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2014年6月 3日 (火)

鏡の中のイノセント・ボッサ

Innocent_bossa

人によっては他人の家に行くのが好きじゃない人もいるだろうけど、私は子ども

のころから人の家に行くのが好きだ。

友達の家に行くことの楽しみは、自分がそれまで知らなかった相手の極私的な

領域に踏みこむ新鮮さに尽きるけれど、私にとってはそのひとつが音楽。

友達の家に行って聞くのがそれまで自分の聞いたことのない音楽でしかもそれ

が心地よかったら、どうしたって訊かずにはいられない。

「いまかかってるの何?」って。

私がそう聞くときは間違いなくその音楽を気に入ったとき。

最近は気軽に家に行ける友達もいなくなって、そんな機会もなくなった。

私としてはさびしいかぎり。

こういうときだな。私が新しい友達をつくらなくちゃ、って思うのは。

昔は喫茶店やレストランで食事しているときもBGMでかかっている音楽が気に

なると、店の人を呼びとめて聞いた。いま、かかってるのなんですか?

たいていそのころは誰でもこころよく、私のところまでいまかけているレコードを

持って来てくれた。

そうやって、たまにはほかに席がいっぱい空いてるのに、「ここ、いいですか?」

って私の前の席に座る人がいたりして。それは男だったり女だったり。見ず知ら

ずの人の顔をみつめながら、束の間お喋りをしたりした。

あのころにくらべたら私はいささか年をとったけど、いまだってそんなのいつだ

ってウェルカムなんだけど。いまの私には肝心の、ひとりになれる時間がない。

でもこうやって蒸し暑い6月の昼に、ごはんも食べないでこんなこと書いてるのは

いまうしろに流れてる音楽のせいね。

音には色がある。と同時に季節がある。

このあいだまで私のこころをキャラメルみたいに溶かしてくれた音楽はいま聴くに

は少し温度が高すぎるし賑やかすぎる。

いま聴いてるのはまるで鏡に落ちる冷たい水滴。

鮮やかで透明で眩惑的で、すこし毒があってドキドキする。

いまはこのくらい突き放された音楽がいい。

つまり、蒸し暑いから。

一年のうちでもっとも何かを予感してわくわくするのは夏になる前のわずかな

光の季節だな、いつも。

今年は明確に、的中するといいんだけれど。

いつも梅雨の季節になるとなぜか聴きたくなる。

三宅純の『Innocent Bossa

Innocent_bossa_3

ヴィニシウス・カントゥアリアの声にはアマゾンの密林の匂いがする。

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