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2015年10月12日 (月)

秋の美しい日 *

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父は私が生まれる前年に宅地建物取引主任者の資格を取って不動産屋に勤めることになった。その仕事ぶりは世間の人が『不動産屋』に抱くイメージとはかけ離れた馬鹿正直が服を着たようなもので、それゆえに派手に儲けることもなかったかわりに、仕事仲間や大家さんやお客さんには信頼された。
その父がいまになっていうことには、不動産屋をやってていちばん楽しかったのはいろいろなところに行けたこと。
これといって趣味や道楽のない父にとって旅こそがいちばんの楽しみなのだった。
そういう人だから、84になったいまでも車を運転できなくなってしまったことを嘆き、政治家の牛歩程度の速さでしか歩けないのに、晴れてさえいればどこかに行きたがる。とはいってもたいていは近所に買いものに行くか散歩に行く程度で、たまに街の名画座で古い日本映画を観たり、延々都バスを乗り継いで子供の頃から勝手知ったる浅草に行くくらいなのだけれど。

84ともなるとかつての仕事仲間も友人もほとんど物故してしまって、出かけるのはいつもひとりだ。どこに行って何を見ても何を食べても話す人のない一人歩きは単に気分晴らしにしかならないんじゃないかと思うけど、それでも家にじっとしているよりはいいという。
そんな父を見かねて、たまに妹や私がどこかに連れ出すことになる。
妹は年に何回か泊りがけでどこかに行くけれど、お金も時間もない私はもっぱら近場担当。

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朝からよく晴れた秋の美しい日、父と井の頭公園に出かけた。
朝起きたときは肌寒かったけれど、吉祥寺に着くころは暑いくらい。
井の頭公園には何度となく来ているものの、動物園のある自然文化園には一度も行ったことがなかったし、このあいだの話のなりゆきからてっきりそっちに行くものだとばかり思っていたら、父は「そんなところには行かないよ」とシレっとした顔でいう。やれやれ。またいつもの年寄りの気まぐれか。

それでいつもの休日の井の頭公園の混みかたっていったらすごいので、三連休の今日はどれほどかと思ったら、時間が早かったせいかまだそれほど混んでなかった。池の上のボートの数もまばら。それじゃあ、天気もいいし今日は混んでないからボートにでも乗ろうか、私が漕ぐから父はのんびり景色でも見てればいいよ、といえば、いい、ボートには乗らない、と父はいう。そのくせ、じゃあどっちに行く? と訊けば、なんとなくボート乗り場を気にする風なので、せっかくだから行こう行こう、手漕ぎボートだと乗り降りするときちょっと危ないから、サイクルボートかスワンに乗ろう、といって、私はさっさとスワン乗り場に並んでしまった。
いつもは長蛇の列でけっこう待つのに、今日はスムースに順番がきた。

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思えばここでスワンに乗るのは初めてです。
子供とも乗ったことない。
ここではいつも手漕ぎボートだったから。
子供が小さかった頃は桜の季節になるとかならずといっていいほどここにボートを乗りに来た。湖面にしだれるように咲く満開の桜を水上から見るのはとてもきれいで、来れなかった年はなんだか忘れ物でもしたみたいな気分だった。
まだ肌寒い季節にもかかわらず私は汗をかき、手に豆ができるほどボートを漕いだのが懐かしい。そしてスワンに乗ってペダルを踏みながら横を見れば、父は父でなかなか楽しそうなのです。こんなのに乗ったのは初めてだって。いつだって、初めてのことをするのは楽しいのです。

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ボートやスワンに乗ってるのは若い父子に母子、若いカップルや男同士に女同士、とまあ、いろいろいるのだけど、みんな何故かおそろしく操縦が下手なのである。それで父は「ぶつかるぶつかる!」とかいってすごい形相でわたしを見るんだけど、わたしはカメラ片手に、渋谷で人混みをよけて歩くみたいにスイスイってなもんで上手いのです。これってなんなんだろうな? やっぱ才能かな。
願わくは世渡りもこのくらいうまくなりたいもんです。

池の端まで行ってUターンして船着き場を目指す。
青空に白い雲いっぱい。
まるで昔好きだったチョコボに乗ってるみたいです。
でも白鳥の水面下のバタ足よろしく、せっせと自転車こぎ!

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たった30分だけど父は疲れたようで、ほんとに足が動かなくなった、と嘆く。
84ともなればしかたないよ、とわたしはいう。
ふたりでスワンをせっせと漕いだらすっかり暑くなって、陸に上がった後は木陰を歩き、弁天様まで行ってお参りをした。
自分ひとりか友達や娘とだったら私はkibi cafeに行きたかったけど、お寿司好きの父と一緒なのでぐるっと回って入口近くまで戻り、遅いお昼をアトレの中にある美登利寿司で食べようということになったのだけど、それが大間違い!
もうお昼時は過ぎているから今日はそれほど待たされないですむかと思ったら、整理券を取って店のまわりで待つこと1時間15分(あきらめて眠って待っていたからお陰様で昨日の睡眠不足が解消されたけど)。
店の中でオーダーしてから、さらに待つこと30分。
遅めの昼食のつもりが早めの夕食くらいにはなったものの、でもここのお寿司はやっぱりおいしくてリーズナブルなのでした。

吉祥寺は私の家と実家のちょうど中間くらいにあって、昔だったら現地集合、現地解散でOKだったと思うけど、いまや父はすっかり心もとない様子なので、行きも帰りも実家近くのバス停まで一緒に行く。
たかが井の頭公園に行くくらいでまるまる一日仕事になったけど、今日は1年のうちでも滅多にないような美しい日だった。
神さまがくれたみたいなそんな美しい日が、ごくたまにある。
それはまさしく神さまの恩寵なのだと思う。

行きの電車の中で父が「こないだ浅草に行ったお土産」といってくれた袋を家に帰って開けてみたら、中身は雷おこしで笑えた。
雷おこしなんて食べるの、何十年ぶりだろうなあ。
懐かしい。

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