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2016年10月31日 (月)

カラフル・モーニング

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昨日イベントに参加してもらった吉川裕子さんの耳付きカップ。
カラフルな色もユニークな形も、どこから見てもめちゃくちゃかわいいです。

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裏だってこんなにかわいい。

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日だまりみたいな温かな陶器の質感と、いつもちょこっと入った裕子さんの空いろがとても好きです。それに今回は濃いインディゴ・ブルーがアクセントになって。
今日は新月だから、さっそく使うことにしよう!
こないだカルディで買ったデュカ。
ローストしたナッツ類にゴマとスパイスをブレンドした中東発祥のディップですって。

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エキストラバージンオイルをたっぷり入れてまぜて、パンにつけて食べる。

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くるみやカシューナッツがザクザク入ってて芳ばしいけど、でもこれクミンの風味が強くてほとんどカレー味です。塩味もかなり効いてるから、これパンにつけるよりサラダや炒めもののトッピングにしたほうがおいしいんじゃないかな。カレーのごはんにも合いそう。
そして裕子さんのこの器にはチリビーンズもおからの煮ものも、それにスウィーツだって合いそうです。そうやって考えてるだけでも楽しい。

夏のおわりの台風ラッシュ以来ずっと野菜が馬鹿みたいに高くて高くて嫌になるけど、今朝は昨日より寒くないからたっぷりのサラダ。
裕子さんの器とおなじくらいカラフル♪

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2016年10月30日 (日)

初冬のアンブリッジローズ

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今朝、洗濯機を回しながら、昨日出したばかりのテーブル下のハロゲンストーブを点けて、トースターでパンを焼きはじめたら、しばらくして電気のブレーカーが飛んで、ああ、またこの季節がやってきたか、と思った。

子供たちがまだ小さくて、わたしがまだ都心まで通勤していたころ、いつだって朝は戦争みたいだったけど、それが冬ともなると、キッチンのガスコンロの片方で子供たちのお弁当のおかずを作り、片方で朝食を作り、紅茶と珈琲のお湯を電気ポットで沸かしながらトースターでパンを焼いているときにどうかして誰かがドライヤーを使ったり、ハロゲンストーブを点けたりするとブレーカーが飛んで、さらに戦争の度合いが増すのだった。
水がつめたくてなかなかお湯が沸かない冬には、あっという間にお湯が沸く電気ポットは重宝だと思ったのだけれど、あんまりブレーカーが飛ぶので早々に実家にあげてしまった。さんざん色と形を悩んで買ったティファールのかわいいのだったんだけど。
いまでは実家で父が愛用している。
(でも実家でもやっぱり冬はブレーカーがよく飛ぶみたいだ。)

毎朝カーテンをあけて見える外の景色が、日に日に白っぽく、冬っぽくなってきた。
寒い朝。
ひんやりつめたい大気に透き通るようなアンブリッジローズ。
ばらがこんなにうつくしく咲くのも、あとすこしのことだろう。

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2016年10月27日 (木)

終わりと始まり。秋の暖かな朝。

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今日は朝起きるなりベランダで蜘蛛騒動とコガネムシ騒動があって、仕事に行く息子を送り出してキッチンで洗いものをしてたら電話が鳴って、元気に出たら鳥取の母だった。
わたしの声を聞くなり「早苗ちゃん、若いわねえ! 娘みたいな声して!」と勢いのある元気な弾んだ声。「そういうお母さんこそ若いです。昔とぜんぜん変わってない!」というと、「みんなに化け物みたいだっていわれるのよ」と明るい声でいう。
そして、昨日はこころのこもった贈りものをありがとう、ひとつひとつの品物ぜんぶに早苗ちゃんのこころがこもってるのがわかって、あけた箱の前で泣いたわよ、という。逆の立場だったらきっとわたしも泣いたと思う。
今朝さっそくいただいた珈琲をドリップして飲んだ、といわれてホッとした。

数日前に84になったばかりだという母はここ十年風邪ひとつひかず、医者にもまったくかからず、胃薬も頭痛薬も風邪薬も飲んだことがないというのでびっくりした。
素晴らしい!
わたしよりずっといいくらいだ。
そんなだから84になったいまでも杖もつかずに歩けるし、よく老人が押して歩いているようなカートもいらないという。
そして、そんなことをいう以前に、とにかく声が若くてイキイキしているのだ。
ボケとは無縁の80代、という感じがした。

でも残念ながら、はじめて会ったとき『ネバー・エンディング・ストーリー』に出てくるファルコンそっくりだと思った、あの温和で知的でやさしそうな父はすでに亡くなっていた。もう5年も前のことだった。
父が仕事でひとりで東京に来たときだったか、2回めに3人で食事をしたとき、「息子が結婚するんじゃなかったら間違いなく自分が結婚するんだったよ」といって笑わせてくれたひと。あの言葉でずいぶんなごんだし、わたしはあのとき気持ちを決めたんじゃなかったかな。だからショックだった。

それまで、何をするにもお父さんにすがって生きてきたから、お父さんが亡くなった後はこれからどうやってひとりで生きていったらいいかわからなくなって途方に暮れてしまった、と母はいった。人間、どこからこんなに涙がでるものかと自分でも驚くくらい、半年くらいは泣いて暮らしたという。それはそうだろう。二十歳で結婚してほとんど喧嘩をすることもなく仲良く59年も連れ添った相手が、ある日とつぜん目の前から消えてしまったのだから。
でも亡くなったときはほんとうに静かな逝きかたで、どこも痛いところもなく、まったく苦しむこともなく、とてもきれいな死に方だった。亡くなる三ヶ月くらい前のこと、何を思ったのか父は「こればかりは年の順番だからね。しかたがないんだよ。だから僕がいなくなった後はあなたはもう自分の思うように、自分の好きなように生きなさい」といったのだそうだ。
そして亡くなった日はちょうどいちばん上のお姉さんの誕生日の日で、「今日はKの誕生日だね」といったのが最期の言葉だったという。

母は、いまでもさびしいのはさびしいけれど、娘にうちに来ないかともいわれるけれど、でもいまはここでひとりで暮らすのがいちばん自由で気が楽なのよ、といった。
娘には、一人になってさびしいとは思うけど、あんなやさしい人と結婚できてずっと一緒に暮らせてこれたんだから、さびしいときはお父さんと結婚して最も楽しかったころのことを思いだしなさい、といわれたらしい。それもよくわかるし5年経ったいまならそれもできるかもしれないけれど、でも一瞬にしてその絵を頭に思い浮かべてしまうわたしには、それもなんだかすごくさみしいな、と思った。わたしが長いこと苦しんだのはつらかった思い出より楽しかったきれいな思い出のほうだから。もしわたしが何かいえるとしたら、なんでもいいから、ほんとに料理でも絵手紙でも塗り絵でもなんでもいいから、何かひとつ自分が熱中してできることをみつけたほうがいい、というだろう。
そして誰でもいいから人と話すこと。
人と関わること。

ひとしきりいろいろ話してもうそろそろ電話も切れようというころ、母の口からいつもの言葉が出かかったので、わたしは「もうそういうのはやめにしましょう。ずいぶんと時間が経ったのだし」と制した。すると母は「これからはただの友達でいてください」といった。きっぱりと、清々しく。まるでわたしより年下の若い人みたいに。
それでわたしも「はいはい、そうしましょう。よかったらまた電話してください。雨がつづいてくさくさするときとか風が強くてなんだか心細い夜とか。わたしもまた電話します」といって、お互いに何度も「ありがとう」といいあって電話を切った。
なんだか長い時間の終わりと始まりみたいだった。

朝の時間に電話で40分も話していたせいですっかり朝食が遅くなって、朝ごはんは昨日深夜のスーパー・マーケットで買った、さつま芋と紫芋と栗とかぼちゃがごろごろ入った秋のグラノラ。
ハニー・ベアのはちみつをかけて。
「これ空っぽになったらわたしにくれない?」と娘がいう。
「もちろん。あなたがいなかったらこんなの買わないわよ」とわたしがこたえる。
あたたかな朝。

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2016年10月26日 (水)

PINK FLOWERS *

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晴れた朝。
ひさしぶりに食卓にあのひとが選んできた花がある。
まっかなガーベラと強い匂いのするローズマリー。


でも食卓に花がないときにもこの部屋にはいつも花の気があった。
朝も、昼も、夜も。いつだって!


なんて素敵なことでしょう!

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『PINK FLOWERS』 by Tomoki Watanabe

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2016年10月25日 (火)

晴れのち曇りのち雨

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朝パジャマを着たまま窓辺で陽に当たりながら爪にやすりをかけていて、ふと見上げて撮った空。
このときは晴れていて陽射しもまだ暖かかったんだけど、午後になったらまたもや曇ってきて、夕方、花屋に行って雨に降られた。
花屋は「これはもう山の天気だね」っていう。
行く途中、冬みたいにウールのストールをぐるぐる巻きにしてる人を何人も見た。
まだ10月なのに。
暗くて寒かったせいで『真っ赤なハートの女の子』みたいなガーベラと元気な緑のローズマリーを買った。
せっかく行ったのに10分もいないで帰ってきた。
雨のなか自転車飛ばして。

今日は部屋の中にいて娘が「寒い」という。
たしかに寒い。
体温がぜんぜん上がらない。
うちは暖房器具はもちろん、まだ扇風機さまが澄ました顔でリヴィングにいらっしゃるというていたらくなのだけれど、そろそろ扇風機をしまってホットカーペットを出さないとなあ、と思って、はたとわからなくなってしまった。去年、あのへたったホットカーペットカバーを捨てたんだったか天袋にしまったんだったか。
たいていの場合、捨てたつもりで天袋にしまってあって、「今年は我慢して、あとワンシーズン使うか」となるんだけど、その自分の性格を見こしてか、さっき見たらなかったから今年はついに捨てたらしい。
今年はついにホットカーペットカバーを買わないとだなあ。
冬って毎年、何かとものいりだから嫌だよ、
なんて考えている凡庸にして現実的な日。

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2016年10月24日 (月)

幻の鳥取

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昔から鳥取砂丘は一度行ってみたいところだったけど、今年の夏、そのひとがインスタグラムにアップする写真で、鳥取が自分が思っていた以上によいところだと知った。
どこか昔懐かしいようなビーチと、海の家。
温かいひとたちがたくさん住んでそうなイメージ。

そんなふうだから、どうしたって思いださずにはいられなかった。
そこはかつてわたしが結婚していたひとの両親の故郷でもあって、彼らふたりは若いとき駆け落ち同然で家を出て、北海道で暮らすようになったのだと、むかし義理の母に聞いた。そのときわたしは若かったし、自分の親が見合い結婚なものだから、駆け落ち結婚なんてロマンチックだなあ、と思ったけれど、実際のところはどうだったかわからない。
それほどたくさんのことを聞いたわけではない。
ただ言葉の端に出てくる『倉吉のおばちゃん』とか、そんな言葉が頭に残っていて、だから倉吉の写真がアップされれば、ああ、ここがあの倉吉ってところなんだ、と思って眺めた。
鳥取を出てからずっと北海道で暮らしていた両親が再び故郷に帰ったのは、いくつくらいのときだったろうか。
北海道といっても東京とあんまり変わらない札幌市内で暮らしにくらべたら、そこはずいぶんとさみしいところだったに違いない。
家の裏は山で、冬は山から風が吹いてくるの、と母はいった。
わたしはついに鳥取に行くことはなかったけれど、小さかった息子は父に連れられて一度だけ鳥取に行ったことがある。夜行列車で。
あのときわたしが行かなかったのは妊婦だったからだろうか。
あとから向こうの家や近所の公園や、砂丘で撮った息子の写真を見せてもらった。
砂丘の先は海なのだという。
海の写真はなかった。
わたしもいつか、家族みんなで行きたいです、とわたしは母にいった。
鳥取砂丘で家族みんなで写真を撮るのが夢だった。
いつものごとく、その絵はすでに頭にあった。
いつも現実より美化されてしまう、お馬鹿なわたしの頭の中に。
そしてけっきょく、かなわなかった。

離婚してからもときどき鳥取の母とは手紙や物を送りあったり電話で話したりした。
まだまだ慣れないさみしい3人暮らしのなかで、母の送ってくる荷物はいつもちょっと泣けるようなものだった。
詳しくは書かないけれど、とても日常的なもの。
ありがたく思うのと同時に、ちょっと切なくなるような。
そして、わたしがお礼の電話をすると、きまって最後に母に謝られるのがしんどかった。
わたしはいつも最後に「いつか子どもたちと一緒に鳥取に遊びに行きます」といった。
それはわたしのなかではいつか果たさなければならない約束みたいなものだった。
そういう、どこかぎこちないやりとりの何年かが過ぎて、向こうから何もいってこなくなった後もわたしは何かの折りをみつけては贈りものをした。
でもいつも最後は謝られるばかり。
それにそんな言葉とは裏腹に、どれだけ時間が経っても心を割ってつきあってくれない頑なさに、だんだん疲れてしまった。自分の息子をバカ息子といいつつ、たった数回しか会ったことのない孫よりは、やっぱり自分の息子のほうがかわいいんだなあ、と思った。
そりゃそうだ。
それは、わたしも一人息子を持つ母親の身だからわかる。
しだいに自分がするわずかなことで返って相手に気詰まりな思いをさせているんじゃないかという気がしてきて、「もういいかげんやめたら」という親友の言葉を期に、こちらから連絡するのをやめた。
たぶん、もう十年以上前のこと。
ただ自分の中に果たせなかった約束だけがいつまでも残った。

そんなわけで鳥取の景色を見ることが多かったこの夏、思いだしたのは母の子どものころのこと。
わたしの母は樺太から着の身着のまま本土に引き揚げてくるときに写真の一枚すら持ってくることができずに何もかも失ったけれど、鳥取の母は母で、子どものときに遭った鳥取地震で家ごと何もかも失った経験を持つ人だった。
いま計算すると12歳のときだった。
それはどんなにいたましい経験だったろう。
そんなことを思いだしていた矢先に先週、鳥取で地震が起きた。
ちょうど娘がアルバイトに行く前に一緒に遅いお昼を食べていたときで、わたしの携帯が鳴って、地震発生のメールを見て思わず上げたわたしの声のほうに娘はびっくりしてた。そのままアルバイトに出かけた娘も気になったようで、帰って来るころにはわたしの知らなかった情報を教えてくれた。
それでいろいろ考えたけどやっぱり何もせずにはいられなくなって、今日ときどき行く自然食品屋さんに行って、細々みつくろったものを箱詰めして送ってもらった。
もうわたしには母があれほど好きだった珈琲をいまも飲んでいるのかいないのか、豆でよかったのかダメだったのかもわからないし、うちの単純な親と違ってちょっと難しいところのあるひとだから素直に喜んでもらえるかどうかわからないけれど、あとは天にまかすだけ。
地震で壊れた地域の復興と、余震が治まって住民に穏やかに暮らせる日々が早く戻ってくることを祈るだけだ。

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白の断片

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昨日、つぼみ付きで届いたばら。
リトル・ホワイト・ペット。
濃いピンクの小さなつぼみがひらくと、純白のポンポン咲きになる。
花の中心にはグリーンのボタンアイ。
オールドローズ『フェリシテ・エ・ペルペチュ』の枝変わり品種といわれる四季咲きのシュラブローズ。
この秋のニューカマー。

爽やかなブルーの秋空に、白の断片。

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2016年10月23日 (日)

花屋の好きな季節 *

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夏のいいところは夕方5時でも明るくて、まだまだこれからって思えるところ。
でも10月の終わりともなればそうじゃない。
今日、午前中は気持ちよく晴れてたけど、午後からは曇りはじめて暗くなった。
最近、お天気が一日つづかない。
そしてもう4時も回ろうとするころ、今日まで『白の断片』、[Fragment de blanc]というイベントをやっているコトリ花店に行ってきた。
ここに最後に来たのは6月だから、ゆうに4ヵ月ぶり。
その間、花屋もわたしもいろいろあったのだろうけど、ふたりきりになるなり素敵なニュースを聞かせてくれた。
今年、変わったもの、変わらないもの、変わってゆくもの・・・・・・
あとふた月と数日で2017年がやってくる。
来年がどんな年になるかはわからないけど、たとえば目の前に木の箱があったとしたらすぐにどうしたいかイメージが湧くように、あたらしい年をどんな年にしたいかっていうイメージは大事だね。

夏好きの2月生まれと冬好きの2月生まれ。
じきに花屋の好きな、そして花屋にとって過酷な寒さの冬がやってくる。

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2016年10月22日 (土)

突然あいた休日

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今日はなんだかヘンな日だったな。
久しぶりに元気にスイミングクラブに行ったら「すみません。プールのろ過装置が故障して24日まで休業です!」といわれ、服の下に水着を着てたからそのまま市民プールまで行って泳ごうかと思ったけどポツポツ降ってきたからあきらめて帰り、こうなったらユーロスペースで映画でも見ようと上映スケジュールを調べて家を出るも、西武線と中央線のタイミングが悪かったうえに中央線が例によって遅れて、車中でさんざん考えたけど、でもどうやってもこれぜったい間に合わないぞとあきらめて、各駅に乗り換えて西荻窪で降りた。
せっかく突然あいた時間なんだから、いつもとは違うところでごはんでも食べてから+cafeでゆっくり本でも読もうと思ってさんざん歩き回ったけど、自分ひとりで入っても気分よく過ごせそうなところが見つけられずに、けっきょくいつもの+cafeに。
カレーをハーフで頼んで珈琲をポットでもらってクリームブリュレを食べて。
たっぷり2杯分の珈琲をのみながら、誰にも邪魔されずにじっくり藤本さんの詩集が読めたのがよかった。

それで、そろそろ帰るかなと思っているところにドアが開いて、あんとす堂さんが入ってきてびっくり。
休日のせいかいつになく+cafeは混んでいて、わたしが座っている大きなテーブル席しかなく、ここで待ち合わせた相手が来るまでまだ時間があるという彼女とちょっと話した。実は予定が変わった瞬間、誰かと会いそうな気がしたのだけれど、まさかそれがあんとす堂さんとは。自分が好きでたまに行くカフェが、自分の知ってる人のお気に入りでもあったという偶然。まさか西荻で知り合いに会うなんて。
世の中も変わったね。
じゃなくて、わたしも変わったね。
わたしよりずっと常連そうな彼女が、メニューを持って来た店員さん(ユロカフェさん)にわたしのことを指さしながら「友達でした!」とすごく屈託なくいったのもびっくりしたし、なんだか単純にうれしかったな。
はー、わたしって、あんとす堂さんの友達だったんだ、って。
彼女のその言葉も、その屈託なさも。
そして、そんな彼女自身からも、わずかな時間に彼女が生き生きと語ってくれたことからもたくさんの気づきがあって、まるでオラクルみたいだった。
今日はこれをうけとるためにあったみたいな。
そしていまの自分が見えた。

人っていうのはまさに鏡だね。
ふだんから研ぎ澄まれた彼女みたいな鏡には、ほんとうによく自分が映る。
それは人のこころを見透かすのとは全然ちがうアプローチ。

だから今日はプールで泳げなかったし、見たかった映画も見られなかったけれど、よい日だったと思う。
チャリン。(ブタのsmall happiness貯金箱に500円玉を入れる音。)

ちなみに+cafeさんのクリームブリュレはめちゃめちゃおいしい。
これが300円で食べられるなんて、これもわたしにとってはsmall happinessだね。珈琲だって、わたしがポットで頼めるくらいおいしい。
ぜひなくならないでほしい。

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秋のクレア

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ここ数日、気温が高くて夏日みたいな日もあったけど、今朝はまた気温が下がった。ここから先はもう寒くなるいっぽうかな。

ベランダにでるとどこからかすごくいい香りがして、クレア・オースティンが一輪。
てっきりクレア・オースティンはこの夏枯れたと思っていたのに、だったらあの枯れたばらはなんだったんだろう・・・・・・
ネームタグをはずしたベランダではときどきこんなことが起きる。

白ばらの繊細なうつくしさといったら格別で、しかも一輪でこの香りだから、ベランダ中がこのばらで満たされたらどんなにいいだろう、と思うのだけれど、白ばらの脆弱さゆえそうはならない。

限りなく白に近いレモンイエロー。
ミルラとヘリオトロープの香り。

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2016年10月20日 (木)

ここからちょっとづつ。

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今年の西荻ラバーズフェスのときイトさんで2枚買った知樹さんの手ぬぐい。
猫ピンクは娘にあげて、娘の部屋の壁に垂れ幕みたいに下がってる。
わたしの鳥ブルーは、ずっと玄関に額装して飾ってあった『かまわぬ』の群青に桜の手ぬぐいと入れ替えようと思いつつ、ずっとできずにそのままになっていたのを、今日やっと入れ替えた。
手ぬぐいのちゃんとした額装のやりかたは昔『かまわぬ』の友達に聞いて知っていたのだけれど、水張りして一晩置くのは面倒なので、アイロンかけてちゃちゃっと簡単にやってしまった。知樹さんの自由奔放な絵のおかげで上と下がちょっと切れちゃったけど、いい感じ。

この手ぬぐい、動きのある鳥の絵もいいのだけれど、絵に添えられたローマ字で書かれた言葉もよくて、『好きなところへ好きなときに』『だったらそれをして自由になればいい』『あるがまま』『心と言葉』『日々、変わってゆく』『いま、ここから』『わたしは魚たちの話を聴くのが好きです』『ちゃんと伝える』『世界にはたくさんの川が流れている』『世界へ』『おはよう』なんて書かれていて、とてもいい。

ちいさなことでも部屋の中の何かを変えると気があたらしくなる。
これまで気になりつつできなかったことができると気持ちがすっきりする。
今日まで直せなかった習慣が改善できると健康になる。

ここから先はそんなことをせっせとやっていこうと思う。
今日から今年一年の終わりまで。

ここから、ちょっとづつ。

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2016年10月18日 (火)

I Will Say Goodbye **

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10月、といってわたしがすぐに思いだすのは、『秋のひかりにきらめきながら/指のすきまを逃げてくさざ波』ではじまり『グレイの影と私だけの十月』と歌うユーミンの『さざ波』で、ほんとに自然と口をついて出てくる。それでいまは、そういう季節と時間と感情とがぴったり合わさるいい歌がなくなったんだよ。
しみじみそう思う。
それでもう、10月も半分を過ぎたいまの気分にぴったりくるのは、『I Will Say Goodbye』かな。

どこまでもうつくしい。
ビル・エヴァンスはまるで呼吸するようにピアノを弾いていて、その指先からはまるで波のように、際限なくメロディーが生まれては押し寄せてくる・・・・・・

わたしがこのレコードを買ったのは22、3のころ。
高田馬場の駅前にあったレコードショップで。
ビル・エヴァンスのアルバムにかけられた帯にはどれも『究極のリリシズム!』『美の極致!』なんて言葉が躍ってて、そんなアルバムをレジに持って行くのがすこし気恥ずかしかった。
当時はもうサンスイ・4チャンネル・サラウンドシステムじゃなくて、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買った自分のオーディオで、BOSEのスピーカーから流れる音を聴いたたんだったかな。もう忘れちゃった。
たぶん、数あるビル・エヴァンスのレコードの中からほとんどジャケ買いでこれを買ったんだと思うけど、聴いたらどれをとってもいい曲ばかりの名盤で、昔からこれに入ってる『Seascape』が好きだった。
静かな諦観に満ち溢れてはいるけど、午後の海のような煌めきもあって。
そう、これを聴いているといつも海に行きたいなって思うんだ。
それからこれまで、いったいどれだけ聴いたことか。
だからこれも血となり肉となっていて、どうかした拍子にふいにメロディーが頭に浮かんでくる。

もうずいぶん昔のこと、モーツァルト狂の叔父は火葬場で、自分の葬式のときにはぜったいモーツァルトのレクイエムをかけてもらうんだと熱く語っていて、それを聞きながらわたしは、死んですぐにそんなものかけられたら心臓ドキドキしてがん箱突き破って生き返っちゃいそうだから、わたしはフォーレのレクイエムのほうがいいな、そっちのほうがずっと心が安らぐ、と思っていたけど、今朝これを聴いていたら、ああ、これでもいいか、と思った。
これくらいさりげなくライトなほうが自分らしくて。

ジャケ買いといいつつ、当時はこれってちょっと取って付けたみたいなチャチな写真だなと思っていたんだけど、あっという間に景色の向こうに消え去る車を見つめるような別れって、もしかしたらある意味すごく理想的かもしれない、といま思う。

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2016年10月17日 (月)

枯れそうなセルリア

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今日も朝から雨。
10月になっても気持ちのいい秋晴れの日がつづかない。
ここ数ヶ月、花を買いに行きたいタイミングは何度もあったけど、ずっと雨つづきだったり体調が悪かったり仕事がバタバタしててまったく時間に余裕がなかったり他に行くところがあったりで、ぜんぜん行けない。
今日もどうやら行けなさそうだ。
最近はもう5時には暗くなりはじめるから、花屋に行ける時間は短い。

いまにも枯れそうなセルリア。
これはセルリア・カルメン。
土曜日、プールに行く前にバチバチっと剪定して鉢から引っこ抜いてバイタル液に漬けておいたのを、帰ってきたあとネイティブフラワー専用培養土で植え替えた。
案の定、小さな鉢いっぱいにぎゅうぎゅうに根が回っていて根詰まりしていた。
これじゃ水を吸い上げないわけだ。
こんなになる前、葉先が黄色くなって落ちはじめたとき、すぐにも植え替えるんだった。8号鉢では大きいかと思いきや、全然そんなことはなく、セルリアもメラレウカもけっこう大きくなる植物だから、けっきょくはばらとおなじ、8号か10号はいるってことだ。

外はだいぶ気温が下がってきたし、いまは剪定する時期じゃないからこれで復活するかどうか・・・・・・。
これだけ株がしっかりしてれば持ち直しそうな気もするけど、太いばらの木だって枯れるときは枯れるしな、なんて思っている。

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2016年10月16日 (日)

母の十七回忌

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わたしは母のお下がりの肩パッドがばしっと入った昔風のちょっと大きめの喪服、娘はわたしが失業してたときにリクルート用に買って、なんだか自分にはちょっと違うと思って譲ったポール・スミスのスカート・スーツ、息子は成人式のときに買ってあげたスーツにロンドンブーツという、家族全員慣れない猫スーツ(猫かぶる、または借りてきた猫、の意から)姿で母の十七回忌の法要に行く。
直前まで息子が履く靴がないからいつも履いてる花柄のコンバースで行くとかいって、まいる。結婚式ならまだしも、法要でそれはやめてといったけど、ほんとにどこまでがギャグでどこまでが本気なんだか。ほんと困ったもんです、うちって。

十七回忌の法要といっても、家族5人だけのごくごく簡素な式。
地方の大きな家や、由緒正しき家柄の方々はいまでも古式ゆかしく盛大にされるのでしょうけど、こういうことも一昔前とはぜんぜん趣きが変わってきました。
昔はけっこうコンサバティブな家系かと思っていたのに、いまや葬式はするな誰にも知らせるな坊さんはいらないと言い遺す身内さえいて、一族郎党が一堂に会する機会もほとんどなくなった。

今日のびっくりは、真言宗のお経をあげてくださったお坊さんが持ってらした小さな経典が、なんと横書きで書いてあったこと。
いちばん前にいた妹には見えてしまったんですって。
もっともこのあいだの叔父の一周忌のときなんか、はじまる直前にバイクでお坊さんがブーンとやってきて、終わったらまたすぐにブーンと帰ってしまったものな。

どこかプラスティックな法要を終えた後、それで今度はいつなのと妹に聞くと、わからないからいま事務所に行くついでに聞いてくる、と。帰ってきた妹いわく、昔はみんな三十三回忌までやったものだけど、いまは十七回で終わりにされる方が多いそうです、って。だからうちもこれで終わりでいいみたい、という。ふーん、そうなんだ、といいつつ、もうこういうことをすることもないんだ、という、どこか解放されたような気分と、ほんとにもうこれで終わりでいいの? という気分で、ちょっと複雑。
帰りはいまの父の足でも歩いて行けるところ、という理由で選んだお寿司屋で、みんなで遅い昼食をとった。
法要が終わった直後はポツポツきかけていたのに、食事が終わって外に出るときれいな青空で、ともあれ今日は雨が降らずにお天気がもってくれてよかった。
そして家に帰りつく前に見た、今日のうつくしい夕空。
何かがひとつ完了したせいか、それとも久しぶりに慣れない猫スーツで一日すごしたせいなのか、とくに何をしたというわけでもないのになんだか妙に疲れた。

自分がごくごく幼かったころ、父方の(もう誰かも憶えていないけれど)葬式が相次いで、葬式だ納骨だ法要だというと、いつもなぜかたいていひどい雨の降る、暗くて寒くて陰気な日で、そんな日に墓石の前の石をずらして骨壺を納めるところなんかを間近で見ちゃったりしたものだから、それ以来わたしは大の墓嫌いになって、子どものころから死んでも絶対わたしは墓だけには入りたくないと思っている。
同様に、わたしは自分の子どもが小さいときから、おかあさんが死んでも絶対に菊だけはやめてね、といってあるけど、自分の母の通夜から葬式のときにはその思いをさらに強くした。真冬の部屋の祭壇に大量に飾られたの菊の匂いは、わたしにとってはまさしく死臭そのものだった。いま思えばそれは菊の香りそのものというより、腐りやすい菊の茎が腐らないように水に入れられた防腐剤の匂いだったとも思うのだけれど・・・・・・

いつだったか、絵描きの山下美千代さんの描く水彩の似顔絵がとても素敵で、あんな似顔絵だったら自分も描いてもらいたいと娘にいったら、「それを遺影にすれば?」とアッケラカンといわれてガーン!と思ったことがあるけど、これからはそういうのもありかもな、と思う。
そのときに、おかあさんもあの叔父じゃないけど葬式はいりません、といったら、娘は仏壇もつくらないと思います、といって、だってうち仏教じゃないしね、というから、まぁ、そうだね、といって笑った。たしかにそうだ。

今日、夕食後のくつろいだ時間に娘が、うちはおかあさんが死んだらどうしたらいいの、と素朴な疑問を投げてきたから自分も、どうしたらいいんだろうね、といって、まずは教会に電話したらいいんじゃないの、どうしたらいいか、そのあたりのことは今度てるちゃんに会ったらちゃんと聞いておくよ、といった。
こういうことを書くと変な家だと思う人もいるだろうけど、ふだんからこういう話がふつうにできて、生きてるうちに子どもに何がしかのサジェスチョンを与えておけるのはいいことなんじゃないかと個人的には思う。

人はいつか必ず死ぬし、時は瞬く間に過ぎ去るから。
わたしもいささか遅ればせながら、自分が死んだら最低限のことがチャラになるくらいの保険にでも入っておくか、とか、考えるこのごろ。

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2016年10月15日 (土)

今季初鍋

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思いきりよそんちの夕飯に影響されちゃって、今夜は鶏団子鍋。
ついこのあいだまで珈琲のむのも暑かったのに、もう鍋ものが食べられる季節になったとは、今年はほんとに早い。

ちなみにうちの土鍋は結婚したばかりのころに、当時雑誌に載るような渋谷のお洒落な雑貨屋さんで買ったもので、かれこれ20年以上使ってる。
いまだともっと渋くてカッコイイのがいいと思うんだけど、当時引っ越したばかりの新築のマンションの、何もかも白いキッチンにはこんな洋風なのが感じだった。
貫入の陶器だからもっと汚くなってしまうかと思ったけれどそんなこともなく。
壊れたら買い換えようと思うんだけど、ぜんぜん壊れないから買い換えられない。
つまりわたしの結婚生活よりずっと堅牢だったというわけで、素晴らしいとしかいいようがない。

鍋の具は昆布と鰹の合わせ出汁に白菜、長葱、しめじ、豆腐、シラタキに鶏団子。
わたしの鶏団子の作りかたは鶏ひき肉300グラムに刻んだ長葱1本、酒、塩、胡椒、鶏がらスープの素少々、それに玉子1個と片栗粉小さじ2をよく混ぜて練ったもの。
これ、めっちゃうまかったです。
お酒が飲める人はこういうとき、ごはんは食べないでお酒飲むんだろうね、とか話しつつ・・・・・・

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ブログもSNSもやってない人は、ふだんどんな暮らしをしてて何を考え毎日何を食べてるかなんてことは他人には全然知りようがない。知りようがないのがふつうでごくあたりまえのことで、なんでも見えて知ってしまうことのほうがある意味おかしいこととは思うけれど、ふだん会えない(あるいは全然知らない)人の日常を垣間見ることでほっとしたり、実際人に会ったら自分のことはあまり話さない、話すより書くほうが得意な自分みたいな人間にとってはやっぱり便利なツールだと思うのです。
たとえ電子上であれ、人は何かしら影響し合って生きてるものだと思うから。

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秋のひかりにコスモス揺れて

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プールで泳いだあと、あんまり気持ちのいいお天気だから、ちょっと足をのばして中央公園まで走った。ひと群れの萩が見たくて。
でも、残念ながら萩はもう終わってた。
かわりにコスモス。

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でもそれももう終わりかけみたいだ。
今年はひまわり畑もコスモス畑も見なかった。
寒くなる前に父をどこかのばら園に連れて行けるだろうか。

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近くでは子ども連れとか若い夫婦がキャッチボールをしたり犬を遊ばせたり・・・・・・
いつもと変わらぬ休日の平和な風景。

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コスモスは正面から見るのもいいけど、横顔や後姿が好き。
青くさい草の匂いのする無邪気な少女みたいで。

束の間の秋の日。

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部屋の下の草むらには昼間の水玉ちゃん。

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2016年10月14日 (金)

水玉ちゃん、あらわる。

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このあいだの休日、でかける前に夕飯の買いものだけしちゃおうと外に出たついでにいつもの場所を通ったら、行きは室外機の上でうとうとしていたパンダ。帰りは人の顔見るなり「おや。ずいぶんひさしぶりぢゃあないか」とでもいいたそうな顔でいつもと違う鳴きかたをして、起き上がって、う~んと前足を揃えて伸びをして、にこにこしながらいまにも室外機から降りてきそうになったから、「ごめんごめん。今日は急いでるんだ。またね!」といって帰ってきた。
パンダを見たのは実にひさしぶりだったけど、最近じゃ本人の姿が見えなくても木のステップにカリカリが置いてあると、変わらず元気にしているんだなとわかってホッとする。

そして今日やっとパンダを世話してくれている家のおばさんとはじめて話したら、寒くなってきてからは、はっちゃんは夜はお隣りさんが用意している猫ハウスに入って寝ているようだというので、ますますホッとした。おばさんは、たいしたものはあげてないけど、でもとりあえず食べるものと寝るところさえあればいいかなと思って、というので、野良猫でごはんと寝るとこが確保されてるなんてラッキー中のラッキーで、すごくありがたいことだと思います、と話した。
そして前からわたしも薄々気づいていたけど、パンダはやっぱり避妊された猫だった。おばさんいわく、子猫を生んだ形跡もないし、オス猫にもぜんぜん興味ないみたいだし、あれだけ人懐こいってことは前は誰かに飼われていたのを捨てられたのかしらねえ、と。
それで、お隣の猫おじさんは何度も自分ちの飼い猫にしたくてトライしたみたいなんだけど、おじさんの持ってるカゴ見ただけで飛んで逃げてしまってダメだったらしい。それで、おじさんはいつも(はっちゃんに)「触ってみたいねえ、触れたらねえ」といってるというから、家にあれだけ猫いるのにどれだけ好きなんだ、と思うけれど、何にせよパンダがみんなに愛されてることには変わりないから、ほんとうにありがたいことだと思う。

それで今日あのおばさんと話して、これでもうわたしがパンダのことを心配することもほんとになくなったし、うちもいまある買い置きが終わったらもう猫のごはんを買うこともないかな、と思っていたら夜、水玉ちゃんに会った。
この子は今年の春ころから見かけるようになった子で、前にくらべたらだいぶ大きくなったけど、暑いときはよくこの住宅の階段下の集合ポストの上に寝ていて、ポストの中を見ようと階段を降りかけた瞬間にパッと飛び降りるものだから、いつもびっくりさせられた。
最近、寒くなってからはさすがにポストの上は冷たいのか、風のあたらない近くの物陰に潜んでいたりする。パンダとちがってぜんぜん愛嬌はないし、愛想も何もないのだけれど、わたしが買い物袋を持ってしゃがんでじっと見ていると、向こうも一定の距離を置いてこちらをじっと見つめながら、この人はくれる人かなあ、と考えてるみたいなそぶりをする。
背中にぽんぽんと大小いくつかの黒ぶちがあるので水玉ちゃんと呼んでいるけれど、よく見るとこの子は薄幸の芸者って感じだね。
超和風顔で、さみしげで、ちょっと儚げで、でも芯はすごく強そう。
わたしが名前をつけるとしたら、お千代。
千代紙の千代。
なんたって子どものころから母親に『西洋かぶれ』といわれているわたしだから、ぜーんぜん好みのタイプじゃないのだけれど、そうはいいつつ猫って人の情をうまく操る生きものだからなあ・・・・・・

そうきちさん、一難(?)去ってまた一難。

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2016年10月13日 (木)

秋のシャルロット・オースティン

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今日もいちだんと冷えた。
今年は何もかも早いけど、季節が徐々に加速してゆく。
夏好きとしては夏が終わったら気分はもう冬で、こんなにも急に寒くなって日の暮れが早くなるとたださみしいさみしいさみしいだ。
タンスのひきだしから猫セーター(穴の開くまで着て娘に繕ってもらったふわふわのカシミアのタートル)をひっぱりだしてパジャマの上に着る。
今夜こそ羽毛布団をださなければ。

今日のばらはシャルロット・オースティン。
こんどのあたらしい相棒のViewは、古い相棒のそれとはずいぶん違う。
なんていうか見える世界が現実よりちょっとだけドリーミーで、朝からドキドキする。
このコンピュータの名前はSummer light、夏のひかり、だけど、あたらしい相棒は、恋するカメラ、と名づけよう。

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2016年10月10日 (月)

青葱を切る

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気温がいちだんと下がって大気がひんやりした朝、藤本さんから詩集が届いた。
藤本さんに初めて会ったとき感じた清冽で静かな印象そのままに、美しい本。

 青葱を切る

このタイトルを見たとき、日常的に料理をする実に藤本さんらしいタイトルだな、と思った。
すぐにもひらいて読みたかったけど、今日はでかける予定があったから、あとできちんとこの本だけの時間をつくって読もう、と思って机の上に置いてから、あ、待てよ、電車の中で読もう、と思ってB5の和紙のレターペーパーを何枚か貼り合わせてブックカバーを作ってくるんだ。持ち歩いても汚れないように。
電車の中で詩集なんか読むのか、と思うかもしれないけれど、昔からわたしはそこを『幻想の箱』と呼んでいた。フルタイムではたらく勤め人のわたしにはそれくらいしか時間がなかった、ともいえるけれど、街っ子の性か、雑多な人の中でむしろ独りぼんやりできる自分がいた。
あまりにも混んでて本も読めないとき、つり革につかまって車窓に流れる外の景色を見ていると、ふいに言葉が降りてきたりして、ああ、わたしはまだだいじょうぶ、と安心したりもした。といって、その言葉を追いつづけることもできないまますぐに降りる駅について、怒涛のように現実の時間に押し出され、微かな言葉の気配のようなものはあっという間に虚空に掻き消されてしまうのだけれど・・・・・・
でもそれが、そんなに混んでない午後の電車なら、それはまさしく幻想の箱だ。
詩集は一気に読むものじゃないから、書き手の息づかいのままに言葉を音にしては止まり、音にしては止まりして、ときどき膝の上に本をひらいたまま窓の外をぼんやり眺めて、水面に投じられた小石が静かに波紋を広げてゆくように、自分のなかに広がるイマジネーションに浸るのが好き。

そうして今日、休日なのに意外と混んだ電車に乗って、つり革につかまったまま詩集をパラパラっとやったらすぐにいくつかの言葉が目に飛びこんできて、それだけで、ああっ! 詩って恥ずかしいな、と思った。言葉って恥ずかしい。
それから席が空いて、電車のシートに座ってこんどは落ち着いて詩集をひらいた。
そして最初の詩を読んで、この人ってすごくリズム感のいい人だな、と思った。
息が合う、ということだと思うけど、どんなにすごい賞を獲った新進気鋭の詩人の詩でも、そこが自分とまったく合わないと、自分のなかに入ってこないし、チューンしないから。藤本さんはわたしより遥かに年下の方だから、もう自分なんかとはかけ離れた感覚の言葉を綴る人かと思いきや、そんなことは全然なくて、むしろそれは自分になじむものだった。

最初の詩は、瞬く間に過ぎてしまう『春』という、一見のどかで優しげな季節の、明るくて空虚な、誕生あるいは開花に向かって一気に充溢していく生命のエネルギーの中で主体が感じている落ち着かない、くるしい感じをよく描いていて、その前のめりな勢いがこの詩集のスタートにぴったりだと思った。この詩を最初にもってきたところがまず素晴らしい!
それから数編、春の詩がつづいて、そう、この詩集は春ではじまるんだな。
藤本さんのなかで激しくいろんことが動きはじめたのが春だったのかもしれない。
数年前の。

『ミチルの夏』まで読んで本を閉じた。
後半の、言葉の臨場感が凄かった。
女言葉で書かれた一見ライトヴァースのこの詩のなかには、母親の死に直面した若い女の子のリアルな感覚が見事に描かれていて、それは自分の経験したことともちょっと重なって、いったい藤本さんてなんなのかな、と思った。
つまり、近くにいたらぜんぶ見透かされそうな。
それから隣に座っていた娘に「藤本さんの詩、すごくいいよ」といった。
よかったね、と娘が笑顔でいった。

詩集に添えられた、本のタイトル文字そのままの細い字で書かれた手紙には、『月並みな言い方ですが、あとはひとりでも多くの方のところに届き、そのひとりひとりの方の中で詩が育っていって欲しいと思います』と書かれていた。
自分の書いた詩が他人の中で育つ、なんて自分では考えたこともなかったけれど、たしかにそういうこともあるかもしれないなと思う。
ときどき何かの風景を前にして、自分の言葉じゃない、自分がこよなく愛する詩人の言葉の断片がふいに頭に浮かぶことがあって、それは繰り返しその詩を読んだことでいつの間にかそれが自分の血となり肉となったからだと思っていたけど、それもまた詩が育った結果といえるなら。

藤本さんは中央線沿線に住む30代の詩人さんで、藤本さんのまわりには彼を支援するたくさんのご友人、たくさんのクリエイターたちがいるから、文字通りこの詩集はたくさんのひとたちの元へと運ばれるだろう。
そういう人の中には今回はじめて詩の本を手にした、という人もいるかもしれなくて、この詩集の中にあった『種』ではないけれど、人のこころを詩に導く最初の種となるかもしれない。

滅多に好きなものがない、お世辞は全然いえないわたしがいいと思った詩集です。
気になった方はぜひ手にとってみてください。

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藤本 徹 第一詩集 『青葱を切る』 

 装幀 清岡秀哉
 装画 西 淑
 印刷 繁栄舎印刷

 お取扱い店

 ●高円寺 Amleteron

 ●西荻窪 服と雑貨 イト

 ●吉祥寺 食堂・音楽室 アルマカン

お取扱店は徐々に増えていくんだろうなと思います。
11月には阿佐ヶ谷CONTEXT-s(ing企画)で出版記念展もされるそうです。

藤本さんのメールアドレス oldblindcat99@gmail.com に直接ご連絡すれば
送料込み1800円で送ってくださるそうです。

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2016年10月 6日 (木)

ヨーグルトポム

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このあいだJさんと西荻窪のたすカフェで食べたりんごのケーキがおいしかったから、昨晩、紅玉で真似して作ってみた。
バターは使わずにオリーブオイルとヨーグルトで作る、ヘルシーなケーキ。
焼いたあと一晩冷蔵庫で寝かせるときれいに切り分けられるけど、この手の焼き菓子は焼きたてのほうがおいしいから、食べる直前にオーブンで温めなおす。
見た目は悪くないけど、どうかな?

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あの日はいろんなことを話してるうちに思いだしたようにJさんが「ホビット村って知ってる? あそこってまだあるのかな?」といって、わたしは「それってホビット村学校のこと? それならまだあるよ」といい、それからJさんについてはじめてナワプラサード書店に行ったのだった。
20代のころJさんがよく行ってたという、ホビット村。
あそこがそんなに昔からあるなんて知らなかったけど、前から一度行ってみたいと思ってたからその偶然がなんだか不思議だった。わたしはそこで神聖幾何学の『フラワー・オブ・ライフ』がサンドブラストで描かれたブルー・ボトルをみつけて、それがほしかった。これでブルー・ソーラー・ウォーターを作ったらすごくパワフルな、病気も治ってしまうような水ができるんじゃないかと想像したりして。そこは、そんなマジカルなことを考えちゃう場所。

わたしがつくったポムケーキは、たすカフェさんで食べたのとはだいぶ違った。
オリーブオイルを使うんだとオリーブオイル自体の味でかなり違っちゃいそうだし、それにわたしはまだ抗生物質の副作用で味覚障害なんだった。
それに大体において考えたらわたしはお菓子にヘルシーさを求めるタイプじゃなかった。
健康的、ということでいうなら甘いものなんか食べないほうがいいに決まってる。
「これもおいしいけど、これだったらアップルパイのほうがいいな」と娘がいった。
たしかに。こんどはバターたっぷりのアップルパイを作ろう。
アップルシナモンロールとか。

ケーキの載ったお皿はサノアイさん、そしてフォークは町田翔さん。
このフォークがもうほんとに立体的でかっこよくて、木のフォークにおいて町田翔さんの右に出るものはないんじゃないかな、とわたしは思う。

Jさんはあんまり体調が優れないらしくて、午後遅く来て早めに帰って行った。
Jさんを駐車場まで送ったあと、わたしはずっと空を見ながら歩いた。
とにかく今日は空がきれいできれいできれいで、どうしようもなくきれいで、空を見ながら歩いていると自分がいまいる時間軸も、自分が何者でどこに行くのかもわからなくなりそうだった。そういう頭で相変わらず何故ひとは病気になるのかと自答しつづけた。
もちろん、昔とちがってその答えは自分なりにみつけてあるのだけれど・・・・・・

今夜のみかづき。
キラッとふわっと光ってどこかミステリアス。

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2016年10月 5日 (水)

薬大臣

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風邪ももういいかげん治りかけだと思うのだけれど、最後に咳だけが残ってなかなかすっきりしない。咳がつづいているせいでなかなか体力が戻らなくて疲れやすい。そう思っていたら先日、電話でわたしの声を聞いてびっくしりた医者の友人が薬を送ってくれて、それがさっき届いた。
ほんとうにありがたいかぎりだけど、またしても抗生物質。
それに痰切りに鼻水に咳止め、それぞれの薬と胃薬に漢方薬。
食間に飲むものや吸引剤や夜寝る前だけに飲む薬もあって、もう山ほど・・・・・・
これ以外に毎日飲んでるサプリメントがあるから、お腹いっぱい食べたら食後に飲みきれなくなりそう。

昔、枕もとに置いたお盆の上に、三種の神器ならぬ医者からもらった薬あれこれに正露丸に目薬にアンメルツに湿布薬など、思いつく限りのものを一式載せていたおばあちゃんのことを生前、母はよく『薬大臣』と呼んでいたけれど、これじゃまさに薬大臣だ。
抗生物質は風邪の菌をやっつけてくれる代わりに善玉菌も殺してしまう。
風邪が完全に治ったらこんどはデトックスして腸内環境を整えることをしないとね。
テーブル上には昨日ビタミンC補給のために買ってきたミカンも転がってて。
ビタミンCといえば、20代のころテレビでどこかの博士が自らやってる健康法として『ビタミンC大量摂取法』というのを紹介してて、ビタミンCを日常的に大量摂取しているとガンにならない、というので、ガンになりたくなかった自分も真似してやってみた。
薬局で大きなボトルに入った安い『アスコルビン原末』というのを買ってきて、添付の小さなスプーンで白色の微粉末を掬って水に溶かして飲むんだけど、とにかく酸っぱい。
でも毎日やってたらある日、母がわたしの顔をまじまじと見て、「最近どうしてそんなに色が白くなったの?」と訊くから、「ビタミンC大量摂取法をやってるからじゃないかな」といったら母までやりはじめてしまった、ということがあった。酸っぱいし、ときどきお腹にくるからあまり長くは続かなかったけど、ずっとやりつづけていたらほんとうにガンにならなかったのだろうか。
どうなんだろう、と思う。

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2016年10月 3日 (月)

10月はふたつある。

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『10月はふたつある』といったら言うまでもなく大島弓子の漫画のタイトルだ。
ときどき思う。
この世には自分とまったくおなじ人間が2人はいて、同時に別の世界で生きているっていうけど、わたしの知らないパラレルワールドで生きているもうひとりのわたしは、わたしよりもっと『わたし』の人生をしあわせに謳歌しているかな、って。

でも今年の今月に限ってはそれは違うことを意味する。
まず今月は新月が2回ある。
10月はじまりの1日と、ラストの31日。
そしてなんと上町63における清水翠×馬場孝喜のライブも2回あるのだ。
今週8日の横浜ジャズプロムナードの日と、26日の夜。
やったね!
これって何気にすごいことだ。

というわけで9月はしつこい夏風邪のおかげでぜんぜん思うようにならなかったけど、10月は元気に秋を満喫したい。

写真は昨日スーパーでみつけた今季初の紅玉。
また林檎の季節がはじまる。

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2016年10月 2日 (日)

わたしのあたらしい相棒 *

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こんどのわたしのあたらしい相棒はデカくて重いです。
だからこれまでの相棒みたいに、気軽に服のポケットに入れて出かけるということはできない。

これを撮っているのは前の相棒です。
この相棒もずいぶん前の機種になるけど、コンパクトながらすごくよく撮れるいいカメラだった。といっても、最初に買ったカメラはとっくにダメになってしまって、これを撮ったのは安く手に入れた3台めだけれど。
人によっては次々にあたらしい機種を使いたがる人もいるけど、わたしは使い慣れたカメラをずっと使いつづけたいタイプです。とくに写真を撮る目的のほとんどがこのブログにアップするためだけだと、手馴れていることが一番だからです。
出かけるときにはいつだって服のポケットかトートバッグのポケットに入れて、いつでも撮りたいときに撮れて重宝した3台めの相棒くんも、ついにピントがなかなかこなかったり、半押しして決めたピントがぜんぜん固定されなかったりでダメになってきたし、ド素人のこのわたしに大事なことを依頼する困った人もなんかもいたりして、ついにあたらしいカメラに買い換えました。

でも、実をいうとこのカメラを買ったのはもう5ヶ月も前のことです。
そのときすでにメーカーで生産中止になっていたこのカメラがア●●●で残り1台として出品されていて、早く買わないと無くなっちゃいそうだったからさんざん考えた末にブタの貯金箱を開けてエイヤっと買ったのに、わたしが買ったあとも最後の1台はずーっと残っていて、つまりア●●●にやられました。

それからなんだか箱をあける暇もないまま、つい手軽な古い相棒とばかりランデヴーしていて、ずっと箱に入れたまま放置していた。じっくり取説を読む暇がないとかセットアップしてる暇がないとか、いろいろな理由をつけて。
この一件だけみても今年のわたしがどれだけダメだったかわかるようです。
でも言い訳するわけじゃないけどこのカメラを買っただけでブタの貯金箱がふたつともカラになっちゃって、いざカメラが届いてみたら保護フィルターはいる液晶シールはいる大容量のメモリーカードはいる、それにわたしにとっては久しぶりの高級機で、これだけデカイとやっぱりカメラケースもあったほうがいいかな、などなど思ってチマチマ買い足してるうちにすっかり遅くなってしまった。

でもついに新月の気が残る今日からデビューです。
よく女の人で、取説もぜんぜん読まないで買い換えた携帯の使いかたがわからないとかカメラの使いかたがわからないとかいう人がいるけど、わたしは取説は最初にひととおり読んでしまうタイプです。で、すぐに必要なセットアップはやってしまう。必要最低限のいちばん使いそうなとこだけ覚えてしまう。あとはもう毎日使って使って使うしかない!

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こんどのわたしの相棒も、なかなかかっこいいヤツです。
クラシカル。レトロ。
いろんな言い方があるけど、まずこのルックスにやられた。
毎日連れ添う相棒だから、ルックスは大事です。
もちろん、画質やスペックや使い勝手だって、ちゃんと比較して検討しました。
この相棒が変わってるのは、コンパクトデジタルカメラなのにファインダーを覗いて撮れること。ファインダーを見ればファインダーが、液晶を見れば液晶が、瞬時に切り替わるというところ。ファインダーを覗いて撮るのなんて、フィルムカメラ以来のことでなんだか新鮮です。そして実際に撮ってみると、暗い部屋でも想像以上に明るくキレイに撮れる。画質も素晴らしい!
初めて撮った写真をコンピュータに取りこんで大きなブラウザで見たときには思わず「おおっ!」と声をあげてしまいました。
気持ち地味ではあるけど、フジの色が好きです。
だからデジタルになってからはずっとフジ。
いろんな意味ですごく頑張ってる国産メーカーだと思います。
応援したい。

ただひとつ、これまで近所に買いものに行くくらいでも相棒同伴だったわたし。
近所のスーパーに行くのに首からこれ提げてくってどうよ、という話。
昔のアメリカ映画に出てくる典型的な日本人じゃあるまいし、アホみたいじゃない? と思うけど、でもしかたないね。
かっこいいヤツとつきあうにはそれなりの面倒もあるってこと。
それって人間の場合もおなじ?

何十年ぶりだろう。
安い三脚も買ってしまった。
昔から写真を撮るのはわたしの役目で、友達バンドのメンバーとスタジオに入ってリハ風景を撮った後、最後に全員で撮るとき「そうきちも入りなよ」といわれて、おもむろに三脚立てて撮った。セルフタイマーにしたカメラのシャッターをカチッと押して、みんなのところにバタバタ走って行ってパシャッとシャッターが切れる。
この三脚立ててみんなと写真を撮る、という行為が好き。

そして海に行くときにもかならず三脚を持って行った。
御宿のビーチで、真冬、恵比寿の古着屋で買った黒猫みたいなカシミアのコートに丸眼鏡かけたひとが、三脚につけたNikonのファインダー越しにこちらを見ているのを見て、エルヴィス・コステロみたい、なんて思ったのもいまとなっては青春の(なんて、こっぱずかしい言葉はあまり使いたくないけど)佳き思い出です。
その三脚は海に持って行くたび砂まみれになるもんだから、いつかネジがバカになってダメになってしまった。三脚どころかカメラのフィルムケースに砂が入ってしまって、オーバーホールに出したことも1回じゃきかない。海で写真を撮るのは大好きだけど、どんなに気をつけてても砂が入りやすいから、海にカメラを持って行くのはリスキーです。

三脚を買ったから、これでやっと子供の誕生日にみんなそろって記念撮影ができる。それでとうぶんのあいだ、うちに来る人はあたらしい絵の下で写真を撮られることと思います。
よろしくお願いします!

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2016年10月 1日 (土)

Starting over *

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今日は気持ちよく目覚めた。
それで昨日の夜の感じじゃ自分も含めて誰もわたしがプールに行けるなんて思ってなかったけれど、勢いプールに行くか行かないか考えはじめちゃって・・・・・・。
まだ咳をするとゼロゼロいうし、ことによっちゃまた風邪がぶり返す可能性もあるけど、でもけっきょく行くことにした。泳いで吉と出るか凶と出るかは行ってみなくちゃわからないし、それに人が努力して長く続けてきたことをあっさり続けられなくなってしまう理由なんていくらでもあるから。そういういのをずっと見てきたし、それに3週間も泳がなかったらますますプールに行けなくなる。

更衣室でさんざん鼻かんでからプールサイドに出て行くと、今月もコーチは人が変な泳ぎすると指さしてゲラゲラ豪快に笑ってくれるSコーチだ。人によっちゃ笑うのは失礼だという人もいるみたいだけど、わたしはこの人にゲラゲラ笑われるとむしろ一緒に笑いたくなるね。
アップの50を2本泳ぐとき、「すみません。風邪ひいて治ったりぶり返したりで、また2週間ぶりです」といったら「だいじょうぶなの?」と訊くから「今日もイチかバチかです」といったら、「やめてよ~」といわれた。
ま、自己責任ってことで、といって泳ぎだす。
息子がよくいうのは、(ギター弾いてて)どうやっても変な手癖がついて取れなくなってしまったら、しばらくはもう弾かずにいるのがいいんだってこと。
たまに水泳でもそれを体感することがある。
病み上がりだと無理して頑張る気持ちはハナからないし、そのぶん余計な力も身体についた変な癖も抜けて、自然に身体がまっすぐに伸び、ラクに泳げることがある。
でも、いかんせん今日は身体がペラペラで体幹ブレまくり。
途中ゴホゴホ咳をしながら、それでも50分泳いだ後には呼吸がずいぶんラクになった。
やっぱり身体はときどき日常の動き以外の運動で活性化しないといけない。
そういうことを全くせずに年をとるなんて、わたしにとってはもうありえない。
今日もおなじレーンで泳いでいたMさんは、定年退職する60になる少し前に水泳をはじめたそうだ。そのときはカエル泳ぎしかできなかった。(カエル泳ぎと競泳の平泳ぎはまったく別物)。それから21年つづけて、81になったいまは4泳法ぜんぶ泳げる。前は苦手だったクロールで、今日は過去最高の25を21ストロークで泳げたって。81で・・・・・・。
すごいことです。

これは水泳に限ったことではないけれど、水泳の面白さと難しさは頭(脳)と身体をどう連動させるかってこと。頭を使う。それと水中でのブレスと、水の重力に負けずに左右対称の動きをしなければならないこと。難なくクリアできる人もいるけど、わたしにとってはどちらも難しい。気持ちのデカさと肺活量、筋力と体力がいる。

わたしが水泳をはじめたのは40のときで、それから数年はメキメキ上達したし、筋肉もついて姿勢も良くなり、脚もまっすぐになってぴったりつくようになった。そして何より一年通してまったく風邪をひかなくなった。
それがいつのころからか泳力のほうはさっぱり頭打ちになって、最近じゃ上手くなるどころか自分の劣化スピードのほうが速すぎて前できていたことすらできなくなる始末。そして久しぶりにこんなひどい風邪をひくと、もはやかつての保険も切れたんだなって思う。
つまり、いままでのやりかたではもうだめってこと。

今朝、目覚めるなり目に入った書棚の本、『水泳の科学』を布団の上でおもむろに開いてみたら新鮮だった。そして水泳をはじめたころは通勤電車の中でもどこでも水泳のことばっかり考えていたことを思いだした。
もういちど、あのころの真摯な気持ちになって1からやり直さないとね。

街はどこもかしこも金木犀の匂い。
またこの季節がはじまった。
きょうもなんだか冴えない曇りだけれどよしとしよう。
今日、天秤座の新月。

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