)

おにぎり生活

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昨日会った仕事仲間はお昼を食べる時間もなかったらしく、バタバタとやってくるなり「ごはん食べていいですか?」と訊くから「どうぞ。わたしは出がけに自分で作ったおにぎりとお味噌汁と昨日の夕飯の残りを食べてきちゃったからお腹すいてないんだ」というと、彼女は彼女で「わたしも家に帰ったら、自分で作ったおにぎりあるんですけどね」といって、ほら、という感じにiPhoneの画面に映ったおにぎりの写真を見せてくれた。
最近、毎朝おにぎりを8個つくることにしてるんだそうだ。
たぶん、旦那さんのぶん4個に、自分のが4個。
おにぎりってほんとに日本人のソウルフードだよねえ、と話した。
彼女が毎朝おにぎりを作ってるのは旦那さんも彼女も忙しくてゆっくり昼ごはんを食べてられないっていうのと、旦那さんが外食も買ってきたものも嫌いって人だからというのもあるだろうけど、きっと節約でもあるんだろうなと思う。いつも行きたいと思ったらパッと海外旅行に出かける彼女の、影の努力。
それで、今月から食費を節約するのが課題のわたしもとうぶん、しばらくはおにぎりをつくることにしようかなと。おにぎりなら、ごはんさえ炊いとけばささっと作れるし、作っておけばいつでも好きなときに食べられる。前日の夜にすこし多めにおかずとお味噌汁を作っておけば、お昼はそれで事足りる。そうだ、妹もおにぎりにすれば忙しくてお昼を食べそこねることもないんじゃないかな。今日みたいに暖かい日だったら居間じゃなくて自分の部屋のベランダの戸口に腰をおろして、外気を浴びながらランチすることだってできるんだし。・・・・・・ なんてことを思ったけれど、妹はおにぎりつくり時間さえないのかもしれない。
わたしはもともとそれほど外食欲があるほうじゃなくて、家で自分でつくったものを食べておいしいと思う、いたっておめでたいタイプ。むしろつまんないもの食べてお金払うのは嫌だと思っていて、たまの外食は会いたかった人とおいしいものを、がいいと思う。
とはいえ、そこだけ見てわたしが経済観念があってやりくりが上手かというとそんなことは全然なくて、貯金するのはいつまでたっても苦手です。
先日、税理士の友達と話してて、昔は入ってくるのが決まってて少しなのに、家計簿なんかつけても意味ないと思ってレシートはもらう端から捨ててたけれど、あるときやっぱりそれじゃイカンと思って、それからは自分で作ったエクセルの表に事細かにカテゴリ分けした月毎の収支と、デイリーに使ったお金だけはちゃんとつけてるよ、といったら、そこらへんの経営者よりよっぽどいい! と褒められた。
褒められたこっちのほうがびっくり。
その家計簿、毎月何にいくら使ったかが一目瞭然で、月の終りには今月1日あたり平均いくら使ったかも出るようになってて自分でもなかなかよくできていると思うんだけど、でも問題はただ家計簿つけてるだけでわたしの場合何もアナライズがないから、あまり学習も進歩もあるとはいえないこと。『節約』と『貯金』はたぶんセットで、それがうまい人がきっとお金持ち(この場合は小金持ちかな)になれるんだろうと思うけど、わたしはどっちも苦手で困ったもんです。
さて、ここで本日の標語。
とりあえず、つづけてみよう、おにぎり生活。(お粗末)

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スルフォラファンとヴィエイユぱん

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おととい髪を切りに行って美容師のJ君と世間話をしていたら、相変わらず野菜が高いよねって話になった。それでJ君がこれから毎日ウサギみたいにニンジンを1本まるかじりしようかと思って、というから、それもいいかもしれないけれど、野菜食べるならブロッコリーとゴーヤが1番いいんだって! といった。
それで今朝はおひさしぶり、がん予防のためのスルフォラファン(ブロッコリーのニンニク炒め)と、昨日もらった江古田ヴィエイユさんのくるみ、、、、、、これパンじゃなくて、くるみと紅茶のパウンドかな。
ブロッコリーはこうやると、ブロッコリーがそれほど好きじゃない息子もわたしもおいしく食べられる。そしてヴィエイユさんのこの素朴なお菓子みたいなくるみぱんはとってもおいしかった。たぶんバターは使ってなくて、適度な甘みと粉のうまみがぎゅっと詰まった素朴な味。いつもだと、野菜のお皿をだしたらパンはいらないという息子も今日はこのパンおいしいといって食べていった。ヴィエイユさんのぱんはもうひとつあって、あっちはりんごとカシューナッツのぱんかな。
明日の朝もたのしみ♪
ごちそうさまです!

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2018年3月27日 (火)

春の病

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ミーティング相手を待つまでのあいだに運ばれてきた、タルト・オ・サクラ。
マスカルポーネチーズのクリームに、ふんわり桜の香りが漂うティラミス。
いまの季節だけの味。
電車の中で彼女からきたショートメールには「5分遅刻します」とあって、「生徒さんが死にたいといって泣きだして、ふぅぅぅ・・・」とつづき、「春ですねえ」でしめられていて、ほんとに春だなあ・・・・・・。最近、わたしのまわり、そんなのばっかり。
日本は戦争してない時間が70年以上あって、それは戦場で生まれて戦場で育った人たちから見たらまるで夢のような、天国のような国であるはずなのに、でも実際にこの国に生きている人たちの多くはとても生きづらそうにしていて、特に若い人のその感じはちょっと異常に感じるくらいだ。わたしたちが若い頃はもっとふわふわしていた。ふわふわしてるのが嫌い、という人には申し訳ないけど、そういう時代だったのだからしかたがない。ルンルンを買っておうちに帰ろう、の時代。少なくとも時代の気分はもっとずっと明るかった。
ミーティングは、いつも息せき切ってやってくる彼女に、まあ、お茶でものんで一服しなさいな、からはじまって近況など聞き、自分はただただ聞いてるつもりがいつのまにかいっぱい喋っていて、いつだって彼女と会うと時間がいくらあっても足りない。とくべつ自分をよく見せる必要もなければ、隠すようなこともない。思いつくまま好きなことを言いあって爆笑して涙ぐんでと、いたって正直で率直で気持ちのよい関係。いまの仕事でこういう相手ができたのはある種奇跡、彼女は宝物みたいな人かもしれない。大げさじゃなく、彼女はいまの仕事をするわたしにとって光、だった。
あたたかな春の宵を家路につきながら、わたしは妹にこういう時間をもたせたい、もってもらいたいだけなんだよなあ、と思った。それから、この歳になってこういうこというのはいささかバカすぎるけど、わたしの才能は何をするのにいちばんあってるんだろうなあ、と。妹だっていまの仕事みたいのじゃなくって、いろんな才能があったと思うのになあ ・・・・・・
頭で考えちゃダメといわれたって考えるよ。
ぼんやりもするし、ふらっともするよ。
春だから、ね。

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2018年3月26日 (月)

春の大気はいい匂い

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人間の想念ってものは髪にもくっついてるんだって。
なんだかそれってすごくわかる気がするな。
髪を切ると、切ったところから毒素がでてデトックスした感じがするから。
頭ばかりか肩までちょっと軽くなった気がして、すっきり。
顔の傷が完全に治ったら美容院に行こうと思ってて、なかなか治らないから行けずにいたら、ついにどうにもならない限界がきて、今日やっと髪を切りに行った。
なんと4ヶ月ぶりだった。
それじゃ、ぼーぼーにもなるわけだ。
髪を切り終わってシャンプーするとき、Tちゃんに「お元気でしたか?」と訊かれて、いつもだったら「ハイ、元気です」と即答するところが、「う~ん、そんなに元気でもないかな」と言っていた。Tちゃん、「どこか調子でも悪いんですか?」というから、「身体の調子というよりも、最近、なんだかいいことなくて」と自分で言ってから、こういうことが口をついてでるってことは、これがわたしのいまの本心か、と思った。
口に出して言って、はじめて自分でもわかることってある。
昨日の嫌なこともネガティブな感情も、切った髪とともに出ていってしまえばいい。
短くなった髪をふわふわと風になびかせて歩いていたら、どこからか花の香りがして、夕方のベランダもそうだった。
もわん、とした温かい大気に微かに漂うバイブレーション。
香水みたいにいい匂いのパルマスミレ。

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2018年3月24日 (土)

さくらさくら ***

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ひとりの人間のなかに共存するアニマとアニムスなんて話をもちだすまでもなく、女のなかの男目線ってあるじゃない。
春に、ガラスの回転扉がくるりとまわって光のプリズムがきらっと、目を射たと思ったら、振り袖姿の女の子の着物の袂がひらりと舞って、桜の花びらが一枚。あたし胸キュン。
あれはいつのことだったか。
わたしも若かった。

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そして昨日、ジャズバーに行く前に夕飯をすませようと乗った駅ビルのエレベーターで、ハイカラさんみたいなレトロな着物姿のかわいい女の子と目があって、思わず「今日、卒業式ですか?」って聞いたら、「そうです」って。
「めちゃめちゃかわいいね。その着物すごく似合ってる!」っていったら顔を赤くして素直に「ありがとうございます!」って。かわいい顔をますますにこにこさせてそう言った。そしたら近くにいた大人しそうな女性が急にわたしと女の子のほうを向いて、「いま言ってくれてありがとうございます。わたしもずっとおなじこと思いながら見てたけど、勇気がなくて言えなかった」って。
そうなの? 
わたしは思ったら言っちゃうほう。
わあ、素敵!って。

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若い頃は自分も年上の女の人たちからさんざん言われた。
そのときは全然ピンとこなかった。
でも、いまこの歳になってわかる。
”若いっていいわね!”

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今日はプール帰りじゃなくて、プールの行きの遊歩道。
花咲かじいさんが咲かせたみたいな桜道。

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2018年3月21日 (水)

三月の雪

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今日休日で、いつもよりたくさん眠って朝カーテンをあけたら雪が降っていた。
てっきり予報どおり、雨が降ってると思っていたのに。
今日、春分なのに。
すっかり冬に逆戻り。
これじゃ、ふくらみかけた桜のつぼみも災難だ。
それにのら猫たちだって。
この冬はほんとに寒かった。
のら猫が外で冬を越せたのが不思議なくらい。
雪、というと、わたしはどうしてもまだあの一月の大雪のことを思いだしてしまうけど、当初ひと月足らずであっという間にきれいに治ってしまうかと思われたわたしの顔の傷は最後の最後、あともうちょっとというところでなかなか完全に治らずに顔に貼りついたままでいる。女友達からは皮膚科に行ったほうがいいとか、どうしても治らなかったらレーザーで焼けばいいんですから、とかいわれたりするけど、なんとなく行く気になれないまま自然にまかせている。顔に傷があると外出したり人に会ったりするのが億劫になったりするのはたしかだけれど、でもその一方で、時間をかけてゆっくりゆっくり薄くなっていこうとしている傷が、何かわたしにずっと忘れちゃいけないことを思いださせようとしているみたいな気がして、それならそれでそれをずっと聴きつづけていようというような気持ちもあって、こういうわたしを世間の人は変だと思うのかな、とか、ぼんやり思ったりする。
いつだって、会いたい人はそんなにいない。
そしてほんとに会いたい人は、わたしの顔に傷があったってきっと気にしない。
セルリア。うつくしい花。うつくしい顔。
雪は最初、粉雪で、だんだん大きくなってボタン雪になって、最後は雨になった。
明日の予報はいまのところ雨のち晴れ。

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2018年3月17日 (土)

きらきら春ソープ☆

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魚座の新月。
ちょうどバスルームの石鹸がなくなったからあたらしいのをおろした。
リンガリンガソープさんのプレミアムエディション、『魔法のローズ』と名づけられたオーガニックローズオットーウォーターにブルガリアンローズ、ローズウッド、ローズゼラニウムとトリプルローズの精油が入ったスペシャルな石鹸。『きらきら春ソープ』というキャプションがついてるとおり、ウルトラマリンブルーの欠片がきらきらして・・・
もうひとつはこのあいだ友達からもらったティーツリーとレモングラス、ジュニパーベリーにオーガニックニームオイルがたっぷり入ったレモン色の石鹸。

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これには『Sweet Time』というキャプションがついていて、どっちもすごくいい匂い!
ふだんはたいてい遅い時間にパパッとお風呂をすませてしまうことがおおいけど、基本プールのある土曜日は自分メンテナンスデーと思っていて、まだ日のある時間、あかるいバスルームでいつもより時間をかけて髪をトリートメントしたり、肌をゴマージュしたりしてのんびりすごすのが好きです。
今日はすっきり気持ちよく晴れたし、プールから帰ってこの石鹸を使うのが楽しみ!
ナチュラルアロマに包まれるバスタイムって、ほんと日常のささやかな贅沢だと思います。ちなみに、石鹸を置いたお皿もリンガリンガさんで買ったニュージランドのガラスアーティスト、Justin Culinaさんの手吹きガラスの作品。
この色はターコイズマーブル。
わたしはどうもこういう色に弱いみたい。
海が好きだから。

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2018年3月16日 (金)

この感じ。

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今朝窓をあけた瞬間、ああっ、この感じだ、と思った。
もわん、とした生暖かい大気、冬にはなかった、じわっとした湿度、土から虫の頭や植物の芽がポコッとでてきそうな・・・。
このところずっと晴れのような曇りのような、あたたかいような肌寒いような、それで風のつよい、三月のライオン吠えまくりの日がつづいていたけど、今日は見るからに花粉飛びまくりの黄色がかったグレーの空。
どっちつかずではっきりしない。ファジーで気まぐれでころころ変わる。デリケートなんだか凶暴なんだか、イノセントなんだかグロテスクなんだか全然わかんない。やわらかな皮膚を突き破って何かが生まれでてきそうな感じ。ざわざわして、落ち着かなくてたまんない。春を表現するボキャブラリーはいくらでもあるけど、要はわたしの苦手な春がやってきた。
でも植物にとっては芽吹きの季節に違いなく、写真は去年ついに花を咲かせなかったベルガモット。こんな小さな植物の強さを感じるのは、冬のあいだ寒さで地上部がぜんぶ枯れてしまっても根は生きていて、春になるとこんなふうに次々と芽をだすこと。もわもわの産毛のはえた茎と葉っぱはかわいいです。
それから、イチジクみたいなセルリア、ブラッシングブライド。

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また毎日気温が20度を超すようになったら、ベランダの植物の水やりに追われる日常がはじまります。

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2018年3月14日 (水)

自分時間

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在宅で仕事をしていても1人になれる時間はごくわずかしかなくて、水曜の午後はそんなわたしが1人になれる貴重な時間。
今日は朝いつものように息子が仕事に行って、昼前に娘もアルバイトに出かけて、外は暖かいみたいなんだけどコンピュータの前で仕事をしていたわたしはすっかり身体が冷えてしまって、遅いお昼のことを考える前にお湯を沸かしてお抹茶をたてた。先月、あやこさんからもらったふるいお茶筅を使って。昨日、お雛さまをさしあげた南三陸町の方からいただいたという干菓子があったから。丹六園の干菓子は母の好物だったもので、藻塩と青シソの入った『志ほがま』しか知らなかったけど、これは胡桃入りではじめて食べる味。
とってもおいしかったからネットで探してみたのだけれど通販しているところはどこにもなくて、今日び地方の銘菓といってもなんでもネットで買える時代で、ありがたみが薄れたと思っていたけど、これは通販では手に入らない貴重なお菓子だったらしい。もちろん、そんなお菓子があってもいいし、あってしかるべきだと思う。
そして、いまさらながら知ったわたしがバカだけど、『志ほがま』って宮城の和菓子で、つまり祖母の郷里の和菓子で、それで母がこれを好きだったのかと気づいた。
昔は仏事のお返しなんかでよく使われた干菓子。
そんな辛気臭いお菓子を好きな子どもはあんまりいなくて、子どものころから干菓子の好きなわたしはめずらしがられたけれど、蕨の由緒ある古いお寺で、長い長い法要のお経の後に、静かにしていたご褒美だといわれてお坊さんにもらった菊の形のピンクと白の大きな干菓子のことなど、いまでもよく思いだす。わたしはあれをもらってほんとにうれしかったんだ。なんだかすごくいいもの、宝物をもらったような気がした。そしてその昔、利休の時代は、一服の茶がいまでいうパワードリンクとも良薬とも等しかった。
さて、リフレッシュしたところでこのあともがんばろう。

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2018年3月13日 (火)

介護食

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先月から父の週1夕飯ヘルパーを月曜から火曜にしたのだけれど、1週間は瞬く間に過ぎて、すぐ次の火曜日が来てしまう。要するに、わたし自身がぜんぜん余裕のない暮らしをしているせいもあるんだと思う。まったくもっていつも時間に追われているよう。
先週も仕事をしながら頭の隅で今日は何を作ろうかと考えていたところに妹からメールがきて、父は最近トイレに間にあわないことが多くて下着からズボン下までいくら洗濯しても洗い替えを買っても間に合わない状況、それも小だけではなく大にまでなってきて洗濯と掃除に追われていることが逐一事細かに書かれていて、最後に、今日来てくれたときにびっくりする状況かもしれないので一応連絡した、とあり、ふー! ついに父もそういうところまできちゃったかあ、、、と、ため息をついた。
メールには紙オムツで対策しようと思うも近所にSサイズのオムツを売っているところがなくてまだ買えてない、とあったので、それから食材の買い出しに行くついでに近所のドラッグストアに見に行った。大人の紙オムツなんて買うの初めてだったからどれがいいのかわからなかったけど、よくよく見くらべて考えてるような暇もなく、前後どちらから履いてもOKというオムツパンツのSサイズをみつけて取り急ぎ2袋買って宅配で送ってもらった。けっこう高かったけどそれも考えてる場合じゃないし、姉のわたしの仕事は早い。
これまで結婚して離婚して女一人で子供を育てているのと、結婚しないで年老いた親と暮らしているのと、どちらもそれぞれ大変だけど、でもどちらも別のテーマを背負って現世を生きているだけだからしかたがないと思ってきたけど、こうなってくるとそうとばかりもいってられない。ただいえるのはこれがあと何十年もつづくわけじゃないってことだけだ。
父は去年あたりからだんだん食が細いというのをこえてどんどん食べられなくなり、食べものが食べられない、というのは生きものとしての終わりが近いということでもあって、妹の勤めるクリニックの先生からは「来年の春くらいでしょうか」といわれたという。
そして、いま春。
週に一度実家に行くと父は顔色こそ悪くないものの以前のようには笑わなくなり、身体のあちこちに小さな不調を抱えていて、またそれを家族に隠してるようなところもあって、あまり元気とはいえない。ごはんが食べられないという人に無理に食べさせてもしょうがないけど、先日ふるいお雛さまを南三陸町に送るのを手伝いに行ったとき、妹が『おいしくてカンタンに作れるお年寄りの好きな料理』みたいな本を出してきて、これを見て作った料理は自分ではおいしそうには見えなかったけど父はおいしいおいしいといって食べた、というので、このあいだからわたしもそういう料理をインターネットで検索して作るようになった。
先週見つけたお年寄りの好きな料理№1は、揚げ出し豆腐の野菜あんかけ。
いわゆる甘酢あんかけで、入れる野菜を変えてアレンジして作ってみたけど自分としては料理にあんまり砂糖を使いたくないのと、ちょっと甘いかなという感じだったけれど、父はやっぱりおいしいといって食べた。といっても小鉢に少し盛ったのをかろうじて完食した程度。それでも箸を一度か二度つけて終わりのことも多いからまだ食べたほうかと思う。
決め手はやっぱりソフト食といわれる素材のやわらかさなのかな。それと、あんかけをかけることで具材がまとまりやすくなって食べやすくなる。刻み食とは違う、適度な素材の大きさで、歯ごたえも残したソフト食。どれだけ工夫したところで少ししか食べないことには違いないのだけれど・・・・・・
そして瞬く間に1週間経った今日は、さらにこのあいだのアレンジで、揚げ出し豆腐の中華あんかけ。まあ1週間経ってるし、きっとこっちのほうがおいしいんじゃないかってことで。白菜、しいたけ、タケノコ、海老とうずらの玉子で八宝菜を作ったところに揚げ出し豆腐を入れて絡めた。大変なのは自分の家の分も同時に作るから、水切りして小さめのダイスに切った二丁の豆腐をキツネ色に揚げるのにけっこう時間がかかることくらいか。自分で食べてもおいしかったし家族にも好評、今日のも父はおいしいといって食べた。やっとこさだけど。
父に勝手に喋らせとくと、だいたい5つくらいしかない話題を順繰りに延々喋りつづけるだけだから今日は父に質問をしてみたのだけれど、父にはもうなんの楽しみもないし、食べたいものもないし、友達はみんな死んじゃったから会いたい人もいないし、いまはただ病気しないように生きるだけ、だそうだ。なんとも寂しい限り。
それでも「暖かくなったら浅草の観音様にお参りに行かないと」と繰り返しいいつづけるあたり、それがいまの父にとっていちばん行きたいところということか。
うんうん、もっと暖かくなったらね、といって帰って来た。
世の中では『8050問題』が深刻な社会問題となっているらしい。
引きこもり生活を続けるなどして働いた経験もなく安定した収入も持たないまま50歳近くになった子供と、80歳近くなった親。
身体に少々問題があってもそこそこ健康で働ける50代が80過ぎの認知症の親の面倒をみるのだって大変なのに、引きこもりの50歳の面倒をみつづける80過ぎの親の苦労はいかばかりか・・・・・・。そして、ざっと見渡しても、もうそれに突入した知人や予備軍の人たちが頭に浮かぶという、この現実。
世界最高の長寿国といわれる影に、超々高齢化社会の日本の歪んだ姿が見える。
いったいこれからこの国はどうなっていくんだろうな。
いろいろ考えて暗くなってもしかたないから、この先も生きていかねばならない人間としてはいまできることを一心にやるしかないのだけれど。

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2018年3月12日 (月)

バゲットのある朝

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離婚してもう20年以上経つのにそのダメージはいまでも子供たちのこころに巣食ってて、いろんな意味で家族が転換点を迎えた今年最初に動いたのは息子で、徹底的な身体のメンテナンスをはじめた。こころのありようがその人の身体に現れ、骨格や筋肉を見ればこころのありようまでわかるという、まさにそれ。
わたしが最も信頼する親友が「痛い!高い!治る!だから」、といったとおり、初めてその整体から帰って来て息子に見せられた姿勢は、耳と肩のラインがまっすぐにつながってて、足もとまでまっすぐ一直線になっているのにびっくりした。整体をうける前の息子の姿勢はストレートネックに猫背、お腹が突きでたひどい反り腰だったのに。がーーん、、、それにわたしが2年前に、半年近く整形のリハビリに通っても全然そんなふうにならなかったのに・・・・・・。
でもその施術をうけているあいだはまるで修行みたいだったそうだ。
単純に肉体的な、物理的な痛みだけじゃない、これまで経験したことのない、身体の奥から湧き上がってくるような痛み。まるで滝行をしているような。自分が抱えた罪のようなものまでが脳裏に浮かんできたという。そして信じられないほどの汗。きっと大量の汗とともに冷えや毒や長年抱えていたものが息子の身体から出ていったんだろう。だからこの整体は生半可な気持ちじゃ到底うけられるものじゃない、ぼくのように覚悟を決めて準備ができた者じゃないと無理だと思う、と息子はいう。ふーーーむ・・・・・・
いつも多忙なのに、そんな息子の行に2回もつきあって3回もお昼をゴチしてくれた友達。彼女の面倒見のよさはほんとにありえないし、在り難い。いつも愛ばっかりの人だなって心底思う。ゆえに最も信頼する友達、なのだけれど。
その親友から息子がお土産にもらってきた天然酵母のバゲット。
昨日は食べれなかったから、今日は朝からアヒージョなんか作った。
海老とマッシュルームとパプリカのアヒージョ。

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スイミングクラブのマダムからアルガンオイルを頼まれた代わりにいただいた文旦と。文旦って、かんきつの中でも別格の味。絹みたいな食感に、上品な甘さと酸味。
いただきものがうれしい朝。
息子の解毒と解放の行はまだまだつづく。

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2018年3月11日 (日)

モヒート・ミント

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Jさん、わたしのイエルバ・ブエナの鉢からいっぱい芽が伸びてきたよ。
Jさんの庭でたくさん増えたアップルミントと交換できなかったのが残念だけど。
ヘミングウェイが愛したキューバ・ミント。イエルバ・ブエナ。
下北沢のボデギータではモヒート半分で酔っぱらってしまったわたしだけど、本場キューバのボデギータのレシピをみつけたからここにも載っけさせてもらおう。
円筒状のグラスにグラニュー糖を小さじ2杯、絞ったライムを1個分、ミント(イエルバ・ブエナ)2枝。つめたい炭酸水90mlを注いで小さなすりこぎでミントをつぶし、ラム酒を40~50mlと氷4個を加えて、マドラーでよくかき混ぜる。
この際、ラム酒は『ハバナ・クラブ』のホワイトラム、3年熟成ものがよい、とある。
こんなふうに書かれたのを読むとなんだかめちゃくちゃおいしいそうです。
たしか下北沢のボデギータのモヒートは本場とおなじレシピだと聞いたけど、わたしの身近でこれを作ってくれそうなのは上町63のマスターくらいかな。
Jさん、わたしはいまから夏が恋しいです。

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2018年3月10日 (土)

今年もまた会えたね。

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プール帰り、水道道路の河津桜。
毎年あたりまえに見ているこんな景色も
いつかは見られなくなるときがくるのかな。

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そして、そのときになってはじめてここでのことをみんな懐かしく、
いとおしく思うのだろうか。
すべて過ぎ去った過去として。
河津桜と、もう終わりかけの寒緋桜。
点描画みたいなPink on Pink。

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2018年3月 9日 (金)

EXA PIECO

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昨日、買いものにいこうと階下まで下りていくと、ドアの外までYの怒鳴り声が聞えていて、ああ、またやってる、と思った。しばらくYの息子の姿を見なかったから、てっきりもう家を出たのかと思っていたけど、まだいたんだ、と思う。
聞えてくるのはいつもYの声だけ。
常軌を逸してすごい剣幕で怒鳴りまくるYの声だけだ。
うちもよくあったからよくわかるけど、思いきり親子喧嘩してお互いにエネルギーを発散しあってるならまだいい。でも、うちの息子とちがってYの息子はおとなしいのか、それともすっかりエネルギーを失くして鬱屈してるのか、息子が言い返している気配はない。
あれだけ大声でヒステリックに怒鳴りまくられて、血気盛んな若い男の子が黙っていられるなんて考えられない。逆に息子がYに恐れをなして静かに、ただひたすらじっと耐えているとしたら、あまりにもかわいそすぎる、と思った。
公営住宅に住んでいて最もシャビィに感じるのは、こういうとき。
昔、ジム・ローンのセミナーに行って、『貧乏は病気』と聞いたけど、まさしくそのとおり。貧乏は病気だ。延々と負の連鎖を生む病気。
そんなもの自分で断ち切らなきゃ。

空はまたすぐにでも降りだしそうな灰色で暗く、寒く、おかげですっかり頭の中を乗っ取られてしまった。それから自転車飛ばしてスーパー・マーケットでパスタの材料を買い、珈琲のデザートにエクレアを買い、ちょっと考えて迷ってからYの家の分も買った。
帰り道、頭の中で、「Y、もういつまでもそんなふうに息子を怒鳴るのはやめなよ。よくないよ。ときどき誰かを怒鳴りたくなる気持ちはわかるけど、息子はもうじゅうぶんに傷ついてるし、彼はあなたのたったひとりの息子じゃないの。彼のエクサピーコさんはこんなつらい人生をやるために、苦しみや悲しみを体験してそこからたくさんのことを学ぶために、覚悟してあなたを母親に選んであなたのもとに生まれてきたんだよ。もう、いいかげんそれに気づいて息子も自分もしあわせにすることを考えなよ」と話した。それからYのエクサピーコさんとYの 息子のエクサピーコさんにも話しつづけた。
楽しく大学に通っていたのに親の経済事情でやめざるをえなかった息子。
奇しくも、これもたまたま部屋の前を通りかかったときに電話で知らせをうけたNが激しく号泣するのを聞いて知ってしまったことだけど、Yの別れた夫は数年前に自死している。(ふだんからYの声は大きすぎるのだ。外まで筒抜け。)
もうじゅうぶんじゃないか・・・・・。

そうやっていろいろ考えながら家のすぐ近くまで来たとき、ある強い思いが湧いてそのことに自分でも打たれた。でもそれはいますぐじゃなくてもいい。Yや息子にいってあげたいことはいっぱいあるけど、今日はそんなことはぜんぶ奥にしまって、「スーパーで買ったお菓子だけどさ、甘いものでも食べて、お茶でものんで、すこしほっこりしなよ」とだけいって玄関でお菓子を渡して帰ってくるつもりだった。
でもYの部屋のチャイムを何度鳴らしても誰もでてこなかった。
うんともすんともいわなかった。
激しい親子喧嘩の後でYも息子も家を出て行ってしまったのだろうか。
それとも布団かぶってフテ寝してるとか。

家に帰って娘にいまあったことを話すと、「宗教やっててもなんの意味もないじゃない」というから、「そうなんだよ。あんな宗教に入るくらいだったらこの本(波動の法則/実践体験報告)読んでるほうがよっぽどほんとのことが学べるよ」とわたしはいった。そして「余計なお世話なのは重々承知してるけど、いつかYに話をしようと思う、もし息子と顔をあわす機会があったら息子とも話すかもしれない」といったら、娘は「かかわりあいにあらないほうがいいと思う」というから、わたしは「ちがうよ!」といった。「いままで自分もそう思ってたけど、それは全然ちがうってことがはっきりわかって、いま決心したんだよ。どんなに面倒でも人とかかわらなきゃならないときはかかわる。断固としてかかわる、ってね。有難迷惑だといわれるかもしれないし、嫌われるかもしれないけれど、嫌われるのなんてどうでもいい」。
わたしがそういうと娘は「でも刺されるかもしれない」というから、「あの子はそういうことをする子じゃない。それに刺されるのはYのほうだよ。あるいは自分をやってしまうか。ああいうおとなしくて静かな人がずっと我慢しつづけた上に切れるといちばんこわいんだよ。そんなことにでもなったらここは事故物件になってますます住めなくなる。三面記事に載るようなことになる前に気づけとYにはいうよ」。
今の世の中お節介否定論者は多いし、こういうことを書くと批判する人もいると思うけど、余計なお節介をしないでできるだけ他人と関わらないようにした結果がいまの無関心な世の中なんじゃないかと思う。
立派な邸宅に住んでいてもシャビィな公営住宅に住んでいてもそれぞれの家庭が抱える問題は様々で、同じ間取りの部屋でも住んでいても一歩部屋の中に入ればまるでちがう世界がひろがる。いまここを天国にするのも地獄にするのも自分なら、すこしでも調和のとれた世界で息をしていたいと思う。

ずいぶん花は落ちてしまったけど、毎日水を替えて、水の中にわずかに活性剤を入れていたのがよかったのか、まだもっている忘れな草。今日は水切りして活けなおした。
ワタシハアナタノコトヲワスレナイヨ。

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2018年3月 3日 (土)

桃の節句

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気温が上がって、おととい買った桃の花が一気に咲きだした。
桃の花って、弾けるようにぽん! と咲く。
まるで元気のいい女の子みたい。
忙しさに追われて、今年もぎりぎりになってやっと飾ったお雛さま。
南三陸町にお嫁入りしたわたしのふるいお雛さまも、小さな町の集会所に無事に飾られたそうだと妹から聞いた。津波で何かも失くしてしまったお年寄りたちのささやかな慰めになればいいと思う。

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プール帰り、いつものおにぎり屋さんに行ったら今日はこんなのがあって、遅いお昼はちらし寿司。四季折々の行事があって、それにあわせた料理や和菓子がある日本はとても色彩豊かな国。それを享受できるのはしあわせなこと。

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桃の枝が数本あるだけで部屋の中が明るく見える。
桃の節句の食卓からの眺め、Pink Flowers。

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2018年3月 2日 (金)

突然の贈りもの*

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ある日突然、6歳と2歳半のふたりの子供を抱えたシングルマザーになって、まだまだ傷みをを引きずって生きていたころ、矢野顕子の『Super Folk Song』と『Piano Nightly』という2枚のCDが好きでよく聴いた。下の子の保育園の送り迎えに朝晩あくせくするわたしの日常はさながら『愛について』の歌詞のようで、矢野顕子の声は清朗で時に深く、様々な深い感情を湛えて当時の自分の心情によりそうものだったし、1台のピアノと、それに対峙する1人の人間、そこから立ちのぼる音楽はすさまじい孤独のうちに凛として自立して生きることへの勇気をわたしに与えてくれた。どの曲も好きだったけれど『Piano Nightly』の中に『突然の贈りもの』という歌があって、当時のわたしはその歌詞のようなことがいつか自分にも起こるんじゃないかと、浅はかにも夢見ていた。でも、もちろん、そんなことはついに起こらなかったし、浅はかな期待もきれいさっぱり消え失せた。時が過ぎたのだ。
そして時が流れて今日突然、やさしいひとから贈りものが届いた。
送り状に彼女の名前をみつけた瞬間、箱をあける前から彼女の気持ちが、愛があふれてきた。
箱をあけてでてきたのは、送り主そっくりの繊細でやさしい白い花のブーケ。
はじめて見たけど、白い忘れな草だそう。
それからわたしが好きで彼女に教えた、大好きなリンガリンガソープのアロマソープと、ダビデの星みたいな西淑さんのカード。

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カードには『Happy Birthday!!』とあって、これが遅くきたバースデー・プレゼントだとわかった。あらあらあら ・・・・・・。
ひとり娘のいる彼女もまた離婚して、いまはひとりで暮らすひと。
もうすっかりピンシャンしているわたしとちがって、まだまだしんどそうなのに ・・・。
でも、友人が主催した『難民のためのお料理会』に行っても来るのはあんまりお金のなさそうな人ばっかりだったから、結局おなじようなことを経験した人じゃないと人にやさしくできないのかもしれない。
見るからにか弱そうな忘れな草、でも思いのほか強い植物なのだそうだ。
昨日から一気に気温が上がって暖かかったせいか、箱をあけたときはくったりしていたけれど、『逆さ水』のやりかたを教えてもらって、やってみたらしばらくして元気になった。

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白い忘れな草のブーケを花瓶にいけて、自分がいつもいる机の近く、いつも見えるところに飾った。
やさしい花、やさしいひと。
花が萎れて枯れるまで、いつもそれを感じていられるように。
親しい友人からの贈りものは、贈られたモノ以上にその気持ちがうれしいからモノはなんでもいいのだけれど、それでも花を贈られるのがいちばん好き。
花は数日で枯れるけど、花の記憶は永遠に残るから。
今年も三寒四温、気圧も気温も乱高下するクレイジーな春がやってきて、いたずらに人のこころを掻き乱してゆくから、わたしはわたしで彼女のことがちょっと心配だったりする。
いつか彼女が元気がないとき、わたしが逆さ水をやってあげよう。
ちょっと荒療治。
愛のシャワー。

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