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2014年7月31日 (木)

日本の夏のいろ

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とくにめずらしいわけでもなんでもないけれど、夏の夕暮れに絞りのおしろい花を

見ると、ああ、これってまさしく日本の夏のいろだな、と思う。

まるで小さな女の子の浴衣みたいだ。

今日、友人が仕立てあがったばかりの浴衣を着た写真をFacebookにアップしてい

て、私もなんとなく思い立ってもうずいぶん着てない自分の浴衣を洗いなおした。

Facebookに載っていた彼の浴衣はあんまり見たことのないターコイズブルー。

私の浴衣は生成り地に墨の濃淡で朝顔を描いたモノトーン。

いつか百貨店の浴衣売り場で、個性的なあなたにぴったりなとっておきの浴衣が

ある、といって年配の着物姿の店員さんが奥から出してきたその浴衣は、鏡の前

であわせてみると果たして私にぴったりなのだった。それでただ見ていただけった

私は買わないわけにはいかなくなって、してやられた、と思った。

もともと体型からいっても顔立ちからしてもたぶん、着物のほうが似合うのだと思

う。昔、母がよくいってた『世が世だったら』はかなげな着物姿の文学少女で思う

さま人心を惑わせられたかも、などと浅はかな妄想(というかジョークです)をひと

くさり。それだとて果たしてそれが幸福だったかというと、そうともいえないかもし

れぬ。ついうっかり蒼白の美形文士の口車にのせられて一緒に冷たい水に入る

羽目になったりして。

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そんなくだらない与太はともかく、子どもだったころの私はお祭りのお囃子が鳴る

といてもたってもいられなかった。早めの夕飯をすませると浴衣を着せてくれる母

の手を「早く早く」とせかせて帯を結んでもらった。赤い金魚みたいなやつ。そして

帯を結び終わるやいなや下駄を履いて外へ飛び出してゆく。そのころの私の呼び

名は『鉄砲玉』。出て行ったっきり帰ってこない。

それでも金魚すくいでは母にいわれたとおり尾が三つに折れた高級そうな大きな

金魚をちゃんとすくって帰ったものだ。金魚すくい屋の親父さんにはいつも「お嬢

ちゃん、うまいねえ」といわれた。親父さんはずるっこしないでちゃんと大きい金魚

をそのままビニール袋に入れてくれた。ビニール袋の金魚を眺めながら帰った夜

道。シッカロールの匂いとアセチレンの光と夜遅くまで響く下駄の音、の夏。

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午後、スーパーマーケットに行ったらタイミングよくクリーニング屋のおばさん(とい

っても御年80歳のおばあさん)に会って、浴衣もってったら糊してくれる? と訊い

たらやってくれるというので、じゃあ、後でもってく、といった。そんなことくらい自分

ですればいいのだけれど、糊付けなんて滅多にしないからもうどうやるか忘れた。

そしてクリーニング屋の彼女はといえば「私また踊るのよ」というから「どこで?」と

訊けば、この暑いのに近所の盆踊りでやぐらに上がって踊るという。しかも町内会

をまたいで何ヵ所かで。「だっていつまで踊れるかわからないから」、踊れるうちに

踊っておくのだそうだ。なんて元気なんだろう。でもそうやってきれいにして人前で

踊ることがこのひとの若さやハリの秘訣になってるんだろうな、と思った。

それから私は、いったいいつから浴衣を着なくなったんだっけかな、と考えて、そう

か髪を短くしてからだ、と思いだした。夏に浴衣を着ていたころは髪が長くて、暑い

ときは頭のてっぺんでシニヨンにしてとんぼ玉のかんざしを挿していた。

それが私のトレードマークだった。

ヨーヨーみたいな柄の涼しげなガラス玉。

とんぼ玉の色も日本の夏のいろ。

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2014年7月30日 (水)

梅干しの黒焼き

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去年に続いて今年つくづく失敗したなと思っているのは、梅雨どきの梅仕事をしな

かったこと。青梅ジュースと梅干しをつくらなかったことだ。

青梅ジュースは夏場の水分補給にもってこいで、クエン酸パワーで疲労回復に効

く。何より冷やし飴みたいにして出したらあの父が滅多にないこと「とてもおいしい」

といっていたく気に入ってくれたから、父のためにもまた作ろうと思っていたのに。

そして梅干しには去年ずいぶんお世話になった。

ちょっとお腹の調子が悪いときや脂っこいものを食べて胃がもたれるようなとき、

湯のみに梅干しをひとつ入れて、そこに熱い番茶を注いで箸でほぐしたのを飲む

とすごく効く。下手な胃腸薬を飲むよりずっといい。ライヴに行って午前様で帰って

来たようなときにもこれを飲んで寝ると身体もお腹も温まって落ち着く。

つくづく梅干しって万能薬だと思う。

だから最近はいつも切らさずに冷蔵庫に常備してあって、それならやっぱり自分

でつくるのがいちばんだと思っていたのだけれど。

来年こそつくろう。

週末は夏風邪でまいったけれど、インフルエンザのときのように高熱で身体中が

痛くて寝ているよりほか何もできない、寝ても寝ても寝られる、というのじゃなかっ

たから、昼間ふとんの中でときどきぼんやり本を眺めていた。ちょうど自分の本棚

の脇で寝ていたからなんとなく目についた本を引っぱりだして見ていたのだけれど

仕事柄うちには代替療法や自然療法の本がけっこうあって、東条百合子の『自然

療法が「体」を変える』(副題:免疫力が増幅する”クスリを使わない”医学)のなか

に載っていたのがこれだ。

梅干しの黒焼き。

知ってる人は知ってるだろうと思うけど、知らない人のために簡単に書くと、これは

土鍋で真っ黒になるまで焼いた梅干しを、すり鉢で擂って粉にしたもの。

一見、ただの黒い粉なのだけれど、これがたいへん効果があるという。

何に効果があるかというのを本から引用してみると、『梅干しの黒焼きは、細胞が

活気づくため、疲労回復、風邪、下痢、冷え性に大変効果があります。また、脳の

老化を防ぐので、ボケ防止になります。』とある。

すごい!素晴らしい! ボケ防止にも効くなんて。

でもいったいどうして梅干しを黒焼きにして粉にするとそんなすごい効果を持つの

かは全然わからない。まさしくマジカル・ブラック・パウダーです。だからいまだに西

洋医学偏重の頭のカタイ人ならあやしいと思うかもしれない。(私もこれがトカゲの

黒焼きだったら試さない。)

でもとにかくこれはいちど試してみようと、一昨日そら屋さんに行ってみたら1個だ

けあった! 聞けばそら屋さん自身は試してみたことはないけれど、お客さんから

聞かれることがあるから置いている、とのこと。

なんたって自分は病み上がりだし息子は夏風邪真っ最中だから、試すのにこんな

適期はない。迷わず買ってきました。

飲み方もいたって簡単で、黒焼きを耳かき1~2杯くらい番茶に入れて飲むだけ。

最初は耳かき1~2杯くらいから様子を見ていって、小さじ1杯くらいに増やすとい

いらしい。疲れたときには小さじ1杯。風邪で熱が高いときはそれを日に2~3杯。

ただし幼児には強すぎるので飲ませてはいけない。

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真っ黒い粉を番茶に入れるとこんなふうに真っ黒になるけど、耳かき1~2杯程度

だとお茶の味は変わらない。小さじ1杯入れるとちょっとお茶がしょっぱくはなるけ

れど、それでも気になるってほどでもない。飲みやすいです。こんなに飲みやすく

て効果があるのはありがたい。

生姜紅茶は単純に体温を上げるためにはいいのだけれど、お腹がやられてるよう

なときには甘いものは飲みたくないし、かといって黒砂糖もはちみつも入れずに飲

むには生姜の味がキツすぎる。日常的に紅茶を飲まない人間にとっては1日に何

杯も紅茶を飲むのもキツイので、いまはこれを日に何度か飲んでいます。

黒焼きを入れた番茶を飲むと足の裏がじわっと温かくなってくるのを感じる。

まだ飲みはじめたばかりだから効果というほどの効果はわからないけれど、直観

的にはいいような気がします。

ともあれ、私の夏風邪は治ったとはいえまだ完全とはいえないし、息子は昨夜の

時点で熱が38・7度まで上がってしまって日中も7度5分と、完治までにはまだも

う少しかかりそうだから、元気になるまでしばらくこれを飲み続けてみようと思うの

です。

番茶はもちろん、ヤカンで煮だすのがいちばんだけど、手っ取り早くティーバック

のもあって、時間のないときや体力が無くて手間をかけられないときにはこんな

のが便利です。これでもじゅうぶんおいしくて胃にやさしい番茶が飲めます。

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2014年7月29日 (火)

ヒグラシ

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夕方、風がでてきて涼しくなってきたのでクーラー切って窓をあけた。

菊香線香に火をつけた。

夏の匂い。

近くの林からは今年初ヒグラシの声。

どうやら夏風邪は息子に移ってしまったようだ。

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2014年7月28日 (月)

死の死 ****

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こどものころ高熱を出して呼吸が荒くなり

死ぬのではないかと恐れたことが何回もあった

おとなになり歯が痛くて頬がはれ

敗血症かと思ったことが何十回もあった

しかし熱や痛みが峠を越したなと直感する時がきて

まもなく多量の盗汗をかきあるいは

ふくれた顎が固まり(石のようになると痛くないのだ)

希望が取替えたシーツのように新鮮になるのだった

これからはこうはいくまい

はしゃぎすぎて人生を過ごしてきた罰だから

熱や痛みの

いっそうの苦しみを覚悟する

そこへの道に峠はなく

見上げるような断崖を下から上へ

一瞬に落ちゆく恐怖が続くのだ

外なる人は日々くずれてゆくという

内なる人は日々新たという

それも慰めにならぬ時がやがて来るのだ

葬いに列席する友の誄だってしらじらしいのだ

だれにもさよならをいわず

手を上げたり目で合図することもなく

たぶんグロテスクな物体がしばし遺るのだ


( 北村太郎 詩集『おわりの雪』から、『死の死 **** 』 )

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週末は夏風邪に苦しんだ。

ほんとうにあんなに苦しんだのは久しぶりだった。

土曜の朝目覚めると、まるで頭が有刺鉄線が絡みあってできてでもいるように

激しい頭痛がして、立ち上がるとこんどは左のみぞおちが痛んでまっすぐに立

てない。全身じっとり汗をかいていて、着ているものがどうしようもないほど湿っ

ていて気持ちが悪い。とりあえずキッチンにいって水を飲もうとするのだけれど

飲めない。これだけ暑くて汗をかいているのだから下手したら脱水症になると思

うのに水が喉を通っていかないのだ。風邪をひいてもいつも食べられないなん

てことはなかったし、まして水が飲めないなんてことは経験したことがなかった

からびっくりした。昨日のうちにメールで知らせてはいたけれど、夜のミーティン

グのことで電話してきた仕事仲間は私の声を聞くなり「ひどい声してるな。やっぱ

り今日は無理そうだね」といってすぐに切った。私も謝るのが精いっぱいだった。

声もでなかった。声ってつくづく健康のバロメーターだと思う。

ここまでひどいことになると困るのはふだん何もしない人たちと暮らしているとい

うことで、とにかくこの頭痛をなんとかするには少しでも食べて早く鎮痛剤を飲ま

なければと、小さな鍋に少量の洗った米を入れ多めの水を入れおかゆを作ろう

とするのだけれど、つらくてそれを立って見ていることができない。娘に鍋を見て

くれるようにいい、自分の部屋のじゅうたんの上で倒れていたら、なんだかしらな

いけれどニルヴァーナがやってきた。まだ鎮痛剤も飲んでないのに頭痛がほわっ

と消え、開け放した窓のカーテンを揺らして入ってくる風が爽やかで、まるでそれ

は小学生のころ、夏休みに学校のプールに行って泳いで帰って来た後に、畳の

上で大の字になって昼寝をする心地よさだった。まだクーラーなんてものがなか

ったころの、暑い夏の記憶 ・・・・・・ 。あまりの心地よさにうとうとしながら、このま

ましばらく眠ってしまいたいな思っていたら、息子に「寝るんだったらちゃんと布団

の上で寝たほうがいいよ」といって起こされた。もっともだ。でも立ち上がるとすぐ

に頭がガンガンして、鍋はとうに噴きこぼれていた。それを見るなり、ああ、後片

付けが大変だ、と力なく思う。具合が悪いときって何もかも面倒だ。それどころか

ふだん自分が毎日ふつうにやっている家事のことを思うだけでも果てしない砂漠

のまんなかにいるみたいにクラクラする ・・・・・・・・

そして、どうやらうちの子供たちは小さいころの質を持ったまま大きくなったようで

娘はひどく困惑すると顔がこわばって怒ったような顔になってしまい、私の心配性

を受け継いだ息子は猜疑心でいっぱいの(つまり、この人はすごく悪い病気にで

もかかっているんじゃないかというような)目でこちらを見ている。これがまたしん

どい。

それでも小さな茶碗に半分くらいのおかゆと梅干しをやっとの思いで食べはじめ

ると、彼らは彼らで猫エサみたいなシリアルにミルクをかけて食べていた。おかゆ

を食べながら「水も飲めないってどういうことか初めてわかった」といったら、息子

に「でも、わかったからって飲まなきゃ駄目でしょう」といわれた。もっともだった。

それから水のかわりに有機三年番茶を飲んで鎮痛剤を飲んだ。汗で湿った服を

洗濯機に放り込み、シャワーを浴びたら少しはましになった。そしてふたたび布

団にもぐりこんだのだけれど面倒なのは人の頭で、そんなときすら勝手にいろん

なことを考える。ぐるぐる巻きの有刺鉄線の頭の中で『ねむることによって毎日

死を経験しているのに』という北村太郎の詩の一節や、少し前に友人が夏風邪

をひいたというのを知って「この蒸し暑いときにかわいそうに」と思ったことや、

数年前の夏、夏風邪でしばらく「桃しか食べられなかった」といった友人の声や

家にいてさえこんなに大変なのだから病気になったホームレスはどんなにつら

いだろう、ということの連想からいつか近所で見た地面に腹這いになって道路

の側溝の汚泥からコインを選り分けているリア王みたいな風体のホームレスの

映像やらがごちゃごちゃに錯綜して浮かんだ。

そして子供に買いものに行ってもらおうと思えばそれは文字通りガキの使いに

しかならないのだけれど、それでもこんなとき買いものに行ってくれる人がいる

だけでもありがたい。いったい独り暮らしの男や女はこんなときどうしているん

だろうと思う。私がふだん独り暮らしの人に優しいのは間違いなくこのあたりに

由来している。ときに重たい荷物を背負ってるように感じられることはあるにし

ても、私には家族がいる。夕方、やっとお腹が空いてきて、娘が買ってきた桃を

食べたらすごくおいしかった。まさに生き返るとはこのことだった。娘にそういっ

たら(私にいわれたように)「ちゃんとよく見て買ってきたもん」といわれた。

外は死ぬほど暑かったから部屋の中は終日クーラーをつけていて、私は身体

を冷やさないように(この暑いのに)寝ているときも起きているときも星の王子さ

まみたいに首にストールを巻き、ソックスを履いて、汗をかきながら日に何度も

黒砂糖入りの生姜紅茶を飲んだ。そうやって起きているとき以外はおかしな時

間に眠りながら、意識のどこかで家族が立てるやさしい生活音を聞いていた。

それもまた子どもだったとき、病気のときに聞いたものだ。

人間というのは朝起きた直後がたぶん一日のうちでもっとも不調で、そして日中

いったん下がった熱は夕方になるとまた上がってくる。とにかく寝ていても起きて

いても暑かったけれど、熱が出ているのは免疫力がはたらいて免疫力アップして

いるのだと思って歓迎することにした。ずっと風邪をひかなかったあいだは身体

は楽だったけれどいっぽうで、「風邪は心身の大掃除。にんげん、風邪もひけな

くなるとガンのような大病をするようになる」という医者の友人の言葉も気になっ

ていたのだ。夏風邪で熱が出てデトックスできたのはよかったのかもしれない。

そうやってつらい2日間が過ぎて今朝、目覚まし時計が鳴る前に(う~ん・・・)と

伸びをしている自分がいて、「あ、もうだいじょうぶだ」と思った。目覚まし時計が

鳴った後もまだ少し眠ってしまったけれど、起き上がってみるともう頭も痛くなか

ったし喉の痛みもなかった。驚いたのはベランダに出たら涼しかったことだ。爽や

かな夏のあさ。子どものころの夏の朝みたいだった。それから病気のシーツと枕

カバーとパジャマを洗濯機に放りこんで洗った。娘が「また痩せちゃったね」とい

うから、「痩せた。でも取り返す!」といった。午後には無理しない程度に家じゅう

の掃除をして病気の気を一掃した。朝、灰色の雲だらけだった空もいつのまにか

青空に変わった。夕方、自転車に乗って市役所まで税金を納めに行くと、半袖T

シャツの腕に夏の光と風がやさしかった。帰りにそら屋さんの夏のセールに行っ

て、養蜂家がクルマに蜂の巣箱を乗せて、日本全国の花畑を移動しながら採密

したという夢のような純粋国産菩提樹のはちみつと、有機熟成三年番茶とヨギの

レモン・ジンジャーティー、お醤油に梅干しの黒焼きを買った。水も飲めなかった

とき、有機三年番茶があってほんとに助かった。おかゆと梅干しと番茶でどれだけ

人心地ついたことだろう。

昔の日本人の知恵はえらい。

夏風邪は暑いというだけで冬の風邪以上に体力を消耗する。

身体に堪える日本の夏の暑さはまだまだこれから。皆さまもどうかご自愛ください。

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2014年7月25日 (金)

夏風邪?

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昨日、いつものようにコンピュータの前で仕事していて、とつぜん喉が焼けるように

痛いのに驚いた。

なんの前触れもなかった。

それまでなんでもなかった喉がいきなり焼けるように痛いのだ。びっくりした。

そして直観的にこれはヤバイな、と思った。

症状があまりに急激だったから。

かつて喉は私の最大のウィークポイントだった。

いつも風邪は喉からやってきて、炎症の痛みと気管支閉塞による呼吸困難で私を

苦しめ、長引く咳となって最後まで居座った。

いちど、症状がもっともひどくて咳が長引き、風邪から気管支炎、肺炎へと移行し

そうだったとき、咳で呼吸困難になりそうな私を見て自分以上に息子が恐怖を感

じているのを知って、これはマズイぞ、と思った。それが水泳をはじめたひとつの

きっかけだった。タフな人生についていくには自分をもっと鍛えなければと思った

のだった。経済的にも肉体的にも精神的にもいまよりずっと過酷だったとき。

水泳をはじめてしばらくは以前よりキツイくらいだったけれど、半年、一年と続ける

うちに少しづつだけれどだんだん体力がついてきて上気道が鍛えられたのか、風

邪をひくことはほとんどなくなった。あれほどウィークポイントだった喉が痛くなると

いうことがなくなったのは、ほんとうにありがたいことだった。思えば真夏の暑いと

きはもちろん、真冬の雪の降るときだって泳いでいるわけだから、常に水に入るこ

とが躊躇なくできる態勢になったわけで、それって水泳をはじめる前の自分とくら

べたらすごいことだと自分でも思う。いつのまにか自分は「風邪はひかない」もの

だと思うようになっていた。

それが崩れたのは去年1月に生まれて初めてインフルエンザにかかったときだろ

うか、それよりも前だろうか。でも、それにしてもいきなり喉が焼けるように痛いな

んて長らく忘れていた感覚だった。何か心当たりがあるとすれば、ここのところ強

いストレスを感じることがいくつかあったのと、冷房の効いた電車の中でうっかり

眠ってしまったのくらいだ。もしかしたらあのときに ・・・・・・

どうやら夏風邪をひいたらしい、と子供たちにいうと、彼らは「あーあ」という顔を

している。娘はアルバイト先のお総菜屋さんでふだん頑張っているご褒美として

今夜はうなぎ弁当がもらえるとあって、出がけに玄関で「暑いから気をつけて」と

いうと「お大事に~」といったあとに「うなぎ!うなぎ♪」といいながら出かけて行っ

た。こちらは喉だけじゃなく倦怠感が徐々に身体を満たしつつあって、どうやって

も夕方熱が上がるのをさけられそうもなかった。こんなときに限ってハチミツも自

社のチュアブルビタミンCもない。動けるいまのうちにと、暑いなか薬局に行って

液状タイプの葛根湯とビタミンCの錠剤、それに娘に乗じてこちらも栄養をつけよ

うと、うなぎとあさりと梅干しを買ってきた。病気ってつくづく高くつく。何より明日は

プールで、夜は仕事のミーティングがあるのに。

困った!!!

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2014年7月24日 (木)

豪雨警報

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夕方、携帯のアラートは『強い雨』から『激しい雨』に、そして最後は『非常に激しい

雨』の警報に変わった。家の中にいてさえ怖くなるような雷の音。

その非常に激しい雨のなか、買いものに行った。

しかたがない。仕事が終わったのがその時間だから。

雨だというのに外はものすごく蒸し暑く、まるで蒸し器に入ったみたいだ。

昨日どこでだったか、いまの東京の気温と湿度はアマゾンと同じ、というのを読ん

だけれど、まるで熱帯だな、これじゃ。

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デザインって大事。

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いっとき娘から『洗顔ソープ・ジプシー』といわれていた私。

スキンケアのなかでは洗うことがいちばん大事だと思ってるから、洗顔石鹸は

いいものを使っている。その『いい』とは、いわゆるブランドものの高級化粧品

のことではなくて、いい原料を使って手間ひまかけて作られた、自分で使って

ここちいいもの。

いろいろ使って、泡立ちのテクスチャーや使い心地や洗った後の肌の感じや

コストパフォーマンスからいって最終的に「これ!」というものはあるにはある

けど、といって近所でいつでも買えるわけじゃない。ネット通販で買う都合から

うっかりタイミングを逃してしまって、別のものを買うついでにとりあえず急場

しのぎに買った石鹸が今日朝1で届いた。

それを箱からとりだしたら紙袋がかわいかったので思わず写真を撮っている。

オーガニックのハチミツや蜜蝋たっぷりのハニーソープ。

袋の文字からしてドイツの製品らしい。

中の石鹸は六角形の蜂の巣型のまんなかにミツバチが一匹。

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平凡な日常のこんなちっちゃいことだけど、デザインって大事。

ちいさな美しいデザインの集積が自分の居場所や今日の気分をつくる。

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2014年7月23日 (水)

ベリーな朝

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朝ごはんは相変わらず山盛りサラダ。

最近やっとレタスの巻きがよくなって、1個のレタスを50度洗いしたら2回たべら

れるようになった。今朝はレタスの量が多すぎてミックスビーンズもコーンものら

なかったくらい。プチトマトの味も濃くなってきた。いままでキュウリは身体を冷や

すとものと思っていたけど、石原結實さんの本によれば利尿作用が高くて体内の

水分を出すにはいい食べものなので、キュウリの塩もみや浅漬けは食べたほう

がいいとある。そういえば実家の母の食卓にはいつも浅漬けの鉢がのっていた

っけなと思う。かつての和食って実に理にかなっていたというわけだ。

夏は何もしなくてもたくさん汗をかくから代謝のいい季節かと思いきや実はその

反対で、夏は代謝が落ちるぶん消化機能も落ちるから、いつもより少なく食べて

効率よく栄養を摂取する必要がある。無理してたくさん食べても疲れるだけ。

最近なんだか朝パンを食べるのがきつくなってきて、食べる量を減らしていたの

に、昨日はうっかりお腹が空いてるときに見ちゃったもんだからついベーグルな

んか買ってしまった。

ポンパドールのラズベリーとブルーベリーが入ったベーグル。

ベーグルって見た目がかわいくてそそられるんだけど、食べるといつもなんだか

ね、と思う。そのベーグルを齧りながら、ベリーな朝といって私が思い描くのは、

薄く焼いたパンケーキの皿に庭から摘んだばかりの様々なベリーを散りばめた

美しい一皿。おなじく庭から摘んできたばかりのミントやレモングラスでつくった

フレッシュハーブティーと共に。

そんなことを思う私は今日も幻想の箱の住人です。

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2014年7月22日 (火)

やっと梅雨明け

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梅雨明けだ。

外は暑い。

これだけ暑いともうビーチかプールサイドにいるしかないんじゃないかと思うくらい

暑い。そして外に出るとすでに汗をだらだら流して満面不快顔の人がたくさん目に

入ってくるけど、そんなのスルーするに限る。

深呼吸しよう。

思いきり深呼吸してお腹の底にたまった重いものをぜんぶき吐き出してしまおう。

夏を呪ったところで暑さが軽減するわけじゃないんだし。

むしろこの暑さのなかにダイブする。

準備はOK?

ザブン!!!

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2014年7月21日 (月)

川崎大師の風鈴市

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朝、家を出たときにはこの季節にしては涼しいくらいで、父と出かけるにはちょうど

よかった。父の歩きかたではカンカン照りだとすぐにバテてしまうから。

今日は父と川崎大師の風鈴市に行く日だ。

実家の最寄駅のホームで待ち合わせ、めずらしくエレベーターを使わずに階段を

降りてきた父を見れば元気そうだ。驚いたのは、どこの駅に着いてもまずエレベー

ターを探さなきゃならないのに、今日は積極的に階段を使っていたこと。こんな日

もあるんだ、と思った。電車に乗ると父は席を譲られることが多い。それだけ見る

からに年寄りになったということだろうし、以前は譲られても断っていた父が、いま

は会釈してから素直に座る。電車は立ってるとけっこう揺れるから、無理すること

ないと私は思う。もちろん誰もが譲ってくれるというわけじゃなく、山手線では仏頂

面でiPhoneをいじってた女の子も、太い指でスマートフォンを操作していた大男も

しきりにカシャカシャとルービックキューブを回していた子供みたいなマザコン男も

完全に目の前の父を無視した。たまに父と一緒に出かけると、父はまるで社会を

映しだす鏡みたいで、私はいろいろなものを見、いろいろなことを思う。そしてなぜ

かどこに行っても私は人から話しかけられる。品川から京浜急行に乗り、京急川

崎から大師線に乗り換えたときには競馬新聞を持った見るからにとっぽい隙っ歯

のおじさんに親しげに声をかけられ、彼の横に2人並んで座った。かつては下町

の不良息子だったらしい彼は、話の内容からして父とそう変わらない年のようだっ

た。喋り方こそたいそう威勢がよかったけれど、彼が手を振りながら電車を降りた

ところを見たら、杖をついて歩いていた。大師線のなかは風鈴市に行く人たちで

いっぱいで、若い夫婦と小さな息子、3人そろって浴衣姿の家族などいて微笑ま

しかった。

そして、待ち合わせから1時間半ほどもかかって川崎大師駅に到着すると、目の

前の景色を見るなり父の顔が輝いた。なんだか懐かしいな、と父は嬉しそうにい

った。それだけで、わざわざ時間をかけて来た甲斐があるというものだった。

歩きながら「昔いちど車で来たことがあるだけだから」というから「昔っていつ?」

と訊いたら、「終戦後!」という答えが返ってきた。あまりに昔だ。

初めて行くせいもあって参道はけっこう長く、すっかり天気がよくなって暑くなって

きたこともあって早くも父は少し疲れてきたようだった。

でも、それもこの角を曲がったとたんに一変した。

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仲見世通り。

ここは父には馴染みの浅草、浅草寺の仲見世通りにそっくりだ。

道の先にはもう川崎大師の屋根がちょっぴり見えるから、ここまで来たらあと少し。

通りの両側では老舗の飴屋さんが飴を切る威勢のよい包丁の音がリズミカルに響

いている。そして、その音を聴くなりハッと記憶がよみがえった。

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父も私も忘れてしまっていたけど、ここは初めて来るところじゃない。

昔、私が二十歳だったとき、父の運転する車に乗って、大晦日から宵越しで初詣

に来たところだ。私が成人式に初めて着物を着るんじゃ格好がつかないだろうか

ら予行演習のため、ということで、母に着物を着せてもらって家族4人で来たのだ

った。そしてもともと車に強くない上に帯を締めていたものだから帰りに具合が悪

くなって、早く早くと父を急かして、クルマの中から家が見えるなり帯をゆるめて家

の中に駆け込んだのだった。すっかり忘却の彼方だったそんな大昔の記憶をいま

飴切りの音で思い出させられようとは。びっくりだった。

あのときは夜だったけど、たしかにこの景色と音には記憶がある。そしていまでも

大好きだけれど、あのときもきな粉飴を買って帰ったのだった。

仲見世通りを歩きながら、あんなのもあるこんなのもあると指さす私に父はまるで

子どもにいうみたいに「お参りしてからな」といっている。

そして護摩の煙がもうもうたる境内を突っ切って本堂前でお参りを終え、食べもの

の露店が並ぶ蒸しあっつい境内を抜けて、さて風鈴市を見ようと思えば父はげん

なりした顔で「その混雑した中に入るのか」という。こんなとこまでわざわざ来たの

は風鈴市を見るためなんだから混んでたっていくよ! とばかりに先を行くと渋々

着いてくる。たしかに人で混雑していて歩くことも風鈴をじっくり見ることもできず、

とにかく蒸し暑くてあっという間に全身汗びっしょり。屋根のあちこちからはミスト

が噴き出しているから、やたらにカメラも向けられない。来る前は頭の中でもっと

風情のある景色を思い浮かべていたけど、風流を味わうどころじゃ全然ない。

それでも日本全国から集められた風鈴はその土地それぞれの独自の味わいが

あり、見ていて楽しかった。岡山備前の風鈴も南部鉄の風鈴も渋くてよかったけ

れど、やっぱり暑い夏はガラスの風鈴が色も音も涼しげでよい。

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津軽びいどろ、小樽ガラス、榛名ガラス、沖縄びーどろ、ガラスだけでもいろいろ

あるけど、東京っ子にはやっぱり昔ながらのシンプルな江戸風鈴がいちばんだ。

私は自分の家にはかけられないけど近々会う予定の人へのお土産にひとつ買い

父もさんざん迷った末に朝顔の絵のついた風鈴をひとつ買った。

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我々が見たのは風鈴市全体の半分程度で、風鈴が飾ってあるブースまだほかに

もあったけれど、暑さに疲れてきたのと、父がもういいというので早々に切り上げ

ることにした。こういうところも女親とはぜんぜん違う。せっかく時間をかけてわざ

わざここまで来たのだからと、母ならきっと少々暑くてもあちこち楽しんで見ただろ

うけど、父は来るだけで目的の8割方が終わっているようだ。私はもうちょっとちゃ

んと見たかったけれどあきらめた。なんのことはない、1時間も境内にいなかった

のじゃなかろうか。こうなると、あとのお楽しみはお土産を買うのとお昼ごはん。

駅を降りてここまでくるときに何軒も老舗の葛餅屋があって人がたくさん並んでい

て、ここは葛餅が有名なところなんだね、帰りに買っていこう、と話していたのだ

けれど、川崎大師では葛餅のことを縁起をかついで久寿餅と書くらしい。

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そんなわけで行きは久寿餅を買って帰る気満々でいたのだけれど、仲見世通り

を歩いていたらすごくおいしそうなわらび餅が売っているのを見つけて、わたし

久寿餅よりわらび餅のほうが好きなんだ! とばかりにそっちに変更。自分の分

と父の分とお土産に買うつもりが、父が買ってくれた。そして、これもまた行きに

見つけたお蕎麦屋に入ろうとしたところ、混んでるのでやめようと父がいい、あそ

こにしてみようか、と父がいったのはめずらしくこんなところだった。

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ここも老舗らしい、渋い佇まい。

でも寿司の暖簾にうなぎの幟にあなごと蛤なべの垂れ幕っていったい・・・

と思いつつも浴衣の後姿が色っぽい女性(粋な浴衣姿の男性と一緒だった)にひ

かれるように続いて入り、ここでうな丼を食べました。今年、初うなぎ。

うな重と違ってうな丼は家で食べるみたいにうなぎが小さかったけど、小食の父に

はちょうどよかった。メニューを見たら、うなぎにあなご、寿司に天ぷら、それに鍋

までなんでもありました。おいしかった。

そして食事が終わって時刻を見るとまだ1時過ぎなのです。

途中にある店を眺めつつ、駅までぷらぷらしながら帰りました。

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お土産に買ったのは大谷堂のわらび餅。

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きなこ、抹茶、竹炭と3種類入ってて、このわらび餅がとってもおいしかった!

ぽよぽよととろける食感。

息子が抹茶がとくにおいしいというので調べてみたら、京都嵐山の「峯嵐堂」が

出店元らしい。なるほど、それで抹茶が本物だったんですね。

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これはうまい! といいまくった息子、

最後に「ぼく、誕生日これでいい。わらび餅にローソク立てて」ですと。

相変わらず変なこという人だね。

でも、さっそく買ってくれた父に伝えると嬉しそうにしていた。

蒸し暑かった夏の日のささやかなひとコマ。

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2014年7月20日 (日)

梅雨疲れ

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冴えない天気の日がつづく。

今日、ラジオを聴いていたらナビゲーターが『梅雨疲れ』という言葉をつかってい

たけれど、こうも雨ばかり降るとほんとにうんざりしてしまう。

低気圧のせいで頭はぜんぜん冴えないし、湿度のせいで肩関節も痛む。

ベランダではばらが数株枯れかけている。

ばらに真夏の暑さがこたえるといっても、基本的にはばらはお日さまが大好きな

植物で、枯れるのはむしろいまみたいな高温多湿の時期だ。いつまでも鉢の土が

じめじめして乾ききらずに根腐れしだす。

こんな天気の日は犬もイライラするのか、近所の犬が気違いみたいに吠える。

いいのはこの時期にしては電気代が安いことくらい。

世の中の景気は復調傾向にあるというけれど、自分の身近なところを見まわす限

りおよそそんな気配はないし、みんな苦労して地道に働いている人ばかりで、なん

とかミクスの差し金で無理やりメディアによって操作された虚像を見せられている

のはないかと疑ってしまう。メディアに映し出されていることが世の中の大半の人

の興味だったり考えだったりするとしたら、限りなく自分はそこから乖離しているよ

うにも思う。どこを見てもこの空同様冴えないことばかりだけれど、そんな日常から

も日々、小さな光をすくいとろうとしている人はたくさんいる。

それこそをポジティブというのじゃないだろうか?

昨日はビニール傘を持ってプールに行ったけれど帰りも降られることなく、家に帰

って水着とバスタオルを洗って干したころでザっときた。今日は父と川崎大師の風

鈴市に行く予定だったのを連日の予報で大雨になるおそれがあるというので明日

に持ち越したら、けっきょく一日降らなかった。ふぅ、やれやれ。

そしてこのまま今日は暮れるのかと思っていたら夕方、携帯のアラートが鳴って、

この地域に大雨・洪水・雷警報が発表されたという。雨が降り出す前に外に出た。

重く垂れこめた空の下、一日じゅう家にいると息が詰まるから。

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気温の割には部屋の中は蒸し暑かったけど、外に出ると涼しいくらいだ。

東から黒雲が空を覆ってきて、灰色の雲が幾層にもなって速いスピードで飛んで

ゆく。ざわざわと風が木立を揺らしはじめて、典型的な嵐の前の雰囲気だ。

・・・・・・ と、遊歩道を歩きはじめたら病院の厨房の前で猫にであった。

もう暗くてブレてしまったけど。

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ソックスを履いたように足の先っぽが白い、まだ若い猫。

このあたりをうろうろしてるってことは、もしかしたら、ときどき厨房のやさしい人に

まかないごはんの余りものでももらってるのかもしれない。

そして夜目にも紅い、うるわしの夾竹桃。

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嵐の前っていうのは猫もじっとしてられないのかな?

また別の猫に会った。

なかなか美しい猫。

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首輪をしてないところを見ると、君も野良かい?

頭上では雷鳴が轟きはじめた。

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それで思い出すのは、一年のうちで雷の鳴るこの時期がもっとも迷い犬が多い

とTVのニュースでいっていたことだ。突然、大きな雷が鳴った瞬間に犬が驚いて

たとえ鎖で繋いでいても火事場の馬鹿力で引きちぎって逃げてしまうのだそう。

アナウンサーがそういった後に犬のお教室みたいなところが映って、犬の調教師

が「お宅の飼い犬がそうならないためには日ごろから犬に大きな音を聴かせて慣

れさせることが大事」、「大きな音を聴かせた後にオヤツをあげると、犬は大きな

音の後にはいいことがあるflair と思ってもう怖がらなくなる」などといって、まるで教

室で幼稚園の先生が子どもにお遊戯を教えるみたいに笑顔でたくさんの犬をいち

どきに訓練していた。それを見ながら、いやはや、犬を飼うのも大変だな。たかが

雷くらいで実にご苦労なこって、と思ったけれど、こちらはさすが野良。

頭上でどんなに雷鳴が轟いてたって身じろぎひとつせず悠々としたこの態度 ・・・

素晴らしきかな、野生の魂。

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ついに雨がパタパタと落ちはじめ、もう帰るかときびすを返すと目線の先に暗い

灰色が幾重にも滲んで重なる空のなか、微かにきれいなブルーが垣間見えて、

これってまるで我々の小さな希望みたいじゃないか。

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夜。

部屋の中から見える稲妻があまりに凄かったから窓にカメラをくっつけて撮ってみ

たけど、稲妻の一瞬のフラッシュであたりが真昼みたいに明るく撮れてしまって、

これじゃなんだかわからないね。

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2014年7月19日 (土)

トムヤムラーメン

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たいてい土曜日に起きるのは早くて8時半、遅いと10時ころまで寝ていて、それ

から朝ごはんを食べてシャワーを浴びてスイミングクラブに行く。

だからいつもプールから帰った後にいささか遅い2回めのごはんを食べることに

なる。そんな今日の2回めのごはんはトムヤムラーメン。

最近スーパーマーケットに行って思うのは、エスニック食材のコーナーがとっても

充実していること。それだけエスニック料理が好きな人が多くて需要があるってこ

とだと思うけれど、いままでタイ料理屋でしか食べられなかったようなものが家で

手軽につくって食べられるのは嬉しいかぎり。最近はすっかりこのトムヤムラーメ

ンと日本のインスタントラーメンそっくりな即席フォーにハマっている。

簡単に作れる割にはなかなか本格的な味で、かなり辛い。

麺をすするときうっかりするとむせそうになるくらい辛いから、辛いものが苦手な

人は駄目かもしれないけれど、これがけっこう使える。

今日みたいに日中、泳いで身体を動かした日はいいけれど、日がな冷房した部屋

でコンピュータの前で仕事をしていた日なんかはまったく汗をかいてないから内臓

体温は下がったままである。それだと日中起きているときと夜寝るときの体温にほ

とんど差がないため、なかなか寝つけなくなってしまう。そんなとき、手っ取り早く

夕飯にこういう辛くて温かいものを食べるとガーッと0.5度くらいは簡単に内臓体

温が上がって、ドバっと汗が出てよく眠れるというわけ。

土曜日はいつも娘は学校に行っててお昼は息子とふたりだから、エビもパクチー

もいっぱい。パクチーは血をきれいにしてくれる。パクチーもこれくらいたっぷり入

ってると満足。

この味と辛さ、癖になります。

見つけたらまとめ買いしたいくらい。

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2014年7月17日 (木)

水出しコーヒー

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これっていったいなんなの?! と思うくらいモーレツに暑かった昨日。

ベランダに出しておいたら、あっという間にお湯になってしまったブルーソラーウォ

ーターで水出しコーヒーを作った。いつも真夏でもほとんど冷たいものは飲まない

のだけれど、せっかくこのあいだ土居珈琲さんからアイスコーヒー用の豆をいただ

いたから。作り方はいたって簡単で、ハリオの水出しコーヒーポットに60グラムの

挽いた豆をセットして、ポットがいっぱいになるまで上からゆっくり水を注いで冷蔵

庫で8時間寝かせるだけ。そして、いつも珈琲には砂糖もミルクも入れないけれど

アイスコーヒーは別。昨日のうちにガムシロップと珈琲用の生クリームを買ってお

いた。こうなるともうほとんど飲みものというより、デザートみたいなもんですね。

そうしてできあがったアイスコーヒーをキンキンに冷えたグラスに注いでガムシロ

ップを混ぜ、生クリームを注ぐ。

これがめちゃくちゃおいしい!

いわゆるコーヒーフレッシュというのは乳製品とは全然関係のない油からできて

いる、というのを知って純生クリームを買ってきたのもよかった。

こんなにおいしいアイスコーヒーを家で飲んでると、もう外では飲めないかも。

この夏は土居珈琲さんでアイスコーヒー用の豆を買ってみるかな。

アイスコーヒーというと以前、表参道のカフェ・ド・レジュではメニューに『カフェグ

ラッセ』と書いていたことを思い出す。いつかの暑かった夏の日、涼しげな響き

にひかれて頼んでみると、キンキンに冷えたウィスキーグラスに注がれて出て

てきたそれは、まさしくふつうのアイスコーヒーとは別次元のおいしさだった。

深く、濃厚で、とろっとまろやかで。これぞ夏のブラック、とでも呼びたい味。

いまメニューを見るとふつうに『アイスコーヒー』と書いてあるけど、きっと味は

あのころのままなんだと思うよ。

そしてさらに思い出すのは、池袋の地下の西口近くにあったコーヒーショップで

飲んだアイスコーヒー。いつも親友のミキちゃんと、ドイツ語の授業がはじまる

前や終わった後なんかに行った。滴のついた銅製の大きなマグカップにたっぷ

り入った冷たいアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れて、ストローでカラ

コロといい音をさせながら飲む。あんなにしあわせな味ってなかったな。

いまにして思うと、かもしれないけれど。

ミキちゃんは派手なトロピカルプリントのギャザースカートにピンクのTシャツの

裾をサイドできゅっと結んだファッション。私は胸に『Marina del Rey』なんてロゴ

の入ったTシャツにジーンズ。ふたりともいわゆるアメカジってやつだった。双子

みたいに似たようなヘアスタイルをして。

友達にいうと「そういうこと、よく覚えてるね」といわれるけれど、夏のおもいでは

たくさんある。

あのコーヒーショップはいまでもあるんだろうか。

ミキちゃんはどうしてるかな。

というわけで、今日のお昼はコンビーフとチーズのホットサンドにアイスコーヒー。

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2014年7月15日 (火)

去年の夏の残りもの

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去年の夏の終わり、いやもう秋だったか、友達が「海に行こうか」というので色違

いで買ったfog のビーチサンダル。

表にリネンが貼ってあって、ビーサンとも思えないような値段だったのだけれど、

シーズンオフになってプライスダウンになったので買った。

それから気温や日の長さなど、海に行けるぎりぎりの時期まで2人で行けそうな

タイミングをはかっていたのだけれど、けっきょく行けず終いで終わってしまった。

そして今年もはや夏だ。

このあいだその友達に「グレーと白のしましまと、墨黒一色。どっちがいい?」と

訊いたら、「しましま!」といわれたから「じゃ、こんど持ってゆく!」といいながら

毎回出がけにバタバタして忘れてたのを今夜持って行こう。

今年こそ海に行けるかな?

昔、子どもだったころは夏休みに海水浴に行くのは最大級の楽しみだったけど、

でもいまは正直いってトップシーズンの海に行くのはあまり好きじゃない。

なんたって暑すぎるし人が多すぎる。それに泳ぐならプールがいちばん。

海で泳ぐんなら最低ゴーグルとフィン(足ひれ)がほしい。

間違っても海でバタフライはしない。

(いや、フィンをつけてたらそれもいいかもしれない。)

理想は沖縄かモルディブのどこまでも遠浅の澄んだエメラルドブルーの海で、

シュノーケルとゴーグルつけてぷかぷかしながらきれいな魚と戯れること。

どうやったって私はあのひとみたいなアスリート系にはなれないんだから。

あのひとっていうのはね、泳検1級を誇る異色のヴォーカリストのことですよ。

ちなみに、このビーチサンダルを買った後に手に入れた、マイケル・フランクスの

『Time Together』というCDのイラストがビーチサンダルだった。

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一曲めのタイトルは『Now That the Summer's Here』。

マイケル・フランクスといって思い出すのもやっぱり夏だね。

中身は永遠のマンネリズムともいうべきいつもの彼の歌だけど。

My happiness is spending time together with her. は、どこかで見つけた例文。

というわけで本日、上町63

アスリート系ヴォーカリストの夏の歌を聴いてこよう。

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2014年7月14日 (月)

誠実な人、誠実な仕事

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仕事を終えて夕方、自転車に乗って買いものに行こうとすると、自転車の後輪が

パンクしてぺしゃんこになっていた。

タイヤの空気はこのあいだ入れてもらったばかりだし、昨日の夕方乗ったときに

はなんでもなくて、それから丸一日乗ってなかったからすぐに「またやられた!」

と思った。これまでにも買ったばかりの自転車のサドルをカッターで切られたり、

タイヤに画びょうを刺されたり後輪に針金を巻きつけられたりしたことが何度も

あったからだ。おりしも外はものすごく蒸し暑く私は用事をいくつも抱えていて、

すでに時刻は6時過ぎだったから心底まいった。

とりあえず4階の部屋まで戻って空気入れを取ってきて空気を入れてみたら、

いちおう入ったみたいに見えたから大丈夫かと思って走りはじめたら、プシュッ

プシュッという音とともに半分も行かないところで元通りぺしゃんこになってしま

った。といって、そこまで行って帰ったら全然用事がすまないから、しかたなく

自転車を押して店まで行き、買いものをすませてから自転車を買った店まで歩

いて行くことにした。そのときすでに汗だくで、うんざりしつつも「まあ、いい運動

だと思えば」とあきらめて自転車を押していたら、市役所の前あたりで障がい者

の車椅子を押す女性とすれ違い、彼女が私に向かってやわらかな微笑を向け

たので、自分もそれほどひどい顔はしてないんだと思ったのだった。思えばそう

いう人たちは暑かろうが寒かろうが一年じゅう車椅子を押して歩いているのだ。

そこからは何も考えずに府中街道沿いを淡々と自転車を押して歩いた。

けっこうな距離だったから、これで自転車屋がやってなかったら泣きっ面にハチ

だな、と思っていたら、遠目にも店から灯りが漏れているのが見えてほっとした。

自転車屋はドアが開けっ放しだったけれど中に入ると強力に冷房しているらしく

涼しくて、ますますほっとした。

店はもうじき閉店時間らしく、中ではこれまで何度も話したことのあるオーナーの

男の人が忙しくゴミ出しをしているところで、ちょっと待ってから私が事情を話し、

駐輪していたらイタズラされたみたいで後輪がパンクしていた、と話すと、すぐに

自転車を台に上げてテキパキと後輪のチューブをはずし始めた。はずしたチュ

ーブに空気を入れて膨らまし、水の中に入れて圧をかけてから「こりゃ最悪だ。

中まで穴が開いちゃってる」といい、「ちょっと見てください」というので近くに行っ

て見たらチューブの広い範囲から空気の泡がポコポコ出ていた。

そして、「どうやらホチキスのかたまりみたいなものを踏んじゃったようですね。

ここまでひどいのは外から人為的にはできないから、これはイタズラではない

です」といった。そうですか、これまでにも何度も嫌がらせみたいなことをされて

きたからてっきり今度もそうかと思ったんですけど、と私がいうと、彼は「いや、

これはイタズラじゃないです。それで、ふつうだと修理代もいただくところなんで

すが、この自転車は出してからまだ1年も経ってないので、今回はチューブ代

だけでいいです」といった。そうしているあいだにもサイドブレーキを直してほし

いという女の子や、私と同じようにパンク修理の男性やらが来て、閉店時間の

7時を過ぎても終われそうになかった。

それから修理が終わるまで、オーナーのその人と、もうひとり修理をしている別

のおじさんと話しながら、自分の自転車が修理されるところをずっと見ていたの

だけれど、彼は実にきびきびとよく動き、一生懸命で、その仕事ぶりはいつもな

がら丁寧で誠実だった。

私の自転車は新しいチューブに取り替えられ、各所が油をさして調整され、最後

に布で磨かれてピカピカになった。お金がないときの余分な出費は痛かったけど

それでチューブ代だけでいいなんてなんだか悪いみたいだった。

でも彼はいつでもそういう仕事をする人だった。

自転車屋の経営もなかなか大変そうなのに、そういう風でやっていけるんだろう

かと客の私が心配になるような仕事ぶり。

それでけっきょく、彼と接していると、「ああ、この店で買ってよかった」「この次も

またここで買おう」と思えるんだから、やっぱり彼の仕事のやり方は正しいのだ。

これって素晴らしいことだと思う。

嫌なことをする人がいるからといって自分も同じことをすれば自分も嫌な人にな

る。世の中いいかげんな人ばかりだといって自分もいいかげんなことをすれば

ますます世の中にいいかげんが蔓延する。ネガティブはポジティブの100倍の

パワーがあるというから、それこそあっという間にそうなる。

でも誠実な人、誠実な仕事というのはストレートに人のこころを打つ。

そしてその誠実さは人にも伝播してゆく。

たとえそれが大多数のなかの少数でも。

私は何度もお礼をいい、彼は仕上がった自転車を店の前に出してとめた。

それからすっかり暗くなった空をあおいで「いやあ、これは一雨降らないことには

今夜は眠れそうにないなあ」といった。なんでも家の女どもはどんなに暑くてもク

ーラーなしで熟睡できる人たちなのだそうだ。ほんとにまいる、と彼はいった。

私はスーパー・マーケットに向かってピカピカの自転車を走らせながら、日中の

暑いあいだ、あんなに汗水たらして一生懸命働いているお父さんなんだから、

家に帰ったときくらい快適にしてあげればいいのにな、と思った。でも、そう話し

ながら彼の顔は穏やかに笑っていたから家庭はきっと平穏なんだろうな。

今日は夕方の忙しい時間に大汗かいてパンクした自転車押して延々歩くはめに

なったけど、そんなわけで今日もいいことありました *

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2014年7月13日 (日)

バターナイフを作った。

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久しぶりの木工。

いつだってやれる時間があったら木工をやりたい私なのだけれど、意外と木工

をやれる時期ってそれほどありません。

家では木工をやれるのが床がフローリングのダイニングルームのテーブルとベ

ランダしかないから、家の中ではクーラーもガスファンヒーターも使ってない時期

あとは外で彫り続けられる気温のときしかやれない。

それにはじめてしまったら数時間はひたすらその作業だけに没頭することになる

から、なかなかそんな時間を作れないのが現状です。

でも、だからこそときどき無性にやりたい木工。

何も考えずにただひとつのことに没頭する時間、っていうのが私にはどうしても

必要なのです。

今日はそんないろいろな意味でぎりぎりの日曜。

いろいろやらなくてはならないことはさておき、少し前に買っておいたKINOさん

の『つくるキット』でバターナイフを作ってみる。

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KINO『つくるキット』には、木材がひとつと粗めの違うサンドペーパーが2枚。

それにミツロウと型紙付きの作りかた、このプロジェクトがはじまった理由とコンセ

プトなどが書かれたリーフレットが入っていて、あとはカッターか切り出しナイフさえ

あれば作れるようになっています。

バターナイフの木材は東京の杉とひのきの2種類。

私はひのきを選びました。

堅い木材のほうがカトラリーには向いてるから。

これまでさんざんスプーンは作ってきたけどバターナイフを作るのは初めてなので

今回は付いてた型紙をそのまま使用しました。

木材にカーボンで型紙を写す。

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そして、ベランダでバケツのゴミ箱の上でひたすら削ること1時間。

大体の形ができあがりました。

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それにしても久しぶりの木工。

すっかり手が駄目になってるかと思ってたけれど、思いのほか手が覚えてた。

何をするにも筋肉がいるのです。

ギターを弾くにも歌を歌うにも泳ぐにも木工をするにも文章を書くのにも。

文章も3日書かずにいるとすぐに書けなくなる。

筋肉ってほんとうに大事。

そして、あらかた形ができたら立体的に削る。

手持ちのお気に入りのバターナイフを見ながら、それを参考に立体的にしていき

ました。そうしたら型紙よりもっと自分の好きな形にしたくなって全体も削る。

削って削って削って、そして「よし!」となったら今度は粗いほうのサンドペーパー

で、やすってやすってやすって・・・・・・・ さらに細かいサンドペーパーでやすって、

できた!

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やあ! はじめて作った割にはなんてうまいんだろう!

もしかして私って木工の才能があるとか?!

と、例によってアホみたいに自画自賛した後で、「でも、木を削るのがうまくたって

なんの生活の足しにもならないね」といったら息子が「作って売ったら?」というか

ら、「馬鹿なこといいなさんな! こんなものいくら作って売ったところでぜんぜん

採算あわないね」といったのでした。なんて現実的な我が家。

でも変なこというと昔、終戦から28年たってジャングルから横井庄一さんが生き

て日本に帰って来たときには、子どもながらにものすごい衝撃でした。

つまりその生きる力、生命力と生活力、生き延びるためのあらゆる知恵に・・・・・・

自分ならあっという間に死んでるだろうと思った。

なので、こんなことでもできたら何かの役に立つかもしれません。(???)

当時90近かったからきっともうお亡くなりになってしまったと思うけど、ひとりでせ

っせと竹細工を作っているおじいさんがいて、その作品が好きだった。

竹という堅い素材を使って、とても精緻で端正なカトラリーを作る方だった。

いまでも宝物。

そんな風にはなれないとしても老後の楽しみくらいには、なんて思ったりもするけ

れど、いまの日本で『老後の楽しみ』っていうのも死語なんじゃなかろうか? 

いまの日本には『老後の苦しみ』しかないような気もするけれど・・・・・・

おっと、いけねえ、私らしくもない、ネガティブになっちまった。

さて、できあがったものをミツロウで仕上げます。

と思ったら、ミツロウの入った容器の蓋がどうやってもカタくて開かないので、あき

らめて自分のブッチャーブロックコンディショナーで仕上げました。

ひのきなのでオイルを塗っても色はあんまり変わらないけど、いい感じです。

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どこから見てもいい形。

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きれいな木目。

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私の好きな形です。

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所要時間、約3時間。

バターナイフはやっぱりスプーンを作るよりは簡単でした。

またすっかり手と腕が痛くなっちゃったけど、

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あー、楽しかった!ヽ(´▽`)/

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2014年7月11日 (金)

台風一過の青空、そしてまた雨。

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台風8号は思いのほかあっさり通り過ぎて行った。

朝おきるとちょっと雲が多いけど台風一過の青空。

そしていきなり猛烈に蒸し暑い。

今日はいつもの南側の窓際の机でコンピュータに向かっているだけで汗だく。

あまりの暑さにこれはもう仕事にならないと、ついにクーラーをセットアップして

電源を入れた。でも電源ランプが点き、パネルがスウィングしはじめてもいっこ

うに風がこない。ベランダに出て室外機を見ると作動音がしてなくて、ファンも

回ってない。うわ、ついに壊れたか、と一瞬ゼツボー的な気持ちになったけれど

しばらくしたらやっと動き出して、出てくる風もちゃんと冷たい。ほっとした。

毎年、最初にクーラーの電源を入れるときはいつもハラハラする。

このクーラーもいささか古いので。

前は毎回バタバタと紅の豚が離陸した直後みたいな凄い音がして、いつ壊れる

かと落ち着かなかった。そのたび今度こそ『シロクマ貯金をしよう』と思うのだけ

れど、なかなかできない。だってエアコンって家電製品の中でも断トツに高いん

だもの。それで昔は地震・雷・火事・親父だったけど、いまの我が家は地震・エア

コン・コンピューターにカメラです。なんのこっちゃ。地盤以下壊れちゃ困るもの。

そして作業をはじめたころにはすでに雲行きが怪しかったのが、クーラーがやっ

と動き出したと思ったらまた激しい雨が降り出した。なんともはや。いそがしい。

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でも今日は朝からいいことがあった。

やっと去年から抱えていたことが動き出したのだ。

それにいくつかのシンクロニシティも。

不思議だね。

やっぱり人は出会うべくして人に出会っているらしい。

そして人の強い意志っていうのは死んだからって無くなるものじゃないんだね。

ボスはそれを遂行するためにその人を選んだ。

そしてそれは正しかった。

じきにそれは成就する。

7月の魔法。

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2014年7月10日 (木)

台風まじか

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Tシャツを買ったのなんて何年ぶりだろう?

最近はずっと真夏でもリネンの七分袖を着ていたから。

昔、さんざん着た45rpm。

この夏のセールで半額だった。

いい年していつまでたってもカジュアルがやめられない私。

これがまた自分でいうのもなんだけど似合うんだな。

今日は昨日以上に高温多湿で、耐えきれずにそれを着て外に出た。

蒸し暑いけど外は風が強くて、Tシャツってやっぱり気持ちいいな!

今日は台風の影響で朝から一日、風がごうごうと唸りをあげていたけど、雨は

パタパタきたりやんだりの繰り返しで、洗濯物はほとんど乾いたみたいだ。

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そして、今日ついに市役所から今年の国民健康保険税の納税通知書がきて

封を開けて中身を見たら去年よりも下がってた。一瞬よかったと思ったけれど

それってつまり収入が減ったってことで、全然いいことじゃない。年々、収入は

減る一方だし、消費税増税による家計への影響は思った以上に大きかったし

このままだと物質的な豊かさの向上はまったくみこめないってことだから正直

あんまり楽しくはないけど、でもしあわせってお金のあるなしだけじゃないんだ

しね。

昨日もそれを猫に教えたもらったばかりだよ。

パンダのあんなにしあわせそうな顔、見たことない。

猫といえば、今日は『百代の過客しんがりに猫の子も』という加藤楸邨の俳句を

地で行くようなハンタさんの誕生日だ。

ハンタさん、お誕生日おめでとう!

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2014年7月 9日 (水)

居心地のいい場所

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東京は今日も一日ずっと雨で、高温多湿のムシムシ・ジメジメ・ベタベタの文字

通り鬱陶しい梅雨の日だけど、夕方いつもより少し早く買いものに行くと、君は

雑貨屋さんのプランターホルダーの中で気持ち良さげにくつろいでた。

それ、まるで君のために作ったみたいにぴったりだね!

お天気がよかろうが悪かろうが、少々何がどうだって、猫は自分にぴったりの

居心地のいい場所をみつける天才だ。

そんなところも実にうらやましく思うんだよ。

私がうしろにしばらく立っているのにさえ気がつかないくらいぼんやりしていた

けど、君はいったい何を考えていたんだろう?

過ぎ去りし、華やかなりし日のこととか?

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2014年7月 8日 (火)

With a little luck ☆

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今日の一日の終わりのやすらかな半月。

正確には10番めの月 ・・・・・・

天使の羽、みっけ!

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それから『With a little luck』を口笛で吹きながら買いものに行った。

家に帰っても鼻歌を歌いながら料理をしていて、とつぜん本物が聴きたくなって

YouTubeで探して聴いた。イントロが流れ出す ・・・・・・ めちゃくちゃ懐かしい。

ポール・マッカートニーがビートルズを解散した後に出した宅録のソロアルバム

は2枚とも持ってて、当時はコテンパンに酷評されたけど私は好きだった。レコー

ド聴きながら歌詞カード見ながら歌った曲は完全じゃないまでも今でも歌える。

高校生からハイ・ティーン、20代の前半くらいまではPaul McCartney&Wingsの

アルバムが出るたびに買った。Wingsが好きだというと友達から馬鹿にされたり

したけど、いま聴いてもすごくいいよ。サイコーにハッピー♪

息子が「いいね!」といった。

「いいよ! 少なくとも、いまラジオから流れてくる音楽より100倍いい!」

と私がいった。

「この人もプログレだね!」

「・・・・・・・・・・・・」(踊っているハハ)

私の音楽のしあわせ、これまでも、これからも。

ああ、耳がもとどおり、ちゃんと聴こえるようになってよかった!

ストレスよ、ばいばい!

 

 You Tube → ミックス Paul McCartney - With A Little Luck

 

 (クリックすると延々とかかるから注意!)

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2014年7月 7日 (月)

吉川裕子 陶展 ─ 祈りの詩 ─

Yuko_yoshikawa

最近、それが行ける場所であってもなくても個展のお葉書をくださる陶芸作家の

吉川裕子さん。このお葉書をいただいて、テラコッタの天使と横に添えられた言

葉を見たとき、いいなあ、行きたいなあ、と思ったのだけれど、たまたま同方向に

ふたつばかり用事ができたこともあって先日、娘と一緒に行ってきました。

個展が行われていたのは初めて行く自由が丘のギャラリー澄光

葉書の地図を見ながら駅から歩くこと10分ばかり。途中には龍をお祭りした(?)

奥沢神社などもあって自由が丘の駅前周辺の雑多な感じとは違って緑も多い。

たどり着いたそこは正面ガラス張りに木製のドア、コンクリート打ちっぱなしの長

方形のシンプルな空間に、裕子さんの分身みたいなテラコッタ天使がたーくさん

並んでいました。無機質な空間にあたたかな質感の作品がとても合う!

私たちがドアを押して中に入ったときには誰もいなくて、作家の吉川さんが笑顔

で迎えてくれました。

これまで見たのは陶の灯りを中心として食器などが多かったけれど、今回の個展

はテラコッタの人型の立体作品が小さいものから大きなものまでぜんぶで80体

くらい。それに壁に飾られた陶板と、棚に食器やキャンドルホルダー、花活けが少

しと過去につくられた灯りの作品など。見ごたえがありました。

なんといっても裕子さんのつくるふっくらしたテラコッタの天使は触りたくなるほど

なめらかできれいな肌をしていて、まるでいまほんとうにお風呂から出てきたみ

たいに内側からほわっと体温を感じさせるような温かみがある。表情もしぐさも

身体つきもすべてが自然で、ほんとうにこういう人が目の前にいるような存在感

があるのです。残念ながら私の部屋にはこれを飾れるようなスペースはないけ

れど、もしお店に入ってこんなのがあちこちにいたらすごくなごむだろうなあ、と

思いました。何よりどの天使もみんなすごくリラックスしていて、でもそれぞれ思

念のようなものを抱えていて、現実とは違う静かな時間軸にいるようなのです。

それはきっと作り手のなかにそういう時間軸があるから表現できることで、いま

みたいな時代にあって、こんな陽だまりみたいに安らかで安心感のある作品が

つくれること自体、すごく素敵なことだと思いました。

娘は壁の陶板が気に入ったみたいで「これはどうやって描いているんですか?」

なんて聞いて裕子さんから丁寧に教えてもらっていました。

実をいうと私はモビールみたいに吊るされた小さい飛天使がほしかったのだけ

れど、その日はあとふたつ用事を抱えていて荷物が多くなるかもしれなかったし

ちょうど何人かお客さんが入ってきたところで時間もなかったので出てきてしまい

帰る道々、ちょっと後悔。私の部屋の天井に、前に付けて使ってないフックがあっ

て、飛んでる天使を付けるにはちょうどよかったのにね。(あーあ。)

でもまたしても、陶の灯り貯金をしようと思って帰ってきました。

今回も吉川裕子さんは笑顔がきらきらしたとっても素敵な人でした。

つくられる作品はとても大らかな感じがするけれど、彼女自身はとても繊細な方

なのだろうと思います。

雨になってしまったけど、吉川裕子展は七夕の今日まででした!

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2014年7月 4日 (金)

ミニスカ女と猫おじさん

12panda

あれは父の誕生日の日だったからまだ4月、ちょうど満開の桜が散りはじめたころ

のこと。家で父の誕生会をして、ゆうがた父と妹を駅まで送って家に帰ると私はす

っかり疲れてしまい、自分の部屋で横になったらうとうとしてしまった。

気づくとあたりは薄暗くなっていて、北風が強く吹きはじめていた。もう夕飯の買い

ものに行くのさえ面倒だったけど、しかたなく買いもの袋をさげて出ていくと、外は

思ったよりも寒かった。ポケットにはいつものカリカリ。

今日もアイツは出てくるかな、と思っていたら、舗道の少し先ですでにディナーの

真っ最中だった。猫にごはんをあげていたのは近くの公園でたまに見かける猫お

じさんだ。オジサンというよりはもうオジイサンなのだけれど、娘といつもそう呼ん

でいる。北風が吹き荒れる寒い夜や雪の日などに、きまって買いものに行く途中

の公園で猫おじさんに会う。小柄な猫おじさんはいつもニットキャップをかぶり、

片手に猫のごはんが入っているとおぼしき白いビニール袋をさげていて、何や

かやと猫に話しかけながらごはんをやる。猫のほうももうすっかりわかっていて

猫おじさんが歩いてくるとどこからかわらわら出てきて彼を取り囲む。

最近はしばらく見ないと思っていたけど元気だったんだ、と私は思った。

このごろは辺りの住人がとてもウルサクなっていて、猫にエサをやる人間を見つ

けたらとっ捕まえてやろうと舗道に立って見張ってるから、猫おじさんも私が後ろ

から歩いてくる気配がわかるとさっとポケットに手を突っ込んで歩きはじめた。

でも、そうはいいつつ猫と通じている御仁だ。

私が早歩きして隣りに並んでも、ひるむ様子もなかった。

その顔を見ると寒そうに鼻水をだーだー垂らしている。

そんな寒い思いをしてまで猫にエサをやりにきているんだ。

「おじさんがいてよかった」

私が唐突に親しげにいうと、猫おじさんは前を見たまま微かに笑って

「なんで?」と訊く。

ほら、私も、というようにポケットのカリカリを見せる。

「前にミニスカートの女の子がいたでしょう?」

「ああ、いたね」

「あの子がいたときは毎日あの子が猫にエサをあげてたんだけど、最近はこの辺

りもすっかり厳しくなっちゃって、猫にエサをあげてるところを見つかっちゃったん

だか最近は全然見ないから。もう猫にエサをあげる人もいないかと思ってた」

私がそういうと猫おじさんは

「もともとは人間が悪いんだよ。自分が飼ってた猫を捨てたりするから。それで増

えたら始末しようだなんて。のら猫にだって生きる権利はある」といった。

最後の言葉が力強かった。

うん、でも、おじさんも見つからないように気をつけてね。

といって別れたのだった。

猫おじさんは孤独なおじさんなのだろうか?

歳のころは私の父と同じくらい。80になったかならないか、というくらいだ。

そんな寒い日に鼻を垂らしながら猫にエサをやり歩いて、猫どころか、おじさんの

ほうがいついなくなってもおかしくないくらいだった。

けっきょく、小さきかよわきものに目が行くのは同じように小さくかよわい人だとい

うことか。私にも立派なマイホームがあったらそれを汚すものを阻止しようと舗道

に仁王立ちしたり猫に石を投げたりするようになるのだろうか? 否。

件のミニスカートの女の子は我々の間ではもっぱら『ミニスカ女』と呼ばれていて

どんなに寒い真冬でもミニスカートをはいているのはびっくりだけど、それ以上に

びっくりするのは彼女が大した猫使いだということだ。どんなのら猫でも彼女には

イチコロ。まるでハメルンの笛吹きよろしく、猫が群れなして彼女に集まってくる。

私なんか指一本触らせてもらえない猫が彼女の脚にスリスリ、目の前でお腹を

出してゴロゴロ、ニャゴニャゴいいながら背中を撫でられたり抱っこされたりして

いる。

いったいありゃ、なんだろーね? といったら娘は、エサにまたたびでも入れてる

んじゃないの? というけれど、そんな単純なことでもなさそうだ。

いったいミニスカ女にどんなマジックが?!

それにつけても猫のネットワークとは人間のそれよりよっぽど堅固で密らしく、

ミニスカ女の姿を見なくなったのと同時についこのあいだまであれほどいた猫た

ちの姿もさっぱり見かけなくなった。近隣の住民たちもさぞかし満足していること

だろう。

私がごはんをあげているのはパンダだけだ。

私はパンダが雄なのか雌なのか知らないけれど、パンダが子猫を連れていたこ

とはいまだかつてないし、見ているにあまり子猫は好きじゃないらしい。パンダに

母性とゆうものは感じられない。戦うことが大嫌いで、大らかでおっとりしている

ようでいて、とても臆病で用心深い。一見、人懐こくて愛嬌があるからパンダに

エサをやっている人はたくさんいるけれど、といってパンダがほんとうに人に懐く

ことはけしてない。猫も人間もあまり好きではなさそうだ。一匹狼的猫? 

それで、私もいっぱしの猫ばかになったことを承知で書くと、パンダは頭がいい。

前述したとおり最近はそんなわけでキャットストリートがしょっちゅう見張られて

いて、おいそれとパンダにごはんをやれないのだけれど、パンダはパンダで

そんなことはすっかり承知の助で、最近はその通りに入る少し手前のどこかに

隠れていて、遠くからでも私に気づくとポンと弾かれた球のように飛んでくる。

それも辺りがすっかり暗くなったころに限って。

このあいだなんか、金棒持たせたらぴったりの赤鬼みたいな太ったおばさんが

こわい顔で辺りをのしのし歩いてて、今日はパンダはいないなと思ったら近くの

クルマの下で、まるでトラの敷物のように伸びたまま隠れてて笑ってしまった。

つい数日前の雨の夕方、今日はいないだろうと思って出て行ったらやっぱり手

前の駐車場近くから出てきて、しつこいくらいにごはんをくれくれと鳴くから傘を

さしたまましゃがんで道端の陰でカリカリを出したら、最初は傘を気にしていた

けれどおそるおそる傘の下に入ってカリカリを食べていた。久しぶりに近くで見

たら太っていると思っていたパンダの背中は思いのほか痩せていて、それもエ

サをあげる人が少なくなったからかなあ、と思った。雨がひどいのでパンダが

食べ終わるまで待っていたら、うっかり洋服の裾を水たまりで濡らしてしまって、

そのままの格好で買いものに行き、いとみじめであった。

いい歳をして何をやっているんだか。

今日、私がこんなことを書くのも猫博士のハンタさんがこのポスターをシェアして

いたからだ。

Hokenjyo

私だってのら猫にただエサをやるのがいいとは思わない。

でも、のら猫をかたっぱしから捕まえて避妊手術をするなんていうのは誰にでも

できることじゃない。子どもの人口よりペットのほうが多い日本なのだから個人も

行政も考えるべき問題だ。

のら猫にだって生きる権利はある。

(写真は数年前のパンダ。)

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2014年7月 3日 (木)

久しぶりの眼科

14claire_austin_07

私の医者嫌いはひどくて、滅多なことじゃ医者に行かない。

私が医者に行くのはよっぽどのことで、たいていは急性症状のときだけ。

みぞおちと背中がものすごく痛んでいてもたってもいられない、とか、咳がひどく

て眠れないとか、とつぜん耳が聞こえなくなった、親知らずが痛む、インフルエン

ザになった、などなど ・・・・・・

だから、たいてい医者に行くとすでに以前のカルテはなくなっている。

数年前から痛む肩も、ここまできたらもう医者レベルだろうと思いつつ、やっぱり

行かない。このあいだも、それだけ痛いなら鎮痛剤を飲みなさいよ、といわれた

けれど、けっきょく飲まなかった。薬もできるだけ飲まない。男性より女性のほう

が痛みには強いといわれる。理由は、出産するから、だそうだけれど、それって

ほんとうだろうか?

そんな私が今朝起きた瞬間に「今日、眼科に行こう」と思った。

2週間くらい前から目頭がかゆくてしかたがなかったのだ。

最初はただの眼精疲労のせいだろうと思っていたのだけれど、数日たってもか

ゆみはなくなるどころかどんどんひどくなっていく。だんだんコンピュータの画面

の小さい字を見ているのもイライラしてきて、ぜんぜん集中できなくなってきた。

かゆいからつい指の関節で間頭をクキクキとやると、白目まで少し充血してき

てしまう。家にあったアレルギー用の目薬をさしても全然よくならない。とうぜん

目がそういうことになると顔もだいぶ疲れて見える。

いつか、夏の琵琶湖で泳いでひどい結膜炎になったときには、あと少し来るの

が遅かったら視力が低下したまま戻らなかったかもしれない、といわれたことが

あった。今回はたぶんアレルギーだと思うけれど変な病気だと嫌だし、朝起きた

瞬間に目がすごくかゆかったから瞬間的に今日は行こう、と思ったのだった。

それに変なことをいうようだけれど、唯一その眼科だけは好きなのだ。

洋館風の雰囲気のある建物といい、庭の緑が見える静かで明るい待合室といい

とくに大先生のころは、広くてしんとした診察室も、そこにいる老眼科医のほとん

ど物音をたてない立ち居振る舞いも好きだった。とにかくすべてが静寂のうちに

行われる場所だった。

何年か前に娘が眼鏡を作り替えたいというので連れて行ったら大先生はもう亡

くなられていて、いまは息子さんが継がれていた。大先生にはぜんぜん似てい

ない三谷幸喜似の先生で、それがゆえに私たちは見えないところでくすくす笑っ

ていたのだけれど、明るくはきはきした医者だった。それまで無音だった待合室

にごくわずかなボリュームだけれどBGMがかかっていて、それだけが唯一変わ

ったところだった。

私が自分のことで眼下に行くのは何年振りか。

夕方、終わる間際の待合室はそれほど混んでなかったけれど、それでも20分く

らいは待たされた。診察室では症状をいい、そうなる前の経緯を話し、自分では

アレルギーじゃないかと思う、と話した。彼はアレルギーの原因は血液検査をす

ればわかるけれど、アレルゲンがわかったところで症状が良くなるわけではない

し、世の中には実に様々な原因物質がありますからね。もし毎年決まってこの

梅雨の時期に目がかゆくなるというならハウスダストの可能性が高いです。なぜ

なら梅雨は湿気が多くて埃は下に落ちるけれども、ダニが増える時期だから。

血液検査をして、たとえばもし杉が原因だとわかっても、杉を撲滅することはで

きないですからね。それよりはいまの症状を治すことを先にやったほうがいい、

といった。私はもちろん、調べなくていいです、といった。

それから視力検査と眼圧測定をした。

結果は両目とも軽い近視と乱視があるけど矯正すれば視力1.0はあるから日常

的には眼鏡をかけなくてだいじょうぶ。車の運転をするなら眼鏡は必要だけど。

眼圧も正常値で問題なし、といった。それから顕微鏡で目の中を覗き、目頭を見

て、「これはそうとうかゆそうですねー」と明るくいった。

かゆみがひどそうだから、ということでステロイドとアレルギー用の2種類の目薬

を出されて、それを1日マックス4回まで、1週間は使うように。それで治らなかっ

たら2週間使ってもいい、それで治ればもう来なくてもいいです、終了です。

といわれて、その場で2種類の目薬をさされて帰って来た。

きわめて簡潔で無駄のない診察と処置だった。

それにしても眼科医ってなんて目薬をさすのがうまいんだろう!

そして今日の私の結果がいろいろ目に問題を抱えている同僚の結果だったら、

彼女はどんなに喜ぶだろうな、と思った。別の友人は肺気腫で、一度死んだ肺胞

は二度と元には戻らないし、一度視野狭窄になってしまった視野も元に戻ること

はないという。私だって何も抱えてないわけではないけれど、つくづく健康ってあ

りがたい、と思った。

どっちにしても今日はいろいろ聞きたかったことも聞けたし行ってよかった。

写真は朝咲いていたクレア・オースティン。

夕方になるとこんな風に閉じる。

それは切り花にしてもおなじで、それを見るたびに生きているんだなあ、と思う。

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7月になっても

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7月になってもベランダのバラは咲いてる。

それもそろそろ終わりだけれど・・・・・・

昨日、息子が「7月になってもこれくらいしか暑くならないなんて」といった。

去年は7月になったとたんに怒涛のごとく真夏日が続いて最初の2週間で夏バテ

しそうな勢いだったのに。今年はまだ一度もクーラーをつけてない。

かわりにゲリラ豪雨にカミナリにヒョウに暴風だ。そして今朝は地震。

おかしな夏だ。そして今朝は光もおかしかった。

昨日の夕方、父から電話がきて、川崎大師に行くのは13日ごろどうか、という。

なんだかいつも以上にくぐもった聞こえづらい声。

それで私は、私の都合はともかく、たしかその日はまだ風鈴市はやってないと思

うよ、といってみるのだけれど、父にはたったそれだけのことが伝わらない。

こちらが何をいっても聞かずに勝手に自分のいいたいことを喋る。

こりゃますますボケが進んだかな、と困惑していたら、向こうは向こうで「なんだか

この電話、声が小さくてちっとも聞こえない」と独り言のようにいっている。こちら

は相手が父だから、いつもより大きな声で喋ってるのに。

それで、さらに大きな声で、耳の遠いおじいさんに話すようにゆっくり区切りなが

ら話したらなんとかわかって、ちゃんと調べてから行けそうな日をまた電話する、

といって切った。電話器の調子が悪かったのかそれとも父の耳が聞こえなくなっ

たのか釈然としないままひどく気になり、遅くなってしまった夕飯の支度が一段

落したところで風鈴市の日を調べてもう一度電話すると、こんどは出ない。

もう9時前でどう考えても父が外出するとは思えない時刻なのに。それに、妹が

留守のときに風呂場で具合が悪くなって動けなくなったことが何度かあってから

は妹がいないときには1人でお風呂に入ってはいけないことになっているのだ。

もしかして耳が聞こえなくなって眩暈でもして倒れたとか?

気になって妹のiPhoneに電話すると「いまバスの中だから帰ったら電話する」と

のんきな声でいうから「父がこの時間に家にいないことってある?」と聞いたら、

なんてことはない、いま父と一緒に近所の街まで食事をしに行って帰ってくる途

中だという。ほっとした。

ほっとしたけれど父はやっぱり片耳が聞こえなくなってしまったらしい。

それが老人性の(つまり加齢によるどうしようもない)ものなのか、それとも突発

性難聴のような病気なのか、もし後者だとしたら気づいてすぐに耳鼻咽喉科に

行くか行かないかで治りに差が出てくる。それにふだんから身体のバランスが

悪いのに、片耳が聞こえなくなったらますますバランスがとれなくなって転んだ

りしたら大変だ。なるべく早く医者に連れてったほうがいい、なんなら明日私が

連れて行くよ、と妹が家に帰ったころ電話して話した。

父から電話がくる前までは仕事をしながらしばらく会ってない友達のことを考え

ていた。彼女に手紙を書くといってからもう2ヶ月が過ぎてしまった。今夜こそ手

紙を書こうと思っていたのだった。でも父のことでそれどころではなくなって、翌

日の夜に会う予定だった友達との約束もキャンセルしたら、娘がアルバイトから

帰ってきて、自分の見間違いじゃなかったら今日スーパーマーケットで(私が手

紙を書こうとしていたその)Kさんをみたよ、といった。しかもどうやら旦那さんと

一緒だったらしい。彼女がそんな時間に旦那さんとあのマーケットにいるなんて

こと自体イレギュラーなことだと思ったし、それをピンポイントで娘が見るというの

もなんて奇遇だろうと思った。まるで何かのサインみたいに。

そして翌日の今日になって何気なく彼女のTwitterを見てもっと驚いた。

旦那さんのお父さんが急逝したとあったからだ。

滅多に休みをとらない彼女が(たぶん今年は思い切って)休みをとったら、その休

日中に義理の父が亡くなる。こんないいかたは変だけれど、なんてよくできてるん

だろう、と思った。(私の母のときは私が失業したのと同時に母のガンの再発を知

った。失業してなけりゃ、あんなふうに平日に母と一緒にどこかに行くことすらまま

ならなかっただろう。)

お義父さんは90歳だったという。

そして、このあいだからなんだかずっとつながってるな、と思った。

このあいだ長いあいだ連絡をとってなかった友達にとつぜん電話をして、今年の

3月にお母さんが亡くなったことを聞いた。93歳だった。一緒に暮らしているお姉

さんがそろそろオムツを取り替える時間だと思って近づいたらすでに息をしていな

かった。近くにいても異変を感じるようなことさえなく、眠るように静かな死だった。

そんな話を聞いたばかりだったのに、月曜の夜にJAZZバーでいつも会う顔なじみ

の人と何気なく話したら、彼もまた同じようなことをいうからびっくりしてしまった。

彼のお母さんも今年の3月に亡くなったそうだ。歳は93。デイケアサービスのヘ

ルパーさんが来ているときで、ヘルパーさんが話しかけながら身体を拭いている

ときにはまだちゃんと反応があったのに、首の後ろに温かいタオルを当ててあげ

ようとキッチンでタオルを温めて戻ってきたら、もうすでに息がなかったという。

声すらあげることなく、ほんとうに眠るような死だった。仕事をしていた彼のもとへ

は妹さんからたった一行、母の死を知らせるメールがきて、それを見てしばらく

動けなくなってしまったそうだ。

話の最後に彼は鞄の中から何かを取り出して私に差し出した。若かりしの母が

モノクロームで写っている何枚かの写真を小さくして1枚に焼いたものだった。

その母の髪形とか服装とか時代の雰囲気などは前にも見たことがある、私の母

の若いころの写真にも通じるものだった。ドレメの洋裁学校に行っていたのも同

じ、小さいころ母の手作りの洋服を着せられて育ったのも同じ。なんだかしみじ

みしてしまった。昔の同級生の友達の話もJAZZバーでの話も、たまたまそういう

話が続いただけ、というよりは、なんだか私が聞くことになっていた話のような気

がした。そういう個人的な話というのは誰にでもできるものじゃないし、誰でもが

自分ののぞむように聞いてくれるわけじゃないから。そしてたぶん、人は見えな

い力で繋がってるから。

いくつでなくなろうが死は死でしかなく、家族にとってかけがえないのない人が

この世からいなくなってしまったさびしさにはなんら変わりないだろうけど、いっ

たいいつから日本人はこんなに長寿になったんだろう、と思う。昔は50で寿命

だった。人生80年代時代、といわれたときにはピンとこなかったけれど、さらに

それよりゆうに10年も超えている。(もちろん、一方で若くして亡くなる人も増え

ているけれど・・・・・・)

ちなみに寿命、といえば、ついに私の相棒のカメラもそろそろ寿命みたいだ。

一年半くらい前からときどき液晶画像が乱れることがあったけど、昨日たった数

枚の写真を撮るのにすごく時間がかかってしまった。まるで昔のブラウン管TV

が壊れる前の画面みたいになっちゃって。困ったな。カメラが壊れたらブログを

アップデートできなくなる。といって、いま新しいカメラを買う余力はないし。つい

にブログをやめるときがきたかな、などとぼけぼけした頭でブツクサ思う。

今日はクレア・オースティンがめずらしくきれいに咲いた。

それから小さなローズマリー。

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ジュビリー・セレブレーションはデヴィッド・オースティンのカタログの説明どおり、

ほんとうによく返り咲く。繊細なニュアンスのばらなのに、とても体力があるのだ。

今日も空は灰色で、じきにまた雨になるらしい。

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2014年7月 1日 (火)

さくらんぼ

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今日、スイミングクラブで仲良くしている年上の友人からさくらんぼをもらった。

外から帰ったら届いてて、箱を見るなり思わず「うわあ、さくらんぼだ。やった!」

と声をあげた。山形産の佐藤錦。

箱を開けてびっくり!

こんなに大きくてきれいなさくらんぼ、見たことない。

近所のスーパー・マーケットで売ってるのとは大違い。

しかも、こんなにたくさん、1キロも。

朝採ったのを産地直送、とあったから、さっそく新鮮なうちにいただくことにした。

よく、さくらんぼを果物の宝石、とか赤い宝石、などというけれど、この感じはまさし

く宝石。ペルー産のインカローズといったところ。

箱の半分を3つに分けたらガラスの器に山盛りになりました。

なんて贅沢なんでしょう。

こんなにいいさくらんぼ。滅多に食べられないからちゃんと味わって食べてね、と

子供たちに思わずいってしまうハハなのでした (^-^)

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そして、ひとつ食べてまたびっくり。

果肉が厚くてやわらかい! 甘い! 

甘酸っぱくて濃厚な味。

こんな美味しいさくらんぼ食べたの初めてかもしれない。

って思うくらいにおいしかった。

さくらんぼ食べてお腹いっぱい、って、なんだかすごくしあわせです。

旬の季節にしか食べられないものってほんとに貴重。

そして、そんな貴重で高価なものを送ってくださる方がいるなんて有り難いの一言

です。お礼の電話をしたあと、自分の覚え書きのためにも生産者さんのフライヤー

をパチリ。

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そして、さくらんぼといって思い出したのがこの器。

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もう大昔、まだ23、4のときに、当時最先端のトレンドだった渋谷のアフタヌーン

ティーで、後に結婚することになった相手と一緒に買ったのでした。

いまの私からしてもけっこう高価で、かなり迷ってさんざん眺めた末に買ったの

だけれど、当時から私はこのさくらんぼのモチーフが大好きなのでした。

大きなサラダボウルをひとつに小さいボウルを2つ。

Made in England のボーンチャイナ。

大きなボウルはいつのまにか貫入がたくさん入ってしまってもうとうに処分して

しまったけれど、この小さいのはまだ食器棚に残ってた。

こんなつまらないことをいつまでも憶えてるのも、きっと女の私だけでしょうね。

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毎月恒例の上町63

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例によって、昨日の夜の馬車道。

もう月1恒例となった清水翠×馬場孝喜@上町63。

私がいまもっともはずせないと思っている2人のライヴで、仕事にでもならない

かぎり行くと決めている。昨日はめずらしくどの線も事故も遅延もなく、でもぎり

ぎりに着くと、いつも寄る蕎麦屋がめずらしくやってない。それで上町63をと見

れば看板が出てない。ウソー! もしかしてわたし、やっちゃったかあ? と思

えばなんてことはない。中から翠ちゃんの声が聞こえてくるじゃない。ひとまず

ほっとしてタリーズコーヒーに軽い夕飯を食べに行ったのでした。

そして以心伝心? はじまったら今夜のオープニングは『I'll Remenber April

で、いきなりやられました。つまりとってもよかったってこと。

でも今夜はなんだかすごくシリアスでディープだなあ、と思っていたら、後で聞

いたところによると4曲めにやった曲が思った以上に難曲で、2人とも緊張して

テンパってたからじゃないかってことでした。たしかに5曲めのサンバでいきな

り抜けた感じがしたからそうなんでしょう。ベテランの翠さんとあれだけ弾ける

馬場さんでもそういうことってあるんですね。

もうどれくらい翠さんの歌を聴いてるかわからないけど、このデュオに関しては

文句のつけようがないくらい合っていると思うし退屈を知らない。これって、実を

いうとJAZZヴォーカルがそれほど好きじゃない私にとっては稀有なことで、そし

て客の入りもいい! 昨日の夜も古い馴染みの人たちが集まってアットホーム

な上町でした。ほんとにここは大人の(?)隠れ家みたいだね。

最低月1はここに来てマスターの顔見て馴染みの人に会って翠ちゃんの歌と馬

場さんのギターを聴いて翠ちゃんとアホな話をする。それが大事。

これが(ここが)なくなっちゃったらどうしようね?!

どんな曲をやっているか調べられるということで、このあいだ来たときも竹内直

さんがマスターにノート渡されてセットリストの曲目を書かされていたけれど、

昨日は翠さんが書いていた。ほんとうに日本の著作権のシステム、どうにかな

らないものですかね。

なので、いつもの私のうろ覚えと違ってこのセットリストは限りなく正しい。

私がスペルミスをしなけりゃ。

*************************************************************

1st. 

 1.I'll Remenber April 

  2.How do you keep the music playing?

  3.I didon't know what time it was

  4.Eu Vim Da Bahia

  5.All the things you are

  6.Dance with me

  7.So in love

  8.For all we know

2nd.

  1.The nearness of you

  2.The song is you

  3.Englishman in New York

  4.Dienda

  5.Blackbird

  6.Estate

  7.Just the two of us

  8.A time for love

  9.Aquelas Coisas Todas

*************************************************************

ほとんどの曲は何十回何百回と歌われてもう翠さんの血となり肉となっている曲

ばかりだからどれもほんとうにいいのだけれど、いまの時期だから、ということで

1曲あげるなら『Estate』かな。

夏、と題されたこの曲はとても深い。

成熟に達する前の青く苦々しい、傷の痛みがよく出てる。

強く、熱い陽射しだからこそできる深い影。

痛いまでにくっきりした光と影のコントラスト、という意味では暗く、重たく、深い

この曲は、夏の側面をよくあらわした曲だと思います。

これを翠さんはジョアンジルベルトが歌ったのと同じままイタリア語で歌う。

そしたらいつかイタリア人に「そのイタリア語は違う」といわれたそうです。

でも、死ぬほどブラジル音楽を聴いちゃった人はさ、ジョアン・ジルベルトが歌う

あのポルトガル語訛りの(どこか間の抜けた)イタリア語がいいんだよね。

そう思わない?

昔、Estateを歌うと、ぴあにしものママから「あなたがそれ歌うと暗くなりすぎる

からやめな」といわれたことがあるって聞いたことがあるけれど、いまの翠さん

のEstateは違う。とっても深遠だけど、ネガティブな暗さとは違う。それは表現

として極まったってことだと思う。物書きが文章を書き終えて、書き終わった文

章が書いた人間と分離されて勝手に独り立ちするみたいに。

昨日、Eu Vim Da Bahiaを聴きながら「翠ちゃん!ポルトガル語でこんなに

えるんだからブラジルで歌わなきゃ!お金貯めて一緒にブラジルに行こう!」

と思った。それを歌い終わったあとの翠さんにそのままいってしまったんだけ

れど、ほんとうにいつか行きたいもんです、ブラジル。

願わくはあんまり年とり過ぎないうちに。

上町63での翠さんのライヴは7月15日にもあって、いつもの馬場さんにくわ

えて私も大好きなピアニストの野力奏一さん が出演するとあって、こちらも超

必聴です!!!

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そうそう、書き忘れたけど、2ステージ終わった後で馬場さんに「そのリズム感の

良さはどうやって体得したんですか?」と訊いたら一言「サンバです」と即答され

て、とっても納得してしまった私です。

そう。やっぱりサンバがなきゃね。人生は。

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