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2017年2月25日 (土)

寒緋桜と河津桜 *

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このあいだ日の暮れに娘と散歩していたら、春の蒼い夜に遠目にもぼおっと灯るように紅く見えて、いつの間にか桜が咲きはじめていたのに気づいた。
早咲きの寒緋桜と河津桜。
今年は年明け早々2ヶ月つづきでストレスつづきだったから、桜のことなんてすっかり頭から抜けてしまっていた。
誰が見ていなくたって季節が廻れば咲く時を知る花のたしかさ。
それは不安定で不確かな人間とはまるでちがう。

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遊歩道に植えられた何本もの桜のなかで、毎年この2本だけがまだ寒いうちに先頭を切って咲く。遠目にはもうほとんど赤みたいに見える濃い色の寒緋桜。
この樹が満開になるといつも様々な鳥が飛んできて蜜を吸う。
それから、寒緋桜ほど濃くはないけど、ソメイヨシノにくらべたらやっぱりずっとピンクの色が濃い河津桜。
花色が濃いせいでこんな曇天でも背景に沈まずになんとか撮れる。
毎年訪れる、プール帰りのわずかな花見時間。

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今日は近所の花屋に寄って桃の花を買って帰った。
このあたりでは昔からあるこの花屋の年配の店主が素晴らしくて、彼女はいつもとくべつに穏やかな空気をまとっていて、人と話すとき、お金をうけとるとき、かならず人の目を見てやさしく微笑しながらうけこたえをする。そのものやわらかな雰囲気はほかの人には滅多に感じないもので、それは「こんなふうに年をとれるなら年をとるのも悪くない」とわたしに思わせるようなものだ。
電車の中でよく見かける若くてきれいだけれど仏頂面をしたぞんざいな態度の女と、年はとっても品があって笑顔がやさしい素敵な女となら、わたしなら間違いなく後者のほうがいい。それがグッドエイジングってこと。ヨーロッパではもうとっくにエイジド、といって、年を重ねた女の美しさに注目が高まっているのに、この国はいつまで『若いことが全て』でいくのかしらねえ、まったく幼稚だよ、と息子と話す。
花屋の店主は花を買うといつも一言添えてくれるのだけど、今日は「もし、これからとても乾いたお部屋に入られるのなら、枝についた硬いつぼみに霧吹きをかけてからいけられると、硬いつぼみもふっくらしてきますよ」だった。
そのとおりにしてみたら、紫色に青ざめて縮こまったみたいだった硬いつぼみがふわっとしてきてピンクがのってきた。
素晴らしい。

まだ20代のはじめのころ、「いつか、髪が真っ白になったらピンクを着るの。そのときまでピンクは着ないでとっておく」といったYちゃんは今頃どうしてるかな。

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2017年2月24日 (金)

くころカフェさんの雑穀あんぱん

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今日はタイミングよく銀行に行った帰りにちょうど寄れたので、久しぶりに『くころカフェ』さんのパン。まだ昼過ぎだっていうのにかなりが売り切れていて、買えたのはこの新作の雑穀あんぱんといつもの厚焼きマフィン。
このところ娘があんぱんにハマっているみたいなんだけど、あんぱんといえば牛乳だよね。ふだんはまったく牛乳を飲まないわたしだけど、でも昔っからあんぱんといえば牛乳。
だってこれ以上あうものってないから。

くころカフェさんの雑穀あんぱんはハード系のもちっとした生地に雑穀が芳ばしく、たっぷり入った手作りあんこも程よい甘さでおいしかったです。こういうハード系のあんぱんって、意外と作ってるとこ少ないんじゃないかな。
いつも書いてるけど、くころカフェの順子さんの作るパンはとっても筋肉質で、発酵したときの生地の弾力がそのままかたちになってて見た目にもとても美しいパン。それはちょっと独特で、彼女がパン教室をやってるうちに作りかたを教えてもらっとくんだった。

そして今日は食後のフルーツもあればスウィーツもある。
こんがり焼けたおいしそうなフィナンシェ。
本日PAYDAYにつき。

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2017.02.24.AM 06:40.Morning sky.

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日の出がだいぶ早くなってきた。
今朝の日の出は6時18分で、ちょうどわたしが布団からやっと抜けだしたころらしい。
でもベランダにでるとあいにく空は分厚い雲に覆われていて、太陽はどこにも見えない。
見上げると、空の高いところに幾層もの雲が重なりあっていて、微妙にちがう色の雲が
織りなす空が美しかった。
写真は朝6時40分の空。
自分の目で見る空の美しさの半分も撮れてない。
それからアマテラスオオミカミをして、窓を開け放ってひたすら掃除。
26日の日食新月に向けて。

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2017年2月23日 (木)

鳥は何を?

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最近は早起きするためにできるだけ早く寝るようにしているのだけれど、昨夜はいろいろあって寝たのは2時だった。
朝、目覚ましのアラームが鳴って30分も過ぎてからやっとのことで起き、カーテンをあけてふと見たら、お隣のベランダのフェンスにヒヨドリ。
そおっと足音を偲ばせて近寄ってカメラを構えたけど、いつもなら人の気配ですぐに飛び立ってしまうのに、このヒヨ、何やら前方をじぃっと見つめたまま物思いにでも耽っているかのようにぼおっとしている。
部屋にカメラを置きに行って、それからいつものようにアマテラスオオミカミをして終わってもいなくならない。
今朝は飛蚊症もいちだんとひどくて、頭も重かったからそれからソルフェジオチューナー528を鳴らして身体の調整を試み、ベランダの死にそうなバラにも聞かせ、ヒヨドリにも聞かせてみたら、周波数を察知したのか、それまでじっと前を見ていたヒヨドリがしきりに首を傾げはじめた。
すると前方から仲間が飛来してきて、ヒヨドリは嘴を大きくあけて鋭く2回鳴いた。
いったいその小さな身体のどこにそんな大きな声が隠れていたの、ってくらいに。
わたしが七田眞の右脳開発に興味を持ったのは、右脳がひらかれると猫や犬や鳥や植物の言っていることがわかって、会話できるようになるということだった。
そんなことが日常的にできたらいいだろうな。
そんなことができたらわたしは人と会話するより彼らと話すことを選ぶんじゃないだろうか。ときどき、もうとうぶん誰とも会いたくないし、誰とも口をきかずに黙っていたい、と思うときがある。
いつだって口は災いの元だから。

日の暮れに疲れ果ててコンピュータの前から離れて、宇宙人みたいな歯科医から最近また『1日20分以上ゆっくり歩くこと』というあらたなミッションをもらった娘と散歩に出かけた。ちょっと先にある中央公園までゆっくり歩きはじめたら、ふいにまた風が強くなってきて、またしても春の嵐の様相。
春独特の青い夜空に裸木の細い枝が繊細に揺れてうつくしく、夜の林の中を轟々たる風の音を聞きながら髪をなぶられるままに「ああ、タンゴが聴きたい」と思った。
いつも書いているけど春はタンゴ。
あの鮮烈にして優雅な破壊力。
家に帰ってフェデリコ・ヴァジェホスのソロ・アルバムを聴いた。
ブエノスアイレス午前零時、ミロンガ・アズール、アディオス・ノニーノ、天使のミロンガ・・・・・・
馬鹿みたいに指で机を叩きながら頭を振って。

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2017年2月22日 (水)

カンパーニュでフレンチトースト

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もう大きくなってしまった子供と暮らしているといろいろあって、食事は自分の好きにしたい、という娘の意見で最近、お昼はそれぞれ勝手に食べることにした。
とはいえ、息子は基本なんにもしない人だから、息子と二人きりのときはいままで通りわたしが作る。でも家で仕事をしているとお昼を食べそこねるなんてしょっちゅうで、このあいだも気がついたらもう3時だった。お腹はすっかりすいてるし、体温が下がって手がつめたくなっている。とってもこれから買いものに行って作ってる暇なんかないから、あっちこっちガサガサやって見つけたのは残りもののカンパーニュと、バナナ2本と玉子1個とミルクがちょうど100cc。
ところがそれでフレンチトーストを作ってみたら、これがすごくおいしかった!
近所の天然酵母パン『グレイン』の作るみっちり重たいカンパーニュを厚切りにして作ったフレンチトーストは、弾力があってやわらかくなりすぎず、適度な塩気があるせいでパン自体の芳ばしさが引き立ってとてもおいしい。
そのときは時間がなかったから玉子液に漬けている時間が短くて、パンの端っこの分厚いところまでは液が沁みてなかったりしたけど、ちょっとした発見だった。
厚切りの食パン、硬くなったバゲット、これまでいろいろやってみたけど、カンパーニュで作るフレンチトーストがいちばんおいしいんじゃないかな。これなら数日たって硬くなったカンパーニュでもおいしく食べられる。

というわけで、息子が出勤したあとの今朝の娘とふたりの朝食はカンパーニュのフレンチトースト。
玉子1個にきび砂糖大さじ1を泡立て器でよく混ぜて、そこに牛乳100ccを入れてさらに混ぜ、バニラビーンズエッセンスを少々振った玉子液(というかもうほとんどプリン液)をバットにあけて、そこに厚切りにしたカンパーニュを入れて30分ほど置く。しっかりパンに玉子液が沁みてなくなったころにフライパンにバターひとかけの半分を入れて溶かし、パンを入れて、こんがり焼き色がつくまで焼く。残りのバターを入れて、もう片面も焼く。
バナナを切ってのせておいた皿にきれいに並べて、上から刻んだローストくるみを散らし、メープルシロップをかけて粉砂糖を振る。
今朝のは時間があったのでバージョンアップ版。
ひと手間かけるとまたいちだんとおいしいです。

ちなみにこのフレンチトースト、パンケーキよりAGEが低いそうです。
AGEとは、終末糖化産物糖化、つまり蛋白質と糖が加熱されてできた物質のこと。
AEGは老化を促進する原因物質で、体内で作られるのと、AGEを含んだ食物を食べることの二通りで体内に溜まっていくといわれているのだけれど、パンケーキもフレンチトーストもおなじように小麦粉、玉子、砂糖、牛乳、バターを使ってこんがり焼いて(メイラード反応が起きて)いるのにフレンチトーストのほうがAGEが低いとはどういうことなのか。よくわからない。
AGEを多く含んだもののトップがパンケーキやワッフルで、以下、フライドポテト、ポテトチップス、トンカツ・から揚げ、ベーコン ・・・・・・ とつづく。
みんな好きなものばかりで困るけど、体内でAGEを溜めないためには甘いものや揚げ物はできるだけ食べないようにしてグルテンを減らし、ベジファースト、よく噛む、食べ過ぎ厳禁・腹八分目をこころがけ、毎日適度に歩くなどの運動をする。
なんだか、おいしいものの話から仕事の話みたいになっちゃったけど、いつまでも若く健康で(できるだけ美しく)ありたいなら誰にとっても関係のある話。
AGEについてはこのサイトが詳しく述べています。

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2017年2月21日 (火)

3月のライオン来たる。

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昨夜はおっそろしい風だった。
去年の春はめずらしく強風が吹かなかったと思ったら、今年は2月のうちにもう3月のライオンがやって来たのかな。
それにしても激しい風の音って、どうしてあんなにも人の神経を逆撫でするんだろう。恐怖映画では問題の夜はいつも暴風雨。
外ではその風に負けじと猫たちが「ニャアアアアーーーオ、アアアアーオ、ウワァーアアアーオ!!!」と叫びまくっていてうるさいくらいだった。やっぱり風の日は猫も血が騒ぐのかな?
春が穏やかで平和なのってよく晴れた日の日だまりくらいで、春はいつもどこか不穏で不安定で、ちょっとグロテスク。
わたしにとって春ってそういう季節。
う、う、う、生まれる~~! ・・・・・・ みたいな。
何が生まれるかはわからない。

本日、母の祥月命日。
あの日は西高東低のよく晴れた朝で、空が虚しくなるほど青くてきれいだった。
きっと死ぬまで今日の空を忘れないだろうと思ったけれど、きっと死ぬまで忘れないんだろう。
あれから17年。
父も年をとったし、わたしも妹も年をとった。
去年の前半は他人の家族や自分の家族、友人のことなんかでずっと死について考えていたけど、今年は終いについて考えている。
生きている間は生と死のコントラストははっきりしているけれど、だんだん年をとるごとにそれも曖昧になっていって、いつか自然に消え入るように向こうにいけたらいいね。願わくはディック・ブルーナさんみたいに。

仕事を終えたら今日はお墓参りに行くつもりだったけど午後になってあきらめた。
今日も風がとても強くて。

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2017年2月19日 (日)

最後のくるみパフェ

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飲食店が提供する、あるひとつのメニューができあがるまでにも、いろんなストーリーがあるんだなあ、と思う。
それはそうか。
人が作ってるんだものね。
たとえばクルミドコーヒーさんの『くるみパフェ』は、『長野県東御市で出会った「胡桃の木」のどっしりとしたたたずまいが忘れられず、そんな景色が思い浮かぶような、まるごとくるみづくしのパフェが作りたい!』と思って作ったそうです。
その絶品くるみパフェが諸事情により、これまでのかたちで作れるのは今年限りになりそう、というのを知って、なくなっちゃう前にもういちど食べたい! と娘とクルミドコーヒーに行ってきました。
待つこと必至なので家を出る前に電話してウェイティングリストに名前を載せてもらって。

そのおかげでスムースに店に入ることができて席に着いてみると・・・・・・
みなさん思いは一緒。
ほとんどの方がくるみパフェを食べていて可笑しかった。
この寒いときにパフェ! 
と思うかもしれないけれど、これがほんとにおいしいんです。
くるみがたっぷり入った自家製くるみアイスに、くるみのはちみつ漬け、くるみのタフィ、くるみのリキュールを使ったプリンに生クリームにナッツとドライフルーツともう、くるみ好きにはたまらないくるみ尽くしのパフェ!
黙々と無言で夢中で食べて、わたしより遅く食べ終わった娘が「これ、もうひとつ食べたい」といいました。たしか前もおんなじこといった!
さすがにわたしはこれひとつでじゅうぶんだけど、その気持ちはわかります。
歩いてこられる距離だったら間違いなくあと1回は食べに来てしまいそうです。
来年からはまたかたちを変えて趣向を変えて作られるかもしれないけれど、これを食べられるのは今年が最後。
しっかり味わいました。
今年もおいしかった!!!

くるみパフェは期間限定で、今月26日(日曜)まで。
そしてニュースは、3月20日、国分寺北口に姉妹店の『胡桃堂喫茶店』がオープンするそうです。
会計のときスタッフに、「クルミドコーヒーとおなじコンセプトですか?」と訊いたら、名前の通り、もうすこし和風寄りの感じで、店内に古本屋やワークショップスペースなどもあり、『自分の足もとを見る』というようなこともコンセプトに盛り込んだお店になる予定です、と丁寧に教えてくれました。
国分寺のほうが乗り換えがひとつなくて近いし、珈琲と手のかかった自然な味の軽食とデザート、それに本にモノづくりスペース、となったら願ったりかなったりなので、こちらもオープンが楽しみに待ちたいです。
徐々にひとりの自由な時間を増やしたいわたしにとって、わりとよく行く国分寺にあたらしい喫茶店ができるって最高!

さて、いつもは動物のことが多い会計票がわりの木製おもちゃ。
今日はマトリョーシカ(ヒゲあるけど)みたいな人形でした。

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2017年2月18日 (土)

抹茶碗

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何故か知らないけど昔から二月はいろいろ大変なことが重なる月で、今年もやっぱりいろいろあって、気になりながら電話できないままでいたら先週むこうから電話がかかってきた。
わたしと誕生日がおなじ、あやこさん。
うちの個電はナンバー・ディスプレイだからすぐに誰だかわかって、電話に出るなり「わあ。あやこさん、元気?」といったら、「元気よ。あなたこそ元気?」といつもの声が返ってきてうれしくなった。
でも実をいうと一月は元気じゃなくて、夫のインフルエンザが移ってひと月寝ていたのよ、という。インフルエンザなんて一体どこからもらってきたの、と訊くと、あのひともプールに行ってるから、もしかしたらプールでもらってきたのかもねえ、と。
それであなたはいくつになったの、というから、わたしが歳をいうと、いままで若い若いと思ってたけど、あなたももうそんな歳になったのねえ。わたしなんか今年でもう82よ! わたし、ついに去年、お茶やめたのよ。言ったっけ。去年、表彰されたこと。そのとき紋付き着て行って、それでお終い。と、滔々としゃべる。
そのときの写真を見せてよ、といったら、いやだ。オバケみたいだから、あんなの人に見せられるようなもんじゃない、という。

それより去年、夫が叙勲されてね、皇居に招ばれて行ったときに色留袖を着て行ったんだけど、そのとき夫と庭を歩いてるところをカメラマンが写真に撮ってくれてね、それがいままで撮ったなかでいちばん自然だったからそれを遺影にすることにしたのよ。わたし、もう遺影だってちゃんと用意してあるんだから。と、相変わらずサバサバした勢いのある話し方。
叙勲なんて滅多にあることじゃないから、旦那さまは何で勲章をもらったの? と訊けば、知らない、とそっけなくいう。
まんまとお茶を濁された。
さすが、お茶の先生だけに。

それで、これまでつづけたお茶を辞めるにあたって家に大量にあるお道具を処分しなけりゃならないのだけど、わたし馬鹿だからお茶碗ひとつにしても買ったときのレシートを箱の中に一緒に入れてあってね、うっかりそんなもの見た日にゃ「ああ、こんなお茶碗ひとつ買うにもこんなにお金出して買ったんだ」とか思ったら、捨てられないのよ。生徒さんたちにはお茶碗2個ずつあげたんだけどね、というから、関係のないわたしがたいへん図々しいことをいうようだけど、もし処分してしまうのだったらわたしにも何かひとついただけませんか? といってみたら、あやこさんますます勢いよく、ぜんぜん図々しくなんかないわよ! あたりまえよ! じゃあ、それもこんど何か選んで持って行くわね、といった。
わたしが、殊勝な感じで、ありがとう、大事にします、といったら、大事になんかしなくていいのよ! どうせ練習用でたいしたものじゃないんだから、といって、あやこさんは、わたしは今週はまた行けないから、じゃあ来週の土曜日、プールの後にね! と言って電話が切れた。

思えばなんの血のつながりもない、ただおなじスイミングクラブのおなじレーンで泳いでいて、たまたま誕生日がおなじだったというだけの、自分の親ほども年の離れた人とこんなふうに親子みたいに、あるいは友達のように話せるっていうのも不思議なことだと思う。そして男でも女でも年齢に関係なく、そういう相手がわたしにとっては一番ありがたい。自分のままでいられて、ありのままをうけとめてもらえる。
昔、銭湯でのことを『裸のつきあい』といったけれど、いい歳の女がすっぴんで、スタイルが良くても悪くても水着を着て自分の身体を曝け出し、下手な泳ぎでカッコ悪いところやみっともないところを互いに見せあっているプールはある意味、裸のつきあいなんだと思う。
大人になってそういう場を持てたことはほんとによかったと思う。
あやこさんはもうスクールには来ていないけど、相変わらず下のジムでヨガをやりバランスボール体操をやり、フリーの時間にプールでけっこうたくさん泳いでいる。
この真冬に。82歳になったいまでも。
素晴らしいとしかいいようがない。

今日わたしがジャグジーも早々に着替えて下に降りて行くと、あやこさんはもう来ていてテーブルの前で座っていた。
抹茶碗の入った箱とチョコレートの入った紙袋を持って。
わたしは『かまわぬ』で買った巾着と豆源のお菓子を持って行った。
あけてみて、とあやこさんがさしだした箱は、吉祥寺にある茶道具の店『池上』のものだという。楽かと思っていたけど開けたら楽茶碗ではなかった。グレーの、これは美濃焼、だろうか。

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これはいちばん気に入っていて、よくお稽古で使った茶碗だという。
これくらいたっぷりしているとお茶を点てやすい、ということ。
そんなことをいいつつ茶碗を持っていたあやこさん、わたしがお茶のことを何も知らないと思ってか、あなた、こっちが前だからね! といってわたしの前に置いて見せた。さらに、お茶を点てるんじゃなくても、茶碗飾りにしてもいいのよ、と。
わたしが「茶碗飾り???」という顔をしてたら、なんだったら漬けもの入れてもいいのよ! だって。
やれやれ、すみません。なんにも知らなくて。
『茶の湯』というと、ずいぶん前に見た利休の映画を思い出す。
ものすごーく地味だけど、それこそ滋味あふれる興味深い映画だった。
一杯の茶に、一人の稀有な人間の生き方が美学が、そして時代や政治の力学、人間関係までもが詰まった時代劇。一杯の茶が、いまでいうところのパワー・ドリンクであった時代の話。
でも『Art of Tea』といったらもちろん、わたしにとってはさんざん聴き古したマイケル・フランクスのアルバムですけど(笑)

あやこさんからこれまでにも何度か聞いたことがあるけど、生徒ならともかく、お茶の教授ともなるとそれこそふつうの人が持っていないような季節ごとのお道具がたーくさんあって、しかも教授職の人にしか必要ないからそうそう譲ることも売ることもできないのだという。でも目利きが選んだ古いものともなれば現代ではもう作れないような意匠を凝らした高価なものもあって、そんなのますます捨てるに捨てられないだろうな、と思う。そういうの、二束三文じゃなくて、少なくとも心情的にだけでも手放す人の気持ちにかなったリサイクルの方法がないものだろうかと考えてしまう。

ともあれ、今年も無事に誕生日を祝えてよかった。
最近よく思い浮かぶ言葉に、以前人から言われた「すべてのはじまったことにはいつか終わりがくる」という言葉があるのだけれど、いまのところは、これがいつまでつづくかなんていうのは考えないことにしようと思う。

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2017年2月17日 (金)

春一番 ***

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ベランダでは一年中ラフィアの帽子をかぶってる。
これ以上紫外線にやられてシミ・ソバカスを増やしたくないから。
でも今日は春一番が吹いて外はすごい強風だから、頭がボーボーになるのが嫌でマチュアーハの帽子をかぶって、「ほら! もう夏だよ!」なんて息子にいっている。
まだ2月なのに。
でも昔っから2月も半ばを過ぎると綿の入った通称『相撲コート』の下はいきおい半袖のアロハだったりして、わたしが2月から夏だ夏だと騒ぐのはいまにはじまったことじゃないか、と思う。それに実際、最近の異常気象ときたら、ついこのあいだまでストーブつけて寒い寒いといってたと思ったらもうクーラーつけて暑い暑いか、と思うほど季節の廻りかたも気温の寒暖差も激しいから、冬が終わった途端もう夏だというのもあながち極端ではないのかも。

外にでると大気はむわん、と暖かい。
最高気温21度の今日ばかりは2月で薄着でもちっとも寒くない。
お昼の買いものに行ったついでに和菓子屋に寄って、桜餅と道明寺と花見饅頭のどれにしようか散々迷って店のおばさんに笑われた。
家に帰ると即座に目がチカチカして鼻の奥がムズムズして思わず、くしゃみ!
さっそく花粉をお見舞いされた。

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2017年2月15日 (水)

父のがん検診とミリキタニの猫

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去年、妹から父のがん検診の結果また肝臓に1センチ大のがんがみつかった、とメールがきたときには「またか」と思った。
延々繰り返されるデジャヴ。
母のときからずっと・・・・・・。
85歳と高齢であるため、もう外科的治療はこれが最後と決めてラジオ波を受けてから、わずか半年後の再発だった。
けっきょく、根本的な何かが変わらない限り、いまの西洋医学的治療では完治に至ることはほぼないし、また病院と縁が切れることもないのだと思う。
80になっても90になってもがんが見つかればすぐにオペか、それに準じる外科的治療を勧めるのがいまの大学病院で、それはわたしが読んだ本の中では『かつてはなかったことだ』とされていた。
病院が好きな人なんておおよそいないと思うけど、父も例外ではなく、がんの再発を知っても「もう、いいんじゃないの」「病院には行かない」といっていた。
その時点で妹の考えもわたしの考えもほぼ決まっていたと思う。
3ヶ月おきにCTをやるだって80を超えた人には過剰医療なんじゃないかという思いがあって、次の検査は血液検査だけにしてもらった。その血液検査の結果をもって今後どうするかを決めてください、と医師からはいわれていた。

それを決めるのが今日だった。
昨日までのあいだに妹とはなんどかやりとりして、アバウトなところは決めていた。
そのなかで、いくらボケているとはいえ父の前で生き死にに関わるような会話を医師としたくない、というわたしの言葉をうけて、わたしより先に血液検査のために父と病院に行っていた妹は、受付にその旨書いたメモを渡しておいてくれたという。
ちょっと前までは廊下の待合スペースに人があふれかえっていて毎回最低でも40分以上は待たされたこの病院も、いまは予約システムが入って順調に機能しているようで前ほど待たされることもなくなった。
診察室の電光掲示板に父の受付番号が表示されて3人で狭い診察室に入ると、わたしが初めて見る先生は気さくな感じに挨拶してから検査結果を説明してくれた。
わたしたちが用意していた考えは、検査結果が良くなかった場合どうするかということだったけれど、結果はがん数値も上がってないし、肝機能も悪くはない、というものだった。
それを聴いて妹もわたしも、とりあえずホッと息をついた。
「おとうさん、だいじょうぶだってよ」と、妹が父に向っていうと父の顔もほころんだ。
だから今日の場合はとくべつ必要でもなかったのだけれど、そこで看護師さんが気を利かせて父の腕をとり「血圧を量りにいきましょう」と診察室の外に連れ出してくれた。
そのおかげで短時間だったけれど医師とこころおきなく話すことができた。
我々の考えとしては病状に急激な変化でもない限り、基本的にはもうここでがんの外科的治療を受ける気はないこと。次の検査以降、定期検診についても家の近所の病院に移行させていただきたいこと、などなど。
これまでの担当医は1センチ大のがんがみつかるとすぐ外科的治療をいくつか挙げて、「これかこれか選択肢は2つしかない」という言い方だったけれど、今回の医師は「たしかに」と、わたしの言葉をうけて、「がんはいじればいじるほどこじれる傾向があります。何かされるとがんも負けてはいないから、必死になって細胞がだんだん変質していくんです。だから『がんがあっても何もしない』というのも間違った考えではない、選択肢として『あり』だと思いますよ」といった。
いったいこれまで母のときから何人の医師と話してきたかわからないけど、そんなことをいわれたのは初めてで、ちょっとびっくりした。
大学病院もだいぶ変わってきつつあるんだな、と思った。
でもすぐに医師は「もちろん」といった。
おとうさんの体力が回復されて、またオペをやってみようと気が変わられたときにはすぐにいってください。いつでもやりますから。

とりあえず経過観察で次回はCTとMRIを3ヶ月後に、ということで診察室をでた。
妹もわたしも今日の結果にホッとはしたけれど、ここまでくるまでにも妹にはいろいろな葛藤があった。父の今後のことを勤め先のクリニックの先生にお願いしたところ快諾してくれたものの「本当にそれでいいの?」と訊かれたらしい。
介護ベッドを借りて部屋のどこに置くかとか、ちゃんと考えていますか?
いずれ父は寝たきりになり、働きながら父を自宅で介護することになること。
生活がこれまでと一変すること。
最後は自宅で看取ることになることの覚悟がありますか? と ・・・・・。

すぐには答えられない重たい問題。
わたしとちがって妹は父とずっと一緒に暮らしているし、仕事柄介護福祉士の資格も取っているからわたしよりずっと知識も持っているし、それなりの想定も覚悟もしていると思う。
そして、すべてはそうなってしまってから考えるんじゃなくて、いまからしっかり、リアルに考えておかなきゃならない問題なのだろうとは思う。

でも。と、わたしはいった。
どれだけ想定したところで実際に起こることやそのとき自分が感じることは想像を越えたこと、それこそ想定外のことばかりなんだろうし、それに父は意外とぽっくり逝っちゃうかもしれないよ、と。
まあ、なんてひどい娘だろう! と、世間の人は思うかもしれないけれど85じゃなくたって様々な原因でぽっくり逝ってしまう人はたくさんいる。85ならいつ逝ってもおかしくない。
医師も肝臓がんを気にするより、これからは心筋梗塞や脳卒中、インフルエンザや風邪による肺炎に気をつけてください、といっていた。
妹も「そうなんだよね」といった。
いまから準備しておいたほうがいいこともいっぱいあるだろうけど、でもそのために妹は地域包括センターと繋がったりデイサービスや訪問介護を利用するようにしてきたのだから、あとは今の時点でできる最低限の準備をすればいいのではないか。
けっきょくのところ、人が一気にブレイクスルーするのなんて、いつもその当事者になったときだけなのだから。
そして楽観性をこそ処世術とする姉のわたしは父が苦しむことなくぽっくり逝くことを毎日祈ることにする。もちろん、それ以上に生きているいま、父が最大限にそれを楽しめたらいいのだけれど!!!

病院の会計を済ませるとまだお昼までには少し時間があって、例によって父は「お腹すかない」というんだろうと思って「ここで分かれようか」といったら、妹が父に「牡蠣フライ食べて帰ろうか?」といった。牡蠣は父の大好物なのだ。
それで近くのビルの飲食店で3人で牡蠣フライ定食を食べた。
そのあと、そこから普通の人の足だとそれほど遠くない場所で『ミリキタニの猫展』をやっていたので行ってみるかと訊いたら、父も行ってみてもいい、という。
今日はひさしぶりに外に出てきたし、今日はいい天気で暖かいし。
それになんたってミリキタニも80だったし父だって子供のころは絵が好きですごく上手かったんだし。

でも、それがとんでもなく大変だった!
西新宿から新宿駅南口まで出て全労済ホールに行くまでが。
やっとのことでたどり着くころには父は疲れて不愛想になり、全労済ホールの地B1ギャラリー『スペース・ゼロ』に降りる階段(階段しか使えなかった!)の前で尻込みして、「ここで待ってるからあんたたちだけ見てくればいい」という。
ギャラリーには椅子とテーブルが置かれているのが見えたからなんとかなだめてそこまで歩かせ、椅子に座らせる。
テーブルの上には何やら分厚いアルバムのようなものがあったから「それを見てたら?」というと、父は「興味が無い」と。

興味が無い。

でもいったいぜんたい、いまの父に興味があることってあるのかな?
ふつうの人は目に見えるもの、視界が変わったら自然と頭の中も変わるものだけど、それは健常者に限ったことなのか、父は視界がどんなに変わっても、誰が聞いていようといなかろうと、いつもとおんなじことを呟きつづけるだけ。
こういう父を連れて、わたしと妹はかねてより父の念願だった京都旅行を実現させようと計画中なのだけれど、はたしてそれって連れて行く側の単なる自己満足に過ぎないんじゃないかな。息子にそういったら、たとえ自己満足だったとしても行ったほうがいいし、それは自己満足には終わらない、といった。やさしい息子でよかったと思うけれど、想像するだけでため息が出てしまうのはたしか。

ミリキタニの猫展は、正確には『ジミー・ミリキタニ絵画展&写真展』というタイトルどおり、冬は極寒のニューヨークで路上生活をしていた80歳のミリキタニの写真と、彼が描いた絵で構成されていた。
映画『ミリキタニの猫』を渋谷で友達と見たのはもう10年前のことになるだろうか。
そのとき一緒に映画を見た友達はそのあと一気に人生の、というか運命の車輪が回転してしまって、わずか数ヶ月後に洋服のセレクトショップをはじめることになるのだけど、ほんとうに時が経つのはなんて早いんだろう。
あらためて静止した写真で見るとミリキタニの存在感は圧倒的で凄味があり、かつ、大都会ニューヨークの摩天楼の中に独りぽつねんと佇む姿はどこまでも孤独で儚げでもあり、どんな逆境にあっても打ち負かされることのなかったこの老人の信念の強さと反骨精神と描くことへの情熱に深く打たれた。
そんなファンキーでプライド高き超強がりのミリキタニの写真の中にたった1枚だけ、ふたつの大きな瞳を涙でうるませてじっと佇む写真があって(ただ単に寒くてそうなったのかもしれないけれど)、その目が家に帰りついても頭からずっと離れなかった。
何かで読んだけど、人は過酷な状況に置かれていればいるほど免疫力が高くなるそうだ。自分が具合が悪くても頼れる人があって金銭的にも何不自由なく、冬暖かくて夏涼しい、便利な生活をしている人間ほど心身ともに弱くなるのだとか。
でも、わたしはそれ以上に、自分で自分自身の健康を気遣うこともできなくなったとき、そして自分で自分のたのしみをつくる(クリエイトする)ことすらできなくなったとき人はボケるんじゃないかと思う。もっとも、西洋医学のエリート医師たちは「そんなの全然関係ないね!」というだろうけど。

このミリキタニの写真展&絵画展は、新宿全労済ビルのB1ギャラリー『スペース・ゼロ』で18日まで。

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2017年2月14日 (火)

Happy valentines ♡

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義理チョコくらいでも買わなくなってもう何年になるだろう?
うちには男の子が1人いるけど、あまいものに節度があるのはこの息子だけで、娘もわたしもチョコホリックなので2月はチョコレートの月です。
でもチョコレートを食べすぎると毎年かならずといっていいくらい次の月から胃の調子がおかしくなって花粉症がひどくなるから、食べ過ぎは禁物。
あまいものは1日1回と決めて、それ以上は食べない。
チョコレートにつきものの珈琲も1日2杯まで。
ストレスホルモンのコルチゾールが出過ぎるから。
それに血液中のカフェインやコルチゾールが完全に処理されるまでには9時間かかるといわれるからできるだけ午後遅くに珈琲は飲まない。(睡眠の質が下がる。でもこれはなかなか難しい。)
なんでも『ちょっと愛して。ながーく愛して』の精神が必要。(たぶん)

そんなわけで、バレンタインの今日のおやつは、家族みんなの大好きなノア・ドゥ・ブールの焼きたてフィナンシェ。
これは期間限定のフィナンシェ・オ・ショコラ。
香り高いチョコレート味の生地に刻んだピスタチオとカカオニブフライがトッピングされ、ゲランドの塩味がきいて絶妙な味。
あま過ぎず、かといって甘さ控えめ、というのでもなく。
とにかくここのフィナンシェは外がカリっとしていてフィナンシェ独特のもっちりした食感がなんともいえず、もう焼き菓子はこのノア・ドゥ・ブールオーブン・ミトンがあればいいや、なんて思ってしまうわたしです。
といっても滅多に買わない、スペシャルおやつ。

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2017年2月12日 (日)

味噌の寒仕込み完了!

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右の大きなボウルに入っているのは、味噌を作るために塩きりした玄米麹です。
今年の麹は、群馬県沼田市白沢の金井農園さんが丹精込めて育てた有機コシヒカリを福井のマルカワみそが玄米麹に仕上げたという、そら屋オリジナル。
去年はどうだったっけかな、といまこのブログを見たら、去年はなんとアップしてなかった。たぶん、味噌を作るだけで疲れ果ててしまったものと思はれる。
して、左のグレン・グールドのCDは今回の味噌作りのBGMでした。
なんたって大豆が煮上がった後は延々豆をつぶす単純作業がつづくので、沈黙だとツライ。毎年の味噌作りの相棒である娘に「何か聴きたいものある?」と訊いたら「歌が入ってないの」ときたから「さすが。わかってらっしゃる!」(人間の声を延々聴くのは疲れる)と思ったのだけど、あいにくノー・アイディアでした。
あんましこれはあわなかったね。

前にも書いたと思うけど、味噌作りの最大のコツ、というかポイントは、いかに大豆をやわらかく煮るか、です。すべてはそれにかかっているといってもいいくらい。
味噌作りでいちばん大変で疲れるのが煮上がった大豆をつぶすことだから。
豆が硬いと苦労する。だいいち、なめらかに仕上がらない。
今年は先月開けた味噌が意外と少なく感じたことから大豆をちょこっとだけ増やしたのだけれど、たかが300グラム程度増やしただけでもけっこう大変に感じました。
その理由のひとつには、今年はフードプロセッサーをまったく使わずにポテトマッシャーと擂り鉢・スリコギだけでつぶしたということもあると思う。
でも今年の味噌団子は固めで、いいお味噌ができそうです。

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午前中から大豆をふたつの鍋で煮はじめて、味噌団子ができるころにはもう夕方。
今回もカビが生えないように、味噌団子を詰め終わった後は分量外の塩を撒いて板酒粕でぴっちり蓋をして、さらにその上からぴっちりラップで覆いました。
重石はいつもの重めの皿と、100円で買える1キロ入りの塩袋。
今年も無事に味噌の寒仕込みが完了しました。

それにしても、、、、、、はぁ~、疲れた。もう、くたくた。肩イタイ。
たぶん、この分だと今夜も肩が痛くて眠れないこと必至。
わたしの母はなんでもやる人だったけど、味噌作りはしなかった。
たぶん、いま生きててもやらないと思う。
わたしがやってるのを横目で見ながら、「よくやるわねえ、そんなこと」っていうだろうなあ、と娘といいながら作りました。
これから流しの下で寝かすこと10ヶ月から1年。
今回もいいお味噌ができますように!

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今年使った材料(個人的覚え書き)

大豆(麦ダンス農園/ナカセンナリ)      1333グラム(864円)
玄米麹(マルカワみそ)              2000グラム(3300円)
塩(ヒマラヤブレンドパウダー)         610グラム(610円)
酒粕(大和川酒造)                4枚(292円)
*予想仕上がり量                 6キロ弱

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二月の花

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2週間ぶりにプールで泳いだ夜はいつもにも増して肩関節痛がひどくて、昨日は肩にエネルギーシールを貼っていたから湿布も貼れず、布団に入ってからずいぶん長いことあっちを向いたりこっちを向いたり、パワーストーンを握って呪文を唱えたり身体の中をエネルギーが走り回るのを感じたりしながら眠りについた。
そんなふうだから朝もなかなか起きれずに、目覚ましが鳴ってから約1時間後に布団から身体をひっぺがしてベランダでアマテラスオオミカミをした。
気温はいまが底なのかと思うけれど、それでも窓をあけっぱなしにして掃除をした。

食卓の花が絞りのラナンキュラスから絞りのカーネーションに変わった。
自分で買ったのといただいたのと。
この緑のつぼの先に花びらがついたみたいな変わった花はなんていうんだろう?

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こういうちょっととぼけた花を選んでくるところがコトリ花店、りかさんのユニークでおもしろいところ。
今日も寒いけど気持ちのいい、晴れ。

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ウェイクアップ・コール

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時は片時も止まっていなくて、ひとたび満ちた月は満ちた端からまた欠けていく。
移ろうひかり。時間。
彼女のことは今日から『ウェイクアップ・コール』と呼ぶことにした。
そうすれば物言いに乱暴で意地悪なところがあっても、全ては人の目を覚ますために現れた人なんだと思えば、それさえありがたいと思えるかもしれない。
欠けていく月とともに自分の中にあるよけいなものも捨ててしまおう。
さよなら、昨日までのわたし。

写真は、『ウェイクアップ・コール』といったらこの石。
わたしの宝物のハーキマー・ダイアモンド☆

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2017年2月11日 (土)

押し花、パルマすみれと月食満月 *

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いつだったか深夜のJAZZバーで、わたしが子どもだったころは子どもの小学校の入学祝に百科事典を送るのがブームだった、という話をしたら、そこにいたわたしより一世代上の男性たちから、たしかにそうだった、百科事典なんてのもいまじゃあんまり見かけなくなったけど、懐かしいね、という反応が返ってきた。
でも彼らは一様に、分厚い百科事典を親にねだって一冊買ってもらうのがやっとで、わたしが10巻以上揃った百科事典を本棚にずらっと並べていたというと、そりゃずいぶんお金持ちの家だね、なんていうのだった。
でも、わたしの家はお金持ちでもなんでもなくて、ただ単に母は6人きょうだいのいちばん上の長女で、下はぜんぶ弟で、わたしにとっては叔父であるその弟たちがみんな社会人になってバリバリ働きはじめたころに最初の子ども(祖母にとっては初孫)であるわたしが生まれたから、小学校の入学祝いが豪華だったというだけの話なんである。
そして、それはまったくもってわたしには猫に小判のようなしろものであった。
わたしが熱心に見たのは植物図鑑と動物図鑑と人体図鑑くらいで、あとはほとんど開いてもみなかったんじゃなかろうか。
なかでも一番よく眺めたのは植物図鑑で、巻末にある五十音順の索引を、頭からぜんぶ暗記しようと試みたくらいだった。わたしは母に『鉄砲玉』と呼ばれるとおり、いったん家を出たら一日原っぱで遊んでいるような子どもだったからである。外で自分が目にする植物の名前がぜんぶわかるようになりたかった。
そのころ仲の良かった友達というのも、クラスのみんなから『ハカセ』と呼ばれる植物と生きものにやたらと詳しい、いまでいうところの眼鏡男子だった。
そんなわけで、あの立派な百科事典がその後どういう末路をたどったかはいまとなってはまったく記憶にないけれど、開いても見ない事典の多くは、よく押し花をつくるのに使用された。原っぱでとってきた、子どもの自分としてはめずらしい、きれいな植物を残しておくために。
押し花なんて地味だけど、いまでもなかなかかわいらしい趣味だと思う。

誕生日に娘にもらった花がだめになってきたので、そんな昔を思い出して今日ひさしぶりに押し花をつくることにした。
わたしの愛用品、和紙のレターペーパーで絞りのラナンキュラスを丁寧に挟んで、親友マリコにもらった分厚い『辞林』に挟んでさらにその上に本を積み上げた。
最初はどれくらい置いた後にひろげてみるんだったっけ?
挟んだ紙はその都度とりかえるんだったよね?
きれいにできたら紙に貼って、コラージュでもつくってみようか。
そんなイマジネーションにひたるのが好き。
いつでもひとり遊びは好き。

先週行けなかったから今日、2週間ぶりのプール。
帰りにパンダ目で花屋に寄って、予約していたパルマすみれをうけとった。
明日までコトリ花店ではこの時期恒例の『すみれの花の砂糖ずけ』というイベントをやっています。

本日、月食満月。
ここからわたしはひたすら断捨離です。
物理的にも、精神的にも。

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2017年2月 9日 (木)

雪の日のお昼ごはん

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朝おきたときは小雪が舞う程度だったけど、それはだんだん紙を千切ったようなぼたん雪になり、粉雪になり、絶え間なくしんしんと降りつづけている。
気温がそれほど低くないから(といっても予報では5℃)積もりそうにはないけど、窓の外はすっかり冬景色だ。

そんな日のお昼ごはんは、先日CONTEXT-s(ing企画)で買ってきた『やわい屋』さんの無農薬コシヒカリで炊いたタケノコごはんに切り干し大根とにんじんのきんぴら、大根と油揚げのお味噌汁。
昨夜はこれにブリの照り焼きとインゲンのごま和えがあったけれど、お昼はこんなんでじゅうぶん。
お金をだして外で外食するより、わたしはこんなのがすっかり落ち着くようになりました。

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2017年2月 8日 (水)

バースデー・フラワーと今日のオラクル*

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食卓に花がある。
娘がわたしの誕生日に買ってきてくれた花。

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そのままコサージュにしたいような、かわいい絞りのラナンキュラス。
こんな絞りのラナンキュラスを見たのははじめてかもしれない。
これが今日のいちばんいいもの。
で、今日もしあわせな一日がおくれるはずたったのだけれど残念。
昨日の夕方から胸に引っかかってることがあって午後には苦しくなって、そうだ、Close Your Eyesで買いものをするといつも付いてくるオラクルカードがあったっけ。
と思って届いた封筒をあけてみると、カードにはこんな言葉が書いてあった。



   無理に何かをしようとしてはいけないよ
  人生をなすがまま解き放ってあげなさい
  見てごらん
  神は毎日何百万個の花を咲かせているよ
  つぼみになんの力も加えないで

            バグワン・シュリ・ラジニーシ



それで、ふう~っと固くなったみぞおちがゆるんだ今日のわたしです。
それにしてもよくもまあ、毎度こんなぴったりなカードがやってくるもんです。
おそるべし、波動。

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2017年2月 7日 (火)

誕生日に *

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誕生日の前日の夜に映画『八月の鯨』を観た。
冒頭、セピアカラーの映像の中で愛らしい少女だった娘は、次にカラー映像に変わったときにはすでに老婆になっている。これは映画じゃなければできないことだけれど、とどのつまり、人の人生とはそういうものなんだろうな。
光陰矢の如し。
この映画をわたしが一言で表すとしたら、それは『現実の中に息づく幻想』。
『八月の鯨』がまさにその象徴で、それはあるいは『希望』と言いかえても『夢』と言いかえてもいいかもしれない。

映画を観終わったあと、息子は「いい映画だったね」と言った。
「面白かった」
たしかにとてもいい映画ではあったけれど、わたしは単純に「面白い」とは言えない、と言った。
いろいろ考えさせられた。
身につまされた、と言ってもいい。
ただ人生には最期まで解けない謎があったほうがいい、とは強く思わせられた。
あるいは、解けない魔法。
そして人生をサヴァイヴしていくには楽観性が必要であること。
たとえ人からバカと言われても。

今朝は娘がカレンダーをめくるなり、「今日はいい日だね」と言った。
『海を貸し切る日』。
たしかにいい日だ。
息子は「海を貸し切るにはまだ早すぎる」と言うけれど。
それから息子は「夕飯はいるからね」といって出ていった。
そのあと娘がケーキを買いに行ってくれた。
誕生日のわたしのために。
前から気になっていたムッシュMのシュークリーム。
わたしのだけふたつあって、ひとつはいちごの入ったスペシャルなの。

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花も買ってきてくれた。
娘から花をもらうのは娘が小学生のとき以来だからとてもうれしい。

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それから娘と絵の前で今日の記念写真を撮った。
それからケーキを食べた。
息子からは絵をもらった。
トラネコボンボンさんの、『それぞれの住処』。

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しばらくして宅配人がチャイムを鳴らして、ハンタさんから誕生日のプレゼントが届いた。
モンゴルのフェルト製のあったかいスリッパ。
なんたってこのハチワレのカードが最高!

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今日はいい日だ。
世の中にはまだ若くて美しくて才能もあって素敵なパートナーもいて子供も小さいのに重い病で闘病している人がいる。
わたしは子供のときにパインのひとかけで消化不良になり、タクシーのタイヤが左足親指に載ってあわや死にかけたことはあるけれど、それ以降これまでずっと、大した病気どころか足の捻挫くらいのケガをすることさえなく生きている。
これってたぶん、奇跡的なことだ。
神さまに守られているとしかいいようがない。
こころから感謝する。
この宇宙に地球に自分の生きているこの国に両親に家族に子供に友人にこの世界のすべてに。

夕方、一気に肩が重たくなるメールがきて、外は北風が強くて寒かったけど気を取り直して自転車飛ばして駅まで行って電車に乗った。
思えば去年の今日もすごく風の強い日だった。
一日が終わるころにバアバアの髪でギャラリーにやっとたどり着いて、初めて知樹さんの絵を見た。
あれから一年。なんて早い!
そして、それから一年後の今日も知樹さんの絵を見る。
今日はいい日だ。

(中央線で阿佐ヶ谷に向かう途中の電車の中でロルバーンに一気に走り書きした今日の日記。)

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2017年2月 3日 (金)

節分 ***

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節分。
日本には一年のうちに過去をリセットするタイミングが何度もあって、それはすごくいいことだと思う。何度でもやり直せる。何度でも生まれ変われる。
今日と明日は心機一転の格好のタイミング。
しっかりシフトしたい。

今日は朝から北風が強かったけど、家じゅうの窓を開け放して掃除した。
夜はまた家じゅうの窓を開け放して家族全員で豆まきをする。
もっとも追い払うべきはたぶん、自分の中の鬼。

うちでは恵方の方角を向いて恵方巻きを丸かぶり、なんて
お行儀の悪いことはしないけど、
何はなくてもこれ!

今年も一年、お金に困ることなく暮らせますように。

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2017年2月 2日 (木)

楽しいお皿に楽しいサラダを盛りつけて ♡

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このあいだ、のらぼうで食べたフルーツ入りのサラダがおいしかったから真似して作った。
レタス、わさび菜、キュウリにトマトにキウイとハッサク、ボッコンチーニ・モツァレラ。
楽しいお皿に盛りつけた楽しいサラダ。
これ娘ひとり分!
テーブルには鳥のお皿に盛りつけた山盛り二人分の楽しいサラダがスタンバイ。
AGEを考えて、今年もいっぱい野菜を食べましょう♪

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今年のバースデーケーキは、ムッシュMのガトー・フレーズ。
ケーキの上にちょこんとのったちっちゃなシュークリームがあわいい。
一日遅れの誕生日。

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二月の花束

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まだ見ぬ方から、お手紙とお花をいただきました。
白いヒヤシンスとチューリップとアネモネ。
二月の清々しい大気そのものみたいな花束。
今日も虹が飛びかう光いっぱいの朝。
Hさん、ありがとう!!

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2017年2月 1日 (水)

チョコレートな月

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ムラキテルミさんがやってらっしゃるエルシャン・ストアで、『UVウォーター』とか『ノニ石鹸』とか、もはやわたしにとって必需品ともいえるものをときどき買うのだけれど、今日届いた荷物をあけたら、注文した商品と一緒にオマケのチョコレートが入ってました。
京都下鴨『フルーツほそかわ』のオレンジチョコレートですって。
最近、京都に引っ越したテルミさんらしいオマケ。
和歌山産のオレンジを使っているのだそうです。
こういうさりげない心遣いって、ほんとに粋だと思う。
採算重視じゃ、とてもできないこと。
チョコホリックのわたしには何よりのオマケでした。

一年でもっともお日さまの光が少なくて寒い二月だけれど、チョコレートの月だと思うとなんだか元気がでてきます。
今日もとっても気持ちのいい、素晴らしいお天気で、いいスタートになりました。
フルーツほそかわのオレンジチョコ、とってもおいしかった*
いつか京都に行ったら寄ってみたい。

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Happy Happy Birthday!!!

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2月のはじまり。
誕生月のスタート!
トップバッターは娘。
さすが晴れ女。
天気予報では今日は一日曇りだったけど、なんのことはない、見事に晴れました。
誕生日の日もアルバイトの人、バースデーケーキも誕生会も明日だけれど、プレゼントはやっぱり今日だよね。

じゃーーーん!!!

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見覚えのある絵と字は誰あろう、知樹画伯の直筆ですよ!
中身は先日わたしと娘がいちばんに気に入ったこのお皿。
三彩さんがわたしにはかわいすぎる、といったお皿 smile

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やっぱりめちゃめちゃかわいいです!
それと・・・・・・、去年のうちに用意していたこの包み。

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自分もほしかったくらい、この新作絵本『HORSE』の特製ツールボックス。
でも娘のほうがきっと上手に使えると思う。
(わたしはもったいなくて使えない。)

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カードに書いた言葉は自分の胸にだけしまっておきます。
こちらもなんと、作者のサイン入り。
夜にはちょっとがんばってベトナム春巻きなど作ってみましょう♪
このあいだ国立サーカスさんで食べたやつ。

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今年もいい1年になりますように!

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