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2014年6月10日 (火)

梅雨まで

14rainy_season_02

庭の草をむしる

ハハコグサやハルジョオンは

すぐ根っこまで抜けて

乾いた土がはらはらこぼれるが

オオバコは

二葉からまだ間もないのに

シャベルで深く掘らないと

根ごととれない


帽子をかぶるのを忘れていた

五月の太陽が

髪を熱くしているのに気づいたのは

イブキ、マサキ、ツバキ

シダレヤナギ、アジサイなどが

込みあっている日陰に

うずくまったときだった

頭を動かしたらじぶんの髪が

日なた臭くにおったのだ


貧弱な葉のくせに

根が針金のように強く

どこまで掘ってもきりのない草の名は

知らない

ところどころ

親指大のコブまでついている


草をむしっていると

心しずかに

じぶんが偏執狂ではないかと疑うことがある

ミミズがのたくっている

ずいぶんたくさんいる

指につまんでみる

この虫を

研究してる人もいるんだなと思う


草は

必ず根っこまでとるべし


夏には

大きな麦藁帽子をかぶる


(北村太郎/詩集『あかつき闇』から『梅雨まで』)


*****************************************************************

この詩は前にも載せたかもしれない。

北村太郎との出会いはこのなんてことない一編の詩からはじまった。

それから四半世紀以上。

そう考えると出会いっていつだってほんとうに不思議。

今日この詩を思い出したのは、友達から『今日は草と格闘する』とメールがきた

からだ。庭が雑草でジャングル状態になっていたのを今朝ちょこっと引っぱって

みたら思いのほか簡単にすっぽり抜けて、豪雨続きで地盤が緩んで格好の草

むしり日和をつくってくれた、というのだった。

14rainy_season_04

昨日は梅雨入り宣言から4日降り続いた雨がやっとやんだと思ったらまたしても

夜から降りはじめて、あやうく全身ずぶ濡れになるところだった。午後遅くから

空のどこかで雷がゴロゴロ鳴っているなあ、とは思っていたけど、ポツポツ降り

だしたと思ったらいきなり天地が張り裂けそうな物凄い雷の轟きとともに激しい

雨が降ってきた。どこかの部屋から小さな子どもが弾かれたように泣き出す声。

あともう少しで娘がアルバイトから帰ってくる時間だったから、思わずメールして

しまったほどだった。娘はビニール傘を買って帰って来た。

昨日の豪雨でよかったのは、ばらについてたうどん粉やハダニが雨ですっかり

洗われたことくらい。

そして今日はまた曇天。

昨日ほど大気はもわっとしてないものの。

14rainy_season_03

それから朝の珈琲をいれようとして、KUSA喫茶のkusaさんがブログに『一杯の

珈琲は、正に一期一会。あなたが、今、この瞬間に口にした珈琲を体験するこ

とは、もう二度とないでしょう』と書いていたのを思い出した。自然物である珈琲

豆は、たとえ同じ産地のものでもそのときどきの気候や環境などによって収穫

のたびに同じものはできないし、生豆の乾燥状態は日々刻々と変化しているし

それに熟練の焙煎士といえども常に同じ焙煎をすることはできないだろう。

いままでそんな風に思って珈琲を飲んだことはなかったけれど、これからは心

して飲まなきゃな、なんて思った。でもライヴに関してはいつもそれで、たとえば

天候が悪かったり、いまひとつ気分が乗らなかったりして行こうかどうしようか迷

っているようなとき、もし今夜の演奏が一期一会の奇跡だったら、なんて思うと、

やっぱり少々無理しても行かずにはいられない。

14rainy_season_06

でもさ、そう考えるとすべての自然物はみんなそうかもしれないね。

今日のあなたも。わたしも。

自分ではたいして変わり映えがしないように思えても。

だからいまこの瞬間をこの感情をこの出会いをインスピレーションを、もっと大事

にしなくちゃいけないのかも。

で、そんな不安定な自然物である人間の短所であり長所はどこかというと、それ

は気紛れなところ。

それで私は、明日が晴れて誰かさんの気が変わらないかとか思ってるわけ。

あんまり草むしりに精を出し過ぎて腰痛めないことを祈るよ!

14rainy_season_07

私のベランダの6月のばら、ばら。

早く咲きだしてくれないかな。

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コメント

読みだして、わ~soukichiさん、なんて良いんだ!って
目を見張りました。
北村太郎の詩だったんですね。
圧倒的な暴力的な雑草の生命力、
6月はまさに草いきれの季節の始まり、
そしてベランダではゴージャスで繊細なばらがまた楽しめるんですね

投稿: ヤナギラン | 2014年6月13日 (金) 00:02

ヤナギランさん、お久しぶりです。
ほんとに今年はよく降りますね。

そう、北村太郎。
もう私の血と肉になってます。
だから無意識のうちにも言葉のリズムなんかが似てしまっているかもしれない。
言葉の蓄積ってすごいですね。
言葉の蓄積、記憶の蓄積。音の蓄積・・・・・・
でも死んだら脳みそはただの壊れたブラックボックス。
・・・なんてことを考えてる梅雨の夜です。

ここから先のばらは春みたいにゴージャスじゃありません。
返り咲くたびにだんだん花が小さくなって、
ポツポツと思い出したように咲く。
ヘンゼルとグレーテルの落とした小石みたいに。
でも、そのくらいゆっくりもまたいいのかも。

お風邪など召しませんように。

投稿: soukichi | 2014年6月13日 (金) 00:34

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