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2017年2月18日 (土)

抹茶碗

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何故か知らないけど昔から二月はいろいろ大変なことが重なる月で、今年もやっぱりいろいろあって、気になりながら電話できないままでいたら先週むこうから電話がかかってきた。
わたしと誕生日がおなじ、あやこさん。
うちの個電はナンバー・ディスプレイだからすぐに誰だかわかって、電話に出るなり「わあ。あやこさん、元気?」といったら、「元気よ。あなたこそ元気?」といつもの声が返ってきてうれしくなった。
でも実をいうと一月は元気じゃなくて、夫のインフルエンザが移ってひと月寝ていたのよ、という。インフルエンザなんて一体どこからもらってきたの、と訊くと、あのひともプールに行ってるから、もしかしたらプールでもらってきたのかもねえ、と。
それであなたはいくつになったの、というから、わたしが歳をいうと、いままで若い若いと思ってたけど、あなたももうそんな歳になったのねえ。わたしなんか今年でもう82よ! わたし、ついに去年、お茶やめたのよ。言ったっけ。去年、表彰されたこと。そのとき紋付き着て行って、それでお終い。と、滔々としゃべる。
そのときの写真を見せてよ、といったら、いやだ。オバケみたいだから、あんなの人に見せられるようなもんじゃない、という。

それより去年、夫が叙勲されてね、皇居に招ばれて行ったときに色留袖を着て行ったんだけど、そのとき夫と庭を歩いてるところをカメラマンが写真に撮ってくれてね、それがいままで撮ったなかでいちばん自然だったからそれを遺影にすることにしたのよ。わたし、もう遺影だってちゃんと用意してあるんだから。と、相変わらずサバサバした勢いのある話し方。
叙勲なんて滅多にあることじゃないから、旦那さまは何で勲章をもらったの? と訊けば、知らない、とそっけなくいう。
まんまとお茶を濁された。
さすが、お茶の先生だけに。

それで、これまでつづけたお茶を辞めるにあたって家に大量にあるお道具を処分しなけりゃならないのだけど、わたし馬鹿だからお茶碗ひとつにしても買ったときのレシートを箱の中に一緒に入れてあってね、うっかりそんなもの見た日にゃ「ああ、こんなお茶碗ひとつ買うにもこんなにお金出して買ったんだ」とか思ったら、捨てられないのよ。生徒さんたちにはお茶碗2個ずつあげたんだけどね、というから、関係のないわたしがたいへん図々しいことをいうようだけど、もし処分してしまうのだったらわたしにも何かひとついただけませんか? といってみたら、あやこさんますます勢いよく、ぜんぜん図々しくなんかないわよ! あたりまえよ! じゃあ、それもこんど何か選んで持って行くわね、といった。
わたしが、殊勝な感じで、ありがとう、大事にします、といったら、大事になんかしなくていいのよ! どうせ練習用でたいしたものじゃないんだから、といって、あやこさんは、わたしは今週はまた行けないから、じゃあ来週の土曜日、プールの後にね! と言って電話が切れた。

思えばなんの血のつながりもない、ただおなじスイミングクラブのおなじレーンで泳いでいて、たまたま誕生日がおなじだったというだけの、自分の親ほども年の離れた人とこんなふうに親子みたいに、あるいは友達のように話せるっていうのも不思議なことだと思う。そして男でも女でも年齢に関係なく、そういう相手がわたしにとっては一番ありがたい。自分のままでいられて、ありのままをうけとめてもらえる。
昔、銭湯でのことを『裸のつきあい』といったけれど、いい歳の女がすっぴんで、スタイルが良くても悪くても水着を着て自分の身体を曝け出し、下手な泳ぎでカッコ悪いところやみっともないところを互いに見せあっているプールはある意味、裸のつきあいなんだと思う。
大人になってそういう場を持てたことはほんとによかったと思う。
あやこさんはもうスクールには来ていないけど、相変わらず下のジムでヨガをやりバランスボール体操をやり、フリーの時間にプールでけっこうたくさん泳いでいる。
この真冬に。82歳になったいまでも。
素晴らしいとしかいいようがない。

今日わたしがジャグジーも早々に着替えて下に降りて行くと、あやこさんはもう来ていてテーブルの前で座っていた。
抹茶碗の入った箱とチョコレートの入った紙袋を持って。
わたしは『かまわぬ』で買った巾着と豆源のお菓子を持って行った。
あけてみて、とあやこさんがさしだした箱は、吉祥寺にある茶道具の店『池上』のものだという。楽かと思っていたけど開けたら楽茶碗ではなかった。グレーの、これは美濃焼、だろうか。

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これはいちばん気に入っていて、よくお稽古で使った茶碗だという。
これくらいたっぷりしているとお茶を点てやすい、ということ。
そんなことをいいつつ茶碗を持っていたあやこさん、わたしがお茶のことを何も知らないと思ってか、あなた、こっちが前だからね! といってわたしの前に置いて見せた。さらに、お茶を点てるんじゃなくても、茶碗飾りにしてもいいのよ、と。
わたしが「茶碗飾り???」という顔をしてたら、なんだったら漬けもの入れてもいいのよ! だって。
やれやれ、すみません。なんにも知らなくて。
『茶の湯』というと、ずいぶん前に見た利休の映画を思い出す。
ものすごーく地味だけど、それこそ滋味あふれる興味深い映画だった。
一杯の茶に、一人の稀有な人間の生き方が美学が、そして時代や政治の力学、人間関係までもが詰まった時代劇。一杯の茶が、いまでいうところのパワー・ドリンクであった時代の話。
でも『Art of Tea』といったらもちろん、わたしにとってはさんざん聴き古したマイケル・フランクスのアルバムですけど(笑)

あやこさんからこれまでにも何度か聞いたことがあるけど、生徒ならともかく、お茶の教授ともなるとそれこそふつうの人が持っていないような季節ごとのお道具がたーくさんあって、しかも教授職の人にしか必要ないからそうそう譲ることも売ることもできないのだという。でも目利きが選んだ古いものともなれば現代ではもう作れないような意匠を凝らした高価なものもあって、そんなのますます捨てるに捨てられないだろうな、と思う。そういうの、二束三文じゃなくて、少なくとも心情的にだけでも手放す人の気持ちにかなったリサイクルの方法がないものだろうかと考えてしまう。

ともあれ、今年も無事に誕生日を祝えてよかった。
最近よく思い浮かぶ言葉に、以前人から言われた「すべてのはじまったことにはいつか終わりがくる」という言葉があるのだけれど、いまのところは、これがいつまでつづくかなんていうのは考えないことにしようと思う。

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