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2018年1月31日 (水)

りんごのチョコレート

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転んだ日の翌日、とりあえず会社の同僚と妹にだけはメールで詳細を伝えたのだけど、そうしたら昨日の夕方、会社の同僚からGET WELLカードとともにチョコレートが届いた。
神戸一番館のポーム・ダムール。
送り主によると神戸一番館は昔から神戸・元町でりんごの蜜煮をチョコレートでコーティングしたお菓子を作っている古いお店で、このタイミングだからなんだかお見舞いみたいになってしまったけど、これは彼女が子どものころから食べてる懐かしのチョコレートで、いつかわたしに送りたいと思ってくれていたそう。その気持ちが何よりうれしかった。

昨日は届いたのがもう夜だったからすぐにあけて食べたいところを我慢して、今日のおやつにとっておいた。なんたっておいしいチョコレートにはおいしい珈琲が必須だから。
そして今日あらためて小包をあけてみると、ショップバッグの中にはプレーン(乳酸菌)と紅茶とブランデーの3種類のポーム・ダムールが入ってて、まずは乳酸菌のをひとつ食べてみてびっくり。りんごチョコレートはこれまでも食べたことあるけど、これはいままで食べたどのりんごチョコレートとも違ってた!
これまでのはりんごがもっとしっかりしてるというか個体って感じがしたような気がするのだけれど、この一番館のはりんごがすごくしっとりしててジューシーで、蜜煮というにふさわしい おいしさ。それにりんごの蜜煮をチョココーティングしてるだけだから、チョコレートの塊を食べるよりはヘルシーな気がして・・・・・・

こんなりんごチョコレートははじめて。 プレーンと紅茶とブランデー、どれもみんなおいしいのだけれど、特に特にブランデーがおいしかったです。中のりんごはしっとり、かなり濃厚なブランデーの味。
アルコール度もそれなりにあるそうなので、お子様やアルコールがまったくダメな人はやめたほうがいいかもしれない。
このブランデーだけ、10月頃から4月頃までの期間限定だそうです。
グリーティングカードには『傷の回復にはチョコレートがいいに違いない!』とあって、でもほんとはあまいものや刺激物って免疫力が下がってるときにはよくないんだよね。
でも気持ちだけはじゅうぶん、元気をもらいました。
好物を見ると人って元気になるもの!
我が家はみんなチョコホリックの珈琲中毒だから、何よりの贈りもの。
そしてやっぱり神戸は洋菓子の国。
このポーム・ダムール、あんまりおいしいので今年のバレンタインはこれで決まりかな、なんて思ってるところ。パッケージもなんだか外国のお菓子みたいでポップでいい♪
そしてりんごといえば、みんな毎日食べても飽きないっていうので、またしてもりんごを5キロ買った。このあいだはじめて買ったらとてもおいしかった『くろしばりんご園』さんで。今季3箱め。
みんな、いったいどれだけりんごが好きなんだか。

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2018年1月28日 (日)

知樹さんから絵葉書とどいた。

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昨日は息子に夕飯の買いものを頼んで、とくに何かあてがあったわけじゃないのだけれど、帰りに郵便ポストも見てきてね、と頼んだ。
そしたら買いものから帰ってきた息子が「渡邊さんから葉書がきてたよ」といいながら部屋に入ってきたから、「ああ、個展の案内ね」といったら、「2枚ある」って。
「2枚?」といいながら見てみたら、1枚は個展のDM。
もう1枚は年賀状だった。
あいっかわらず変なわんこの年賀状。
このわんこ、人間みたいな顔して、目に青い焔が燃えてるみたいにも見えるし、目の中に『人』って書いてあるみたいにも見えるし。それに娘にいわせれば青いタワーが目に映ってるみたいでもあるし・・・・・・、妙なオーラがある。
葉書には『今さらの年賀状で申し訳ない』ってあるけど、もう年賀状を出さなくなって20年以上にもなるわたしとしては毎年はなからもらえるわけないと思ってるから、こんなふうにいつになっても送ってくれる人がいるだけでもありがたいってもんです。わたしもささっと絵が描けたら、『ぼくは顔をケガして』っていう細いペンで描いた、目のまわりが赤かったり青かったり黒かったり黄色かったりする自画像を描いて送り返したいところだったけど、真剣に何かをはじめるとまだすぐに疲れちゃいそうだからあきらめた。
いつかも知樹さんはこんなふうに絵葉書を送ってくれた。
シベリア鉄道に乗ったときに描いたロシアの女の子の似顔絵で、ちょうどわたしは生れて初めて買った知樹さんの絵が壁に掛かった日でめちゃめちゃうれしかった。あのとき壁に絵を掛けてくれた友達がもういないなんてなんだか泣きそうだ。
もう1枚の個展のDMに描かれた絵のタイトルは『Blue landscape』。
ちょうど雪の降った後のいまの東京の景色みたい。
今年最初の知樹さんの個展『鳥のかたちを借りて線を引く』は、吉祥寺のにじ画廊で2月8日からはじまる。
たのしみだなあ!
目下いちばんのわたしのたのしみです。
そうして、神さまはちょっと元気のないわたしにも目先のたのしみを用意してくれる。それでわたしはいつだって神さまに守られてると思うのです。

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渡邉知樹展 “鳥の形を借りて線を引く”

2018年2月8日(木)~20日(火)

※14日(水)は休廊

水彩画、鳥オブジェの展示

どのような空を以って自由とするか

どのような檻を以って叫びとするか

問いかけている時

鳥は素直に飛ぶ

吉祥寺 にじ画廊にて

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2018年1月27日 (土)

はじめて父の気持ちがわかった日

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東京に4年ぶりで大雪が降った日の翌日、夕方いつものように夕飯の買いものに行った。雪の日に大量に作ったおでんがあったからとくに買いものに行かなくてもいいようなものだったけど、雪の日の夜からなんだか喉がイガイガしだして風邪っぽい感じで、二日つづけておでんだと野菜が足りないからホウレンソウでも買いたいと思ったのだった。
最初に行ったスーパーマーケットの野菜売り場を見てびっくりした。
棚の上がガラガラで。
この大雪で商品が届かないせいだという。
それでしかたなくそこではのど飴だけ買って、別のスーパーマーケットに行くことにした。でも行ってみるとやっぱり野菜は全体的に品薄で、残念ながらそこにもホウレンソウはなかった。いま思えばそこであきらめればよかったのだ。でも、うちの近所には3つのスーパーマーケットがあって、そこからそう遠くないところにあるものだから、すこし遠回りして帰るくらいの感じで寄ってみることにした。
はたして3つめのスーパーマーケットでホウレンソウをみつけて、ほかにも細々買いものをして、さて帰ろうと暗い駐輪場の木立ちの下を歩いているときだった。ちょうど黒いアスファルトのスロープを降りはじめたとき、すこし先の横断歩道の青信号が見えて、できれば信号が点滅する前に渡ってしまいたいなと思った次の瞬間だった。いきなり地面が目の前に迫ってきて、「え! ウソ!!」と思ったときにはもう顔から転んで地面に叩きつけられていた。
ほんの一瞬のことだった。
いったい何が起きたのかもわからなかった。

ただスローモーションの映像のように記憶しているのは、左のおでこが地面に当たってバウンドし、目の下の左頬の高いところを砂混じりのアスファルトでジャリっとこすり、同時に聞えたザクっという音に激しい衝撃をうけたことだけ。
気づけば自分は黒いアスファルトの上に倒れていて、いま打った顔といい手といい脚といいどこもかしこもズキズキ・ジンジン傷んで、しばらくは立ちあがることもできなかった。前から自転車で走ってくる人がいて、一瞬、あ、と思ったけれど目が合ったのにそのまま横を走り過ぎて行ってしまった。
それからなんとかよろよろ起き上がって、横断歩道を渡り、すぐ前の病院の敷地内に入ったところで生暖かいものがポタポタ顔から落ちてきて、もうアウトだった。
近くにいた病院の警備員さんに声をかけて一緒に病院の中に入ってもらった。受付けには警備員さんが事情を話してくれた。もうほとんど患者が来ない時間でのんびりしていたらしい受付けの男性が、わたしを見るなりものすごく慌てたのを見て自分の状態がどれだけひどいのかわかっておそろしかった。
受付けの前の椅子で看護師さんを待つあいだにも血はポタポタ流れて、手袋が血まみれになった。見かねた受付けの人がティッシュペーパーを箱ごと持って来てくれた。でもその病院はふだんあんまり救急外来、とくに外科的な救急外来患者は受け付けていないのだと思う。やっと来てくれた男の看護師さんはあまりそういうことに慣れてなさそうなひとだった。ラッキーだったのはその日たまたま当直だったのが以前かかったことのある整形のN先生だったことだろうか。
救護室では血圧と体温を測られ、ベッドの上に横になって顔のケガしたところに生理食塩水をかけられて布でごしごし拭かれ、いちばん切れて血が出つづけている眉毛のところに絆創膏を貼られて応急処置はおしまいだった。N先生はわたしを見下ろして、「目はちゃんと見えますか?」と聞いた。わたしは「ちゃんと見えます」と答えた。そんなような単純な質疑応答をいくつかしたように思う。
先生は、「よく顔を強く打ったりした後に歯の噛みあわせがおかしくなることがあるんですよ。もし明日になって何かが劇症発症するようなことがあったら、そのときには形成外科に行ってください」といった。「形が成る、と書くほうの形成ですよ。でもこの近所にはないので、大きい病院に行かないとなりません。でもそこまでじゃなかったら皮膚科に行くんでもいい。皮膚科ならこの病院にもありますから」。わたしは何かいわれるたびに返事だけははきはき返した。
応急処置が終ってベッドに起き上がると看護師さん(とても人のよさそうな優しそうな男性の看護師さん)が「だいじょうぶですか?」とわたしに訊いた。わたしは、「いつも86の父に転ばないように転ばないようにって注意してるのに自分がこんなことになってすごくショックです」と正直に心境を吐露した。するとN先生が、「こんな大雪が降った後はふだんとは違いますから。このあいだTVを見ていたら言ってましたが、一見濡れているだけに見える凍結したアスファルトの道のことを、『ブラックバーン』というそうですよ」といった。そんないいかたも実にN先生らしいと思った。N先生が「それじゃ、お大事に」といって救護室を出て行った後、看護師さんが「先生はいま何も言っておられませんでしたが、おでこを強く打っているので心配です。こういうときはたいてい後になっていろいろ症状が出てくることが多いですから、明日以降、もし何かあったらすぐに大きな病院で診てもらうようにしてください」といった。そして、この後もくれぐれも気をつけて帰るように・・・・・・

病院を出てひとりになると一気に転んでケガをした現実感が襲ってきた。
何も貼ってない頬の傷に夜気があたって引きつるようにズキズキ痛み、雪の残る夜道を注意深く歩きながら、ふとトートバッグの中からタオルハンカチを出してそっと顔にあてた。そうしてはじめてさっきまで自分がハンカチを持っていることすら全然思い浮かばなかったことに気づいた。もうあとはとにかく早く家に帰りたかった。誰とも顔をあわすことなく家に帰りつきたかった。そして頭の中でずっと考えていたのは『ひまし油』のことだ。
家に帰ったのは夜の7時で、その日子供はふたりとも仕事に出かけていて家には誰もいなかった。いま思ってもそれはよかったと思う。母親が買いものに出かけたと思ったらしばらくしてこんな姿になって帰ってきたんじゃ、みんな驚いて飛び上がってしまう。
家に入るとカーテンを閉め、ストーブをつけてしばらくその前でぼんやりした。
手も痛いと思ったら、左手の親指の腹に大きな血マメができていた。
ジーンズをまくって見たら左の膝のまわりが青黒くあざになっていた。
ケガはぜんぶ左半身に集中していた。
それから意を決して洗面台の前に行っておそるおそる鏡を見た。
数年前に父が遠くのスーパーマーケットに行って重いものばかり買って両手荷物で帰る途中、家のすぐ近くまで来てコンクリートの歩道の上で顔から転んで四谷怪談みたいな顔になったことがあったから、自分の顔がどうなってるかは大体想像がついた。あのときだっておそろしいのとかわいそうなのとで実家に行っても父の顔が見られなかったわたしだ。でも自分となればそうもいってられない。
顔は、、、、、、見るも無残にオバケみたいになっていた。
左の顔を下にして倒れたせいで目の周りを強く打って腫れあがり、眉毛の中、額、まぶたの上を切って頬の高いところを広い範囲で擦りむいていた。
人間の顔なんて一瞬にして変わっちゃうものだなあ、と思った。
目の周りがまるでアイラインを引いたように黒くなってるのを見て、いったいこれってちゃんと元通りに治るんだろうか、と不安になった。
そしてやった当日より明日のほうがもっと腫れるのは目に見えていた。
もうため息しかなかった。
でも、冷静に観察した後は淡々と手当てするしかなかった。
お湯を沸かして温めたタオルで傷のない部分の汚れた顔を拭き、傷の部分は化粧水のポンプボトルに水を入れて軽く洗った。それからいつか『ひまし油湿布』にトライしようと買っておいたネル布を切って、たっぷりとひまし油を浸して傷口にあてた。そのときのなんともいえずほっとした感じは忘れられない。ひまし油の滲みたネル布は患部に温かく、やわらかく包みこまれるようで、それまでズキズキしていた痛みが急速にやわらいでいった。同時に気持ちも落ち着いてきた。
まさしく、キリストの御手。
それを実感した瞬間・・・・・・。
わたしの勘は当たった。
ひまし油を買っといてよかった、と心底思った。
そしていまはどうでも、あとはもう自分の免疫力、治癒力にまかせるしかない、と思うことができた。

そのあとは洗濯物をたたんだり、静かにできることをしていたのだけれど、気持ちが落ち着くにしたがって浮かんできたのは、この日はじめて父の気持ちがわかった、ということだった。
もう十数年以上も前のこと、父は駅前の踏切近くで派手に転んで大ケガをした。
やっぱり雪がちらちら舞うような寒い日で、そのころまだ細々とだけど仕事をしていた父は、夕方集金したお金をどこかに持って行く途中だったかなんだかで、先を急いでいたらしかった。もうすぐ踏切を渡り終える、というくらいのところで信号機が鳴りだして、急ごうと思った瞬間に転んだらしい。父は「足がもつれて・・・」と言っていたけれど、それもたぶん、後付けの話なんじゃないかいまはと思う。なぜならこの日わたしは自分が転ぶなんてまったく思わなかった。転んでる最中もなんで自分がこうなるのか全然わからなかった。直前までなんの兆候もなかったし、だから身構える暇もなくもろに顔から転んでしまったのだ。父と共通しているのは目の端(頭)に信号機が映ったとたんに転んでいること。つまりスリーセブンの7がカチッと合うみたいにこういうことが起きてしまう瞬間があるんだってことだ。そして、そういうときに転んだ人間をどう責めたところで無意味だよねってこと。自分でも何が起きたんだか全然わかってないんだから。そう思ったらなんだか急激にあのときの父の気持ちがわかって、いまさらながら父がかわいそうになってしまった。

そしてしみじみ思うのは、自分も年だなあ、ってこと。
このあいだのスイミングクラブでの81歳が80歳に話してた『81になってみなさい、わかるから』には笑ったけど、だんだん1歳の重みがずっしり重くなっていくんだろう。だんだん今日みたいに意識と身体が即座に連動しないことが多くなって。
毎年、自分の誕生日前後にはたいてい何かあるから注意してたのに、いったいわたしは何をやってるんだろうなあ・・・・・・
でもいま、それから5日経ったいまはもうちょっと冷静に当日の自分の動きをを分析してみることができる。わたしは雪掻きのされた雪のないアスファルトの上を歩いている気でいたけど、N先生がいうようにそこは一部が凍結したブラックバーンで、青のメモリが半分以下になった信号機を見て勢いよく足を右・左と踏み出して左足のときに足を滑らせ、そのまま前傾姿勢のまま一気に顔から行ってしまったんだろう。それでケガはぜんぶ左半身、とくに顔に集中してしまったというわけだ。おりしも慣れない長靴で、風邪気味だったこともあり。やれやれ。やっとわかった。

翌日、会社の同僚だけには伝えておこうとメールで事情を説明したら、彼女はひまし油なんて伝承療法はきっと全然信じない人なんだろうなあ。しきりに消炎鎮痛湿布剤を貼ることをすすめられたけど、傷がある(とくに顔に貼れる)消炎鎮痛湿布剤なんてまったく思い浮かばないし、仮にそんなものがあるとして、傷口にひまし油湿布を貼ったときのあの安心感こそが正しい選択だったと信じているから、補完・代替療法の医療系ベンチャーに勤めるわたしとしては、このままひまし油を貼って夜だけ冷やすという方法でどんなふうに治癒が進んでいくのかを自分の顔で観察してみようと思う。
ちなみに4日も過ぎたいまさら『顔の傷を早く治す方法』と検索してみたら、『湿潤療法』というので、簡単な方法としては『ラップにワセリンを塗って患部に貼る』というのが出てきた。なるほど、ラップなら剥がすときもくっつくことなく剥がせそうです。滅多にお世話になることはないだろうけど、しっかり覚えておこうと思う。
まだまだ雪がふりそうなこの冬、これを読んでる人もわたしみたいにケガをしないようにくれぐれも気をつけてください。

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2018年1月17日 (水)

梅春

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朝から曇りで陽射しがまったくないせいで一気に外は真冬の様相。
部屋の中にいても身体が縮こまりそうで、これじゃいけない、こんなときこそ身体を動かさねばと元気に外に出て行って、ちょっと歩いたところで梅が咲いているのを発見。

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そういえば『梅春』って言葉もあったっけな、とふんわり気持ちがなごみかけたのも束の間、つめたい雨が降りだした。頬にあたるとチカチカするようなつめたい雨。
傘を持って出てこなかったから、急ぎ足でふたたび家にとっかえすことになった。
いまは、冬と春のあいだ。

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2018年1月16日 (火)

Life is very short.

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もう母が亡くなって18年になるというのに、いまだ母の残した大量のモノを無駄なく消費することにエネルギーを費やしている妹。そのモノのエネルギー自体は母が買って満足した時点で消化され、終わっているのだから、それを捨ててあらたにモノを買ったとして、どんなバチが当たるものでもあるまいと思うのに。少なくとも廃品利用が趣味で楽しみだとでもいうならいいけど、逐一彼女がやっていることを説明されてしまうこちらとしては全然たのしくない。それで他人であれ血縁であれ、楽しくない人とはできるだけつきあいたくないという気持ちが年々強まっているわたしは世間から見たら冷たい人間だと思われるのだろうか。妹に対する姉としてのわたしの願いは昔から寸分変わることなく、『自分の人生を楽しく生きてくれ!』ということにほかならないのだけれど・・・・・・。

毎日のように牛乳を飲むという習慣がないから、牛乳を1パック買うと時々もてあましてしまう。それでときどきカスタードプリンを作る。わたしがそういうことをするのは休日以外はたいてい夜遅くで、昨日も寝る前にキッチンに行って作りはじめた。レシピは決まっているようで毎回ちょっとずつ違う。今回はセラミックのプリンカップちょうど5個分作りたくて、牛乳500ミリリットルに全卵3個、卵黄1個、砂糖は気持ち少なめの75グラム、それにバニラビーンズエッセンス。カラメルソースはてんさい糖60グラムに水大さじ1。
作りはじめてものの1時間もしないうちにオーブンから漂うあまい匂い。
焼き上がったプリンは、一度濾せばいいところを3回濾してるからとってもなめらかな仕上がり。でも、カラメルソースはもうちょっと色濃く仕上げたほうがよかったかな。
週に1回、実家に夕飯ヘルパーに行くのを今月は月曜から火曜日にしてもらったから、ちょうどいい、今日はこれも持っていこう。
昨日、オーブンのタイマーが鳴って焼き上がったプリンを確認してから調理用具を洗いはじめたら、自然とビートルズの『We can work it out』を口笛で吹いていた。
そしてあらためて今日この曲の歌詞を見て、これってこういう歌だったか、と思っている。
Life is very short.

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春の粒子 **

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気候のうえではいまから2月が気温の底で、厳寒の季節といえるけど、でもいまの陽射しにはもう微かに春の粒子が溶けていて、暦のうえでは春、というのが頷けたりする。
冬のはじまりにヒナタノオトさんで買った、ピンクのヒヤシンスがひらきはじめた。
緑のつぼみがだんだん色づいていって淡いコーラルになってピンクになる。
ひんやりした、ちょっと寒いようなピンク。
淡いピンクと白と緑って、もうなんともいえない春のいろ。

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2018年1月14日 (日)

わたしのブラジル*

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昨日、布団の中で目が覚めた瞬間、なぜかこの雑誌のことが頭にあった。
せっかく手に入れたのにひらく間もないまましまったままになっていた、2014年の夏発行の『トランジット』のブラジル特集。永久保存版!
手に入れたとき、すでにバックナンバーだった。
それで今朝、押し入れをガサガサやって探し出した。

雑誌を買うってことも、ほんとになくなりました。
だいいち、のんびり雑誌を眺めてるような時間が全然ない。
逆に昔はどうしてあんなに時間があったんだろう、って思う。
同時に、最近は喫茶店で雑誌を眺めているような人もあんまり見かけなくなりました。まあ、たいていはスマフォを見てる。十中八九。
でも、やっぱりわたしはいまでも紙媒体が好きです。
今日もこれをゆっくり眺めてる暇はないのだけれど、でもこれのための時間をつくりたいな。誰にも邪魔されずにゆっくり好きな雑誌を眺める時間。
おいしい珈琲でも飲みながら。

ソーサーに置いたお菓子は昨日の『ボサノヴァの詩を読む講座』で、最近またブラジルに行ってらしたという方からいただいたお菓子。
おいしかったです。
ブラジルのお菓子って意外とおいしい。
って、ちょっと発見。
憧れのブラジル。

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2018年1月12日 (金)

DOMINGO

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去年の12月といい今月といい、どうして同じ日に予定がいくつも重なっちゃうのかな。今日は直さんと翠さんのライヴ、それに『ボサノヴァの詩を読む講座』がブッキングしてた。それで今日に関しては当然のごとく翠さんのライヴに行くことを予定していたのだけれど、昨日カフェイリブロスから今月のテーマが送られてきて、それを見た瞬間、心が躍った。
なんと今月のテーマは、カエターノ・ヴェローソの『ドミンゴ』。
送られてきた楽譜は『コラソン・バガボンド』。
(いつも翠さんの歌で聴いてるコラソン・バガボンド!)
講師はなんといっても日本で最も美しくポルトガル語を日本語に訳すといわれる福嶋伸洋先生。となったら、もう行かないって手はないでしょう。
即決してしまいました。(ごめんよ、翠ちゃん。)

でも何に限らず、即決してしまうときって正しいんだと思います。
それこそ宇宙タイミング。
今年も心のままに動きたいです。
気をつかわずに愛をつかって。

さて、このドミンゴ。
講座では隣の方にうっかりうろ覚えで間違って教えてしまったけど、1967年、カエターノ・ヴェローソ25歳、ガル・コスタ22歳のときのアルバムで、ふたりにとっては初のLPアルバム。時代的にはブラジルに軍事政権が敷かれて3年、ビートルズが『サージェント・ペパーズ・・・』をリリースする半年ほど前のことだそうです。
ブラジル音楽って国内盤が出てないものも多いのだけど、これはライナーも訳詩も付いていて、このライナー・ノーツがまたとってもいいんです。すごくエッジの効いた文章。これを読むだけで1967年がボサノヴァにとってどういう年だったかがわかる。カエターノのデビューアルバムにしてボサノヴァ最期の時代。

そして今日、講座に行って先生のアナライズを聞きながら歌詞を追っていて驚いたのは、4回めにしてはじめてのときよりも活字(言葉)が音に変換されるようになってきたこと。べつだん、家で勉強したわけでもないのにね。
だから音楽で語学を学ぶのってやっぱりいいんだと思います。とっかかりとしては。
あらためてひとつづつ言葉を追って読み解いていったカエタノの歌世界は、音楽そのものから受ける印象よりずっと憂鬱で、ある意味いまの気分にぴったりで、なんだかすごくしみじみした。
講座のなかで先生の弾くギターで『コラソン・バガボンド』と『アヴァランダード』をみんなで歌って、最後に先生が「家でも練習してみてください」とおっしゃってたけど、『コラソン・バガボンド』は練習してみようかな。さんざん聴いてメロはほぼ完ぺきに頭に入ってるし、そのうち鼻歌くらいだったらポルトガル語で歌えるようになるかもしれない。

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2018年1月11日 (木)

イスラエルスープを作る

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このあいだイスラエル・ベジタブルスープを食べてるときに息子が「これしばらくつづけられないかな」といった。「つづけるって、どれくらい?」と訊くと、「1回作ったらどれくらいもつ?」と訊き返すから、「朝だけだったら4日くらいかな」といった。
息子は安倍総理のおかげで認知度が上がった潰瘍性大腸炎を患っていて、いまは寛解状態で申請こそしていないもののやはりふつうの人よりは免疫力が低くて、お腹を壊しやすかったり皮膚に湿疹が出やすかったり、夏に蚊に刺された痕がとんでもなく化膿してしまったりと、注意が必要だ。とくに食べものは大事で、いまみたいにわたしが食べもののことを考えるようになったのもこの息子のせい、というか、おかげだといえる。
このあいだの朝にそんな会話があって、しばらくひと月に1週間程度このイスラエルスープをつづけてみようかということになった。
それで、作るついでに自分の覚え書き程度に作りかたをアップしておこうと思う。
写真は夜のキッチン。
昨日そら屋さんで買ってきた2袋(1袋は120グラム)の乾燥ひよこ豆をザルにあけてざっと洗って鍋に入れ、水に浸して一晩。
それを今朝2時間以上かけて煮たもの。
ここに、ひたすら刻んだ野菜を投入していきます。
まずは大根。

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輪切りにしてから、さらにこまかく細切りにして鍋に投入。
次はにんじん。
これは自然食品屋さんで買った無農薬のにんじんだから、よく洗って皮つきのまま細切りにします。

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このあいだはサツマイモを入れたけど、今回はカボチャを入れることにした。
これも、そら屋さんで買った。変わったカボチャ。
すくなカボチャ。(多くても、少なカボチャ。なんちて。)
きっとラグビーボールみたいな形をしているんでしょう。

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ほくほくしてないから蒸したり煮物にしたりは向いてないけど、コクがあって味が良くて粉質だから、お菓子の材料にしたりスープにするには向いてるとのこと。

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最後にキャベツ。
ムラキテルミさんはこれに玉ねぎとセロリも入れてると書いてらした。
同居していた高齢のお母さんと叔母さんの認知症をくいとめるために毎日このスープの野菜を刻んでいて終ってしまったとあった。もう2年前のこと。
テルミさんいわく、『ボケ封じスープ』だそうです。
朝晩、大きなスープ皿に1~2杯飲んでいたら徐々に効いてきたんですって。
うちの父にも作って持ってきたいけど、あのひと難しいからなあ・・・・・・

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刻んだ野菜を大きなお鍋にぜんぶ入れ終って水を足したところです。
まあ、とにかく野菜の多いこと!
これがとろとろになって野菜が半溶けになるまで、あくをすくいながら弱火で2時間くらい煮込みます。

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野菜がとろとろになったら、多めのターメリックと少なめのクミンを入れ、塩(わたしはいつもこれです。ヒマラヤブレンドソルト)で味付けます。

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塩はいきなりたくさん入れるんじゃなくて、味見をしながら少しづつ入れてゆき、決まった! と思うところでストップするのがいいと思います。

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ターメリック、クミン、塩を入れ終ったところ。(このとき夜中の12時。)
塩加減はちょっと薄いかなあ~、くらいのところでストップして一晩おきます。
あ、そうそう、ここでわたしは玄米元氣をちょこっと入れました。
発酵系なので鍋の中で味が調和してマイルドになっておいしい。
いまでは玄米元氣は我が家ではなくてはならない調味料です。
で、今朝。
もういちど味をみて、塩をすこし足してできあがりました!

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作ったのは今回で3回め。
このイスラエルのベジタブルスープを食べるたびに、これって野菜のおかゆみたいだなと思います。
実は前回作ったときは豆の消費期限がちょっと過ぎていて、乾燥豆だから大して問題ないかと思ったのだけど、煮てるときの匂いがなんだかいつもと違う。ちょっと癖があるというような。それで今回買ってきたばかりのひよこ豆を使ったらやっぱり煮てるときの匂いが全然ちがったから、やっぱり乾燥豆といっても消費期限は大事なんだなあ、と思ったしだいです。
できあがったスープはこのあいだより豆がとってもやわらかい。
ひよこ豆って、イスラエルの人たちにとってはまるで日本人にとっての大豆みたいなものなのかな、と思う。サラダにもスープにもコロッケにも使われている。
このあいだはうっかり疲れて最後の最後のところでターメリックがドバっと入ってしまって、ちょっと苦くなってしまったのだけれど、今回は最後まで気を抜かずに作ったのでとってもおいしくできました。
息子は今朝はこのスープだけ食べて行った。
ベジタリアンはもちろん、お正月にご馳走三昧で胃が疲れている人や肝機能が落ちている人、軽いファスティングにもおすすめ野菜スープです。

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2018年1月10日 (水)

りんごくるみにんじんサラダ

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長谷川さんの青森サンふじを1箱食べきってからはときどきスーパー・マーケットでりんごを買う。あんまりおいしくないけど。
今日は自然食品のそら屋さんで買った長野県産のりんごとにんじんでつくったサラダ。冬のあいだは朝はとにかくりんごとくるみとみんじんばかり食べるから、もう一箱、青森サンふじの貯蔵りんごを買うかなあ・・・・・・
数日前から朝食にコップ1杯のトマトジュースを飲むことにした。
しばらくつづけてどのていど効果があるか自分の身体で実験する。
ペットボトルには『血中コレステロールが気になる方に』とあったけど、わたしがトマトジュースを飲むのは積極的にリコピンを摂りたいからです。
くるみを常食するのは単純に好きというのと、オメガ3を摂りたいから。
ちなみにトマトジュースはコラーゲン入りです。
日々グッドエイジングのために。

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2018年1月 9日 (火)

ドリームボード

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オークション・システムはとっても便利なツールだと思う。
ときどきオークションに着なくなった服やいらなくなった本やCDを出品するかわりに、たまに好きなブランドのタグ付き新品の服やデッドストックの家具、中古のCDや古本なんかを格安で手に入れる。
世の中にはとっても器用な人がいて、オークション・サイトの中には既成品だけじゃなくていろいろなハンドメイドの作品を出品している人がいる。
そんななかの一人、ハンドメイドのコルクボードばかり出品されてる方に、オリジナルのコルクボードを作ってもらった。しかもメール・オーダーで。
オークションサイトでみつけて、いつかオーダーしたいと思いながら時が過ぎること早や数年。でもオーダーしてからは早かった。
もう暮れも押し迫ってからお願いしたのに、届いたのはなんと昨日。
そして、いかにも手慣れた丁寧な梱包をほどいてコルクボードを出してみたら、何から何まで素晴らしい仕上がり! 
欲しかった、白い雲がもくもくしてるみたいなデザインのボード。
机の前の壁に掛けてみたら、まるで目の前にあたらしい窓がひろがったかのよう。
これもわたしがイメージしたとおり。
なぜこんなコルクボードが欲しかったかといったら、自分のドリームボードを作りたかったからだ。
ビジョンボード。
またの名をドリームボード。
ここに欲しい物やピンときたものの写真や画像、ひらめいた言葉の端キレや思いつき、それから明日のタスクリストなんかをあまりいろいろ考えずに貼ってゆく。するといま自分が端的に手に入れたいものからなりたい自分、行きたい場所や到達したいヴィジョンのビジュアル・イメージが右脳(潜在意識)にインプットされるわけ。
こういうわたしを見て、息子はちょっと皮肉なj表情を浮かべて「ぼくってほんとに優しくないな」という。「人は年末年始に気持ちも新たにヴィジョンや目標を掲げておきながら、その後1年、そういう自分に負けつづける、っていうのがぼくの考えだから」と。
なるほど、たしかにそれはこのあいだ読んだ村上春樹の短編『ドライブ・マイ・カー』の中で、主人公である初老の俳優が、自分お抱えの運転手であるヘビースモーカーの若い女の子が煙草に火をつけるときに、「命取りになるぞ」と言って、女の子が「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」と言ったのとおなじくらい、当たってるかもしれない。
でも、あたらしい年にこういうことをせずにいられないのがおかーさんなわけ。
で、わたしは負けない。
というか、勝ち負けなんて正直言ってどうでもいいんだ。最初から。
それで、なんとなく小さな棚のところに、いつか横浜ではじめてangelseedさんに会ったときに買ったキーボードを弾いてる天使を飾ったら、なんだかこれってJさんみたいだな、と思った。Jさんはこんな頭じゃないけど、なんとなくとぼけたかわいらしいところがあって、天使になったらこんなかも、と思う。天国でも音楽をやりつづけてほしい。

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今朝、起きたときは雨で、窓の外はまるで北欧みたいな寒々しい景色だったけど、この写真を撮り終えてしばらくしたら俄かにパーッと強い光が射しこんできて、ドリームボードを飾った壁ぜんぶに虹が躍りだした。
まるで虹の洗礼みたいに。
一気に心が洗われた瞬間。
とにかく、何がどうでもこの三次元世界はつづく。
自分が生きてる限り。
前を向かなきゃね。

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そうそう、この素敵なコルクボードを作ってくださったのは、大阪在住のふっきゃんさんです。気になった方はブログ覗いてみてくださいませ

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2018年1月 8日 (月)

松の内も明けましたにつき

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昨日、玄関のお正月飾りをはずした。
今年は硝子の鏡餅だから鏡開きをすることもないのだけれど、やっぱりこのあいだに一度は小豆を煮て食べるでしょ、ぜんざい。
いつもながら甘さは控えめ。
そして、ぜんざいにお漬けものは必須。
とくに白菜の漬けものならなおのことよろしい。
冬に白菜の漬けものを食べるたびに、母が漬けた白菜の漬けものはおいしかったなあ。また、あれ食べたい。と、思う。
もう母がいなくなって17年も経つのに。

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2018年1月 7日 (日)

今日の美しい空 ***

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うっすら微笑しているような今日の夕空。
みるみる日が長くなってきた。

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2018年1月 6日 (土)

今年最初の1枚!

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今年一等最初に、満を持して聴くのはこれ!
去年の暮れに上町63で買った直さんの新譜、『BALLADS』。
めずらしく上町63で会ったヒカルさんによれば「バラードっていっても直さんのことだからふつうの落ち着いたバラードじゃなくて、いろいろ変わってて面白いよ」ってことでわたしも「ああ、なるほど。わかるわかる」っていったのだけど、実際に聴いてみたら全然そんなんじゃなかった。これはもう、まさしく円熟の境地というべく、全編、直さんのロマンティシズムが炸裂!の、バラード・アルバム。
いつもの直さんらしい、しっかり地に足のついた、たっぷりしたフレージング、包みこまれるような温かな音色、自然と歌の世界観に引きずりこまれてしまうストーリー・テリング、掠れた、聴こえない音の色っぽい余韻・・・・・・
ちょっとミーハーなことをいってしまうと、男の人がプロボースするときこのアルバムがかかっていたら、思わず女の人も「Yes」と言ってしまうんじゃないかというような。
めちゃめちゃよかったです。

サックスのリーダー・アルバムで『バラード』といったらもう言わずと知れたコルトレーンの『バラード』。わたしも何度聴いたかしれない。こういうことをいうといちばん叱られちゃいそうなのは直さんだけど、でもわたしの中では直さんはとうにコルトレーンを超えました。
コルトレーンと直さん、何がちがうか。って、直さんのほうがしあわせな音をしてるんだよね。人をしあわせにする音。いつもライブに行って直さんの音を聴くと、満たされて、ああ、今日もよかった、明日もがんばろう、って、笑顔になって帰れる。そういうLOVEな音がここにもいっぱい詰まってる。
それからピアノがめちゃめちゃよかった!
ジャケットの裏もライナーも見ずにCDかけて聴きだして、すぐに「このピアノ誰、誰!」って、息子もわたしも。
ピアノは市川秀男さん。
何がよいって、美しい音色も、無駄のないソロも、直さんのたっぷりとしたフレージングに寄り添うようなバッキングもみんなよいのだけれど、すべてにおいてちょうどよい、そのバランス感覚が素晴らしかったです。
そして「ちょうどよい」といえば、ベースもドラムも、このアルバムで聴けるすべてがちょうどよい。不自然に突出したところが何もない、すべてが調和した美しいJAZZの新たなスタンダード・アルバムが誕生したといえるんじゃないだろうか。
選曲も、いつもサムタイムで聴いてるいい曲ばかり。
全編捨て曲無し!
この1枚で今年も幸先のいいスタートが切れました。
今年も1年、いい音楽とともに

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2018年1月 5日 (金)

冬の時計

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ミルクを温めるのはむずかしい
青いガスの火にかけて
ほんのすこしのあいだ新聞を読んだり
考えごとをしていたりすると
たちまち吹きこぼれてしまう

そのときのぼくの狼狽と舌打ちには
いつも
「時間を見たぞ」
「時間に見られてしまったな」
という感覚がまざっている

ミルクがふくれるときの音って
じつに気持ちが悪い
と思いながら急いでガスの栓をひねったときはもう遅い
時間は
ゆうゆうと吹きこぼれながら
バカという
ぼくも思わずかっとして
チクショウといい返す

今日の石鹸はいいにおいだった
なるほど
きのうのヒステリー
あしたの惨劇
みんな予定どおりというわけか
冬の時計が
もうじき夕方の六時を打つ

( 北村太郎 詩集『ピアノ線の夢』から『冬の時計』)

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朝、牛乳配達屋が玄関のポストに瓶に入った牛乳を届ける音が聞えるり、寝まき姿の母が出て行って、玄関前の板の間に立ったまま紙の栓をあけ、唇に白い液体を滲ませるように飲んでいた姿をいまでもなぜだかとてもリアルに、鮮明に憶えている。
それは暖かい季節のことじゃなくて、寒々しい冬の朝のこと。
母の姿を見上げるわたしは身震いしそうだった。
たぶん、わたしの4歳前の記憶。

わたし自身はあまり牛乳というものが好きじゃなくて、小学校の給食で毎日出される牛乳を飲むのはとても苦痛だった。とくに真夏の生ぬるい牛乳。低学年のころはふるい木造校舎だったから、木の床に誰かがこぼした牛乳の匂いを嗅ぐのもほんとに嫌だった。
そんなだから、大人になってからもとくに積極的に飲むことはなくて、最初の子供を産んだとき、家庭訪問に来た保健婦さんに、産後のカルシウム補給のために牛乳を毎日飲むように強くいわれたときは心底げんなりした。成人が1日に飲まなきゃならない牛乳の量は厚生労働省で決められてるって。そのときから日本の厚生労働省の決めたことなんておよそ信用できないと思っている。

それでも牛乳がすごく嫌いかというとそういうわけでもなくて、子供のころは苺にお砂糖と牛乳をかけたのを食べてたし、それどころかときにはごはんに牛乳をかけて食べたりしていた。いまとなってはそんなのもすごーく昭和な風景だと思うけど。
そんなわたしが唯一、牛乳を飲みたいと思うときがあって、それはあんぱんとカステラを食べるとき。
あんぱんと牛乳、カステラと牛乳。
なんて黄金の組み合わせなんだろう! と思う。
今日は雪でも降りそうな寒い日で、でもやっぱり仕事をしてたらお昼を食べそこねちゃって、体温がみるみる下がってますます寒くなってきて、キッチンに置いたかごには、このあいだデパートの地下のスーパーマーケットで買ってきた切り落としのカステラが一袋。
それで寒いなか『特濃』という牛乳を買ってきて、さすがに冷たいまま飲む気にはなれないからホットミルクにしてカステラと一緒に食べることにした。娘とふたりの、おやつみたいな遅いお昼。ミルクパンからもうもうと湯気のたつ牛乳をふたつのカップに注ぎ分けて、ホットミルクなんて二十年ぶりくらいに飲んだけど、なんだか目が覚めるくらいおいしくてびっくりした。
外は時折り鋭く鳥の声が響く以外はとても静かで、部屋の中は暗く、今日はたぶん、Jさんが煙になって大気に消える日で、灰色の空からはいまにも大粒の雨が降ってきそうで、ミルクを飲みながら子供のころからどうして、お通夜とかお葬式の日ってこういう寒くて暗い日が多いんだろう、と考えた。
ホットミルクがひときわおいしい、寒い寒い、さみしい日。

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2018年1月 4日 (木)

Flower of Life

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わたしの部屋からではどこをどうやっても余計なものを入れずに撮るのはこれが限界だ。フラワー・オブ・ライフ。生命の花。どうしてこういうものに惹かれるのかわからない。DNAに刻まれた記憶? ただ眺めているとピース・オブ・マインドを感じるのはたしか。
いつかあなたと西荻窪のナワプラサードで、この幾何学模様が刻まれたブルーボトルを見た。わたしはそれがほしかった。あなたは文庫本を1冊買い、わたしはあなたの飼ってる猫のためにキャットミントの入った小さなおもちゃを買った。そのとき、いつかまた来よう。そのときはここで夕飯を食べよう、といいながらそこを出たけど、ついにその「いつか」は来なかった。
あなたにもこのフラワー・オブ・ライフを見せたかったな。
そしてここから発せられるエネルギーをあなたに注ぎたかった。
わたしの頭はまだとっ散らかったままだ。
でももしかするときちんと整理するのがこわいんだ。
もののありかと感情がきっちり紐付けされてしまうのが。
今日も空はなんてきれいなんだろう!

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イスラエルのベジタブルスープ

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昨日の夕方、買いものに行こうとして携帯にメールがきているのに気づいた。
それは12月半ばから待って、待って、待っていた相手からだった。
でもひらくとそれは彼の訃報だった。
昨夜、逝去したと・・・。
彼の家族が送ってきたんだ。
風呂掃除をしていた息子にいうとびっくりして手を止めた。
前に彼から(自分のオリジナル曲で)「息子さんギター弾いてくれないかな」といわれて、「でもずっと弾いてないからうまく弾けないと思うよ」、というわたしに「うまいかどうかなんてどうでもいいんだ。自分にとっては誰が弾いてるかが大事なんだ」といった人。そのころから終いに向けて準備しているのがわかった。きっと断るだろうと思った息子は、驚いたことに断るどころかそのためにいいアンプを新調したくらいだった。
でも神さまはそこまでの時間はくれなかったみたいだ。
コートを着たまま彼の家族にメールの返信をした。
どれだけ打ち消してもそれは頭の中で常に予測していたことだったから頭は冷静に事実を受けとめてるのに、まったく感情がついてこなくて、だから涙もでてこなかったし、悲しみの感情に襲われることもなかった。まるでとっ散らかった部屋の中で、どこから何を手をつけていいのかわからずに呆然としているみたいな感じだった。
それから買いものに行って、なんにも思い浮かばないまま、何も考えなくても作れるインスタントな食材を買って帰って、家族と簡単な夕飯をとった。アルバイトから思いのほか早く帰って来た娘にも話したらびっくりしていたけど、でも彼はわたしの友達の中では比較的あたらしい友達だったから、水面にボチャン!と石ころを投げたくらいの波紋しか広がらなかった。
食卓を離れた後はひとり無口に無表情にレターラックの中身をぜんぶひっくり返して、いらないものをシュレッダーにかけた。それから彼が最後にくれた手紙を読み返した。そこには『親友の証』と書いてあった。いま思えばこれも彼にとっては遺書みたいなものだったんだろう。すこしでも元気で絵が描け、手紙が書けるうちに。
それからキッチンに行って、昨日一晩水に漬けて朝2時間かけて煮ておいたひよこ豆の鍋に火をつけて、夜中までかかって大根とニンジンとさつま芋とキャベツを薄切りにしてひたすら刻んで刻んで刻んで・・・・・・、イスラエルのベジタブル・スープを作った。
ときどき、延々と単純作業をしていたいときがある。
そうでもしなけりゃいられないときがある。
母が乳がんの手術をしたときは、家に赤ちゃんのいるわたしはキッチンでひたすら何時間も鍋を磨きつづけた。
・・・・・・ そうして、野菜を投入した鍋を弱火で2時間煮て、野菜がとろとろになったらところでターメリックとクミン少々を入れて、ヒマラヤブレンドソルトで味をつける。
これはムラキテルミさんのメールマガジンに載っていた、京都出町柳にあるイスラエルレストラン『ファラフェル・ガーデン』の店主、アミールさん直伝のレシピ。
できあがったベジタブルスープは、とにかく野菜を山のように入れているからまるで野菜のおかゆみたいで、見るからに胃腸によさそう。胡椒も入れず、ブイヨンも使わず、塩とターメリックとクミンだけで味つけるから、野菜のあまみがするやさしい味です。スープの黄色い色はターメリックの色。ターメリックを強めに使っているからこのスープは肝臓にもいい。
作りながら考えていたのは彼について、自分にできることはなんでもしたように思っていたけど、そんなのはエゴだった、まだやれることはあったな、ということ。このスープも作ってあげりゃよかった。物理的に作ってあげるのは無理でも、作りかたを教えるんだった。終盤、強い薬による味覚障害がひどくなってなんにも食べられなくなり、毎日おかゆばっかり食べてるといってたJさん。おかゆを食べるよりこっちのほうがどれだけ滋養になったことだろう。でも全ての苦痛から解放されて、薄い、透明な扉の向こうに行ってしまったJさんは、こういうとっ散らかったわたしをにこにこ笑って見てるのかも知れないな。
言いそうなことが、声が聞えてくるようだ。

彼に何があってもわたしに知る術はないと思っていたから、「逝くときはしらせてくれ」とテレパスで送っていた。
2日、実家から帰って夜遅くお風呂から出て着替えて板の間に降りてきたとき、足もとでふわっと弧を描くように光が見えた気がして、でも一瞬だったから目の錯覚かと思ったけど、あれってJさんだったのだろうか。
2日は奇しくも彼の誕生日で、満月だった。

これだけいろいろ考えてるのにまだ涙はでてこない。
そういう朝。

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2018年1月 2日 (火)

おじいちゃんにお年玉をあげる日。

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わたしの父、今年で御年87歳。
ついに孫からお年玉をもらえる日がくるなんて。
めでたい!
お札がそのまま入る大きなポチ袋はうちの娘作。
中にみんなのお手紙付き。
ちょっと風はつよいけど今日もいい天気です。

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2018年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます。

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今年のお正月飾りは和紙の水引き飾り。
今年も自分でつくることはかなわなかったけど、気に入ったのがみつかってよかった。今年は横着して玄関のお花はアレンジメントを買ってしまったし、「おせちはいらない」という子供の言葉にのっとって、おせちは一切つくらなかったし買わなかった。
来年のことはわからないけど、今年はできるだけミニマルにいこう。
でも、元旦のお雑煮だけは食べる。

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こたつはないけど、テーブルにみかん。
食べても食べてもなくならない魔法のみかん。
今日、元旦もいいお天気になりました。
陽射しが暖かくて穏やかでいいお正月です。

180101mikan

あけましておめでとうございます。
今年もひかりあふれる、すばらしい年になりますように!

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