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2017年1月30日 (月)

一陽来復 ***

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今年も足腰が弱って長く歩けない父のかわりに穴八幡宮へ。
一陽来復のお札をもらいに行く。
去年、1月に来たときとちがって節分間近のせいか、境内に行列ができていたのにはびっくりしたけど、今日、東京は1月にして20度越えの春の陽気。
並んで待つのもそんなに苦にならない。

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ここに来るといつも思うことだけど、年配の人にまじってけっこう若い人もいて、見るからにバンドをやっていそうなファッションの若いカップルがずっとわたしの前で仲睦まじそうに話しているのがいい感じだった。去年のお札を納める場所の前まで来ると、ちゃんと一礼してからお札を箱に入れ、しばし合掌してまたお辞儀をして列にもどるのを見ながら、若くてもちゃんとしてるんだな、と思った。
20分くらい並んだだろうか。

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無事お札をふたつもらって本堂にお参りして帰る。
今年の恵方は、亥子(ゐね。真北から少し西寄りの方角)。

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お参りしたあと父の好きな暦を買ったら、うちは消費税はいただかない代わりに福銭をさしあげてますって、鎌倉の銭洗い弁天でお清めしてきたという5円玉の入ったポチ袋をもらった。やったね! これは春から使うあたらしいお財布に入れておこう。

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電車の中でこの暦をチラッと見たら、今年はなんだかひさしぶりに良い運勢みたいです。
よかった!(^-^)
今年もいちねん、健康で元気でお金に困らず平穏に過ごせますように!

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2017年1月26日 (木)

ジョビン、ヴィニシウスを歌う

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午前中、カッターマットの上で延々切り張り・・・ という、単純だけど意外と集中力のいる仕事をやらなきゃいけなくて、しばらく黙々とやってたけれどだんだん疲れて飽きてきて、そうだ、昨日聴けなかったCDを聴こう、とかけたら、スピーカーから音が流れてきた瞬間、こころが震えた。
ジョビンの弾くピアノの音色の美しさに。
『天上の声』といわれるパウラ・モレレンバウンのこころが洗われるような声に。
曲の間にはさまれる、まるで詩の朗読をしているようなMCのジョビンのポルトガル語の深い響き。どこにも力んだところのない、からだの中から自然に、自在に生まれてくるスキャット。

なんて・・・・・・。
なんてすばらしいアルバムなんだろう!
と、そう思うそばから、わたしはこれを聴かせたい人の顔が次から次へと頭に浮かんでいっぱいになる。(そのあいだもちゃんと手は動いているのだけれど。)
つまり。いつまでたってもわたしはお節介焼きなのよ。
そしてその気持ちをストレートに汲んでくれる人は滅多にいないのね。
残念ながら。
わたしのハートはいつでも愛でいっぱいなんだけど。
でも今日はこれが聴けたからもういいや!

と、そんなつまらないわたしのつぶやきはともかくとして、いまこのアルバムが気になった人のために、めずらしく国内盤のこのCDに付いていた帯の言葉を書いておこう。以下、CDに付いていた帯から転載。

ボサノヴァ代表曲のほとんどを生み出したアントニオ・カルロス・ジョビン。
パフォーマーとしては『WAVE』などCTI期の作品が有名だが、ファンの間で最も愛されてきた晩年の人気作が待望の再発。本作はかつてのパートナーであり、『イパネマの娘』『フェリシダージ』などの名曲をともに作り上げた詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの作品集で、没後10年目の1990年に行われたメモリアル・コンサートの貴重な録音。ヴィニシウスが作曲を手がけた楽曲も多く、詩の素晴らしさはもちろん、これまであまり語られてこなかったメロディメイカーとしてのその魅力を浮き彫りにした重要作。バックの布陣も、カエターノ・ヴェローゾの音楽監督や、坂本龍一とのユニットMorelenbaum2/Sakamotoで知られるジャスキス・モレレンバウンをはじめ、陰影に富む最高の演奏。フェイバリットに挙げるアーティストも多い文句なしのマスターピースだ。

ちなみに、昨日聴いてたCDがジョビン54歳のときの録音で、これが63歳のときのなんだけど、こっちのアルバムのほうがよく声が出てる。
つまり昨日のは単純に体調でも悪かったか、前日に酒でも飲み過ぎて身体(声帯)が浮腫んでた、とかね。そんなことなのかもしれない。
まあ、とにかく文句なし、買って間違いなしのアルバムです!

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2017年1月25日 (水)

ジョビンの誕生日 *

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今日はアントニオ・カルロス・ジョビンの誕生日だから、ジョビンのCDを聴いている。
わたしとおなじ水瓶座のジョビン。
生きていれば今日で90歳だった。
亡くなったのは意外と早い、わたしの母とおなじ67歳。
でも、そのくらいでちょうどいいかもしれない。

いま聴いているのは抽象画のジャケットの、1981年にミナス・ジェライスで録音されたライブCD『Antonio Carlos Jobim live at Minas』。
つまり、いまから36年前、ジョビン54歳のときの録音。
でももうあんまり声が出てなくて、その歌声はためいきをつきながらやっとこさ走る、ふるい車のよう。
ジョアン・ジルベルトが80過ぎても完璧なリズムでギターかき鳴らして朗々といつまでもどこまでも歌いつづけたことを思うと、やっぱりこのひとは歌い手というよりは作曲者、編曲者、ピアニストなんだな、と思う。
でも、そのかすれた声で歌う、歌の味わい深さ。
人生の年輪を感じさせる色っぽさ。
ダンディーなんて言葉は現代ではもう死語なのかもしれないけれど、ダンディーとしかいいようがない、その声。
ボサノヴァはジョビンの弾く、このどこか物憂いピアノと、対照的に無邪気にささやくようにつぶやくように歌うジョアンの歌から生まれた。

NO MUSIC, NO LIFEを謳いながら、家で音楽を聴くのはひさしぶり。
ずっとNO MUSICでいたなんて。
わたしの相棒、いまやボスの形見でもあるBOSEくんが、1日にたった1枚しかCDをかけてくれなくて、それもなかなかかからないものだから、すっかり音無しの生活に慣れちまった。わたしの肩関節がこんなに痛むようになったのも、もしかしたら音楽なし終日コンピュータ生活のせいなのかもね。

ほんとは左上のCDを聴きたかったんだけど、残念ながらさっきはみつからなかった。なんたってCDアンプが1枚しかCDをかけてくれないものだから・・・・・・
ごちゃごちゃになったCDラックも早く片づけなきゃ。

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朝の月とおひさま。

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朝おきてベランダに出たとき、まだおひさまは昇ってなくて、
空のたかいところに細い月だけがあった。

冬の太陽はとてもゆっくりと昇る。
でも、ひとたび昇りはじめたら、その光はすごくパワフル。

太陽のエネルギーを目いっぱい身内にとりこんで、
深く、大きく深呼吸する。
自分のしろい息が蒸気機関車みたい。

部屋にもどって、掃除をしようと部屋中の窓をあけて、
部屋に散らかった資料を拾いはじめたら、
下から知樹さんのZINE『やさしいともだち』がでてきて、
何気なくひらいたページに書いてあった言葉。



 あなたの部屋の窓は
 あなたにしか開けれないんだよ
 風をよぶのはあなた
 風に吹かれるのはあなた



今日もあたらしい一日がはじまる。
もうすぐ新月。

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2017年1月21日 (土)

Fortune remedy ☆

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Hello darkness, my old friend
I’ve come to talk with you again ......

ときどきほんとに自然にこの歌が頭の中で流れ出すときがある。
ほんとに暗い気持ちでいるとき、落胆したとき、どうしたらいいんだろうってとき。
友達の娘は若干16にして「いったいわたしはどこに美しさを置いてきたんだろう?」といったそうだけど、あんなに無邪気に天真爛漫に笑ってた子がいつの間にか自然に笑えなくなった原因ってなんなんだろう。わたしにしたって、だんだんありのままを自分を受け入れられなくなってきているような気がする。
人が内に抱えてるものは外側からはほとんど見えない。
あんなにいつも穏やかで温厚そうに笑ってる友人が、ときに鬱に陥りそうな自分と闘ってるなんてきっと奥さんだって知らないだろう。
いま目の前の真っ赤な美しい林檎も時間が経てばいずれ萎れて腐っていくのは理の当然として、でも人間は林檎じゃないからいつだって諦めることなく自分の内なる光を見出していかないとね。
今年はたぶん、それを徹底的にやる年。
深いところから何かが変わっていく年だと感じるから。

今朝、ニュージーランドから小包が届いた。
箱をあけたら、オーダーしたいくつかのフラワーエッセンスとともに2017年のフォーチュン・コロンがプレゼントで入ってた。オーガニックなオイルと数種類のエッセンシャルオイルでできた、いい匂いのするロールオン・アロマ。
これは新月から使おう。
手首にくるくるっと塗って鼻からスゥーっと香りを吸い、ホッと息をつく。
きっとうまくいく
の、おまじない。

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2017年1月20日 (金)

小雪の舞う日、サーカスで。

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お昼を食べそこねて、もうランチより夕飯が近いころにサーカスに行った。
知樹さんに道順を教えてもらって。
でも、時間が遅かったのがよかったみたい。
前に友達とはじめて来たときは50分くらい待ったけど、今日は待たずに入れた。
店内も、わたしのほかにお客が3人。
とても静か。

お腹がペコペコなので定食を頼む。
しばらく揚げ物の音がして、でてきたのはこんなの。

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って、またやってしまった。
この撮り方じゃなんだか全然わかりませんね。真上から撮らなきゃ。
左上から、ベトナム春巻き、お漬け物、カレー風味のポテトサラダと、切り干し大根とにんじんのきんぴら、干しエビとタケノコとパクチーとはんぺんの入ったスープ、それにごはん。
みーんなおいしかったけど、どくにこの揚げ春巻きが!
めちゃめちゃおいしかったです。
揚げたてアツアツで。
揚げ春巻きって家で作ってもおいしいし、いっぱい食べれていいんだけど、面倒なので滅多に作らない。ロールキャベツとおなじくらい滅多に作らないかなあ・・・・・・
なので、そういうのを外で食べられるのはうれしい。
そしてサーカスさんはデザートもおいしいと評判なので、いつもはごはんのあとにデザートまでは食べないのだけど、滅多にないこと今日は頼んでみた。

こんどはカタカタカタ・・・・・・と包丁で何かを切る音がして、出てきたのは刻んだいちごがのったニューヨークチーズケーキと珈琲。
チーズケーキに刻んだいちごかあ。
それに生クリームがささっと。
こういうこともあまり家ではしないね。

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手作りのチーズケーキも珈琲もとってもおいしかったです。
ほんとはパフェにも惹かれたけど、なんたって外は小雪がちらつきはじめて、みるみる傘をさす人が多くなってきたので今日はあきらめた。冷えちゃいそうだから。
わたしがデザートを食べるころには誰もいなくなって、これから帰って夕飯をつくらなきゃならないわたしは自分一人だけお腹いっぱいで・・・・・・。
今日は知樹さんのお皿も買ったし、おいしいごはんにデザートに珈琲までいただいたし、サーカスのてるよさんはいつもながら感じよく美しく、もうなんだか誕生日が終わった気分。

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黄色い鳥の二人

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雪が降りそうな寒い日、黄色い鳥器店に知樹さんの個展を見に行ってきた。
去年から楽しみにしていた個展だから、もう家を出る前からわくわく。
こんなにわくわくするのって、知樹さんの個展がいちばんじゃないかな。

DMの地図を見ながら行ったそこは、ずいぶん前に友達に連れられて入ったときの印象とはなんだか全然ちがってた。立地も、店の感じも。まるで場所が変わったみたいに。と思ったら、やっぱり前の場所から移転したみたいです。
前は路面店だったと思うけど、いまは建物の2階。
鉄の外階段を上がってガラスドアをあけると、左手にキッチンのある明るい空間がひろがって、それだけでほっとする。店の雰囲気は素朴さとスタイリッシュが入り混じった感じで清潔感がある。通り沿いが全面ガラス張りのせいで光がいっぱい!
はじめて行く店で緊張しないでリラックスできるっのて、素敵なことです。

たくさんの陶器や伝統工芸のうつくしいかごや民芸品などに囲まれて、2階は知樹さんのカラフルな鳥のオブジェと、三彩さんコラボの器の展示。
この二人がつくるお皿はほんとにたのしい。
三彩さんがつくる端正で正統派の器の上に、ありったけ自由に描かれた知樹さんの絵。
カラフルなのありシブイのあり、使えるお皿を選ぶもよし、飾るお皿を選ぶもよし。
うーん・・・、と思いながら眺めていると、店主らしき方から「3階で絵の展示をしています」といわれる。

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また鉄の階段をのぼってゆくと、部屋の中から何やら知樹さんが絵について誰かに熱く語っている声が聞こえてくる。ジャマしちゃ悪いので、わたしはしばしこれを撮っている。

そして一歩踏み入れた部屋はそれほど広くない空間。
そこに17点くらいの新作絵画が飾られていて。
パッと目に飛び込んできたのはすごくきれいな黄色の花の絵。
細いペンで描かれた繊細な花のかたち。
今回の絵は前回のとも前々回のともまったくちがう。
たぶん毎回ちがうんだと思う。
知樹さんと目が合ったので、「前回とくらべると『線から面へ』って感じだね」といったら、「いきなり謎かけですか?」といわれちまった。
いえいえ、言葉通りです。一見しての感想です。

毎回、知樹さんの個展に行くたびに、絵描きの頭の中ってどうなってるのかな? 
と思う。
自分でも何が出てくるかわからないんだって。
出てくるままに描いてると。
そこに意図や計算はないのかな、と思う。
もちろん、あるときはあるし、ないときはまったくないんでしょうね。
よく、ひとつの絵がすごくうまくいくと、延々バージョン違いでおなじような絵を何枚も(きっと自分の気の済むまで)描きつづける画家もいるけど、知樹さんはそういうのともちがうみたいです。
話してたらそこに三彩さんがやってきて、お店の方が熱いお茶を持って来てくださって、「みかん食べよう、みかん食べよう」という知樹さんと3人でテーブルに座ってした雑談もたのしかった。
それから、どれにしようか迷っているお皿を三彩さんにお見立てしてもらって。

(知樹くんに合わせて)自分の持っている服の中で一番豹柄っぽいのを着てきた! という、お茶目な三彩さん。
思わず記念写真撮らせてもらいましたよ。
黄色い鳥の豹柄の二人。
めっちゃ、いいお顔で撮れました。
いつ会ってもおんなじように気楽に話せて、わたしが自分のままでいられる人たち。
それってとても貴重なこと。
貴重な人たち。

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「ここで写真を撮ってもいいですか?」と訊くと、いつも「撮って撮って!」という知樹さんなのだけれど、三彩さんとのお喋りがたのしくてぜんぜん撮れなかった。
唯一今日のいちまい。

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オーナーの高橋千恵さんのディスプレイのセンスが随所に光ってました。
3枚選んだうちからどれにするか悩んだ末(なぜか二人に向かって『このお皿のいいところ』をそれぞれプレゼンさせられ)、やっとこさ1枚選んで買ってきました。

とくになんにも考えてなかったのに、ふと気づいたらまたしてもうちの家族みたいな三羽の鳥の皿!
黄色い鳥器店で買った黄色い鳥の皿。
お皿を買ってもうちにはもうしまうところもないので、イギリスからわざわざ輸入しているという、絵皿立ても買ってきた。
ふだんは玄関に飾っておいて、使うときだけ取ってきて使う!
これ、すごくいいアイディアだと思う!

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いつもの知樹さんの手描きの絵がついた手提げ袋の中から、好きなのを選んで。

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いやあ~、ひさしぶりにたのしかったなあー

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そして空について語り合う

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Hello、水瓶座さん!
今日から水瓶座の誕生月がはじまります。
そして今日から渡邉知樹さんの個展『そして空について語り合う』がはじまります。

思えば知樹さんの絵をはじめて見たのは去年の自分の誕生日の日でした。
滅多にない土曜日の誕生日。
吉祥寺のにじ画廊で『花、花、ギガンテス、花』を見たのがはじまりでした。
誰かのTwitterで個展のDMを見て、直感的にいいと思って、これは絶対に見に行こうと思って行ったのだけど、実物を見てびっくりした。広いギャラリーの白い壁にかかった絵がどれも良くて。一見、何気なく描かれたような線が、でもどうやってもそれ以上ないというくらい決まってて。コスミックな多様性を感じる有機的な細かい線で描かれた絵も、ただ深く鮮やかに色を重ねただけの絵も、どれもよかった。ポップなんだけど、普遍的なものがある絵。
いま思いだしてもすごく勢いのある個展だったと思う。

その印象は個展から2週間経ったあとも頭から離れなくて、そしてついに知樹さんにメールをしたのだった。
いま手元に残っている絵はありますか、と。
生まれてはじめて絵を買おうと思った瞬間。
ぜんぜん大げさじゃなく、清水の舞台から飛び降りるような気持ち。
ずっと自分なんて絵を買うような身分じゃないと思っていたし、絵を飾って素敵な家にも住んでないし、それに何より、いつものように(その絵を自分の部屋に飾ったときの)絵が頭にあるだけで、どうやってコンクリートの壁に絵を掛けるかという問題もあったのだから。

奇しくもわたしが欲しかった絵はまだ知樹さんの手元にあって、実際に絵が届いたのはそれからなんと7ヶ月後。
わたしもけっこう気が長いほうだけれど、知樹さんも気の長い、鷹揚な人でよかった。
そして『なぐり』を生業とする友達の創意工夫のおかげで無事に絵が掛かったのがさらに2ヶ月後。
そして、いつでもダイニングルームに絵がある生活も早や4ヶ月。

食卓に花があると食事をしながらいつもじーっと花を見てしまうけど、目の前に絵があるとやっぱりいつでもじーっと眺めてしまう。
そしてそれは花とおなじように、見る時間帯、光の加減によって日ごとにまったく見え方が違うから、毎日おなじ絵を見ててもぜんぜん飽きないのです。

朝のひかり、昼のひかり、自然光の中で見るときと暗くなって灯りをつけたとき。
そして夜、部屋の明かりを消してわずかな光源の中で絵を見るとき。
(これがまたいい!)
こうなるともうたぶん、描いたご本人よりこの絵の表情を知っているんじゃないかと思ってしまう。

絵も自然の花や鉱物や生きもののようにエネルギーを発しているから、絵がそこにあると毎日それをうけとることになる。
ゆえに、どんなに美しくてもマイナスに引きづられる絵をわたしは自分の部屋に(とくにみんなが集うダイニングルームに)飾りたいとは思わないんだよね。

知樹さんの絵が発するエネルギーは、曇りのないしあわせなエネルギーです。
それはきっと、唯一無二の宝物を手に入れたことに起因してるんじゃないかと思うけど、わたしが手に入れた絵の場合、Pinkという色にも象徴される。

部屋の空気が一変するような大きな絵をはじめて買って思うのは、絵のある部屋、絵のある生活っていいな、ってこと。
たとえば、いまわたしは木枠の大きな窓のある、なんにもないただの白い箱みたいな部屋に引っ越したいなと思うのです。
そこに素敵な家具が何もなくても、自分の気に入った絵が壁にどん!と飾ってあれば、たとえ木の林檎箱をテーブルにごはんを食べても豊かだと思える。

そんな絵を描く知樹さんの個展が国立の『黄色い鳥器店』さんで今日からはじまります。

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 そして空について語り合う

 渡邉知樹 個展

 2017年1月20日(金)-29日(日)23日(月)はお休み

 たのしいお皿に盛りつけて おいしいいものを食べながら
 空について語り合う そしたらもう少しがんばれる

 新作の絵画をメインに、オブジェのほか陶芸家 駒ヶ嶺三彩さんとの
 コラボ絵皿を存分にご覧いただけます。
 黄色い鳥器店での初個展、どうぞお楽しみください。

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2017年1月18日 (水)

ロールキャベツで朝ごはん

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ムラキテルミさんおテルマガに書いてあったユダヤ式ベジタブルスープを作りたくて。
でもベジタリアンスープだったら、どうせなら有機野菜で作りたいと思って、仕事が終わった夕方そら屋さんに行ったら、とっても大きくてきれいな春キャベツをみつけて、こんな大きなキャベツを買ったらまたひとりでせっせと餃子を作らなきゃならないな、といいながら買ったのだけど、帰り自転車をこぎながら、でもこんなにいいキャベツを買ったらやっぱりロールキャベツを作ろう、と思って、いまから作るにはちょっと遅い時間だったけど、ほかの材料を買って帰った。
だって家族がじゅうぶん満足するくらいロールキャベツがたくさん作れるキャベツって、そうそうお目にかからないからです。

家に帰ってまず大鍋に湯を沸かし、外側から一枚一枚きれいに剥がしたキャベツを煮ること数分。その横でフライパンにバターを溶かして刻んだタマネギを炒め。ザルにあげたキャベツは水分をふきとって硬い芯のところを薄くそぎ切りにして皿に重ねて置き。さっきの鍋に水を入れて、そこに細切りのにんじん・ピーマン・メークインを入れて煮立ったらアクを取ってコンソメとローリエを入れ。炒めたタマネギが冷めたころにボウルに挽き肉、タマネギ、牛乳で湿らせておいたパン粉、玉子、ブラックペッパーと塩、ナツメグ少々を入れて肉の繊維がなくなって白くなるまでかき混ぜる。それを作る個数分に割っておいて、キャベツの手前にまるめて置き、キャベツを手前から肉にかぶせるように折ったら左側をかぶせ、くるくるっと巻いて右側の余ったキャベツを中に押し込んで俵形にする。巻き終わりのところに小麦粉をパタパタっと振り、オリーブオイルを入れて熱したフライパンに巻き終わりを下にして隙間なく並べて蓋をして蒸らし焼きをする。肉に火が通ってきゅ!となったらそれをスープの入った鍋に並べ入れてトマトのカット缶を入れて中火でしばらく煮る。

ほんとにひさしぶりに作ったけれど、やっぱりいつもの夕飯より時間がかかっちゃいましたね。
それでやっぱり北村太郎さんのことを思い出してしまった。
男の人が(しかも病気で身体のしんどい男の人が)、よくこんな面倒なことしたなあって。
そうまでして縁あってひとときひとつ屋根の下に住んでいた知り合いをもてなす北村さんは、やっぱりやさしい人だなあって。
はたして、わたしにロールキャベツを作ってくれるような男の人はいるのかしら?
なーんては考えなかったけど。

して、できあがったロールキャベツは大きいのが9個!
ひさしぶりに作ったロールキャベツはめちゃめちゃおいしかったです。
息子なんか、毎日食べたいって。(食べんでいい!)
『ロールキャベツ』で検索すると、キャベツが簡素に単体でお皿にのってるのをよく見かけるけれど、わたしは具だくさんの野菜スープの中に入ってるのが好き。
トマト味でもコンソメでも。
スープもたっぷりなので2個でじゅうぶん、おなかいっぱいでした。
それで余った1個を朝ごはんに食べる。
東久留米プチフールさんの胚芽食パンのバタートーストとともに。
もうね、これだけ食べたら朝からおなかいっぱいです。

それにしても、そよかぜ農園さんの春キャベツ、おいしかったー♪

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2017年1月17日 (火)

おやつみたいなお昼

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もうおやつみたいな時間に、おやつみたいなお昼。
バナナとメープルシロップ、くるみを散らしたパンケーキ。
それに珈琲。

小学2年生のころ、土曜日に4時間授業が終わって家に帰って来ると、ドアをあける前からホットケーキの匂いがして、そのたびにげんなりしたことはもう書いたよね?
母のつくるホットケーキは大きくて、そのうえ分厚いのが3枚も重なってて、早生まれで身体が小さくて痩せてて小食のわたしにとっては、それをぜんぶ食べなきゃならないのはすごく苦痛だった。
子供は子供で、いつもその歳なりの苦労を抱えているものだけど、でもいまはそんな子供のころが懐かしい。

そのころ母はまだ専業主婦で、比較的のんびり暮らしていたと思う。
手先の器用な人だったから、年じゅう畳の上に型紙と布をひろげては、服を作っていた。自分の服や、わたしと妹の。
そのころお出かけのときは、いつも母が作った妹とお揃いの服を着せられていた。
おなじ柄の布でできた、どこかしらちょっとデザインがちがう服。
それを褒める大人や先生はいたけど、それがどんなことか子供のわたしにはわからなかった。わからなかったというより、あまり考えてもみなかった。
ただ、始終うるさくわたしに小言ばかりいっている母が、裁縫に集中している間だけはこちらに意識が向かないが、わたしには助かったくらいのことだ。
そんなとき、わたしは窓からぼんやり外を見ていた。
いま思いだしても、それは不思議と明るい部屋だった。
強そうな見かけによらず、それほど身体の強い人ではなかったんだろうと思うけど、がんとはまだ無縁だったころ。
自分でつくったパンケーキを食べながらそんなことを思いだすのも、二月が近いからだと思う。
子供のころに一気にワープしてしまいそうな今日の青空と、ひかり。

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2017年1月14日 (土)

冬のアロマバーム

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いよいよ空気が乾燥してきたので、ひさしぶりにアロマバームをつくった。
ホホバオイルにカレンデュラオイル、シアバターにビーズワックス、それにネロリにフランキンセンス、ベルガモットにラヴェンダー・アルパインの精油を入れて。
材料さえあればつくるのはなんてことないのだけれど、こんなこともできないときはまったくできない。

それとおなじで、まいあさ官足法のウォークマットをガシガシ踏んで(白湯を飲み)、オイルやアロマバームで手入れをしておければ足はいつでもきれいなのだけど、冬はそういうことをちょっと怠っただけでも、すぐに踵が荒れてくる。
ここ数日、なんだか右の踵が痛いなと思っていたら、なんと硬くなった踵にカッターで切ったみたいな亀裂が入って血が滲んでいた。これじゃ痛いわけだ。

今日、3週間ぶりのプール。
ここから厳寒のふたつきが、プールの最もつらい時期。
何よりプールの水がつめたいし、コーチの話を聴いてる時間が長いとすぐに身体が冷えてしまう。温水プールにジャグジー、シャワーを何度も浴びるせいで肌もすごく乾燥してしまうから
なんでもひとつつくるよりまとめてつくるほうが面倒がないから、アロマバームもまとめてつくった。
おなじレーンで泳ぐHさんにあげるため。
あなたからもらったアロマバームをなくならないように大事大事にチマチマ使ってるの、なんていわれてしまうと、つい何度でもつくってあげようと思ってしまう。
雪がちらちら舞って寒い午後。

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2017年1月13日 (金)

冬のうつわでほっこりポテトグラタン ♡

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どんなに嫌なことがあっても腹の立つことの後でも少々、自分が具合悪くても毎日コンスタントにごはんをつくるのは世のおかあさんくらいだと思う。
よく親が子供の面倒みるのはあたりまえ、とかいう人がいるけど、そういうこという人に限って自分は子供もいなければ毎日やさしい旦那さんがごはんを作ってたりして、勘弁してくれよ、と思う。親だって人間なんだから日々、物事がつつがなくいっているのは多大な努力と忍耐あってのことなのだとおもんぱかってしかるべきだし、いつまでもあると思うな親と金、ならぬ、親の愛情、です。
とはいえ、そんな忍耐強いことも30年近くやっていると気持ちの切り替えも早くなるし、それこそよほど身体の具合でも悪くないかぎり、キッチンに立てば身体はてきぱき動く。
これも熟練のなせる業かな。
凝った素敵なお料理をたまにつくるぶんには楽しいレジャーにちがいないけど、毎日ともなるとそうはいかない。
たまに心底、人のつくってくれたごはんが食べたいなあ、と思います。
これは主婦なら、とくに働く兼業主婦なら誰でも思うことだと思うけど。

さて、そんなひとくさりもいいたい今日のお昼は急きょ思いついてポテトグラタン。
皮をむいてスライスしたじゃがいもを電子レンジにかけてやわらかくしたら、あとはあっという間にできます。
できあがりはとってもミルキーでクリーミー。
アツアツを食べたらこころもからだもあったまりました。
グラタンというと昔、サンシャインビルの42階でアルバイトしてたとき、サンシャインシティの中のレストランで食べたグラタンがめちゃめちゃおいしかった。
何がおいしいって、中身もなんだけど、器のまわりにぐるっと生クリームを混ぜたマッシュポテトが、それこそデコレーションケーキの生クリームみたいに絞ってあって、焼き色のついたそのマッシュポテトとグラタンを一緒に食べると、なんともいえずにおいしかったのです。
もう大昔のことだけど、あの味、忘れられない。
味の記憶ってそういうもの。

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そして今日はじめて使った器は、去年の12月に恵比寿のギャラリー『空箱』で開催された陶芸家、吉川裕子さんの『冬のうつわ』展で買ってきたグラタン皿。
吉川裕子さんも、できればなんとか個展の初日に行きたいと思う作家さんのひとりです。じゃないと、どんどん売れてなくなっちゃうので(^-^)

このなんともいえない持ち手のかたち。
見るからにおいしそうな、カフェオレみたいなベージュと空いろの組み合わせがたまらなく好き!

こんな好きな器があれば毎日のごはんづくりのモチベーションも上がるってもんです。
直火にもかけられるこの体熱皿。
土鍋と一緒で、最初に使う前に米のとぎ汁で『目止め』しました。
今日はオーブン料理だったけど、こんどは直火でアヒージョをつくってみよう。
アサリの酒蒸し、牡蠣のココットなんかもいい。
あ、チリコンカルネも。

彫り跡の残る立体的な木のスプーンは町田(遠藤)翔さんのもの。
どちらも大事に末永く使います。

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輝く雲

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毎日いいこと悪いこと心底いやになること悲しいこといろいろあるけど、
とりあえず今日も晴れていて青空に雲が輝いていると、
今日もがんばろうと思える。

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2017年1月12日 (木)

2017.01.12PM5:00

20170112pm0500

だーいぶ日が伸びてきました。
1月12日午後5時の空。と雲。
今夜は満月。

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アマテラスオオミカミ

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暮れに友達の家に行ったら、毎日太陽を見ることでがんを治してしまった人の話を聴いたというので、そういう人はたくさんいるよ、と話した。
彼女は代替療法のセミナーに行って、自己の体験談としてそう話す人の話を聴いたということだけれど、わたしも人づてに、また本の中でそういう話をたくさん聴いたり、読んだりしたことがある。
わたしの友達もその一人だと思う。
彼の場合それだけでがんを治したわけじゃないけど、毎朝それをやることを日課としていて、それのもたらす効果をこれまでたくさん聴かされた。
それでわたしもいっときは毎朝やっていたのだけれど、だんだん早起きができなくなってやめてしまったのだった。

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わけあって、また昨日の朝からまたアマテラスオオミカミをやることにした。
他人を変えたいと思ったらまずは自分が変わらなきゃと思って。
わたしがいう、そのアマテラスオオミカミとは何か?
というと、それは件の友人から教えてもらった方法で、朝早い時間、一番いいのは昇る朝日に向かって両手をかざし、両手のひらで〇(まる)を作ってその中に太陽を入れ、それを見ながら、アーマーテーラースゥ~~~で、手のひらから腕を通って、それから目から間脳に太陽の光(宇宙の気)が入ってくるのを、また両足の裏からは大地の気が上がってくるのをイメージしながら、大きく息を吸い、オーオーミーカーミーーーーで、上からのエネルギーと下からのエネルギーがちょうど丹田あたりでぶつかってスパークするようなイメージで息を吐きつづける。
それを何回か(わたしの場合は3の倍数)やって太陽の暖かさを手のひらやお腹や身内にじゅうぶん感じられたら、手をあわせて太陽に向かって感謝のお礼(お祈り)をする。
これを友達は『日拝』(にっぱい)と呼んでいた。
日拝とは文字のごとく、お日さまを拝むこと。
拝むとか祈るというと、すぐに宗教と結び付けて、「わたしは拝みません!」なんていう偏屈な人がいるけど、誰だって家族が事故に遭って死にそうになったらなりふりかまわずに「神さま! どうか助けてください!」と祈るだろうし、山の中でなんとも穏やかなやさしいお顔の仏像やお地蔵さんに逢ったら自然とありがたい、と思って手をあわせるだろうし、祈るとか手をあわせるって、特定の宗教に関係なく、すごく自然なことだと思います。

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この日拝をやりつづけるとどういうことが起きるかというと(これはあくまでわたしの場合だけど)、まず単純にエネルギーが身体の中に入ってきて暖かくなる。朝の清涼な大気の中で深く呼吸をすることで心身が浄化されて頭も気持ちもすっきりする。
これだけでも朝からとっても気持ちがいい。
自然とお日さまをはじめとする万物に感謝の気持ちが湧いてくる。
これを教えてくれた友達にも感謝の気持ちが湧いてくる。
すばらしい!
医学的には目が覚めた朝いちばんに太陽を浴びると、目と目の間の奥にある松果体といわれる体内時計にスイッチが入って、そこから約16時間後に眠くなる。つまり健康な身体と生活のリズムができるといわれています。
そして、ここからが不思議なのだけれど、いったん身体の中に入ってきたエネルギーというのはしばらく蓄熱されるみたいで、毎日やってるとそれが日常のいたるところでいろいろに作用するのがわかるようになる。たとえばわたしの場合だったら第6チャクラ、眉間にあるといわれるいわゆる『第三の目』が活性化されて、本屋に入って何気なく本を手にとったら眉間がジンジンしてきて、ひらいたページにそのとき必要なことが書いてあった、とか。
人に施術をする友人の場合だと、人の身体の悪いところが目で見るようにわかるようになるとか、自分の手を通して(治癒の)エネルギーが相手(患者さん)に伝わりやすくなって施術のクォリティーが上がる、とか。まあ、いろいろ。

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日拝は、右脳開発で有名な七田眞の本(七田式 超右脳成功法 人生に奇跡を起こす7つの魔法)の中では、『太陽視トレーニング』という名前で右脳開発のひとつとして紹介されています。やりかたやイメージ(さっきのはわたしがやっているイメージ)に多少のちがいはあるけれど、太陽エネルギーを手のひらから身体に入れて松果体を目覚めさせる、というのは一緒。
いま『イメージ』と書いたけれど、イメージというのはとても大事なものでバカにできない。
人間は頭でイメージするだけでそのとおりの身体の反応が起きるようになっていて、太陽エネルギーが身体に入ってくるイメージをすればほんとうに身体にエネルギーが入ってくるし、仮に熱いヤカンを触って「つめたい!」と叫べば脳はそのとおりに受けとって大した火傷をせずにすんだりする。それが脳のしくみ。この手のことは好きだから書いてたらキリがないね。前述の七田眞の本の中では太陽視をするとふたつの素晴らしい結果が得られるとあり、ひとつは限りなく健康になって病気が消えてしまう、もうひとつは太陽のエネルギーがいっぱい入ってきてエネルギーにあふれた身体になる、と書いてあります。お金もまったくかからないし技術もいらない、運動嫌いの人にもできるから、いまより元気にイキイキと生きたい、と思っている人にはおススメです。

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そんなわけで昨日からはじめたアマテラスオオミカミ。
日ごろはあんまり『がんばる!』なんていわないようにしているわたしだけど、今回ばかりは三日坊主にならないようにせいぜいがんばります。
このピンチをチャンスと思って。

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写真は今朝の日の出からベランダに朝日があたる様子。
きりっと澄んだ大気に、透明な冬のひかりが夢のようにうつくしかった。
夕暮れから日没までの一瞬の光り輝く時間のことを『マジックアワー』というけれど、マジックアワーは朝にもある! と感じた瞬間。
こんなのが見られただけでも早起きは三文の徳。

ジャズのスタンダード・ナンバーに『MY SHINING HOUR』という曲があるのだけれど、人の人生にそんな時間はどれくらいあるのだろう、と思う。

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2017年1月11日 (水)

今日のランチはみそぱんサンド

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昨日その時間に行っても彼女がいないことはわかっていたんだけど、旅立つ前にどうしても渡したいものがあって、新年のご挨拶がてらヴィエイユさんに行った。
そうしたらヴィエイユさん、なんと昨日で開店4周年だって。
いやあ~、めでたい! ってことで買ったぱんは、ちょっといい白ワインに漬けこんだ7種のフルーツを入れて作ったという、そば粉のぱんと、いちど食べて以来大好きな自家製熟成味噌ぱん。

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大山さんのぱんは粉をたくさん使ってるから、ふたつ買ったくらいでもずっしり重たいです。それに昨日は大山さんの茨城の実家から送られてきたというキウイをいただいて。
大小いろいろなキウイが8個。
そのまま食べてもよかったけど、友達にもらった有機レモンがまだ残っていたから、はじめてキウイジャムを作ってみることに。
昨日はなかなかに疲れる一日だったけど、夕飯のあとに作りました。
できあがったジャムは、大きな瓶にひとつとミニサイズの瓶がひとつ。

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う~ん、黒いつぶつぶが子供のころ慣れ親しんだあるものを連想させるけど、そういうこといってると食べれなくなるからやめよう。
キウイのジャム。これくらいだと作るの簡単。
あっという間にできました。糖度は気持ち甘さ控えめの40%。

このところ朝は息子の希望で3日つづけておかゆだったので、娘とふたりのランチはパンにすることに。
みそぱんを薄く切って1枚の片面にソフトバター、もう1枚の片面にクリームチーズを塗って、生ハム、ルッコラ、皮をむいたトマトの薄切りをのせて、ブラックペッパーとイタリアンハーブソルトをパパッと振ってサンドしたらできあがり。
それにキウイジャムを入れたヨーグルト。たっぷりの珈琲。
今日の珈琲はシベリア農園のエルサルバドル。

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これ、おいしかったですね。
みそぱんにはクリームチーズやハムがすごくあう。
生地には黒ゴマのほかに細かくしたナッツも入ってるみたい。
繊細な大山さんの繊細なぱん。
みそぱんは生地がしっかりしてるからきれいに薄く切れるし、歯切れがいいのでサンドイッチにしてもとっても食べやすい。大発見のうまさ!
う~ん、またやろう。
はじめて作ったキウイのジャムも酸味爽やかでおいしかったです。

というわけで、4年めに入ったヴィエイユベーカリーもどうぞよろしくお願いします!(宣伝。)

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2017年1月 9日 (月)

New Year Greetings展 ☆

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あたらしい年のはじめの1番最初に何を見るかって、けっこう重要です。
その年の傾向や勢いが決まる、っていったらちょっと大げさかもしれないけれど、でもやっぱり気持ちのいいスタートを切りたいから。
そんな意味で今月は京都で同僚が見てとてもよかったというマリメッコ展と、前から楽しみにしている陶芸家の駒ヶ嶺三彩さんコラボ渡邉知樹さんの個展が見られたらそれだけでいいと思っていたのだけれど、年のはじめに三彩さんから年賀状とともにこの展示のご案内をいただいたので、これを今年いちばんに見に行こうと思いました。

昨日から西荻窪のギャラリー みずのそらではじまった『New Year Greetings』展。
文字どおり、様々な分野で活躍する参加者の方々から寄せられた年賀状の展示です。ほんとは初日の昨日、行きたかったのだけれど、あいにくの雨と寒さで今日にしました。前回行ったとき、あそこは晴れた日にこそ気持ちのいいギャラリーだと思ったから。
昨夜のごうごうたる北風と雨の音はまるで嵐のようだったけど、今日は午後から青空も見えて、ちょっと青ざめた感じだけど今日のみずのそら、です。

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コンクリートの床から生えたみたいな竹の先に付けられたカラフルな年賀状。
その風景はなんだか七夕のようでもあり、河原の葦のようでもあり。
ゆらゆら揺れてる感じが気持ちよさげで、それこそ風の便りのようで。
歩きながら裏と表、一枚一枚見ていくのも楽しくて。

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酉年だけに、鳥のモチーフが多かった。
年賀状といっても紙だけじゃないのが面白い。

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パッと見てわかった。
これは鍛冶屋のカージーさんの作品。
飛んでる鳥のバランス、壁に映った鳥の影もいい。

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そして、たーくさんあるなかでも目立ってた、知樹さんの年賀状。
知樹さんのいつものへんな鳥、と、絵みたいに特徴のある字。

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それと、これもやっぱり涙ガラスさんだあー、とわかる、涙ガラス制作所さんの年賀葉書。猫が青い宝石のようなうつくしい涙をひとつぶ流してて『2017年もうれし涙の多い1年になりますように!』って書いてある。猫の頭の上には青い鳥。

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部屋の端の棚にのった年賀状を眺めていたら、「どれがお気に入りですか?」と三彩さんに声をかけられた。今回のこの展示では三彩さんは実行委員だそうです。実行委員だなんて、学祭みたいで懐かしい。三彩さんとは去年のクリスマス前にトラネコボンボン展でばったり出くわしたり。ほんとに飄々として神出鬼没な人です。
しばらく立ち話ししたあと「よかったらカフェもどうぞ」といわれたので、お茶をして帰ることにしました。
ここはカフェも気持ちいいです。
テーブルの上に飾られた、これも一発で三彩さんとわかる花器と白椿。

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この鉄釉みたいな輪花の一輪挿し、素敵だったなぁ。

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それから、このカフェではいつも展示にあわせて素敵なスウィーツ・プレートを出してるんだよね。今日は、conalogueさんのアーモンドとフランボワーズ ブルーベリーのケーキと全粒粉のクッキー。ケーキは弾力のある食感で、上にかかったアイシングとアーモンドとフルーツの入った生地が口の中で合わさると、ちょうどよい酸味と甘みで、とってもおいしかった。
そして珈琲にうるさいわたしですが、この珈琲がちょっと驚くほどおいしかったです。
思わず、豆はどこのを使ってるんだろう、と思ってしまったくらい。

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というわけで、年のはじめからとても気持ちのいい展示を見ました。
個人的には年賀状を出さなくなって早や、うん十年のわたしなので(単純に離婚した後どうしていいかわからなくなっちゃったのです。それから十年くらいはもうほんとに生きるのに精一杯でそんなことをする余裕もなかったし)、そんなわたしに年賀状をくださる人ももうそんなにはいないのだけれど、それでもわずかに送ってくださる人がいて、そんな方には折りに触れてゆっくりですけどぼちぼちお返事を書こうと思っています。

毎年おもしろいのは、自分では一枚も年賀状を出さないのに、元旦になると真っ先にポストを見に行く娘。そしていつも「おかあさんのしかなかった~」と帰ってくる。で、ちょっとかわいそうになっちゃう。
三彩さんのブログに『年賀状をおくることは "いつでもあなたのことを思っています。"という気持ちと共にあると思っています。』とあって、いつも思ってるかどうかはわからないけど、頭のどこかにはあるってことなんだろうなあ、と思います。
だから来年は娘にも年賀状を送ってくれる相手、そして送りたい相手がいるといいなあ、と思う。わたしは相変わらず年賀状は出さないんだけど、最近はこみいった長い手紙はともかくとして、短い手紙くらいは手書きで書くようにしていて、ときどき贈りものとかと一緒に贈るのだけど、返事はこないことのほうが多い。電話がきたり、メールがきたりするくらいで。
それはなんだかつまらないね。
ティーンエイジャーのころから20代くらいまでがいちばん手紙を書いたり、もらったりすることが多かったような気がする。ポストの中の、たくさんのどうでもいいDMに混じって見慣れた書き文字のある封筒をみつけたときのドキドキ。
また体験してみたい。

そうそう、帰り際、「三彩さんの(年賀状)はどこにあるの?」と訊いたら、「わたしのは外の目立つところにあります」って。気づかなかったなあ・・・・・・
でも外に出てから見たらありました。
きれいに編まれた紅白の水引に陶の鳥、『平和』の文字。
やっぱりこれも三彩さんらしい!

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2017年1月 7日 (土)

七草がゆ **

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調子が悪い、というほどではないけどなんだか胃が疲れてきたので、今朝は七草がゆ。
セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロを入れて、でもそれに塩だけだとほんとに草の味しかしないから、高菜とゴマも入れてしまった。
それほどおいしいものでもないけど、とりあえず胃にはやさしそう。
そしたら息子が、仕事がある日の冬の朝ごはんはぼくは毎日おかゆでいいって。
限りなく寛解状態とはいってもまだお腹に不安があるからだろうな。
おかゆを食べながら、娘が高校生のころ、おなじクラスに山奥から通って来てる同級生がいて、その子の家では庭に生えてる草を食べるんだって、といわれてびっくりしたことをふいに思いだした。
この時代ではもうその辺に生えてる雑草を取ってきて食べるなんて考えられないけど、でもわたしの母は春になると庭に生えたノビルを抜いてきたり、どこかで摘んできたよもぎの葉でよもぎ餅を作ったりしていたし、山にハイキングに行くと食べられる山野草を見分けたりタケノコ堀りをしていたから、当時の日本の主婦にとってはまだまだそんなことはふつうのことだったのだと思う。暮れの上町63でもバーのカウンターでみんなでそんな話になったけど、継ぎのあたった服や上の子の身体に合わない服を着た子なんてざらだったし、貧乏がとくべつ恥ずかしいことじゃなかった時代。
ほんの50年前のこと。
いまの東京じゃ草ぼうぼうの原っぱすら滅多にないし、草を摘んでる子供も見かけない。いまじゃすべてがノスタルジー。
一方的な力で急成長したものっていつだってどこかフリークだ。
こんな七草パックが売られてること自体そうだし、もはやこういうのでしかこういう草を見たことないって子供もいるのかもな、なんて思う。
午後はおやつに、黒豆の残ったのに粉寒天を入れて昨日つくっておいた黒豆寒に、黒豆きな粉をかけて食べた。いとおいしかった。
これでほんとにお正月も終わり。

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2017年1月 6日 (金)

トリトリトリ。

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今日のおやつは昨日、近所のパン屋さんの初売りでもらった鳥のサブレ。

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2017年1月 4日 (水)

ばらとハーブ

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この冬最後のばら(ハープシコード)と、暮れの29日に友達の庭で摘んできてまだ元気なハーブ。
部屋の中にこんな植物があるだけでとても癒される。
日常が庭づくりと料理と手仕事と物書きと読書と音楽とアートでできていたらどんなにいいだろうな。そういう生活をいまからでも一緒にしてくれる人はいないかな、なんて思う。
夢なのかもしれないし、夢じゃないかもしれない。
すべては神のみぞ知る。

今日も朝からよく晴れて光のうつくしい日になったけれど、午後からちょっと風が強くなった。わたしのささやかなベランダガーデンは、ばらの剪定が終わってますますシャビーになった。
まだしばらくは暖かい日がつづいてくれるといい。
ばらの植え替えをやってしまいたいから。

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2017年1月 3日 (火)

黒豆きなこもち

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暮れにデパートの地下ですごくおいしそうなきな粉を買った。
丹波の黒豆を皮ごと煎ったきな粉。
きな粉といったらもう、うちではきな粉もちしかないけど、右のそよ風農園さんのうすと杵でついた玄米もち、このもちがもちというよりおはぎの半殺しのごはんに近くて、お雑煮にはいまいちハードで合わなかった。
ので、今日のお昼はこの玄米餅できなこもちをつくる。
もちを焼いてから湯で煮るあべかわなら、もちがやわらかくなると思って。

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できあがった黒豆きなこもち。おいしい!
玄米もちのつぶつぶ感と黒豆きな粉の芳ばしさがよく合って。
このおもちはぜんざいにもきっと合う。
甘いものには甘くない漬け物必須!
けっきょく、お正月三が日ってなんだか食べることばかりで、しかも糖分多めで、お正月明けからいきおいデトックスが必要になるんだと思います。
1月第2週めからは我が家はデトックス・ウィークです。
暮れに終わらなかった断捨離、大掃除もふくめて、2月の節分までには家の中もきれいに、身も心もすっきりしたいものです。

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金時にんじんとレーズンのサラダ

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暮れになると近所のスーパーにもお目見えする金時にんじん。
以前は京にんじんと明記されることが多かったと思うけど、何やら雅なその響きと鮮やかな色に惹かれて紅白なます用にゴツくてカタくて高価なそのにんじんを買ってみるけど、紅白なますに使うぶんなんてほんのわずかで、大半は使わずに残ってしまうんです。
それで今朝はそのカタイ金時にんじんをしりしりして、キッチンの引き出しに残ってたレーズンも入れて、しりしりサラダにしました。
食卓につくなり娘が「わっ、すごい色!」という。
目が覚めるようなブラッドオレンジ。
それにヨーグルトに自家製のブルーベリージャム、焼いたカンパーニュにクリームチーズと友達が作ったラズベリーとブルーベリーのジャム。それに珈琲。
今日はいつもどおりの時間に起きて、いつもどおりの朝食。
いつもどおりがほっとする朝。

今日もよく晴れて陽射しが暖かい。
この三が日、ほんとにいいお天気がつづいて、穏やかでいいお正月になりました。

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2017年1月 2日 (月)

くろまめくろまめ

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黒豆って、自分で作ってみるまでは難しいものだと思ってた。
錆びた釘を入れるとか重曹を入れるとか圧力釜だとうまくいくとか。
でもやってみたらなんてことなかった。
錆びた釘も入れないし重曹も使わない、うちには圧力釜もないけどはじめて作ったときからこれまで一度も失敗したことはありません。
きっと人によって作りかたはいろいろあると思うけど、わたしは琺瑯の鍋に水1600cc、砂糖200g、醤油大さじ2、塩小さじ1を入れて煮たてて、沸騰したらザルに入れてざっと洗った黒豆を入れてすぐに火を止め、一晩置く。翌朝ふたたび火をつけて、沸騰したらアクを取ってとろ火にし、クッキングペーパーを丸く切って落とし蓋をして、蓋をしたまま4時間煮る、です。
ふつう、豆と砂糖と水の割合は1:1:6なのだそうで、それでいくと豆が300グラムだと水は1800ccになるけど、うちでは1600ccで十分だった。これでもできありの煮汁は多めです。今回使った砂糖は素焚き糖で、砂糖も割合からいうと100グラム少ないけど、これくらいで甘さも十分だった。
よく、豆にシワが寄ってしまったとかいうけれど、それは煮汁から豆が出てしまったせいだから、落とし蓋をして常に豆が水面に出ないようにすればシワが寄ることはない。
あくまで火はごく弱火。
途中、水がなくなって焦げるんじゃないかとつい心配になって蓋をあけて見たりしちゃうけど、水が1600あって弱火であれば、蓋をしたまま4時間煮ても煮汁がなくなって焦げることはない。
煮始めからほぼ4時間ぴったり。
今年もぴかぴかつやつや、おいしい黒豆ができあがりました。

ちなみに、黒豆といったら丹波の黒豆、と世間では決まってるけど、わたしが使ったのは自然食品屋のそら屋さんで買ってきた北海道産の黒豆。オーガニックでも一袋750円だけど、スーパーにふつうに売ってる黒豆と丹波の黒豆では丹波の黒豆のほうが2倍から3倍高い。豆の大きさも丹波の黒豆はふつうの黒豆より1.5倍大きくて煮上がった豆も黒々してて「さすが丹波の黒豆!」と思うけど、わたしはこれで十分です。

そして『輪花』というかたちの、この器。
粉引を得意とする女性作家の素敵な器なのだけれど、すごく正統的な和食器の感じがして、なぜかうちではお正月くらいしか出てこない。
黒豆にぴったりの器だと思う。
黒豆は煮汁もおいしくて、それに喉にもすごく良いから(黒豆サプリってのもあるくらい)、ヴォーカリストはお正月だけじゃなくてふだんから作ることをおすすめします。

ということで、正月二日の今朝は昨日のおせちの残りと黒豆。
紅白なますもお雑煮もこれで終わりで、気持ちはすでに『アンジャリさんのカレー』みたいのに向かっていて・・・・・・

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でも、お正月二日は毎年恒例、実家に挨拶に行く日。
そして、またしてもおせちを食べる。
もう夕方だというのに、まだ行列ができていた実家近くの八幡神社。
妹の黒豆は今年も丹波の黒豆。
今年は例年以上におせちをがんばって作ったそうで、いつもの自家製伊達巻、アーモンド田作りに紅白なますのほかに栗きんとんや海老の煮つけもあった。
例年だといつもそれがちょっと欠けたオードブル皿に盛られて出てくるんだけど、今年はきれいにちゃんと重箱に盛られて出てきた。その理由というのが可笑しいことに、いつからか実家にやかんの姿が見当たらなくて不便なので暮れにやかんをあげるといったら、その置き場所を確保するのにキッチンを片づけていて、母がむかし使っていた重箱を見つけたのだって。
「あの人のことだから安物じゃないのよ、春慶塗」と妹がいうので、「はー、春慶塗の重箱かあ」といったのでした。
でも、そんなこといったら、わたしがいつか買おうと思って伊勢丹で目を付けていた山中塗の重箱なんて、もっと高かったなあ・・・・・・
去年の暮れにみつけたのは普段使いにもなる渋い煤竹の重箱。
うっかり妹と自分のぶん、ふたつ買うところだったけど買わなくてよかった。
わたしはとうぶん重箱はいらない。
今年の暮れもおなじことで悩まないように、しっかりここに書いておく。

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2017年1月 1日 (日)

元旦の食卓

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2017年、元旦。の、あさごはん。
今年も自分で作ったのはお雑煮と紅白なますと黒豆だけ。
しかも黒豆はまだ鍋の中。
アーモンド田作りも作りたかったけど年末二日つづきの外出でそれどころじゃなかった。
暮れに友達から有機ゆずをもらったので、今年のなますはゆず入り。
あんまり酸っぱくなくて爽やかでおいしい。

毎年この日を迎えるたびに、「来年こそ自分でおせちを作ろう!」とか思うのだけれど、現実的にはいつもバタバタでいつもこれ。
そして『和食』が世界遺産になったように、『おせち』というのも遠い古の時代の日本の慣習、伝説の食として、いつか小学校の教科書に載るんじゃないのと家族と話すのもいつものこと。
それも嫌だから「来年こそ」と思って、なんでも形から入るわたしとしてはまずは気に入ったいいお重箱でも買って・・・・・・、なんて思うけれど、この程度のナンチャッテおせちですら食べてるうちにだんだんアンニュイになってくる子供ふたりを見てると、暮れの忙しいときにがんばっておせちを作ろうなんて気は全然しなくなってくる。
大体において、おせちはどれをとっても甘すぎる。
それに味が濃い。
いつも朝食は野菜か果物のサラダに、パンと珈琲、くらいしかとってない我々にはけっこう疲れる朝食といえる。わたしの歳でこうなんだから、わたしより若い世代の親たちなんてもっとおせち離れが進んでるんだろうなと思う。あるいは、もうとうにおせちなんかぜんぜん用意することなく、ただいつもより豪華なごちそうを並べるだけくらいのことになっているのかもしれない。

暮れまで忙しくしていた友達は、元旦に集まる家族のことを考えて、今年はおせちは買うことにしたといっていた。今日の今日まで巷で流行りの重箱に入った贅沢なおせちを買うことなんてまったく頭になかったわたしだけれど、デパートの地下であれやこれやお正月食材を買うことを考えたら、出ていくお金は一緒か、と思った。むしろ今日び、オーガニック食材を扱う通販サイトが売っている、消費期限が短くて添加物フリーの薄味のおせちを買ったほうが返っていいくらいかもしれない。
子供たちはお正月はお雑煮だけでいいというけれど、おせちが何もないのもなんだかさみしい気がするし、来年あたり一度買ってみてもいいかな。

わたしが一度はおせちをぜんぶ手作りしてみたいというのも、なんでもできないよりはできたほうがいいでしょう的考えと、ある種レジャーみたいな面白がりの気分が大半で、けしておせちそのものが食べたいわけじゃないから、そのためだけにいいお重箱を買うのは無駄かしらね?

そして、これだけは毎年欠かさない、お雑煮。
今年はうっかり三つ葉を買い忘れたので、ここにもゆずを入れて。
お餅はそら屋さんで買ってきた『そよかぜ農園』さんが杵と臼で搗いた玄米餅。
このお餅がまた市販の切り餅とちがってすごく厚みがあって、これで朝から死ぬほどお腹いっぱいになりました。

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酉年、おめでとうございます!

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気持ちよく晴れた朝。
空は雲ひとつない快晴。
2017年が気持ちよくはじまった。
酉年の今年のために、去年のうちに買っておいた渡邉知樹さんの鳥オブジェ。
好きな色と形、書かれた言葉で選んだけど、並べてみたらうちの家族みたいです。

うしろの松のポストカードは、ギャラリーにたくさんあった中からお正月らしいと思って選んだ藤川孝之さんの『松樹千年翠』(しょうじゅせんねんのみどり)。
その言葉の意味もさることながら、単純にこの線と形に惹かれました。
知樹さんの鳥とも合ってるんじゃないかなあ?

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酉年の今年は、それこそ大空を舞う鳥のように、それぞれが自由に羽ばたける年になりますように!
そして、この日めくりカレンダーの箱に書かれた言葉みたいに、『いまここでしか聴こえない声を』聴き、いまここでしか歌えない歌を歌おう!

2017年がわたしたちみんなにとってかけがえのない年になることをこころから祈ります。

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