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2015年1月16日 (金)

ひつじの年と入り口の石

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Bunkamuraのギャラリーを出てガレットリアに行く途中、通りに面した店に並べ

られた陶器のひつじがガラス越しにふと目に留まって、思わず立ち止まって身

をかがめて眺めた。小さなひつじは「2つで1600円」とある。これ帰りに買おう

かな、といいながら、ポツポツ雨が降りはじめていたのでひとまずガレットリア

に向かって急いだ。

そして遅いランチをすませて出てくるころにはすっかり土砂降りだったけれど、

コンビニエンスストアに飛びこんでビニール傘を買った我々は、やっぱりひつじ

を見て帰ることにした。初めて入るその店は、前からこの通りを通るたびになん

となく気になっていた店だった。渋谷という場所にあって、地味だけれどとても

静謐な雰囲気を持った店で、入るのにちょっと敷居が高いといえばいえなくも

ない。ガラス越しに見えるのは作家ものと思われる陶器が多かったから、てっ

きり私はこれまで器の店かと思っていたけど、薄暗い店内に入ると壁には書や

絵などが掛けてある。店の奥には年配の男の人がひとりいて、「すみません。

このひつじを見せてください」と声をかけると、静かに会釈をされたようだった。

私と娘が飾ってあるひつじの顔を見くらべていると、いつのまにか年配の男性

から女性へと入れ替わった。とりあえず、ひつじをふたつ選んで持ったままショ

ーケースの中のガラス作品を見ていると、「よかったら、お出ししますよ」と店主

らしき女性が声をかけてきた。見ると女性のいる座敷に置かれた漆の脚付き

膳の上にも、ショーケースにあるのと色違いのガラスのトンボがのっている。

ああ、これって箸置きなんだ、たしかに箸をのせると渋くてかっこいいですね、

といったら、なんでも自分のお気に入りのガラスのトンボのブローチを、知り合

いのガラス作家に見せて作ってもらったのだそうだ。それって、ラリックですか

と聞くと、いいえ、ラリックじゃありません、とこたえる。それから私が壁の絵に

目を移してじっと見ていると、それはそのころまだ美大の学生さんだった人が

渋谷の駅前に毎日サックスを吹きにやってくる名もなきミュージシャンを見て、

自分も同じように毎日その場所に通って描いた絵なんですよと教えてくれた。

それがあんまりよくて気に入ったので、銀座でジクレプリントをやってくれる店

に頼んで限定枚数で刷ってもらったものなんです、というから、思わず「ジクレ

ですか?」と聞き返してしまった。ちょうどたったいま、娘とバーニー・フューク

スの絵の横に『ジクレ』と書いてあるのを見て、ジクレってなんだろうね、リトグ

ラフとどう違うのかな、と話したばかりだったからだ。そのご婦人いわく、ジクレ

プリントとはフランスで開発された最新の印刷技法なのだそうだ。

外はひどい雨で、もう夕方だったから私たち以外店に入って来るものは誰も

おらず、そんなこんなの話から店主は私たちに「まあ、そこにお座りなさいよ」

と目の前のスツールをすすめた。そして私に「あなたは絵をお描きになるの」

と聞くので、「いいえ、私は絵は描きませんが、絵ならこの人が描きます」と娘

のほうを見ると、彼女はこんどは娘に向かって「まあ、そうなの。あなたはどん

な絵を描くのかしら。見たいわ」と、おっとりした口調でいった。そして、「そうだ

わ」といったかと思うと、立ち上がって展覧会の案内の葉書を持ってきて「もし

これの後期に間に合うようだったら作品を出してみない?」といったのだった。

その展覧会はもとは和歌の歌会始めのイベントであったのが、年々、短歌を

詠める人が減ってきて、最近は歌や書じゃなくても、絵でもいいことになった

のだそうで、毎年ギャラリーから出された『お題』をもとに、下は3歳の子ども

から参加費さえ払えば基本は誰でも参加できる展覧会なのだという。

今年のお題は『本』。素敵なお題だと思う。

たまたま陶器のひつじを買いに入っただけの店で、あまりに思いがけない話

をされてわくわくしたのは母親のほうで、私に絵が描けるものならその場で参

加を表明してきたかったところだけれど、例によって超奥手の娘がどう思って

いるかは想像の外だった。なんたってうちの娘はおとなしいうえに頑固ときて

るから親が強要するのは論外として、でもこれって縁だと思うよ、とだけ帰り

の電車の中で話した。

陶のひつじは今年84になるひつじ年生まれの父にちなんで、ひとつは妹に

あげるつもりで買ったのだけれど、家に帰って包みをあけると、私たちはひつ

じの顔ばかり見て後ろ姿は見ていなかったようで、あろうことか片方のシッポ

が折れていた。包みの中にも破片がないことから、どうやら最初から折れて

いたものらしい。取り替えてくれなかったらくれなかったでいいやと思いながら

翌日ギャラリーに電話してみると、件の店主はこころよく取り替えてくれるとい

う。「あなた、展覧会を見にいらっしゃいよ。ひつじはご自分で選んだほうがい

いわよ」とおっしゃるので、ますます行かないわけにはいかなくなった。

超スローな娘はといえば、いっこうに参加する気配もなくのらりくらりしていて

聞けば「やっぱり出さない」というから、ああ、そうですかと思っていたら、期限

ぎりぎりになってやっぱり出すという。もうそれから二人であわてて世界堂に

行って額を探して、さんざん待たされてマットを切ってもらったり、もうなんのか

んのと世話がかかることといったら・・・・・・。

それで昨日ほぼ丸一日、そして今日の4時までかかって描きあげた小さな絵

を、搬入期限ぎりぎりの今朝になって届けに行ってきた。

そこで初めて目にした絵は、娘にしてはめずらしく暗い色調の孤独な感じの

するタイトな絵で、見るなり、ああ、海辺のカフカ(を自分なりに解釈した絵)か

と思った。ちょうど去年の暮れに見た海のように湾曲した入り江に島影、空は

夜の群青いろで、浜には背の高い書架と脚立がシンボリックに並んでいる。

私がそういうと娘は意外そうな顔をして「そういわれればたしかに・・・」といった

から、実際はそうではなかったらしい。自分では「ここは月かな」と思いながら

描いていたという。絵を描く人の頭の中はわかりません。

ともあれ絵が期限に間にあってほっとしたのと、長いこと娘の前にあった漬物

石みたいに重たい石がこれでなくなったような気がして、爽やかな気分で朝の

渋谷の街を歩いた。

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生クリームをペタペタ塗ったようなかわいい陶の羊は、

渋谷区松濤のGALLERY6さんで。

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コメント

小説みたいな話!
ぐるぐると巻きこまれる感じがおもしろいですね。
そしてお嬢さんの踏み出した一歩も
なんだかうれしいあたしでした♪

投稿: あたしべいべー | 2015年1月21日 (水) 13:07

あたしベイベーさん、

ありがとう。
縁って面白いですね。
おかげで良い経験になりました。

「人生、何が起こるかわからない」
っていうのには、良いことと悪いことの両面があると思うけど、
できることなら良いことのほうをイメージして生きたいです。
それには良いエネルギーを発して良いエネルギーとチューンしなくちゃね!

あたしベイベーさんも、今年もおしあわせに~♡

投稿: soukichi | 2015年1月22日 (木) 23:10

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