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2015年5月31日 (日)

花の愛

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四季咲きばらといっても、彼らが咲くのは1年にそう何回もじゃない。

そのわずかな期間、わずかな時間に、自分の持てる力を精一杯つかって

一心に咲く花と目が合うと、それがどんなに小さく、かよわく病弱な花でも

そこに感じるのは花の愛だ。

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私が花を愛してるんじゃなくて、自分が花に愛されているんだということが

ものすごくわかる一瞬。

切ったら緑の血が流れているわけじゃない植物だけど、そこに感じる愛は

かわいがっている飼い猫や、飼い犬や、小鳥や小動物なんかとまったく変

わりなく、また遜色のないものだと思う。

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私のベランダのばらもほぼ終わり、森の奥から聞こえてくるような高らかな

ホルンの音ではじまった5月も今日で終わり。

今日はイベント『5月のホルン』最終日のコトリ花店に行って、無農薬で育

てられたばらのシロップをいただいた。ひとくち含んだとたん、口の中に広

がるばらの香りと甘さ ・・・・・・・。今日は夏日を通り越して真夏日の暑さだ

ったけれど、涼しい風が立ちはじめた夕方の花屋のテラスで、ずっと長らく

話したいと思っていた人と話すことができた。そこにも思わぬ小さなマジック

があって、宇宙の愛を感じたひととき。

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2015年5月30日 (土)

コーヒー効果

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今月は珈琲豆が足りなくなってしまって、昨日、閉店間際のカフェ・フーガさん

に寄って買ってきた。いつものコロンビア・スプレモ。

マスターが豆を量って詰めてくれるあいだ、カフェの椅子に座ってぼんやりし

ていたら、目の前にあった小さなリーフレットが目に入って手に取った。どうや

ら健康雑誌に載った記事からの抜粋らしく、『1日3杯のコーヒーで健康ブレイ

ク!』というタイトルで、コーヒーの健康効果がいろいろ書いてあった。

ざっと書きだしてみると、

●コーヒー3杯程度のカフェイン摂取で、10%ほど代謝が上がる。

●カフェインによる眠気抑制効果

●二日酔いの頭痛の原因であるアセトアルデヒドを体外に排出する働きと

 肝機能を良くする働きで、二日酔い解消効果がある。

●コーヒーに含まれるクロロゲン酸がメラニンの沈着を阻害するため、メラ

 ニン抑制効果がある。コーヒーを1日2杯以上飲む人はシミが少ない、と

 いう調査結果が。

●腸の働きを活性化するカフェインと、香りのリラックス効果で、便秘予防

 効果がある。コーヒーを1日1~5杯飲む人は便秘が少ないという報告が。

●カフェインには交感神経の働きを高め、食欲抑制ホルモンの放出を刺激

 する働きがあるため、空腹時にゆっくり飲むと食欲抑制効果がある。

●クロロゲン酸による食後血糖値の上昇抑制効果により、炭水化物やデザ

 ートと一緒にコーヒーを飲むと、食後血糖値の急激な上昇を抑える効果が

 ある。

●カフェインは脂肪を分解する酵素や褐色脂肪細胞を活性化する働きがあ

 り、またクロロゲン酸には分解した脂肪を燃えやすくする働きがあるので、

 ダブルのパワーで脂肪燃焼効果がある、

●レギュラーコーヒーをドリップしたときのアロマにもリラックス効果がある。

●レギュラーコーヒーに含まれるポリフェノールのひとつであるクロロゲン

 酸は、老化や病気予防効果が注目されるコーヒー独自の抗酸化物質。

●カフェインは頭をスッキリさせて集中力をアップさせる効果があり、毎日

 コーヒーを3~5杯飲むグループでは認知症リスクが低いという報告が。

●リラックスしたときに脳から出るα派は、コーヒーの香りを嗅いだときに

 多く現れるという実験結果が。

・・・・・・ と、まあ、これだけのことが小さなリーフレットに書いてあった。

長年、珈琲が好きで質の高い珈琲を飲んでいる人だったら、ここに書いてあ

ることで効果を実感していることはいろいろあるだろう。かつてはコーヒーが

胃に悪いだけの嗜好品のようにいわれていたことを考えれば格段の地位向

上ではあるけれど、それだって飲み過ぎればカフェイン中毒や貧血になる。

同様にお酒だって自分の身体に合った適量を楽しんで飲む分には文字通り

百薬の長になるわけで。大の珈琲党としては珈琲が悪者扱いされるよりは

ずっといいけれど、でもだからって好きで飲んでいるだけで健康効果を考え

て飲んでるわけじゃないからね。

珈琲といえば、珈琲がまったく飲めなかった友人と久しぶりに会ったらすっ

かり珈琲が飲めるようになっていて驚いた。しかもブラックで。

人の味覚っていくつになっても変わるものなんだなあ、と思う。

昨日マスターとは、毎日同じようにいれてても、珈琲の味は毎日違う。

豆の挽き方や抽出するお湯の温度はもちろんだけど、季節や気温や大気、

自分の気分や体調によっても違う、という話をした。だから毎日の珈琲の微

妙な違いがわかるということは自分の感覚を研ぎ澄ましていることにほかな

らない、ましてそれが珈琲豆の焙煎ともなったらもっとでしょう、・・・・ なんて

そんな話。いつも私がリハビリに行っている病院は、エントランス近くにドリン

クの自販機があって、その横にある椅子で会計を待っているといつも珈琲の

ものすごくいい匂いがしてきて、これが自販機から出る珈琲の匂いかと思わ

ず自販機のある方角を見てしまうほどだ。

そしてその匂いを嗅いだ瞬間、ああっ! 早く家に帰って珈琲が飲みたい!

と思うのです。

カフェ・フーガのマスターの焙煎したこのコロンビア・スプレモは、とにかくよく

膨らむ。昨日そういったらマスターに「今日のはすごく膨らむと思うよ。今日焙

煎したばかりだから」といわれた。

今朝いれてみたらほんとに見事にふわーっとドームのように膨らんだ。

味は濃くて深いけど、まったく雑味のないクリアーですっきりした味。

そして、すごくエネルギーが高い。

飲んだら一気に体温もボルテージもガーッと上がった。

朝の珈琲はこうでなくちゃ。

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梅雨間近

Milton

第5週でプールのない今日は朝8時半に起きて窓を開け放ち、家じゅうの

掃除をした。それから、これは毎日のことだけど、部屋の中で精油を焚き、

掃除が終わった後の玄関でセージを焚いた。このセージを焚くって行為が

私は好きだ。なんでかわかんない。でも、明らかにセージを焚く前と後では

場の気が変わるのがわかる。浄化はいくらしてもいいと思う。すべてのもの

に常に塵芥は降り積もるから。こころにも。

掃除が終わってすっきりしたら音楽が聴きたくなった。

しばらく電源を落としたままにしていたBOSEに電源を入れたら、ここのとこ

ろずっとご機嫌斜めで全く音楽を聴かせてくれなかったアンプがなんとめず

らしく一発でかかった。まったくこのBOSEの動きときたら私の父の脳みそな

みにわからない。単純に物理障害があるのだったらもうとっくに動かなくなっ

てるはずなのに、こうやってすんなり動くときもある。つまり世界は人知を超

えた不可思議なエネルギーで満ち満ちている、というわけで、それって楽天

的に考えたら神の恩寵みたいなものだと思う。

CDアンプのトレイの中に入ったままになっていたのは、ミルトン・ナシメント

の『MUSIC FOR SUNDAY LOVERS』。もうここにも何度も載せてるけれど

これも梅雨間近のいまごろになると何故かいつも聴きたくなるCDのひとつ。

そしてなんど聴いても聴くたびに素晴らしいと思ってしまうCDだ。

まず、なんといってもケペル木村氏による選曲が素晴らしい!

そして曲の並びが、これを聴き慣れてしまったらもうほかの並びじゃ聴けな

くなるほどに素晴らしい。ブラジルの神の声とも至宝ともいわれるミルトンが

1969年から1978年にかけてEMIから出した8枚のアルバムからのベスト

盤というだけあって、ミルトンの黄金期ともいえる最もよかったころの歌声が

聴ける。どれだけ曲を書いても楽想が尽きることはなかったんじゃないかと

思われる多彩な曲揃い。全23曲、捨て曲なし!にして、トータルタイム72分

があっという間に思える最高のアルバム。ちなみに曲は年代順に並び、ライ

ナーにはケペル木村氏による丁寧な全曲解説と、全曲の歌詞と訳詩付き。

私が買ったときより多少高くはなったけど、いまでも買って損はないCDです。

Amazonのレビューにはミルトン入門者向け、なんてあるけど、とんでもない。

ミルトンのCDなら何枚も持ってる、という人が買ってもきっと満足できるアル

バムだと思う。

今日もこのCDを聴きはじめたら息子が「ミルトンの音楽にはまったくエゴとい

うものが感じられない」といっていたけれど、まさにそのとおり。ミルトンの声

そのものに浄化作用があるのもそうだけれど、この音楽が持つ空間浄化作

用ゆえにこの時期、このアルバムが聴きたくなるのかもしれません。

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2015年5月29日 (金)

水丸さんのマスキングテープ

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昨日、友達と待ち合わせた表参道の山陽堂書店で、娘にお土産に買った

安西水丸さんのマスキングテープ。

カラーのイラストのと、モノクロの線画。

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伸ばすとこんな感じで、どっちもいい感じです。

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上のギャラリーで7月7日、七夕の日からまた安西水丸展をやるそうで、また

ひとつ、娘と行かなきゃならないところが増えちゃいました。

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2015年5月28日 (木)

物事の意味

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ついこのあいだは父のことを考えながらぼんやりしていて、銀行のATMで

うっかりキャッシュカードを抜き忘れて出てくる、という失態をしたばかりな

のに、今朝は今朝で、またしても父のことを考えていて、娘の珈琲カップの

底を自分の珈琲カップの縁にぶつけて割ってしまった。

カン! という乾いた音がしたと思ったら、堅いはずの備前が簡単にチップ

してしまった。一瞬のことだった。

忘れもしない奇しくも3.11の起きる日に届いて、なんとか難を逃れて以来

ずっと毎日愛用してきたカップだったのに。4年使ってガサガサだった肌も

なめらかになって、ちょうどいい景色になってきたところだったのに・・・・・・。

すごくショックだったけど、なんとか自分の気持ちを落ちつかせながら食卓に

ついた。土ものだからチップしたところは瀬戸物のように鋭利でも危なくもな

いけれど、黒い表面の土肌にできたグレーの傷痕は無残に目立って、思わ

ずため息をついた。

 形あるものはいつか壊れる。命あるものは必ずいつか死ぬときがくる

子どものとき、飼っていた小鳥が死ぬたびに父にいわれた言葉。

そんなこといわれても悲しくて泣いてる子どもには何の役にも立たなかった。

そういうときの子どもに必要なのは、子どもの心に寄り添うような温かい言葉

なのだと、子どもを二人育てたいまの私は思う。

けれども、そうやって何度となく呪文のようにいわれた言葉はいつしか私の心

に刻みこまれ、有形であれ無形であれ、何かを失ったときには必ず蘇る。

欠けた備前のグレーの傷痕には私の欠点と弱さがそのまま映し出されている

ようで、自分の身に起こる物事の意味を考える。

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2015年5月27日 (水)

脳のMRI画像

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妹に、父をいちど認知症外来みたいなところに連れて行ったほうがいいん

じゃないかといったのは、父のいまの状態が単なる老化によるものなのか

それとも病的なものなのかをはっきりさせたほうがいいと思ったのと、もし

ある日突然、父にとんでもないことが起こったときに、一緒に暮らす妹が困

ってしまわないようにしたかったからだった。私のなかに『たとえ病気だとわ

かったからって何になる』という気持ちが全然なかったわけではないけれど

おなじ何か大変なことが起こってしまったときでも、事前にそれに対する知

識と心構えがあるのとないのじゃ、ぜんぜん話が違うだろうと思ったのだ。

それに今年に入ってからのことだけを見ても、父の歩行機能の著しい悪化

と、声が出にくくなって以前にもまして滑舌が悪くなったのはとても気になる

ところだった。

去年、転職していまは近所の個人クリニックで働く妹は、クリニックに来るた

くさんのお年寄りたちとくらべても、父はまだだいじょうぶなんじゃないかとい

ったけれど、私にはもうそういうレベルはとっくに超えているんじゃないかとい

う気がしていた。結果的には妹のほうで一連のやりとりがあったあとに4月

に父を連れて物忘れ外来の初診に行き、簡単な質疑応答のテストのあと

いくつか検査をして、それから2ヶ月に渡って脳波の検査と脳のMRI、脳の

血流の検査が行われた。

そして、それらの検査を踏まえて医師の診断を聞きに行くのが今日だった。

それはもう何年も定期的に父と通っている病院ではあるけれど、私は一度

も行ったことのない階にあり、名前を呼ばれて3人で入って行った診察室は

私の想像とはまるで違うものだった。まず部屋に入ると、正面を向いてずら

っと並んだインターンらしき白衣を着た若い10個の目と医師と看護婦の目

がいっせいにこちらを見た。今日が初診じゃないからか若い医師は自分の

名も名乗らず、彼はいきなり父に「ちょっと歩いてみて」といった。たくさんの

目が向けられているなか、父がたどたどしく窓に向かって歩いて行って方向

を変えて立ち止まると、医師は面倒くさそうに「戻ってきて」といった。父が戻

ってくると、医師は「もういちど」といった。それが無機質に2回繰り返された。

それでやっと父が椅子に着席したあと私の目に入ってきたのは、ちょうど父

の顔のすぐ前に貼ってあった脳のMRI画像の大きな写真だった。それを見て

驚愕した。それはまるでロールシャッハテストの蝶みたいな形をしていた。

もう何年も前のことになるけど眩暈がひどいので耳鼻科に行ったらメニエー

ル病を疑われて、私もMRIを受けたことがあるから正常な人の脳の画像が

どういうものかは知っていた。父のは素人が見てもあきらかに異常な脳の画

像だった。

その後のことは逐一思いだすのも嫌だから詳細には書かないけれど、それ

から医師は父にいろいろ質問をし、早口言葉を繰り返しいわせ、自分の指

の形を真似するようにいい、いくつかの動作をやってみさせた。父にはでき

ることもあったし、できないこともあったけれど、概ねできたほうだと思う。

でも医師にはできたことのほうが問題だった。

つまり、これまでの検査結果と異常な脳のMRI画像からしたら父は重度の

アルツハイマーということになり、自分ひとりでは何もできない人ということ

になるのに、実際の父は医師が質問すること(トイレとか食事とか)以上に

いろいろできたからだ。もちろん、それは健常者の数倍も時間をかけての

ことだし、いろいろミスもあったけれど、それでもじゅうぶんに医師を驚かせ

るくらいのことではあった。

医師は、昨日この画像を見て私が判断したことと実際の状態があまりに食

い違っているので困惑している、といった。この画像と検査結果からいって

アルツハイマーで間違いないと思うけれど、でもほんとうにそれだけなのか。

正直いって、全然わからない。判断しかねる状況です、と医師はいった。

若い医師は老人にはちっとも優しくなかったけれど、いっていることは明晰で

ストレートだった。

ただいえることは、と医師はいった。これだけの脳の変形があるということは

これはここ数年で起きたことではない。たぶん10年とか15年という長いスパ

ンで起きた委縮だと思う。

医師がそういうので、「15年だとしたら、母が亡くなって今年でちょうど15年

になるので、父が日中、話し相手もなく独りで家にいるようになったころと合

致しますね」と私がいったら、「話し相手がいなくなったということと委縮は何

の関係もありません」と医師にぴしゃりとやられた。

そうなのか、と私は思っただけだ。(でも、ほんとうにそうなのか?)

医師の話を聴きながら私が勝手に頭で考えていたのは、高度先進医療だ数

値だデータだエビデンスだといってもけっきょくいまの父の状態がわからない

としたら、人はそんなものだけでは限定できない精神性や霊性や、もっと複

雑にして精妙なたくさんのファクターによって成り立っているということだろう。

父の脳細胞の多くは損傷してしまっているかもしれないけれど、その失われ

たもの以上に別の何かによって補われていまの父があるのではないか。

もっというとそれは神さまとか宇宙の愛に通じるもので、だとしたら現代医学

より別のところに心の平安を見いだせるのではないだろうか ・・・・・・・・。

けっきょく、今日はアルツハイマーの薬が処方され、ほかの病気との混合が

疑われるから、その可能性を調べたいのであとひとつだけ検査を受けてくだ

さい、ということで、また来月も検査を受けに来なきゃならなくなった。

診察室に入ってからずっと衆目のなか知能テストをされ、体幹の状態を診

るのに医師にどつかれ、医師と私たちの病気に関するやりとりを延々聞か

されて、けっきょく薬とまた検査じゃ父はさぞかしがっかりしているだろうなあ

と父のほうを見れば、父はすっかり疲れてしまったらしく、うとうと居眠りをは

じめていたから、私はかえって「よかった」と思った。仮に私たちのやりとりが

全部わかってしまったとしたらそっちのほうがやりきれない。

診察室を出て、妹が次の検査の予約をするあいだ近くの椅子に座って待っ

ていたら、父が下を向いてしきりに何かやっているので見てみると、さっき医

師にいわれてできなかった指の形をやっているのだった。そして見ているう

ちにできたから、「な~んだ。できるじゃない」といったら、父は「あんなことが

テストだとは思わないもんなあ」とポツリといった。

そうだよ。モンスター・ペイシェントと違って父はなんにもいわないけれど、お

となしい父にだって自尊心はあるんだから。少しは尊重してもらいたい。

そこへ妹が戻ってきたので、「ほら、できるんだよ」と私が笑いながらいったら

「それ両手でやるんだよ。ほら、両手でやってみて!」とすかさずいう妹。

ふぅ。やれやれ。

いったいこれだけ高齢化社会が進んでいるなかで、お年寄りに優しい医療

なんてものが存在するんだろうか? と思う。

私は今日あったことを相当な部分端折って書いたにすぎないけれど、病院

を出てから怒る私に、妹はそれほど気にならなかった、といった。

例によって私がセンシティブすぎるのかもしれないけれど、おなじ姉妹でも

ここまで感覚がちがうとわかりあうのは難しいような気がする。

様々なことで頭がいっぱいになって、当人以上によれよれになって帰ってき

た今日。あたらしい問題のはじまり。

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2015年5月26日 (火)

アルンウィックローズ

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このばらが咲くのは何年ぶりだろう?

友達にもらった挿し木のアルンウィックローズ。

毎年春になるとほかのとおなじように元気よく芽吹くのに、なぜか伸びてきた

枝はオール・ブラインドで、つぼみはついてもひとつきり。

そのひとつだってちゃんと咲くとはかぎらないけど、今年はなんとかきれいに

咲くことができた。

何年育ててもちっとも大きくならない小さな木だけど、ばらはばら。

小さくてもイングリッシュローズ。

ラズベリーの香りの混ざったオールドローズの香り。

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2015年5月24日 (日)

空飛ぶ月

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夕方、自転車に乗って買いものに出ると、斜線みたいな雲の中から

月がものすごい勢いで飛んでいくのが見えた。

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緑のポテトサラダ *

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バゲットがおいしい近所のパン屋さん。

これまでカンパーニュがないと思ってたら昨日こんなかわいいのをみつけた。

プチ・カンパーニュ。

近くに小さく切った試食用が置いてあって、食べたら芳ばしくておいしかった

ので、「新製品ですか?」と訊いたら、金曜日しか焼かないパンなのだって。

大きいカンパーニュも焼いてくれたらいいのになあ ・・・・・・

そして先週、スイミングクラブで、わざわざ旦那さんの実家の長崎まで行って

掘ってきたという、おいしいじゃがいもをもらったので、ひさしぶりに緑のポテト

サラダをつくった。なんでも長崎のじゃがいもはそのおいしさゆえに関東まで

は回ってこないのだそうです。見た目はメイクイーンの形で、見るからにおい

しそうなじゃがいも。

洗って皮つきのまま、ひたひたの水でゆでて、竹串が通るくらいやわらかくな

ったら皮を剥き、大きめのボウルに入れてポテトマッシャーでつぶし、まだ熱

いうちに塩・コショウ、マヨネーズ、粒マスタード、それにバジルソースをくわえ

て混ぜる。それから今日は粗く切ったローストカシューナッツに、サラダ用に

少量パックになった生ハムを小さく切って入れ、さらにキリのクリームチーズを

1ピースちぎって入れた。

いつものように適当に思いついてつくったけれど、これおいしかったです。

リッチテイスト。レストランで出てきてもおかしくない。

私はお酒は飲まないけど、ワインにもあいそう。

素朴なポテトサラダも好きだけど、たまにはこんなのもいいね。

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2015年5月23日 (土)

ばらの季節もあと少し。

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5月も第4週の終わりともなると、あと咲いてないバラはどれだ、って状態に

なってきます。

今年は春もきれいに咲くことができたライラックローズ。

かわいいと何度でも撮ってしまうマダム・フィガロ。

今日はここ数日ぶりの夏日でした。

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2015年5月22日 (金)

ふわり。

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ふわふわと風に舞いながら、大気に溶けてしまいそうなマダム・フィガロ。

今日も涼しい風がここちよい、5月の爽やかな一日でした。

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夢の入り口

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おととい、歌を歌う友達がメールに書いてきた一行が、昨日、私をぼんやり

させた。それはかつて想像したことがあったことかもしれないけれど、ほん

とうは想像もしなかったことかもしれない。少なくとも10年前には想像もしな

かったことだ。といって、大げさにうけとると緊張して身体も思考も固まるから

私は「まかしといて」っていうような気分でいる。神さまはなんでも知っている。

宇宙はいつだって私をホールドしている。人は誰だって隠れた力を持ってる。

ただ、それを信じるか信じないかだけ。

それがあふれだす瞬間をつかめるかつかめないかだけ。

文章を書くとき私が何にいちばんこだわるかというと、それは書き出しだ。

最初の言葉。

文章には無数の入り口があって、どこから入るかによって行けるところが違

うから。できるだけさりげなく入って、でも深いところまで行きつきたい。

友達が私を夢の入り口に立たせた。

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2015年5月21日 (木)

赤い実を食べた

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昨日は日付けが変わったあと急にバタバタ雨が降りだしたと思ったら風が

吹き荒れはじめ、次いで火事でも起きたのか消防車と救急車とパトカーの

サイレンがけたたましくその後を追った。それからは激しい暴風雨と低いと

ころで爆弾が破裂するような雷の音、時折りカッとフラッシュライトのように

一瞬部屋の中を照らす稲妻と ・・・・・・。雷が炸裂するたびにガラス窓に圧

がかかり、寝ていても振動音が響いてくるほどの物凄さで、まったく生きた

心地がしない恐ろしいばかりの夜だった。でも明けてみればこの天気だ。

いったい昨夜は何だったんだろう、と思うけれど、日中は最高気温27度の

初夏の陽気だったのが、夕方から急に涼しくなったことを考えると、上空で

暖かい空気と冷たい空気が激しくぶつかりあった結果なんだろうと思う。

けっきょく寝たんだか寝ないんだかわからないままよろよろ起きて、洗濯を

して朝食をとって、あわててリハビリに行った。

1月に生まれて初めて整形外科の診察を受けてリハビリをすることになって

あっという間の4ヶ月。

リハビリルームから見える窓の緑もすっかり鬱蒼としてきた。

この病院は西武多摩湖線の線路沿いにあって、リハビリルームはちょうど

線路脇の土手の斜面の下にあるせいで、窓いっぱいに土手の緑が広がる。

椅子に座って痛む肩に電気をあててもらいながら、窓枠いっぱいに広がる

緑を眺めていると、まるでここが森の中ででもあるような錯覚を覚える。

風が吹くたび揺れ動く瑞々しい緑の葉っぱと、移ろう陽の光のきらきら輝く

粒子 ・・・・・・

窓から緑が見える、というただそれだけのことで、人はどれだけ癒されるだ

ろう。人が気づいている以上に、人は植物からたくさんの力をもらっている。

ふだんあれだけ病院嫌いの私が規則正しくここに通って来られているのも

もしかしたら、ひとつにはこの緑のロケーションにあるのかもしれない。

今日は昨晩の嵐が嘘のような快晴で、今日も自転車に乗るとサドルが熱か

ったけれど大気は涼しいくらいで、ちょっと風もあってここちよい。

帰りは緑道の緑を見ながら帰ろうと道を曲がったら、すぐに素敵なものを見

つけた。

桜の実!

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わあ! と思って思わず自転車を置いて木の下に行くといっぱい生ってる!

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風にそよぐ緑と光のコントラスト、そのなかで揺れる色とりどりの桜の実の

うつくしさに夢中で写真を撮っていたら、向こうから2人で歩いてきたらしい

年配の女性のひとりが、かたわれの女性に「さくらんぼ?」と訊いた。すると

すぐにもうひとりの女性が「食べれないけどね!」とつまらなそうにそっけな

くこたえて、ふたりは立ち止まることもなく通り過ぎて行った。私は彼らを見る

こともなくカメラを桜の実に向けたまま、なんて現実的なんだろう、と思った。

年をとった女のもっとも嫌なところ。私が年をとった女のもっともつまらないと

思うところ。私がつきあわない人たち。

つまらない日常のあらゆるところに夢の入り口は隠れているのにね。

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あんまりきれいなので少し摘んで持って帰ることにした。

うつくしいということはうつくしいというだけで価値がある。

それは言葉になり絵になり音楽になる。

私の友達はそれがわかる人だけでいい。

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それからもう少し先に行ったところで大きな傘みたいな木を見つけた。

これは早春のころ清らかな花をいっぱいつけていた枝垂れ梅の木。

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ほんとに大きな傘みたい。

あまりに凄いのでここでも木の下に立って揺れる緑を見ていたら、なんだか

瞑想的な気分になった。

木はうつくしい。

昔から私は自分が住んでいるここを木が多いのだけがいいところだと思って

いるけれど(それは思いのほか大きいことかもしれないけれど)、もはやそれ

以外ここにいる理由は何ひとつないんじゃないかという気がした。互いの家を

仲良く行き来しあっていた友達ももうとうにいないし、ここは中途半端に雑多な

街の匂いがして、木があるところ以外、どれだけ長く住んでも好きになれない。

それに私はここであまりにも多くのものを失いすぎた。

つくづく心底、引っ越したいなと思った。

鳥のように自由に明日の寝床を移すことができたらどんなにいいだろう!

家に帰って、おいしくないことはわかっていたけど、好奇心から娘と赤い実を

食べてみようということになった。熟した実をふたつ選んで、洗ったのを先に

口にした娘が「う! まずい!」といってすぐに口から吐き出した。すごく苦か

ったそうだ。それで私は後につづかなかった。

赤い実はベランダに来る鳥にあげよう。

できれば食べられるさくらんぼの生る木をどこかにこっそり植えたいもんだ。

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2015年5月20日 (水)

今日もピンクのばら4つ

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このあいだの台風で花びらがちょっと傷んでしまったけど、ソニア・リキエル

が咲いた。クォーターロゼット咲きの、甘酸っぱいフルーツ香のようなすごく

香りのいいばら。この香りはフレンチローズの中でも1番くらいいい香りじゃ

ないかな、それにこの花のかたちといい、香りのよさといい、ギヨーのばらと

いいつつ、すごくイングリッシュローズっぽい。と思ったら、なんとこのばら、

交配親はアブラハムダービー とグラハムトーマスだそうだ。なるほどね。

つまりフレンチといいつつ、ほとんどイングリッシュなんだ。

このソニア・リキエル、数年前にうっかり枯らしてしまったと思って買い直し

たら、翌年おなじ花を咲かせる木が2株あって、そのときになってはじめて

枯らした品種を間違えたことに気づいた。だからうちのベランダにはソニア

リキエルは2株ある。つまり、それくらいこのばらが好きってこと。

細い株立ち。つるばらのようによく伸びる枝。けして樹勢は強くない。やわら

かくしなる細いステムの先につぼみをつけるから、花は常にうなだれて咲く。

優雅とも儚いとも様々な形容ができるけれど、この風情ある姿とともにソニア

リキエルの最大の特徴はなんといっても鮮烈な香り。このばらが2輪部屋に

あるだけで今日、私の部屋はうっとりするほどいい香りです。

今朝は曇っていて暗くて私のカメラではコントラストが強すぎて、このばらの

よさが全然とらえられていないけれど、セント・セシリア。

ここ数年ずっと元気がなかったけれど、今年はやっと樹勢を取り戻した。

なんで元気だったばらの樹勢が急に衰え、そして時間を経て復活するのか

何年やっててもわからないけど、好きなばらが復活してきたときはうれしい。

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セント・セシリアのよさはディープカップ咲きのふくよかな花型、それから上

の写真ではピンクが強いけれど、ふだんはもっと淡いアプリコットから白に

かけてのやわらかな色。すべてにおいて優しさをかたちにしたようなばら。

香りはミルラにレモンにアーモンドと、ちょっと複雑な香り。

それから、このあいだ素敵なつぼみを見せてくれたライラック・ローズ。

このばらを国分寺のローズカフェで見たときの印象は忘れられないな。

私のデジタル・カメラではなかなかうまくとらえられないけれど、実にエレガ

ントで大人っぽい(でもどこかに茶目っ気のある)ばらです。

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そして毎年このばらが咲くたびに思うのだけれど、どう考えてもこれは庭に植

えるべきばらだったのです。狭いベランダの鉢植えじゃなくて。

今年も不発に終わったスピリット・オブ・フリーダム。

細くて長いステムの先に、イングリッシュローズ1じゃないかと思われるぎゅ

うぎゅう詰めの花びら。上手に誘引でもしないかぎり、私のベランダではきれ

いに咲きそうもありません。でも、このばらも素晴らしい香り!

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天然酵母のにんじんパン

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昨日(というか今日)はJAZZライブから午前1時前に帰ってきて、こんな時間

にぜったい食べないほうがいいよなあーと思いつつ、お腹がすいていたので

メロンパンを1個食べてしまった。メロンパン、おいしかった。

今朝のパンは、近所のパン屋さんで買った天然酵母のにんじんパン。

クープの入りかたが葉っぱみたいでかわいいので思わず撮った。

切ると中もにんじん色。

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今月はほんとうによく甘夏サラダを食べました。

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2015年5月19日 (火)

マダム・フィガロ *

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咲いたばらがそのままひらきつづけているかといったらそうではなくて、朝ひら

いた花も夜にはいったん閉じる。まるでゆっくり呼吸するように。

昨日のマダム・フィガロ。

今朝見たらなんともいえないカップ咲きになっていて、切って花瓶にいけたら

めずらしく息子が「すごくきれいだ。アンティークみたいで」というから、「こんな

シャツがほしいね」といった。

貴族チックなやつ。

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2015年5月18日 (月)

ピンクのばら

15madame_figaro_01

今日はまた台風でもくるのかと思うほど風が強い。

ふだんでもこのばらは背が高いからベランダでは写真が撮りにくいのに、

今日は風があるからますます撮りにくい。

風のなかでふわふわと花びらを乱しながら咲くマダム・フィガロ。

デルバールのばらで、フレンチローズのなかでは私が最も好きなばら。

ディープカップなのにふんわりした独特のやわらかさがあって、この限りなく

白に近い淡いピンクっていうのがすごく好みです。

5月も第3週に入って、私のベランダは落ち着きはじめるのと同時に遅咲き

のばらが咲きはじめました。

これもそのひとつで、ライラックローズ。

15lilac_rose_01

すごく洗練された大人のピンクだと思うのだけれど、春はつぼみをつけて

から咲きだすまでに時間がかかりすぎて、あまりきれいに咲けない。それ

に春は重ための花で、このばらは秋のほうがもっと軽やかでうつくしい。

いずれにしても何年育ててもちっとも大きくならない樹勢の弱いばらである

ことはたしか。ミルラの混じった香りも独特。

そして、スピリット・オブ・フリーダム。

せっかくひとつだけ残った花も、あまりに重すぎてこんなふう。

ゆうに100枚以上はあるといわれる薄い花びらがぎゅっと詰まった大きな頭

はいかんせん細いステムの先では重すぎる。青みがかった薄いピンクの花

びらは光の中で見るとまだ少しは明るく見えるけど、曇った日に見るといかに

も肺の弱そうな青ざめた女の子みたいに見える。オールドローズの系統を継

いだものすごく香りのいいばらなんだけど。

15spirit_of_freedom_01

それからシャンタル・メリュー。

このばらがはじめて咲いたときは、それまでうちにはなかったような鮮やかな

マゼンタピンクなのでびっくりしたけど、この色にもすっかり慣れた。このばら

のすごいところは、うちにきてから一度も病虫害にやられることなく、四季咲き

なので冬に強剪定すると春にはめきめき伸びて病虫害知らずのつやつやした

緑の照る葉を茂らせ、梅雨前の暗い天気の日に次々とかたちの整った鮮やか

な花を咲かせること。見事に何年もコンスタントにそれだった。ところが今年に

なっていつもとおなじ樹形にならないなと思っていたら、今年は花つきが悪く、

今朝はいつもとぜんぜん違う色の花が咲いた。

これがいつものシャンタル・メリュー。

15chantal_merieux_01

そして、こちらが色変わりのシャンタル・メリュー。

15chantal_merieux_02

いつもとは違う淡いピンク。

おなじ花でも色が違うだけずいぶん雰囲気が変わるものです。

くらべてみるとよくわかる。

ふたつのシャンタル・メリュー。

15chantal_merieux_03_2

去年もこのばらは、咲き終わりくらい(つまり木が疲れてきたころ)に真っ白

な花を咲かせてびっくりしたけど、もしかしたら木が老化してきたのか、それ

とも私がこの色があまり好きじゃないことがばらに通じてしまったのか・・・。

こういう突然変異はばらに限らずほかの植物でもよくあって、それを枝変わ

りといって変異したものを増殖できれば新品種になる、ということなのだけれ

ど、はたしてシャンタル・メリューは何色がいちばん美しいのか?

そして、朝の光のなかでひときわ無邪気に咲いたのはスカボロ・フェアー。

きらきらするようなピュアで透き通るようなピンク。

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ひとくちに『ピンクのばら』といっても実にいろいろなピンクがあって、ばらの世

界を見渡せばデパートの化粧品売り場なみにたくさんある。

『ピンク』という色が人に(とりわけ女性に)もたらすプラス効果はとても大きく

て、それゆえ古代から多くの貴婦人たちに愛されてきたのでしょう。

ばらの場合はピンク単体というよりもこの花と葉、ピンクと緑の組み合わせが

何よりたまらなく好きです。

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2015年5月16日 (土)

一日花

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まだ咲いているばらを摘んでしまうのをよくもったいないとか、かわいそうとか

いう人がいるけれど、花を咲かせるのはとてもエネルギーのいることだから、

花を長くつけておくのは木にとっては負担でしかない。それに、まだきれいだ

から、あともう少し、なんてうっかり切るタイミングを誤ると、まるで本の帳合い

がほどけたみたいに花びらがバサッと落ちる。落ちた花びらはさっさと拾わな

いとあちこち散乱して面倒なことになるし、株元の土の上に放っておけば病葉

同様、病気や害虫のもとになる。それに狭いベランダではこれがけっこう厄介

なのだ。鉢の中に落ちた花びらを拾おうとしてうっかりすると鋭い棘で手や腕

をギャッとやられる。だから、まだ咲いていても色が淡くなってきたものや咲き

かたがゆるくなってきたものは思いきりよく切ってしまう。切って花瓶にいけた

ほうが直接水を吸い上げられるぶん、花の寿命は長くなる場合が多い。

今朝は午前中リハビリでベランダに出てばらを見る暇もなかったから花柄摘

みもできず、午後に帰ってきたら、あちこちに花びらが落ちていてまいった。

でも、ばらきちがいといわれることを承知でいえば、ばらは落ちた花びらさえ

うつくしい。

イングリッシュローズのなかには花びらが100枚以上あるばらも多くて、その

たくさんの花びらがどういう力によってかきゅっと束ねられ、張力を保っている

ことを思えば、それがそうそう長くはつづかないこともよくわかる。朝咲いて夜

には散ってしまう、一日花のようなばらもたくさんある。

今日は午後遅くやっとベランダに出たら、一昨日つぼみだったフロ-レンス・

ディラットレが咲いていた。アップの写真だとわからないかもしれないけれど、

ミニチュアローズくらいの小輪で、淡いむらさきの雰囲気のいいばら。

これはフレンチローズ。

そうそう、このあいだフレンチローズのことを書き忘れたけれど、フレンチでは

このフローレンス・ディラットレ、ナエマ、マダム・フィガロ、ソニア・リキエルが

好き。あとはいらない。

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17日追記:

上からもっと咲き進んだ今日のディラットレ。

このばらも房咲きです。

15florencedelattre_03

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2015年5月15日 (金)

Are you going to Scarborough Fair?

15scarborough_fair

スカボロ・フェアー。

イングリッシュローズに詳しくない人だと、これがイングリッシュローズとは

思わないかもしれない。セミダブルの平咲きの花は原種のばらのようだし

どこか東洋的な雰囲気もある。交配種は明かされていないけれど、作出

家のデヴィッド・オースティン氏の言葉によれば『アルバの特徴をよく映し』

とあるから、きっと片方の親はアルバ系なんだろうと思う。

アルバローズとは白ばらの元祖といわれるばらで、現存する中では最もそ

れに近いといわれるオールドローズのアルバセミプレナも、これと似たよう

な平たいセミダブルの純白のひらひらした花びらに、輝くような黄色い雄蕊

を持つ。こういう、くっきりした花芯を持つばらを正面からじっと見ていると、

なんだか人の目みたいでなんともいえない眩惑的な気分になる。

デヴィッド・オースティンが『懐かしい歌の名をつけた』というのは、これが

古のばらの系統を継ぐばらだからなのか。その名前ゆえに、このばらが咲

くといつも私の頭の中では自動的にサイモン&ガーファンクルの歌が流れ

出します。

15scarborough_fair_01

ピュア、という言葉がもっとも似合う繊細で可憐なばらだけど、難があるとし

たら細い枝を下へ下へと長く伸ばすこの樹形と、花がまったくもたないこと。

完全にひらいたと思ったら、その途端に花形はゆるく崩れ、あっという間に

はらはらと散ってしまう。ヘリテイジが一日花といわれたけれど、これもまさ

しく一日花。

15scarborough_fair_02

このあいだの台風のときに風で折れてしまったつぼみを集めて花瓶にいけて

おいたら、今朝このばらだけひらいていた。

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2015年5月14日 (木)

朝の美しいつぼみ

15lilac_rose

コントラストの強い朝の光のなかでは咲いたばらを撮るのは難しいけれど

朝陽に輝くばらのつぼみはほんとうに美しい。

朝のフレッシュな光に、これから咲こうとしているフレッシュなつぼみ。

ばらの元気なつぼみほど健康を感じるものってほかにない。

大きなダスティピンクのつぼみはライラックローズ。

そして、これはフローレンス・ディラットレ。

15florencedelattre_01

どちらも遅咲きのばらでとってもウドンコに弱く、なかなかきれいに咲いたこと

がないばらだけど、今年はきれいに咲いてくれるでしょうか。

それから今日も咲きつづけているのはクイーン・オブ・スウェーデン。

おととい、このばらはちょっとつまらない、なんて書いたけれど、こんなふうに

透き通るばかりに咲いているところはまるで妖精のようです。

ベランダに一鉢あっても邪魔にならないばら。

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そして、なんだか眠そうなマダム・フィガロ。

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今日は房咲きのフェア・ビアンカを切って花瓶にいけました。

一枝に5つの花!

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今日も夏日になりそうです。

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2015年5月13日 (水)

台風一過 *

15polyantha_rose

今日は早朝、大きな揺れで目が覚めた。

東北でまた震度5強の地震。

ネパールの大地震といい、いまはまるで砂上の楼閣の上にいるよう。

昨日の台風は途中で温帯低気圧に変わったということで、全然たいしたこと

なかったのかと思いきや、夜から朝にかけては風も雨もずいぶん強かった

みたいだ。ベランダに出ると、根元から枝が折れてしまったばらや、散った

花びらや葉っぱ、土などが散乱している。

一晩じゅう、ひどい雨に打たれて封印が解かれたように咲きだすばらもあり

折れて萎れてしまったばらもあり、いろいろ。

15baby_faurax_2

スピリット・オブ・フリーダムはふたつしかないつぼみのひとつがだめになって

しまって痛かった。でも、こんなになっても花はすごくいい匂いがする。

15spirit_of_freedom

そして、雨にも負けずに咲き続けているのはダム・ドゥ・シュノンソー。

15dames_de_chenonceauisato

15dames_de_chenonceauisato_01

香りのいいばらではあるんだけど、いかんせん花が大きすぎる。

ゆうに直径12センチ以上はありそうな。

大輪でもイングリッシュローズは巻きがきっちりしているのが多いけれど、フレ

ンチローズにいたってはゆるいのが多い。これもお国柄か?

このばらをもらってくれそうな人もいないし、棘もすごいし、いっそ下の庭に植

えてしまおうかと思うこのごろ・・・・・・

今日は台風一過で、陽射しがいちだんと強くなった。

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2015年5月11日 (月)

可憐な女王さま

15queen_of_sweden

今日はベランダに出ると陽射しが弱くて、ここちよいというよりはちょっと肌寒

いくらいの風が吹いてる。

そのなかで涼しげに咲いているのはクイーン・オブ・スウェーデン。

イングリッシュローズではめずらしい直立型の素直でまっすぐな枝に、アップ

ライトの花をつける。咲きはじめは生き生きとしたアプリコットピンクの小さめ

のカップ咲きだったのが、みるみる透き通るようなピンクのシャローカップ咲き

に変化してゆく。

上品で大人しめの印象は、数多あるばらのなかではまさしく、北欧の清楚で

可憐な女王さま、といったところ。

15queen_of_sweden_01

実をいうと私はこのばらを(ちょっと優等生っぽすぎて)つまらないと思ってい

るのだけれど、小さなベランダガーデンにおけるこのばらのよさは、まずこの

樹形にある。中には棘が多い癖に横張り型で縦横無尽に枝を伸ばす手に負

えないばらもあるなかで、このばらは誰の邪魔もしない。素直なまっすぐの枝

には棘も少なく、何より病虫害に強い健康優良児。

つまりここで学べることは、世の中には人間でもばらでも常にこういうタイプが

いるってことですね。だから逆にいうと、なんともいえない風情とかニュアンス

とか、面白みとかいったものは、もしかするとその人なり、ばらなりの、美点で

はない部分に隠れているのかもしれなくて、だからもし、あなたが自分の欠点

をお嘆きだとしても、それは世の中のある(特定な)人にとってはたまらない魅

力になっているかもしれないので、嘆くことなかれ! です。

もちろん、端正で美しく、お育ちが良く上品で、清楚で可憐がお好き、という方

もいらっしゃるでしょうけれど。

15queen_of_sweden_02

私はこのばらが単調なピンクに変わってしまってからがとくにつまらないと思

っていて、それよりは咲きはじめのヴィヴィッドなアプリコットのときのほうが

ずっと好きです。

15queen_of_sweden_04

香りはミルラ。

なんにしても非常に欠点の少ないばらであることはたしか。

そして咲いたときよりも何よりも、このクラウンみたいなかたちのつぼみは

ほんとうにかわいらしい!

咲いたところが女王さまなら、さしずめつぼみは小さなプリンセス。

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フランボワーズいろ

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フランボワーズ。

英語ではラズベリー。

でも、このばらにはフランボワーズって言葉がよく似合う。

細くてよくしなるステムの先に、フランボワーズいろの花びらがぎゅうっと詰

まった大きな花はあまりにも重すぎて、いつもしなだれたように咲く。

風の強い今日は、いまにもだめになってしまいそうだったから3つとも切って

花瓶にいけた。

素晴らしくかたちの整った花型に、鮮やかな緑の葉っぱ。

レモンとラズベリーが混じったような素晴らしい香り。

ひらきはじめは重たい感じの色だった花は時間が経つにつれ少しづつ退色

してゆき、花びらの表と裏のグラデーションがぼかしたようになっていって、

とても立体的。光の中ではふわっと陽に透けるような風情がとても美しい。

イングリッシュローズの最新品種の中ではもっとも完成度の高いばらじゃない

かと思う。しかも香りがよくて美しいだけじゃなくて病虫害にも強く、これだけ大

きな花を咲かせるのに多花ときたら、稀な部類といってもいいかもしれない。

これは昨日、もう夕方になりかけたころに撮ったから画像が荒れているけど、

夕風のなかのジュビリー・セレブレーション。

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表が深いピンク、裏が淡い黄色ともゴールドともいわれる花びらは、こんな蕾

のときからくっきりしてる。

ころん、としたこの蕾を見ると、私はいつも手まり飴を思い出します。

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2015年5月10日 (日)

自分で焼いたケーキとおいしい珈琲のある休日

15cheese_cake2

お菓子づくりなんて疲れてるときやるようなことじゃないけど、でもどうしても

今日のためのお菓子がほしくて、金曜日の夜に焼いたチーズケーキ。

写真だと一見このあいだつくったのと同じみたいに見えるけど、実はレシピ

もバットの大きさも違う。

うちではチーズケーキといえばもうなんたって親友のMちゃんのつくるチーズ

ケーキが1番で、あれを食べて以来、我が家ではことあるごとに「Mちゃん、

またつくってくれないかなあ?」とみんなして言っているのだけど(実際なんど

もMちゃんにリクエストしてるんだけど)、なんたって彼女は世界を股にかけて

飛びまわってる忙しい人だし、もはや幻のチーズケーキとなりそうで・・・・・・。

「だったらレシピを教えて!」と、これまた何度も言ったら数ヶ月前、『チーズケ

ーキのレシピ』という件名で、本文なしのものすごくそっけない、あまりにも簡

単な(というか適当な)材料と作り方が数行で書かれたメールが返ってきて、

「ウソだろ~」と思ったのでした。それでしかたなくいろいろなレシピを眺めて

研究してつくったのが、今回のチーズケーキ。

ほんとうは底のはずれるケーキ型、とMちゃんのレシピには書いてあったのだ

けれど、直径も書いてないし、とりあえず1回は型を買わずに家にあるもので

つくってみたかったのでこのあいだよりひとまわり大きいバットを使用。

前とどこが違うかというと、今回はボトムあり。

Mちゃんが「ボトムはオレオでもいいんだよね」と言っていたことなど思い出し

彼女のレシピにしたがって、オレオビスケット1箱をボトムにしてつくってみま

した。じゃーん!。。。。。。。

15cheese_cake2_01

チーズケーキをオーブンで焼いてるあいだは、バターで固めたオレオが焦げ

る芳ばしい匂いが部屋じゅうに広がってたまらなかった。

オレオだからボトムは真っ黒です。

このあいだのチーズケーキがつくってから2日めがおいしかったから、今回も

金・土と二晩寝かせて。

それで、お味はどうだったかというと、結果からいってふつうにおいしいことは

おいしかった。オレオが芳ばしくて珈琲に合う。でも ・・・・・・。

甘い! ちょっと甘すぎる!

思うにクリームサンドのオレオはボトムにするには甘すぎるんだと思います。

それにオレオの味がくどすぎて、繊細なチーズの味が飛んでしまう。

ボトムがあるぶん、このあいだより大きなバットで焼いたらチーズの高さ(厚

み)が出なかったこともあって、オレオの味とチーズの味が調和せず二分さ

れてしまった感じ。

それによく考えたらMちゃんのチーズケーキのボトムは黒くなかった。

つまり我々が食べたチーズケーキのボトムはオレオじゃない。

こりゃ駄目だね。やっぱり次は全粒粉のビスケットでつくろう。

ということになりました。

こうなったらもう、今月はチーズケーキ月間にすることにします。

今日、世間では母の日らしくて、濃厚なチーズケーキにコーノ式でいれた濃

い珈琲で「もう、お腹いっぱい」といいながら、娘がアルバイトに行く直前に私

の手のひらの上にリスの贈りもののような小さな包みを何やら「スミマセン」

といいながら置いて行きました。娘を送り出してから開けてみると、小さな包

みは私が子供のころから好きなマーブルチョコレートの贅沢仕様と、上に付

いていた紙切れは、木の葉の手紙ならぬ包装紙の裏に描かれた今日の日

のためのイラストでした。

15mothers_day

私にもこんな長い髪をしていたころがありましたっけ。

(こんなにフェミニンじゃないけど ・・・・・・)

何が「スミマセン」かといったら、きっと直前になって時間もなくバタバタっと描

いたので「つまらないものですが・・・」程度の意味なんでしょう。

(できれば私は包装紙の裏じゃなくてせめて上質紙に描いてほしかった。)

で、私はまたしても今年もやってしまいました。

母の日だと送料無料な上に肥料まで付けてくれる、つぼみ付きのばら。

ピンクの包装紙に赤いリボン、「おかあさん、ありがとう!」のカードが付いた

ばらを自分の名前で自分に送る、ってのもなんですが ・・・・・・

15mothers_day_01

初めて買ったロサ・オリエントティスのばら。

名前は『ハープシコード』だそうです。

うーん、このばら。どうでしょう?

またやっちゃったかな ・・・・・・ (>_<)

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ふたつのJ

15jayne_austin

ジェーン・オースティン。

コンスタンス・スプライに次いで私の持ってるばらの中では最も古いばら。

私はたぶん、このばらの香りがいちばん好きなんだ。

ミツバチみたいに鼻をうずめて、いつまでも匂いを嗅いでいたいくらいいい

匂い。マンゴーとレモンとティーが混じりあったような爽やかな香り。

この写真じゃ何がいいんだかわからないかもしれないけれど、1944年の

デヴィッド・オースチンのバラのハンドブックで一目惚れして買ったばら。

本来はまるでオードリー・ヘップバーンが着る衣装みたいに素晴らしく優雅

で洗練されたばらなのだけれど、私のジェーン・オースティンは年々老化が

進んでここ数年はこんな小さな花しか咲かせない。コンスタンス・スプライ同

様、もうそろそろ寿命なんだと思う。いずれ買い直さなきゃならない。

大体において私は最近のイングリッシュローズより初期のころのイングリッ

シュローズのほうが好きだ。コンスタンス・スプライ、イヴリン、ヘリテージ、

グラハム・トーマス、グラミス・キャッスル、ジェーン・オースティン、シャルロ

ット、フェア・ビアンカ、アンブリッジ・ローズ、アルンウィックローズ・・・・・・

だから最終的にはそのあたりのイングリッシュローズと格別に好きなオール

ドローズを少し、それからミニばらがいくつかあればいいような気がするのだ

けれど、いつもあたらしく苗を買う段になるとなぜか気まぐれ心がおきて思い

もよらない品種に手を出して失敗したりする。でも、それももう終わりにしなけ

りゃね。そんな気の迷いとはいいかげん決別して、これからははっきり、ほん

とうに好きなばらとだけ寄り添っていこう。

ふたつめのJはジュード・ジ・オブスキュア。

15jude_the_obscure

憐れ、みじめな名前をつけられたばら。

・・・・・・ それが原因かどうか、ローズカフェで一目惚れして買ったばらなれど

このばらは弱い。ローズカフェの庭で見たときもひときわ弱そうだった。

それをあえて買う私ってなんなんでしょうか。

今年もこんな小さな花をうつむきがちにやっとつけた。

つぼみもこれを入れてぜんぶで3つだけ。

でも、こんな元気のない花を見てさえ激しく好みです。

おしなべて人の好みというものは、その人特有の感覚というか癖というか、

もう自分でもどうにもならないものなんでしょうね。

ジュードはつぼみもこんなに黄色です。

15jude_the_obscure_01

色の好みでいうと、花や果物以外では黄色とかオレンジ系はあまり好まない

私ですが、ばらに限っては白に次いでこのレモンイエローからアプリコットピ

ンクあたりがすごく好み。なんていうか、幸福感にスイッチの入る色なのです。

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2015年5月 9日 (土)

雨の。アンブリッジローズ

13ambridge_rose_01

久しぶりの雨だ。

雨の土曜日。

春から初夏へ向けてだんだん陽気がよくなってくると生きものすべて活気

づいてくるのか、最近、外から入って来る雑音(人の話し声や犬の吠える

声や何やかや)がやたらと大きくなってきて騒々しく感じていたのが、雨に

なったとたん、急に静かになったようで落ち着く。たまにはこんな雨の日が

あってもいい。

いっぽうで私のベランダはついにばらのシーズン突入で、百花繚乱状態。

ひとつのばらの写真を撮ろうと思っても狭いベランダの中ではどうにも収拾

がつかなくなってきた。そして、これだけ咲くと朝窓をあけた瞬間にベランダ

からばらのいい匂いがしてきて最高。

ああ、ついに今年もこの季節がやってきたんだ、と思う。

その数あるばらのなかでもひと際いい匂いがするのがアンブリッジローズ。

こんなふうに房咲きで咲くものだから、あたりはこのばらの香りでいっぱい

です。

13ambridge_rose_02_2

たいていの(とくに春の)イングリッシュローズは咲いたと思ったらすぐに退色

がはじまって花容が崩れてくるので、もっとゆっくり咲いてくれたらいいのにと

思うのだけれど、ひとたびつぼみがひらきだしたら桜とおなじで次々開花して

あっという間に一番花が終わってしまう。まさにシーズンを駆け抜ける感じ。

アンブリッジローズはこの2日でつぼみが8個も咲いてしまったから、すぐに

終わってしまうでしょう。

だから、この時期ばかりは雨の休日でも寝坊はしてられないのです。

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2015年5月 8日 (金)

カーディナル・ドゥ・リシュリュー *

15cardinal_de_richelieu_01

このばらを見るといつも grapevine という言葉を思い出す。

葡萄の蔓。

実際、カーディナル・ドゥ・リシュリューもつる性のばらだというのだけれど、

なぜかうちでは私が最初に剪定してしまったためか、ぜんぜん伸びること

はなく、何年育てていてもコンパクトなブッシュにしかならない。

まるでグレープジュースのように濃い紫は、オールドローズのなかでは最

も青に近いばらだといわれる。そして、ルイ14世が根頭癌腫病で枯れてし

まってからは、私のベランダではいちばん濃い色のばら。

これだけ色が濃くてもポンポン咲きだからちっともいやらしくない。

ポンポン咲きのばらって私、大好きです。

いつかこのばらをつる性の性質のままフェンスいっぱいに咲かせたい。

ただし写真を見てのとおり、このばら、うどん粉病にとても弱い。

15cardinal_de_richelieu_02_2

葉っぱもそうだけれど、つぼみがまっ白になってしまって花びらがなかな

かひらかない。一季咲きのオールドローズだからなんとか無事に咲かせ

たくて、なんども水や木酢液で洗ってやって、やっと咲けるといった調子。

でも、それも狭いベランダの鉢植えという環境でのことかもしれなくて、一

季咲きということをしてもこの色と咲きかただけでとてもいいばらです。

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2015年5月 7日 (木)

突然の訪問者

15norakuro_2

昨日、夜遅くに妹からメールがきて、なんだろと思って見たら「なんと今日突

然、父の昔の知り合いが訪ねてきてくれました。その人は父と同い年とは思

えないとてもしっかりしたおじさんで、父の脚がもっとしっかりしていたなら旅

行とか、近場でも一緒に行きたいと思ってくれたようなのだけれど、父の頼り

ない感じに諦めた様子で、それでもこんど近くに食事でも行こうと誘ってくれ

ました。ありがたいことです」とあって私も驚いた。なんたって父はたまに顔さ

えあわせれば「お父さんの友達はみんな死んじゃった」というのが口癖だから

父にそんな知り合いがまだ残っていたというのが驚きだったし、またいつもそ

んな風にいっている父だからなおさら、突然の思いもかけない来訪者はどれ

だけうれしかったことだろう。そうと思うとなんだか泣ける話だった。それって

まさしく神さまからのギフトだと思う。

それで訪ねてくれた知人同様、父がまだ元気で矍鑠としていたら、それこそ

いやあ、あそこに行こう、ここに行こうと盛り上がったのかもしれないけれど

あいにくそうはならなかった。訪ねて来てくれた知人は、すっかり老いぼれて

しまった父を見てひどくがっかりしただろうか。

でも、と私は思う。

電話もせずに突然訪ねてきたその人の心情を思えば、家にたどり着くまで

様々な思いが頭を駆け巡っていたのではないだろうか。家に行っても、もう

そこには住んでないかもしれない、もし行って表札が変わっていたら、ある

いはチャイムを鳴らして出てきたのが妹で「父はもう・・・・・・」といわれたら。

そのほうがもっとずっと落胆したことだろう。もしかしたらいまの父みたいに

「私の知り合いはみんな死んでしまった」と嘆いたかもしれない。

そして、そこまで考えて父のことを思うと、父にとって友人の数のうちには入

ってなかったかもしれないその人を見て、父はすぐに誰だかわかったのだろ

うか。最近では叔父のお葬式のとき、私の従妹に会ってもわからなかった父

だから、ちょっとあやしい気がする。

突然の来訪者といえば、少し前に長らく会っていなかった腹違いの兄弟が

やはり突然、訪ねてきたことがあるらしかった。そのときは父がひとりでいた

ときだから、詳しいことは何もわからなかったけれど、彼(私の叔父)は病気

でもしているのか、いま知人を訪ね歩いているところだ、といったらしい。

人間、年をとったり病気をしたりしてもう自分の老い先長くないとわかると、

そうやってかつての古い、わずかなつてでも頼って誰かに会いたいと思う

ものなのだろうか。そうやって会ったところで相手の(あるいは自分の)心が

期待したとおりに動かなかったら、会う前以上にさみしくなったりはしないの

だろうか・・・・・・。

そんなことを寝る前にお風呂の中であれこれ考えていたら、今日は父の夢

を見た。それはあんまり、というか全然いい夢じゃなかった。かなりショッキ

ングな夢だった。でも、と私は思う。

でも、それさえ神さまが私に心構えをさせるために見せた夢だったのだろう

と思う。

人は誰でもいつかは死ぬ。それは避けられない。

父はそれまで精一杯生きて、私は自分にできるかぎりのことをする。

何をどれだけやったところで悔いが残らない、なんてことはない。

それさえもいまから心しておく。

*************************************************************

写真は最近、手に入れて父にプレゼントした古いのらくろの本。

父は小学生のころ、絵を描くのと算数が得意な子どもだった。

小学校の修学旅行で行った横浜で描いた船の絵が表彰されて、長いこと校

長室に飾られていという。算数は学年で1番だったそうだ。

私が小学校に上がる前、父に絵を描いてといって紙とエンピツを渡すと、父

はきまってのらくろの絵を描いてくれた。いつもそれなので母は呆れて笑って

いたけれど、私は父の描く自分の知らないのらくろが好きだった。

リハビリに行って作業療法士さんと話していたら、お年寄りには刺激が1番

だというし、PowerVoiceセミナーをやっている私の友人は、ボケた老人でも、

かつて自分が若いころに好きで聞いたり歌ったりした歌を聴くと記憶が蘇る

ことがある、というので、そうだ! 父にはのらくろだ! と思ってこの本を探

してプレゼントしたのだけれど、残念ながら私の予想に反して父はあまり喜

ばなかった。ときどき、どうかしたときにする、照れたような困ったような表情

を顔に浮かべて、妹に「あなたが読んだら」といっただけだった。

ほんとうに、人の気持ちを理解するのは難しい。

だからこそ、父がいつになく自分の要求をはっきり口に出していったりすると

どうにかしてそれをかなえてあげたいと思う。

まずは貯金をしないとな。

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今日のイングリッシュローズたち

15wollerton_old_hall

昔は、秋ともなるとナーサリーから美しいローズリストが送られてくるのを楽

しみに待っていて、わくわくしながらばらの写真を眺めては好みのばらをみ

つけ、冬には裸苗をまとめて買ったりもしたものだけど、最近はそういうこと

もしなくなった。もうじゅうぶんに持ってるし、昔ほどばらに興味がなくなった

から。それでも毎年、暑い夏と長い冬を越えられずに枯れてしまうばらがあ

って、鉢がいくつか空いてしまうと、ときどきそれを埋めるようにあたらしい

ばらを買う。ここ数年どんどん配送料が高騰して、植物とか土とか資材のよ

うな大きな荷物の送料がばかにならなくなったから、最近は送料無料のタイ

ミングを狙って買うことが多くなった。

今朝咲いたウォラトン・オールド・ホールもそんなふうにしてやってきたばら。

デヴィッド・オースティンの2014年、つまり去年作出されたばかりの最新の

イングリッシュ・ローズで、届いたばかりのときは葉っぱが生き生きと繁茂し

ていて、やっぱりプロが育てた苗はぜんぜん違う! なんて思ったけれど、

よく見ると繁茂した枝はオールブラインドで、けっきょく今日まで一輪も花を

見ることなく終わってしまった。

だから今朝咲いたこの花が我が家での記念すべき(?)ファーストショット。

でもこのばら、白ばらのはずなんだけど、シャルロット・オースティンみたい

な黄色をしている。でもそれさえイングリッシュローズではよくあることだから

何番めかのばらになったらだんだん白くなるだろう、くらいに鷹揚にかまえて

いる。香りはミルラ香。でもまだ淡い。手前に見えてるもう少し淡い色のつぼ

みはたぶん、クレア・オースティンだろう。いつまでたっても痩せっぽちの苗

で、毎年ひとつかふたつしか花を咲かせない。

そして、麗しのグラミス。

15glamis_castle

昨日のフェア・ビアンカが純白なら、グラミス・キャッスルはオフホワイト。

包みこまれるようなあたたかな白。

ディープカップ咲きで、上から見るとシルキーな花びらが放射状にロゼット咲き

のかたちになってて、なんとも優雅。

15glamis_castle_01

それからイングリッシュローズの中でも最も好きなアンブリッジローズ。

シルキーなアプリコットピンクの花びらが陽に透けているのは、ほんとうに美

しい。でも、このばらはもう少しひらいて完璧にロゼット咲きになったところを

正面から見るのが好き。

13ambridge_rose

今日のばらは3つともミルラの香り。

ミルラとは和名で没薬(もつやく)のことで、日本人には馴染みがないけれど

エジプトでは古代から正式な儀式のときに焚かれた。カンラン科の樹脂から

とれるオイルで、いつかたまたまこのめずらしい没薬を手に入れて部屋の中

で焚いてみたけど、いわゆるばらでいうところのミルラ香みたいな、いい匂い

は全然しなくて、樹脂がそのまま燃えているスモーキーな匂いでした。

もっとも香に限ってはグレードが高いほどいい香りがするから、もっといいの

はいい匂いがするのかもしれないけれど。

花の香りについては私はばらに勝るものなし、と思っていて、いまの季節、

夜道を歩いていると、ときどきジャスミンの強い香りに出くわすことがある

けど、私はあれがとっても苦手です。

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2015年5月 6日 (水)

フェア・ビアンカ *

15fair_bianca_2

白いばらの優雅さは格別、というセリフがあったのは、ウッディ・アレンの

映画(インテリア)の中だったっけかな。

白いばらは美しいけれど、写真には撮りにくい。

朝のコントラストの強い光の中ではディテールが飛んでしまうし、夕暮れだ

と純白に写らない。私の好きなグラミス・キャッスルにいたっては、ヘリテー

ジと同様、花もちが悪すぎて、うっかりするとさっきまでグラミスタマゴだった

のがもう初夏の強い陽射しの下で張力を失って散りかけている、というあり

さまで・・・

でも、それをしてもやっぱり白のばらは格別。

今朝の写真もこの花本来の美しさをとらえてはいないけど、フェアビアンカ

が咲きはじめた。

フェアビアンカの場合、あまりに純白すぎて光を弾いてしまい、つぼみがひ

らきかけのときだとなんだかわからないし、ひらきすぎるとこんなふう。房咲

きだから、咲いた花の脇につぼみをたくさん携えていて、なかなか一輪で美

しく、というわけにはいかない。

15fair_bianca_02

すっかりひらいてしまった花の中心に見えるのは、涼しげなグリーンアイ。

15fair_bianca_01

何よりも香りのよさで語られるフェアビアンカだけど、フェアビアンカはころん

としたつぼみも愛らしい。

15fair_bianca_03

今日は曇りだけど吹き渡る風が心地よい。

東京は連休後半からお天気が崩れるようなことをいってたけれど、なんとか

最後までお天気もちましたね。

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2015年5月 4日 (月)

はじめて焼いたチーズケーキ *

15kono_shiki

いっとき、珈琲のドリッパーについていろいろ考察してみたことがあった。

ペーパードリップでもっともよく知られたところでカリタとメリタ、それに円錐形

のハリオ、ケメックスにコーノ式、昔からあるネルドリップに麻布のフィルター

フィルターペーパーがいらない金属メッシュ・ドリッパーやアウトドアでも便利

に使えるバネ式、などなど。けっこうある。でも、それでつくりだされる味をくら

べてみると私好みの珈琲( つまり酸味より苦味が強くて香り高く深い珈琲)

は、どうやらカリタのままでよさそうだったから、いままでとくに変えることなく

ずっとカリタのドリッパーを使ってきた。もうすっかりそれで慣れてしまって、

いつでもおいしい珈琲が飲めていたからとくに問題はなかった。

ケメックスでいれる珈琲がおいしいことも、あのルックスにも惹かれたけれど

うっかりしたら割ってしまいそうだし、専用フィルターじゃなきゃいけないのは

ちょっと面倒くさい。専用フィルターということではおなじだけれど、ケメックス

より気になっていたのがコーノ式で、コーノ式だとカリタより苦味の少ない、

まろやかな味になるらしい。コーノ式でいれた珈琲を実際に試して飲んでみ

たかったこともあるけれど、私がコーノ式が気になるようになったもっと大き

な理由は、実は木の持ち手が付いたコーヒーサーバーが出てから。

サーバの持ち手には色も木目も実にいろいろな種類の木が使われていて

それぞれ個性がある。それが木のもの好きの私にはたまらない魅力だった

のです。そして持ち手は木の種類だけじゃなくてデザインもいくつかあって、

なかにはショップ限定モデルなるものも存在し、それらを扱っているサイトの

ページを『お気に入り』に入れて、いったいどれだけ眺めたかなあ ・・・・・・

なんたって日常的に珈琲を入れるには困ってないし、それなりのお値段が

するものだし、コーノ式は専用フィルターじゃなければいけないこともネック

になって、なかなか買う決断ができないまま早数年。

それをついに買う気になったのは、いままで見たことのない持ち手のデザ

インのこのブラックウォルナットのサーバーをみつけたのと、ずいぶん前に

娘にガラスのポットを割られて以来、リーフティー用のガラスポットがなかっ

たことを思い出したため。サーバーだけなら蓋をつければ紅茶でもハーブ

ティーでも使えるから、これはいい! と思ったのでした。

・・・・・・ そういうわけで、今年の唯一の休日スペシャルはコーノ式。

去年の母の日に息子からもらったプジョーのコーヒーミルでのんびりガリガ

リ珈琲豆を挽いて、スローカフェを楽しもうってわけ。

それで珈琲タイムをさらに楽しむために、はじめてホーローバットでチーズ

ケーキを焼いてみた。

なんたってチーズケーキを焼くこと自体初めてなので、うちのレンジでうまく

焼けるかどうかちょっと不安だったのだけれど、案ずるより産むがやすし。

きれいに焼けました。焼き色こんがり♪

15cheese_cake

土曜日に焼いて冷めてからラップをして冷蔵庫で寝かせること一晩。

昨日、食べたときはレモンの風味が強くて意外とさっぱり。

よく珈琲専門店で珈琲と一緒に頼むと出てくるあの典型的なチーズケーキの

味。ふつうにおいしいし買ったみたいなチーズケーキだけど、チーズ好きとし

てはもうちょっと濃厚でもいいかな、という感じだった。

ところが二晩たって今日食べてみると、また味が変わってる。

今日はレモンの味がうしろに下がって、昨日よりずっとミルキー。

やっぱりチョコレートケーキとかチーズケーキって熟成させたほうがおいしく

なるんだな、ということがわかった。

あんなに簡単にできたのにこれだけおいしければ及第点です。

15cheese_cake_01

6つに切ったら1ピースがかなり大きくて、ひとつ食べたらお腹いっぱい。

チーズケーキって、チョコレートケーキと甲乙つけがたいくらい濃い珈琲にあ

うんだよね。初めて焼いたチーズケーキが最初からうまくいったことに気をよ

くして、しばらくチーズケーキの研究がしたくなりました。

そして肝心のコーノ式でいれた珈琲はどうだったかというと ・・・・・・。

たしかにまろやかだった。ちょっとあっさりしている感もあり。

でも、まだ1回じゃカリタとくらべて正確にどちらがおいしいかわからない。

ついこのあいだまで、ドリップポットがなかったときは子供にやかんマスター

とよばれていた私だけど、最近はドリップポットでいれるのにもすっかり慣れ

て、いまはドリップポット・マスターになった。このコーノ式も熟練しないとね。

そして。コーノ式以上に熟練が必要そうなのが手動のミルで、手動ミルで挽

いた豆が電動ミルで挽いた豆より膨らまないのはなぜなんだろう?

さらにいままで3人分の珈琲を落とせるサーバーを持ってなかったので1人

か2人用のペンギンみたいなかたちの小さなポットを工夫して使っていたの

だけれど、今回初めてサーバーに落として目盛を見ると、なんと3人で5杯

分の珈琲を飲んでいたことが判明。私と娘のマグカップが大きいのは知って

いたけど、ちょっと驚きでした。やっぱり目盛付きのサーバーは使いやすい。

そしてこのブラックウォルナットの持ち手のかたちもすごく握りやすくて素晴ら

しい。ただ木にあんまりやすりがかかってなくて手にザラザラするから自分で

やすりをかけないと。数年間も迷いに迷った末にやっと買ったドリップセットだ

けれど、ドリップポット同様、これから毎日ヘヴィーに使うことになりそうです。

お菓子も珈琲もわずかなことで味が変わってしまう繊細な世界で、その繊細

なところを探っていくのがどうやら私は(そしてたぶん2人の子供たちも)好き

なんだよね。

そんな我が家の休日風景。

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2015年5月 3日 (日)

夢の家

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昨日、寝る前にアトリエ付きの家のことを考えていたからかな。

今日見た夢。

夢の中から出てきたくないようだった。

それはまるで誰かの家の屋根裏部屋のような、あるいは何かの工房か

喫茶店の2階のようなところで、年季の入ったフローリングの床、南向き

の木の格子窓からは自然光が入ってて、あたりには所狭しと本やレコー

ドやCDが置かれ、私は木のテーブル席について、どうやらそこで録られ

たらしいベテランJAZZヴォーカリストのキャリア何十周年かを祝うコンサ

ートのライヴ盤を聴いている。手に持ったCDのジャケット写真には往年

の伊東ゆかりを思わせるクラシカルなショートヘアの女性が写っていて、

スピーカーからは彼女のMCが聞こえている真っ最中。すると、窓のほう

を向いて棚の上で書類を整理していた、これからスーツのジャケットを着

て仕事に出かけるところ、といった感じの白いシャツに黒いパンツの男の

人(どうやら親しい相手らしい)が私のほうをふりむいて、「その音源をいま

聴くっていうのは」といいかけるから、「だめ?」と訊くと、彼は笑って「いや。

けっこう新鮮かもしれない」といった。それからレコード棚の足もとからLP

をごそっと6枚くらいとりだして、「これ、俺の。親父が録ってくれた」と見せ

てくれるので、「すごい。こんなに。これって宝物だね」というと、彼は「まあ

ね。じゃ。行ってくる」とだけいって部屋を出ていく。その時点で私は彼がな

んの楽器をやっていたのか知らないのだけれど、あのガタイと腰つきから

いってドラムかな、なんてことを考えつつ、「どうして彼はミュージシャンに

なれなかったんだろう」と独り言みたいにつぶやくと、いつまにそこにいた

のか、細かな字がいっぱい書かれたノートをひろげた(ドラマの脇役俳優

みたいに雰囲気のいい)ライターらしきおじさんが「それはさぁ・・・」と話しだ

し、ひとしきりその話を聞いたあとで、「でも、あの人ってほんとにいい男だ

よね。マスターもしあわせ者だよ、あんな息子がいて」というと、どう考えて

もさっきの男の人はアキオさんの息子のはずなんだけど(でもルックスも

雰囲気もまったく違う)、それを聞いて気をよくしたのかマスター(なぜか

上町63のマスター)が私の前にショットグラスに入った湯気の立った飲み

ものを持ってきて置くから、「これ何? 湯気立ってるけど。まさか昼間っか

らお酒じゃないよね?」なんて訊いている。そこでマスターと何やら可笑しい

ことを話して、実際に声に出して何かいったところで目が覚めた。

娘によれば、私はほんとうに声をだして喋ってたらしい。

こうやって夢の中のことをただ文章にして書いてみると「いったいそれの何

がよかったの?」って感じなのだけれど、まず場がよかった。そして、そこに

いる人たちがよかった。それはまるで誰かの家であって自分の家でもあるよ

うな、そこにいる誰にとっても安全な巣みたいだった。それほどきちっとは片

づいてないけれどすごく落ち着ける居心地のいい家で、本とレコードと珈琲

の匂いが染みついた部屋の中で、私はいまだかつて経験したことがないく

らいくつろいでいた。そこにいたのは父親と息子をぬかしてみんな他人なの

に、まるで家族のような自然さでそこにいて、何もいわなくても空気みたいな

信頼感があった。これまでも、いまも、この先も、ずっとなくならずにつづいて

いくような信頼感。

起きてからもぼーっと夢のことを考えていて、朝ごはんのときにその話をした

ら息子が「前は(友達と)そんなふうに仲良く(家を行き来)してたことがあるか

らじゃない?」といった。誰のことをいってるのかわからないでもなかったけれ

ど、それはまるで見当違いのことだったから、「そういうんじゃない。あれは未

知の感じだった。未知の懐かしさ」と私はこたえた。「つまり、自分が求めてい

るのはそういうものなのかと思ったよ。自分の本棚から本が無くなってても誰

かが持って行ったんだろう、くらいで気にならない。忘れたころに本はもとのと

ころに戻してあって、こんどは自分のじゃないCDがラックの上に置いてある。

でも気にならない。自分がキッチンで珈琲を入れてるといつの間にかテーブ

ルの前に座ってる人がいて、コーヒー飲む? みたいなね。自分の家であって

誰かの家でもあるような、そんな生活。」「そういう家を(これから)つくっていか

ないとね。家族とであろうと、他人とであろうと」

私がいうと息子は「そういうことだね」といった。

わかりあった家族というのは、こういうとき話が早い。

15duchesse_de_brabant_06

そうだ、夢の中のあの部屋は昔よく行った新宿のDAGの2階みたいでもある

し、煙草の煙でもうもうとしてないときのレジュみたいでもある。アキオさんの

材木でいっぱいの工場みたいでもある。できることならあの夢の場にもういち

ど行きたい。できることなら、夢を見るたびにあそこに行けたらいいのに。

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午後遅く、夕方近くになってからラジオをつけてベランダで木工をはじめた。

夢の中のあの部屋のことを思い出しながら。

アキオさんの息子にあげると約束したバターナイフを早く仕上げてしまわな

けりゃ。

現実の私のベランダは風が強かったけれど今日も美しい光がいっぱいで

次々にひらいた薔薇がふわふわと風に揺れて、それはそれで夢みたいな

のでした。

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2015年5月 2日 (土)

いちごが好き。

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子どものころからいちごが好きです。

私の母は鬼のように厳しくて、好き嫌いは一切ゆるされず、嫌いなものでも

残さず食べないと席を立たせてもらえなかった。目を白黒させながらやっと

の思いで嫌いなものを食べ終えて、死にそうにお腹がいっぱいになったあと

に母がガラスの器に山盛りの、練乳ミルクがかかったいちごを持ってきたり

すると、心底げんなりしたものだった。なんで、お腹がいっぱいになったあと

にそういうものを持ってくるの、って。いつか大人になったら、いちごを主食に

してやるんだって。

もちろん、大人になったらそんなことはしない。

子どものときとちがっていまは好き嫌いなく何でも食べられるし。

上の写真は去年の春に友達と weekend books さんに行くときに使おうと思

って買ったマリメッコのトートバッグ。『おばあちゃんちのベリー』っていうテキ

スタイルの名前も気に入って買ったけど、けっきょく weekend books さんに

行くことはなく、使わないまましまってあった。私にしてはめずらしくカラフル

で派手だけど、着るものがシンプルだからアクセントになっていいかもしれ

ない。そして、いちごといえばこの季節、毎年私は安いジャム用のいちごが

大量にほしいと思うのだけれど、それはいちご農家の近くにでも住んでいな

いかぎり無理みたいだから、今日通販でオーダーすることにした。それでふ

いにこのトートバッグのことを思いだし、出してみたというわけでした。

連休はじまりの今日もなんだかとても暑かったけど、今日はこのあいだつく

った甘夏フローズンヨーグルトのいちごバージョンをつくってみた。

15strawberry_yogurt_ice_cream

これ、作り方はこのあいだとおなじだけど、つくりはじめたのが昼間で、今度

はちゃんと2時間おきにフォークでカシャカシャ4回も掻き回したから、仕上が

りはとってもなめらか。これはもう、フローズンヨーグルトというより、ストロベ

リーアイスクリーム。娘は「これはハーゲンダッツのストロベリーの味だよ!」

って。え、そこまで? って感じだけれど、とってもおいしくできました。

甘夏は爽やか。いちごはミルキー。

どっちも捨てがたいけど、どっちといわれたらやっぱり、いちごかな。

でも甘夏もいちごもそろそろ終わりですね。

ホーローバットとフォークだけでつくれるアイスがこれだけおいしいと、いちご

があるあいだはもうつくりつづけて常備してしまおうかと思ったりして。

15strawberry_yogurt_ice_cream_01

材料はいちご1パック、カスピ海ヨーグルト1個、生クリーム1パック(200cc)

洗双糖80グラム。いちごは洗って水けをきり、ヘタをとって適当に切ってス

プーンでつぶし、分量外の砂糖を大さじ2をかけてレンジで1分加熱、ボウル

に生クリームと砂糖を入れてボウルを氷水で冷やしながらツノが立つまでし

っかり泡立て、カスピ海ヨーグルト、いちごを入れてよく混ぜてバットに流す。

2時間おきに端から凍ったところをフォークで崩しながら混ぜることを4、5回

繰り返す。食べるときは冷蔵庫か常温にちょっと置いて少しやわらかくなった

ところで冷やした器に盛ると、よりアイスクリームっぽくておいしい。

ヨーグルトは酸味が少なくて、もともとアイスクリームみたいな味のカスピ海

ヨーグルトがおすすめ

今日もアイスクリームを食べるのにぴったりな陽気でした。

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2015年5月 1日 (金)

すずらんの日 *

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5月のはじまりにふさわしい、美しい日。

仕事部屋の窓から見える空があまりにきれいなものだから机の前でじっと

していられなくなって、遅いお昼のパンを買うついでに花屋まで走った。

すずらんの一束がほしくて。

15may1

今日、5月1日はすずらんの日。

すずらんの花言葉は、幸福の再来。

大切な人の幸福を願って、すずらんの花を贈りあう。

街にはすずらんを売る花屋と、それを買う人の姿 。

今日、私もそんなふうに誰かからすずらんの花束をもらったり、渡せたりした

らどんなにいいかな。

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今日はよく晴れて風もなく、1年のうちでも滅多にない美しい日。

それは「明日にしよう」なんていってたらなくなっちゃうものだから、この一瞬を

つかまないとね。

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光とか、風とか

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今日の気分とか、

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友達の笑顔とか。

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帰り際、コトリにリンゴをもらった。

コトリンゴ。

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北海道のすずらん。

たったこれだけなのに部屋じゅう香る。

香水みたいにいい匂い。

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