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2014年8月31日 (日)

家族、この厄介なもの

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昨日、深夜1時にやっと寝ようとしたところでそれは起きた。

些細なことで息子がキレて怒鳴りだしたのだ。

それから事が終息するまで、1時間半もかかった。

こういうことによる疲労やダメージって、そういうことをするのが父親であれ

母親であれ息子であれ娘であれ、経験したことのない人には到底わかって

もらえないと思う。いったい、そういうことをする人間とまったくしない人間で

はどういう違いがあるのか、知ることができるなら知りたいくらいだ。

最近、息子もずいぶん大人になって、こういういこともかなり減ってきたとは

いえ、こういうことがまるでない家からしたら雲泥の差だと思う。

ひところ『積み木崩し』なんて言葉が流行ったことがあったけれど、ひとたび

こういうことをしてしまえば、それまで苦労して積んだ日々も、関係も、一瞬

にして覆水盆に返らずになってしまうから。

これだから私は、花と音楽がなければやってこられなかった。ちょっとくらい

頭がパアじゃないと明るく生きてこられなかった。

わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。

でも、それももうどうでもいい。

このあいだも詩人のYさんと家族がいかに厄介で手間のかかるものか話した

ばかりだけれど、そういう意味で若いころはともかく、晩年になってからのボ

スがずっと孤独でいたのは可哀想のように思いつつも、同時に一生好き勝

手に自由に生きるためには当然のことだったろうとも思う。どのみち、ボスの

性格じゃ奥さんとなる相手がよっぽどできた人でもなければ続かなかっただ

ろうし、子供が成長してからは子供との間で常に諍いが絶えなかっただろう。

それはボスにしたって耐えられるもんじゃなかったろうし、そういう意味では

孤独死もしかたなかったかもしれない。

このブログもはじめたころとは徐々に自分のなかでの意味が変遷し、私にと

っては家族と過ごした濃密な日々の記録、という意味合いも強くなってきた。

実際、子供と話し合うことだけでも、どれだけ時間を費やしたかわからない。

家族については書かなかった(というより書けなかった)ことのほうが多いけ

れど、後でこれを読めばそのころの私たちがどんなふうに暮らしていたか思

い出すことができるくらいのものにはなったと思う。それが何の役に立つか

ということは別にして。

それからこのあいだは親友の女友達と『家族が家族でいられる時間はとて

も短い』という話をした。ドライで現実的で合理的な頭の母親ならともかく、

感受性の強い母親はこのあたりでも苦しむ。子供が放つ言葉はときにあま

りに冷酷すぎるから。

彼女とは、互いの子供がまだ小さかったころ、4人の子供を連れて夏の終

わりの海にも行ったし、クリスマスのころのディズニーランドにも行った、桜

の花びらが舞う井の頭公園でボートに乗ったこともあった。

おりしも私たちは懐かしい夏の光のなかにいて、私は「子供が小さかった

ころはそれはそれで大変だったけど、あのころは楽しかったね」といった。

「子供が小さいときっていうのは、そのころにしかない雰囲気があるね」と

彼女がいった。

でももうそれは返らない。

もちろん、昨日の諍いも今のこの時間も返らない。

私たちは等しく二度と返らない時間のなかに生きているけど、それを最も

強く感じながら生きているのは母親じゃないかと私は思う。

子供がその返らない時間について思うとき、それはもっともっと後、今の

自分くらいの年になったときなのかもしれない。

我儘な娘の不可解で理不尽な言動と行動に一日振り回された後、もとも

とアスリート時代に痛めた膝の半月板が劇的に悪化して、それから3日間

は歩けなかったと彼女はいった。そういうことの積み重ねが彼女をひどく

消耗させ、年とらせているのだと娘は気がつかないのだろうか。

昨日、私は息子と話しているあいだも横っ腹が痛くてたまらなかった。

夜中の2時半だというのに息子は「そんなに痛けりゃ救急外来に行ったら

いいじゃないか」といった。

それからやっと布団に入ったあとも、くの字になったままなかなか寝つけ

なかったから今日はまともな時間に起きられなかった。それで8月最後の

日曜に娘と予定していたことはオジャンになった。

8月もついに今日で終わりだ。明日から9月。

9月は現実的な月。

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2014年8月30日 (土)

8月最後のプール

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天気予報は外れた。

今日は晴れてよかった。

いつもなら第5週めの土曜日はプールはない日だけど、8月はスイミングク

ラブの夏休みがあったから、今月3回めにして最後のプール。

でも今日はアップで25を2本泳いだところで横っ腹がぎゅうっと締まる感じ

に痛くなってまいった。食事してからさほど間をあけないで泳いだのがまず

かったらしい。今日はこのまますぐにリタイアするしかないかと思いつつ、

結局お腹が痛いまま最後まで泳いでしまった。途中コーチに顔が赤いけど

だいじょうぶかと訊かれたけれど、水の中にいるのに痛みで熱が上がって

いたっぽい。自分でも最後までもったのが不思議なくらいだった。

夏のあいだ暑さで身体が消耗していたところに、今週急に気温が下がって

身体が冷えたせいで自律神経が乱れて消化機能のはたらきが悪くなって

いるのかもしれない。

今日の更衣室は昨日ニュースでやっていたデング熱と、少し前にやってい

たSFTSを媒介するマダニの話題でもちきりだった。

着替えてクラブを出ると、家を出るときには曇り空だったのが青空になって

いて、まだ雲は多いけど今日はこのまま降られなくてすみそうだ。

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遊歩道を走りはじめたら街路樹に生った木の実が目に入って思わず自転車

を降りて眺めた。

赤くなりはじめたツバキの実。

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これはマテバシイのどんぐりかなあ?

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忘れなかったら、この実がこの先どうなるか見てみよう。

じきに季節は収穫の季節。

今日はお腹の調子が良くなかったからあっさりしたものが食べたくて、遅い

お昼は長いもを擂ってとろろ蕎麦にした。

先日、やまかけ丼を作ってからハマっている長いも。

夏バテ予防のスタミナ食。

こういうのを家で作るようになっちゃうと、もう、とろろ蕎麦も外で食べなくて

いいや、なんて思ってしまう。

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2014年8月29日 (金)

緑のアナベル

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このあいだ広島があまりに大変なことになっているから心配になって友達に

メールしたら、呉に住んでいる彼は「こっちはだいじょうぶ」という言葉のあと

に「また近いうちに東京へ行こうと思ってるんだけど、次々にいろんなことが

起こってなかなか行けない」と書いてあって、それってすごくよくわかる、と

思った。

なぜって自分もまったく同じ状態だったから。

でも、タイミングっていつも何の前触れもなく突然くるみたいだよ。

だからそんなタイミングがきたら頭に少々寝癖がついてようが、パッキング

が完全に終わってなかろうが、家族に丁寧に書き置きを残す暇がなかろう

が、もう家を出るしかないんだ。

そして、そんなタイミングなら、たとえ少々何がどうでもそれはきっと正しい

タイミングなんだと思う。

今日、私にもやっとそれが来た。

来たら何も考えずに身体が動いた。

5ヶ月の間にはお互いいろいろあったと思うんだけど、そんなことにはまっ

たく関係なく、会ったらそのとたんに時間が回りはじめた。まるで、途中で

止めといたテープの続きがはじまったみたいに。

そういうところはきっと似た者同士なんだろう。

彼女はまったく無邪気そのものだった。

そういうところはもしかすると彼女の最大の美点かもしれない。

大変なものを抱えているのに、何も知らない人にはそういうふうには映ら

ない。

けっきょく手紙は書けなかった。

言葉できちんとはっきりさせたい、という気持ちと、言葉にならないものを

大切にしたい、という気持ちがせめぎあってけっきょく後者が勝ったから。

というより、5ヶ月経っていろんなことがどうでもよくなってしまったからだ。

最近の私の『どうでもいい』には悪い意味といい意味があるけれど、これ

はたぶん、いい意味で。

いつものように話しているあいだじゅう彼女はずっと手を動かしていたけ

れど、帰るときになってそれは私に作ってくれたものなのだとわかって驚

いた。それは前に彼女がInstagramにアップした写真で見て、いつか作っ

てもらおうと思っていたものだったから。

緑のアナベルのリース。

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ずっと昔に買ったヘルマン・ヘッセのこの本は、2人の友達のあいだをまわ

ってずいぶん痛んでる。

春に、久しぶりに手にとったら本の間に懐かしい友達の書き文字で短い手

紙がはさまってるのを見つけてそのことを思いだした。

そして昨日、手紙のかわりに友達にもらった秋色紫陽花の花びらを一枚は

さんで本棚に戻した。

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2014年8月25日 (月)

珈琲にあうお菓子

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このあいだレジュで会って珈琲を飲みながら延々3時間も話した詩人さんから

素敵な贈りものが届いた。

なにやらレトロなシールが貼られたお洒落なパッケージ。

中身はどうやらチョコレート菓子らしい。

もしかして私が無類のチョコホリックと知ってのこと?

チョコレートって珈琲に最高にあうんだもの、なんて気が利く贈りものなんでし

ょうか。さっそくお礼の電話をすると、元気に出てこられたYさん、たまたま横

浜まで出る機会があったので、先日私がさしあげた珈琲にあうお菓子がほし

いと思って横浜では有名な霧笛楼さんに寄って、ご自宅用に買う際に私にも

送ってくださったのだそう。レジュで珈琲をおかわりしたときもレジュ自家製の

生クリームを添えた濃厚なチョコレートケーキを食べておいしかったけれど、

後日こんな続きをくださるとはありがたいかぎり。

包装紙をあけると中の箱もレンガの模様で、これもいかにも横浜っぽい。

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なかには2つのお菓子が入っていて、ひとつは見るからに濃厚そうなフォンダ

ンショコラ。娘と「やったね!」といいながらさっそく濃い珈琲をいれていただき

ました。珈琲とチョコレートの組み合わせってほんとにあう。

とってもおいしかったです。

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そして、もうひとつはホワイトチョコレートにラズベリーのケーキ。

こちらはフォンダンショコラよりあっさりしていてフルーティーだから、

きっと紅茶やハーブティーにもあいそうな感じ。

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2日続けて家族と上等なおやつタイムを愉しみました。

これもボスが遺してくれた貴重なご縁。

いまごろ天の上ではボスはどんなふうに思っていることでしょう。

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2014年8月24日 (日)

アキオちゃん。

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うちの近所には『〇〇家具店』と看板こそ掲げているけれどほとんど物置きと

化している店があって、ところ狭しと家具が詰めこまれた店のガラス戸は常に

閉まったまま中には誰もいない。ガラス戸の前には小さな台が置かれていて

その上にはたいてい木の端材が入った木箱とお金を入れるための小箱が置

かれ、横にはビニール袋がぶらさがっていて、机の上の板切れには黒のマジ

ックで「工作用端材、袋に入れ放題で100円」と書いてある。

ある晴れた日の夕方、買いもの帰りに何気なく自転車をとめて、カトラリーを

作るのに適当な材料がないかと物色していたら、「何かいい材料はありまし

たか?」と快活な声がして、ふりむくと日に焼けたおじさんが立っていた。

彼は英語のロゴの入ったTシャツにキャップにGパン、という格好で、いかに

もいま現場から帰って来た職人、という感じだった。

「う~ん、残念ながらなさそうです」と私が手に持った木片を見ながらいうと、

「何に使うの?」と訊くので「木でスプーンやバターナイフを作ってるんですけ

ど」といったら「じゃあないね。そこにあるのはやわらかい杉ばっかりだから」

という。「ですよね」と私がいうと彼は箱の近くに来て「でもこれはケヤキだよ」

といって私に端材を渡した。「うん。匂いでわかりました。でもこれ順目じゃな

くて逆目だから彫りにくいの」というと、「順目って、木材の中でも取れるのは

たったこれだけなんだよ」と、近くにあった大きな木材を指で計るようにしなが

らいって、「だから順目だと値段が高くなるの。なんたってここにあるのは袋

に詰め放題で100円だからね。この大きさにカットする手間賃すら出ない」と

いった。

それを聞いて私は機を得た、と思った。

前にインターネットの端材屋さんで買ったハードメープルの木を持ってて、自

分で使えそうな小さなノコギリを買ってみたものの、とうていそれでは切れそ

うもなかったからだ。

「ものは相談なんですけど」と、私は切り出した。

「前に自分で買った端材があるんですけど、それを切ってもらうことはできませ

んか?」

「木は何?」

「ハードメープル」

「ハードメープルかあ。かなり硬いから、うちので切れるかな。厚いの?」

「いえ、バターナイフを作るために買ったからそんなに厚くない」

「じゃあ、切れるかもな。持って来てみてよ。ただし、すぐにはできないよ」

「切ってもらえるんだったらほんとに助かります。急いでないからいつでもいい

です」

「じゃあ、できるかわからないけど一応持ってきてみてよ。家は近く?」

「すぐそこの住宅です。持って行くって、どこに持ってけばいいの?」

「この奥で作業してるから裏に回って声かけてくれればいいよ。ただし、現場

に行ってていない日もあるけど」

・・・・・・ と、そんな会話をして「それじゃ、そのうち持ってきます!」といったら

「でも高いよ!」と彼がいったので、私は(げ・・・)と思いながら帰って来たの

だった。それが初夏のこと。

今日はめずらしく午前中に息子が泊りがけで出かけて、娘が3時にアルバイ

トに行ってしまうと私は1人になった。するとふだんあれほど1人になるのを

切望していたのになんだか手持無沙汰な気分になって、やりたいことはいろ

いろあるのにどれから着手していいかわからない。

とりあえず1本電話をしてからしばらくYouTubeでライブ音源を立て続けに何

本か聴いて、そうだ! と思い立ってハードメープルの端材をトートバッグに

入れて買いもの袋さげて家を出た。

休日の家具屋の台の上には何も載ってなくて、今日は誰もいないかなと思い

ながら裏に回ったら、三方に材木が立てかけられた工房みたいなところでマ

スクをした男の人が働いている。近寄ると、マスクを取った顔はいつかのおじ

さんだった。彼と話したのはもうずいぶん前だったから忘れられてしまったか

と思ったら、どうやら覚えていてくれたらしい。

「今日は木を持ってきました」と私がトートバッグから木材を出して見せると、

「おお、これはメープルだ」といった。「カナダ産のメープル」というから「さすが

木を見ただけでわかるんですね」といったら「日本産のはもっと目が詰んでる

からね。日本産のイタヤカエデ。知ってる?」と訊くので、聞いたことはあるけ

ど見たことはない、と私はいった。

フローリングの床には鉋屑がうずたかく積もっていて、「きれいだな」と私がい

うと、「それ持ってく人もいるよ。匂い嗅いでみな」というので嗅いでみると木

のいい匂いがした。「それはヒバだよ。人によってヒバの匂いが好きって人と

ヒノキが好きっていう人といるね。これはヒノキ」といってこんどは彼は下に

あった木材を「重たいよ、目が詰まってるから」といいながら私に渡した。

匂いを嗅ぐと温泉旅館のお風呂の匂いがした。

そんな会話をしつつ彼はハードメープルを持って機械の前まで行くと、何か

を見るなり「だめだ!」といった。「歯が違う。これじゃ切れない。今日はでき

ないや」といって私を見たので、私は「いますぐじゃなくてもいいです。今日は

持ってきただけだから」といった。

「じゃあ、ここに名前と電話番号を書いといて。できたら電話する」

そういいながら彼は私に鉛筆を渡した。

私は自分が持って行った木の裏に電話番号と名前をカナで書いた。

そのほうが読みやすいと思ったからカナで書いたのだけれど、彼が読み間違

えたので私が漢字をいうと、彼は私が書いた名前の下に漢字で新たに名前

を書いてから「5月生まれ?」と訊いた。「いえ、2月生まれ。私の名前は田ん

ぼに青々とした苗が揺れているのを見て、あの苗みたいに健康に育つように

って母がつけたつまらない名前なんです」といった。

すると彼は「でもこれはいい名前だよ。左右対称だから」というので、「それは

結婚してからの名字だけど、旧姓だと名字も名前もシンメトリーだったからも

っとよかったみたい」と私はいった。そして訊かれるままに旧姓をいうと、彼

は見事に父方の出身地をいい当てた。どうやら木を知るということは日本の

土地について、その土地に住む人について知ることと同じらしかった。

そんな話から、けっきょく私は離婚したことまで話すことになった。

「なら、いまは1人で気ままに木工をしてるんだね」なんておじさんがいうから

「まさか。子供もいるし、仕事もあるし、滅多に木工する暇なんてありません」

といったら、彼は「母子家庭か。うちとおんなじだな! うちのがいつもいって

るよ。うちはあんたが何もしてくれないから母子家庭とおんなじだって」という

ので、「そりゃ、全然話が違う、実際にこうやっているんだし、ちゃんと家族の

ために働いているんだから」と私はいった。

「子供は小さいの?」とさらに訊かれたので「いいえ、もう自立してもいいくら

いの子を2人も養ってから大変なんです」といったら「すごく若く見えるね! 

子供っていうからまだ中学生くらいの子供かと思ったよ」というので、例によ

って私は「パアだからじゃないですか?」といった。

開け放した工房の入り口近くには一斗缶に入れられた蚊取り線香が煙を上

げていて、夏の終わりの夕暮れにセンチメンタルな匂いを漂わせていた。

「でも、やることがあるのはいいよ」とおじさんがいった。

「うん、そうです。それに、木はいいです。木に触ってると落ち着くから」

「そうだよ。いつか先輩がもう年で仕事を辞めるっていうんで、アキオちゃん、

これぜんぶあげるよって、カンナやらなんやらみんな俺にくれちゃったんだけ

ど、この人だいじょうぶかな、いままで40年も木に触り続けてきたのにこんな

の俺にぜんぶくれちゃって、と思っていたら最近、俺が余った端材ここに溜め

ておくと、ときどき取りに来て、いろんなもの作ってるよ」

「ふ~ん、アキオちゃんっていうんですか?」

「そうだよ。俺だってもうすぐ60だよ! まだ働いてるけど」

とおじさんがいったので、おじさんこそ若いな、全然60前には見えない! 

といったのだった。

そして、もうすぐ60か。大体において、私の年でこの人をおじさん呼ばわりす

るってどうなんだろうな? と自分でいいながら思った。母によくいわれたけれ

ど、いったいいつまで私は若い気でいるんだろう?

「とにかくやっておくよ。できあがったら電話する!」

と彼がいったので、よろしくお願いします、といって私はそこを出た。

出てきてから、私はなんだかぽわんとした温かい気持ちで、

(やったね。これでまた行けるとこができた)と思った。

そんなふうに思う私はほんとうはさみしがり屋なんだろうか?

でも、なぜか若いときから私には自分はどこに行ってもたぶん、食いっぱぐれ

ることだけはないだろうな、という妙な自信があって、こんなときこそ私は自分

のこの性格でよかったと思う。いつか、お腹が空いて困ってるときにもし誰か

が私に食べものをくれたとしたら、私は断ることなく素直にそれをいただこう。

そして万一、それを食べてお腹を壊して死ぬことがあっても、くれた人を恨ん

だりしない、とここに宣言する。

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* いつかの朝、起きてすぐに自分のいちばん好きなバターナイフから

 型をとったハードメープルの板。

 こんなふうに無駄なくとれるかどうかわからないけれど ・・・・・・

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2014年8月23日 (土)

湯島のみつばちで

14mitsubachi

多かれ少なかれ友達になる人とは何かしら共通点があったり、好みが似ていた

りするものだけど、その程度の軽い話は別として、腹を割ってほんとうのことが

話せる友達がいったいどれだけいるだろう?

残念ながら、そうはいない。

しかも私流の言い方でいうところの、親しい間柄ならではのちょっと乱暴な会話

で難なく通じる相手となったら、本当に少ない。

今日はそんな、私にとって数少ない話の通じる友達と会った。

彼女と会うのはいつ以来だろう?

前回会ったのがいつだったか思いだせないくらいだからずいぶん前だ。

外は相変わらず暑かったし、彼女は最初「湯島まで行くの?」と私に訊いた。

「暑いから面倒?」と訊くと、「ちょっと」と彼女はこたえた。

でも、みつばちだったら行ってみたい気もする、というので行くことにした。

以前、私たちが行っていた『新宿みつばち』はいつの間にかなくなっていて

いざなくなってしまったらそこがどれだけありがたい場所だったかわかった。

何よりあそこは働いている人たちがよかった。

店長はじめ、みんながのんびりアットホームに働いていて、いつ行っても普通

に感じのよい接客をしてくれたし、常に変わらない味を提供していた。おなか

がすいているときも、ちょっと休憩したいときや甘いものがほしいときも、メニュ

ーには何かしらあったし、何を食べてもおいしかった。それがよく利用する西武

新宿駅のまん前にあるというのも便利だった。とにかく、いつ行ってもほっとで

きる場所だったのだ。

そういうのって、意外にありそうでない。

はじめて行く湯島のみつばちは、地下鉄降りてすぐの春日通り沿い、ドンキホ

ーテの隣り、2階にちょっといかがわしい看板がかかってるビルの1階と、私た

ちにとってはあまり麗しくない場所にあったのだけれど、出てきたクリームあん

みつは懐かしいあの味だった。

でもね、細かいことを書くと新宿みつばちは『クリームあんみつ』を頼むと豆か

んにあんことフルーツと求肥とあんずと多めのアイスクリーム、それに黒蜜が

たっぷりかかって出てくるのだけれど、ここのは豆は入ってなくて、器からして

小さめ。そのぶん、ここのほうが値段が安いけれど。

私が頼んだのはふつうのクリームあんみつで、彼女のは白玉入り。

黒蜜はお蕎麦屋でそ蕎麦湯が入っているような容器に入ってテーブルに置い

てあって、好きなだけかけ放題。それがここの売りみたいだった。

食べて驚いたのは、あんずがふんわりやわらかくてとてもおいしかったこと。

これまで、あんみつに入っているあんずをおいしいなんて思ったことなかった

から、それはちょっと驚きだった。

私たちが店に入ったときはちょうど昼ころくらいで、常連らしき男の人と私たち

だけだったのが、30分くらい経つとランチをすませてきたらしい人たちでいっ

ぱいになった。なんだかんだいっても老舗だけあって、ここはここで人気があ

るらしかった。

混んできたから店を出て、近所のタイ料理屋でランチをしようかと思ったらあ

いにく今日は休みだった。あんみつを食べたばかりでまだおなかもすいてな

かったし、散歩がてら歩こうということになった。アメ横から上野へ。土地勘が

ないから来るまでわからなかったけど、この辺りってもう上野がすぐなのだ。

昼間のアメ横はごちゃまぜの色彩であふれ、いったいここがどこだかわから

なくなるくらい人種のるつぼで、いろんな言語が飛びかい、あちこちからいろ

いろな食べものの匂いがしてきた。いったいこの暑さのなか、こういう場所の

露店でものを食べようって人の食欲と体力ってすごいね、見てるだけで無理、

といいながら歩いた。アメ横を抜けると目の前に見えるのは上野公園で、どう

やらこの夏は上野公園に縁があるらしい。

階段を上って緑の下を歩きはじめたら、友達が「きれいだね!」といった。

桜並木の緑と、その間からこぼれる木漏れ日と、舗道に映るその影。

公園のなかは今日も夏の光と蝉の声でいっぱいだった。

そういえば、彼女とは最近めったに会えなくなってしまったのに、毎年たいて

い真夏の暑い時期に一度は会っている。それも私たちが夏好きで暑いのが

苦にならないからなんだろう。

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けっきょく今日も上野公園のカフェでランチをした。

久しぶりに電話がつながって彼女と話したとき、「元気だった?」と訊いたら

いつもならすぐに「元気だよ!」と返ってくるところが今回は「そこそこ」という

からちょっと気になっていたのだけれど、久しぶりに会った友達はあんまり

元気じゃなかった。

見るからにバランスを崩していて目に精気がなく、ひどく危うい感じがした。

ずっと前から彼女が何に悩まされているかは知っていたけれど、それは私

が思う以上に深刻で、エネルギーを消耗することらしかった。それはダイレ

クトに彼女の身体のもともと弱かった部分を悪化させてしまうほどだった。

本来は大地のように温かいエネルギーを持った人なのに、私の人生が最

悪だったときには私を叱咤激励してくれた人だったのに。

あの元気な彼女はどこにいってしまったんだろう。

それにはなんだか私も打ちのめされてしまったけれど、でもだいじょうぶ、

と私はいった。

エネルギーなんて、受けとる気になりさえすればいつだって天から燦々と

降り注いでいるし、私たちはそれを太陽電池のように身内に充電しておく

ことだってできる。それに人も状況も刻々と変わっていていつまでもいまの

ままじゃない。

子どもだっていつのまにか成長してしまうし、半年か1年したら自分を取り

巻く状況や環境なんてすっかり変わってしまっているわよ、と。

そうね、と彼女はいった。

もちろん、その変化が彼女にとって私にとって歓迎すべきものかどうかは

わからないけれど、少なくともこうあってほしいという未来を思い描くことは

大切なんじゃないかと思う。

かつて彼女はこれまで自分が旅した世界のいろんな土地の魅惑的な話を

私にたくさんしてくれて、それはいまではまるで自分自身の記憶のように、

あるいは映画のワンシーンのように頭に思い浮かべることができるのだけ

れど、そのひとつに湯布院があって、彼女はそこがどれだけ素敵なところ

か話した後に、いつかあなたを連れて行ってあげたい、といったから、私は

それをずっと楽しみにしているのだ。

それが成就するか否かはわからないとしても、いまはともあれ彼女が元気

になるのを待つしかないだろう。

私はいつまでだって気長に待つつもりだ。

なんたって彼女は話が通じる数少ない友達なんだから。

最近はいつも黒い服を着ている彼女が、今日めずらしく浅黄色みたいな

色の涼しげなブラウスを着ていると思ったら、帰りの遊歩道でこんな蝶に

であった。

14butterfly

そういえば、このあいだ娘に買ってあげたスヌーピーのTシャツにはこんな

ロゴが入っていたっけ。

BUTTERFLIES LIKE ME!

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2014年8月22日 (金)

この夏、思い出のポテトサラダ

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いつも思うことだけど、いくつになってもきらきらしている人は美しいと思う。

それはもちろん、姿かたちだけの美しさじゃなくて、お金のあるなしでもない。

その人を内側から支えているもの。水の張力のようなもの。

そして残念ながら年齢を経るごとにそんな女性が少なくなっていくのもたしか。

なぜなら女の人生はあまりにも現実的な苦労に満ち満ちているからだ。

でも、私よりはるかに年上のそのひとはきらきらしていた。

知的な感じの方だったけれどとてもオープンで飾りのない人で、椅子の背もた

れにゆったり寄りかかって人の視線を気にするふうもなく表情豊かに話すとこ

ろは、私には大人の余裕を感じさせた。

折しも夏の光がきらきらまわりを取り巻いて、まさしく彼女はいまこの瞬間を生

きていた。私は以前見た映画『夏時間の庭』みたいだと思いながら、そんな彼

女に見惚れていた。もちろん彼女にしたってあの映画の中の女性同様、自分

なりの現実を抱えていたのだけれど。

そして彼女がオーダーしたジェノベーゼポテトサラダがテーブルに運ばれてき

て、ひと口食べた瞬間「おいしい!」と思った。そしてすぐに「これどうやって作

るんだろう?」と思ったのだけれど、彼女もまた私とおなじように思ったみたい

だった。女の、とくに毎日誰かのごはんを作っている主婦の考えることってみ

んなおなじみたいだ。

それから私たち4人は口々においしいおいしいといいながらそれを食べた。

はじめて会った人とそんなふうにおいしいものを共有できるって稀有なことだ

と思うし、そんな時間そのものが稀有だと思う。

昨晩、それを思い出して、深夜に仕事の電話がかかってくる前に急いで作っ

たジェノベーゼポテトサラダ。

作り方はふつうのポテトサラダとほぼ一緒で、味付けが違うだけ。

じゃがいもを洗って小さいものはそのまま、大きいものは半分に割って皮の

まま鍋に入れて水からゆで、竹串を刺してじゅうぶんやわらかくなったところ

で皮を剥き、ボウルに入れてポテトマッシャーなどでつぶす。熱いうちに塩、

コショウ、イタリアンハーブソルトで味をつけ、冷ましているあいだにキュウリ

を輪切りにして塩で揉み、水気を絞っておく。缶詰のホールコーンは水気を

切り、ハムは小さく切っておく。つぶしたポテトの粗熱がとれたところに粒マ

スタードスプーン1杯にマヨネーズ適宜、それに市販のバジルソースを入れ

て混ぜ、キュウリとハムとコーンを混ぜて冷やしたらできあがり!

もう、作ってる最中からいい匂い。

子供が「おいしそうだね!」といいながらキッチンの横を通り過ぎていく。

ポテトサラダってゆであがったじゃがいもを熱いうちに剥くのが大変だけど

自分で作ったのは市販のものなんかより全然おいしい!

件の女性の定番料理はポテトサラダで、みんなが集まるときにはかならず

作ってテーブルに出すものだから、子供からは「またお母さんのポテトサラ

ダか」なんていわれるといっていたけれど、とんでもないですね。

自分で作ってごらんなさいよ。けっこう大変なんだから。

主婦の仕事にはそういうことが数限りなくあるのよ。

さて、昨日作ったジェノベーゼポテトサラダ。

今朝、朝ごはんに出したら「おいしい」と好評だったけど、キュウリとコーン

は入れなくてもよかったかも。

このポテトサラダは、じゃがいもと松の実とパンチェッタベーコン、なんてと

ころがよさそうです。もちろん、自分で作ったジェノベーゼソースなんかを

入れたらもっとおいしくなることうけあいだけど、そうなると材料的にもちょ

っとハードルが高くなるので、日常的にはこれでじゅうぶんかな、と思う。

きっとこの夏、彼女も家で作ってみるんだろうなあ、

なんてことを思いつつ・・・・・・

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2014年8月21日 (木)

今日のトラちゃん

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この3日間というもの、東京はキョーレツにモーレツに死ぬほど暑い。

断末魔の夏。

冷房した部屋の中でコンピュータに向かっていても暑いし、ちょっと動けば

汗だく、外はもうバスタブのお湯の中を歩いてるみたいだ。こうなると大型

犬なんかは舌を出していまにも死にそうな感じでゼイゼイしながら歩いて

いて見るからに暑苦しいけど、その点、猫はしゃらっとしていていい。

毛皮を着てるから猫だって暑くないわけはないだろうが、猫は寒さに弱い

代わりに暑さには強いのだそうだ。

これは、最近見かけるようになった新入りのトラちゃん。

娘にはもっぱら名前のつけかたが安直だといわれる。

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トラみたいな模様にグリーンアイズ。

のんびり屋みたいだけど好奇心が強くて、チッチッといいながら目の前で人

差し指を振ったら指に近づいてきた。人懐こい、とまではいえないけれど、

パンダみたいに臆病で警戒心が強いということはない。

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こちらが、じーと見てると、トラちゃんも何か言いたげにこちらを、じーと見る。

その顔はなかなか趣があって賢そうだ。

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この猫いい猫だな、と私がいったら、

この猫うちに来ないかな、と娘がいった。

さてトラちゃん、どうでしょう?

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相棒 *

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時間と場の関係って不思議だな、と木曜の猫は思う。

ちょっと前まで、あれだけ好きだった場所にしばらく行かずにいたら、こんどは

行こうと思ってもなかなか行くことができない。

まるで小さな部屋から大きな部屋に引っ越して、最初は殺風景だった部屋が

いつのまにかモノで埋め尽くされて、そうなったらもう小さな部屋へは戻れな

いように、時間も、何かに割いていたことがひとつなくなると、またたく間にそ

こを違う何かが埋める。人間はそれを『プライオリティー』といったりするみた

いだけど、あながちそれだけではないようだと猫は思う。

それが証拠に、いちばん会いたい猫にはなかなか会えなかったりする。

会いたいのに会えない。なぜだろう?

そうじゃなくても猫と違って、ほんとうにやりたいこととは違うところで日常を

忙しくしている馬鹿な人間たちときたら、しちめんどうくさい理屈や持論やモ

ットーに美学、それにもっと面倒な世間とのおつきあいとかいうものに振り

回されて、いつも『ほんとうの自分』は後回しだ。

そのくせ猫に向かって「お前はいつも気ままでのんきにしてられていいね」

なんていうのなんざ、まったく話にならない。猫にだって礼儀もあれば掟も

ある、といってやりたくなる。(いわずにただゴロゴロしてるだけだけど・・・)

ただ木曜の猫が感じるところでは、人も、猫も、毎日たいして変わり映えし

ないように見えて、日々何かが微細に、精妙に、変化しているようだ。

木曜の猫の相棒である人間のそうきちは、今年に入ってからの数ヶ月で

ますますどうでもいいことが増えた、といっている。このままいくとどうでも

いいことばかりになっちゃうんじゃないかとそうきちはいうけれど、たくさん

の物事からどうでもいいことが抜け落ちたぶん、ほんとうに大切なものが

より鮮明にはっきりとわかるようになるんじゃないかと猫は思っている。

それが愛、なのか、なんなのかはわからないとしても。

愛、といえば、ちょっと前のことになるけどびっくりしたな。

これまで、ごはん欲しさに人間に愛嬌よくすることはあっても指一本触れ

させることなく、かといって子猫が擦り寄ってきても鬱陶しそうにし、食事

中に誰かが近寄ってこようものならサッと譲っていなくなってしまう一匹狼

ならぬ一匹猫のパンダにいつのまにか相棒ができていて。

彼奴らは休日でぼけぼけ夕方買いものに出たそうきちが道にしゃがんで

眺めているのに臆面もなくランデブーを繰り広げた。まるでツインネックギ

ターみたいな、という古い喩えがあるけど、まさにそのツインネックギター

みたいだった。して件のお相手はといえばたいして容貌の冴えない雄猫

である。鼻の頭の毛が抜けているからそうきちはそいつのことを『鼻ムケ』

と名づけた。人は見かけによらない、というのと、人は見かけだ、というの

はどちらも真なりだけど、多分にルックスに弱いそうきちは「いったいパン

ダはあの鼻ムケのどこがいいのかしらねえ? もっとかわいい猫なんてい

くらでもいるのに」と勝手なことをいっている。

すかさず横から娘のRが「きっと性格がいいんじゃない?」という。

う~ん・・・・・・、どうなんだか。

でも、これまでずっと一匹猫だったパンダに仲良しの相棒ができたことで

どうやらそうきちは安心したようだ。これで今年の寒い冬も、いつもの年

よりきっと暖かく過ごせるね、といって喜んでいる。

そしていつも「私の場合はAll you need is love じゃなくてfreedomだ」とい

っているそうきちが、家に帰って息子に「やっぱり人間も猫も1人でいちゃ

いけないね!」といっているのを木曜の猫は聞いたのだった cat

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2014年8月19日 (火)

自分を浄化したい

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今日、ある人からもらったメールを読んで、ふと自分の感じ方やものの見方に

歪みが生じていたことに気づいた。

このあいだ直さんが言った「長くやってるとただそれだけでいろんなものがつ

いてくる」じゃないけれど、長く生きてると、ただそれだけで知らないあいだに

いろんなものがくっついてくる。たいていの場合、あまり喜ばしくないもの。

よくないもの。

つまりそれは、自分が知らないあいだに薄汚れてきたってことで、なんだか急

速に自分を浄化したくなった。

うんと若いころは早熟で生意気な頭でっかちで、斜にかまえて天邪鬼なもの

の見方をしたり態度をしたり、また斜めに見ること自体がかっこいいみたいに

も思っていたけど、いまじゃそういうのを実にアホらしく思う。

いまはむしろ、山の雪解け水みたいにクリアーで純粋で、なんのフィルターも

かかっていない曇りのない眼でまっすぐにものを見て、ダイレクトにそこに感

応できたらどんなにいいだろう、と思う。

そして、それこそが真の本質に届くことなのじゃないかといまは思う。

よく『心が洗われるような』という言い方があるけれど、いま自分に必要なの

はそんな、心底心が洗われるような色や音、場面や景色、人や言葉にであう

こと。出会って体感して体験することなんじゃないかと思ってる。

そういうものを激しく欲している。

それにはたぶん、自分からどこかへ出て行かなくてはならないだろうと思うの

だけれど、いまはとくに何も思い浮かばないから、とりあえず抽象ではなく、

わかりやすいところからはじめようと思う。

つまり自分の身の回りの浄化。掃除。身辺整理。

新しいものを入れる前に器をきれいにすること。

壁が白くなると人の心も白くなる。

・・・・・・ そんなわけで、9月になるまでのあいだは浄化週間です。

このあいだ、日曜美術館を見ていて『養拙』という言葉が心に深く残った。

養拙。拙さを養うこと。生まれつき持っている素朴さを養い保つこと。

人は年を経るごとに経験から様々な知識や技術を身につけていくけれど、

そういった後から身につくものとは別に、人には本来、生まれながらにして持

った拙いかもしれないけれどその人独自の表現がある。それは後から身につ

けた高度な技術なんかをしても得難く、尊いものなのだと。

美術の教え子たちに熱く語った無名の画家、宮芳平の言葉。

だから子どもと違って生きてるだけでどんどんそういうものを失っていく大人

たちは意識して自分のなかの拙さを養っていく必要があるのだそうです。

それを晩年になってやったのがピカソだろうと思うけど、この言葉、私にとって

はすごくインパクトがあったというか、すごく打たれた。

常にスキルアップを要求され、それにこたえるべく悪戦苦闘しているいまの

社会のありようとは真逆の世界だと思ったから。

そして何かの福音のようにも思えた。

養拙。

いい言葉だと思う。

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2014年8月16日 (土)

夏の花 *

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娘のアルバイト先はどういうわけかすごく多国籍で、わずかな日本人をぬか

せば中国人、モンゴル人、フィリピン人、韓国人、ベトナム人と、種々雑多な

国々の人たちが働いている。今年のいつだったか娘と同じ年の子供みたい

に小さなベトナム人の女の子が入って、その子がまだ日本に来たばかりで

ほとんど日本語がわからないものだから、いくら仕事のやり方を説明しても

「わからなーい」といわれて困る、というようことを話していた。なんでそんな

日本語もできないような子を雇ったの? と訊けば、マネージャーの知り合い

の子だから、ということらしい。

それで火曜日の夜は、その女の子が日本の花火を見たいといっているから

連れてってほしいとマネージャーから頼まれた、といって帰って来た。

花火といえばこの近くには西武園ゆうえんちがあって、夏のあいだは週何日

か花火を上げている。しかもそれはゆうえんちに入らなくても多摩湖の堤防

から見えるから、そこに連れてってくれればいい、といわれたのだけど、どう

やって行くのか忘れたから下見がてら前日に一緒に行ってほしいと娘はいう。

やれやれ。いろいろ手のかかる人だなあ、と思いながら、今日は夕方早めに

家を出て、外で夕飯を食べてから向かった。

西武園ゆうえんちは駅にしてたったの数駅先にある。

近所の駅に行くと、ホームには一見してこれから花火に行くとわかる親子連

れやカップルや、浴衣を着た若い女の子たちで賑わっていた。

西武ゆうえんち駅を降りると、ゆうえんちの中に入って行く人と多摩湖の堤

防に行く人と二手に分かれる。これなら先を行く人の後を着いて行っても迷

うことなく行けたと思う。

はじまる少し前に堤防に着くと、そこにはずいぶん前から来て待っていたら

しい人たちがシートを敷いた上や折り畳みチェアに座って、飲んだり食べた

りしながら、まだかまだかと夜空を見上げていた。

私たちも堤防の欄干にもたれて、花火の上がる方向を見ていた。

7時45分。花火がはじまる時間だ。

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なんたって夏のあいだは毎週末の土日。

さらにお盆のあいだは平日も一日おきくらいに上げているから、花火が上が

っている時間はたったの25分。

だから、はじまったと思ったらあっという間に終わってしまうのだけれど、それ

でも久しぶりに見た花火はきれいだった。

どうやら見ていると、ジャイロタワーと呼ばれる回転しながら上る展望塔のよ

うなものが上がるのに合わせて花火を打ち上げているようだ。

あれに乗って、空の高いところから見る花火はどんなだろう?

最後の数発は大玉が続き、花火が終了したら誰からともなく拍手が起こった。

4階の家の窓からはあいにく花火の上がる方向に障害物があるせいで音だけ

しか聞こえず、音が鳴りだしたと思ったらすぐに終わるのでいつもしょぼいとか

思っていたけど、お金が無い割には西武ゆうえんちも頑張ってるな、と思った。

この近くに住んでるあいだ、来られるあいだはできるだけ毎年来ようと思った。

これならきっとその女の子も喜んでくれるね、明日も晴れるといいね、といいな

がら娘と元来た道を帰った。

娘とおなじ年でありながら親元を離れ、言葉もわからないこの極東の国でアル

バイトをしているその女の子にどんな事情があるのかはわからない。

でも、いつか娘にベトナムのインスタントラーメンをくれたので、かわりにお菓

子をプレゼントしたら、アルバイトの帰りに買ってくれたといって娘がヨーグルト

やらお菓子やらを持って帰って来たことがあった。これじゃ何にもならないじゃ

ないの、と思ったけれど、娘いわく、その女の子は「私の国ベトナムでは、お金

持ちも貧乏人もなく、等しくみんなで物を分けあうんです。だからいいの」という

ようなことを片言の日本語で話したらしい。うーん、ベトナムってそういう国だっ

たっけかなあ? とちょっと考えちゃったけど、彼女のそんな言い方はいいなと

思った。

日本の服は高くて買えないといって、どこで買うのかいつも200円とか300円

の服を着ている、と娘がいうので、私は自分の娘とその女の子用にTシャツを

2枚ずつ買った。彼女が日本にいるのがずっとなのかしばらくなのかわからな

いけれど、ベトナムの女の子にとってこの国やこの国の人たちが優しい印象を

残してくれるといいなと思う。

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夏の驟雨のあとに、虹。

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土曜日はいつもプールの日と決まっているのだけれど、先週に続いてスイミ

ングクラブが夏季休暇のため今日もなし。でも2週間も泳がずにいるといくら

週1スイマーの私でも身体の調子がおかしくなってくるし、先日から娘があま

りの暑さに市民プールに行きたいといっていたから、夏休み3日めの今日は

市民プールに行くことにする。

家から市民プールまではけっこうあって、いつもは自転車で行くところを家に

は自転車が1台しかないため、歩くのもトレーニングのうち、と二人で歩いて

行こうということになった。折しも今日は曇りで、昨日みたいなかんかん照り

じゃないだけ少しはましかもしれない。

家を出るときなんだかモーレツに蒸し暑くて、いまにも一雨きそうな雲行きだ

ったところを、二人とも傘を持つのが嫌いなもんだから持たずに出たら、3分

の2くらいまで行ったところで雨に降られた。

最初ポツポツと降ってきた雨はあっという間に驟雨になり、見る間に私の薄

いリネンのワンピースを黒く濡らした。どこかに走って隠れようにも、住宅街

で雨宿りできるところはどこにもない。でも周囲にいる人を見ればまったく慌

てることなく驟雨のなかで犬の散歩をしたり、のんびりカートを押して歩いた

りしている。雨に降られても平気でいられるのは夏のいいところ。しかも休日

でこれからプールに行くところとあれば、雨で濡れた服が重い程度で大した

ことない。とはいえ長い髪の娘はシャワーを浴びたみたいになり、私のラフィ

アの帽子からは滴が落ちるほどずぶ濡れになってやっと着いた。

なんと家から40分もかかった。

夏休みで混んでいるかと思ったプールはそれほど混んでなく、ただ以前は

いちばん端の深いところの2レーンだけがコースロープを張られていたのに

いまは3分の2がコースロープで仕切られていてちょっと窮屈に感じた。

市民プールに来るのはもう何年ぶりだろう。

ガラス天井が雨漏りするようになったので改修工事が必要だが、それを元

通りに修復するには莫大な費用がかかる、市にはその予算がない、と聞い

たのはもう何年も前のことで、長いことクローズされていた。

この市民プールの良いところはなんといってもガラス天井で、天気のいい日

にはガラスに青空と白い雲が映り、プールの水も陽射しに透けてきれいだ

った。私はまるで空に浮かんでるみたいにガラス天井に映った自分の姿を

見ながら、自分の身体と腕がまっすぐ伸びているのを確認しながらバックを

泳ぐのが好きだった。市民プールといいつつ、ちょっとしたリゾートみたいな

素敵な作りだったのだ。それがどんなふうに(低予算で)修復されたのかは

気になるところだったけれど、それは透明なガラスから乳白色の不透明な

素材に変わっていた。その変わりようは美しい女が一気に平凡な女になっ

たくらいにつまらなかった。でもしかたがない。プールの運営って想像以上

にコストがかかるのだ。

娘も私もそれほど背が高くないから市民プールの水は深すぎて、いつも胸

の下あたりまでしかないクラブのプールで泳ぎ慣れている私は水が重くて

泳ぎづらかった。私よりも小さな娘は、首元まである水の圧に「疲れる」とい

った。それでも見てると娘の泳ぎは思っていたより悪くなかった。

プールに着いてから1時間くらいたったところで娘が青白い顔で疲れたとい

うのでプールを出てジャグジーに行った。

泳いだあと濡れたジーンズを履くのは気持ち悪かったけど外に出るともう

雨はやんでいて、広がり始めた青空を撮ろうとして後ろを振り返ったときだ。

娘が「虹だ!」といった。

なんと雨上がりの空にはきれいなアーチを描いて虹が出ていた。

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夏の驟雨に打たれてプールに行った帰りに、雨上がりの空に虹を見るとは。

これはブタの貯金箱に500円玉を入れるだけの価値はあるね、といった。

なんてことないけど、しあわせな夏の日。

しあわせな感情って、いつだって儚いのだ。

見ているあいだに虹はどんどん薄くなった。

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川沿いの道を歩き出すと娘が後ろでウェップ、といった。

首元まで水圧がかかっていたせいで水の中にいるときから気持ちが悪かった

のだそうだ。お腹に空気が溜まってゲップがたくさん出るのは水中でうまく息

を吐くことができずに空気を飲み込み続けたせいだろう。なんてヤワなんだ。

あの程度泳いだくらいで気持ち悪くなるとは。君ももう少し鍛えなくちゃだめだ

といいながら歩いた。

少し先に行ったところの橋を渡るとき、娘が、見て! まだ微かに見える!

といった。

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さっきの方角を見ると青空にまだ微かに小さな虹が残っていて、それはまるで

薄く透明なセルロイドでできているみたいで、「あの虹を空から切りとって髪留

めにしたいね」といったら娘が「ロマンチックだね」というから、「私はいつだって

ロマンチックなのよ」といった。

雨で濡れた猫じゃらし。

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晩夏の、さるすべりの紅。

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こんななんてことのない日がいつかは思い出になる。

冴えない天気の夏休み3日めの驟雨と虹。

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2014年8月15日 (金)

サマータイム

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先月だったかな、竹内直さんの8月のスケジュールを見てびっくりした。

ストリートライブ、と書いてあったから。

しかも真夏のいちばん暑い時期の暑い時間に上野公園で、4日間も。

直さんのキャリアと実力と知名度(それから年齢 smile )からいって、なんでいま

さら真夏にストリート?! とも思ったけれど、同時に、常に新しいことにチャ

レンジしつづける直さんらしい、とも思った。そして直さんがそんなチャレンジ

をするならやっぱり見に行かなくちゃ、と思ったのだった。

ちょうど上野動物園ではこの時期だけ閉園時間を延長して『真夏の夜の動

物園』というのをやっているところだから、それで娘を釣って二人で出かける

ことにした。

ストリートライブを行う場所は上野公園の噴水池前と小松宮像前とすり鉢山

と下町風俗資料館前の4ヵ所。日によってやる時間と場所が違うから、あら

かじめプリントアウトして場所にチェックを入れた地図を持って行ったのだけ

れど、わざわざそれを見るまでもなく、上野公園を入るとどこからか聞き覚え

のあるサックスの音が聞こえてきて、すぐに大きな樹の下で演奏している直

さんを見つけることができた。

行きにちょっとした電車のアクシデントがあって遅れたからすでに半分くらい

は終わってしまっていたけれど、植込みのコンクリの上に座って残り半分を

聴いた。聖者の行進、A列車で行こう、イパネマ、サマータイム ・・・・・・

たぶん、こういう場所でやるストリートとあって有名な曲ばかり。

それをただソロで吹くのじゃなく、パーカッションやサックスを入れて作って

きたマイナスワン音源を、足元のペダルを踏んでONにしたりOFFにしたり

しながら、それにあわせてプレイする。

へー、直さんて、こういうこともするんだ、と思った。

ふだん聴けないそんな演奏ももちろん、面白かったけど、何より気持ちよ

かったのは外で聴く生音。サックスの音が青空に抜けていくようで ・・・・・・

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外はすごく暑かったけど木陰は思いのほか居心地がよくて、時折り吹き抜

ける強い風が汗をかいた身体に心地よかった。

風が揺らす木の葉のざわめき、蝉たちの合唱、地面に映る木漏れ日、道行

く人たちの会話や足音なんかがいい効果になってリラックスできた。

なかでもよかったのはパーカッションベースのロックなSummer Time。

音数が少なくてシンプルなぶん、直さんの自由なソロが際立っていた。

今日のことを知ってわざわざ聴きに来ていた人は7人くらい。

それ以外は上野公園の常連らしき人たちが近くの塀によりかかって聴いて

いたり、通りすがりの人が立ち止まって聴いてから投げ銭をして行ったり、

iPhoneで写真を撮って行ったり ・・・・・

わざわざ来た人のなかにはずいぶん遠くから来た人もいたみたいで、終わ

ったあと直さんと楽しげに話していた。

我々のところにも来てくれたので「お疲れ様でした。楽しかったです!ありが

とうございました」といった後に「なんでストリートやろうと思ったんですか?」

と訊くと、「ライブハウスだとやっぱりミュージシャンは守られてるから、そこを

出たところでやってみたかったというのと、長くやってるとそれだけでいろんな

ものがついてきちゃうから、それを落としたかったのと・・・」ということだった。

それで、やってみた感想は?とさらに訊くと「いやあ、これってもう修行だね!

捨て身感がすごい!」というから、うわあ、直さんでもそうなんだ、と思った。

でもたしかにJAZZバーって閉じられたすごくインティメートな空間で、いい音

でリラックスして集中して音楽を聴けるからいいようなものだけど、たまにス

コンと天井の抜けた広くて明るくて緑いっぱいの空間で音楽を聴けたらどん

なに気持ちいいだろうな、と思うことがある。とくに夏は青空の下、外気の中で

音楽を聴きたいと思うから、今日はとても気持ちよかった、と私は話した。

そして実はこの後、とても素敵な女性のお誘いで直さんを囲んで近くのカフェ

テラスでお茶をした。夕暮れの風に吹かれながら。

それについてはもったいないから詳しくは書かない。

それにしても空の青と、ever greenみたいな木々の緑が美しかったなあ!

Stay Gold。

この夏のしあわせな思い出。

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Desire

Desire

まるで夏の終焉みたいな昨日の冴えない雨の日から一転、今日は晴れた。

そしたら、ここのところずっと音無しで暮らしていたのが急に音楽が聴きたく

なってCDラックの前で何を聴こうか考えていたら、とつぜん「淡い~紫の~

夜明けの空~ 風は~サラサラ吹いている~」というフレーズが口に上って

きて、これが聴きたい! これって何に入ってたっけ? 

とCDを探すことしばし。

Desire.

純粋な欲望。

キラキラ光る汗みたいな。

やっぱり夏はこうでなくちゃ。

しのごのいってる暇があったら、

そのあいだに冷たい水に飛び込んだほうがいいよ!

思わず『Hum a Tune』のコーラスを子供みたいに頭振りながら一緒に歌った。

まだ夏は終わらない。


君がくれた今日の朝の光と

しまい忘れた欲望の輝きと

見知らぬ悲しさと喜びの歌を

歌うためにとびらをひらく 


(青字の部分Original Love/Dsire『Hum a Tune』より。)


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2014年8月13日 (水)

蝉時雨

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毎年思うことだけど、暦ってよくできてるな。

立秋以来、夏が急速に力を失いはじめてる。

夏嫌いの人にとっては夏はただただ暑いだけで消耗する季節なのかもしれ

ないけれど、ほんとうに耐え難い暑さの日なんてせいぜい2週間くらいで、

夏は短い。

きっとそれを最も知っているのは蝉たちで、夏と我が身の命の残り時間を賭

けて彼らはいまやかぎりと一心に鳴く。

蝉時雨。

大きな木の下に立って、空を見上げながらその声に包まれていると、

もう季節がすでに終わってしまったように感じる。

まだ8月の半ばなのに。

まだ何ひとつ、夏らしいことをしていないのに。

だからってわけじゃないけれど、今日はこの夏初めてかき氷を食べた。

こころまで染まってしまいそうな濃い抹茶の緑。

細胞にまだ青さを残す人と。

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2014年8月11日 (月)

スーパームーン

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これじゃあ、なんのことやらさっぱりわからないでしょうけど、

今夜のスーパームーン。

左に見える灯りはスカイツリー。


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Summer Blue

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台風一過。

いまや限りと鳴く蝉と、吹き渡る風がここちよい、

夕方5時の青空。

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2014年8月10日 (日)

嵐の一日

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激しい雨と風が一日じゅう断続的につづいた今日。

夜、やっと雨がやんだ間隙を縫って夕飯の買いものに行くと、

空が不思議な色をしている。

・・・・・・ と思ったら、薄暗闇のなかから白いものが飛び出してきて、

パンダだ!

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こんな嵐の日はのら猫たちはどうしてるんだろう、と思っていたところだったから、

ああ、ぶじに元気にしていたんだね、と思って見れば ・・・・・・ 何かがおかしい。

相変わらず元気ではあるんだけど、どうやら目の下をケガしているようだ。

それは夜目にも赤く、血だまりがまだ生々しく光っていて、とても痛々しい。

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あーあ ・・・、とまいりながら、あいにく手ぶらだったから慌ててスーパーマーケット

に急いだ。飼い猫だったらすぐに手当てするとか犬猫病院に連れて行くとこだろう

けど、君はのら猫だ。ささやかに空腹を満たす手伝いくらいしかできないんだよ。

飼い猫が最長20年近く生きるところをのら猫は8年、というのを思い出した。

数日前ニュースで日本女性の平均寿命は86歳、というのを聞いて驚いたけど、

健康で明晰な脳みそを持ったしあわせな86歳はどれだけいるだろう?

・・・・・・ 私はそんなに長生きしなくていいや。

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2014年8月 9日 (土)

ちくちく

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「穴があくほど着る」っていう言い方があるけれど、最近の私は文字通りそれだ。

なんでも穴があくほど使う。穴があくほど着る。

そして穴があいたら繕って、補修してでも使いたい。

でもあいにく残念ながら、私はお裁縫は苦手です。

小さいころ、祖母の家に行って箸立てが食卓にのってるだけでも目がチカチカし

ちゃって駄目だった。後になってそういうのを先端恐怖症っていうんだと知った。

それでいつからか私は先端恐怖症だから針仕事はしないんだ、ということにして

しまった。編みものは好きだからやるけれど、針はほとんど持たない。

女子高生のころ嫌だったのはスカートのまつりがほどけたのを自分で直さなきゃ

ならないこと。もちろん家庭科で習ったからやり方くらいは知っていたけど、いつ

もぜんぜん集中できなかった。白い雑巾を縫うと針で指をぶっ刺して血で点々と

赤くなってしまう。それでも小学生のころはいっときフェルト手芸にハマって刺繍

針を持ったりもしたけれど、いまはやらない。いまは取れたボタンを付けるくらい。

どうしても何かを縫わなきゃならないときは意を決して押入れからミシンを出して

縫う。それも滅多に使わないから、たいてい作業している前半3分の2くらいは

ずっと調子が悪くて悪戦苦闘する。(そしてミシンがまともに動き出したと思った

らこんどはなかなかやめられない。部屋をとっ散らかして飯も食わずにやり続け

る始末だ。やれやれ!)

何を作るにしても作りたいもののイメージだけは頭にあるから、そのイメージに

添ってささっと手仕事ができてしまう人がほんとうにうらやましい。

もうずいぶん前から毎日使うミトンに穴があいていて、洗うたびに布がほつれて

大きくなるから直すか新しいのを買うかしないといけないと思いながら、ずっと

そのままになっていた。かなり昔にアフタヌーンティーで買ったオーブンミトンで

もうじゅうぶん使ったから捨ててしまってもいいのだけれどなんとなく捨てがたい。

それでおととい、娘にfogで買ったリネンのハギレを渡して「新しいのを買うまでの

あいだ使えればいいから適当に穴をふさいで縫ってくれない?」と頼んでみたら

さっき「ハイ、できたよ!」といって渡してくれた。

見れば、パッチした上にしましまの布で花までつけてあってかわいらしい。

親の私がいうのもなんだけど、この子はほんとうに誰に教わったわけでもないの

に(私は教えてない)こういう手仕事がうまい。

つくづく、女の子がいてよかったなあ、と思う。

おかげで、まだしばらくは使えそうです。

直さなきゃいけないものといえば、一年通じてほとんど毎日のように着ては洗い

着ては洗いを繰り返してるうちに薄くなって一ヵ所穴があいたスリーパーを直さな

きゃです。寝起きにくしゃくしゃの頭でずるずると長い、穴のあいた麻袋のような

スリーパーを着て歩く私はまるでホームレ(ホームレス)みたいだ。急務。

それから、ばらの剪定ばさみを入れていてポケットに穴のあいてしまったリネンの

ギャルソン・エプロンと。

どうせ夏休みは2日しかないんだし、どこにも行く予定はないんだから、久しぶりに

ミシンでも出して縫いものでもしてみるかな。

ちくちく。

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立秋を過ぎて

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立秋を過ぎて、昨日の激しい雨の後やっと暑さがやわらいだ。

涼しくなった大気のなかで、雨を浴びたばらたちが

ふぅ、と深呼吸しているような朝。

色っていうのにもたしかに温度があるね。

今日の涼しげなソニア・リキエルのピンクと

シャルロットの黄色。

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夏の部屋としてはちょっと暗すぎるけど、

これも8月のばらのある食卓。

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2014年8月 8日 (金)

ホットチョコレートバナナファッジ

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昨日、電波の入らない地下のJAZZバーを出た瞬間にメールの着信音がして、

電車に乗ってから見ると妹からだった。今日の待ち合わせ時刻についてはすで

に電話で父に何度も念を押してあったにもかかわらず、父が心配して何度か確

認の電話を入れた、とある。例によってピリピリした感じの事務的なメールで、

読み終わったとたんに一気に疲れてしまった。このあいだも、父によけいなもの

は買ってこないでといくらいって買ってきてしまう、という愚痴をなだめたばかり

だけれど、妹は年をとって穏やかにまるくなっていくどころかどんどんアグレッシ

ブになっていくようだ。いつも自分がまわりにどういう空気を撒き散らしているの

か全然わかってない。それで、いつも人と約束しているときはたとえ前日寝るの

が遅くなっても寝坊することはないのに今朝はうっかり1時間も寝坊した。

あわてて飛び起きて身支度をすませ、家族分の簡単な朝食を作って珈琲をいれ

自分は食事も珈琲もそこそこに席を立って、窓の外を見ながら傘を持って出よう

かどうしようかと考えているうちに雨が降ってきた。こりゃ、ますます大変だ、とい

いながら家を出た。昨日の帰り道はまさしく立秋だと思えるくらいに涼しかったの

に、今日はうんざりするほど蒸し暑い。

父の通う病院は電車一本で行けて、私の足なら駅から15分もかからないところ

にあるのだけれど、父の歩く速度では真夏の炎天を行くのはキツイから、今日

は地下鉄を乗り継いで行くことになっていた。乗り換えは乗り換えで面倒だけど

病院は地下鉄の降り口からはすぐなのだ。だいいち地上よりは涼しい。

雨がひどいようならいつもどおりの駅からタクシーで行ってもいいと思っていた

ら、待ち合わせの駅に着いてみると雨はぜんぜん降ってなかった、都内と都下

では天気にもかなりの違いがある。それから西武線と都営大江戸線と丸ノ内線

を乗り継いで行ったのだけれど、やっぱりそれはそれなりに大変だった。まず西

武線の駅を降りて大江戸線の乗り口に行くまでの間に雨に降られた。エレベー

ターもエスカレーターもない駅では父は階段の上り下りに苦労する。父の遅い

歩調にあわせて常に先回りして周りに注意しながら父に気配りながら歩くのは

ほんとうに疲れる。何よりどこかに遊びに行くときと違って、異常に時間を気に

しながら神経を張り詰めている父の様子がわかるからよけいに疲れる。こんな

思いをして病院に通わなければならない父がかわいそうにもなってくる。

けっきょく、私が家を出てから1時間半近くかかってやっと病院に着いた。

ロビーに入ると、父はいつものようにショルダーバッグに手を突っ込んで診察券

を探している。そして診察券が見つかると、先週妹と検査に来たばかりなのにも

うそれをどうしたらいいかわからないのだ。

でも今日はこれまで通院したなかで最速の速さで診察が済んだ。

自販機で買ったミネラルウォーターを飲んで一服するかしないうちに名前が呼ば

れて診察室に入れたのだ。

結果は軽くグレーではあるけれど、いちおう異常なし。

そしてこんどは4ヶ月後だ。

これまでは3ヶ月毎だったから年に4回だった検診がやっと3回になったのだ。

やった! ラッキーだね、といいながらロビーに降りた。

会計をすませるとやっと父もさっきまでの緊張から解放されたようだった。

めずらしく父が「ジュースでも飲んでちょっと休んでいくか」というから、てっきり私

は喫茶店にでも入ってのんびりしていこうというのかと思ったら、どうやらさっき買

ってあげたペットボトルのジュースのことらしい。

すでに疲れていた私はがっかりして、「えー、そんなこといわないで近くの喫茶店

にでも入って、涼しいところで冷たいものでも飲んでちょっとのんびりしていこうよ

お茶代くらい私が払うから。もう疲れた!」と子供みたいにいって、近くにあった

ロイヤルホストに父を引っ張って行ったのだった。

店はまだ11時過ぎとあってランチで混みはじめる前で空いていて、明るい窓際

の席に通された。朝ごはんをちゃんと食べられなかった私はすでにおなかがすい

ていたけれど、父はすいてるわけもないので甘いものにした。

オーダーしたものがくるのを待つあいだ、「こんな広くて明るい部屋が家にあった

らいいのにね」といったら、「そうだね。広々として。気持ちがいい」と父がいった。

私が食べたのはホットチョコレートバナナファッジだ。

バナナサンデーに熱々のチョコレートをかけて食べる。

めちゃめちゃ甘かった。

虫歯ができそうなくらいに甘かった。

父はクリームあんみつを食べた。

クリームあんみつを食べながら、父はまた例によって「おとうさん、こんなの初め

て食べた」というから「何いってるの、このあいだ後楽園に行った帰りに神楽坂の

紀の善で食べたじゃない」といったら、「そうだっけ」といっている。

父はなんでもすぐに忘れてしまう。昨日のことも覚えてない。

そんなひとにいくらよけいな食材は買ってこないでとヒステリックにいったところで

ぜんぜん無駄だと思う。それよりは父が何か買ってきたら、ハイまた買ってきた

のね、とすぐに冷凍するか、駄目になったら父の見てないところで何も考えずに

捨ててしまえばいい。そのくらい罰当たりにもならないだろうし、女親と違って高

い洋服を買ってくるわけじゃないのだ。半分ボケてるといったって父はまだ話が

通じる。落ち着いて話せば会話が成り立つ。感情表現もあれば表情も豊かだ。

それが何よりいちばん大切でありがたいことじゃないか。

店に入って食べ終わるか終らないかのうちに父が気にすることといったら会計

だ。父はウェイトレスがテーブルに伝票を置くなり、さっと取った。

娘だっていい歳で働いていて収入があるんだからいいじゃない、と思うけれど

とにかく自分が払わなくちゃいけないと思っている。

父が会計をすませて外に出たあと「ごちそうさまでした」と私がいうと、父は「いや

今日はお疲れさまでした」といった。

あさ家を出たときはものすごく蒸し暑かったのが、午後はカンカン照りじゃないだ

け少しはマシだった。父が歩くというので、帰りは西武新宿駅まで歩いて行った。

次は12月。

一年って、ほんとにあっという間だと思う。

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2014年8月 7日 (木)

夏こそ和スウィーツ

14kuzukiri_01

今日は立秋。

でも外は熱風。

自転車のサドルが焼けるように熱い。

こうも暑い日がつづくと毎日食事を作るのも大変だけど、おやつだってケーキや

焼き菓子なんかよりもっとさっぱりしたものが食べたい。

ということで、ここのところ甘味屋さんで食べるようなおやつにハマっている。

最初に食べたのはくずきり。

これはもうずいぶん前、去年の秋に妹から奈良のお土産でもらった本葛を98%

使った貴重な葛きり。

14kuzukiri

くずきりを初めて食べたのは高校生のころ。

友達と鎌倉に行って銭洗い弁天でお参りし、その脇にあった茶屋で食べたくずきり

がなんともおいしくて、以来好物になった。暑いなかたくさん歩いて汗をかいた後に

爽やかな緑陰のなかで食べた、ということもあるかもしれない。くずきりって、何が

どうというのじゃないのだけれど、そのおいしさは独特の弾力のある冷たい食感と

黒みつの甘さ、でしょうか。東京じゃめったにこんなにいいくずきりにはお目にかか

れないし、あったところできっと高いと思うけれど。

それに最近、近所のスーパーマーケットでみつけたあんみつ。

14anmitsu

あんみつ、なんてのも若いころはそれほど好きじゃなかった。

あんみつがおいしいと思ったのは母に連れられて新宿『みつばち』に行ってから

だ。あそこの『蜜』というのにふさわしい濃厚な黒みつ。それにアイスクリームと

あんこの絶妙なコラボレーション。 できることならまた行きたい。母と。あるいは

マリコと。とにかく私の数少ない親密な誰かと。誰かとおいしいものを食べること

って、そのとき感じている以上に記憶に残る。親しかった誰かのことを思い出す

とき、そこにはかならずといっていいほど食べものが介在する。

食べるって大事、おいしい記憶ってしあわせな記憶だ。

14anmitsu_01

そして今日のおやつは豆かん。

これは、あんみつとは別のスーパーでみつけた。

実は豆かんって、私はいままで食べたことなかった。

甘味屋さんにクリームあんみつと豆かんがあったらやっぱりクリームあんみつを

選んでしまうから。

でも、こうあっついと豆の塩味もいいかもしれない、と思ったのだった。

14mamekan

初の豆かんはさっぱりしていておいしかった。

基本的に私はアイスクリームと黒みつが混ざればなんでもおいしい、というのも

ある。家で食べると好きなだけアイスクリームをのせられるのもいい。

それでもやっぱり私はクリームあんみつかな。

・・・・・・そんなわけで、とうぶん暑いあいだは和のスウィーツということになりそう。

死ぬほど暑い日に、ガラスの器にふわふわ山盛りのかき氷、それに抹茶と小豆と

練乳ミルクをかけた『嵐山』なんてのが食べたいものです。

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2014年8月 6日 (水)

ムーンスプーン

14moon_spoon

新しい誰かと出会ったり、何かがはじまったり、いいことがあったりしたときは

ブタの貯金箱に500円玉を入れたり、記念に何かをちょこっと買ったりする。

金額の多寡は問題じゃない。

昨日、スパイラル・マーケットで買ったのはムーンスプーンのバターナイフ。

なぜ社名がムーンスプーンかという説明には、『創立当初、持ち手が月のスプ

ーンを創り出したムーンスプーン社。世界中で一つの月をシェアし、遠く離れた

国々で多くの人が同じ月を見ていろんなことを考える、これらに意味を見出し

名づけられました』とあった。これを読むと、同じ空の下、同じ月を見ることで

遠く離れた人とも繋がっている、という感覚は、国や文化の違いを越えてどこ

もみんな一緒なんだな、と思う。

生きてさえいれば。

そして、たとえもうこの世にいない人であっても、月を見ると、まるで天からその

いなくなった人が見降ろしてくれているような、静かな安心感を感じたりする。

昨日、まるで温かいお湯の中を歩いてるような暑い夕暮れに空を見上げると、

ぼぉっと熱を帯びた青い夏の夜空にレモンみたいな半月が光ってた。

月といえば、こんどの日曜日、10日の明け方から翌日の夜にかけて見える月

はスーパームーンだそうです。

その日、あなたはどこで誰と月を見る?

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2014年8月 5日 (火)

この夏いちばん暑い日

14summer_green

今日も気温は体温とおなじくらいあって、外に出た瞬間、全身からぶわっと汗が

噴きだすほど暑いけど、空はすきっと青く、ものの輪郭はくっきりしていて、光と

影のコントラストが強い、典型的な美しい夏の日だ。

赤坂に着くと、ここは私の住んでる町よりさらに暑い。

以前はよくこんなところまで働きにきていたと思う。

相変わらずここで働く人たちは首からIDカードをぶらさげて歩いていて、かつて

は私もぶらさげて歩いていた。セキュリティだかなんだか知らないけれど、本当

にそれが必要な人はどれだけいるんだろう。少なくとも私がいた会社には必要

なかった。あのころのことをいま思うと、大の大人が9人も雁首揃えて大まじめに

ただ会社ごっこをしていただけのように思える。でもそれで紛れもなく人生が狂っ

てしまった人もいて、ある種悲惨としかいいようがないけど、散り散りになってし

まったいま、かつてわずかな間ではあったけど仲間だった人たちがどうしている

のか、知らない。

私が夏風邪をひいてしまったせいで先日会えなかった人と、アオザイで待ち合わ

せてランチをした。そこで約3時間近く、それから場所を移して1時間くらい、計4

時間くらいを彼女と話した。どれだけ話しても話は尽きなかったし、お互いの人生

のなかに無数の点のように小さな符号がたくさんあって、不思議だった。いまの

彼女はとても穏やかでしあわせそうに見えたけれど、彼女もまた人生でもっとも

最悪の時から自力で抜け出してきた人だった。4時間話して、あろうことか彼女は

私がこれまで誰にも話してなかった問題の核にたどり着いた。

私の最大のウィークポイント。かなしみの種。

彼女は「それはもう手放してしまったほうがいいでしょう!」といい、

「手放せるものなら」と私はいった。

人生はどうなるかわからない。

もちろん、良くも悪くも。

彼女と別れてから、いつもならまっすぐ家に帰るところをひとつ手前の表参道で

降りて、原宿まで歩いて帰った。

今日はこの夏いちばんの猛暑日ということで外は猛烈に強烈に暑かったけれど

街は懐かしい夏の光に満ち満ちていて、街路樹はエバーグリーンとでもいうべき

輝きを放ち、その下を歩くと蝉の声が凄くて、私はぜんぜん嫌じゃなかった。

何よりこの季節を愛しているから。

いつだって私が永遠の一瞬を感じるのは夏だけだと思うから。

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8月のばら リプライズ

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朝から強い陽射しのなかで、小さな小さなアンブリッジローズ。

それから、コサージュにしたらいいようなシャルロット。

今日も強烈に暑い。

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2014年8月 3日 (日)

8月のばら

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一晩中つづいた熱帯夜。

今日も朝からモーレツに暑い。

まだ午前中なのに光と影のコントラストがくっきりしてる。

そんなベランダで咲いたジュビリー・セレブレーション。

でもこうも暑いと、ばらももう咲かせないほうがいいかもしれないな。

なかなかできないのだけれど、つぼみはぜんぶ切って秋のために養生させる。

ばらも夏バテしないように。

高温多湿の梅雨どきに枯れはじめた3株のばらはこの暑さでほぼ完全に枯れ果

てた。こうやってベランダのばらも淘汰される。でもキ印の誰かさんによってまた

いつのまにか増やされる。そして秋を越え冬を越え、初夏を過ぎたころにはまた

ベランダはジャングルになる。毎年その繰り返し ・・・・・・

さっき出したばかりのブルー・ソーラー・ウォーターもあっという間にお湯になる。

それにしても暑いな。

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2014年8月 2日 (土)

真夏の夜のクール・ジャズ

Timestyle_live_2

仕事が入ってしまったときは別として、土曜日のプールの後はできるだけ何

も入れないようにしている。

泳いだあとは顔についたゴーグルの跡がなかなかとれないし、泳いで疲れ

ているというのもあるし、それに最近は泳いだあと冷房の効いた電車に乗る

と肩関節が痛むこともあるけれど、何より土曜日は泳ぐことも含めて自分の

メンテナンス・デーにしているからだ。

土曜日のプールの日くらい、次々とやらなきゃならないことを頭に思い浮か

べて自分を追い立てるようなことはしたくないし、たとえ近くに家族がいよう

と、自分のペースでリラックスして過ごしたい。

といって、とりたてて何をするわけでもなく家に帰って珈琲をいれて息子と遅

いランチをとり、水着とバスタオルを洗って干して、まだ明るい時間に音楽を

聴きながらいつもよりゆっくりお風呂に入るというくらいのことなのだけれど。

でも今日は前から行きたいライブがあったので、泳いだあとジャグジーにも

入らず急いで帰って来た。六本木で6時スタートというと、ここからじゃかなり

急がないと間に合わない。最低限やらなきゃならないことをすませて予定よ

り少し遅れて家を出た。六本木の駅のホームに降りたとき、すでに6時5分。

そして急ぎ足でミッドタウンのエスカレーターを上りガレリアの3階フロアに

出ると、どこからか聞き覚えのある音が響いてきた。それで初めて来たのに

もかかわらず音の聴こえてくる方向に歩いて行くだけでたどり着けた。

TIME & STYLE。

都会的でクールでお洒落なインテリアショップ。

自由が丘店があったころはカフェ・ディサフィナードでのJAZZライブに何度

か行ったことがある。広々とした空間に高い天井、明るい外光と緑あふれる

空間で聴く音は最高に気持ちよかった。残念ながら自由が丘店は閉店して

しまったけれど、一度ここミッドタウン店にも来たいと思っていたのだ。

しかも今夜は、ISSEI IGARASHI TRIO JAZZ AT MIDTOWN というから、

もうこれはちょっと無理しても来ない手はない。それというのも、トランペッタ

ーの五十嵐一生さんのCDは何枚も持っているのに、いままで一度もライブ

では聴いたことがなかったからだ。

タイム&スタイルの入り口では揃いのTシャツを着たスタッフたちが感じよく

出迎えてくれて、すでにほぼ満席で立ち見になってしまいますが、といわれ

たけれど「かまいません」といって中に入ると幸いにも後ろのほうに空いてる

席がまだいくつか残っていた。その空いているスツールに音をたてないよう

に静かに座ると、少し離れたところに一生さんの姿が小さく見えた。

そして聴こえてくる音は、いつもCDで聴いているのとほとんど同じだった!

つまり五十嵐一生さんの音は、タイトで、張りがあって、音響的にはどこか

高いところからふわっと降りてくるみたいなのに、シャープでキレがよくて、

圧倒的。

今日も外はものすごく蒸し暑かったけれど、一瞬で汗がスパークリングワ

インの泡になってしまいそうなほど涼しい音だった。真冬に聴いたら凍えて

しまったかもしれない。

オープニングはの曲は途中からだったからなんだかわからなかったけれど

まるで翼の大きな鳥が大空を舞ってるようなゆったりしたフレージングの曲

で、心が解放されてゆくようだった。2曲めはビル・エヴァンスでさんざん聴

いてる曲なんだけど、なんだったっけかな、NARDISかもしれない。たぶん

そうだ。そして3曲めはなんとBluesetteだった。折しもショップのガラス窓に

映る夏の空はゆっくり暮れようとしているところで、軽快なトランペットによる

ボサノヴァが心地よく、つづく4曲めもなんだかわからなかったけれどどこか

海を思わせる曲で、ふだんオープンウォーターで泳ぐことにはまったく興味

がない私にもかかわらず、夕暮れの海で泳ぐのって気持ちいいかもしれな

いな、なんて想像したらうっとりしてしまった。

フロアは見事にほぼ満席で、いろんな世代の人たちが思い思いに好きな椅

子に座って飲みもの片手にリラックスして音楽を楽しんでいた。自由が丘と

同様、場所柄お洒落な人が多かったけど、小さな女の子を連れたカヒミ・カ

リィそっくりな人がいた。本人だったかどうかはわからない。

ファーストステージが終わるとちょうど夕食くらいの時間で、ポツポツ帰りは

じめる人がでてきたので私も飲みものをもらいに行った。だいぶ席が空いた

ので最初の席よりステージが見えるラクチンそうなソファに座ってくつろいで

いると、眼鏡をかけた若い男性が近くに来て、4人掛けのダイニングテーブ

ルを指さし、「ここに座ってもいいんですか?」と日本人にしてはめずらしく

オープンな笑顔で話しかけてきた。

ファーストステージですっかり気分がよくなっていた私は「どこにでも、好きな

ところに座っていいんですよ。だから私はここにしたの」と自分でもびっくりす

るくらいスムースにいうと、彼は「じゃあ、僕はここで次のライブを聴くことに

決めた」といってそこに座った。

彼はちょうど私に背を向けるかたちで座っていたのだけれど、私が後ろから

「いつもJAZZを聴いてるんですか?」と訊くと、彼はさっきの笑顔のまま振り

返って「いいえ、全然」といい、私がした質問をそのまま返してきたので「うん

聴いてます。五十嵐一生さんも好きでCDもたくさん持ってますよ。でも生で

聴くのは今日が初めてなの」と私はいった。すると彼は「じゃあ、僕は今夜

はラッキーなんだ」といった。あれ? それって前にもどこかでいわれたこと

あったっけな。サムタイムだったかな。どうやら私は人に自分はラッキーだと

思わせるのがうまいらしい。

それから休憩時間のあいだ私たちはリラックスしていろいろなことを話した。

座っていた椅子のデザインのことからはじまってバウハウスやフンデルトバ

ッサーのこと、サグラダファミリアのこと、いつも行っているJAZZバーのこと

etc,etc ・・・

私は基本的にオープンな人間だけど、いま会ったばかりの男の人とそんな

ふうに自然に楽しく話したのは久しぶりのことだった。彼は、今夜ここに来た

のは実は自分はデザイン学校の講師をしていて、その教え子がここの会社

に入社したからなのだといった。アルバイトの募集に応募して、2週間働いた

ところでアルバイトじゃなくて社員になったら? といわれて社員になった、

というので、まあ、このご時世になんてラッキーなの、しかもそれがこんな素

敵なイベントをやってる会社だなんてね、と私はいった。

彼は、ほんとにそう! といった。

私たちがそんなふうに話していると、近くに立っていたスタッフの男の子が

「ちょっと冷房がきつくありませんか?ここ風の吹き出し口だから」といった。

たしかにちょっと寒いかも、と私がいうと彼は「ちょっと見てきます。セカンド

ステージも先ほどとは違う趣向でやるみたいですからどうぞお楽しみに!」

といってどこかにいなくなった。

セカンドステージがはじまるころには外はすっかり暗くなり、スタッフがいった

とおりベース・ソロではじまったセカンドはサンセットビーチみたいなさっきの

明るいトーンとは違い、一気に暗いモノトーンになった。速いパッセージを弾

く俵山昌之さんのベースが暗闇に響く早鐘の胸みたいでスリリングで素敵だ

った。五十嵐さんの音ともすごく合っていた。でもそうなるとファーストでは合

っている感じだったオルガンの音がちょっと温かすぎて、まるで寒色系のカン

バスに異質な暖色が混じっちゃったみたいに聴こえた。選曲のせいもあった

かもしれないし私の身体が冷房ですっかり冷え切ってしまったせいもあるか

もしれないけれど、窓からずっと同じ夜の海を見ているみたいに、ときどき私

は退屈した。

3曲めが終わったころ、最初からの演出だったのか飛び入りなのかわからな

いけれど、TOKUが加わった。そして彼が『I fall in love too easily』とワンフレ

ーズ歌った瞬間、私は驚いてしまった。まるでホセ・ジェイムスみたいな声だ

ったから。つまり、深くて存在感のある、日本人離れした声。

TOKUの歌は昔あるイベントで2曲だけ聴いたことがあるのだけれど、その

ときとは雰囲気もルックスも声も歌いかたもまるで違っていたから、よけいに

驚いた。当時から女性に絶大な人気があったけれど、彼が出てきたとたんに

ステージが一気に華やかになった。会場に入るとき私がスタッフに「写真はだ

めですよね?」と確認したら「演奏中は・・・」といわれたので控えていたけれど

そのころになると前の席の人たちはiPhoneかざして写真を撮りまくっていた。

ステージではトランペットを吹く一生さんとマイクを持って歌うTOKUが向かい

合ってプレイしたり、トランペットとTOKUの吹くフリューゲルホーンのツインで

演奏したりと、音的にも絵的にも魅せまくりだったから真ん前で見ている人た

ちにとってはかなりおいしいシャッターチャンスが続いたせいで、みんな湧い

ていた。

そして拍手喝さいのうちにセカンドステージも終わり、トリオ+1の4人がみん

なの席の間を通っていったん退場すると、すぐにアンコールの拍手がそれを

追いかけた。実をいうと私は駄目もとで万が一サインをしてもらえるチャンス

があったお願いしようと一生さんの最新CDを持って行ったのだけれど、もち

ろん、そんなものあるわけなかった。彼らが去るのを見ながら、私はもう充分

満足したし、冷凍食品みたいにカチコチに冷えてしまったからすぐにでもここ

を出たかったけれど、鳴りやまないアンコールの拍手に彼らはすぐにもとの

位置に戻ってきた。マイクを持った一生さんは「実は今日まだ夜ごはんを食べ

てなくて」といった。「もうおなかすいちゃったんだよね」

「いま何時? まだ8時?・・・・・・ 8時か。8時っていうと、ふつうクラブでは

これからライブがはじまるって時間だよね。これが11時なら、みんな電車だ

いじょうぶ? って訊くとこだけど、まだ8時ならやらないわけにいかないか。

おなかはすいちゃったけど、1曲くらいやらないことにはみんなに帰してもら

えそうにないしさ。それじゃやりますか!」

そういって一生さんがトランペットをかまえると、場内からイエー! と声が

あがった。それに同時にTOKUがあの独特な声で歌いはじめた。

ラストナンバーは、Round Midnight。

TOKUのあの声と一生さんのトランペットでRound Midnightだもの、そりゃ良

くないわけがないし、絵にならないわけがない。滅茶苦茶かっこよかった。

もう計算しつくされてる、って感じ。クラブジャズなんかが好きっていう人に

は今夜は最高の夜だったんじゃないかな。しかもこれが入場無料+フリー

ドリンクのライブなのだから。でも、なんだろうな。そのころには私はなんと

なく「よくわかりました」って気分になっていた。

アンコールも終わってついにライブが完全に終了し、人々が席を立ちはじ

めると、前の席にいた彼が私のほうを向いて「今夜は楽しかった!」といっ

たので、私もにっこりして「それはよかった」といった。彼は感じのよい笑顔

で「またどこかで会えるといいですね」といった。でも、そういってほんとに

偶然どこかで会えたら奇跡だ。東京は広い。私はそれにこたえるかわりに

「あのね、勤め先が新宿なんだったら、丸井の地下にブルーノートがやって

いるブルックリンパーラーっていうお店があって、水曜の夜はやっぱりノー

チャージでライブをやってるから、行ってみたらいいですよ」といった。

彼は素直に「行ってみます」といった。

そして今夜のライブのことを知らせてくれた教え子と話しはじめた。

私はその横を通り過ぎてスタッフにお礼をいって店を出ると、パウダールー

ムに直行した。そこはすでに冷房が切れていて生暖かかったけれど、カチ

コチに冷えた身体にはちょうどよかった。まるで冷凍食品がゆっくり解凍さ

れてゆくみたいだった。時計を見ると私が予定していた時間よりはるかに

遅くなっていて、今夜はそれほど遅くならないから簡単な夕飯でよかったら

帰ってから作る、といって出た私はそこから一気に速足で歩きはじめた。

そして、地下鉄の階段を降りはじめたときには『I fall in love too easily』を

口笛で吹いていたのにいつのまにかそれは『The Girl from Ipanema』にな

っていて、プールの後のライブですっかり疲れてるはずの私はますます楽

しくなりながらステップを踏むように階段を降りた。


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鳥のモティーフ

14bird

コーチによって水泳の教え方はかなり違っていて、それについていろいろいう人

もいるけれど、私はそれだけたくさんの泳ぎ方があるってことだろうと思っている。

8月は久しぶりに若い女性のSコーチ。

彼女ははきはきしていて明るく、教え方がうまいことで定評がある。

彼女はきちんとしたフォームにこだわるタイプ。

今日はクロールを中心に泳ぐ。

いつか、ここに書いたクロールのプルの手順はどうやら完全じゃなかったみたい

だから、忘れないうちに書いておこう。

エントリー、グライド、プル、プッシュ、フィニッシュ、リカバリー、だ。

クロールの手だけでもこれだけある。

全てのスポーツをちゃんとやろうと思ったらみんなそうなのかもしれないけれど

水泳は脳トレでもある。

脳と身体がうまく連動しないとうまく泳げない。

水泳をやっていて私は自分がこんなに不器用だったことに驚きを超えて呆れて

さえいるけれど、それは年齢の問題でもない。

私より10も20も上の人が私よりもっとうまく泳ぐ。

なんでもそうだけれど要はコツ、なんだろうな。

そしてそれをつかむためにはやっぱり練習ありき、繰り返してなんどもやるしか

ないんだろうな。

今日も暑かったけど水の中は冷たくて気持ちよかった。

帰ったらポストに封筒が入ってて、会社の経理の人からで、数ヶ月分の給与明

細の間に青い封筒が挟まっていて、あけたら涼しげな鳥のモティーフの陶板。

窓辺にでも飾ってください、とミニレターの言葉にあったとおり、窓に吊るした。

もうみんな、私が鳥好きなのをご存じなんだな。

オランダのデルフト焼きだそうです。

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2014年8月 1日 (金)

吉次さんのガラス

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「ちょうど1年ぶりだね」

私の顔を見るなり吉次さんは笑顔でいった。

こんどばかりはちゃんと憶えてくれていたらしい。

あのときはけっきょく、ひきとめられて百貨店が閉まる時間までいたから。

でも1年ぶりって、そうだったけかな。最後に会ったのは冬のような気がしてたけ

れど。1年ってほんとに早いな。でも、そう思って吉次さんの顔を見れば去年、糖

尿病を患ってるとかいっていたのにちっともやつれたふうもなく、ぜんぜん老けて

もいないのだった。よかった。

その1年ぶりの個展に行って、今年は小さなボトルを買った。

今年はほぼ同時期に別の百貨店でも個展をやることになってしまって荷物をふ

たつに分けた、というとおり、それほど数はなかったように思う。ほんとうは棚の

上に飾ってあった巣篭り鳥の栓のついた花のボトルがほしかったけれど、私に

は高価すぎて手が出なかった。吉次さんは一番最上段に飾ってあったボトルの

栓をひょいと取ると、「今年の新作」といって私に渡した。持つのがこわいような

重みのある、繊細な花がたくさんついた紫陽花の花の栓だった。クリアガラスの

それぞれの花の中心には青がぽちっと入ってる。「これを作るのに小さな花び

らをたくさん作ってひとつひとつ繋げていくんだけど、これひとつ作るだけで3日

かかるの」と芳次さんはいった。ほんとうに大変な作業だ。しかもガラスは熱くて

一瞬だ。

数年前、たまたま立ち寄った伊勢丹で初めて吉次さんのガラスを見たとき、吉次

さんは大きなボトルについた繊細でゴージャスなアザミの花の栓を見せてくれな

がら「もしボトルの栓がひとつしかなかったら、そのたったひとつが割れてしまった

ら悲しいでしょ。だから、このボトルを買ってくれた人にはもうひとつ栓をつけてあ

げるの」といって、私は栓をひとつ作るだけでもすごく大変そうなのに、ひとつの

ボトルに2つも栓をつけてくれるんだ、と思ったけれど、このミニボトルにもやっぱ

り栓2つ付けてくれるのだという。それじゃぜんぜん採算あわないんじゃないの、

と思うけれど、吉次さんは「でも2つあったほうがいいでしょ! いいのよ。また作

ればいいんだから」という。買うほうとしてはそうだけれど、吉次さんはかなり変わ

ってる。

それでけっきょく私が選ぶといつも同じようなのになっちゃうんだけど、鳥のボトル

にさんざん眺めて選んだ栓は、葉っぱの上でひっくり返ったうさぎと、小鳥。

このうさぎは鳥獣戯画のひっくり返って地団太踏んでるうさぎだそうです。

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角度を変えて小鳥ふたつ。

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そして?

カタツムリ。

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吉次さんのガラスはクリスタルだから透明度も輝きかたもすごい。

このガラスを作れるのは世界で自分ひとりだけだ、と芳次さんはいう。

その「ひとり」とは自分と奥さんをあわせてのことなのだけれど、デザインから制作

までの全工程を二人で仕上げるという。

お二人がやっているのはマリケットリー手法というものです。

バーナーワーク制作で、モティーフの色ガラスのアップリケを作り、ハンドブローで

形作った、まだ熱くて柔らかいボトルやグラスにアップリケをくっつける。ハンドブロ

ーで形作ったものを持つ人と、それにアップリケをくっつける人、という制作工程で

は物理的にたった1人での制作はできない。アップリケ自体、自然の造形をデッサ

ンするところからはじまって、新しいモティーフをガラスで完全に作れるようになる

までは千三つ(千に三つの成功率)だという。そうやってうまくできあがったアップ

リケも、熱いガラスにくっつけた途端に割れてしまうこともしばしばだとか。

体力とともに忍耐強さのいる仕事だけれど、それだけじゃなく当然のことながらコ

ストもかかり、ロスも出る。色ガラスを作るための原材料も世界中から最高級のも

のを取り寄せて使っているというから、ロスも半端ないでしょう。そしてクリスタルを

溶かすための特別な窯など、設備投資もいる。ほんとうに大変な仕事です。

帰り際、「こうやってわざわざ来てくれて、買ってくれてほんとにうれしい! だって

そういう人がいたら、僕たち生きていけるもん」と吉次さんはいってくれたけど、確

かにそうとして、私みたいなビンボー人が年に一度か二度、手の届くくらいのもの

を買ったからって、そういうことになるのかしら、と私は思う。

私が好きな人たちはミュージシャンでもアーティストでもみんな効率重視、採算重

視の人は1人もいなくて、かつ、お金の匂いに付いていくような人も1人もいない。

で、誰も儲かってない。

それはそれで美しいことではあるけれど、でもほんとうにそうなの? と私は思う。

いいものは売れてしかるべきじゃないの、と断じて思う。

ベンチャーなんかにいるばっかりに、そういったあれこれをなんとかできんものか

と、ときどき真剣に考える。要はしくみとコツなんだけど。それと、繋がり。

劇的に私の頭が良くなるとか神様からのご神託が降ってくるとか、そういうことで

もないかぎり無理なんだろか。

この輝く小さなカタツムリくらいにはなれないものかなあ ・・・・・・

話が変な方向にいっちゃtったけど、採算度外視でガラスを作るのが好きでたまら

ない人の作品は見てるだけでもしあわせだ。私はしあわせなものに囲まれて暮ら

してる。これはお金には替えられない。

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