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2015年6月17日 (水)

リハビリ終了。

Feldenkrais_2

今日、保険で受けられるリハビリ150日間がついに終了した。

意外とあっという間だったなあ。

最初は週に1度か2度、行き帰り含めて午前中の2時間くらいを家から抜け

出して出かけて行くことすら自分に続けられるかどうかわからなかったけど、

こうして終わってみれば大切な習慣が生活から抜け落ちたみたいでちょっと

さみしくもあるのが自分でも不思議。

学生じゃなくなって以来、人から何かを教えてもらう機会も経験もがなかった

私にとって、スイミングスクールでコーチから水泳を教えてもらうというのは

とても新鮮で水泳以上に学ぶところが多かったけど、今回のこともまたそう

だった。これまで病院はおろか、整体やカイロプラクティック、リフレクソロジ

ーにさえ行ったことのなかった(つまり自分の身体を人にどうにかしてもらう

という経験がまるでなかった)私にとって、今回のリハビリもまったくもって得

難い経験だった。肩の痛みがどうにも我慢できなくなって受診した整形外科

だったけれど、リハビリルームではまず自分の骨格を専門家の目で客観的

に見てもらうことができた。これには驚いた。

自分でも自分の身体の欠点は少しは自覚しているつもりだったけど、作業

療法士さんにいわれるほどひどいとは思わなかった。

姿勢が悪い。前傾姿勢で重心が前に行き、肩が内側に巻き肩になって顎が

前に出て、首がストレートネック気味になっている。左右の鎖骨の位置、肩

甲骨が左右対称じゃなく、ズレがある。肩甲骨、胸郭がとても硬い。首も肩も

ものすごく凝っている。ハム筋がない。体幹の筋力が低下している、etc ・・・

仕事柄、健康の知識はそれなりにあったし、食にも気をつけ添加物をできる

だけ摂らないようにし、週1とはいえども10年以上スイミングを続けてきた

自分だったから、これにはしばらく落ち込んだ。これだけやってこの程度か、

と心底がっかりした。つまり、いままでのじゃ全然足りなかったんだ、と。

でも、もちろん、専門家から客観的に見てもらうことの意味の大きさは重々、

理解していた。わかったら、あとは直せばいだけだから。

そして、はじまった150日間。

定規や分度器を持った作業療法士さんたちにどれだけ鎖骨や肩甲骨を測

られたことだろう。彼らの目はまるで骨を透かして見ているようだった。

人間の骨がいかに精妙にシステマチックに組み立てられ、関節のまわりの

筋肉やスジがいかに複雑に組み合わさり複雑な動きを可能にしているか。

で、その精妙な骨と複雑な筋肉に、日常の変な姿勢、変な癖で妙な負荷を

かけ続けたらどうなるか・・・・・・。

行ってただ気持ちよく身体を揉んでもらうのと違って、リハビリは少々痛くて

も使わないうちに縮んでしまった筋肉を伸ばしたり、負荷をかけたりしなきゃ

ならないから、最初のころはとにかく痛いし、汗をかくし、終わった後は疲れ

て眠いし、内臓も動くからかお腹は下るし、骨格を調整している間はどこか

が良くなっても別のところに支障が出たり ・・・・・・ 、と大変だった。

作業療法士さんに何度もいわれたことは、いままで長年の癖で良くない姿

勢を正しい姿勢だと間違って記憶してしまっている脳の情報を、ここで新し

く正しい情報に上書きしないといけない、ということだ。

たとえば一昨日いわれたのは、私の左半身に重心が余計にかかっていて

右半身が浮いている状態だとしたら、それは右脚の存在が脳では希薄に

なっていて、それで左にばかり強く指令が出ていることが原因かもしれない

から、脳に右脚のニューロンをインプットしたほうがいい、ということだった。

こう書くとなんだか難しいことみたいだけれど、身体性のいいのは物理的に

動かすことで対応できることですね。

とはいえ長年、自分の身体に染みついた姿勢や癖を直すのはヨイジャナイ。

リハビリ150日間で私の姿勢が改善され、骨格が矯正されたかといったら

ぜんぜん完全じゃないし、まだまだ途上 ・・・・・・

でも、「あなたみたいな症状で月単位で治った方はほとんどいませんよ、年

単位でかかると思ったほうがいい」と先生にいわれた肩の痛みもいまでは

格段に良くなって夜もふつうに眠れるようになったし、痛みで目が覚めるこ

ともなくなった。左肩と左腕の動きも外旋の問題(動きの制限と痛み)が残

ったほかはほぼちゃんと動くようになったし、あれだけ痛くて夜も眠れなかっ

たことを思うと、これはほんとうにありがたいことです。

それにまだできてないことのほうが多いけれど、前にくらべたら私はずっと

自分の身体に対してコンシャスになった。

そして自分の身体の改善もさることながら、リハビリルームでは実にいろい

ろなことを学ばせてもらった。人の身体のあらゆるところは様々に故障する

ということ、年をとって筋力がなくなるとはどういうことかということ、人を介

護するにも介護してもらうにも、こころを開かなくてはならないということ。

もっとも大きなところでは作業療法士さんたちのお年寄りに対する接し方。

これにはほんとうに感心したし、ほんとうに勉強になりました。

どういうわけかリハビリルームでは私の病院嫌いが知れ渡っていたらしく、

あの病院嫌いな人がこれだけ通って来てくれてるのはきっとここを気に入っ

てくれたからだろう、といわれていたようなのだけれど、ほんとにリハビリ、

行ってよかったです。

最初にリハビリにつなげてくれた整形の先生にも、これまで5ヶ月一生懸命

リハビリしてくれた作業療法士さんたちにも、そして縁あってここを教えてく

れたカメラマンのナカタさんにも感謝、感謝です。

リハビリは今日までだったけれど、昨日最期だった作業療法士の先生に、

前にお貸ししていたフェルデンクライスの本を返してもらった。

これは私が『「鍛える」とは無縁の身体調整法』と呼んでいるもので、ごくわ

ずかな動き、わずかな力で、脳と身体のつながりを改善し、こわばった筋肉

を緩め、魂の乗り物である身体の中にもっと楽にいられる方法をイラストで

具体的に解説した本。

リハビリしながらの会話でこの本のことを話したら、その作業療法士さんが

興味を示してくれたのでお貸ししたのだけれど、聞けば上の病棟の(あまり

動きたくない)お年寄りたちにやってもらっていた、とのこと。便利に使ってく

ださっていたのならさしあげてもよかったかな、とも思うけれど、これ私の大

事な本で、リハビリ150日が終わった後はもう自分でなんとかするしかない

から、これからは作業療法士さんに教えてもらった自主トレーニングと、この

フェルデンクライスの本を見ながら実践しようと思います。

『いつまでも自分の脚で立って歩くために』なんてことを考えるのはまだまだ

先のことと思っていたけど、でもその先ですらいま現在の積み重ねの上に

あるということを考えるなら、正しい姿勢と必要な筋肉を維持するための努

力は、誰にだって必要なことだと思うのです。

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