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2015年3月31日 (火)

アジアン・ランチ

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ときどきフォーが食べたくなります。

うどんでもない蕎麦でもないパスタでもない、そんなとき。

いつもカルディに行くとかならず買ってくるのは2~3人分のライスヌードル

が入ったこれ。それとフォーガースープの素(3人前)。

フォーだけあってスープの素がないときは、スーパーマーケットでふつうに

買える添加物フリーの鶏がらスープの素でも作れるけれど、このスープの

素さえあれば、これだけでほんとにお店で食べるみたいなフォーの味が簡

単に作れます。ポイントはスープを作るとき短く切ったパクチーの茎を入れ

ること。これ大事。できあがった後に絞るレモンも必須。

中に入れる具は鶏肉かエビ、それにパクチーに玉ねぎの薄切り、もやしな

んかを入れてもいい。

・・・・・・ というわけで今日はエビのフォーです。

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それに昨日の夜、グレン・グールドの平均律クラヴィーアを聴きながら娘

と作った餃子。うちの人たちは基本的にごはんのことは何もしてくれない

のだけれど、何故か小さいころから娘は餃子作りだけは手伝ってくれる。

2人でグールドのピアノをバックに黙々と餃子を包みながら、もし単純作業

を延々とつづけなくてはならない工場でこれをかけたら果たして作業効率

は上がるだろうか下がるだろうか、なんてことを話しつつ ・・・・・・

私はちょっとの間だったらまるで自分が音符になったみたいな気分でグル

ーヴに乗って楽しく仕事ができそうな気がするのだけれど、でもそれが一

日中となったら、、、、、、どうでしょうね?!

グレン・グールドの平均律クラヴィーアを聴きながら作った餃子はおいしか

ったか、といったら、いつもどおりうまかったです!(^-^)

それで昨日は包み終わってもたっぷり具が余っちゃったのでフォーを作って

いるあいだにまた娘に包んでもらって・・・・・・

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国をまたいでのアジアン・ランチ。

餃子を焼くのは得意です。

昼間っからこれだけ食べたら。もうお腹いっぱい。

夕飯は軽くいきましょう。

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リセット

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リセットするタイミングなんていくらでもあって、いつだっていいんだと思う。

今朝はやく起きて窓を開け放ち、トイレとバスルームとキッチンの掃除をして

精油を焚き、やかんをピカピカに磨いてふきんを洗って熱湯消毒し、ソープ

ディッシュに友達からもらったきれいな石鹸を出した。

ローズウッドのいい香り。

でも今日はリハビリの日だったからそれでタイムアウトになって、あわててパ

ンとコーヒーのかんたんな朝食をすませてリハビリに行くと、作業療法士さん

から「桜を見ながら来ましたか?」と訊かれた。「いいえ、今日は時間がなかっ

たからそれどころじゃなかった」と私がこたえると、「でも桜のピークもどうやら

今日明日で終わりみたいですよ。徐々に天気が崩れるって・・・」という。

桜が咲くと雨が降る。いつものことだ。

帰りに緑道に行くと相変わらず花でいっぱいなのだけれど、桜の木に近寄って

みるともうずいぶん散りかけていて、風が吹くたび花吹雪 ・・・・・・

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これが葉桜になるのもあっという間なんだろう。

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野火止め通りにもどると、マリコが住んでた部屋の前の桜も満開で。

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もう彼女がここからいなくなってずいぶんになるのに、いまでもあのベランダ

から彼女が顔を出しそうな気がして、しばらく花の下に立ってみたりして。

彼女のほうはリセットにリセットを重ねて、もうまったく別のところにいるという

のにね。

最近、ほんの数年前のことが大昔にみたいに思えて、と思ったらわずか数年

前だと思っていたことがもう10年も前のことだったりして、なんてことが多いの

は、やっぱり、年をとったってことなのかな。

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2015年3月29日 (日)

休日の遊び *

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疲れてるときにかぎっていつもと違うことして遊びたくなっちゃうのが私の癖

で、それが時間の自由のきく休日ともなれば、すぐにはじまってしまう。

昨日、バーンロムサイで買ってきたくるみとチョコのブラウニーを朝トースタ

ーで温めて食べたらとってもおいしかったので、そうだ! 前にブラウニー

を作ろうと思って買ったくるみとチョコチップがあったっけ、と思いついた。

ちょうどまだ無塩バターも残ってるし、お菓子に使っちゃうのはかなりもったい

ないけど、妹にもらったたまご(寿雀卵)もまだ2つ残ってる。

それでさっそくバターを薄切りにして大きめのボウルに入れ、常温でやわらか

くしているあいだにホーローバットにクッキングシートを敷き、小麦粉と砂糖を

量り、たまごを割ってときほぐし、くるみをフライパンで軽く煎って刻んだ。

それからできあがった生地をバットに流し込んでオーブンに入れ、焼いてる

あいだに使った調理器具を洗って、ブラウニーが焼き上がるまでの全工程

に要した時間、たぶん1時間足らず。

つまりだいぶ手慣れてきたってことで、この手慣れるってことが私にとっては

大事だったりする。家族分のおやつがこれくらい気負いなく短時間でささっと

作れれば、平日の空いた時間に気分転換がわりに作れる。

よく在宅ワークをしているというと人から羨ましがられることが多いのだけど、

実際に仕事と家事を朝から晩まで終日365日、狭い家の中でやり続けるの

はかなりのストレスだったりします。とくに家族とべったり一緒だったりすると。

どこにも気分転換がないから。

それで文章書く(頭を使う)のとはぜんぜん別のことがしたくなってしまうという

わけなんだけど、さて、できあがったブツはブラウニーというよりふんわりして

いて、これ、どっちかというとマフィンケーキですね。

なんでふんわりしてしまったかというのをちょっと調べてみたら、私は室温でや

わらかくしたバターをふんわりマヨネーズ状になるまで練ったことにあるらしい。

ブラウニーのほうはどのレシピを見ても溶かしバターを入れているから。

そんなわけで今日つくったのはブラウニーならぬ、くるみとチョコチップのマフィ

ンケーキです。味見をしようとお茶の時間に息子と一緒に食べてみたら、これ

はこれでふんわりしっとりしていておいしかった。

驚いたのはたまごの力で、寿雀卵ってほんとに近ごろお目にかかったことがな

いような黄身が盛り上がった濃いオレンジ色のたまごなのだけど、できあがった

ケーキの生地がまさしくたまご色で、味もちょっとカステラを思わせるようなたま

ごの強い味。きっと見た目や味だけじゃなくて栄養成分も豊富なんだろうなあ。

くるみとチョコチップのブラウニーはまた研究しよう。

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それにしても、昨日急に気温が上がって一気に桜が咲きはじめたと思ったら

もう今日は曇り空で、さっきからパタパタと雨・・・・・・

ほんとに桜のこの時期って、お天気が続かないものですね。

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2015年3月28日 (土)

ビジーな土曜日

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朝起きてバスルームの掃除をしてお湯をはり、プールの前、細胞のひとつひ

とつが目覚めるようなローズマリーとジュニパーベリーのお湯に浸かって深呼

吸した。

両肩とも『石灰沈着性腱炎』と診断されて約2ヵ月半。

右肩はかなりふつうに動くようになったけれど相変わらず夜間痛はあるし左は

相変わらず動かない。こんなふうだからプールに行ってもまともに泳げるわけ

もないのだけれど、とりあえずプールにだけは休むことなく行く。

先週はロバさんから「そんな肩でよく来たよ。来ただけエライ」といわれたけれ

ど、たしかに自分よりずっと年上の人たちと泳いでいてこれだけ泳げないのは

かなりみじめではある。もともと水泳は身体がやわらかくなきゃだめなスポーツ

で、身体がカタイってことはそれだけで致命的なことだから、そういう意味では

水泳は自分にはぜんぜん向いてないんだ、と息子に話したら、自分に向いて

ないことを向いてないと知りながらよくそんなに長く続けられるね、といわれた。

それで思い出すのは長年ダンスをやっている妹のことで、新年三が日に実家

に行ったとき、私が「お正月が明けたら整形外科に行くつもり」といったら、妹は

妹でずっと不調を抱えていたらしい。1月に何かの折りに電話して、私が両肩

が石灰化しているといわれてすごくびっくりした、と話したら、おなじころ整形外

科に行ったらしい妹は、自分は『頸椎症』だといわれて、それも骨がひとつ飛び

出ているのはもう治らない、といわれて、すごいショックだった、といった。

そのショックというのは病気のこと自体もそうだけど、「10年以上水泳をやって

て両肩が石灰化するなんて」という私の思いと、「10年以上ダンスやってるこの

私がなんで頸椎症なんかに?!」という妹の思いとあって、日ごろ堅実で努力

型の現実的な妹と、片や感覚のみを頼りに幻想を糧にして生きるアホな姉とい

う、似てないところばかりが目立つ姉妹にしては変なところが共通している。

なかなか動くようにならない私の肩だけど、このあいだ整形外科の先生に「ま

だ痛いですか」と訊かれて「痛いです」と答えると、「あなたみたいな症状だと数

ヶ月では治らないよ。月単位じゃなくて年単位だと思ったほうがいい。自分もや

ったけど3年はかかった。その3年間は毎日明け方になると痛かった。ステロイ

ド注射をするとパーッと炎症が治って早くよくなるというけど、そうやって早くよく

なるのがいいことなのかどうか・・・」というから、「最初から時間はかかるだろう

と覚悟していたし、注射は嫌いだからいいです」と断った。

この20年背負ってきた重みがぜんぶ肩に凝縮してしまったのだと思うからしか

たがない。時間をかけて治すしかない。

それでも4週間前はクロールでさえ手が回らなかったのが先週かろうじて少しは

回るようになり、今日は痛いけど工夫すればなんとか両腕を回して泳ぐことがで

きた。ちょっとずつだけどよくなっているのだ。

プールのあとは今週もゆっくりしてる間もなく飛ぶように家に帰り、夕方、仕事の

ミーティングで赤坂へ。

壮大なことを語る友人に対してのここ数年の私の口癖は「もう私たち、それほど

時間が残ってるわけじゃないのよ」だったけれど、やっと友人もそのことに気づ

いてくれたらしい。時間はあまりにも早く過ぎ去った。

2時間のはずのミーティングの予定は彼の次のアポイントの相手が早く来たた

め繰り上がり、1時間半のミーティングのあと私はひとりで食事をして帰った。

フォーと生春巻きのセットを食べたのだけど、生春巻きは作ったことがないから

ともかく、フォーは自分で作る方が何倍もおいしかった。お金を払う価値なし。

疲れて家に帰って、もう9時半だけど珈琲をいれてアイスでも食べながらみんな

で映画でも見ようとツタヤの封筒を開けたら思いもよらぬDVDが入ってて、どう

やらリストの順番を変えたつもりで変えてなかったらしい。いつも無意識に選ぶ

映画がまるでオラクルカードのように共時性を見せるから、これはこれで何か

意味があるのかもと思いながら見ると、主人公の恋人が首つり自殺するシーン

が出てきて「これか・・・。」と思った。

つまり起こることの全てに意味があるのだ。

ということは、これまでやってきたあらゆる芽が出ないことのなかにも意味がある

ってことか? なんて思いながら寝た。

今日は仕事だからしかたないけど、できることなら土曜日はどこにも出かけたく

ない。セルフメンテナンスの日として一日をまっとうしたい。

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2015年3月24日 (火)

花は一瞬

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花咲かじいさんじゃないけど、冬のあいだずっと枯れ木のようだった街路

樹の梅の木に一瞬にして花が咲くと、まるであたりの景色や空気までが

ふわっとかるく舞い上がったみたいで、夜目にも灯りをともしたようにぼお

っと明るく、いつかの日の暮れ、思わずその花の下でボスに電話してしま

ったことがあった。ボスは電話に出るなり「なんだ、早苗。携帯で。外から

か?」といった。「うん。家にはいつも子供がいるから私のプライバシーな

んて全然ないし、誰かと落ちついてゆっくり話もしてられないんだよ」と私

がいうと、ボスは「そうか、早苗もいろいろ大変なんだな」といった。

それからボスは、最近書きあがった懸賞小説用の原稿をワープロで打ち

直して友人に送ったところ、その友人は200枚もの原稿にちゃんと目を通

してくれて、感想もいってくれたうえに誤字脱字に赤を入れて送り返してく

れたよ、とうれしそうにいったのだった。「どんな小説なの?」と訊いたら、

「早苗にもこんど送るよ」といったけれど、ボスの書いた小説の原稿が送ら

れてくることはついになかった。

あれから毎年、街路樹の梅の木が満開になるたびにそのことを思い出す。

今年もまた一瞬にして満開になった梅の木の下を通りながらボスのことを

思い出した。でも花は咲くのが一瞬なら散るのも一瞬で、数日前に通りかか

ったときはまだ光の木のようだったのに、今日リハビリに行くとき見たらもう

灯りが消えたみたいになっていた。

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かわりに緑道は花盛りの道になっていて、これはなんていう桜なんだろう、木

全体に小ぶりの桜がわーっと咲いたところはまるでピンクの箒を逆さにして並

べたみたいだ。

いつものように私が写真を撮っていると前から来た腰の曲がったお婆さんが、

「おととい見たときにはまだぜんぜん咲いてなかったのに、もう満開になってる

なんて。びっくりした」と私のほうを向いてほんとうにびっくりした顔でいうので、

「花は咲くのも散るのも一瞬ですね」といったら、「ほんとうにあっという間」とい

いながら歩いて行った。そのうしろ姿を見ながら私は若い女が腰の曲がったお

婆さんになるまでの幻想を一瞬にして見た。まるで浜辺で玉手箱をあけた浦島

太郎みたいだった。

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私は昨夜もおとといも肩が痛くてうまく眠れず、はれぼったい顔をしていて、

リハビリルームではいつもの作業療法士さんに「今日は肩甲骨がカッタイ!

ぜんっぜん動かない!」と悲鳴を上げられた。

「週末にすごくストレスなことがあったから。もう泣きました。何が効くって、

やっぱりストレスが1番効きますね」と私はぼそぼそいった。

友人は医者に行くと「アレルギーなんて、空気も水もいいところでストレスな

しにのんびり暮らしたら、あっという間に治っちゃうんですけどね」といわれる

そうだ。医者ってときどき非現実的なことをいうもんですね。

ともあれ肩甲骨の筋トレ!

3月の終わり、つぎつぎ桜も咲いて、ソメイヨシノまであと少し。

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2015年3月23日 (月)

三月の食卓

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昨日『ハルショクブツエン』で買った静かでやさしい花たち。

無農薬で育てられた美しいかたちのスイセンと、よく香るローズマリーと。

そしてこれも『ハルショクブツエン』に出店していたくころカフェさんで買った

厚焼きマフィン。くころカフェさんのパンのなかではうちではこれが1番人気。

天然酵母のパンって、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう。

このマフィンはこのまま何もつけずに食べても、もっちもちでおいしい。

半分はそのまま食べて、残り半分はトーストしてバターとはちみつを塗って

食べた。外はカリッ、中はふわっとしてこれまたおいしい。天然酵母のパン

ってすごく食べごたえがあって、スペインオムレツとマフィン1個でおなかい

っぱい。いつもは2つしか買えないパンだけど、昨日は3つ買うことができた。

うちは3人家族だから3つのパン。

我が家のいまのかたちそのまま。

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2015年3月21日 (土)

春分LIVE@上町63

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今週2度めの馬車道。

ライブウィークの今週は行きたいライブが3つあって、でもたぶん3つぜんぶ

は行けないだろうと思ってた。なんたって給料日前の1週間はいつもカウント

ダウン状態でそれどころじゃないから。でも、天のおはからいというか神さま

からのギフトみたいなことがあって、奇跡的に(大げさじゃなく)行けることに

なった今日は折しも春分の日。

今日はプールで泳いだ後はジャグジーにも入らず一目散に家に帰ってごは

んを食べてシャワーを浴びて支度して、まだ明るいうちに電車に乗った。今

夜のはじまりはいつもより1時間早い7時だから、どんなに急いでもぎりぎり

なのだ。今日は何も考えずに渋谷経由で馬車道に着いて、上町63が入って

いるビルの前まできたところでちょうどビルの中に入ろうとする黒のスーツを

着た(黒猫みたいな)男の人に会った。今夜のベーシストの俵山さんだった。

いつもプールの後はどこにも出かけたくない私がこんな忙しい思いをして馬

車道まで来たのは、実は去年の暮れに行きたくて行けなかったメンバーのラ

イブがふたたびブッキングされたからなのだった。

竹内直(ts、fl)×中牟礼貞則(gt)×俵山昌之(b)

好きな人だったらわかると思うけど、これってすごいブッキングだと思う。

キャリアの長い御三方だけあって、お客さんも気づけば満杯。

休日ということもあっていつになく若いカップルなんかも何組かいて、賑やか

なはじまりとなりました。

中牟礼さんのギターを聴くのは私は直さんのピットインでのレコ発ライブ以来

だけど、中牟礼さんは今年御年82歳とは思えないほど背筋がピンとしていて

ずっと立ったまま演奏されていたのだけれど、とにかく姿勢がいい。それはそ

のまま中牟礼さんのギターに対する真摯で誠実な姿勢そのものみたいに思

われて、とても温かい気持ちになりました。バッキングの音がすごくきれいで、

よくジム・ホールにたとえられる中牟礼さんの音色だけど、それだけじゃない、

鋭さもあって驚かされる。いったい70年近くも演奏し続けるってなんてすごい

ことだろうと思う。そのオープンで温かいお人柄もあって、なんていうか、お顔

を見てるだけでもしあわせになってしまう数少ないJAZZミュージシャンです。

そして俵山さん。私はこれまで俵山さんが歌うベーシストだとは思わなかった。

今日、ソロのところではスキャットしながらベースを弾いてた。じっつに正確で

グルーヴィー。まるでシャドウ・ダンシングを見てるみたいな。

そして今夜の直さんはテナー・サックスのほかにクラリネットにアルトサックス

のマウピース、それにテナーのリードを付けた変形クラリネットを使ってた。

そういうのってまるで画家がマチエールに凝るのとおなじ感覚だと思うけれど

それで『Tin Roof Blues』を演奏したらミュートかけたトランペットみたいなレトロ

な音になって面白かった。

今夜よかったのは『My Man's gone now』。

ほかにもよかった曲はいろいろあるのだけれど、曲名がよく聴きとれなかった

のと、忘れてしまったのと。

実は今夜とても残念だったのは、お客のなかにひとり、いったいあなたはここ

へ何をしに来たんですか、といいたくなるような終始落ち着かない、かなりおか

しな男性がいたせいで、みんななかなか音楽に集中できなかった。それは聴い

ている側だけじゃなくてプレーヤーもおなじだったと思う。

それは上町63みたいな小さな箱では致命的なことなので、ほんとに勘弁して

もらいたいと思う。

それと、帰り時間が気になっていたのと翌日も出かける予定があって資金を

残しておきたかったのとで、せっかく俵山さんがCDをすすめてくれたのに買っ

てこられなかったこと。私が好きなブラジル音楽も入ってよさそうなCDだったん

ですけど。それは必ずやまたこんどということにしておこう。

春分の今日は昼間は暖かかったけれどライブが跳ねて外に出るころには一

気に寒くなってて、スヌードもハンドウォーマーもしてこなかったことが悔やま

れた。春はこれだから気をつけなくちゃ。

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2015年3月20日 (金)

きんぴらお味噌汁

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このところしばらくお味噌を切らしてたのでインスタント味噌汁なんかを買って

いたのだけれど、このあいだスーパーマーケットに行ったらタ○タ食堂の減塩

味噌汁なんていうのが売っていたので買ってみた。

残念ながらそれ自体は全然おいしくなかったのだけれど、『きんぴら風』という

発想が面白かったので、さっそく「いただき!」と、今年のお味噌で作ってみた

ら、これ、かなりいけます。

作り方は途中まできんぴらごぼうを作るのと一緒。

ただ、お味噌汁なのでふつうのきんぴらを作るときよりはゴボウもニンジンも

細めに切ったほうがいいかもしれない。

皮を剥いてささがきか、斜めに切ったゴボウを細切りして酢水に漬けてアクを

とる。ニンジンもおなじように細切りにして、ごま油を入れたフライパンに輪切

りにした鷹の爪を少し、あく抜きしたゴボウとニンジンを入れて油が回ってしん

なりするまで炒め、お味噌汁用の鍋に入れる。そこに熱湯をかけて油抜きした

油揚げを1枚、幅を半分に切って細切りにして入れる。そこに出汁を入れてア

クを取りながらゴボウとニンジンがやわらかくなるまで煮てお味噌を入れてとか

し、最後にゴマを振り入れてできあがり!

最近、ゴボウって食卓にはだんだん上がらなくなっているそうです。

なぜでしょうね。

皮を剥いてあく抜きするのが面倒くさいから?

それとも硬いから?

ゴボウって食物繊維が豊富で最高のデトックス食材なのにね。

うちではみんな、きんぴらごぼうも大好きです。

きんぴらごぼうって、できたてを食べるより一日経った翌日のほうが味が落

ち着いておいしい。昔(いまでも?)、きんぴらライスバーガーなんてのがあ

ったけど、これはパンにはさんでも意外においしいと思う。

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2015年3月19日 (木)

春のショートトリップ@上町63 ♡

15basyamichi

いまにも雨が降り出しそうな、でも大気がぽわんとした春の馬車道。

昨日の上町63での翠ちゃんの月1ライブは、今月はいつもの馬場さんじゃ

なくて初めてのお相手。なんでも今月、翠ちゃんは小さな旅に出るんだって。

ひとり旅とはちがう誰かと行く旅は、それが非日常であるがゆえになおさら

ロングステイの長旅でも、たとえ日帰りのショートトリップだとしても、相手と

の関係性が如実に外に出てしまうものらしい。それが日ごろからあまりうま

くいってるとはいえない夫婦だったりすると、旅先で決定的なことだって起こ

りかねない。映画『シェルタリングスカイ』や『バベルの塔』のなかの夫婦の

ように。でも、ことそれがライブにおけるここ最近の翠ちゃんにあってはお相

手が誰であってもブレない、というのはすごいと思う。

昨日は例によって所沢経由で馬車道に向かったものの、西武池袋線がどの

ポイントで横浜中華街行きに変わるのかどうもまだそのシステムに慣れなく

て、うっかり直通に乗ったつもりで乗り換え忘れて眠ってしまったため、ライブ

のスタート時間に遅れてしまった。(こんなことは初めてだ。)上町63に着くと

すでに2曲めがはじまったあたりで、とても静かにドアをあけて入っていった

にもかかわらず、カウンター前に座ってステージのほうを向いていた知らない

男の人に思いきり嫌な顔で睨まれてしまった。そうか、つまりいつもとやる相

手が違うってことは客の顔ぶれもいつもと違うってわけね、と思った次第。

そんなふうだから、昨日はいろんな意味でいつもとは様子が違っていたのだ

けれど、翠ちゃんは思いのほかリラックスしてたみたいだ。

いつも書いているように私は楽器の演奏ができるわけでも歌が歌えるわけ

でも譜面が読めるわけでもないから音楽的ボキャブラリーもないし、あくまで

自分の感覚だけで書いてるわけで(だからコイツぜんぜん話になんない、と

思ったらスルーしてほしいのだけど)、ピッチとかリズムとかテンポとか、音楽

に様々な大事なものがあるとして、私がなかでもとりわけ大事だと思うのは

グルーヴだと思うのです。グルーヴとは何か、というのを言葉で説明しようと

思うとそれだけで長くなりそうだし難しいから、ここでは単純に私が何がいい

たいかだけをいうと、清水翠の歌にはそれがある。

たとえ昨日みたいなヴォーカルトリオで、バックメンが自分の意図する歌の輪

郭像と違う反応をしたとしても、自分のグルーヴを崩さずに歌えるんだよね。

それってヴォーカリストとしてはすごいことだと思うのだけど、そこで(これまた

個人的なことながら)つながるのが彼女の泳力で、翠ちゃんは私よりかなり後

に水泳をはじめたにもかかわらず、あっというまにマスターになってしまった。

もちろん、それにはもともと体育会系のアスリート気質とか集中力とか、持って

生まれた体型とか体力とか筋力なんかの違いは大きくあるにしても、もっと大

きなのがリズム感だと思うのです。

これは水泳に限ってのことではなくてスポーツ全般にいえることなのかもしれ

ないけれど、私のわかるところでいえば水泳って実はすごく音楽的なスポーツ

なんです。たとえばクロールのキックには6ビートと4ビートと2ビートがあるし

クロールや背泳ではは一定のピッチで泳ぐことを要求される。そのため練習

ではカチカチと鳴るメトロノームのようなものを頭に付けて練習したりもする。

(私はやったことないけど。)バタフライではコーチによっていうことが違うけど

第1キックと第2キックの強弱の違いを音で表して「トーン、トン」あるいは「トン、

トーン」といったりする。平泳ぎでは手で掻いてからキックするのに、キックの

タイミングを微妙に一瞬遅らせて、といわれたりする。

で、なかなかこれができない。

もっとも私なんかは陸でも水中でもブレスに問題があって規則的に安らかな

呼吸ができないから、論外といえばもう論外なんだけど。

で、そのあたりのことがふつうの人よりスムースにできて、あっという間に水

泳が上手くなってしまったのが翠ちゃんなんじゃないかと思うのです。

それはもう、いうまでもなく持って生まれた資質にくわえて、長年音楽で鍛え

てきた音感やリズム感などによって。

たとえばバタフライが上手な人と上手いギターソロって似ていて、水中から身

体が上がって見えているときも水中に沈んで身体が見えなくなっているときも

それはひとつらなりの線上にあってブツ切れにはならないように、たとえギタ

リストがギターを弾いてないときでも音のつらなりが見えるようだったりする。

まさにグルーヴ。で、むしろ私はその音が鳴ってないときのほうのつらなりの

ほうが大事だったりするんじゃないかなあ、と思ったりするのです。

そんなことを混んだ終電の中で本を片手にあれこれ考えながら帰った昨日。

昨日とりわけよかったのは『Coracao Vagabundo』、『All Blues』、『The Island』

『Close to You』、『Softly As In a Morning Sunrise』。

なかでも翠ちゃんのClose to Youは春っぽくてよかったなあ。

できれば、まだまだ青春まっただなか! って感じのいつもの馬場さんのフレ

ッシュな音で聴きたかった。もちろん、若くてできることと年とってからしかでき

ないことってあると思いますが。

昨日の素敵なメンバーは清水翠(vo)、東海林由孝(gt)、長塚博之(b)。

はたして来月はどんな旅、どんな景色を見せてくれるのでしょう。

たのしみです♪

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2015年3月18日 (水)

朝の柑橘

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ひさしぶりに柑橘が食べたくなって、昨日ハッサクを買ってきた。

朝のキッチンで厚い表皮に包丁で放射状に切り込みを入れて剥いたら柑橘

の香気がはじけて飛び散った。

ハッサクというのも母を思い出させる食べもので、とにかく母は果物が好き

だったから果物だけはなんでも豊富に食べさせられたけど、柑橘も大好きで

なかには剥くだけでも手がどうにかなりそうな分厚い皮の柑橘まで苦労して

剥いては食べていた。昔のハッサクはいまよりずっと酸っぱかったような気が

するけれど、あんまり酸っぱいのはきれいに袋を剥いてガラスの器に入れら

れ、お砂糖がかかって出てきた。こどもの私はそれを食べるのが好きだった。

いまの若い子は果物離れが進んでいるという。

理由は、食べるのが面倒くさいから。

うちの息子を見てても、さもありなん、と思う。

昨日、いまの20代女子の摂取カロリーは終戦直後以下、というのを見てび

っくりしたけど、その理由のひとつは「仕事が忙しくて食べることにあまり興味

が湧かないから」だった。まだ若くて健康にとりたてて問題がなく、仕事が忙し

くてほかにやりたいことやほしいものがいっぱいあったらそうだろうな、と思う

けれど、それはもはや若い20代の女の子に限ったことじゃないと思うし、私く

らいの子どものいる母親でさえ食事の支度が面倒くさくてしょうがない、作りた

くないという女性はけっこういる。飽食の時代といわれる現代だけど、いまより

貧しかった母の時代のほうがずっと食生活は豊かだった気がする。

ときどき、母が作ってくれた懐かしい手料理を思い出して作りながら、いずれ

日本の四季の食卓を彩っていたこんな手間のかかる地味な和食も消えてなく

なるのだろうな、と思う。文字通り、世界遺産として、どこかの博物館にでも陳

列されて、『昔の日本人が食べていたもの』なんて写真付きで教科書にも載っ

ちゃって。

こういうことを書いている私でさえ息子に「僕たちがいなくなったらお母さんは

お昼を食べなくなるかもしれないね」なんていわれている。エネルギー発散型

の人間ですぐにお腹がすいちゃうから何も食べない、ってことはないだろうけ

ど、たぶん1人になったらものすごく簡単になることはたしか。

実家の朝ごはんは、ごはんにお味噌汁に焼き魚に青菜や玉子焼き、という典

型的な和食だったけど、結婚した相手が「朝から焼き魚なんてそんな野蛮な」

(まあ、半分ジョークです)という人だったから、朝はパン食で珈琲になった。

以来、ずっとそれ。いま朝から和食なんて、そんなもの食べられないし食べた

くないし作れない。

それに先ほどのニュースを見て思ったのは、いまの若い人たちは食べること

に興味がなくて作るのが面倒だから食べない、ということだけじゃなくて、実際

のところはちゃんと食べる暇もなく働いているのにちっとも給料は上がらないし

消費税も食べものの価格も上がるいっぽうで、生活していくためには食費を削

るしかない、というのが現状なんじゃないだろうか。

エクセルで作った家計簿をつけるようになってもう何年にもなるけど、ほとんど

外食もしないし、たいしたもの食べてるわけじゃないのに年々、食費が占める

割合がどうしようもなく増えていて、毎日スーパーマーケットに買いものに行っ

ている主婦としてはその状況をひしひしと感じる。

人はパンのみにて生きるにあらず。

とはいえ、食べることは基本だ。

もともと祖先から優れた強いDNAを受け継いでいてガタイもよく柔軟な筋肉と

きれいな腸を持っていて、心肺機能も優秀、少々食べなくても身体にエネルギ

ーがあって気力体力充実している、なんて人だったらともかく、食べないことは

単純にエネルギー不足につながる。

きれいな洋服を着るよりトレンドを追いかけることより、まずはちゃんと食べな

きゃです。

私はルッコラとトマトとアスパラガスと茎ブロッコリーの畑がほしい!

ベビーリーフとルッコラとトマトのサラダ、それに最近そら屋さんで有機バナナ

と一緒にいつも買ってくる東久留米プチフールの胚芽食パンと。

そら屋さんがいうように胚芽食パンはこの辺りでは断トツのうまさ。

しばらく花は切らしてるけど、カラフルな朝の食卓。

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2015年3月17日 (火)

春、炸裂!

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一気に春が炸裂したような暖かさ。

東京は20度越え、4月下旬から5月の陽気だそうだ。

夕方ちかく、娘と買い出しに行くのに近所を話しながら歩いていたら、前から

来る人にとつぜん「こんにちは}といわれて、誰かと思ったらリハビリルーム

でよく顔をあわせるおじいさんだった。いつものように杖を持って、横には作

業療法士の若い女性。思わず笑顔になって「外でリハビリですか?」と訊くと

「そう。花を見ながらお散歩」というので、「今日は暖かいからいいですね」と

いって別れた。そして、ふたたび歩きながらふと横を見るとモクレンみたいな

きれいなピンクの花が目に入って、木に付いた名札を見ると『シデコブシ』と

ある。どうやらシデコブシも今日の気温ですっかり着ていたコートが暑くなっち

ゃって、急きょ脱ぐことにしたらしい。

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私が花の写真を撮っていたら横で娘が「きれいな空!」といった。

はっきりしたスカイブルーじゃなくて、グレーに淡いブルーと白をさやさやと重

ねたような春らしい、どこかぼんやりした繊細な空。写真に撮ると青ざめて寒

々しく写るのだけど、実際は着てきた上着が暑く感じられるくらいだ。

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春は淡くてほのかに甘くて儚さとともにかなしみを含んでいてどこか何かが

ちょっと苦しく、そして瞬く間に過ぎ去る。母の笑顔も父の声もいずれみんな

消えてしまう。消える前のひととき、ふりかかる花吹雪の一瞬をとめたくて私

はシャッターを切り、目を閉じる。

そんな春がまたやってきた。

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2015年3月16日 (月)

きょう、生きるに値する幻

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今日は夕方から雨が降り出したけれど、外は部屋の中にくらべてさほど寒くな

く、私は春の雨のなかを歩いて駅に向かった。

ひと月ぶりの吉祥寺サムタイム。

このところ直さんのバンドはいつものレギュラーメンバーじゃなくてどこかしらの

パートに新顔が入ってる。今夜はピアノが若井優也。

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初めて聞く名前のピアニストで、日本ではなかなか好きなピアニストがいない

私にはとても興味のあるところだったけど、この人がよかった!

いつものように直さんのカウントではじまった最初の曲は、これも昨日初めて

聴くコール・ポーターの『Dream Dancing』。この1曲めから意外なほど音がし

っくりしてる。そう、ぜんぶ聴き終わった時点でピアノについての感想を一言

でいうなら、この『しっくり』がいちばんぴったりな気がする。

若井さんのピアノの自然な語り口ではじまった曲はしだいにラテンフレーバー

のノリになり、ラテンを叩かせたら天下一品じゃないかと思う江藤さんのドラム

に乗って直さんのアウトが冴える。うわ、今夜は1曲めからこれだ。悪くない。

折しも雨のせいかキャンセルが出たらしく私は昨日とれなかったカウンター席

にいて、今夜もお客は満杯、雰囲気はサイコー! しあわせな夜のはじまりと

なったのだった。そして2曲めはなんと久しぶりに聴く『Vienna』。

なんたってドラムとベースが江藤さんと陽介さんだからこれ以上盤石なリズム

隊ってなく、直さんもリラックスして勢いよく行く。ここでも思わず笑っちゃうくら

いアウトしまくりの直さん、でも記憶のなかにあるビエナとなんか違うなと思った

ら、いつもはいぶし銀のようなサックスを持ってるのが今日は見たことのない金

色ぴかぴかのサックスになってた。ちょっとエリック・ドルフィーみたいな音色?

ちなみに今日の直さんはアフリカで見たシマウマを思わせます。

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若井さんのピアノはクリアーでありながらとても自然な弾き方で、でも落ち着

き過ぎることなく行くときは行く、聴かせどころを知ってる、盛り上がるところを

外さない、メリハリがあっていいピアノでした。江藤さんとの絡みもよかった。

前回につづいて今回も滝廉太郎の『花』をやったのだけれど、前回よりずっと

型にはまらない自由な『花』になりました。ファーストステージのラストは直さ

んオリジナルの『ペリドット』。これ好きだなあ!拡大する緑の夢。緑の幻想。

もうすっかり盛り上がっちゃって、セカンドへの期待が高まるなか、たいてい

ファーストで帰る人がいるからそしたら背もたれのあるラクな席に替えてもら

おう、と思っていたのだけれど、今日は帰る人いませんでしたねえ。

そしてセカンドの目玉というか、1番よかったのは5曲めにやったキューバの

ピアニスト、ルーベン・ゴンザレスの曲『Como Siento Yo』。思わず引き込まれ

てしまうような直さんの深い音ではじまり、とちゅう陽介さんが弓を弾いて出す

むせび泣くようなベースの音に、その歌心に酔いしれた。そしていつものラスト

のコキリコでも、これが初めてとは思えない若井さんのピアノが聴かせてくれ

ました。最強のリズム隊に乗ってもう鳴らす鳴らす。これぞコキリコ、っていう

盛り上がり。今夜は怒涛のカオスにまで行けたかも!

それで2月の誕生日以来ずっと、北村太郎いうところの『きょう、生きるに値

する幻』のことを考えている私は「今夜の演奏はじゅうぶん、それに値する幻

だ!」と思って思わず直さんにそんなメッセージを送ってしまったのだけど、

なんの脈絡も説明もなく突然そんなこといわれたって、なんのことやらわから

なかったかもしれませんね。でもほんとによかった!

いいライブっていつでも人の心をオープンにしちゃうもので、それまで黙って

聴いてた右の人とも左の人ともその後お喋りが弾んで、みんな一様に今日

来てよかったって。そしてまたここで会いましょう、といって別れたのでした。

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自分の覚え書きのために、今日のセットリスト。

1st. 

 1.Dream Dancing 

 2.Vienna 

 3.Like Someone in Love 

 4.花 

 5.All the Way 

 6.Peridot 

2nd

 1.East of the Sun and West of the Moon

  2.Little Dancer

  3.Mission

  4.Amber

  5.Como Siento Yo

  6.Kokiriko

  7.アンコール(よく知ってるスタンダードなのにタイトルを失念)

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2015年3月15日 (日)

休日のおやつ

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毎日のごはんの支度と違って、たまのお菓子作りや粉ものは私にとっては

編みものや木工とおなじように遊びみたいなものだから、暇さえあれば何か

やりたくなってしまうし、やってるときはほんとに楽しい。

最近、そら屋さんに行くといつも買ってる有機バナナがとってもおいしいので

今日はその有機バナナを使ってホーローバットでバナナケーキを作った。

レシピは前にも載せたことのある『ホーローバットで作るうちのお菓子』。

これは野田琺瑯のキャビネサイズといわれる、21×16.5×深さ3センチの

ホーローバットで作るお菓子のレシピばかりが載った本なのだけれど、特別

なお菓子の型がなくてもキャビネサイズのバット1枚あれば手軽に作れてしま

うって、これほんとに便利です。

それほどお菓子作りに慣れてるとはいえない私が休日の午後遅く作りはじめ

て、あっという間にできあがってしまいました。

で、仕上がりはご覧のとおり。

なかなか悪くない。

これってたぶん、分量さえ間違えなければ誰がやってもだいたいおなじように

できるんじゃないかな。Amazonのレビューにもあったとおり、簡単で失敗の少

ない完成されたレシピなんだと思う。ゆえに本の売れ行きも好調みたいだし。

このバナナケーキ、生地にも1本バナナが練り込んであるところがいい。

焼きあがったのを見せるなり息子が食べたいというので、まだ焼き立ての温か

いうちに切って食べることに。4分の1カットでこの大きさ。

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ひと口食べると、焼き色のついた表面はクッキーみたいにサクッ、中はかなり

しっとりしたバターの味。ほのかにはちみつの風味。

考えたらバターの量が多めでそこにバナナが1本分とはちみつが入ってるんだ

から、しっとりするわけですよね。お砂糖の量からいってもっと甘いかと思った

けれどそうでもなくて、ちょうどいい甘さ。いつものように濃い珈琲をいれて食

べたのだけれど、もしかしたらこのケーキには紅茶のほうがあうかもしれない。

生地にほのかにバナナの酸味も感じられておいしかった。

息子いわく、これはお母さんがいままで作ったお菓子のなかで1番おいしい!

ということで、これはまたリピートありそうです。

キャビネサイズのホーローバットって2人~4人分の食べきりサイズのお菓子

を作るにはちょうどいい大きさで、程よい厚みのスクエアは切り分けやすく、

見た目もお洒落なので、何を作るにもとっても重宝しそうです。

キッチンの収納が少ない、あまりモノを増やしたくない人にはおすすめ!

・・・・・・ こんなことをしてると、休日はあっという間に終わってしまいます。

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ホーローバットで作るうちのお菓子 主婦と生活社

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2015年3月13日 (金)

今年できあがったお味噌の出来 *

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今日の夕方、やっとキッチンのシンクの下から引っぱりだしました。

去年つくったお味噌。

去年しまうとき、蓋に紙をかけて紐で結んで五芒星をのせた姿のままお出ま

しになった野田ホーローのラウンドストッカー。

いつも封印を解くこの瞬間はちょっとだけドキドキします。

なんたって高温多湿の夏があるからです。

でも今年も蓋をあけたとたんにひろがる醤油のいい匂い。

毎度のことだけど重石にしていた1キロの塩と皿を取り出したらこんなふう。

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溜り醤油が上がってカビは一切なし。

溜り醤油の下は味噌だんごを詰めたあと最後に蓋した板酒粕です。

このやりかたでこれまで1度も失敗したことがないので、私にとってはもはや

盤石の方法。この板酒粕をきれいに剥がしたら溜り醤油とともに味噌を底か

らかきまぜる。去年は玄米麹を使ったから、今年のお味噌は玄米のつぶつぶ

感が残るこんな素朴な玄米味噌になりました。

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ここ数年、味噌づくりは贅沢な倍麹で、去年はヒマラヤブレンドソルトを使った

から色は濃いめだけど味はふくよかな甘みがある。

今年もいい出来! 

おいしいお味噌ができました。

さっそく、さっきそら屋さん で買ってきたかぶと油揚げでお味噌汁をつくる。

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いつもながら、自分でつくったお味噌でつくるお味噌汁って全然ちがう。

うちの娘なんか、しばらく自家製の味噌を切らした後にこの味噌汁を飲むと

「やっとまともな味噌汁を飲んだよ」なんていうくらい。まさしくパワーフード。

親友のMちゃんは昔『なんでも屋』をやっていて、家族の代わりにお年寄り

を連れて海外旅行に行く、なんて仕事も請け負ってたらしいのだけど、向こ

うでお年寄りが元気がなくなったとき、たとえインスタントでも味噌汁を飲ま

せると一発で治る! といっていた。おにぎり、梅干し、味噌汁って、日本人

にとってはソウルフードなんだろうなあ。

できあがったお味噌は、人にあげる分も含めて個別にアルコール消毒した

琺瑯の保存容器にぴっちり空気が入らないように詰めて、クッキングシート

を敷いて蓋をし、冷蔵庫の中へ。この作業だけでもけっこう手間がかかる。

けれども『手前味噌』とはよくいったもので、お味噌ってその家ごとに味の好

みがあるもので、自分で「うまい!」と思って人にさしあげても喜ばれるとは

限らない。とくにうちの父みたいに最初から出汁まで入ってなめらかな市販

の味噌(『料○の味』)が一番おいしい、なんていう人はこういう手作り味噌を

あげてもあんまりありがたがられない。なぜか妹は味噌だけは欲しいという

ので持って行くけど、いい材料を使って手間ひまかけて作ったものをわざわ

ざ送って喜ばれないのはつまらないから、いまは身内に限る。

私も味噌づくりをやってみたい、という人に「でも買うより高くつくよ」というと

驚かれるけど、でも考えたらわかるでしょう、いい有機材料を使って、つくる

工程も熟成する時間も、またつくる量も限られていることを考えたら市販の

味噌を買うほうがずっと安い。でも、一度でも自分でつくった味噌の味を知

ってしまうと、これが毎年つくらないわけにはいかなくなるんですね~

・・・・・・ というわけで今年も気づけば早3月半ばで、味噌の寒仕込みとはい

かなくなってしまったけど、今年もまたきっとやるでしょう。

地味ながら、味噌部も随時会員募集中です(^-^)♪

会員規約は、とくになし。

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2015年3月12日 (木)

朝のカラー

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このところ寒い日がつづいたせいか久しぶりに温かいスープが食べたくなっ

て、2日つづけて朝は野菜のトマトスープ。

こういうのはたいてい作ったその日より翌日がおいしい。

くるみとカレンツがぎっしり入ったオーナッツと。

パンはこういうのがいちばん好き。

そして、道具っていうのはなんでも届いてから家になじむまで、そして使い手

の手になじむまでにちょっと時間がかかるものだなあ、と思う。

このあいだ買ったドリップポット。

届いてさっそく珈琲をいれて、ひと口のんで、「あれ?」と思った。

いつもの味じゃない。

いつもより全然おいしくない。

あんまり違うので、ほんとにこんなに細い注ぎ口からお湯を注ぐ必要がある

のかと思ってしまったほど。

まあ、それほどふつうのやかんでドリップするのに熟練してしまった、という

わけだけど・・・・・・

やっといつもの味になった、と思ったのは3回めにいれたとき。

でも4回め、5回め、と、味が安定しない。

お湯の温度を気にしたり、豆の量を変えたりしながら毎日いれること1週間

あまり。

やっと今朝コツをつかみました。

細い注ぎ口から出るお湯を豆に注ぐときの、圧の入れかたがわかった。

そう、これこれ。この味です。

わかってしまえばやっぱりやかんよりドリップしやすいのはたしかなのです。

なんたって軽いし、やかんみたいにうっかり湯量のコントロールを失敗して

お湯がドバっと入っちゃうこともないし。

つくづく鋭いと思ったのは、毎朝の珈琲の味の微妙な違いを子供たちまで

がわかること。まあ、音楽をやる人と絵を描く人だから感覚が鋭いのはいい

ことなんでしょうけどね。

私がおいしいと思う珈琲は、香り高いのはもちろん、深くてコクはあるけど嫌

な苦味、雑味がなくて、ほどよく豆の甘みが感じられ、複雑な味のする珈琲。

珈琲の味はあんまり単純じゃいけません。

・・・・・・ ということで、今朝も極上の珈琲を1杯。

やっぱり朝はこうでなきゃあ。

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2015年3月11日 (水)

すてきな人生

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すてきな人生


みんな、のんきな顔をしているけれど

カラオケでうたったり、ウィンクなんかしていたりするけれど

いずれ地球は、ひびだらけになり

ヒトは消えてしまうのを、とっくに心得ているのだ

滅びない星なんて、ないことを


ヒトの、ぼくたちの

尊厳の根幹を震撼する、いろんなインフォメーションは

朝のあいさつみたいに、さわやかに

肉いろの夜なかにさえ、交わされつづけていて

でも、それが〈意味〉にしかすぎないのは

氷った水のしたの影のように、たしかなのだ


モノをほしがる物欲、のほかに

ココロをほしがる心欲、まで持っているから

ヒトは怪物、なのだ

こうなったら、もう有るにちがいないのは

むなしい無と観念して、矛盾の紫の道を踏み迷うしかない


ほろびるのは、わかっていても

しかし、無でいるわけにはいかないから

難問の野原で懊悩し、もだえ歎き

でも、にっこりしてカードを切ったり

コロッケを、口いっぱい頬ばったりしている


世界の終わりは、きっとくる

そんなこと、大昔からみんな知っているのだ

だが、〈意味〉として知っていたってなんの意味もないかもしれない

或る日、青空の顎が開いて

とつぜん命令形の、かみなりみたいな声が轟いても

ヒトはシラケてしまうだけで、彼はひとりでも

団欒していることができる、へんな生きものなのだ

字引きをつかんだり、シイタケをいためたりして


狩猟、農耕はもちろん

ヒトのすることは、二本の足で立ち始めてから

すべて環境破壊であり、ものごとを考えること自体

ひどく反自然なのだが、だからこそ

ヒトは生きて、怪物にならないわけにはいかない


科学のおかげで、たくさんのヒトが長生きし

たくさんのヒトが死んで、その差し引きをどう考えるか

この土地では、毎年一万人が自動車で死ぬ

十年で十万人、三十年で三十万人

だが、だれも自動車をなくせとはいわず

犬をつれて、夕方の住宅街を散歩したりしている


たくさん殺そう、たくさん生かそうと

反自然の怪物は、はげんできた

どちらか片方、というわけにはいかないようにできているのがおもしろい

そこがきちんとわかっているから、もう気晴らしをして生きるしかない

〈意味〉なんて初めからないのだ、とあきらめて


物欲、心欲はなくなるはずがなく

ヒトの、ぼくたちの怪物性は

いよいよ彩りゆたかになり、矛盾の垣根の

無限につづく道ばたで、あいそよく頭を下げあう

そして、みんななんでも知っていて

たいそう有り難く、静かに息を吐きつづけるのだ


( 北村太郎『すてきな人生』思潮社1993年より、『すてきな人生』 )


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朝、リハビリに行く支度をしていると仕事仲間から電話がきて、短い会話を

したあとキッチンに立っていると思考がぐるぐるして、全身の筋肉にきゅ、と

負荷がかかるのがわかった。家に帰ってからメールに『to be or not to be』

と書いた。息子は息子で、これまで時間をかけてやってきたことが根幹から

揺るがされるようなインフォメーションが朝1で流れてきたとかで、「ネットの

中は阿鼻叫喚だ」、「どっちも正念場だね」なんていう。

阿鼻叫喚、なんて言葉、久しぶりに聞いた。

今日も寒かったけど空は穏やかにすっきりと晴れて、私はますます空しい。

あれから4年、か。

私はやっぱり春は苦手だなあ・・・・・・


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2015年3月10日 (火)

モクレン

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白いつぼみのときは祈りの手のようで、咲きだしたときはいっせいに飛び

立つ鳥のようで好きだったけど、今年は会えないかと思ってた。

木はすごいね。

切られても切られても伸びてきて花芽をつける。

今日は気持ちよく晴れたと思ったら3月のライオンが吠えはじめ、今年も

またこの季節が来たかと思っていたら雨が降りだし、洗濯物を部屋の中

にいれたらまた明るくなってきて、でも青空と並行して何やら妙な雲が垂

れこめてると思ったら夕方、雪が舞いはじめた。

この季節のことを『乱気』というそうだけど、まさしく乱気。

一日おかしな天気だった。

その雪が舞うなか娘が大きなカンバスを持ってセツに行った。

相変わらずギリギリだけど、今年は通るのかな?

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ヒノヒカリ

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今日び、ときどきはお米もネット通販で買ってしまう。

ご当地ドットコムさんのメールマガジンの筆頭に載っていたこのお米。

南さんの京都三城特別栽培米 ヒノヒカリ』。

20年以上前から自然に調和した米作りに取り組んでいて、田植え後に

一度だけ除草剤を使うほかは農薬不使用という。

そんなお米が『一人でも多くの方にお試しいただくために』という理由で

51%オフの5キロで1500円とは。安い!

それで農家さんはだいじょうぶなの? とは思うけど、消費者としては

ありがたい。それで、好みによって玄米、8分づき、白米と選べる。

ちょうどお米がなくなりそうなところだったから「最短で」とお願いして今日

届いた。昨日、精米したてのお米が翌日、産地直送で届くありがたさ。

これでとうぶん、重たいお米を買わなくてすむ。

娘が保育園に通っていたころ、夫婦で花屋をやっていた同級生のお母さ

んが、「ほんとにお金がなかったころはお金が入ると何はともあれ、お米

を買いだめした。お米さえあればなんとでもなるから」といっていたけど、

すごくリアルだった。

保育園に子どもを預けている親はみんな必死に働く親たちばかりで、共

働き、母子家庭、父子家庭といろいろいて、ある種戦友みたいな人たち

だけど、誰しも働いて生活を立てることと子育てに忙しくて、ゆっくり一緒

にお茶を飲む暇もなかった。親も子も、みんな今ごろどうしてるだろう。

お米を米びつにザーッとあけるとみるみるいっぱいになって、すると、「孫

が家にあがるなり台所に行って、米びつの中を覗いて、お母さん、この家

はお米がいっぱいあるよ! なんていうのよ」といった義理の母の言葉が

俄かに思い出されて、当時はお義姉さんも大変だったんだろうなあ、なん

て思う。

お米が入ってる袋はとてもじょうぶにできていて、いつもなんとなく捨て難

く、これ何かに使えないかなあ、と思うのだけど、いまなら切り開いて木工

をするときの下敷きにする。

なんにしてもエコな家です。

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2015年3月 8日 (日)

白雪ふきん

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たかが台ふきんだって、なんでもいいってわけじゃない。

いつも目につく食卓にあって、毎日使うものだから、やっぱり気持ちよく使え

るものがいい。わざわざさんで買って、もう1年以上使いつづけた白雪ふきん

が擦り切れてきたので今朝あたらしいのにとりかえようと思ったら、ふきんと

一緒に入っていた紙に書かれたこの文章が目に入った。

長いけど、いい文章なのでそのまま引用してみる。


 『美しい日本の道具たち』(高森寛子著 根岸聡一郎写真 晶文社)

 白雪ふきん


 台ふきんは、蚊帳生地の白いものに決めている。最初に糊気を水かお湯

 ですっかり洗い流して使い始めれば、比較的長いこと変色せず、べとつか

 ず、臭いもつかず、よく働いてくれるからだ。

 少しすり切れてきたかなという頃には、全体になんとなく薄汚れた感じにも

 なるので、今度は雑巾にし、もう一働きしてもらう。

 蚊帳の記事で作られ、市販されているものの中には、周囲をピンク、ブルー

 クリームなどの色糸でかがったものもあるが、私の好みは縁かがりのない

 純白のものだ。

 以前、それが見つからず、しかたなく生成りのものを使ってみたことがある。

 が、やっぱりキリッとした純白にはかなわないと思った。こぼしたしょうゆを

 拭き取るときなど、一瞬たじろぐほどの白さ、いさぎよいまでの白さが望み

 なのである。

 その名も『白雪ふきん』という真っ白な蚊帳生地のふきんとは、平成十年

 近鉄奈良駅の奈良商工観光館で出合った。

 古くから、奈良は蚊帳の生産地として知られていたが、明治の頃に綿蚊

 帳が作られて大きな発展の基になったという。大正、そして昭和の時代も

 少しはよかったが、人々の暮らし方の変化と共に需要は減るばかり。

 思えば、中高年の私でさえ、大人になってから蚊帳のお世話になった記憶

 がない。ブルーと白のぼかしの蚊帳を吊るのは、いつも祖母と母だったよう

 に思う。私にとっての蚊帳は、雷さまから身を守るもの、鬼ごっこや波乗りの

 ための遊び道具・・・・・・。

 「時代ですなあ、あまり必要とされんようになりまして、ふきん屋になりました

 わ」というのは、白雪ふきん製造販売元・垣谷繊維の先代社長夫人、垣谷

 安子さん。

 もともと、蚊帳生地を裁断するときに出る端切れを重ねて縫ってふきんにし

 自家用にしたり知人に配ったりしていたのが、この商品誕生のきっかけに

 なったのだそうだ。

 白雪ふきんは、蚊帳生地を八枚重ねにし、白糸で適量のミシンステッチが

 かけてある。暑さといい、約三十×三十五センチの大きさといい、私の手

 には使い勝手がよい。東大寺の大仏様の御身拭い用に選ばれたふきんだ

 というところも、ちょっと気に入っている。


白雪ふきんの魅力についてはこの文章でじゅうぶん言い尽くされているけれ

ど、ここに書かれているとおり、ほんとうに厚みといい感触といい、とてもいい

ふきんだと思う。実は私が白雪ふきんにであったのもずいぶん前で、それは

まだ親友が近所に住んでいたころ、たまたま出かけた先で見かけて、彼女が

「そうちゃん、これほんとに使いやすいのよ。あなたにも買ってあげる」といって

買ってくれたのが最初だった。そこで売っていたのはかわいい柄の入ったもの

で、そこから私の好きそうなのを2種類選んで買ってくれたのだ。それが駄目

になった後もどこかで見かけるたびにかわいい柄のを選んで買ってきた。

柄ものもたしかにかわいいけれど、でも高森寛子さんがここで書いているとお

り、いまでは台ふきんは純白のが一番いいと思う。たとえしょうゆを吹いて汚れ

ても、漂白すればまたもとどおりきれいになる。食卓の上には皿やコーヒーカッ

プやポットなど、いろんなものが乗るから、台ふきんは色も柄もついてないシン

プルなのがいい。そして擦り切れたのは洗って乾かして木工用の布にした。

娘は娘で食器を拭く蚊帳ふきんの古くなったのを、水彩の筆拭き用に使ってい

る。布はそうやって何度も用途を変えながらボロボロになるまで働いてくれる。

そんなに使える白雪ふきんが、2枚入って648円っていうのはけして高くない

むしろ安いくらいだと思う。

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ときどきこういう日があるんだけど、あいにく一日雨の休日だった今日は、

さみしいような、なんとなく何かが物足りない日で、午後遅くなってから久し

ぶりに木工をはじめた。黙々と手を動かすことの良さは、集中しだすと瞬く

間に頭から雑念が消える、ということに尽きますね。

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2015年3月 6日 (金)

赤と白

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朝起きるとまず一番にコンピュータの電源を入れる。

それからしばらくしてメールの受信をする。

今日は電源を入れパスワードを入れて立ち上げたままにしていて、朝食の

あと机の前に行ったら、画面が真っ暗になっていた。セーフティーモードに

してもおかしいとハードディスクを見たら電源が落ちている。で、どうやっても

電源が入らない。けっきょく、ハードディスクの裏を見たら主電源のコンセント

が緩んでいただけのことで事なきを得たのだけれど、電源が入らないそのわ

ずかな間に「いまうちの会社に新しいコンピュータを買い換える余裕はないん

だけどな」とか「コンピュータが使えなくなったらぜんぜん仕事にならない」とか

それはもう様々なネガティブなことが一瞬にして頭を渦巻いた。

人間っていうのは実に脆い。

病気になったときなんかもそうだけど、ふだんは潜在意識のなかに隠れてい

てそれほど意識してないつもりの様々な怖れや不安が一気に露呈する。

今朝はそれを見せられたような思いがした。

そして人間っていつだって無いものねだりの生きものだ。

痩せている私はもっと太りたいと思い、太っている作業療法士さんは「痩せな

きゃ」という。人はなかなかいまの自分を肯定できない。歳をとるにしたがって

どんどんできなくなる。それを自分ひとりで克服なり受け入れるなりして自分で

自分のことを好きになれたらいいとは思うけど、それ以上に人から圧倒的に肯

定される、圧倒的に愛されるのがいちばんだと思ってしまう私は、やっぱりどこ

か他力本願なのかな。

それから身体のことをいえば、身体に痛いところがあるときはもちろん、無理

をしてはいけないし、身体に負荷をかける運動もしちゃだめだけど、でも『無

理をしない』ということと『負荷をかける』ということは、実はとっても微妙なこと

だったりする。つまり人の身体は、筋肉も骨も、多少負荷をかけないことには

強くならないし、体力もつかないからだ。何をどこまでやればいいかというの

は、それこそ自分の身体に聞かないとならない。

そしてそれはきっと心、精神についてもおなじなんじゃないかと思う。

自分に負荷、圧をかけること。

リハビリに行くと作業療法士さんといろんな話をする。

そしていろんなことを考える。たぶん、お互い。

人はいつも人と影響しあって生きてる。

できることならお互い良い方向に行きたいから、私もできるだけ良いものを出

す。出せるように自分を鍛える。鍛えなければ。

太るために脚をまっすぐにするために姿勢を改善するためにストレスに負け

ないようになるために、肩を治してバッタを泳げるようになるために・・・・・

いつものことだけど、あきらめないこと。

リハビリ帰りの緑道、河津桜の開花がちょっと進んだ。それから枝垂れ梅。

傘のような木の下にいると梅のあまい香りに包まれる。

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毎年、季節が来ると自然に咲く花たちが私はほんとうにうらやましい。

一年じゅう着たきりの猫も。

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2015年3月 4日 (水)

春の宵

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気温の寒暖差が激しくて天候は不安定、やたらと風ばかり強くて埃っぽい。

西高東低のきりっとした青空がつづく冬と違って、晴れてるんだか曇って

るんだかはっきりしない天気が多い春は四季の中では私のもっとも苦手

な季節だけれど、でも春特有の光というか匂いというか、何かがふっ、と

あたたかく緩むような気配を感じるときは、ああ、春だなって思って明るい

気持ちになる。

夕方、洗濯物をとりこもうとベランダの戸を開けた息子が「ああ、これだ」

といった。春の感じ。何がいいって、春は宵がいいよね。春の宵。

花のかおりが、しあわせの粒子みたいになって大気に溶けてる夕方。

もう夕方なのにまだほのかに暖かくて、このままどこかに行きたい気分。

そんな会話をして夕飯の買いものに行ってその帰り、空を見上げたら淡

く霞んだ宵のブルーに、イヴァン・リンスの声みたいなピンクの雲があわ

さって、月もとろりんと溶けてる風情。

今週金曜日は啓蟄の満月。

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冬と春のあいだ

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水曜午前の整形外科の診察室前はとても混んでいて、車椅子の人や杖を

ついて歩く患者でいっぱいだった。どこの病院に行ってもお年寄りが多いの

は同じだけれど、もちろん高齢者ばかりというわけじゃない。

リハビリルームに行くとやはりこちらも混んでいて、肩を電気で温めている

あいだ、いつものようにほかの患者さんがリハビリするのを見ていたら、高

校生くらいの若い女の子が両親に付き添われて車椅子でやってきた。まだ

片足を包帯で巻かれて固定されてはいるけれど、もうだいぶよくなったのだ

ろうか。車椅子から降りて作業療法士の指導で松葉杖をついて歩く練習を

はじめた。まず作業療法士が実際に松葉杖を使って歩くところをひととおり

見せてから、要所要所で大事なポイントを教える。ふつうにまっすぐ歩いて

行って、向きを変える方法。それから、段差のあるところの上り下り、さらに

進んで階段の上り下り ・・・・・・。どこに気をつけなくてはいけないか、どこを

間違えると危険かを、実際にやって見せながら的確に教える。

若い女の子はさすがに若くて運動神経がいいだけあってすぐに要領を飲み

こみ、あっという間に松葉杖をついて上手に歩けるようになった。

それを見ながら私も松葉杖で歩くポイントを絵と言葉で頭に入れた。

ここに来るといつも勉強になる。

以前から妹が父に高い杖を買ってあげたのにちっとも使わない、とこぼして

いたけれど、ここに来てお年寄りたちがリハビリするのを見て、ただ杖を買

ってあげただけでは駄目なんだとわかった。

先日ひと月ぶりで会った父が、たったひと月のあいだにさらに衰えて、町の

中を歩くのに両手を宙にさまよわせながら、つかまるものを探して歩いてい

るのに驚き、「何かにつかまらなきゃならないんなら、もう杖をついて歩いた

ほうがいいんじゃないの」といったら、「杖をつくと足にぶつかって返って歩

きにくいんだ」という言葉が返ってきた。それを自分の担当の作業療法士さ

んに話すと「杖というのは少し先につかなければならないんだけど、こわが

ってそれを手前についてしまうと、返って歩きにくいんです」という答えが返

ってきた。つまり私の父のような老人の場合、杖を買ってあげたら誰かが付

き添って歩く練習でもさせないかぎり、いきなり杖を持ってうまくは歩けない

ってことだ。なるほど。考えたらそうだよなあ、と思う。

といって、私がそれを父と一緒にやろうといっても、素直に応じないんだろう

なあ、といったら「親子なんてみんなそんなもんですよ。ここに来る人はリハ

ビリだと思って割り切ってるからなんでもやれるけど」といわれた。

先ほど『ここに来ると勉強になる』と書いたけれど、それはリハビリのやりか

ただけではなくて、ここでは誰もがお年寄りに対してとても優しく接している。

接客業でありがちな、うわべだけの丁寧さではなくて、まるで自分の家のお

じいちゃん、おばあちゃんが来たみたいに温かい接し方をしているのだ。

それでお年寄りのほうもすっかり彼らに心を開いて、リラックスしているのが

わかる。もちろん認知症が進んで、何をいっても表情ひとつ動かさない人形

のような老人もいるけれど、それでも作業療法士たちの明るい接し方は変わ

らないし、たとえ人形のように見える老人でも作業療法士が何かいえば衰え

た筋力でそれに応じようとする。病気や怪我、老化で身体が思うように動か

なくなってしまった人たちにとって、こういう場があるというのはどれだけ救い

になるだろう。最近、外の世界があまりに陰惨な暴力で満ち満ちているだけ

になおさらそう思う。傍から見たら馬鹿みたいかもしれないけれど、私はとき

どき、うるうるしながらリハビリルームの中にいる人たちを眺めている。

父にもこういう場所があったらいいのに。

今日、私はいつもの作業療法士さんに会うなり「週末は体調を壊してプール

にも行けなかったから自主トレも全然できませんでした」といったのだけれど

彼は彼でひどい声をしていて、今日は職場で朝の挨拶をするなり「帰れ」と

いわれた、といっていた。やはり週末から風邪をひいてまだ治らないのだそ

うだ。でも今日は外来の患者さんも多いから帰るわけにはいかない、という。

昨日、三月三日の雛祭りの朝はみぞれが降るほどの真冬日で、今日は最

高気温17.5度という4月の陽気。これじゃ身体もおかしくなる。

今日は関節に負担をかけずに行える腹筋と背筋を教わった。アイソメトリッ

ク・トレーニングというのだそうだ。肩の痛みがよくなったら筋トレをはじめま

しょう、といわれた。

いつものように約45分のリハビリを終えて外に出ると、さっきの女の子が外

でも練習していたのか、松葉杖をついて緑道から帰ってくるところが見えた。

緑道のいつかの寒緋桜はもう満開のピークを過ぎて散り始め、昨夜から今

朝にかけての激しい雨で木の下は緋色に染まっていた。

でもまだこれから咲くつぼみもあって、花はすべてつぼみのころがかわいい。

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道をはさんで斜め向かいでは河津桜がほころびかけていた。

15kawadu_zakura

いまは冬と春のあいだ。

いずれ一気呵成に春がなだれこんでくる。

エグベルト・ジスモンチの『Frevo』みたいに。

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2015年3月 2日 (月)

ブランニュー マイポット♡

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さっき届いたばかりのこのポット。

友達のところに行くとたいてい私がいれることになる珈琲。

そのたびに友人がちょっと恥ずかしそうな顔で「うちには珈琲を入れるああ

いうポットはないのだけれど」というのだけれど、実はうちにもなかったので

す、珈琲用のドリップポット。

いままで何度も買おうと思って価格と使用比較などさんざん眺めてはみた

ものの、いつも購入するまでには至らなかった。ふつうのやかんでいれる

のにすっかり習熟してしまったし、それに土居珈琲さんや老舗のコーヒー

ショップのマスターがいうように、珈琲のおいしさは豆のクオリティー8割で

淹れかたは2割だっていうから、いまでもじゅうぶんおいしい珈琲をいれら

れてるから、これでいいかと思ってた。

でもそれを買うことにしたのはさらなる珈琲を追求したくなったから、かな。

春になったら麻のシャツを買おうと思って貯めてた楽天のポイントがかなり

貯まっていたので、思いきっていちばんいいのを買っちゃいました。

タカヒロの、『雫』という名のコーヒードリップポット。

箱から出して思うのは、とにかくかたちが美しいです。

最初に買ったシンプレックスのやかんもそうだったけど、モノとしてのオーラ

がある。そして軽い。

これなら毎回、手首に負担なく快適にドリップできそうです。

一生もののポット。

というわけで、無類の珈琲好きとしてはドリップポットにみとれる、なんとも

しあわせな昼なのです

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2015年3月 1日 (日)

冬を追う雨

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冬を追う雨

雨のあくる日カワヤナギの穂が

土に一つのこらず落ちていた

はじめは踏んだら血(青い?)出る毛虫かと思った

かたまって死んでる闇の精

ヤナギは不吉な植物なんていうけれど

たしかに茂ったおおきなシダレヤナギは

髪ふり乱して薄きみわるい

カワヤナギは穂をつけて


冬のあいだは暖かそうでかわいい

春になると黄色い細かな花で穂がおおわれ

近くに寄って観察すると

その一つ一つは大層かれんだが

少し離れて見るとややわいせつで

この変形は自然の悪い冗談みたいだ

ゆうべの雨はひどい音だった。

冬を追っぱらうひびきを枕にきいた

そしてけさふとカワヤナギの毛虫を見てもう桜が近いと思った


( 北村太郎 詩集『冬を追う雨』より『冬を追う雨』 思潮社1987年 )

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もう三月。

三月は静かな雨ではじまった。

窓をあけると外の大気は冷たいけれど、もう冬とはちがう。

この雨は冬を追う雨だな、と思って、そういうタイトルの詩集があったことを思

いだし、本棚から探して手にとった。銅版画の抽象画のような装画がほどこ

された外函は経年によりすっかり黄ばんでいるものの、凝ったつくりの立派な

大型本で、中は深緑の布張り。函の裏を見ると2000円とあって、昔はこんな

立派な本が2000円で買えたんだ、と思う。それでも高校生の私にとっては高

い買いものには違いなかった。タイトルとなった『冬を追う雨』という詩は、季節

の一片を描いたなんてことない詩だけれど、なんてことのないことを描いて独

特な色のある余韻を残すのが北村太郎の詩の味わい、といえなくもない。

面白かったのは詩集をぱらぱらやっていたら最後のページに何か挟まってい

て、見たら当時愛用していた緑の原稿用紙に書かれた自分の下手な詩と、

3月19日、日本武道館で行われたチープ・トリックのS席のチケットだった。

なんでそんなものを詩集にはさんでいたのかいまとなってはわからないけど、

おかげでこの詩集を読んでいたころの時間軸がリアルに思い出された。

挟まっていた自分の詩はといえば、北村太郎へのオマージュどころかスタイ

ルをそのまま模倣したみたいな文体の詩で、話にならないので迷わず破って

ゴミ箱に捨てた。

思わぬ変な発見があった今朝だけれど、もう三月。

じきに桜だ。

いつも桜の時期は落ち着かない私だけれど、自身のことについていえば去年

の秋あたりからか、やらなきゃいけないこととやりたいこと、思いと行動、時間

とタイミング、気分や体調それに気力体力なんかがどうにも思うように噛み合

ってなくて、そのせいで多方にご無礼、ご無沙汰しているような感じだけれど、

じきになんとか立て直して、いただいたきりそのままになってる手紙やメール

の返信、お送りしようと思っているものなど送らせていただこうと思います。

願わくは北村太郎の詩のように、ニュートラルな落ち着いた心で。

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