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2014年12月16日 (火)

宝ものの部屋 ~ 本に恋して ~

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土曜日のプールのあと、ロバさんに連れられてついに絵本の図書室に行って

きた。明るい南向きのアップライトピアノのある部屋。どうやらロバさんだけじゃ

なく、息子さんもピアノを弾くらしい。

いくつも本棚が置かれた小さな部屋は、まさしく絵本の図書室だった。

私が酒井駒子が好きだからと、手前の可動式の小さなキャビネットには酒井

駒子の本ばかりを並べてくれていた。

そこでロバさんにいれてもらったコーヒーを飲みながら、お菓子を食べながら

そして絵本を眺めながら、いろいろなお喋りをした。

その話の途中でロバさんが「伊勢英子って知ってる?」と聞いた。

「知らない」と私が答えると、「あら、そう。ほんとに素敵な作家なのよ。私はこ

の一冊でハマってしまったの」といって、本棚から一冊の絵本をとって私に差

し出した。

ルリユールおじさん。

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そしてページを繰ったとたんに、たちまち私も魅了されてしまった。

パリの一角、少し離れて建つアパルトマンの緑あふれるバルコニーで、そ

れぞれはじまったばかりの朝をすごす、少女と老人を俯瞰したファースト

ショット。次の瞬間、パラパラと帳合いが外れて床に落ちる少女の本。

本屋に行けば同じ本はいくらでも売ってるけれど、ぼろぼろになるまで読

んだ大好きな自分の本をもとどおりに直したい、とつよく思う少女。そんな

に大事な本ならルリユールのところに行ってごらん、という路上でアートを

売るおばさん。ルリユールとは、手仕事で本を作るフランスでは伝統的な

製本職人のことをいうのだ。それから少女は、ルリユールを探して街中を

走り回る。

時は冬、だ。

裸木が寒々しく冬空に枝をのばす、色を押さえたパリの街並みが美しい。

その街のなかを、ごく近くにいながら擦れ違ってゆく少女の軽やかな足と、

影法師のようなコートを着た老人のゆっくりと重い足どり。

その光景はまるで恋人たちのドラマのようだ。

でも二人が恋してるのは本なのだ。

そして二人はやっと出会う。

通りに向かって硝子窓のある、ルリユールのアトリエの前で。

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そこから先は自分で手にとって読んでほしいから書かないけれど、そんなお

話がセンスあるうつくしい水彩画とわずかな(でも、とても的確で自然でイマ

ジネーティブな)言葉で綴られている。

「わあ、これ、私もハマりそうだわ」といったら、ロバさんは「でしょう」といった。

そして次に見せてくれたのは、『旅する絵描き』という伊勢英子さんのエッセイ

だ。どうやらここに『ルリユールおじさん』誕生の秘密が書いてあるらしい。

家に帰って絵本を最後まで読んだらわかったけれど、これは実際の話をもと

に書いた絵本らしい。あとがきにこんなことが書いてあった。

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    ──── RELLIEUR、M氏に捧げる ────


        パリの一角。路地裏の小さな窓。

        窓の中で手作業をつづける老人。

      ちいさな灯りの下、規則正しく揺れる白髪。

             手には糸と針。

          かがられていく黄ばんだ本。

    窓辺に背を向けて並んだ、色や大きさの異なる本。

       真紅、緑、濃紺、黒、茶色の革表紙には

          金箔の文字とアラベスク装飾。

         色彩と光に凝縮された時の流れ。

    そこに奏でられているのは沈黙と記憶という言葉。

            窓ガラスのちいさな紙片に

             「RELLEUR - DOREUR」

                  そして

  「私はルリユール。いかなる商業的な本も売らない、買わない」



RELLIEURは、よーろっぱでは印刷技術が発明され、本の出版が容易にな

ってから発展した実用的な職業で、日本にこの文化はない。むしろ近年日

本では、「特別な一冊だけのために装飾する手工芸的芸術」としてアートの

ジャンルにみられている。出版業と製本業の兼業が、ながいこと法的に禁

止されていたフランスだからこそ成長した製本、装丁の手仕事だが、IT化、

機械化の時代に入り、パリでも製本の60工程すべてを手仕事でできる製

本職人はひとけたになった。


旅の途上の独りの絵描きを強く惹きつけたのは、「書物」という文化を未来

に向けてつなげようとする、最後のアルチザン(手職人)の強烈な矜持と情

熱だった。

居て仕事のひとつひとつをスケッチしたくて、パリにアパートを借り、何度も

路地裏の工房に通った。そして、気づかされる。

本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるものだと。


        旅がひとつの出会いで一変する。


                                   いせ ひでこ


( 理論社 いせ ひでこ作 「ルリユールおじさん」あとがきより )

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ドキドキするような、ヴィヴィッドな言葉。

それからロバさんは「ここは伊勢英子コーナーよ」という本棚から次々に素敵

な本を出して見せてくれた。大型絵本やエッセイ。

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それで、いつもプールの帰りはそうじゃなくても荷物が多いのに、その日はた

またま複数の方からいただきものをしたりしてロバさんの家に行くときからす

ごい荷物だったのに、ロバさんがこの本も貸してあげるから持って行きなさい

これもこれも ・・・ と次から次へと出してくれるので、それでもずいぶん減らし

てきたものの、自転車の前かごに載りきれないくらいの荷物になって帰りは

大変なことになった。

また、いつも思うことだけれど、通じる相手とは簡単に通じてしまう。

そして通じる相手とは年齢の差もまったく関係なく、敬語も必要なく話ができ

て、こちらがどういう人間で何が好きかを簡単に見抜かれてしまう。

ロバさんの出してくる本がみんな私の好きなタイプの本だったので、自転車

の前かごなんかに無造作に載せて大事な本が傷まないかと気になりつつも

借りてきてしまったのだった。

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帰り際、ロバさんは「今日はほんとうによかったわ。1年ぶりであなたがここ

に来てくれて。私ひとりで宝 ・・・、宝といってもこんなただの本だけど、でも

宝の持ち腐れになるところを見てくれる人がいてよかった」といった。

ロバさんはほんとうに本が好きな人なのだ。

そして本を読む喜びを、自分だけじゃなく多くの人に惜しみなく分かちたいと

願うタイプの人なのだ。

まちがいなくここは私にとっては宝ものの部屋だった。

そして長いこと花屋以外、私には近所に知り合いも行けるところもなかった

けれど、最近、私にはあたらしい友達と行ける場所ができた。

材木屋さんとフォトグラファーとロバさんの図書室と。

一見、彼らにはなんのつながりもないようだけど、実は共通点がある。

それは書かない。

私だけが知っていればいいことだから。


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