原種の蘭
わたしが一生手を出すことはないと思っていた蘭を先日うっかり買ってしまったのは、前に花屋から原種の蘭の可憐な花の写真を見せてもらっていたからかも知れない。
母も生前、親友が勤める会社の社長が蘭が好きで蘭友会の理事を務めているとかいう関係で、ときどき蘭の博覧会の招待券をもらったりしては親友と出かけていた。
もともと花好き、植物好きの母だから、そんなものを見に行けば欲しくなるのはとうぜんのことで、「ほら、シンビジュームよ! きれいでしょう?」なんて言いながら嬉しそうに蘭の鉢植えを持って帰ったりしていたけれど、わたしはそのころ蘭にはなんの興味もなかった。正確に言えば、そのころどころかいまに至るまで蘭にはなんの興味もなかったのだ。だから、今回のこともなんでか自分でも全然わからない。
ただ、親子というものは年を追うごとに無意識にもだんだんすることが似てくるのかな、と思ったくらい。
その、このあいだうっかり買ってしまった蘭がさっき届いた。
植物用のちょっと大きな箱に丁寧に梱包された、厳重な包みを慎重に開けると、出てきたのは2号鉢に入ったほんとに小さな苗。
でも小さくても、これまで見たこともない苗。まったく未知の領域。
この『未知』って言葉にはいつだってわくわくする。
わたしが買ったのは『ホリドータ・シネンシス』という原種の蘭だ。
冬咲きで、すでにもう花が終った苗がほとんどだった中で、これはこれから咲くつぼみ付きの苗だった。(上の写真で、つくしみたいに見える部分が蘭のつぼみ。)
わたしがこれを選んだのは夏咲きで、つぼみ付きだったということもあるけれど、それ以上にこの蘭が蘭の中でも水が好きで、水やりが簡単そうだったこと。(わたしにとっては乾かし気味に管理する、ということのほうが難しいので。)
それから寒さにとても強い蘭だということ。(それなら冬越しも楽かもしれない。)
要は、わたしみたいな蘭の初心者にとっても育てやすそうな蘭だったということだ。
そして何よりゴージャスじゃないこと!
蘭といって、ふつう人が思い浮かべるのは胡蝶蘭みたいな華やかな花じゃないかと思う。
京都に行って夜、妹と高瀬川沿いを散歩していて目についたのも胡蝶蘭だった。
開店したばかりのお店の前はどこもかしこも、まるでお約束事みたいに胡蝶蘭のオンパレード。見事にみんなおなじ花。京都では、開店祝いの花といったら胡蝶蘭と決まってるんだろうか、と思ってしまったほどだ。
たしかに華やかだったけれど、夜目には夜の蝶みたいにも見えて、なんだかあだっぽかった。それに、これだけ見事な蘭の花をもらって、花が終ったあとはどうするんだろう、と思った。翌年おなじように咲かせられる人がいったいどれだけいるだろう。
もっとも、義理とか見栄の世界に植物の管理のことを持ち出すなど、ナンセンスかもしれないけれど。わたしなら胡蝶蘭より大きなオリーブやユーカリの木をもらったほうがずっといいな、と思った。
そんなわけなので、この原種はそんな華やかな世界からはほど遠い。
これくらい小さな鉢だったら、部屋の中に置いても邪魔にはならないし、ばらの中にあっても浮くことはないだろう。
小さくて白い花が、鉢からしなだれるように咲くところも可憐でいいと思う。
付いてきた説明書によればこの蘭は、スリランカからインドネシアを経て、フィジー諸島に至る広い範囲に分布している、とある。
これを買う前から原種の蘭が自生している写真をたくさん見ているのだけれど、その姿はちょっとこわいくらいにワイルドだった。
北の寒い国の森とはまたちがう、湿った熱帯雨林の野生、その命の輝きと神秘。
でも、これを機にわたしが蘭にハマることはないと思う。
その生育環境からいったら、ばらを植木鉢で育てること以上に蘭を小さな鉢で育てるのは、人工的で難しいことだと思えるから。
| 固定リンク
「season colors」カテゴリの記事
- 立川にできた緑のオアシス*(2021.04.01)
- 緑の桜(2021.04.01)
- 夜桜ひとり散歩(2021.03.23)
- 春分の日、宇宙元旦。(2021.03.20)
- 椿と桜(2021.02.27)
コメント