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2014年10月 9日 (木)

手遅れといわれても

Le_petit_prince

手遅れってなんて嫌な言葉なんだろう。

経験したことがあるだけに、なおさら。

こどものとき、そんな言葉は知らなかったけれど、その感覚をリアルに感じた

のはサンテグジュペリの『星の王子さま』のなかでだ。


 「ぼくも、きょう、うちに帰るよ・・・・・・」

それから、かなしそうに ── 

  「でも、きみんとこより、もっともっと遠いところなんだ ・・・・・ もっともっと

 ほねがおれるんだ ・・・・・・」

王子さまがこういうのでは、その身の上に、なにか、なみたいていでない

ことが、もちあがっているにちがいないありません。でぼくは、赤んぼう

もだくように、しっかとだきしめていましたが、王子さまのからだは、どこか

の深い淵にまっさかさまにおちていって、ひきとめるにもひきとめられない

ような気がしました ・・・・・・

(岩波書店 『星の王子さま』 サン=テグジュペリ作 内藤 濯 訳 より )


そして、まさしくあのときがそれだった。

すごくこわかったな。

でも、もう、いいかげん、古いかなしみをトレースするのはやめよう。

人の気持ちには往々にしてそういうことがあるとして、でも少なくとも医者が

患者に向かって言うべき言葉ではないと思う。

たとえ、それ相当な状況であったとしても、最大限に想像力を働かせて、

医療における愛ってものを総動員して、ほかの言葉に置き換えて、そして

共に努力することを提示してほしい。

患者は患者で、この三次元空間における目に見えることだけで物事を決

めつけないでほしい。バイタルデータの数字なんて日々変わるし、たとえ

それが『骨』の問題だったとしても「何も変えられない」とどうしていえる?

この三次元空間では人の身体は物体のように思われているけど、この世

に存在する全てのものと同じように流動的なビット(素粒子)でできている

としたら、そこに可能性を見出そうとするのはただの幻想じゃないだろう。

むしろ簡単に「手遅れ」といってしまう側と、そういわれて納得していまの

状況をフィックスしたものと諦め、それ以上じぶんのポテンシャルに想像

力をはたらかせられなくなることのほうがよほど問題だと思う。

「手遅れ」といわれて、いったいどんな力が湧いてくるというの?

それで思わず私の口から出てきたのはサムデイだ。


 「手遅れ」と言われても

 口笛で答えていた あの頃

 誰にも従わず 

 傷の手当てもせず ただ

 時の流れに身をゆだねて


 いつかは誰でも 愛の謎が解けて

 ひとりきりじゃいられなくなる

 オー・ダーリン こんな気持ちに揺れてしまうのは

 君のせいかもしれないんだぜ

    ( 「SOMEDAY」より 作詞作曲 佐野元治 )


佐野元春はいまでもJ-POPで数少ない好きなミュージシャンの1人。

詩が書けて曲がつくれて歌えるって素敵だ。

そうだよ、信じる心をいつまでも、だよ。Mちゃん。


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