« にんじん色の朝 | トップページ | son anniversaire »

2016年2月17日 (水)

あの日の青空

160217sky

いまってすごい時代だな。

インターネットのSocial Networking Servicを使って、刻々と変遷してゆく他人

のいまの心情や感情や思考の断片や病状などをリアルに知ることができる。

いまやスマートフォンは人間にとってのライフラインで表現手段で、死ぬ寸前

まで大事に手に握られているようだから、枕元に紙と鉛筆を用意しなくたって

最期の言葉を世界中に発信できる。

去年の夏の終わり、以前会って話したこともある、自分とそう年の変わらない

知人が刻々と死に向かってゆくあいだに呟いた言葉があまりにリアルで、彼

女がこの世からいなくなってしまったあともしばらく胸に残ってキツかったけど

今朝、ずっと心配で陰ながら見守りつづけずにはいられなかったある方のお

母様がついに亡くなってしまい、ふいに16年前のある朝のことを思いだした。

’2000.02.21

よく晴れた典型的な冬の朝で、病院帰りの車窓にはどこまでも青い空がひろ

がり、それを脱力感と放心のなかで眺めた。夢の中にいるようで、さっきまで

息をしていた人がほどなく棺に納められて家に帰って来るということがよく理

解できなかった。

昨夜、家族で病室に詰めていたとき、深夜遅く帰ろうとするわたしを母は言葉

にならない、あらんかぎりの力で引きとめた。いったい何をいおうとしたのか、

しばらくそばにいつづけたけど、けっきょく母がいいたかった言葉は聞けなか

った。何故あのときあのまま帰らずに病室に泊まらなかったんだろうと後にな

って思ったけれど、何故もなく、わたしにはまだ小さな子供が二人いたのだ。

思えばあのとき、家で子供と一緒に留守番してくれた人がいたのも不思議と

いえば不思議だし、もう伝える術もないけどありがたいことだったと思う。

それから、母の死から半年過ぎたころだったか、目覚め間際の夢にふつうに

生きてる人のように母が出てきて、キッチンで何やらやりとりしているときに、

ふっと耳元で「ありがとう」と聞こえて、それと同時に目が覚め、ああ、あのと

き母がいいたかったことってこれだったのかと、思わず泣いた。それまで自

分になんども繰り返したたくさんの問いと後悔から最初に解放された瞬間。

Sさん、あなたはほんとうにここまでよく頑張りました。

自分にできる精一杯のことを、よくたったひとりでやってきたと思います。

ちょっと時間はかかると思うけど、いつか、いまこころのなかにある悲しみや

様々な苦しい思いから解放されて、全てを肯定できる日が来ると思います。

ほんとうに、こころからお母様のご冥福をお祈りいたします。

|

« にんじん色の朝 | トップページ | son anniversaire »

ある日のこと」カテゴリの記事