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2014年7月 3日 (木)

7月になっても

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7月になってもベランダのバラは咲いてる。

それもそろそろ終わりだけれど・・・・・・

昨日、息子が「7月になってもこれくらいしか暑くならないなんて」といった。

去年は7月になったとたんに怒涛のごとく真夏日が続いて最初の2週間で夏バテ

しそうな勢いだったのに。今年はまだ一度もクーラーをつけてない。

かわりにゲリラ豪雨にカミナリにヒョウに暴風だ。そして今朝は地震。

おかしな夏だ。そして今朝は光もおかしかった。

昨日の夕方、父から電話がきて、川崎大師に行くのは13日ごろどうか、という。

なんだかいつも以上にくぐもった聞こえづらい声。

それで私は、私の都合はともかく、たしかその日はまだ風鈴市はやってないと思

うよ、といってみるのだけれど、父にはたったそれだけのことが伝わらない。

こちらが何をいっても聞かずに勝手に自分のいいたいことを喋る。

こりゃますますボケが進んだかな、と困惑していたら、向こうは向こうで「なんだか

この電話、声が小さくてちっとも聞こえない」と独り言のようにいっている。こちら

は相手が父だから、いつもより大きな声で喋ってるのに。

それで、さらに大きな声で、耳の遠いおじいさんに話すようにゆっくり区切りなが

ら話したらなんとかわかって、ちゃんと調べてから行けそうな日をまた電話する、

といって切った。電話器の調子が悪かったのかそれとも父の耳が聞こえなくなっ

たのか釈然としないままひどく気になり、遅くなってしまった夕飯の支度が一段

落したところで風鈴市の日を調べてもう一度電話すると、こんどは出ない。

もう9時前でどう考えても父が外出するとは思えない時刻なのに。それに、妹が

留守のときに風呂場で具合が悪くなって動けなくなったことが何度かあってから

は妹がいないときには1人でお風呂に入ってはいけないことになっているのだ。

もしかして耳が聞こえなくなって眩暈でもして倒れたとか?

気になって妹のiPhoneに電話すると「いまバスの中だから帰ったら電話する」と

のんきな声でいうから「父がこの時間に家にいないことってある?」と聞いたら、

なんてことはない、いま父と一緒に近所の街まで食事をしに行って帰ってくる途

中だという。ほっとした。

ほっとしたけれど父はやっぱり片耳が聞こえなくなってしまったらしい。

それが老人性の(つまり加齢によるどうしようもない)ものなのか、それとも突発

性難聴のような病気なのか、もし後者だとしたら気づいてすぐに耳鼻咽喉科に

行くか行かないかで治りに差が出てくる。それにふだんから身体のバランスが

悪いのに、片耳が聞こえなくなったらますますバランスがとれなくなって転んだ

りしたら大変だ。なるべく早く医者に連れてったほうがいい、なんなら明日私が

連れて行くよ、と妹が家に帰ったころ電話して話した。

父から電話がくる前までは仕事をしながらしばらく会ってない友達のことを考え

ていた。彼女に手紙を書くといってからもう2ヶ月が過ぎてしまった。今夜こそ手

紙を書こうと思っていたのだった。でも父のことでそれどころではなくなって、翌

日の夜に会う予定だった友達との約束もキャンセルしたら、娘がアルバイトから

帰ってきて、自分の見間違いじゃなかったら今日スーパーマーケットで(私が手

紙を書こうとしていたその)Kさんをみたよ、といった。しかもどうやら旦那さんと

一緒だったらしい。彼女がそんな時間に旦那さんとあのマーケットにいるなんて

こと自体イレギュラーなことだと思ったし、それをピンポイントで娘が見るというの

もなんて奇遇だろうと思った。まるで何かのサインみたいに。

そして翌日の今日になって何気なく彼女のTwitterを見てもっと驚いた。

旦那さんのお父さんが急逝したとあったからだ。

滅多に休みをとらない彼女が(たぶん今年は思い切って)休みをとったら、その休

日中に義理の父が亡くなる。こんないいかたは変だけれど、なんてよくできてるん

だろう、と思った。(私の母のときは私が失業したのと同時に母のガンの再発を知

った。失業してなけりゃ、あんなふうに平日に母と一緒にどこかに行くことすらまま

ならなかっただろう。)

お義父さんは90歳だったという。

そして、このあいだからなんだかずっとつながってるな、と思った。

このあいだ長いあいだ連絡をとってなかった友達にとつぜん電話をして、今年の

3月にお母さんが亡くなったことを聞いた。93歳だった。一緒に暮らしているお姉

さんがそろそろオムツを取り替える時間だと思って近づいたらすでに息をしていな

かった。近くにいても異変を感じるようなことさえなく、眠るように静かな死だった。

そんな話を聞いたばかりだったのに、月曜の夜にJAZZバーでいつも会う顔なじみ

の人と何気なく話したら、彼もまた同じようなことをいうからびっくりしてしまった。

彼のお母さんも今年の3月に亡くなったそうだ。歳は93。デイケアサービスのヘ

ルパーさんが来ているときで、ヘルパーさんが話しかけながら身体を拭いている

ときにはまだちゃんと反応があったのに、首の後ろに温かいタオルを当ててあげ

ようとキッチンでタオルを温めて戻ってきたら、もうすでに息がなかったという。

声すらあげることなく、ほんとうに眠るような死だった。仕事をしていた彼のもとへ

は妹さんからたった一行、母の死を知らせるメールがきて、それを見てしばらく

動けなくなってしまったそうだ。

話の最後に彼は鞄の中から何かを取り出して私に差し出した。若かりしの母が

モノクロームで写っている何枚かの写真を小さくして1枚に焼いたものだった。

その母の髪形とか服装とか時代の雰囲気などは前にも見たことがある、私の母

の若いころの写真にも通じるものだった。ドレメの洋裁学校に行っていたのも同

じ、小さいころ母の手作りの洋服を着せられて育ったのも同じ。なんだかしみじ

みしてしまった。昔の同級生の友達の話もJAZZバーでの話も、たまたまそういう

話が続いただけ、というよりは、なんだか私が聞くことになっていた話のような気

がした。そういう個人的な話というのは誰にでもできるものじゃないし、誰でもが

自分ののぞむように聞いてくれるわけじゃないから。そしてたぶん、人は見えな

い力で繋がってるから。

いくつでなくなろうが死は死でしかなく、家族にとってかけがえないのない人が

この世からいなくなってしまったさびしさにはなんら変わりないだろうけど、いっ

たいいつから日本人はこんなに長寿になったんだろう、と思う。昔は50で寿命

だった。人生80年代時代、といわれたときにはピンとこなかったけれど、さらに

それよりゆうに10年も超えている。(もちろん、一方で若くして亡くなる人も増え

ているけれど・・・・・・)

ちなみに寿命、といえば、ついに私の相棒のカメラもそろそろ寿命みたいだ。

一年半くらい前からときどき液晶画像が乱れることがあったけど、昨日たった数

枚の写真を撮るのにすごく時間がかかってしまった。まるで昔のブラウン管TV

が壊れる前の画面みたいになっちゃって。困ったな。カメラが壊れたらブログを

アップデートできなくなる。といって、いま新しいカメラを買う余力はないし。つい

にブログをやめるときがきたかな、などとぼけぼけした頭でブツクサ思う。

今日はクレア・オースティンがめずらしくきれいに咲いた。

それから小さなローズマリー。

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ジュビリー・セレブレーションはデヴィッド・オースティンのカタログの説明どおり、

ほんとうによく返り咲く。繊細なニュアンスのばらなのに、とても体力があるのだ。

今日も空は灰色で、じきにまた雨になるらしい。

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