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2014年6月21日 (土)

夏至の夜のコヒア・アラビカ

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仕事の打ち合わせが店の閉店時間でタイムアウトになって、「お時間がよろしか

ったら場所を変えて話しませんか」というA氏の言葉で外に出た時すでに10時

半過ぎ。ホテルのロビーで4人で落ち合ってから3時間が経過していた。とにか

くA氏の話が面白すぎた。

夜遅くだというのに赤坂の街は人で賑わっていて活気があって、ネオンの下を

歩きはじめたらとつぜん友人が「そうだ。このあたりにおいしい珈琲を飲ませる

店があったんだけどな。あの店まだあるかな」といった。20代のころ赤坂に住ん

でいたことのある彼は何度かその店に行ったことがあるという。なんでも珈琲が

1杯1500円以上する店なのだとか。でも彼が20代のころといったら大昔のこ

とだし、それにこの時間に珈琲ってどうなの、といいかけたときにはもう彼はスマ

ートフォンで店を探し始めている。男2人が頭を寄せてスマートフォンの画面を見

ていたら、そばにいた客引きの男が「何かお探しですか」と声をかけてきた。

友人が店の名前をいうと、男はああ、という風に頷いて「そこを入って右に曲がっ

てすぐです」とあっさり教えてくれた。

コヒア アラビカ

雑多な感じのする街のなかでそこだけ趣を異にするような、クラシカルでありなが

らどこか南国風の佇まい。清潔で明るい感じの階段を下りてゆくと、まさしく別世

界の静かな空間が広がっていた。入ってすぐ奥にカウンターがあり、白いシャツ

に黒のリボンタイをした初老のマスターらしきが人がいる雰囲気は、珈琲専門店

というよりはちょっと銀座の老舗のバーみたい。バーと違うのはそこがアルコール

が似合う仄暗い空間ではなく、ぱきっと覚醒された明るい空間だということだ。

「いらっしゃいませ」

静かにいうとマスターは「お好きな席にどうぞ」といった。

壁に大きなアンティークの振り子時計が掛かっている前のテーブル席に座った。

友人がマスターのほうを見ながら「前に来たときもあの人だった!」といった。

30年近くも前に入ったことのある店がいまでもあるというのはすごいことだけれ

ど、そこで珈琲を淹れている人まで同じだというのはもっとすごいことだった。

すぐに水の入ったグラスとメニューが運ばれてきて、メニューを受けとった友人が

それを見ながら迷っていると、カウンターの向こうからマスターがこちらにやって

きて、「どんな珈琲がお好みですか?」と訊いた。友人がちゃんと答えないので

私が「いつもは深煎りの濃い珈琲しか飲まないんですが、今日は時間が時間だ

から・・・」というと、何やらマスターの眼が眼鏡の奥で妖しく光った。

「それでは、メニューには載せていないのですが、イエメンの珈琲なんかいかが

でしょう。ふつうには流通していない大変貴重な豆で、浅煎りが2000円、深煎り

で口あたりがとてもまろやかなものが2500円です」といった。

私は聞いた瞬間(え?! 2500円?)と思ったのだけれど即座に友人が「じゃ、

僕はその2500円のにしましょう! 皆さんはどうですか? せっかくですから。

それにしましょうよ。ではそれ4つ、お願いします」と注文してしまった。

もちろん、それでマスターが気をよくした(であろう)ことは間違いない。

かくして、この店はじまって以来47年という熟練のマスターによってネルで丁寧

に淹れられた珈琲が、お店のイニシャル『A』と入ったシンプルなボンチャイナの

カップ・アンド・ソーサーに入って目の前に運ばれてきた。神妙な面持ちで味わう

4人・・・・・・

見るからに苦そうに見えた漆黒のそれは深く濃く苦く、といって、想像したほどの

苦さではなく、まろやかな味。でもかなり濃いことには変わりない。本日3杯めの

ドリップコーヒー。完全に一日に摂っていいカフェインの量をオーバーしている。

それは滅多に外では飲むことのできない濃くておいしい珈琲には違いなかった

けれど、それ以上に私がハッとしたのは(そうか! 私が珈琲に砂糖を入れず

に飲むようになったのはこの日のためだったのか)ということだった。

もともとそれ自体は一日に摂る砂糖の摂取量を少しでも減らすために始めたこ

とだったけれど、長年、砂糖を入れてしか珈琲が飲めなかった私が『砂糖なしで

も珈琲が飲める』というところから、『ふつうに砂糖なしでおいしく珈琲が飲める』

というところにまで至ってなければ、今夜この珈琲をこんなふうに飲むことはでき

なかったと思う。こんな店に入って「すみません、お砂糖ください」じゃ全然カッコ

つかない。今日は初めて話す人たちとの話のなかで幾つものシンクロニシティや

繋がりと思えるようなものを感じていたせいで、よけいそんな風に思えた。

それにしても、珈琲よりも紅茶党だといっていた女性は砂糖もミルクもスイーツも

なしで、こんな濃い珈琲をストレートで飲んでだいじょうぶだったんだろうか?

我々が珈琲を飲みながら短い感想をいいあっていると、マスターが珈琲豆を数

粒入れた小さな皿を持ってきてテーブルの上に置いた。

「いま淹れた珈琲の豆です。いい豆だとそのまま食べられるんですよ」

と彼はいった。

私はいつも土居珈琲から豆が届くと開封したての豆を食べたりしているからそん

なことはとくに珍しいことでもなかったけれど、みんなは珍しそうに食べた。

その南イエメン産の珈琲豆はいつも見ている豆よりとても小さかった。

私がそういうと、それは野生に近い豆で、人が肥料をやったり薬を使ったりして

人工的な手を加えずに自然に育った豆だからだ、とマスターはいった。それから

そのイエメンの豆を手に入れるのが国の情勢からいってもどれだけ大変だった

かとか、豆の希少性とか、でもその珈琲がおいしく飲めているのは高くても消費

者がいてきちんと回転しているから(つまり酸化していないから)だとか、コピ・ル

アックについてだとか、いろいろうんちくを語りはじめた。

彼の語り口はとてもゆっくりしていて長い年月、我儘な王さまに我慢強く仕えた

侍従のように慇懃丁寧だったけれど、同時にどこか不思議な鋭さとミステリアス

な雰囲気も醸し出していた。横に大きな掛け時計がなければ時間がわからなく

なりそうだった。それでも週末で終電の時間を気にしていた私はときどき時計の

針を見ながら彼の話のキリのいいところでみんなに暇乞いをして席を立った。

そのときすでにもう11時15分。

みんなにお辞儀をして店を出て、そこからは走った。30分の終電に乗るために。

店を出たときは自分がどこにいるかわからなくてちょっと焦ったけれどすぐに丸ノ

内線の入り口がわかってよかった。(でも次に行ったときにはもうあの店はなかっ

たりして。全ては幻・・・・・・。)そして最初に電車に乗って文庫本を開いたときには

疲労のためか字が何重にもダブって見えたのが西武新宿線に乗るころには字が

くっきりはっきりと見えた。カフェイン効果?

私は本を開いたまま考えた。

カフェインが身体から完全に抜けるのは7時間だ。ってことは?

とりあえず持っていたミネラルウォーターを飲んだ。

今日も帰りの電車は遅延して最寄駅には余分に時間がかかって到着した。

百発百中。

とにかく蒸し暑くて汗をかいていて疲れて身体のあちこちが痛くてしかたなかった

けれど頭だけはばっちり覚醒したままだった。

家に帰ってサプリメントを飲み水を飲み、お風呂の中でも水を飲みながらできるだ

け早く身体からカフェインが出ていくことをイメージした。

寝る前に、いいことがあった日の習慣としてフィンランドのブタの貯金箱に500円

玉を投入して寝た。

今夜のマジカルな出会いが泡と消えてしまわないように。

夏至の夜。

個人的な記録として。

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