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2016年3月 7日 (月)

春は不穏

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買いものに行く途中、こぶしの花があまりにきれいで、思わず自転車を降りて、よその住宅だったけど庭に入って写真を撮らせてもらった。
暖かそうな、ふわふわしたウールモッサのコートみたいなつぼみを脱いで、春物のドレスに着替えてる途中、といったこぶしの花は、まるでいまの季節を象徴してるみたいだ。

分厚いつぼみからくしゃくしゃの花びらを引っぱりだしてるときは淡いピンク、すっかりつぼみから抜け出したあとは、匂い立ちそうな純白の花。
どちらもはっとするほどきれい。

どんより曇った寒々しい空の下ではまだコートを脱ぐのはちょっと早すぎたんじゃないかと思われるけど、彼らに『早すぎる』なんてことはないのかもしれない。寒いなか、枯れた芝生に立って見上げていたら、花は鳥みたいに自由に風の中を舞っているのに、徐々にうっすらしたかなしみがやってきた。

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春よ、春よ、と人はいう。
冬は過酷な季節だから、春を待ちわびる気持ちはよくわかる。けれども個人的には春になりかけのいまの時期より、春を待っている冬のほうがずっとよかった。じめじめした土の中から春のエネルギーがむくむく湧き上がってくるような三月より、きっぱり寒い二月のほうが好きだ。
二月のどこまでも澄みきったうつくしい青空、凛とした大気の清々しさ。
それにくらべて春先のこのはっきりしない空といったら。

何かが変化している途中っていつもこうなのかもしれないけれど、何もかもが中途半端で曖昧で不安定。いびつで、そのくせ何かに駆り立てられるような何かが充溢するような心臓がどきどきするような、いてもたってもいられないような感じがある。

春は不穏だ。
正体のわからないものへの期待と不安と怖れ、破壊と再生、訣別の痛みとデジャヴュみたいな未来のノスタルジーに満ち満ちた季節。

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こぶしで思いだすのは吉行淳之介のこと。
こぶしは吉行淳之介がいちばん好きな花だったという。
昔読んだ本で知った。
宮城まり子の書いた『淳之介さんのこと』という本は泣けるほどうつくしい本だったけど、愛人だったという女が書いた本は読んでて吐きそうだった。
でもいまになってみると、泣けるほどうつくしい吉行淳之介と吐きそうに醜い吉行淳之介、ふたつあわせてより実物に近い吉行淳之介なんだろうな、と思う。

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