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2017年2月15日 (水)

父のがん検診とミリキタニの猫

17nishisinjyuku

去年、妹から父のがん検診の結果また肝臓に1センチ大のがんがみつかった、とメールがきたときには「またか」と思った。
延々繰り返されるデジャヴ。
母のときからずっと・・・・・・。
85歳と高齢であるため、もう外科的治療はこれが最後と決めてラジオ波を受けてから、わずか半年後の再発だった。
けっきょく、根本的な何かが変わらない限り、いまの西洋医学的治療では完治に至ることはほぼないし、また病院と縁が切れることもないのだと思う。
80になっても90になってもがんが見つかればすぐにオペか、それに準じる外科的治療を勧めるのがいまの大学病院で、それはわたしが読んだ本の中では『かつてはなかったことだ』とされていた。
病院が好きな人なんておおよそいないと思うけど、父も例外ではなく、がんの再発を知っても「もう、いいんじゃないの」「病院には行かない」といっていた。
その時点で妹の考えもわたしの考えもほぼ決まっていたと思う。
3ヶ月おきにCTをやるだって80を超えた人には過剰医療なんじゃないかという思いがあって、次の検査は血液検査だけにしてもらった。その血液検査の結果をもって今後どうするかを決めてください、と医師からはいわれていた。

それを決めるのが今日だった。
昨日までのあいだに妹とはなんどかやりとりして、アバウトなところは決めていた。
そのなかで、いくらボケているとはいえ父の前で生き死にに関わるような会話を医師としたくない、というわたしの言葉をうけて、わたしより先に血液検査のために父と病院に行っていた妹は、受付にその旨書いたメモを渡しておいてくれたという。
ちょっと前までは廊下の待合スペースに人があふれかえっていて毎回最低でも40分以上は待たされたこの病院も、いまは予約システムが入って順調に機能しているようで前ほど待たされることもなくなった。
診察室の電光掲示板に父の受付番号が表示されて3人で狭い診察室に入ると、わたしが初めて見る先生は気さくな感じに挨拶してから検査結果を説明してくれた。
わたしたちが用意していた考えは、検査結果が良くなかった場合どうするかということだったけれど、結果はがん数値も上がってないし、肝機能も悪くはない、というものだった。
それを聴いて妹もわたしも、とりあえずホッと息をついた。
「おとうさん、だいじょうぶだってよ」と、妹が父に向っていうと父の顔もほころんだ。
だから今日の場合はとくべつ必要でもなかったのだけれど、そこで看護師さんが気を利かせて父の腕をとり「血圧を量りにいきましょう」と診察室の外に連れ出してくれた。
そのおかげで短時間だったけれど医師とこころおきなく話すことができた。
我々の考えとしては病状に急激な変化でもない限り、基本的にはもうここでがんの外科的治療を受ける気はないこと。次の検査以降、定期検診についても家の近所の病院に移行させていただきたいこと、などなど。
これまでの担当医は1センチ大のがんがみつかるとすぐ外科的治療をいくつか挙げて、「これかこれか選択肢は2つしかない」という言い方だったけれど、今回の医師は「たしかに」と、わたしの言葉をうけて、「がんはいじればいじるほどこじれる傾向があります。何かされるとがんも負けてはいないから、必死になって細胞がだんだん変質していくんです。だから『がんがあっても何もしない』というのも間違った考えではない、選択肢として『あり』だと思いますよ」といった。
いったいこれまで母のときから何人の医師と話してきたかわからないけど、そんなことをいわれたのは初めてで、ちょっとびっくりした。
大学病院もだいぶ変わってきつつあるんだな、と思った。
でもすぐに医師は「もちろん」といった。
おとうさんの体力が回復されて、またオペをやってみようと気が変わられたときにはすぐにいってください。いつでもやりますから。

とりあえず経過観察で次回はCTとMRIを3ヶ月後に、ということで診察室をでた。
妹もわたしも今日の結果にホッとはしたけれど、ここまでくるまでにも妹にはいろいろな葛藤があった。父の今後のことを勤め先のクリニックの先生にお願いしたところ快諾してくれたものの「本当にそれでいいの?」と訊かれたらしい。
介護ベッドを借りて部屋のどこに置くかとか、ちゃんと考えていますか?
いずれ父は寝たきりになり、働きながら父を自宅で介護することになること。
生活がこれまでと一変すること。
最後は自宅で看取ることになることの覚悟がありますか? と ・・・・・。

すぐには答えられない重たい問題。
わたしとちがって妹は父とずっと一緒に暮らしているし、仕事柄介護福祉士の資格も取っているからわたしよりずっと知識も持っているし、それなりの想定も覚悟もしていると思う。
そして、すべてはそうなってしまってから考えるんじゃなくて、いまからしっかり、リアルに考えておかなきゃならない問題なのだろうとは思う。

でも。と、わたしはいった。
どれだけ想定したところで実際に起こることやそのとき自分が感じることは想像を越えたこと、それこそ想定外のことばかりなんだろうし、それに父は意外とぽっくり逝っちゃうかもしれないよ、と。
まあ、なんてひどい娘だろう! と、世間の人は思うかもしれないけれど85じゃなくたって様々な原因でぽっくり逝ってしまう人はたくさんいる。85ならいつ逝ってもおかしくない。
医師も肝臓がんを気にするより、これからは心筋梗塞や脳卒中、インフルエンザや風邪による肺炎に気をつけてください、といっていた。
妹も「そうなんだよね」といった。
いまから準備しておいたほうがいいこともいっぱいあるだろうけど、でもそのために妹は地域包括センターと繋がったりデイサービスや訪問介護を利用するようにしてきたのだから、あとは今の時点でできる最低限の準備をすればいいのではないか。
けっきょくのところ、人が一気にブレイクスルーするのなんて、いつもその当事者になったときだけなのだから。
そして楽観性をこそ処世術とする姉のわたしは父が苦しむことなくぽっくり逝くことを毎日祈ることにする。もちろん、それ以上に生きているいま、父が最大限にそれを楽しめたらいいのだけれど!!!

病院の会計を済ませるとまだお昼までには少し時間があって、例によって父は「お腹すかない」というんだろうと思って「ここで分かれようか」といったら、妹が父に「牡蠣フライ食べて帰ろうか?」といった。牡蠣は父の大好物なのだ。
それで近くのビルの飲食店で3人で牡蠣フライ定食を食べた。
そのあと、そこから普通の人の足だとそれほど遠くない場所で『ミリキタニの猫展』をやっていたので行ってみるかと訊いたら、父も行ってみてもいい、という。
今日はひさしぶりに外に出てきたし、今日はいい天気で暖かいし。
それになんたってミリキタニも80だったし父だって子供のころは絵が好きですごく上手かったんだし。

でも、それがとんでもなく大変だった!
西新宿から新宿駅南口まで出て全労済ホールに行くまでが。
やっとのことでたどり着くころには父は疲れて不愛想になり、全労済ホールの地B1ギャラリー『スペース・ゼロ』に降りる階段(階段しか使えなかった!)の前で尻込みして、「ここで待ってるからあんたたちだけ見てくればいい」という。
ギャラリーには椅子とテーブルが置かれているのが見えたからなんとかなだめてそこまで歩かせ、椅子に座らせる。
テーブルの上には何やら分厚いアルバムのようなものがあったから「それを見てたら?」というと、父は「興味が無い」と。

興味が無い。

でもいったいぜんたい、いまの父に興味があることってあるのかな?
ふつうの人は目に見えるもの、視界が変わったら自然と頭の中も変わるものだけど、それは健常者に限ったことなのか、父は視界がどんなに変わっても、誰が聞いていようといなかろうと、いつもとおんなじことを呟きつづけるだけ。
こういう父を連れて、わたしと妹はかねてより父の念願だった京都旅行を実現させようと計画中なのだけれど、はたしてそれって連れて行く側の単なる自己満足に過ぎないんじゃないかな。息子にそういったら、たとえ自己満足だったとしても行ったほうがいいし、それは自己満足には終わらない、といった。やさしい息子でよかったと思うけれど、想像するだけでため息が出てしまうのはたしか。

ミリキタニの猫展は、正確には『ジミー・ミリキタニ絵画展&写真展』というタイトルどおり、冬は極寒のニューヨークで路上生活をしていた80歳のミリキタニの写真と、彼が描いた絵で構成されていた。
映画『ミリキタニの猫』を渋谷で友達と見たのはもう10年前のことになるだろうか。
そのとき一緒に映画を見た友達はそのあと一気に人生の、というか運命の車輪が回転してしまって、わずか数ヶ月後に洋服のセレクトショップをはじめることになるのだけど、ほんとうに時が経つのはなんて早いんだろう。
あらためて静止した写真で見るとミリキタニの存在感は圧倒的で凄味があり、かつ、大都会ニューヨークの摩天楼の中に独りぽつねんと佇む姿はどこまでも孤独で儚げでもあり、どんな逆境にあっても打ち負かされることのなかったこの老人の信念の強さと反骨精神と描くことへの情熱に深く打たれた。
そんなファンキーでプライド高き超強がりのミリキタニの写真の中にたった1枚だけ、ふたつの大きな瞳を涙でうるませてじっと佇む写真があって(ただ単に寒くてそうなったのかもしれないけれど)、その目が家に帰りついても頭からずっと離れなかった。
何かで読んだけど、人は過酷な状況に置かれていればいるほど免疫力が高くなるそうだ。自分が具合が悪くても頼れる人があって金銭的にも何不自由なく、冬暖かくて夏涼しい、便利な生活をしている人間ほど心身ともに弱くなるのだとか。
でも、わたしはそれ以上に、自分で自分自身の健康を気遣うこともできなくなったとき、そして自分で自分のたのしみをつくる(クリエイトする)ことすらできなくなったとき人はボケるんじゃないかと思う。もっとも、西洋医学のエリート医師たちは「そんなの全然関係ないね!」というだろうけど。

このミリキタニの写真展&絵画展は、新宿全労済ビルのB1ギャラリー『スペース・ゼロ』で18日まで。

17mirikitani

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