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2016年10月10日 (月)

青葱を切る

16toru_fujimoto

気温がいちだんと下がって大気がひんやりした朝、藤本さんから詩集が届いた。
藤本さんに初めて会ったとき感じた清冽で静かな印象そのままに、美しい本。

 青葱を切る

このタイトルを見たとき、日常的に料理をする実に藤本さんらしいタイトルだな、と思った。
すぐにもひらいて読みたかったけど、今日はでかける予定があったから、あとできちんとこの本だけの時間をつくって読もう、と思って机の上に置いてから、あ、待てよ、電車の中で読もう、と思ってB5の和紙のレターペーパーを何枚か貼り合わせてブックカバーを作ってくるんだ。持ち歩いても汚れないように。
電車の中で詩集なんか読むのか、と思うかもしれないけれど、昔からわたしはそこを『幻想の箱』と呼んでいた。フルタイムではたらく勤め人のわたしにはそれくらいしか時間がなかった、ともいえるけれど、街っ子の性か、雑多な人の中でむしろ独りぼんやりできる自分がいた。
あまりにも混んでて本も読めないとき、つり革につかまって車窓に流れる外の景色を見ていると、ふいに言葉が降りてきたりして、ああ、わたしはまだだいじょうぶ、と安心したりもした。といって、その言葉を追いつづけることもできないまますぐに降りる駅について、怒涛のように現実の時間に押し出され、微かな言葉の気配のようなものはあっという間に虚空に掻き消されてしまうのだけれど・・・・・・
でもそれが、そんなに混んでない午後の電車なら、それはまさしく幻想の箱だ。
詩集は一気に読むものじゃないから、書き手の息づかいのままに言葉を音にしては止まり、音にしては止まりして、ときどき膝の上に本をひらいたまま窓の外をぼんやり眺めて、水面に投じられた小石が静かに波紋を広げてゆくように、自分のなかに広がるイマジネーションに浸るのが好き。

そうして今日、休日なのに意外と混んだ電車に乗って、つり革につかまったまま詩集をパラパラっとやったらすぐにいくつかの言葉が目に飛びこんできて、それだけで、ああっ! 詩って恥ずかしいな、と思った。言葉って恥ずかしい。
それから席が空いて、電車のシートに座ってこんどは落ち着いて詩集をひらいた。
そして最初の詩を読んで、この人ってすごくリズム感のいい人だな、と思った。
息が合う、ということだと思うけど、どんなにすごい賞を獲った新進気鋭の詩人の詩でも、そこが自分とまったく合わないと、自分のなかに入ってこないし、チューンしないから。藤本さんはわたしより遥かに年下の方だから、もう自分なんかとはかけ離れた感覚の言葉を綴る人かと思いきや、そんなことは全然なくて、むしろそれは自分になじむものだった。

最初の詩は、瞬く間に過ぎてしまう『春』という、一見のどかで優しげな季節の、明るくて空虚な、誕生あるいは開花に向かって一気に充溢していく生命のエネルギーの中で主体が感じている落ち着かない、くるしい感じをよく描いていて、その前のめりな勢いがこの詩集のスタートにぴったりだと思った。この詩を最初にもってきたところがまず素晴らしい!
それから数編、春の詩がつづいて、そう、この詩集は春ではじまるんだな。
藤本さんのなかで激しくいろんことが動きはじめたのが春だったのかもしれない。
数年前の。

『ミチルの夏』まで読んで本を閉じた。
後半の、言葉の臨場感が凄かった。
女言葉で書かれた一見ライトヴァースのこの詩のなかには、母親の死に直面した若い女の子のリアルな感覚が見事に描かれていて、それは自分の経験したことともちょっと重なって、いったい藤本さんてなんなのかな、と思った。
つまり、近くにいたらぜんぶ見透かされそうな。
それから隣に座っていた娘に「藤本さんの詩、すごくいいよ」といった。
よかったね、と娘が笑顔でいった。

詩集に添えられた、本のタイトル文字そのままの細い字で書かれた手紙には、『月並みな言い方ですが、あとはひとりでも多くの方のところに届き、そのひとりひとりの方の中で詩が育っていって欲しいと思います』と書かれていた。
自分の書いた詩が他人の中で育つ、なんて自分では考えたこともなかったけれど、たしかにそういうこともあるかもしれないなと思う。
ときどき何かの風景を前にして、自分の言葉じゃない、自分がこよなく愛する詩人の言葉の断片がふいに頭に浮かぶことがあって、それは繰り返しその詩を読んだことでいつの間にかそれが自分の血となり肉となったからだと思っていたけど、それもまた詩が育った結果といえるなら。

藤本さんは中央線沿線に住む30代の詩人さんで、藤本さんのまわりには彼を支援するたくさんのご友人、たくさんのクリエイターたちがいるから、文字通りこの詩集はたくさんのひとたちの元へと運ばれるだろう。
そういう人の中には今回はじめて詩の本を手にした、という人もいるかもしれなくて、この詩集の中にあった『種』ではないけれど、人のこころを詩に導く最初の種となるかもしれない。

滅多に好きなものがない、お世辞は全然いえないわたしがいいと思った詩集です。
気になった方はぜひ手にとってみてください。

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藤本 徹 第一詩集 『青葱を切る』 

 装幀 清岡秀哉
 装画 西 淑
 印刷 繁栄舎印刷

 お取扱い店

 ●高円寺 Amleteron

 ●西荻窪 服と雑貨 イト

 ●吉祥寺 食堂・音楽室 アルマカン

お取扱店は徐々に増えていくんだろうなと思います。
11月には阿佐ヶ谷CONTEXT-s(ing企画)で出版記念展もされるそうです。

藤本さんのメールアドレス oldblindcat99@gmail.com に直接ご連絡すれば
送料込み1800円で送ってくださるそうです。

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