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2016年1月31日 (日)

一月が終わる

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一月は行くで二月は逃げるで三月は去る。

今年も一月は行く、だった。

お正月に友達に編みはじめた手袋も編み終わらなかったし、暮れの大掃除

でやりそこねた自分の机の引き出しとCDラックもまだ片づけてないし、お礼

状と手紙の返事も書けなかった。

でも、今年から公私ともに自分に課していたいくつかのことはなんとかやり

おおせたし、昨日、冷蔵庫の大掃除も終わった。から、今月はよしとしよう。

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大事なのは自分ができなかったことばかりを挙げて自分を責めたり落胆した

りすることだけじゃなくて、他人の評価に関係なく、自分でできたことを認める

こと。そして、自分のからだやこころや生活を微調整しながら、少しづつでも

より良く変えていくこと。

今日もコンピュータのディスプレイを眺めながら仕事してたら、突然スカイプが

鳴って、一緒に仕事をしている友人から一月の終わりとしては凄すぎるほどの

グッドニュースが舞い込んだ。

それでなんだかここ数日の気分がぶっ飛んじゃった。

タイムリーにも父のことで最も信頼する医者の言葉を聞くこともできたし、これ

はやっぱり宇宙の愛を信じていくしかないね。

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写真は、今日買いものに行くとき広場で見かけた美人(いや、ビニャン)さん。

美人だけど、人間でいうとかなり気の強そうな美人かな。

若くて俊敏。アグレッシブ。で、ちょっと意地悪そう。

わたしはやっぱり、どこかとぼけたパンダのほうがいいや。

去年の10月だったか、ついに東村山市も地域猫をはじめたとか聞いたけど、

この子の耳が切れてるのはそのせいなのかな。

明日から二月。

野良猫にもホームレスにもおひさまの光と愛を!

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2016年1月29日 (金)

節分間近

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今日は父の術後1ヶ月検診の結果を聴きに行く日。

天気予報では今日は雨か雪だというので、昨日のうちに娘にてるてる坊主を

作ってもらって、今朝は「よかった、まだ降ってない」といって出かけた。

そうして待ち合わせの実家の最寄駅の改札に早めに着いてみると、父はまだ

来ていない。でも火曜日に行ったときも昨夜もあれだけ念を押したんだから乗

る電車の時刻までには来るだろうと思っていたら、電車が来てもまだ来ない。

乗ろうと思っていた電車は行ってしまった。まさか、一人で先に行ってしまった

とか?! と不安に思いはじめたころにやっと姿を現した父は、例によって信

じられないほど歩みがのろい。病院には受付時間ってものがあるのにと、思

わずはらはらして改札のこっち側から「早くしないと病院に間に合わない!」

と叫ぶわたしに、父は「早くったって、足が痛くて歩けないんだよ!」と凄む。

それから小銭入れのチャックを開けて、ぽかんと口をあけたまま切符売り場

の前でぼーっと運賃表を見上げて固まる父 ・・・・・・

ああ、なんでこんなときに妹は父にSsuicaを渡しとかないんだ。妹はいつもわ

あわあいうくせに肝心なときにはいつもぜんぜん気が利かないんだ。父と一

緒に家を出るわけじゃない、待ちあわせて時間までに行かなきゃならない人

の緊張感など考えもしない。父はいまではもう全く健常者ではなくなってしま

ったのに。それに今日は父が失くした診察券の再発行だってあるのに ・・・、

と、行きの電車の中から胃がきりきりした。

そしてこんなときに限ってうまくいかないもので、あと一駅、というところで車両

点検があって電車が遅れ、さらに時間がなくなった。目的の駅に降りた途端に

私は走り出したいくらいなのに、父はゼンマイ仕掛けの人形ほども歩けない。

そして「がんばって、歩いて」というわたしをまるでこれからアウシュヴィッツの

強制収容所に連行される人みたいな猜疑心と悲しみいっぱいの目で凝視しな

がら歩くのだ。まいる ・・・・・・

やっと駅の外に出ると、雨がぱらぱら降りはじめていた。

ちょうど近くまで来ていた空車のタクシーを押さえて父を乗せるまでも大変で

でも上品なお年寄りの運転手で助かった。タクシーが病院の車寄せに着くと

守衛さんみたいな人が「車椅子をお使いになりますか?」と聞いてくる。つま

り父の様子は見るからに車椅子が必要ってことだ。それを断ってそこからは

私が父の保険証持ってダッシュして、ぎりぎりセーフで受付けに間に合ったの

だった。ふぅー、ほんとに疲れる。

そしてやっと順番がまわってきて、診察室に入った我々に医師がいった言葉

は、我々が願っていたこととは真反対の言葉だった。

つまり結果は×。

このあいだ塞栓術をした箇所にもまだ腫瘍が残っているし、新たにポツポツ

出てきたものもある。嫌なのは、その中のひとつが心臓へとつながる上大静

脈と、冠状静脈の近くにあることだ、と医師はいった。超音波でよく調べてみ

ないとどっちの方法がいいかまだわからないけれど、ラジオ波で焼くか、この

あいだとおなじ塞栓術をするかしたほうがいいでしょう、という。父もわたしも

えっ、また? という気持ちだった。思わず父は「もういいんじゃないかな・・・」

といいかけた。もしどちらかをやるとしたら、それはいつくらいのことですか? 

とわたしが訊くと、医師が「2ヶ月後とか」と答えたので、またしてもわたしは

このあいだやったばかりなのにそんなにすぐ! と思ってしまった。

あのう ・・・・・、とわたしはいった。

「84の人が一年に何度もそういうことをしてもだいじょうぶなんでしょうか?」

すると医師は、「問題ありません!」と笑顔で即答した。

あたりまえだけど、きわめて西洋医学的。

でも入院して環境が変わっただけで認知症は明らかに進んでしまうし、この

あいだのように勝手に出歩いて転ばれたら大変だからとベッドに繫がれて

しまったら、筋肉も運動能力もますます落ちてしまう。実際43キロあった体

重がいまは38キロしかないのだ。「でも84で、もう年齢的にもやりたくない

とかあるでしょうから、それはご本人とご家族が決めることですけれども・・・」

と先日の執刀医で担当医の才色兼備の女医はやんわりといった。

「でもとりあえず超音波で調べることだけはしたほうがいいんですね?」とわ

たしがいうと、「もういちど診させていただけますか?」というので、よろしくお

願いします、といって2週間後のエコーの予約をして診察室を出た。

今日はバタバタで水を買う暇もなかったから会計を済ませて病院を出るころ

には喉がカラカラで、疲れたからちょっと休みたかったし、このあと仕事があ

るからわたしはお昼をすませて帰りたかったけど、父は例によって「食事はし

ない。あんただけ食べて帰れば」とぶっきらぼうにいう。電車の乗り降りにも

介助が必要なのに、「送らずに帰せるわけないでしょう」とタクシーに乗った。

雨は朝よりひどくなっていて、駅ビルの暖かい場所で父に待ってもらって、

「わたしはこんなところで買いものはしない」と妹がいう地下のバーンロムサ

イで小さなお弁当を2つ買って電車に乗った。帰りは二人とも無言。

友人の医者がいう私の好きな言葉に「人は70になっても夜ぐっすり眠ること

で成長ホルモンが出るんです」というのがあるけど、父の身体はついに負け

が込んできちゃったんだな、と思う。もう熟睡するにも睡眠物質が必要なだけ

脳から出ないし、一晩眠ったくらいじゃ壊れた細胞の修復までには至らない。

今日、診察室で父が「このあいだ3階でいろいろやられた」といったら女医が

「いま、やられた、っていわれてショックです」と冗談ぽくいって、わたしが「父

はいつも『やられた』っていうんです。自分のために治療してもらってるのに。

病気だって自分がつくったのに、どこかから飛んできたみたいに思ってる」と

いうと、女医は「でもC型肝炎の場合はどこかから飛んできたっていうのに近

いですね」といった。つまり、衛生環境や技術がいまほど進んでなかった昔

の医療(もっと簡単にいうと血液製剤)に原因があるということのようだった。

以前にこの医師から「C型肝炎がベースにあるので塞栓術をしても次から次

へと出てきてしまうんだと思います」といわれたことがあったので、「C型肝炎

自体を治すことはできないんですか?」と今日聞いたら、「C型肝炎を治す治

療法はあります。でもAさんの場合はもう手遅れです。何十年も前から、たぶ

ん、子供のころからウイルスに侵された肝臓をしていたところにがんができて

しまったわけですから」といわれた。子供のころっていったいいつ ・・・・、と思

うが、父の記憶は定かじゃないからもうわからない。

煙草をまったく吸わないのに肺がんで亡くなった母、お酒を飲まないのに肝

臓がんになった父。いったいなんなんだろう ・・・・・・。

そして今後はいったいいつまで西洋医学の治療をつづけるかというのが問

題だ。もし本人の意思で何もしないことになったらなったで、いちばん嫌なの

は、がんが進行すればいずれかならずやってくるであろう痛みのことだ。

今日、父はわずかな距離を歩くのにもずっと足の指の痛みを訴えつづけた。

大げさに顔をしかめて見せたりして。

母は我慢強すぎるほど我慢強い人だったけど、女の人にくらべて圧倒的に

男の人のほうが痛みに弱い。極端な痛がりで、足の指にできたイボくらいで

これなんだから、がんの末期となったらどうなるんだろう。とても耐えられは

しないだろう。私だって父が苦しむのなんか見たくない。内にそれがあってこ

れまで3回も塞栓術を受けてきたのではないか・・・・・。

実家で買って行ったお弁当でお昼をすませて父と別れた後は、今日もひたす

らどうしたら病気にならないかについて考えた。人間には身体にもこころにも

生活習慣の中にも無数の病気の芽があって、それを大きく育てないためには

その芽に気づいたらできるだけ早く摘み取ってしまうことだ。自分を矯正する

こと。矯正という言葉が良くないなら、よりよく改善すること。

たとえば食べものを食べるんでも、それはただの物じゃなくて生きたエネルギ

ーをいただくということなのだから、食べられれば、お腹がいっぱいになれば

何でもいいってわけじゃないのだ。

目には見えなくても悪い気を持ったものを食べつづければ人は病気になる。

真冬でもわたしが朝起きたらすぐに家じゅうの窓を全開にするのは、濁った

気を新しく入れ替えるため。

今日面白かったのは、マクロビオティック弁当って大体そうだけど自然食品

屋のバーンロムサイで買ったお弁当も見た目は色味が無くてすごく地味で

これってどうだろ、と思いながら買ったんだけど、食べたらおいしい。胚芽米

に黒米を混ぜて炊いた巻き寿司3つに小さな焼き鮭、大根と人参とカボチャ

とさつま芋とこんにゃくの煮ものに紅ショウガ、っていう、なんてことないお弁

当なんだけど、どれを食べてもおいしのです。

で、そう思いながら食べてたら、きっとこういうのは好きじゃないんだろうなと

思ってた父が、「これ、けっこういろいろ入ってるね」といった。

「うん、おいしいね」「おいしい」。

いくらだった? と訊くから、600円、と答えたら、へー、ラーメン食べてもそ

れくらいはするもんね、というので、こんどはこっちが、父って(あんなにボケ

ボケなのに)味覚は達者なんだね、といってしまった。

味覚は達者、つまり、ちゃんとしたものを食べたらちゃんとおいしいってわか

る繊細な感覚が父にはまだあるわけで、それって大事なことだなと思ったの

でした。

だからわたしはやっぱり宇宙の愛を信じる。

わたしの願いは父の健康寿命(父はすでに病気だからこのいいかたは違う

か、天寿、といったほうがいいのかもしれない)ががんのスピードを追い越し

て、まっとうされることです。

それを神に祈るしかない。

今年は父と行きたかった実家近くの福蔵院の招福豆まき。

明日も雨か雪だというし、父の足がああだから行けそうもないけど、節分は

盛大に『鬼は外、福は内!』といこう!

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2016年1月26日 (火)

あたらしい仲間

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今日届いたティーツリーと、セルリア・ブラッシングブライド。

ティーツリーは『レボリューション・グリーン』という品種で、葉に甘い香りが

あるというけど冬のせいか、木がまだ小さいせいか、ほかのティーツリーと

おなじようになんの匂いもしない。値下げ価格だからどうかと思ったけれど

悪くなかった。セルリアは枝はか細いけどつぼみが5つもついている。

株がもう少し成熟して強くなるまでは、冬のあいだ夜間は家の中に入れた

ほうがよさそうだ。

これでティーツリーが3つに、セルリアが4つ。

今日から私のシャビーガーデンの仲間入り。

いつかばらに混じってベランダのコーナーを占めるくらいになればいい。

冬のあいだ、晴れた日曜ごとにちょっとづつベランダを整備していこう、ここ

に自分のサンクチュアリをつくろう。そして今年は枯れてしまったコンスタン

ス・スプライの代わりにオリーブを買う。

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2016年1月25日 (月)

虹の季節

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冬のあいだは朝陽によって西の壁が、そして夕方は夕陽によって

東の壁が、虹でいっぱいになる。

朝は裕子さんの陶板が虹のなかに浮かんで夢見る旅の途中になり、

いまは夢見るスナフキン。

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2016年1月23日 (土)

緋寒桜と真冬のプール

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父はわたしの顔を見ると3回に1度はきまって「まだプールで泳いでるの?」

と訊く。そしてわたしもいつも「うん。泳いでるよ。プールはやめない。泳げる

限りはずっとつづける」と答える。

火曜日に会ったときもそう訊くからおなじように答えたら「でも、いまの時期は

お休みなんでしょ」という。「お休みじゃないよ。温水プールだから夏冬関係な

くやってるし、わたしたちも一年中プールで泳いでる。いまみたいに真冬の外

で雪が降ってるときでも」といったら、ひゃあ~、やだあ~、ぶるぶるぶる ・・・

という顔をした。当然だと思う。10年以上つづけて一年中プールで泳ぐのが

当たり前になってしまったいまとなってはなんてことないけど、スイミングをは

じめる前の私だったら、いくら温水といっても真冬の1月2月に泳ぐなんて考え

られなかっただろうと思うから。

たしかに外で雪が舞っているような暗くて寒い灰色の朝は、一瞬行くのを躊躇

するけど、でも家を出て寒気のなかを自転車で走り、プールに着いてさえしま

えばなんとかなる。そしてプールで泳いだ後は身体が活性化して温まっている

から、たとえ雪のなか濡れた髪で帰ってきても寒くないし風邪もひかない。

でも、そんなわたしでも昨日の天気予報で『歴史的な大寒波』『極寒列島』なん

てニュースを見たらビビッて今日のプールをやめるところだった。

起きてみたら空はいまにも雪が降りそうだけど、思ったより寒くない。

やめる必要なんか全然なかった、といつものように家を出た。

そしてプールに行って驚くのは、こんな日でも父と4つしか違わない80の女性

(とても「おばあちゃん」なんて呼ぶ気になれない)が元気にプールに来ている

ことだ。なんと、わたしとおなじレーンでわたしよりきれいなフォームでバッタを

泳いでいるMさんも80だって! びっくり!

これだもんね。

いくら負けず嫌いじゃないわたしだって、負けていられないと思う。

それにいつも駄目駄目のわたしだっていまより完璧に4泳法を泳ぐことをあき

らめたわけじゃなくて、たまには思いっきり集中して研究してるんだもんね。

たかが週に1回でも、身体を動かすのはいい。

1週間のあいだに溜まった、こころと身体の凝りをほぐす助けになる。

それこそプールで泳ぐのは『水に流す』のとおなじだから。

行きに目の端に映った紅い花をたしかめに、プール帰りに水道道路に寄った。

緋寒桜。

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今年もこんな寒いうちから一番にひらきはじめた。

気づいて立ち止まる人もそんなにいないのに。

世界は異常気象も極まれり、といった風なのに。

外で何があっても時がくれば咲く時を知ってひらきだす。

このゆるぎない体内時計。

できることなら見習いたいね。

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2016年1月22日 (金)

大きな鳥みたいな

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今夜から月曜にかけて西日本を中心に日本列島は歴史的な寒波に見舞わ

れて、冬の嵐になるという。そうなると心配なのは屋根のないところで暮らす

人や猫たちのことで、そんなことを考えながら夕方ベランダにでたら、大きな

鳥みたいな雲が地上低く、ちょうど羽を広げたみたいな形で浮かんでて不思

議だった。人間の波動と地球、宇宙の波動も連動しあってるというから、これ

も何かの意味があるのかな、とか。

左の端に満月に近い、見えるか見えないかくらいの淡い月。

たなびく雲 ・・・・・・

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夜、暗くなってから買いものに行って、寒かったけどどうしても気になって帰

りにパンダのいそうな住宅の脇道を入って行ったら、まだ雪が残って足もと

が悪く、いっそう寒かったからさすがにこんな日にこんなところにはいないか

と引き返してとぼとぼ歩いてたら、だいぶ行ったところで後ろから「にゃ」と消

え入りそうな声がして呼び止められた。

空耳かと思ったけど振り返るとパンダで、とぼとぼこっちに歩いてくる。

いったいどこから見てたのかな。ほんとにパンダは頭がいい。

厳寒なればすべからくカリカリはいついかなるときも持って出るべし!

駐車場のクルマの陰でシャビーなディナー。

いっそ大島弓子のマンガに出てくる猫マニアみたいに蝉取り網みたいので

捕獲して、袋に入れて家に連れて帰れたらどんなに楽かと思う。

ちょっと時間があくと警戒心が強くなって、クルマの下からなかなか出てこ

ないパンダを置いて、私が離れるなり出てきてカリカリを食べてるパンダに

今夜は冬の嵐に気をつけるんだよー、がんばって生き延びるんだよー と

声をかけながら帰る。1月の寒い夜。

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2016年1月18日 (月)

田舎雑煮のおいしい季節

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寒さが厳しくなってくると、けんちん汁や豚汁が食べたくなるというのは誰しも

同じみたいで、実家に夕飯のしたくをしに行くのに、実家の慣れない狭いキッ

チンでたくさんの根菜類を調理するのは面倒だからと、昨日1.5世帯分の材

料を買って下ごしらえして、あとは鍋で煮こむだけという状態のものを保存容

器に入れて今日持って行こうとしたら、妹も大鍋で豚汁を作ったばかりでちょ

うど明日の朝くらいになくなるところ、というので、そりゃ駄目だ、と昨夜食べて

半分くらいなくなった自分ちの鍋に戻した。

好きだからいいけど、そんなわけで我が家は今日も大鍋いっぱいの豚汁。

煮もの、汁もの、シチューやソースなど煮こむものは作った当日よりたいてい

翌日のほうがおいしい。作った日はあっさり薄味の豚汁も翌日になると野菜

がもっとやわらかくなって豚肉のうまみがでて、ますますおいしくなっている。

そこに焼いたお餅を入れると、わたしの大好きな田舎雑煮になる。

これをやりたくてわたしは豚汁を作っているようなものだ。

けんちん汁と豚汁の違いは調べて知っているけれど、それからするとわたし

の作りかたはどうやらどちらにも属さないことになってしまう。誰から教えても

らったわけでもないけれど、わたしの作りかたはこう。

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 1.ごぼうは皮を剝いてささがきにして酢水に漬けてアクをとる。

  大根、ニンジンは皮を剝いて適度な厚さに切って四つ切りか六つ切り。

  里芋はボウルに入れて熱湯をかけて浸したまま、厚めに皮を剝いて鍋

  に入れ、たっぷりの水で塩を入れて下茹でする。

  こんにゃくは湯通しして千切っておく。

  豚バラ肉は細切れにする。

  鰹節で出汁をとっておく。

 2.1の材料をごま油を入れた鍋で、ごぼう、豚肉、ニンジン、こんにゃく、

   大根の順に炒めて出汁を注ぐ。

   沸騰してアクがでたらそのつど取り、酒とみりんを入れる。

 3.大根が透き通ったところで醤油と塩を入れ、下茹でしておいた里芋の

   ぬめりを布巾やキッチンペーパーなどでとってから鍋に入れる。

 4.全体に煮えたら味見をして足りなかったら塩と醤油を入れて、気持ち

   ちょうどいいより薄味のところで火を止める。

   大きめのお椀に盛って、唐辛子を振って、できあがり~!

*************************************************************

そうやってできあがった豚汁に翌日焼いたお餅を入れると、昔好きでよく行っ

た新宿みつばち(甘味処)で親友Tokuちゃんが「これ、うんま!」といって食べ

た田舎雑煮になる。これがほんとにおいしいの!

実はこれを父に食べさせたかったんだけど・・・・・・

今日は昨日行かなかったかわりに、妹に頼まれてデイサービスのあと父を

皮膚科に連れて行くことになった。早めに着いて鍵のかかった部屋の外で

待っていると、「今日は座席がなかっただけで身体の具合が悪いわけでは

ありません」とことわりながら、運転手の人が車椅子に乗った父を車から降

ろして目の前まで連れてきてくれた。寒さのせいか、父はいつになく厳しい

顔つきをしている。

新しくできたばかりの皮膚科は目と鼻の先で歩いて5分もかからないのだけ

れど、父の足では3倍はかかる。父の身体は寒さですっかり縮こまっていて

いつもにも増してひしゃげた変な格好で歩く。そんなに寒いならマフラーとか

手袋をすればいいのに、といっても、すぐそこに行くのに、といって頑としてい

うことをきかない。2人でのろのろ歩いていると近所の父の顔見知りらしい男

の人が愛想よく話しかけてきて、彼だって年は父とそう変わらないのだと思う

けど、自分でちゃんと防寒して陽気な顔で歩いてるだけで父よりずっと若くて

健康に見える。つまり、縮こまってひしゃげているのは父の身体だけじゃなく

てこころもなんだろうな、と思う。そして、それが病気というものなんだろう、と

も思う。

病院に着くと例によって聞かれてもない自分のことを受付けの女性に一方的

にべらべらと喋りだす。父にとってはコミュニケーションのつもりなんだろうけど

全然コミュニケーションになってない。それは診察室でもおなじこと。

父がこれまで足の指にできたタコだと思っていたものは実はウィルス性イボで

ウイルス性イボは移るので左の足も見せてくれませんか、と若い先生が遠慮

がちに優しくいっているのに、こっちは何ともなってないんだ、自分の身体だか

らよくわかってる、と妙なところでムキになって抵抗してみたり、かと思えば看

護師さんに靴下を履かせてもらってひどく恐縮したり ・・・・・・

患部を液体窒素で焼く治療は1分もかからないうちに終わり、週1でしばらく

治療に通わねばならなくなった。それが終わったら次は歯医者に行かなきゃ

ならないそうだ。先まで予定でいっぱいです! とは妹の言。

帰りものろのろ歩きですっかり冷えちゃったので、豚汁のかわりに持って行

ったぜんざいを鍋で温めて、玄米餅を小さく切って焼いたのを入れて出すと

父、見るなり「うまそうだ」という。食べながら、「小豆なんて久しぶりだなあ」

と遠くを見るような目でいう。祖父はあんこ屋で働いていたくらいだからきっと

代々甘いものは好きなんだろうと思う。うまい、うまいといって食べて、ここで

やっと笑顔になった。すごいガンコな人だけど、父のいいところは人に何かし

てもらったらちゃんと丁寧にお礼がいえることだと思う。ほかに作っていった

常備菜を置いて、お味噌汁だけ作って帰る。自分の家に帰るころには北風

が強くなって、雪だった昨日よりずっと寒くなった。

暖冬といわれたこの冬もついに厳しい寒さがやってきて、身体の機能が低

下して体温調節ができなくなった年寄りにはしばらくツライ日々がつづく。

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雪の日 *

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昨日の夜、小雨のなか買いものに出たときは寒かったけどまだそれほどじゃ

なかったから、明日はきっと雪は降らないだろうと思ってたのに、朝カーテン

をあけたら外が真っ白で驚いた。天気予報、大当たり。

今日は実家に父のお昼と夕飯の支度をしに行く予定だったけど仕事をしてた

らちょっと出遅れちゃって、父に電話するとさんざん待ってようやく出てきた父

は「こんな天気の日に来なくてもいいよー」という。お昼に食べるものもあると

いうし、元気な声だったから今日はやめて明日行くことにした。

窓の外からは近所の人たちがせっせと雪を掻く音 ・・・・・・

このくらいの雪でもいまのうちにしっかり掻いとかないと夜のうちに道が凍って

アイスバーンになってしまうから大変だ。去年も雪のあと転んで救急車を呼ん

だ老人が何人もいた。

朝おきたときすでに雪は雨になっていたけど、午後3時には雲が切れて青空

が見えはじめた。足もとが悪いから暗くなる前に買いものに行ってしまおうと

長靴を履いて外に出ると、雪が燦々と陽に照らされてまばゆいばかり。

誰も踏んでない庭の新雪を踏んで数歩行ったところでいい匂いがしてガラス

細工のようなロウバイ発見。

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子供の頃あれだけ好きだった長靴もいまとなっちゃ重くて歩きにくくて疲れるだ

けだけど、雪道となったら長靴しかない。雪に長靴。俄かに子供心が湧いてき

て、ちょっと遠回りしてなるたけ人の踏んでない雪道を選ってわしわし歩く。

こころなし子供たちもいつもより無邪気で元気そう。

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小さい子ども連れの親子が雪だるまをつくったり、学校帰りの中学生の男の

子が雪合戦をしていた近くの公園。

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日なたの雪解け水を見ると早や春みたいな感じなんだけど、これからきっと

まだまだ寒くなるんだろうだろうなあ。ざっと測ってみたところ、このあたりの

積雪量は多いところで15センチくらい。

思いのほかけっこう積もった。

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Frozen polka dot ・・・・・・

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雪の上のきれいな落としもの。

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今日は住宅街も商店街も慣れない雪掻きをする人でいっぱいで、みんな大

変そうだったけど、雪のおかげですっかり浄められた大気は清々しくて気持

ちよかった。

青く暮れてゆく日。今日の月。

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ここで一句。

 雪降りて この世の穢れ浄まれり 月冴え冴えと美しき宵

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2016年1月16日 (土)

ムスカリ

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昨日買ったムスカリを家にあった適当な鉢に適当な土で植え替えた。

ずいぶん寒くなってきたとはいっても、あさ家じゅうの窓を開け放して

こんなことしてられるからまだまだだ。

ムスカリ。

そこだけ春みたいな。

今日もあたたかい朝。

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2016年1月15日 (金)

不時着の日

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思いきって飛んでみたものの、うまく飛べずにあえなく不時着。

今日はそんな日。

そんな日もある。

それでアルバイトに行くまで1時間切ったところで久しぶりのほんやら洞で

娘と緊急ミーティング。

つまり、いまのあなたには夢も希望も足りなさすぎるんだ要は遊びが足り

ないんだ何かを得たいと思ったら対価を払わなきゃならないというのは宇

宙の法則だ、さいわい雨露しのげる家もあるんだし三食+おやつ食べる

のに困ることもないんだから冒険するならいまだ、あえてこの一年、意味

とか目的関係なしに徹底して無為な遊びをしてみたら。なんて、もうすぐ

24にもなろうという娘に提案する親もそうそういないと思うけど・・・・・・

でもギャラリーのオーナーに次の(つまり来年の!)お題を聞いたらこない

だ買った坂本さんの版画の世界と見事につながって、この世界に偶然なん

てないんだなあ! と、ひとり感動。

いまはうまく飛べなくても羽を繕ってまた飛べばいい。

でも今年も明けたと思ったらもう1月半ばだ。

大人はうかうかしてられない。

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2016年1月14日 (木)

土のいろ みつろうワックスを使って

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年明けにちょっと大きな荷物を送らなきゃならなくなって、天袋をガサガサ

やっていたら古いフレームが出てきた。

ここに引っ越してきて最初に住んだ一軒家の玄関に飾っていた、いわさき

ちひろのポスターが入っていた額で、当時の息子にそっくりだったので買っ

てしまった『立てひざの少年』。小学校の担任教師が家庭訪問に来たとき

「これはSくんですか? この絵はお母さんが描いたんですか?」といった

絵。だからもうかなり古い額で、あの家は湿気が多かったから飾っている

あいだに絵も裏板もたわんで捨ててしまって、裏板を留める金具もいくつ

か壊れて取れていたからそんな額、捨ててもよかったんだけど、去年、木

工やってるNが額つくるのがすごく大変だった、といっていたのを思いだし

て、いちおう娘に「これ何かに使う?」と訊くと、娘は見るなり「これでいいじ

ゃない」といったので驚いた。

これでいい、というのはあるところに出す絵の額のことをいってるんだけど

「え、こんなのでいいの?」というのと、ポスターが入ってたくらいだからけっ

こう大きいいのに、これでいいの?」という気持ちの両方だった。でもあまり

に軽くそういったので、大きな絵を描くことに億さないのは、さすがセツの子

なんだな、と思った。それに今年もこれから描くというのに、娘がこれでいい

っていうなら、また世界堂に行って混んでるところを順番待ちでマット切って

もらって額装してもらう手間がはぶけていいか、とも思った。

でも、さて額をよく見ると、煤けてる以上にけっこう小さな打ち傷もあって傷

んでる。マットの小傷はしかたないとして、額はやすりをかけてみよう。幸い

いつも使っている仕上げ用の番手の細かい紙やすりがある。連休の最後の

日はせっせとやすりをかけた。そして、やすりをかけ終わって思いついたの

が、この『土のいろ ミツロウワックス』だった。自然食品屋さんのそら屋さん

が、メーカーの思いに大いに賛同して取り扱いをはじめたというこのミツロウ

ワックス。前から試してみたかったんだ。

これがどんなものかはワイルドツリーのホームページに載っているけど、

簡単にいうとミツバチつくりだすミツロウと、土からできるベンガラの顔料を

混ぜてつくった木材の仕上げ用ワックス。それらの色はミツロウだけの透

明なプレーンのほかに炭、、稲穂、茜、雪、アルプス、コヒガン桜、森、土、

柿とあって、それぞれお試しサイズ10ミリリットルのと大きなサイズ50ミリ

リットルのがある。

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今回、私が選んだのはお試しサイズの雪いろ。

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まさしく雪って感じなのだけれど、こんなテクスチャーです。

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実際使ってみると、材料に使われているものはすべてハンドクリームやリップ

クリームとおなじものなので手で塗ってもだいじょうぶということで、私は手で

塗ったのだけど、なかなか気持ちよかった。

ただ、傷をなくすために額にはかなり時間をかけてしっかりやすりをかけたも

のの、あいにく元の木の色が濃かったせいか材質のせいか、何度擦りこんで

も色が入らず、残念ながら全体にうっすらペールトーンがかかったくらいの仕

上げにしかならなかったこと。でも、やすりをかけてワックスを擦りこんだ木は

ふっくらツヤもよみがえり、格段によくなった。それでけっきょく、今日の夜に

なってホームセンターに行って裏板をサイズに切ってもらい、留め具も買って

きた。測って行ったサイズぴったりの裏板をはめ、壊れた留め具を直し、紐を

付けたらまたちゃんと使える額になりました。素晴らしい。

たしかになんでも新しく買えばいいってもんじゃないかもね。

ここにどんな絵が入るかは神のみぞ知る!

じゃなくて、娘のみぞ知る!

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2016年1月13日 (水)

寒い朝のかぼちゃのシチュー

16pumpkin_stew

昨夜はだいぶ冷えたみたいだ。

今朝起きたら北側の窓だけじゃなくて南側の窓までびっしょり結露していて、

ついに今年もこの季節がきたか、と思った。

壁に断熱材がたっぷり入っていればこんなことにはならないんだろうけど、

ガスファンヒーターで暖房しだすとてきめんにひどくなる。冬はこの結露が

ほんとうに問題。何よりカビの原因になる。とくにうちではバスルームと洗

濯機置き場と洗面所がある北側の壁が冬に何度となくカビで真っ黒になり

そのたびにマスクにゴーグルをしてカビ取りをしなきゃならない。とうぜん、

北側の窓に面した息子の部屋も結露がひどく、息子のアレルギー性鼻炎

にもよくないというので、暮れについに洗濯物も乾かせる除湿機を買った。

今年はこれで冬だけじゃなく、梅雨時や長雨のときの除湿と洗濯物の乾燥

ができると期待しているけれど・・・・・・

そして、いつもより寒い朝はかぼちゃとソーセージのシチュー。

煮込んだソーセージは硬い、と娘がいうので今朝は食べる5分前に投入。

最後にイタリアンミックスハーブをかけて。

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2016年1月12日 (火)

スノードロップの季節 *

16snowdrop

日曜日にばらの剪定をしたあと、ベランダを片づけていて驚いた。

ずうっとほったらかしておいた鉢のカラカラに乾いた土の中から、小さな芽

と白いつぼみをもたげているスノードロップをみつけて。

  やあ、今年もまた会えたね!

  ずうっと忘れていてごめんね。

なんていう感じ。

さっそく土を足して水をやった。

それにしてもスノードロップは強いなあ。

真夏の強い陽射しにも秋の乾燥にも耐えて、こんなに寒くなってから顔を

出すなんて。

植物は人間よりずっと宇宙の摂理に沿って生きてるし、誠実で健気だ。

人間よりずっといい、と思う。

白い冬のはじまり。

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2016年1月11日 (月)

旅の途中

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新月の気のあるうちに、去年から掃除をして部屋がきれいになったら飾ろうと

思っていた陶板を壁にかけた。去年の10月、渋谷のirodoriya.さんで開催さ

れた陶芸家、吉川裕子さんの個展『Luna Park』で買ってきた陶板。

何年おなじところに住んでいてもいつまでたっても仮暮らしの気持ちがなくな

らなくて、ここはコンクリート壁だから絵も掛けられないし、そんな素敵な部屋

じゃないからとこれまで絵を買うようなことを一切しないできたわたしとしては

陶板を買うなんてとてもめずらしいこと。最初に個展に行った日は、さんざん

迷いに迷った末に還元焼成の渋いお皿3枚と、その上に水色の鼻をしたちい

さなライオンをのせて、さあ、これでレジに行こう! という段になってなぜか

急にピンクの落書きカップ&ソーサーのほうがよくなってけっきょくそちらを買

ってきたのだけれど、私としてはめずらしいことにその後どうしても気になる

陶板があって頭から離れなくて、2回めに行ったときに買ってきたのが、これ。

タイトルは、『旅の途中』。

これまで吉川裕子さんがつくりつづけてきた数ある『旅の途中』シリーズの中

の一枚です。

吉川裕子さんの陶の魅力は、イタリアで陶芸を学んだということをそのまま反

映しているような太陽のあたたかみを感じるカラフルな色彩と、土の手触り、

まるみを帯びたフォルム。素朴さと無邪気さと洗練が程よく溶け合って、日常

の雑器というよりは独自のアート寄りのものづくりをしているところ。とりわけ

わたしは裕子さんのオイルパステルのような色と自由な線が大好きなのだけ

れど、この10月の個展のときの作品はいつも以上に絵画的で素敵だった。

この陶板も、茫洋とした明るい背景に浮かぶシンボルみたいなかたちが幻想

的で、青い水の上には笹舟のような小舟が一艘。それはどこか儚げでひどく

頼りない感じがするのだけれど、でもこの舟がたどり着く先はしあわせでしか

ないでしょう、と私にはいってるように思えた。ちょうど秋のはじまりで、急に

日の暮れが早くなって、来るべく冬を思うころだったから、よけいにそんな風

に感じたのかもしれない。

そして、とても不思議なことに、この陶板を買いに行った日にそこで何年も会

ってなかった友達と遭遇した。彼女とそこで会うのはそれが2回めで、どちら

も裕子さんの個展のとき、どうしても気になるものがあって2回めに出かけた

とき、という、まったくの偶然だった。ほんとにびっくりした。

友達は私に、そうきちさん、時間ない? どこかで話そう、といった。

でも私は家に帰って夕飯をつくらなきゃならない時間が迫っていたし、いまさ

らとくに話すこともないしと思ったからやんわり断った。

すると彼女は、そうきちさん、わたし病気になっちゃったんだ、といった。

それを聞いた途端わたしは、やれやれ、まいったな、と思った。

それで、わたしは、わかった。どこかでお茶でもしよう、といったのだった。

わたしはこれまでどれだけ人から馬鹿だといわれたかわからないけど、基本

いたって単純な性格だから、友達が話すひととおりの話を聴いてこれまでの

こと一切を水に流した。この『水に流す』という感覚は日本人特有のものだそ

うだけれど、ケースバイケースではあるにしろ、いいことだと思う。無用な荷物

が手放せないばかりにがんじがらめになっている人はたくさんいる。

もちろん私だってなんでもOKなわけじゃないけれど、それだけ彼女の話に嘘

がなく、説得力があったからだと思う。なんといっても彼女も表現者だし、それ

に私は病気に弱い。これまで病気になった家族や友達をたくさん見てきたか

らだ。自分だっていつ病気になるかわからない。『人はなぜ病気になるのか』

というのも私にとっては人生の大きな命題のひとつだと思う。

ともあれ、それがきっかけで彼女とはまた会うようになった。

つまり、気になってこの陶板を買いにいかなければ彼女と再会することもなか

ったわけで、人生ってほんとに不思議です。

芭蕉は『月日は百代の過客』といったけれど、考えたら人は生きているあいだ

はずっといつでも旅の途中なんだと思う。

旅の途中で無数の線がシンクロしたり離れたり、もつれたり ・・・・・・

吉川裕子さんはいつお会いしてもきらきら輝く太陽みたいな人に見えるのだ

けれど、いつか彼女のホームページを見たらプロフィールにこんな文章があ

って、ちょっと長いけど引用させていただくと、『私はずっと、住処(自分の居

場所)をテーマに作品を創ってきました。なんとなく建物からもれる灯りが好

きだったし、なぜかほっとする感じが自分の中にあり、最初は自分のために

創っていました。20代は自分の居場所を探して実際に旅をし、30代は物づ

くりを通してやはり自分の居場所を探していたように思います。そして自分の

心の中を旅して、見えてくる風景を作品にしていることに気がつきました。私

にとってはそれがとても心地よく、旅する事が私の居場所なんだな~と思う

ようになりました。そして、物づくりだけでなく生きる事そのものが旅なんだと

思うようになってからいろんな事がとても楽になったのを覚えています。これ

からも、旅の途中の風景を形にしていけたらいいなと思います。』とあって、

とても繊細な心の持ち主でもあるんだなと思いました。

そして旅といえば、前に友達のMちゃんに「わたしはそんなに長生きしたくな

い」といったら、即座に「わたしは長生きしたい。100歳まで生きてみたい。

それに宇宙旅行にも行ってみたいし」と明るくいわれてあっけにとられたこと

があった。私はデヴィッド・ボウイの『Space Oddity』を聴いて以来、宇宙に行

きたいなんてこれっぽっちも思ったことがなかったから。それくらいリアルだっ

た。宇宙に放り出された人間の孤独。あれほどリアルな孤独感を体現できる

のはデヴィッド・ボウイだけだと思う。あのルックスとセンス、声と歌い方・・・・

そんなことを思いだしてたら今日の夕方、突然デヴィッド・ボウイの訃報が流

れてきて驚いた。思わず女子高時代の友達にメールしてしまったけど、デヴィ

ッド・ボウイは8日に69歳の誕生日を迎えたばかりだったそうだ。

なんてカッコイイ、なんて美しい69歳なんだろう!

長寿社会の現代では60代の死はまだ若いということになるのだろうけど、

このところ長生きするばかりがいいことじゃない、という感をますます強くして

いるわたしとしては、70前というところがむしろ粋な感じがした。

こころからご冥福をお祈りするとともに、ますます身軽に自由になったであろ

うデヴィッド・ボウイの姿を想像する ・・・・・・

でも生きている者たちはまだまだ旅の途中をやらにゃならん。

この陶板を買った日、この青い水のところに書いてあるイタリア語とその日本

語訳を吉川裕子さんが紙にメモしてくれたのだけど、そこには、

  continulamo nostro viaggio わたしたちの旅を続けましょう

と書いてあった。

願わくは幸多い旅にならんことを!

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2016年1月10日 (日)

剪定がすんで

16sentei

私が住んでるこの部屋のいいところはとりあえず南向きでお天気がよくて

陽射しさえあれば冬でもベランダにいて暖かいこと。

今日は風もなかったから午後からばらの剪定をした。

ばらの剪定自体はもう慣れていてほとんど躊躇することなくどんどん切る

だけだからそんなに時間はかからないのだけれど、日当たりの影になって

いたところに思っていた以上にカイガラムシがびっしり付いていて、それを

こそげ落とすのにとても時間がかかった。冬の剪定はばらの総点検でもあ

り、ベランダの大掃除みたいなものだ。

けっきょく、切った大量の枝を片づけて掃除が終わったらもう暗くなりかけ

ていた。すっかりばらの剪定が終わったベランダは見事にすっきりして寒

々しくなり、それ以上にフェンスに括り付けていた経年劣化してボロボロに

なったラティスを取り除いたら外の世界が丸見えになった。

今月はこれを早くなんとかしなければ。

ばらの木にはまだいっぱいつぼみが付いていて、切って捨てるには忍び

ないから花瓶にいけた。つぼみはつぼみで美しい。買ってくる切り花とは

違う美しさ。

まだ固いつぼみもあったからもう開かないかもしれないと思ったけれど、

深水と暖かい部屋のなかで徐々にひらきはじめた。

16sentei_02

いけたばらは、セント・セシリア、グラミス・キャッスル、スカボロフェアー、

ジュビリー・セレブレーション、マダム・フィガロ。

ばらはしばらく休眠に入る。

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2016年1月 8日 (金)

Life goes on!

160107kammachi63_07

時間は円みたいにつながってるから当然といえば当然なんだけど、このあい

だここにきたのがクリスマスイヴだから、それから2週間でもう新しい年の1週

間めにここに来ているなんて、時間ってなんて早いんだろう。

2016年、今年のお聴き初めは上町63

その記念すべきトップバッターが翠ちゃんだなんて、こいつぁ~春から縁起が

いい! 今年はきっと清水翠×馬場孝喜の年になるに違いない!

というわけで、私の前を行く見覚えのある人の後から上町63のドアをあける

と、いつものマスターの「いらっしゃい!」という声に次いでYさんの笑顔が目

に入る。ああ、そうそう、これこれ。この感じ。昨夜も上町63は「出席簿でも作

ったほうがいいんじゃないの?」というくらい、いつもの顔が集まった。外は寒

いけど店の中はあったかい。そうしてはじまった馬場さんのギターの音はこれ

また沁みるようにあったかい。翠ちゃんの声は・・・・・・、身内に抱える大変な

辛さに関わらず絶好調みたいだ。人間って、人間の身体と心って、ほんとうに

不思議です。いいライブになるときって、最初に入った場の空気から、そして

最初の一音から決まってるような気がします。

このあいだはクリスマス前、ということで一応クリスマスをテーマにした選曲

だったみたいだけど、昨日はまだ松の内、ということで今回、翠ちゃんが選ん

だお正月っぽい(?)曲は以下のとおり。

 ファーストセット

  1.The Nearness Of  You

  2.Teach Me Tonight

  3.Long Ago and Far Away *

  4.Edelweiss

  5.Blackbird

  6.So Many Stars *

  7.Englishman In New York *

  8.ばらに降る雨 *

  9.フェリジダーヂ

 10.True Colors *

 セカンドセット

  1.You Can Close Your Eyes

  2.Be My Love *

  3.コラソン・バガボンド *

  4.エウ・ヴィン・ダ・バイーア *

  5.All The Things You Are

  6.Kiss of Life *

  7.My Favorite Things *

  8.Aquelas Coisas Todas *

  9.Nightingale Sang In Berkeley Square

なんたって暗いところで適当にメモするから翌日になって自分で書いた字が

読めなかったり、ぜんぶの曲名を言ってはじめるわけじゃないから歌詞から

想像してタイトルを書いたりしてるのだけど、たぶん、これであってると思う。

この日初めてやった曲はファーストセットの2曲めと3曲め、だったかな。

あたらしい試みはいつ聴いても新鮮。

懐かしかったのは昔、ピアノの高田さんとよくやってた『Be My Love』。

でももはやこれも馬場さんとのほうがいいくらいだね。

もちろんどの曲もそれぞれよかったんだけど、私が個人的にいいと思ったの

は*マークを付けた曲。ファーストセットでは『True Colors』がダントツ。そして

いつ聴いてもいいと思うのはセカンドセットの3、4、6、7、8あたりで、『コラソ

ン・バガボンド』や『エウ・ヴィン・ダ・バイーア』や『アケラス・コイザス・トダス』

などのブラジル音楽をあんなふうに歌えるヴォーカリストは滅多にいないと

思う。(というか翠ちゃんだけだと思う。)

これについてはほんとうに特筆すべきことなので何度でもしつこく書く!

それについての説明はいらない。聴く人が聴けばわかることだから興味があ

る人はぜひ聴きに行ってください。ただし、このあいだ話したところでは翠ちゃ

ん本人は『コラソン・バガボンド』を歌ってると、いじいじとした女々しさに身体

がムズムズかゆくなってきちゃって歌うのあんまり好きじゃないんだってさー。

とはいえ、聴いてるほうとしては彼女にすごくあってる曲だと思う。つまり翠ち

ゃんの本質は女々しい。じゃなくて、とても女らしい人なのだと思います。

(いつも「ウッス!」とかいって、ガサツに見せてるけど。)

トニーニョ・オルタの『Aquelas Coisas Todas 』の英語歌詞(もちろん原曲は

ポルトガル語)は切れ切れにしかわからないけど、翠ちゃんが「Why?」と

歌うとき、しばらくそれが頭上をふわふわ舞ってる感じがする。この曲の疾

走感、それも地を駆けるんじゃなくて大きな鳥が空から地上めがけて低く

滑走するように飛んでくみたいな雄々しくダイナミックでドラマチックな感じ。

馬場さんのバッキングのよさもあって聴いてるといつもドキドキします。

そして翠ちゃんの『My Favorite Things』が『そうだ、京都行こう!』のCMで

流れることをどれだけ私は夢見たことか。(いまでも諦めてないけど。)

原曲の歌詞以上に幻想が広がると思うんだけどなあ・・・・・・

『Kiss of Life』はもう完全に翠ちゃんのものになったね。

いつ聴いてもストーリーが立ち上がる素敵な歌。

・・・・・・ というわけで今年の出だしも絶好調!

いいお聴き初めになりました。

昨日は新年初、ということでみんなが持ち寄ったお年賀のお菓子もいっぱい

あって、休憩時間はそんなお菓子をいただきながら思い思いに珈琲を飲ん

だりお酒を飲んだり煙草を吸ったりして、いつもながら他愛なくもアホなお喋

りに興じたのでした。

今夜の翠ちゃんはお正月仕様ということでシンプルな紺のドレスに三連パー

ルと、いつになくシックな装い。天才ギタリストにこんなことゆうのはなんだけ

ど、見た瞬間、昨日髪切ったばかりとわかる馬場さんはなんだか七五三みた

いでかわゆらしかった。

160107kammachi63_01

最近、というか、ここずっとかな。

ここに来てライブを聴いてると、あと四半世紀も経たないうちにいまここに

あるものはみんな消えてなくなるんだ、ということに思い当たってなんとも

不思議な気持ちになる。人も儚いし、一夜限り、一度限りの音楽も儚い。

でも、だからこそ寒い夜に往復4時間近くかけてここに来るわけで、そうし

て今夜も、つよく儚いものたちがひととき肩を寄せ合って、小さな灯りを囲

むみたいに音楽に耳を傾けた夜・・・・・・。

他愛ない時間ほど愛しい時間ってないものです。

きっと後になればなるほど。

そして昨夜も終電に乗るためみんなより先に店を出ると、街角には『55』

のフラッグが翻っていて(単に横浜DeNAベイスターズが5周年めだから

みたいだけど)、勝手にGOサインをもらったような気がした私なのでした。

相変わらず私は会いたい人はそんなにいない。今年も私が一日時間を気

にしながらいそいそ出かけて行くのはきっとジャズバーかライブハウスくら

いでしょうね。でも、そういう私の1月が、いまとはまったく違うめくるめく12

月にたどり着かないとはいえないわけで、それが人生の面白くって不思議

なところ。

そう、人生はつづく!

160107basyamichi

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2016年1月 7日 (木)

剪定間近

16ben_moon

今朝はもっと寒くなるかと思っていたけど、ちょっと気温が下がったくらいで

そうでもなかった。おひさまいっぱいの朝。

咲いているのはミニチュアローズながら香りの強いベン・ムーン。

相変わらず緑がわしゃわしゃ繁茂している私のベランダですが、そろそろ黄

色くなったばらの葉がぱらぱら落ちてくるようになってきたし、よく見ると枝に

カイガラムシはいっぱい付いてるしで、そろそろ剪定しなきゃです。この時期

ばらを剪定するのは、春によい花を咲かせるためだけじゃなくて、すっかり葉

を落として裸木になったばらの木をよ~く観察してしっかり消毒し、春まで害

虫を越冬させないためでもあるからです。

ばらの剪定が終わった後のベランダは、毎年のことながらひどく殺風景で

寒々しく、ベランダに出る気すらなくなるけれど、今年は常緑のティーツリー

と、これからまだまだ咲きそうなセルリアのおかげで少しは植物の生気を感

じていられるでしょう。

こんなちっぽけなベランダにもじきに本物の冬がやってきます。

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2016年1月 6日 (水)

今日はきなこ餅を食べました。

16mochikinako

わたしが子供だったころ、家には火鉢があって、火鉢というのも当時は真冬

に暖をとるひとつの手段だったと思う。

いよいよ一年の終わりともなると母が近所の米屋から搗きたての大きなのし

餅を二枚も買ってきて、まだやわらかさの残るうちに父が包丁で四角に均等

に切り分ける。お正月に火鉢の上にのせた網で家族分のお餅を焼くのはい

つもわたしの役目だった。なにしろ寒い部屋の中で火鉢のそばにいるのは暖

かだったし、わたしはお餅を焼くのも、お餅がおもしろい形に膨らむのを眺め

ているのも大好きだった。ときどきぼおっとしてお餅を焦がしたり、変なふうに

ふくらんだお餅をお箸でつかみそこねて灰の中に落としたりして母に怒られた

こともあったけど、いま思いだしても平和であたたかなお正月の光景 ・・・・・・

そして、わたしはお正月のあいだじゅうお餅を食べ、小学校の冬休みの宿

題の絵日記には、『元旦。今日はお雑煮にお餅を2個入れて食べました。お

いしかったです』、『二日。今日はお餅を二個焼いて、きなこ餅にして食べま

した。とってもおいしかったです』、『三日。今日もお餅を二個焼いて、またき

なこ餅にして食べました。おいしかったです』というようなおなじことを延々書

きつづけ、それを大人になるまで母にいわれた。いったいどれだけきなこ餅

が好きだったんだと思うし、およそ文才のかけらもない子供だったと思うけど

暮れに娘とお正月用品の買い出しに行って、最後に「何か買い忘れたもの

はないかな」と私がいうと、娘が「きな粉は買った?」と訊くので、おお、そうだ

ったそうだったと、この玄米丸もちときな粉を買ったのだった。

さすが、この親にしてこの子あり。

というわけで今日のお昼はきな粉もち。

元旦のお雑煮にはだんぜん四角い白い餅があうけど、きな粉もちやぜんざ

いには玄米丸もちがいちばんおいしい!

いまならもれなく紅白なます付き smile

暮れからお正月にかけてずっと晴れだったけど、今日は久しぶりの曇り空。

今日はお日さまがないので部屋の中が暗い。

今日から徐々に寒くなるらしい。

16kinaklo_mochi

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2016年1月 4日 (月)

病がサル。

16sanyodo_2

本日3時半より仕事始め。

でも私は朝から午後まで仕事して出かけた。

どうしても必要なものがあってわざわざ買いに行ったのだけれど、あいにく

スパイラルマーケットではもう取り扱いがなくなっていた。それはいたしかた

ないことだとは思うけど、最近こういうことがとっても多いのでやっぱり買い

ものは手っ取り早くネット通販ですませちゃおう、ということになる。

そして在宅ワーカーはますます引きこもりがちになる。

もちろん、街に出てゆくよさはいっぱいある。

なんたって外の空気を吸えるしね。

せっかく出かけて行ったのに用が足りなかったので、暮れに時間が無くて

寄れなかった山陽堂ギャラリーに行って『サルくんとモンキー』を見た。

ちょうど12年前の申年にサルの絵本で絵本作家としてデビューしたという

谷口智則さんのサル年にちなんだ個展。

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うちにはサル年の子がいるのでちょうどいいと連れてった。

見ざる聞かざる言わざる。

でもいまは見て、聴いて、言わなきゃいけない時代だよね。

ねえ、サルくん。と隣りの無口な娘にいってみる。

「この人も酒井駒子とおなじ、黒ベースの人だね」と娘。

たしかに。だからカラフルな色を使っても深みのある暗め発色なんだ。

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なんたって珈琲好きなもんで。『サルとコーヒー』。

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谷口智則さんの絵はカラフルでユーモラスで楽しいのだけれど哀愁もあって

昭和な感じで、すごく日本人的情緒の絵だなあ、と思った。

そして、いつもここでやる個展も素敵なのだけれどギャラリーがまた素敵で、

南向きの燦々と陽の当たるギャラリーの中はいつでも明るく暖かで、246通り

がばんと見渡せる。

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そして何より家族みんなで経営してらして、それって家族が仲良く健康じゃな

いとできないことで、ほんとに素晴らしいことだと思う。今日は祖母とおぼしき

方が店番してらして、この日も階下からは親類だか知人だかがお子さんを連

れてやってきたということで、賑やかにやりとりする声が聞こえてました。書店

の部分は1階と2階のわずかな部分だけで、3階から上はギャラリー。およそ

儲け主義の商売とは程遠い。家の家業が本屋だなんて、本好きとしては超理

想的なことだと思います。

今日はお昼を食べそこねて出てきたので時間があったらどこかでゆっくりごは

んでも食べたいところだったけど暮れ同様時間がないのでパパッとすませた。

暮れに初めて入ってお気に入りなのが表参道の交差点出口上がってすぐの

ところにあるSUBWAY。パンの種類も選べて温めてくれるし、いろんな種類の

野菜がたっぷり入って、おいしくてヘルシー。ハンバーガーよりずっといい。

そして黄昏のレジュ。

帰りはここに寄って珈琲を飲んで帰りたかったけど、今日はこのまま途中で

娘と分かれて実家に行かなきゃならなかったのであきらめて地下鉄に乗る。

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父は今日は今年に入って初めての入浴デイサービスの日だったのだけれど

私が行くとめずらしくドアにカギをかけたまま寝ていたらしく、いくらドアチャイ

ムを鳴らしても出てこないのでドアの前で携帯で電話した。

やっと出てきた父は情けない格好で、寒くてしょうがない、といった。

オペ以来すっかり免疫力が落ちてしまったみたいで入院前から風邪気味だ

ったのがいまだに治らず、食べるのが少ないこともあって体温が上がらない

のだと思うが、やたらに寒い、寒いという。今日は食欲がなくてデイサービス

のごはんも半分しか食べられなかった、身体じゅうが痛い、喉も痛くて咳が

出る、寒気がしてしょうがないから寝ていたというので、父がやわらかいごは

んが好きじゃないのはわかっていたけどカニ缶と玉子と野菜を買ってきて小

鍋でカニ雑炊をつくった。父はそんな状態で寝ていても私に、寒いのに来て

もらって悪い、(何かを持って行くと)いつもお金を遣わせてばっかりで悪いと

謝るから、あのね、父だって昔、子供を育てるのにお金がかかって大変だっ

たでしょ、でもいまはその子供が大きくなって働いてるんだから世話になれば

いいんだよ、べつになんにも悪くない、一緒だよ、というと、そうか、と目をつぶ

ったまま聴いている。男たるものいくつになっても仕事があって自分の稼ぎで

家族を養っている、というのが唯一最大の気概で、それがなくなっちゃうとこん

なに気が弱くなっちゃうものなんだなあ、と思う。

ともあれ、春までの辛抱だよ。今年は申年だから病も去るだよ、とまたしても

いって帰る。

ほんとに病よ、この家から去れ!

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2016年1月 3日 (日)

今日のおやつ **

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今日のおやつは、白地にピンクがぽっ、となってるのがかわいくて暮れに

近所の和菓子屋でつい買ってしまった干支まんじゅう。

うちには母とおなじ申年生まれの女の子がいて、「申年生まれは器用なん

だ」と生前、母はよくいってたな。

手先の器用さと生き方はあんまり関係ないみたいだけど、年女の今年は

ぜひとも活躍してほしい。

このおまんじゅう、皮にほのかにお酒の香りがして、甘さ控えめのきめ細

かなあんこがとっても上品でおいしかったです。

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暖かなお正月

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今朝おきてすぐにベランダに出て驚いた。

ぜんぜん寒くない。

というか、あったかい!

今日の予想最高気温17度。

1月とも思われない。

まだ咲いているセルリア。

ブラッシング・ブライド。

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2016年1月 2日 (土)

お正月二日ともなると・・・

16salad

昨日の夜、近所のスーパーマーケットに行って驚いた。

三が日どころかまだ元旦だというのにもうお正月感がまったくなくて。

まるで25日のクリスマスみたい。

松の内があけるあいだじゅうかかっていたお琴のBGMさえなく。

なんだかこれって味気なくないですか?

いったいいつからこういうことになったんでしょう。

さりとて我が家は2日めの朝ともなるともうパン食です。

パンに珈琲。

暮れからお正月にかけての食事ってどうしても野菜不足になりがちだし、

おせちには砂糖も塩もいっぱい入ってて甘いものもいつもより食べてしま

うから、とにかく生野菜がたっぷり食べたい! 

ってことで、ゆうさんのダルメシアンの大きなお皿にのった山盛りのサラダ!

からし菜にルッコラにトマトにミックスビーンズにサラダチキン。

これだけあるとサラダだけでもけっこうボリューミーです。

それに、サノアイさんのくるみのパン皿にのった、くるみバター付きカンパ

ーニュのトースト。暮れに土居珈琲さんからもらった非売品、グァテマラ・

カペティロ農園の珈琲。

それだけでしあわせな朝。

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2016年1月 1日 (金)

元旦の食卓

16gantan

朝起きてすぐにキッチンに行って黒豆のお鍋に火をつけ、黒豆を煮ながら

お雑煮と紅白なますをつくった。好きなものをちょっとづつのプチおせち。

いつもと変わらないお雑煮。

昨日、買い出しの帰りに、娘がアルバイト先で一緒に働いているベトナム

人の女の子は、「日本人はお正月はお弁当ばかり食べてる」って言ってる

というので笑った。お重に入ったおせちをお弁当だと思っているらしい。

たしかに幕の内弁当みたいではある。

私もいつかは素敵な重箱を手に入れて本格的なおせちをつくろう、などと

毎年思ってはみるものの、自分もふくめてうちの人たちがそれほどおせち

が好きかといったらそうでもないし、それにくらべて私がほしい重箱はたぶ

んきっと高価だし、いずれ宝の持ち腐れになるんじゃないかと思うとやっぱ

り器は1人分でも大人数でも使える、セットアップ形式の白い陶器のカジュ

アルモダンなのがいいかな、なんても思う。

まだ元旦だというのに、午後からアルバイトに行く人がいて、お昼はパンと

珈琲。娘と買いものに行ってこういうのをみつけると、たいていの場合買う

ことになります。

ポンパドールの干支スペシャル。

16sarudoshi

見た目がかわいいだけじゃなくて中にバナナのカスタードクリームが入って

て、思いのほかおいしかったです。そうそう、いちごには『はじまりの気』が

あるそうで、年の始めや月の始めに食べるといいそうですよ。

世間の家じゃ三が日はご馳走三昧かもしれないけれどうちは全然そんなこ

となくて、夜は朝食べたのとおなじお雑煮。ふだんみたいに食事の支度に

追われなくていいのが主婦にとってはいちばんの御馳走かな、と思います。

今日は夕飯の買いものにも行かず、ごはんの支度もせず、のんびり編みも

のでもできたらしあわせです。

ちなみに、ベトナムではお正月にケーキを作るのだとか。

あ、そうか、三が日のあいだにケーキを焼くっていうのもいいね!

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2016' A HAPPY NEW YEAR!

16a_happy_new_year

あけましておめでとうございます!

あたらしい年、2016年がはじまりました。

今日も穏やかによく晴れて、気持ちのいい朝となりました。

今年は申年。

病が去る、不景気が去る、諸々困難や災いが去って、ちいさいけれど

たしかな幸せがいっぱい詰まった、明るく楽しい年になりますように!

未来につながるあたらしい出会いとご縁に恵まれますように!

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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