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2015年1月30日 (金)

ついに雪

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朝起きてカーテンをあけたときは雪がしんしんと降っていて、あたり一面

銀世界だったけど、午後にはもう雨になって溶けはじめた。

ついに今年もこの季節がやってきた。

2月は一年でもっとも寒い月になるだろう。

窓越しに灰色の景色を眺めながらふいに、私の身体がガチガチになりは

じめたのは在宅ワークになってすぐのことではなく、子供が一日じゅう家

にいるようになってからだと気づいた。

子供が二人ともまだ学校に行っていたころは、毎朝規則正しく家から送り

出したあとは子供が帰ってくるまでずっと私の自由な時間だった。自分の

ペースで仕事をし、自分ひとりの食事はミニマムにして、手間も時間もか

からなかった。仕事に没頭しているときはよく食事をとるのを忘れてしまう

くらいだった。私の窮屈な時間がはじまったのは、仕事をする私の机と並

んで常に息子が横にいるようになってからだ。

男というのは大きくても小さくても人に気を遣わせるようにできている。

独特な威圧感があって、空気の密度を変えてしまう。

もちろん、みんながみんなそうなわけではなくて、逆に威圧感を与える女

もいるかもしれないけれど・・・・・・

家族が一日じゅう家にいると、夏は冷房費と水道代がものすごくかかり、

冬は電気ガス光熱費がものすごくかかる。

なんていうか、すごく現実的な話だけど。

子供が文字通り『Das Kind』と呼べるころはよかった。

こんな雪の日には子供は大人が待ちきれなくて、上着を着せるなり犬の

ように外に飛び出して行った。まるで寒さなんか知らないみたいに。

何より、息子と政治や社会情勢についていいあうこともなかったし。

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2015年1月28日 (水)

1月の食卓

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昨日買った紫のライラックと白いスイセンとギリア。

それに、ずーっと元気だったユーカリ。

朝の食卓に花があるだけで、なんだかすぅーっと呼吸が深くなるようです。

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2015年1月27日 (火)

蝋梅

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今日、朝から昼過ぎまではコートがいらないくらい暖かかった。

まるで春みたいな。

最高気温16度。4月上旬の陽気だという。

病院でリハビリを受けた後、コトリ花店さんに向かう途中で蝋梅をみつけた。

青空をバックに、なんて明るい、あたたかな黄色。

そういえば先週、スイミングクラブにHさんが着てきてくれた母のセーターも

まるでふわふわのミモザみたいな黄色だった。

母が黄色い服を着たのはほとんど見たことがないし私も妹も着せられたこと

はなかったけど、母は「黄色って好きなの」といっていた。

そういう母の好きな花は黄色のフリージア。

春はいつだって黄色からやってくる。

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1月の花屋

15january

今月は娘のことや自分の整形外科通いがはじまったりでなかなか行けずに、今年はじめてのコトリ花店。
この時期、真冬の花屋はほんとうに寒いのだけれど、今日はなんだか特別に暖かい。
そして、ここでもスノードロップ発見。
ちょうど庭の片隅でランチ中だった店主に「うちのも咲いたよ」というと、「暖かくなると咲くのよ」という。

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今日は娘の誕生日の花を頼んで、少しだけ花を買って帰りました。

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2015年1月26日 (月)

スノードロップの季節

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久しぶりに穏やかに晴れた朝、ベランダに出るとスノードロップが咲いてた。

いつも、ほとんど何もしてあげないのに季節が来ると咲く健気な花。

昨夜はまだ暗いうちに目覚めて、いったん目が覚めてしまったら肩関節の

痛みで朝まで眠れず、今朝は睡眠不足のまま起きた。

そのせいなのか、コンピュータの前でじっと集中してディスプレイの細かい

字を読んでたらなんだか目が回ってきて、立って歩いてもふわふわする。

それで、せっかく予約していた今夜のライブをキャンセルしてしまった。

夜から雨になるというし、調子が悪いときにいい音楽を聴いてもいい音楽に

聴こえないから。これで1月のライブは全滅。

最近つくづくコンスタントに良い状態を維持するのに注意が必要になってきた。

こんなか弱そうな花がちゃんとバランスしているのに、人間はなかなかそうも

いかないらしい。

じきにソーラー・リターンの月。

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2015年1月21日 (水)

雨の日の幻想

Mieczyslaw_horszowski_6

このあいだアルゲリッチの映画を見たからかな。いや、その前からだ。

最近、ふとぼんやりしているときに無意識に口の端にのぼってくる音楽が

モーツァルトの幻想曲やベートーヴェンのソナタだったりして、今朝は起き

るなりこれをかけた。ミエチスラフ・ホルショフスキーの、モーツァルトとショ

パンとドビュッシーとベートーヴェンが入っているCD。

もう20年以上大事に聴きつづけている、私のお宝中のお宝。

いまでもどこかで見つけたら何枚も買ってしまうかもしれない。

私は何かをものすごく好きになると、そのものすごく好きになったものを近

しい誰かと共有したくなってしまうのが常で、このCDもどれだけ人にあげた

ことか。憶えてるだけでもいま一緒に仕事をしている医者の友人とMと、ク

ラシックなんてまるで聴かないTにまであげた。当時でさえなかなか手に入

らない貴重なCDだったのだけれど、父親が危篤で、父が眠る病院の枕元

から電話してきた医者の友人には、自分がたった1枚持っていたこのCDを

送った。役に立ったかどうかはわからない。けっきょく、この音楽を私とおな

じように解して愛してくれたのはMだけだったような気がする。

今朝、起きて窓のカーテンをあけたときには細かい雨が降っていて、雪に

なりそうだなと思ったら、このCDのドビュッシーの『子供の領分』という組曲

のなかに『The Snow is Dancing』という曲が入っていて、思わず顔がほころ

んだ。

なんといってもこのCDの素晴らしさは最初の曲(幻想曲)のはじまりかたで

初めてそれが流れてきた瞬間に激しく惹きつけられた。

暗い水の底から、ゆっくりと浮かび上がってくるようなファンタジー。

水面には細い雨がしんしんと音もなく降っていて。

いまでもこの幻想曲を聴くと、暗い雨の日、縁側にしゃがんで雨を見ながら

1本の煙草をゆっくり喫ったことを思い出す。家の中にはさっきまでの暴力

の破片が散乱していて、私にはそのときの雨も音楽もまさしく慈雨だった。

そのころはまだDVやモラハラなんて言葉はいまほど世の中に流通されて

いなかったから、私はそんな言葉に汚染されることなく、自ら湧いてくるファ

ンタジーに思うさま浸っていられた。それが自らをもっとも癒してくれるもの

として。

いまそれを思い出してももう苦しくなったりはしない。

古いフィルムのように、それがただの記憶になったからだ。

ただ、いまでもこの幻想曲は、私に冷静さ、理性的であることと同時にファ

ンタジーの重要性を思い出させてくれる。

それはいつだって自分をニュートラルにしてくれる。

目に見えないものが目に見える現実を変えていく、という現実。

ミエチスラフ・ホルショフスキーには100歳のころに日本のテレビマンユニ

オンが制作した素晴らしいドキュメンタリーフィルムがあって、それが収録

されたビデオをずっと大事にしていたのだけれど、いつしか見られなくなっ

てとても残念に思っていたら去年、それもたまたま思い出して調べたときに

それとほぼ同じ内容かと思われるレーザーディスクを見つけて、レーザー

ディスクを再生する機械も持ってないのに買ってしまった。いまならLDを

DVDにする方法があると思ったからだが、いまだDVDにはできていない。

それは見ることさえできたら、いまでも多くの人のこころを打つ映像だと思う

から、今年はぜひともDVDにしたい。そしてそれをDVDにしたら、またきっと

たくさんの人にあげるんだと思う。

朝、雪になるんじゃないかと思った雨はやはり途中で雪になった。

そしていまはみぞれが降っている。

いよいよ季節は真冬で外は寒いけれど、寒いときこそ人に必要なのはこころ

をふるわせるようなファンタジーだと思う。

Mieczyslaw_horszowski_5

<収録曲>
1.モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
2.ショパン:夜想曲 第5番 嬰へ長調 Op.15-2
3.同:夜想曲 第8番 変ニ長調 Op.27-2
4.ドビュッシー:子供の領分
5.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第2番 イ長調 Op.2-2
6.バッハ:フランス組曲 第6番 ホ長調 BWV817

いまちょっと調べたら、当時私が8000円くらい出して買った3枚組のボック

スセットがなんとタワーレコードで、しかもセールで2057円で売っているで

はないか。レビューで三角和史氏が『好評をいただいている最近の〈タワレ

コ・オリジナル〉の中では個人的には〈ベスト・リリース〉』と書いているように

これはまさしく買いだと思う。

ホルショフスキ・コレクション (ピアノ・リサイタル全集) 

ミエチスラフ・ホルショフスキ<タワーレコード限定>

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2015年1月20日 (火)

冬のモクレン

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1月も後半になったら日に日に寒さが厳しくなってきた。

地面には霜がびっしり。

冬の青空には、さらなる寒さに向かってウールモッサのあったかそうな

白いコートを着たモクレン。

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2015年1月18日 (日)

デザート付きブランチ♪

15sunday_brunch_01

水泳をはじめたばかりのころは体力がないのでプールから帰ってくるとへと

へとに疲れて、プールバッグ放りだして寝てしまったりしたけれど、さすがに

10年もつづけてそんなことはなくなりました。

いまはそのあと仕事にも行けるし、ライブにだって行ける。

でも、できることならプールの後はどこにも行きたくない。家にいたい。

じゃあ、プールの後は家でのんびりしてるかっていうとそうでもなくて、けっこう

忙しくしています。なぜかというと、プールで泳いだ翌日はたいてい朝早く起き

れないので、夕飯を作りながら翌日の朝食まで作ってしまう。昨日はベーコン

を買い忘れたので冷蔵庫にあった辛口チョリソーでミネストローネを作った。

そして、またもやイレギュラーなことがしたくなってプリンを作った。

というわけで、今日のブランチはデザート付き。

今回は前回の経験をふまえて琺瑯バットで作るのはやめて、家にある型にな

りそうな器にプリンを流して作ってみました。近所のケーキ屋さんやモロゾフで

クリームブリュレやチョコレートムースを買ったときに入っていた小さな器。

適当に7個出して内側にバターを塗っておいたら、なんとちょうどぴったり。

それを3個と4個ずつ、お湯を入れた琺瑯バットにのせてオーブンで焼くこと

20分。できあがりはこんなです。

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今回もきれいに焼けてます。

器にあけたところ。

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このあいだよりはキャラメルソースもいい感じです。

エクセレント、でも、トレビアン、でもないけど、まあまあ及第点ってところ。

でもね、この器にあけるのがけっこう難しい。

端がちょっと壊れたりして。

Amazonを見ると型の内側にバターを塗らなくてもプリンがきれいに出せる型

なんかもあって、やっぱりああいうのを買ったほうがいいかな、なんて思う。

(でも、そうやってだんだん物が増える。)

そしてキャラメルソースを作るのはやっぱり難しい。

ゆるかったり、カタクなりすぎたり。

たぶん、てんさい糖を使ってるから失敗しやすいというのもあるんだろうけど、

きっと絶妙なタイム感覚というか、コツがあるんだと思う。

ちなみにこのあいだレジュで、ここもプリンがおいしかったんだと思い出して注

文してみたら、プリンは毎日作ってるんですけどすぐに売り切れてしまうんです

といわれて驚いた。やっぱり世の中にはプリン好きっているんですね。

そして、そのあと神楽坂でごはんを食べたあとに入った喫茶店で出てきたプリ

ンもおいしかったなあ・・・・・・

きれいにお皿にのって、キャラメルソースも絶妙。

できることならお店の人にコツを教えてもらいたいくらいです。

でもこれまた世の中には『キャラメルタブレット』なる便利なものがあって、それ

を型にポンと入れてプリン液を流せば上手にプリンができてしまうという。次に

粉末のきび砂糖でやってもパーフェクトにいかなかったらもうそれを買うことに

してしまおう。そして、今回つづけて作ってみてわかったのは、すごく微妙なこと

で味が変わってしまうということ。

プリンを作ること自体は難しいことではないのです。

卵と砂糖を混ぜて、そこに温めてバニラビーンズを入れた牛乳を少しずつ入れ

て混ぜ、濾し器で何度か濾してあらかじめキャラメルソースを入れて冷蔵庫で

固めておいた器に流しこんでオーブンで湯せん焼きするという。

でも素材と手順がすごくシンプルなだけに素材の味がダイレクトに出てしまうし

キャラメルソースの出来や焼き時間によっても食感だけじゃなく味まで変わって

しまう。オムレツなんかもそうだけど、シンプルなものほど奥が深い。

うちのひとたちはなんにせよセンシティブで鋭いけど、まあ、それがいいんでし

ょうね。なんでも「これでいいや」って思ったらそれで終わってしまって、それ以

上にはなれないから。でも、家で自分でプリンがおいしく焼けることがわかった

から、もうこれからはデパートのスイーツ売り場でプリン・ア・ラ・モードを見ても

眩惑されなくてすみそうです。(実際買って食べるとどうってことないんだけど、

いつも目で欲しくなる。)

あ、でも前に教えてもらったホテルニューグランドのプリン・ア・ラ・モードは機会

があったらいちど食べてみたいです♪

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2015年1月17日 (土)

セルリアン・カラー

15serruria

先週、やっとばらの剪定が終わり、花も緑もなくなった冬のベランダはひどく

殺風景です。

私のばらのいまの状態はあまり良くない。

思いきりよく切りながら、樹勢の弱くなったばらほど強剪定するというのがセ

オリーとしても、こんなに切ってだいじょうぶなんだろうか、と我ながら心配に

なる。これも毎年のこと。実際、毎夏、毎冬、何株かのばらが枯れる。

過酷な夏と冬を越えるのが大変なのは、歳をとった人間ばかりじゃなく植物

とておなじこと。そうやってだんだんベランダのばらも淘汰されてゆくんだろう

なあ、と思う。人間関係とおなじように。

そんな色のない冬のベランダにあって、一年じゅう常緑のセルリアだけが唯

一の救い。でも東京の冬の乾燥は厳しいらしく、クリスマスにやってきたプリ

ティーピンクは花がちゃんとひらかないまま乾いて萎れてしまいそうだ。

そして、まさしく冬のベランダに花を添えているのは一年育てたカルメン。

つぼみにだいぶピンクの色がのってきた。

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冬にこのピンクと緑は癒される。

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陽射しはあるけど北風が強くて冷たい、今日の空。

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2015年1月16日 (金)

ひつじの年と入り口の石

15hitsuji_01_2

Bunkamuraのギャラリーを出てガレットリアに行く途中、通りに面した店に並べ

られた陶器のひつじがガラス越しにふと目に留まって、思わず立ち止まって身

をかがめて眺めた。小さなひつじは「2つで1600円」とある。これ帰りに買おう

かな、といいながら、ポツポツ雨が降りはじめていたのでひとまずガレットリア

に向かって急いだ。

そして遅いランチをすませて出てくるころにはすっかり土砂降りだったけれど、

コンビニエンスストアに飛びこんでビニール傘を買った我々は、やっぱりひつじ

を見て帰ることにした。初めて入るその店は、前からこの通りを通るたびになん

となく気になっていた店だった。渋谷という場所にあって、地味だけれどとても

静謐な雰囲気を持った店で、入るのにちょっと敷居が高いといえばいえなくも

ない。ガラス越しに見えるのは作家ものと思われる陶器が多かったから、てっ

きり私はこれまで器の店かと思っていたけど、薄暗い店内に入ると壁には書や

絵などが掛けてある。店の奥には年配の男の人がひとりいて、「すみません。

このひつじを見せてください」と声をかけると、静かに会釈をされたようだった。

私と娘が飾ってあるひつじの顔を見くらべていると、いつのまにか年配の男性

から女性へと入れ替わった。とりあえず、ひつじをふたつ選んで持ったままショ

ーケースの中のガラス作品を見ていると、「よかったら、お出ししますよ」と店主

らしき女性が声をかけてきた。見ると女性のいる座敷に置かれた漆の脚付き

膳の上にも、ショーケースにあるのと色違いのガラスのトンボがのっている。

ああ、これって箸置きなんだ、たしかに箸をのせると渋くてかっこいいですね、

といったら、なんでも自分のお気に入りのガラスのトンボのブローチを、知り合

いのガラス作家に見せて作ってもらったのだそうだ。それって、ラリックですか

と聞くと、いいえ、ラリックじゃありません、とこたえる。それから私が壁の絵に

目を移してじっと見ていると、それはそのころまだ美大の学生さんだった人が

渋谷の駅前に毎日サックスを吹きにやってくる名もなきミュージシャンを見て、

自分も同じように毎日その場所に通って描いた絵なんですよと教えてくれた。

それがあんまりよくて気に入ったので、銀座でジクレプリントをやってくれる店

に頼んで限定枚数で刷ってもらったものなんです、というから、思わず「ジクレ

ですか?」と聞き返してしまった。ちょうどたったいま、娘とバーニー・フューク

スの絵の横に『ジクレ』と書いてあるのを見て、ジクレってなんだろうね、リトグ

ラフとどう違うのかな、と話したばかりだったからだ。そのご婦人いわく、ジクレ

プリントとはフランスで開発された最新の印刷技法なのだそうだ。

外はひどい雨で、もう夕方だったから私たち以外店に入って来るものは誰も

おらず、そんなこんなの話から店主は私たちに「まあ、そこにお座りなさいよ」

と目の前のスツールをすすめた。そして私に「あなたは絵をお描きになるの」

と聞くので、「いいえ、私は絵は描きませんが、絵ならこの人が描きます」と娘

のほうを見ると、彼女はこんどは娘に向かって「まあ、そうなの。あなたはどん

な絵を描くのかしら。見たいわ」と、おっとりした口調でいった。そして、「そうだ

わ」といったかと思うと、立ち上がって展覧会の案内の葉書を持ってきて「もし

これの後期に間に合うようだったら作品を出してみない?」といったのだった。

その展覧会はもとは和歌の歌会始めのイベントであったのが、年々、短歌を

詠める人が減ってきて、最近は歌や書じゃなくても、絵でもいいことになった

のだそうで、毎年ギャラリーから出された『お題』をもとに、下は3歳の子ども

から参加費さえ払えば基本は誰でも参加できる展覧会なのだという。

今年のお題は『本』。素敵なお題だと思う。

たまたま陶器のひつじを買いに入っただけの店で、あまりに思いがけない話

をされてわくわくしたのは母親のほうで、私に絵が描けるものならその場で参

加を表明してきたかったところだけれど、例によって超奥手の娘がどう思って

いるかは想像の外だった。なんたってうちの娘はおとなしいうえに頑固ときて

るから親が強要するのは論外として、でもこれって縁だと思うよ、とだけ帰り

の電車の中で話した。

陶のひつじは今年84になるひつじ年生まれの父にちなんで、ひとつは妹に

あげるつもりで買ったのだけれど、家に帰って包みをあけると、私たちはひつ

じの顔ばかり見て後ろ姿は見ていなかったようで、あろうことか片方のシッポ

が折れていた。包みの中にも破片がないことから、どうやら最初から折れて

いたものらしい。取り替えてくれなかったらくれなかったでいいやと思いながら

翌日ギャラリーに電話してみると、件の店主はこころよく取り替えてくれるとい

う。「あなた、展覧会を見にいらっしゃいよ。ひつじはご自分で選んだほうがい

いわよ」とおっしゃるので、ますます行かないわけにはいかなくなった。

超スローな娘はといえば、いっこうに参加する気配もなくのらりくらりしていて

聞けば「やっぱり出さない」というから、ああ、そうですかと思っていたら、期限

ぎりぎりになってやっぱり出すという。もうそれから二人であわてて世界堂に

行って額を探して、さんざん待たされてマットを切ってもらったり、もうなんのか

んのと世話がかかることといったら・・・・・・。

それで昨日ほぼ丸一日、そして今日の4時までかかって描きあげた小さな絵

を、搬入期限ぎりぎりの今朝になって届けに行ってきた。

そこで初めて目にした絵は、娘にしてはめずらしく暗い色調の孤独な感じの

するタイトな絵で、見るなり、ああ、海辺のカフカ(を自分なりに解釈した絵)か

と思った。ちょうど去年の暮れに見た海のように湾曲した入り江に島影、空は

夜の群青いろで、浜には背の高い書架と脚立がシンボリックに並んでいる。

私がそういうと娘は意外そうな顔をして「そういわれればたしかに・・・」といった

から、実際はそうではなかったらしい。自分では「ここは月かな」と思いながら

描いていたという。絵を描く人の頭の中はわかりません。

ともあれ絵が期限に間にあってほっとしたのと、長いこと娘の前にあった漬物

石みたいに重たい石がこれでなくなったような気がして、爽やかな気分で朝の

渋谷の街を歩いた。

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生クリームをペタペタ塗ったようなかわいい陶の羊は、

渋谷区松濤のGALLERY6さんで。

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2015年1月12日 (月)

琺瑯バットでプリンを作った。

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まとまった休みがあると、いつもとは違うことがしたくなっちゃうのが常です。

それで去年の暮れに、Amazonで猫と文鳥のカレンダーをオーダーしたついで

に買ったのがこの本、『ホーローバットで作る うちのお菓子』。

単純に、できるだけ調理用具やお菓子の型を増やしたくないので、琺瑯バット

ひとつでいろいろなお菓子が作れたらいいなあ、と思ったのです。

でも、暮れ・お正月はまたたく間に過ぎ、この本は眺めただけ。

それにネット通販のネックは1枚1080円の琺瑯バットを買うのに送料がその

半分以上もかかっちゃうことで、それじゃつまんないからどこかで見つけたら

買おうと思っていたら金曜の夜、いつものレジュで友達と会ったあとにグリー

ティングカードがほしくてたまたま寄ったスパイラルマーケットで見つけて買っ

てきた。この本のレシピで使われている、野田琺瑯のキャビネ版のホーロー

バット。折しもタイムリーに三連休の前。

それで道具がそろったらやりたくなってしまうのはとうぜんのことで、昨日の

夕方、夕飯の買いものに行く前にどうしても表紙のプリンが作りたくなってし

まって、そんな時間にもかかわらずはじめてしまった。

そうそう、このあいだレジュで男友達に「プリン好き?」と聞いたら「いや、べ

つに。とくには」とそっけなくいわれたけれど、プリン、というのもどうでもいい

人にはどうでもいいし、好きな人は妙に好きな食べものですね。

私はプリンには鮮烈な思い出がふたつあって、ひとつは小学生のころ。

昭和の子どもはみんな食べたんじゃないかと思うけど、母が家で作るインス

タントの『ママプリン』。私の母が作るのはふつうに型に流して冷蔵庫で固め

たのをお皿に出しただけだったけど、友達の家に行くとプリンの上に生クリー

ムがちょんと絞ってあって、そこに赤いさくらんぼがのってた。家に帰って、

友達のうちのプリンはこうだったよ、と母にいうと、母は「うちは貧乏なんです

から」といった。母のいつもの決め台詞。

そしてもうひとつは、初めて子どもを産んだ病院で、1週間入院しているあい

だに2回も手作りプリンが出てきて、それがまたとってもおいしくて、ナースの

おばさんに「あなたはすごくラッキーだよ。ここの病院のプリンは名物なんだか

ら。それが2回も食べられるなんて」といわれたこと。あの甘さ、沁みましたね。

なんたって赤ちゃんが生まれる直前にあわや! という事態があって、なんと

か赤ちゃんは無事に生まれたものの、私は出血多量で重度の貧血で24時間

歩行禁をいい渡され、人生初の点滴に移動は車椅子、というありさまで。

おなじ部屋の女性たちが子どもを生み終えた解放感と歓びに湧くなか、点滴

につながれてベッドに寝たきりの私はマタニティーブルー寸前だったから。

だから、というわけじゃないけれど、記憶装置のどこかにあのプリンの形状と

カラメルのほろ苦さと甘さ、バニラの香りと食感がインプットされていて、ときど

き妙に食べたくなる。私にとってノスタルジー的食べものはいろいろあるけれ

ど、たぶんこれもそのひとつ。そしてそのノスタルジー的定義によるプリンは器

に入ったままでのではなくて型から出してお皿にのったのでないといけない。

最近流行りのとろける食感のじゃなくて、しっかりなめらかに固まってなくちゃ

だめ。カラメルシロップはほろ苦く、濃い色をしたのがたっぷり。

ちょうどこの本のレシピに載っているのがそれで、全卵2個に卵黄2個を使った

しっかりタイプ。

・・・・・・ で、焼きあがったプリンがこれです。

15pudding

端っこにちょっと亀裂が入ってるのは私がオーブンを開けるときにちょっと揺ら

しちゃったせいだと思う。そしてレシピ通りに作ったのにバットひとつに入りきら

なかったのは、バットぎりぎりにプリン液を流し込むと天板をオーブンに入れる

ときにこぼれてしまいそうだったから。さらにうちの非力なオーブンレンジでは

レシピ通りの時間では固まらず、5分ほど多く時間を要しました。

さて、お皿にあけてみます。

型のまわりにナイフを入れて・・・・・・

エイヤっと。

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う~ん、プリン液をぎりぎりまで入れなかったせいで少々厚みが足りない。

スも入らずなめらかに焼けたのはいいけれど、残念、キャラメールソースを

火から上げるのが早すぎて色が薄かった。

息子いわく、豆腐みたい、だって。ふー!

めげずにこっちもお皿にのせてみましょう。

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とうぜんだけど、こっちもキャラメルが薄いね。

それから上の大きなプリンをお皿に切り分ける。

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食べてみたら、レシピより2回も多く濾したからか、すごくなめらか。

スも入ってなくて、とてもおいしい

豆腐、とかいってた息子も「これならいくらでも食べられる」とおっしゃる。

そんなに食べなくてよろしい。(カロリーオーバーになります。)

唯一、問題はカラメルのほろ苦さが足りなくて甘すぎることくらいですね。

でもバットにお湯を注いで湯せんでプリンを焼くとスも入らずきれいに焼けると

いうことがわかったから、これはまたリベンジしてみましょう。

ただ結論からいうと、わざわざホローバットでプリンを焼かなくてもいい。

さっきいったようにバットを天板にのせてオーブンに入れるときにこぼしそうに

なるし、だいいちバットからお皿にあけるのがすごく大変!

キャラメルソースはまわりに飛び散るし。

・・・・・・ というわけで、この次プリンを作るときは、小さな型にいれたのをこの

琺瑯バットにのせて、湯せんして焼くことにします。

プリンはこういうことになったけど、でもこの本にはまだまだ作ってみたいレシ

ピがいっぱい。

しばらく楽しく遊べそうです(^-^)

ちなみにプリンの黒いつぶつぶはバニラビーンズ。

レシピではバニラ棒を使うことになってるけど、バニラ棒って高いし一度で使

い切らないので、とくべつなとき以外は私はこれを使っています。

バイラビーンズエッセンス。

ちゃんとバニラのつぶつぶも入るし、お手軽で便利。

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2015年1月11日 (日)

今年も極上の珈琲をいただきます。

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昨日とどいた土居珈琲の珈琲豆。

今年の初荷。いい匂い。

今回は開けるなりこんなかっこいいリーフレットが入ってました。

珈琲焙煎士の土居博司さん、渋いです。

白いシャツがよく似合う。

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ジャズバーのマスターも一風変わった頑固そうな人が多いけど、珈琲にこだわ

る人にもどこか相通じるところを感じます。

ジャズと珈琲もよく合うしね。

そして、誕生月にはいつも市場に出回らない希少な豆(ハニーツァルキー)が

プレゼントで同梱されてくるのだけれど、今月は土居博司さんのいつもながら

素晴らしい文章の新年の挨拶状と共に『コロンビア アソガートユニオン』とい

う銘柄の豆が同梱されてきた。「驚くほどの力強い甘い香りが楽しめる銘柄」

だそうです。うれしい。珈琲好きには何よりの贈りもの。

珈琲豆の高騰だけにとどまらず、梱包資材、ガス光熱費、宅配料、全てにおい

てコストが高騰しているなか、これってなかなかできることじゃないです。

15doi_coffee_02

・・・・・・ というわけで、今年もさっそく極上の珈琲をいただきます。

キッチンで珈琲をハンドドリップしたあとは部屋中が珈琲のいい匂いでいっぱ

いになって、珈琲専門店の中にいるみたいです。

これだけおいしい珈琲を家で飲んでると、あんまり外で珈琲を飲もうって気に

ならない。日常的にはおいしいチョコレートのひとかけもあったらそれで至福。

(ピープルツリーのチョコはオレンジがいちばん好きです。)

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土居珈琲さん、いつもおいしい珈琲をありがとうございます。

感謝!

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鏡開き

15osonae_mochi

本日、鏡開き。

といっても笑っちゃいけねえ、うちのはこんなミニサイズです。

これは自然食品屋さんで買ったムソーの鏡餅。

3人だとこれだけじゃ足りないので玄米まる餅もひとつ足して、ひとくちサイズ

に切ったのを網で焼く。

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この、お餅を網で焼くって行為が好きです。

お餅がだんだんふくれていろんな形になるのを見てるのは楽しい。

昔、実家には火鉢があって、お正月にお餅を焼くのは子どもの私の役目でし

た。お正月、いちばん暇なのは子どもだから。

あのころからお餅を焼くのは好きだったな。

なんたって昔はいまほど部屋の中が暖かくなかったから、温かい火鉢のそば

にずっといられるのはよかった。

母にはさんざん焦がさないように注意されたけど、私はちょっと焦げてるくらい

のが芳ばしくて好きです。

昨日のうちに煮ておいた小豆と。

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今年も無病息災を願って、感謝していただきます。

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2015年1月10日 (土)

栗のカッティングボード

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毎年、あたらしい年のために何かしらあたらしいものを買います。

去年はキッステーブルさんで買った湯山良史さんのランチトレーだった。

受注生産の手作りで、オーダーからひと月以上待ってやっと届いたもの。

たくさんの木工作家さんの作品を見くらべて、考えに考えて買った超お気に

入り。一年間、ほぼ毎日のように使って買ったときよりずいぶん木の色が濃

くなってきました。手づくりはこんな経年変化もまたいいところ。

15lunch_tray

買うときにエイヤっと決断がいるものもあるけど、いいものを買って長く大事

に使いつづけるのは得意中の得意だし、家具にしても食器にしても服にして

も、我が家はそんなものばかりです。何より自分が好きで選んだものはどれ

だけ使っていても飽きないし、使うたびにここちよい。

今年のブランニューはこれ!

栗のカッティングボード。

なんたって木が好きで、とくにクルミや栗の木が大好きだから、栗の木のカ

ッティングボードと聞いただけでほしくなってしまう。

この静かで美しい木目。

いかにも国産の木らしいです。

いままで使っていたオリーブのカッティングボードよりひとまわり大きいから、

大きなパンも余裕で切れる。それに大きさの割にはとっても軽い。

タグの裏に書いてあったけど、栗の木は一年使うと『繰り越し』が良くなると

いわれて、縁起が良いとされているそうです。新年にぴったり。

届いてすぐにブッチャーブロックコンディショナーでオイルコートし、革ひもを

付けました。

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今日はじめて、くころカフェさんのミニ食パンを切ってみた。

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というわけで、今日のブランチは、昨日そら屋さんで買ったかぼちゃを皮ごと

使ったから、かぼちゃなのに緑のポタージュと。

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あたらしい気とともにいただきました。

本日、初泳ぎ。

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2015年1月 8日 (木)

炊き込みごはんとふろふき大根

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うちのひとたちはなぜだか知らないけどシイタケ嫌いです。

でも筑前煮はともかく、お雑煮にシイタケは入ってたほうが絶対いいから、

今年はつくる私の特権で入れさせていただいた。ただし、控えめに。

それで余っていたシイタケで昨日、夕飯に久しぶりに五目炊き込みごはん

を作ってみたら、これがまたおいしい。なかに入れた具は鶏肉、シイタケ、

にんじん、タケノコ、油揚げです。炊き立てはもう釜飯みたいだった。

これならどうだ、といわんばかりに出したら、やっぱりこれくらいなら全然

OKみたいです。みんな、おいしいおいしいといって食べてました。

やっぱりお雑煮と五目ごはんと茶わん蒸しとシューマイには、シイタケは

必須だよ。でもって炊き込みごはんはやっぱり白米のほうがおいしいです。

さらにお正月のお雑煮用に買った大きな大根が半分以上残っていたので

これまた久しぶりにふろふき大根を作った。

煮た大根も男の人は嫌いな人は嫌いですね。

私は好きだけど。

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厚く切った大根の皮を厚めにむいて面取りし、米のとぎ汁で透き通るまで

下ゆでしてから、薄味のだし汁でことことやわらかくなるまで煮て、特製の

味噌をのせてできあがり。お味噌はほんとはもっと色が薄くて甘めの味噌

のほうが合うのだけれど、家にあるのは私が作ったヒマラヤ岩塩を使った

色の濃い玄米味噌なので、それに適当な分量の酒、みりん、お酢、きび砂

糖少々にピーナツバター、すりごまをたっぷり入れて、フードプロセッサー

でガーッとなめらかになるまで撹拌して作ったのをのせた。いたって簡単。

ゆずがあったら味噌に果汁を混ぜて、最後に薄切りにした皮をのせると風

味豊かでよいけれど、ゆずがまた子供たちが嫌いなんだな。

ちょっと作るつもりがいっぱいできちゃったけど、このお味噌は湯豆腐にの

せてもいいし味噌田楽にも使える。

こういうのって、いわゆる『おふくろの味』系だと思うけれど、こういうごはん

が私はいちばんほっとするのです。とくに冬は。

それに温まる。

昨日夕飯にたくさん作った残りを今日の昼に食べて、こういうごはんを昼に

食べちゃうと夜はやっぱりまたパスタとかになっちゃうわけですが。

こんな日のおやつは、ナチュラルハウスでみつけて思わず買った昔懐かし

盛岡のくるみゆべしと三年番茶。

ああ、日本人に生まれてよかった。

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2015年1月 7日 (水)

雨の渋谷で

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あれはまだ秋のことだったから、すこし、というよりずいぶん前のことになる

けれど、代官山で開かれていたバーニー・フュークス展に行ってきた。

例によってバーニー・フュークスのことは毎週ほぼ欠かさず見ている『美の

巨人たち』で知り、娘とともに激しく魅せられた。それで、娘も私も彼の画集

がほしくてネットの中をさんざん探したけれど、残念ながら一冊も見つける

ことができなかった。そうしてしばらくが過ぎ、何かの折りに私が思い出して

ふたたび検索したら、たまたま会期終了間際の展覧会を見つけて娘とあわ

てて駆けつけたのだった。

そのときのことは機会があったらまた書くとして、はじめて目にしたバーニー

フュークスの絵は素晴らしかった。人が人生で目にする何気ない、でも限り

なく美しい瞬間を、彼独特の光の描き方と豊かな(自然でありながらきわめ

てセンスのよい)色彩で見事に捉え、まるで見る者をいまその場にいるかの

ように思わせてしまう。展覧会はいわゆる画商が開いたもので、リトグラフな

どの多くの絵は販売されていて、ふだん滅多に絵をほしいと思うことはない

私でも、そのときばかりはもし買えるものなら一枚買いたいくらいだった。

そこではその展覧会を機に作られた画集も販売されていて(それは5千円

以上もする画集だったのだけれど)、帰りに娘が買おうとするとすでに会期

終了間際で完売してしまっていて、予約を受けつけているということだった。

いつもだとそこまでして娘が買うのはめずらしいことだけれど、貴重なもの

だけにどうしてもほしかったのだろう、予約して帰った。

それがずいぶん後になって届いて、それからさらに後になってアンコール

展のようなものが暮れからお正月のわずかな時間にかけてBunkamuraの

ギャラリーで行われるというフライヤーが届いた。暮れからお正月なんて

もっとも街なかに出かけない時期ではあったけれど、届いたフライヤーの

絵が見たことのない素敵な絵だったせいで、またしても娘と連れ立って出

かけることになった。

前回は代官山ヒルサイドテラスの外光の入る緑豊かなロケーションのギャ

ラリーで、今回はBunkamura1階の照明が明るすぎるくらい明るいギャラリ

ーだったから前回の見え方のほうがずっと自然でよかったけれど、今回は

じめて目にする絵も何点かあって、前回よりずっと空いていたせいで絵に

近寄ってタッチまで眺めることができたから、結果的には行ってよかった。

バーニー・フュークスの絵の最大の魅力を一言でいうなら、光と色。

そして自然でありながら巧みな構図のせいで、いま自分が実際に描かれ

た絵の現場にいて、その光景を見ているような気持ちになること。人物に

しても風景にしても、それを前にしてバーニー・フュークスが感じていたで

あろう心情や感情が絵から滲み出ていて、絵を見ながらまるでそれを共

有しているかのような気分になれる。つまり絵の世界と自分がいる世界が

分断されていないから、見る者は非常にインティメートな気持ちを引き起こ

されてしまうのだということ。

いつでも絵は自分に向かって開かれている。

そういう、あたたかい絵。

それでたぶん、ほしくなってしまうんだと思う。

その絵の一瞬の美しい光のなかに、そのままずっととどまっていたくて。

それはとりもなおさず、バーニー・フュークスのオープンでヒューマンな人柄

によるものなんだろうと思う。

バーニー・フュークスについてはまたいつか書きたい。

でも、いつものことながらネット上にはすでに詳細な写真付きで書かれた記

事がたくさんあるから、私が書かなくてもいいかもしれない。

小さな展覧会だから一枚ずつじっと見ていた(娘は眼鏡をかけて見ていた)

といってもそんなに長い時間じゃなかった。家を出るのが遅かったから見終

わるころには1時半を過ぎていて、お昼はほんとは渋谷の新南口の近くに

あるというオーガニック・レストランに行くつもりだったけれど、Bunkamuraを

出たとたんに大粒の雨がぱたぱたと降りはじめたので、走って駆け込める

ガレットの店に入った。

ガレットリアのgのマークが入ったウォーターグラス。

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そして交差点を眺める大きな窓の前に座ると雨の渋谷の街を彩る光の粒子

が目に入ってきて、いま見たばかりのバーニー・フュークスの絵とだぶった。

傘をさすやんちゃそうな小さな男の子ふたりと若い母親がふたり、横断歩道

を渡ってきて目の前で立ち止まったので、私に絵が描けたらこれをどんなふ

うに描くかな、なんてことを頭の中で思い描いた。それからひとしきり、絵を描

けるということがどんなに素晴らしいことかを娘に話した。

本日のガレット。

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前はここで生に近い半熟卵入りのガレットを食べてお腹をやられてしまった

私だから、今回は卵なしのを選んだ。

ダイスカットのビーツとクレソン、くるみにオレンジピールがのってハチミツが

かかったゴルゴンゾーラチーズ入りのガレットは、いろんなテイストが複雑に

混じりあった大人の味だった。すごくおいしかった。ガレットは卵なしに限る。

ガレットの後に娘とシェアしたデザートクレープは塩バターキャラメル。

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ガレットのランチって高いからふだん自分ひとりだったらパスなんだけど、

娘とたまに出かけたときくらいはいいかな、というのと、このときは雨で、

店のなかにはカフェ・アプレミディなフレンチポップスがかかっていて、雨も

こんなふうに都会でのんびり眺めるぶんにはラックスできていいな、なんて

思った。こういう時間、若いときにはいくらでもあったような気がするけれど

いまはもう贅沢としかいいようがなくなってしまいました。

実はこの後、行きに見つけた今年の干支の陶のひつじを買いに入ったギャ

ラリーショップで『ジクレ』をキーワードにちょっと素敵な出会いがあった。

とにかく何をするにもスローで超消極的な娘のことだからどうなるかはわか

らないけれど、それにまつわる話はまたべつの機会に。

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2015年1月 6日 (火)

ユキイロ

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風の吹き荒れる火曜。

キッチンの窓辺に置いた白のスカビオーサが小刻みにふるえて、

これってまさしくユキイロだな、って思う。

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2015年1月 5日 (月)

ヒヤシンスが咲きだした!

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いつかの寒い夕方、帰り際に「春を!」といって、あのひとがくれた

ヒヤシンスが咲きはじめた。

春のあまい香り。

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2015年1月 4日 (日)

玄米餅ぜんざい

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日本の休日なんて、あっという間に終わってしまう。

休日最後の今日は例年のごとく、小豆をことこと煮てざんざいを作った。

これもいつも書いていることながら、私はぜんざいとお汁粉の中間くらいの

濃さが好き。小豆がまだかたちを残してさらっとしているくらいが好きだ。

入れたのは玄米丸餅。

焼き網でぽんぽこりんにふくれるまで焼いて、ちょっと焦げたくらいが芳ばし

くておいしい。

この玄米丸餅はおいしいけど、お餅好きの私としてはちょっとしか入ってな

いのが難、とか思っていたけれど、やっぱり私も歳なのかなあ。いつもは冬

のあいだに1キロ入りの切り餅パックを2袋は買うのに、今年はお餅はもう

いいや、なんて思っている。

でも今月11日は鏡開きだから、きっとまたぜんざいは作ると思うけど。

甘いものをたべたらしょっぱいものが食べたくなる、というわけで、ほのかに

ゆずの香りがする白菜の漬物と。

本日の遅いおやつ。

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2015年1月 3日 (土)

三が日に

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今日は朝からすっきり快晴。

気持ちのよい青空が広がった。

二日に行けなかったので今日になって実家にお年始の挨拶に出かける。

たしか去年もそうだったけど、電車を降りたあたりで娘が「おみくじ引いてか

ない?」というので、駅降りてすぐの八幡神社に寄ってみるけど、もう三が日

だというのに長蛇の列なのであきらめてまっすぐ実家に向かう。

新年ということでいちおうみんなでお屠蘇などいただき、妹が用意してくれた

お節をいただく。今年は自分の家でほとんどお節を食べなかったから、いつ

もの黒豆もなますも田作りもちょっと新鮮。お節なんて、人の家でちょっと食

べるくらいでちょうどいいのかも、なんて横着なことを考える。それにしても

私はふだんよく煮物を作るし好きなのに、お正月の筑前煮はとっても苦手。

大きなにんじん、タケノコに、丸のままの甘いシイタケ。冷たくなった里芋が

重箱に詰まってるのなんて悪いけどぜんぜん食べる気にならない。煮物は

やっぱり温かいのがいい。

そしてふだん、どれだけ人と口をきかないのかと思うけれど、父は私たちを

前にここぞとばかりに休みなく喋りまくる。といって、話題はぜんぶあわせて

も5つくらいしかないから、1からはじまって5までいったらまた1に戻る、と

いったふうで、半日もおなじ話を延々と聞かされてるといささかうんざりして

くる。驚くのは本人にはおなじ話を何度もしているという認識がまったくない

ことで(もっともそんな認識があったらおなじ話を何度もすることはないだろ

うけど)、そんなことを父にいおうものなら真っ向から否定されてしまう。

いつものことながら、やっぱりそうとうボケてるんだなあ、と思う。

でも今日の勝因は行くなりうるさく鳴っていたTVを消してしまったこと。

それでほかに注意を移すものがなくなって、ひたすら喋りつづける父の毎

度の話に、うちの娘が我慢強く気長に相槌を打ちつづけていたものだから

父はすっかりご機嫌だった。

まったく草葉の陰で母は何を思っていたことだろう。

とりあえず父の機嫌さえよければそれでよし、だから、平和な年の幕開け。

「目標は次のオリンピックまで長生きすること」といったら、かかりつけの医

者から「それはずいぶん壮大な目標ですね」といわれたといっていたけれど

父が望むならかないますように、と心から思う。

とはいえ世の中はとかく長寿を寿ぐけれど、母とおなじで子供のころから長

生き願望がまったくない私としては、行きと帰りに母の仏壇にお線香をあげ

ながら、先に行ったもん勝ちだね、なんて思う。

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野菜たっぷりブランチ

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年末は忙しさにかまけてついうっかりいつもは口にしないカップ麺やインスタ

ント食品、ジャンクフードなどを食べて調子を崩し、お正月はお節やお雑煮で

常に過食傾向になり、2月は娘のバースデー・ケーキを皮切りにバレンタイン

で巷にあふれるチョコレートを食べ過ぎて胃をやられて肌が荒れる、というの

がここ数年の我が家の定番だけに、今年はなんとかそれは避けたいところ。

とかく年末年始は野菜不足になりがちだけど、今年は暮れにお腹を壊したの

がいい経験になって、早々に身体が野菜を欲したらしい。とにかく野菜をたっ

ぷり食べたくて、今朝の朝ごはんは野菜のバーニャカウダ。

これだと温野菜も生野菜もあわせてたっぷり食べられる。

いつものごとく、50度洗いしてからゆでたり切ったりした野菜は生き生きと色

鮮やかで甘みも増してほんとにおいしい。

これは昨日買いものしたデパートの地下で、カルディ・オリジナルの温めるだ

けのバーニャカウダソースを見つけての発想だけど、でもね、このソース、最

初はおいしいと思って食べてたのだけれど、最後のほうになったらニンニクが

鼻にツンと抜けるくらい辛くなって、ちょっとまいりました。

作るのにものすごく時間と手間がかかるというだけあって、いつか親友の旦

那さんが作ってくれたバーニャカウダ・ソースはほんとに絶品だった。あれと

同じものを作るのは無理としても、おいしいものを食べたいと思ったらやっぱ

り手間ひま惜しまず自分で作るしかないのかなあ、と思う。

ともあれ、野菜をおいしくたっぷり食べられました。

バーニャカウダは冬のごちそう。

夕飯は炭水化物はあまり食べずにお酒を飲む、という人だったら、パンはな

しにして、これにソーセージかシュリンプを加えたらじゅうぶんおなかいっぱい

になると思う。

私のおすすめは、イナウディ バーニャカウダソース

お好みで生クリームを混ぜて食べる。

これはクリーミーで、そんなにお魚臭くなくて上品な味でとってもおいしい。

お試しあれ!

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2015年1月 2日 (金)

正月二日

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昨日は部屋の中があまりに暗くて撮れなかった。

元旦と今朝、二日続けて食べて大きなお鍋いっぱい作ったお雑煮もこれで

おしまい。毎年変わり映えのしないお雑煮ながら、自分で作ったお雑煮が

いちばんおいしい。

昨日は大晦日の夜まで仕事だった娘がアルバイト先からもらってきたお節

なんかもちょこっとあって、見た目の体裁こそよかったけれど、できあいの

お節って味が濃くて何を食べても甘すぎて、お腹をやられていた暮れにお

節をまったく作りたくない、買いたくなくなった理由ってこれだった、と思い出

した。だしを効かせ、素材の味が際立ったすっきりしたお節を作ろうと思った

らやっぱり家で作るのが一番だし、健康な舌がないと無理だと思う。

今年のお雑煮は自然食品屋さんで買った玄米のつぶつぶ感の残る玄米餅

を、焼き網でゆっくり芳ばしく焼いて入れた。我が家では白い餅よりもっぱら

この玄米餅が好評で、それほどお餅が好きではない息子は玄米餅を初めて

食べたとき、なんておいしいお餅なんだろう! と思ったとか。

昨日が丸餅で、今日は四角に切ったの。

焼き餅をふたつ入れたらずっしり重くて、これだけでお腹いっぱいになった。

いつもだと今日は実家に行くのが毎年恒例のことなのだけれど、今年は正

月2日から娘がアルバイトなので、その前に電車で行ける最も近くのデパー

トまで二人で買いだしに行った。久しぶりに朝食に新鮮な生野菜をたっぷり

食べたくて。行って驚いたのはデパートの食料品売り場がものすごく混んで

いたことで、これから新年の挨拶回りのお土産を買う人ばかりじゃなくて、

福袋目当ての人が多かったこと。

いったいいつから食料品店まで福袋をやるようになったんだろう。

今年は伊勢丹で予約しなかったから、どこかでガレット・デ・ロワが売ってな

いかとスウィーツ売り場を一巡してみたけれど、なかったのでFLOでモンブラ

ンタルトを買って帰り、朝飲まずに出かけた珈琲をいれて娘がアルバイトに

行くまでの時間、しばしコーヒー・タイム。

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今日は山盛り一皿1080円の辛子明太子も買ってきた。

甘いものを食べながら、炊き立てアツアツの白いごはんにたっぷりの辛子明

太子、それに千切りにした長芋に刻み海苔を散らしてわさび醤油をかけたの

と、ほうれん草に豆腐の味噌汁、なんて超シンプルな夕飯が何よりのご馳走

に思われて、なんだか楽しみだったりするのです。

今日も寒かったけれど昼前あたりから晴れてきて、買いだしを終えて帰るころ

にはすっかり晴天。かつてテニスコートだった近くの公園では親子で凧上げを

する人たちが見られて、冬の陽に輝く草の上の走り回る小さな子どもの姿が

平和なお正月っぽくてよかった。

娘が出かけたあと、私はちんたら珈琲を飲みながら夕方まで読みかけの本を

読んで過ごした。

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2015年1月 1日 (木)

お正月の花

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コトリ花店さんで買ったお正月の花です。

個性的な菊の『ココア』を中心に、五葉松、南天、ピンクのカラー、葉牡丹、

スノードロップ、紫の葉牡丹に白のスカビオーサ。

花をお願いするとき「花瓶の口はどれくらい?」と聞かれて、「これくらい」と

手でまるを作って見せたら「それじゃそんなに入らないね」といわれただけ

あって、花束で受けとったときは大きいと感じた花も、家の花瓶に活けてみ

るとちょうどぴったり。さすがお花屋さん。

こうして見ると花のゴージャスさにくらべていつも使っているガラスの花瓶は

カジュアルすぎてバランスがあんまりよくない。お花をライフワークのひとつ

にしているYちゃんならもっと素敵に活けるんだろうな。

昔、焼き物屋のショップでさんざん扱っていたのだからこんなときのために

美しい青磁の壺のひとつでもあったらよかったのだけれど、まあ、そこはご

愛嬌ってことで。いずれ西洋かぶれの私のことですから。

おなじく、というか、私なんかよりもっと西洋かぶれのコトリさんのおかげで

最近、菊の良さを再認識している私です。

若かったころは池田重子に憧れて、50を過ぎたら日常的に着物を着る生活

がしたい、なんて思った私でしたが、浅はかにして大いなる幻想でした。

バルテュス夫人じゃあるまいしね。

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(愛嬌、といえばこの五葉松がなんだか笑える。このちょっとしたハズし方

がコトリさんぽくて好きです。え、ハズシテない? 新年からごめんなさい。)

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A HAPPY NEW YEAR ☆ 2015

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やっほう! あたらしい年。ひつじの年。

昨夜は日付けが新年に変わる直前に地震がきて、新年になったとたんに

暴風が吹き荒れ、今朝は風花の舞う寒くて暗い朝だけど、2015年今年が

ひつじのように穏やかでやさしく、ハートウォーミングな年になりますように!

羊男、じゃなくて年男の父が今年も一年、元気に楽しく生きられますように。

どこにいてもあなたの健康としあわせを心から祈ります。

ハレルヤ!

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