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2014年6月29日 (日)

またしても豪雨に雹!

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今朝は久しぶりに青空が広がった。

青空に白い雲ぷかぷか。

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雲がなんだか羊みたいだねー と娘。

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今日こそ絶好の洗濯日和、と朝から何度も洗濯機を回して布団カバーやシーツ

を洗って干した。

でも、それも束の間 weep

携帯のアラート音が鳴った直後に一気に部屋の中が暗くなって、ポツポツきだし

たと思ったら、ものすごい勢いでまたしても豪雨になった。

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風と雷。

みるみる視界がまっ白になり、『雹だ!』という息子の声ととともに北側のガラス

窓にバチバチ何かが当たる音!

風は激しく北から南に向かって吹いているらしく、私がいる南側の窓には何も当

たらないのに、北側の息子の部屋とお風呂場側の窓にはバチバチ当たってる。

その音と勢いの凄さときたら。。。。。。。

雨に混じって降っている雹は肉眼ではっきり見えるくらいの大きさで、空を飛んで

る鳥さえ打ち落されるんじゃないかという激しさ。外はあたりいちめん、ブリザード

が吹き荒れているような騒然とした雰囲気になった。この4階のベランダがみるみ

る水浸しになってサンダルが浮くほど水が溜まるのを見れば、都心で海抜の低い

地域が瞬く間に浸水するのも実に理解できるというものだ。

風とともに雨と雹の降る音に混じって雷の轟きを聞きながら、世界の終わりみたい

な凄まじい光景を見てるだけでも恐ろしかった。

何よりこの急変。

こんなとき、外にいる鳥やのら猫たちはどうしてるんだろうなあ。

家の中にいてこれだから、いまの時期の外出はとうぶん、注意が必要です。

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2014年6月28日 (土)

雨の6月

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昨日の夜半から激しくなった雨が、朝になっても降りやまない。

私は夕べ遅くなってから読んだ『世にも美しいガンの治し方』にいたく感銘を受け

て、枕元に置いて寝た体温計で目覚めてすぐに布団のなかで体温を測ると、35

度4分しかなくて我ながら驚く。35.1℃以下の体温だと、体内がガンの増殖場と

化すというから、こりゃマズイね。昨日お風呂上りに暑くて何もかけずに寝たから

冷えたのかな。

今日の予想最高気温は24度。

5月中旬の陽気だとか。

といって部屋の中はなんとなく蒸し暑くて、5月のころとはやっぱり違う。

それにしても今年の6月はなんてよく降るんだろう。

毎日、雨・雨・雨・・・・・・ もう、うんざり。

沖縄はもう梅雨明けだというけれど、「でも、関東地方の梅雨はまだこれから」と

いう気象予報士の言葉を聞いてげんなりする。

どうやら日本はどこまでも浄化が必要らしいよ。

まだしばらく雨の日につきあわないとね。

蒸し暑いからって、なるべく身体を冷やさないようにね。

今朝もベランダには6月のばらがちらほら。

写真は新月に咲いたソニア・リキエル。

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2014年6月25日 (水)

Petit onion

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昨日の雷と豪雨は凄かった。

それに三鷹市の雹!

空から突然、直径2センチの氷の玉が勢いよくバタバタ降ってくる恐怖ってなか

っただろう。いたるところ雪のように雹が積もって川は氷河状態。

もうずいぶん前から『異常気象も極まれり』といってるけれど、ついに地球は人

間をふるい落としにかかってるかな、と思う。

それにしても三鷹とここって距離的にはそれほど離れてないと思うのに、気象

はずいぶん違うんだなあ。こちらは雹が降ることはなかった。

でも梅雨に入ってからというもの、なんだか光がおかしくて、昨日雨のなかを外

に出ていって歩きながら梅雨空を見上げたら、まるでいまにも空の蓋がパカッ

と開いて、異次元に通じてしまいそうな感じがした。たしかに気とか波動とか何

かが変なのだけれど、私には特別な能力がないからその『何かが変』の『何か』

を言葉にすることはできない。

ただ一日中めまぐるしく気圧が変わるせいでなのか、首の後ろはもわもわしてる

し、耳の聴こえかたはおかしいしで不調だ。それに、なんだか眠い。

夕方になって辺りの樹木が鬱蒼と陰ってくるころにやっと落ち着いてくる。

今日はやっと伸び放題の髪を切った。

調子の悪いとき髪を切るってどうかと思ったけれど予約していたからしかたなく

行ったけど、切る前より気分も頭もすっきりした。

例によってお喋りしているうちにバサバサ切られて、すごく短くなった。

いつも私は「ニュアンスのある髪にして」というのだけれど、できあがったのを見

るといつもマンガチックなのはなぜ。私はきちっとし過ぎるのは似合わないから

という理由でいつもなんとなく寝起き風である。

家に帰って息子に「なんだかプチオニオンみたいじゃない?」というと、「うーん、

違うね」というから何かと思ったら「ブロッコリー!」だって。

アルバイトから帰って来た娘は例によって私を見るなり人の悪い笑い方をして

「いいね。ますます鳥の巣みたいで」という。

鳥の巣ね。ま、いいんだ。髪なんてすぐに伸びる。

今日も雷とゲリラ豪雨が凄かった。

美容師のJ君もめずらしく「この6月はひどく疲れてしょうがない。でも誰にいって

もみんな同じようにいう」といっていたから、少々冴えない日が続いてもしかたな

いのかな。

今日の1枚めはミニバラくらいの大きさで咲いたクイーン・オブ・スウェーデン。

これはこれでかわいい。

そして夕暮れ。

2枚めも切らなかった同じばら。

咲きはじめはアプリコットで、咲くとすぐにピンクになるのがこのばらの特徴。

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2014年6月24日 (火)

あの日のラタトゥイユ

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土曜日のスイミングクラブで泳ぎ終わったあと着替えて鏡の前に座ると、いつも

のように女たちが賑やかにお喋りしていた。そのなかのひとりが「オリーブオイ

ルで炒めて塩・コショウして食べるのがいちばんおいしい」というから「何を?」

と聞くと「ズッキーニ」という。Kさんがいつも買いものをしているマーケットでズッ

キーニが3本100円で売ってたとかで、たくさん買ってきたのをみんなにあげた

らしい。Kさんみたいなリッチな奥様でもそういうのに飛びつくのね、と微笑ましく

思っていたら、話の途中できたFさんもズッキーニを渡されて、「いいの? 私に

まで」「いいのよ。だって3本100円よ。そのかわりここにいる人みんなの今夜の

お夕飯はズッキーニよ」なんて会話をしている。もらったFさんはFさんで「なんだ

かそういうのって嬉しいな。みんなと同じお夕飯だなんて」と子供みたいなことを

いっている。Kさんは端っこで笑っていた私にもくれて、反対側の鏡の隅でひとり

黙々と化粧していたお婆さんにも「よかったらどうぞ」とズッキーニをさしだした。

化粧の手をとめて「あら。私にまで。いいんですか?」というお婆さんにKさんは

「いいんですよ。3本100円だったんですから。そのかわり今夜のお夕飯はズッ

キーニですからね」なんて茶目っ気たっぷりに念を押している。

そんなやりとりを見ながら、女って面白いな。

で、いいな。と思った。

いま置かれた家庭環境や立場や経済状態の違いや年齢差とかいろいろあって

も、生活者としての女はズッキーニ1本で楽しく人と会話し、繋がれる。どこに行

っても話し相手くらいなら簡単につくれる。それにくらべて長いこと社会のなかで

仕事しかしてこなかった男たちは、たとえリタイアした年齢になってもいまだに権

力志向や肩書意識や競争心を捨てられずに、プールの中にいてさえ他人と自分

の能力の違いばかり気にしていて、毎日のようにプールに来ていても友達の1人

もつくらない。もちろん、そんな男の人ばかりじゃないとは思うけれど、女性にくら

べてオープンじゃなくて、コミュニケーション能力が低い男の人が多いのは確か。

Kさんに「今夜のお夕飯はズッキーニ」といわれた日の夜は私は仕事で午前様だ

ったから、昨日の夜になってラタトゥイユを作った。そして人間の感情というのは

どうしたものだろう。ラタトゥイユを作りはじめたら突然、長らく会っていない友達

のことを思い出してしまった。最後に会ったのはもう何年前になるだろう?

女子高で同じクラスだった彼女はそのころから異常なまでに心配性の母親と超

我儘な姉の面倒ばかりみていて、やっと結婚して親きょうだいと離れて暮らし始

めた思ったら今度は少しばかり年上のバツイチの夫と身体の弱いひとり息子の

心配ばかりしていてその世話に追われ、そればかりか離れたところに住んでい

る認知症の母親と年老いた夫の両親、ときどきは姉が飼っている犬の面倒まで

みさせられている有様で、それを経済的にあまり豊かではない状況で身を削っ

てやっているものだから、もともと小柄で華奢だった彼女はますます小さく疲弊

してしまっているのだった。それは私からするとどう見てもキャパシティ・オーバ

ーで、いずれ彼女が病気になるのは目に見えていた。

そんな彼女を見るに見かねて昔からいろいろいわずにいられないのが私で、

それを聞きながら「そうだよねえ」とやんわりいいつつも「でも、しょうがないのよ」

と彼女が右から左に受け流してしまうのも昔からのことだった。

要するに私が何をいっても無駄なのだった。暖簾に腕押し。

最後に電話したときも、私が本気で心配しているのに彼女がいっこうに我が身

の健康を顧みる気持ちがないのについに私のほうが切れてしまい、「もういい。

好きにしなさい。私はもうあなたの心配はしない!」といって終わりにしてしまっ

たのだった。

最後に彼女に会ったとき、あのときすでに彼女に会うのは十数年ぶりのことで

結婚した彼女の住まいを訪ねるのも彼女の一人息子に会うのもそれが初めて

だった。それは私にとってはあまり良い印象のない、ここからはかなり遠い街で

私は行くだけで疲れてしまった。あのとき彼女はシャビィなアパートのキッチン

で、ラタトゥイユを作ってくれていたのだった。なのに私はそれを食べなかった。

なぜ食べなかったのだろう? せっかく友達が作ってくれたのに・・・・・・。

そのときは単純にラタトゥイユを食べる気がしなかった、というだけのことなのだ

けれど、昨日はおとといからの体調不良のせいもあったのだろう、ラタトゥイユ

を作りながらそんなことが今更ながら無性に気になり、いま現在の彼女のことが

とても気になってきて、いてもたってもいられなくなってしまった。それにもしかし

たらもう前に教えてもらったメールアドレスも使えなくなってるかもしれない。

それで、ひととおりの調理が終わってあとは煮込むだけ、というときになって私

はついにキッチンから彼女にメールした。案の定メールはすぐにエラーになっ

て戻ってきてしまった。ああ、やっぱり。という思いでこんどは携帯に電話した。

それも通じないかと思ったら、何回かコールしたあとカチッとつながる音がした。

きっと時間帯からいって旦那だと思って何も考えずにとったのだろう。

「もしもし、あきこちゃん、わたし!」というと、一瞬誰だかわからないような感じだ

ったのが、私が名前をいうと「ああ、そうちゃん。どうしたの?」と驚いたような声

でいった。懐かしい、あきこちゃんの声だった。例によって心底ほっとした。

「いまキッチンでラタトゥイユを作ってたら突然あなたのこと思い出しちゃって」と

私がいってからは、これまた例によって彼女がご無沙汰を詫びる「ごめんね」か

らはじまって、今日に至るまでの長いあれこれを一気に喋りはじめた。

彼女はあれからまた引っ越して、いまは江の島の近くにいるらしい。しかも家か

ら駅まではアップダウンの激しい道を15分も自転車で走らないとならないらし

い。そんな状況でまだ義父の面倒をみるために週に数回、義父の家まで行って

いるらしい。やれやれ。聞くだけで疲れる。

でも彼女が昨日最初にいったのは、「あれえ。今日、耳の調子が悪かったせい

かなんだか母のことばっかり思い出してたんだけど、母があなたに繋げてくれ

たのかなあ?」だった。それは前にも別の友達にいわれたセリフだったけれど

私は私で「それか」と思った。今日はお互いに耳の調子が悪かったせいでそこ

にチューンしてしまったんだ。

彼女は去年の秋に突然、片耳がちゃんと聞こえなくなってしまったのだという。

私も過去に2回やったことがあるけれど、突発性難聴らしい。

それから夫の母が亡くなり、今年の3月に長いこと認知症を患っていた自分の

母が93歳でついに亡くなった。自宅で布団に寝たまま全く苦しむことなく眠る

ように亡くなったから、世間的に見たら長生きの大往生だと思うけれど、母親

って父親が亡くなったときとはやっぱり違うね、それに頼れるのは姉妹よりも

やっぱり親なんだね、両親がいなくなるってことがこんなにキツイことだとは思

わなかった、というようなことを話した。

彼女のお母さんの認知症は思い出しても遥か昔からのことだったから、彼女

がそんな親でもどこかで頼っていたんだというのは少し意外な気もしたけれど

その『頼る』はもちろん物理的な『頼る』ではなく、『今日も同じ空の下、母も私

も生きている』というような、こころのよりどころというか、支えだったんだろうな

と思った。

昨日はそれだけ聞くだけでいささか夕飯の時間が遅くなってしまったから、また

こちらから数日中にかけ直す、といって電話を切った。切り際、「そんな駅まで

15分も自転車で走るなんて、もう暑いんだからちゃんと帽子かぶりなさいよ!」

といったら、「まるでお母さんにいわれてるみたい」といわれた。そして電話を切

った後で私が思ったのは、「あたしってなんて馬鹿なんだろう」ってことだ。

その友人の存在が時に私を心底滅入らせ、時にひどく苛立たせることがあった

としても、自分の母性的な感覚でどうしても気になる人っていうのはもう半分家

族みたいなもので、めんどくさかろうとなんだろうとつきあうしかないってことだ。

長い年月生きていると、否応なくいろんなものを失う。

友達も、時に家族さえ。

そんななかでどうやっても繋がっている人たちとは血より濃い何かがあるんでし

ょう、たぶん。

そんな変な精神状態で作ったラタトゥイユは何故だかいままで作った中で一番

おいしくできた。作る直前に『ラタトュイユを美味しく作る3つのコツ』っていうの

を見たせいかな? 性質の違う素材ごとに別々にフライパンで炒めて塩・コショ

ウする、っていうのがカギ。それぞれ炒めるたびに塩かけてしょっぱくならない

かと思ったけれどそんなことはなく、出来上がりは濃厚な味でした。オリーブオ

イルを多めに使うのもカギ。私のはコンソメとハーブソルトを使ってるし、厚切り

ベーコン(の細切り)も入ってるから記事とまったく同じじゃないけれど。

昨日はゆでてオリーブオイルをまぶしたペンネと一緒に熱々のを食べた。

今朝は鍋ごと冷蔵庫で一晩冷やしておいたのをスライスしたバゲットとともに。

熱々のも冷やしたのも、どちらもおいしい。

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2014年6月23日 (月)

6月のばら

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月曜日。

今日は朝から晴れた。

透き通るような色で咲いたデュセス・ドゥ・ブラバン。

それから、だいぶ小ぶりになったけど、この花の立体的な美しさはそのまま。

ジュビリー・セレブレーション。

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季節はすでに6月の後半。

氣はおとといを境にすでに陰に傾き、日は短くなりつつある。

そして夕暮れ。

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2014年6月22日 (日)

日曜のブランチ&おやつ

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けっきょく今日は朝4時まで眠れなかった。

恐るべし、カフェインパワー。

あさ雨の音で目覚めて、昨日出しっぱなしにしていた水着とバスタオルを部屋

のなかに入れて再び布団に入って数時間。今日は息子が外出するというので

朝ごはんをつくって珈琲をいれたものの、さすがに自分は珈琲を飲む気がしな

くて私と娘はアイスレモンティー。

ライ麦ブレッドにクリームチーズを塗ってトマトとレタスとパストラミポーク、粒マ

スタードにマヨネーズをはさんだサンドイッチと。

いつも百発百中、ピンポイントで雨男くんの息子は雨がピークのときに出かけ

て行った。

疲労が溜まって冴えない午後のおやつは、昨日友人にもらった梅田阪神本店

『たねや』さんのわらび餅。

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素敵なパッケージに、まんまるいわらび餅が4つしか入ってなくてなんともお上

品なのだけれど、このわらび餅、いつも食べてるのと違って薄皮まんじゅうの

わらび餅バージョンというか、薄いわらび餅の中にたっぷりこしあんが入ってて

それにきな粉をかけて食べるというもの。

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ほとんどあんこを食べてるようなのだけれど、このこしあんがまた上品な甘さで

きな粉の香ばしさと相まって大変おいしゅうございました。

それにしても覚醒の後のこのどんより。

冴えません ・・・・・・


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2014年6月21日 (土)

夏至の夜のコヒア・アラビカ

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仕事の打ち合わせが店の閉店時間でタイムアウトになって、「お時間がよろしか

ったら場所を変えて話しませんか」というA氏の言葉で外に出た時すでに10時

半過ぎ。ホテルのロビーで4人で落ち合ってから3時間が経過していた。とにか

くA氏の話が面白すぎた。

夜遅くだというのに赤坂の街は人で賑わっていて活気があって、ネオンの下を

歩きはじめたらとつぜん友人が「そうだ。このあたりにおいしい珈琲を飲ませる

店があったんだけどな。あの店まだあるかな」といった。20代のころ赤坂に住ん

でいたことのある彼は何度かその店に行ったことがあるという。なんでも珈琲が

1杯1500円以上する店なのだとか。でも彼が20代のころといったら大昔のこ

とだし、それにこの時間に珈琲ってどうなの、といいかけたときにはもう彼はスマ

ートフォンで店を探し始めている。男2人が頭を寄せてスマートフォンの画面を見

ていたら、そばにいた客引きの男が「何かお探しですか」と声をかけてきた。

友人が店の名前をいうと、男はああ、という風に頷いて「そこを入って右に曲がっ

てすぐです」とあっさり教えてくれた。

コヒア アラビカ

雑多な感じのする街のなかでそこだけ趣を異にするような、クラシカルでありなが

らどこか南国風の佇まい。清潔で明るい感じの階段を下りてゆくと、まさしく別世

界の静かな空間が広がっていた。入ってすぐ奥にカウンターがあり、白いシャツ

に黒のリボンタイをした初老のマスターらしきが人がいる雰囲気は、珈琲専門店

というよりはちょっと銀座の老舗のバーみたい。バーと違うのはそこがアルコール

が似合う仄暗い空間ではなく、ぱきっと覚醒された明るい空間だということだ。

「いらっしゃいませ」

静かにいうとマスターは「お好きな席にどうぞ」といった。

壁に大きなアンティークの振り子時計が掛かっている前のテーブル席に座った。

友人がマスターのほうを見ながら「前に来たときもあの人だった!」といった。

30年近くも前に入ったことのある店がいまでもあるというのはすごいことだけれ

ど、そこで珈琲を淹れている人まで同じだというのはもっとすごいことだった。

すぐに水の入ったグラスとメニューが運ばれてきて、メニューを受けとった友人が

それを見ながら迷っていると、カウンターの向こうからマスターがこちらにやって

きて、「どんな珈琲がお好みですか?」と訊いた。友人がちゃんと答えないので

私が「いつもは深煎りの濃い珈琲しか飲まないんですが、今日は時間が時間だ

から・・・」というと、何やらマスターの眼が眼鏡の奥で妖しく光った。

「それでは、メニューには載せていないのですが、イエメンの珈琲なんかいかが

でしょう。ふつうには流通していない大変貴重な豆で、浅煎りが2000円、深煎り

で口あたりがとてもまろやかなものが2500円です」といった。

私は聞いた瞬間(え?! 2500円?)と思ったのだけれど即座に友人が「じゃ、

僕はその2500円のにしましょう! 皆さんはどうですか? せっかくですから。

それにしましょうよ。ではそれ4つ、お願いします」と注文してしまった。

もちろん、それでマスターが気をよくした(であろう)ことは間違いない。

かくして、この店はじまって以来47年という熟練のマスターによってネルで丁寧

に淹れられた珈琲が、お店のイニシャル『A』と入ったシンプルなボンチャイナの

カップ・アンド・ソーサーに入って目の前に運ばれてきた。神妙な面持ちで味わう

4人・・・・・・

見るからに苦そうに見えた漆黒のそれは深く濃く苦く、といって、想像したほどの

苦さではなく、まろやかな味。でもかなり濃いことには変わりない。本日3杯めの

ドリップコーヒー。完全に一日に摂っていいカフェインの量をオーバーしている。

それは滅多に外では飲むことのできない濃くておいしい珈琲には違いなかった

けれど、それ以上に私がハッとしたのは(そうか! 私が珈琲に砂糖を入れず

に飲むようになったのはこの日のためだったのか)ということだった。

もともとそれ自体は一日に摂る砂糖の摂取量を少しでも減らすために始めたこ

とだったけれど、長年、砂糖を入れてしか珈琲が飲めなかった私が『砂糖なしで

も珈琲が飲める』というところから、『ふつうに砂糖なしでおいしく珈琲が飲める』

というところにまで至ってなければ、今夜この珈琲をこんなふうに飲むことはでき

なかったと思う。こんな店に入って「すみません、お砂糖ください」じゃ全然カッコ

つかない。今日は初めて話す人たちとの話のなかで幾つものシンクロニシティや

繋がりと思えるようなものを感じていたせいで、よけいそんな風に思えた。

それにしても、珈琲よりも紅茶党だといっていた女性は砂糖もミルクもスイーツも

なしで、こんな濃い珈琲をストレートで飲んでだいじょうぶだったんだろうか?

我々が珈琲を飲みながら短い感想をいいあっていると、マスターが珈琲豆を数

粒入れた小さな皿を持ってきてテーブルの上に置いた。

「いま淹れた珈琲の豆です。いい豆だとそのまま食べられるんですよ」

と彼はいった。

私はいつも土居珈琲から豆が届くと開封したての豆を食べたりしているからそん

なことはとくに珍しいことでもなかったけれど、みんなは珍しそうに食べた。

その南イエメン産の珈琲豆はいつも見ている豆よりとても小さかった。

私がそういうと、それは野生に近い豆で、人が肥料をやったり薬を使ったりして

人工的な手を加えずに自然に育った豆だからだ、とマスターはいった。それから

そのイエメンの豆を手に入れるのが国の情勢からいってもどれだけ大変だった

かとか、豆の希少性とか、でもその珈琲がおいしく飲めているのは高くても消費

者がいてきちんと回転しているから(つまり酸化していないから)だとか、コピ・ル

アックについてだとか、いろいろうんちくを語りはじめた。

彼の語り口はとてもゆっくりしていて長い年月、我儘な王さまに我慢強く仕えた

侍従のように慇懃丁寧だったけれど、同時にどこか不思議な鋭さとミステリアス

な雰囲気も醸し出していた。横に大きな掛け時計がなければ時間がわからなく

なりそうだった。それでも週末で終電の時間を気にしていた私はときどき時計の

針を見ながら彼の話のキリのいいところでみんなに暇乞いをして席を立った。

そのときすでにもう11時15分。

みんなにお辞儀をして店を出て、そこからは走った。30分の終電に乗るために。

店を出たときは自分がどこにいるかわからなくてちょっと焦ったけれどすぐに丸ノ

内線の入り口がわかってよかった。(でも次に行ったときにはもうあの店はなかっ

たりして。全ては幻・・・・・・。)そして最初に電車に乗って文庫本を開いたときには

疲労のためか字が何重にもダブって見えたのが西武新宿線に乗るころには字が

くっきりはっきりと見えた。カフェイン効果?

私は本を開いたまま考えた。

カフェインが身体から完全に抜けるのは7時間だ。ってことは?

とりあえず持っていたミネラルウォーターを飲んだ。

今日も帰りの電車は遅延して最寄駅には余分に時間がかかって到着した。

百発百中。

とにかく蒸し暑くて汗をかいていて疲れて身体のあちこちが痛くてしかたなかった

けれど頭だけはばっちり覚醒したままだった。

家に帰ってサプリメントを飲み水を飲み、お風呂の中でも水を飲みながらできるだ

け早く身体からカフェインが出ていくことをイメージした。

寝る前に、いいことがあった日の習慣としてフィンランドのブタの貯金箱に500円

玉を投入して寝た。

今夜のマジカルな出会いが泡と消えてしまわないように。

夏至の夜。

個人的な記録として。

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2014年6月20日 (金)

いなばのタイカレー

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私が常日頃よく思うのは、『食べるって体力がいる』ということだ。

ときどき、食べることに疲れる。

そんなこといったら食べられない人たちに怒られてしまいそうだけど、『食べるの

には体力がいる』ということの証拠に、実際よく食べる人、たくさん食べる人たち

を見ていると、すごくエネルギッシュ。それにくらべて体力が衰え、一日の消費

エネルギーが少なくなった老人などは、一日二食、小鳥程度にしか食べなくても

なんとかなってしまう。

食べることに疲れたなら食べなければいい、とも思うけれど、そうはいっても家族

がいるから毎食用意しないわけにはいかないし、食べるのに疲れたといってもお

腹は空くからけっきょく食べる。つまり私が何に疲れているかといったら、やるべ

き仕事や家事を抱えながら『毎食つくって食べる』ということに疲れているわけで

す、どうやら。いつもどこかで自分をせかしていると胃や肝がやられてくる。それ

をいろんなことの理由にしてみたところで、やっぱり自分で自分に負荷をかけて

いるのだろうなあ、と思うのです。

というわけで(?)、今日のお昼はこれ!

いなばのタイカレー

変な人だと思われるかもしれないけど、近所のスーパーマーケットでこれを見つ

けたときから、いちど食べてみたかったのね。

この缶詰1個で120円くらいかな。とにかく安い。

でも、たかがこんなもの買うだけでもけっこう迷っちゃいました。

いなばだけでもいろいろ種類があるうえに、マルハでも同じようなのを出してるも

のだから、ついじっくり見くらべてみちゃったりして。

で、今回買ったのはいなばの『チキンとタイカレー』、レッドカレーです。

娘が「その缶詰1個で足りるのかな?」といってたけれど、小鍋に移して温めただ

けのをお皿に盛ってみるとこんな感じ。

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たしかに、このごはんの量だとちょっと少ない。

して、お味は?

というと、食には非常に保守的な感性を持つ息子が「お母さんがこれ食べたら物

足りないかも」というので、どんなかなと思って食べてみたら、これがおいしい♪

ただ息子のいうとおり、ぜんぜん辛くない。

タイカレーってふつうはかなり辛いから、それからするとこれはかなり甘い。

「こりゃ、ぜったい砂糖が入ってるね!」なんていいながら食べたけど、辛くない

ほかはかなりよくできてます。写真のとおり、チキンは大きめのがゴロっと入っ

てるし、濃厚な味。3人で5缶くらい使って少し手をくわえたら、量的にも味的にも

わざわざ自分でタイカレーつくらなくてもいいかも、くらいの感じ。

息子はこれのグリーンカレーが食べてみたいといってるし、私は次はトムヤムク

ンですね。パクチーいっぱい買ってきて。

明日の夏至の夜は私は仕事になってしまってキャンドル・ナイトどころではない

けれど、「お母さんが外出していないときの夜ご飯にいいかも」といっていた娘は

さっそく明日の夜にこれの別バージョンを食べようと思ってるみたい。

まったく、やーれやれ! だけど、外国でバカ売れしているカップヌードルにして

もお菓子にしても日本人の簡易でコンパクトで安くおいしいものをつくってしまう

センスはすごいよね。(それが身体にいいかどうかは別として。)

なんでも自分でつくって食べるに越したことはないけれど、まあたまには、ってこ

とで、こういうのもありかな smile

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2014年6月19日 (木)

夏の宵のクリームあんみつ

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道端にピンクの立葵が咲いて、夕暮れ。

夜風がひんやりと涼しい。

夏の宵って、ほかの季節にはない風情があるね。

懐かしくって、ちょっとさみしい。

思わずついふらふらしたくなる。

今夜は夕飯どきに子供がいないのをいいことに野暮用がてらちょっと出かけて、

あいにく用事は足りなかったけど武蔵野茶房に入って今季もう3度めのクリーム

あんみつ。

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茶房のは高いだけあって、栗に砂糖のついた干し芋に白玉が5個も入ってソフト

クリームがのっかって、豪華。あんこはもっちりした粒あん。

このアイスとあんこと黒みつのコンビネーションが好きなんだよなあ。

と、最近ちょっとマイブームかも。

その冷たさと甘さに酔いながら思いだすのは、風鈴に朝顔に縁側で浴衣に団扇、

かき氷にラムネにヨーヨーに線香花火の匂い。

夏は懐かしいものだらけ。

家に帰ったら父に7月に風鈴市に行こうと電話しよう。

それから音信不通の友達に短い手紙を書こう。

こんどこそちゃんとポストに投函、する。

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2014年6月18日 (水)

じきに雨

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だいぶ色が淡くなってきた、アンブリッジローズ。

それからシャルロット・オースティン。

梅雨時の暗い朝には、心にぽっと灯りをともすようなこの黄色は貴重。

いまの私のベランダの状態はあまりよくない。

春ばらからひと月たって、またたくさん蕾をつけているばらもあるけれど、晴れて

乾燥した日が続けば株元の地面に近いところからハダニが蔓延しはじめるし、

雨が続いて湿度が高くなれば葉先からすぐにうどん粉病になる。よく見るとあち

こち虫に食べられてレース状になった葉っぱもあるから、だいぶ虫も活発になっ

てきたらしい。

夏のあいだ太陽を浴びて光合成をして木にたくさん栄養を蓄えるためには、こ

の時期できるだけ葉を落とさないようにする必要があるのだけれど、そうとわか

っていたところで、狭くて高温多湿になりがちな夏のベランダではきれいな緑の

葉っぱを維持するのはなかなか難しい。

美しく咲いているときの花を愛でる人はいくらでもいる。

けれども、咲いてない残りの6割から9割の時間に花が美しく咲くための苦労が

集約されているわけで、その咲いてない(ときには美しくない)時間も含めて花を

愛する人はとても少ない。

それは人でも一緒だね。

人でも仕事でも仕事仲間でも。

だから昨日のあなたが少々醜くても私は簡単に嫌になったりしない。

なかなか咲かない花がどうやったら咲くか今日もちゃんと考えるよ。

だって私たち成功しなくちゃ。

天気予報では今日はじきに雨。

大気がひんやりしてきた。

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2014年6月16日 (月)

ひまわり

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いつもプールに行った土曜日は、夕方のまだ明るいうちに先にゆっくりお風呂

に入ってしまってから、いつもより遅い夕飯を食べる。

先週もお風呂から出てきてリネンのスリーパーに着替え、頭にタオルを巻いた

状態で「さあ、食べよう」と席に着いたら電話が鳴って、「このタイミングの悪さは

きっとまた仕事仲間だ!」といいながら電話をとったら同じ住宅に住むYだった。

開口一番「あなた花好きでしょ」というから何かと思えば、「今日職場で花をもら

ったんだけど活けるものもないし、これから家を留守にするところで花を駄目に

してしまいそうだから、もらってくれないかと思って」という。「いいけど、わたし

お風呂上りでノーメークですごい格好してるけど」といえば、そんなの全然いい

いまから行く!」といって電話は切れた。

しばらくして階段をバタバタ上がってくる音が聞こえたからドアをあけると、大き

なブーケを抱えたYが立っていた。「うわあ、立派なブーケだね。どうしたの?」

といえば「ね、かわいいでしょ」という。聞けば、今日勤続7年で職場でもらった

のだそうだ。「そんなブーケを私にくれてしまっていいの」といえば、「だって。

活けるものもないし。今日はこれから11時半の電車に乗って出かけなくちゃな

らないし週末は家にいないから。あなた、ばらやってるくらいだから花好きでし

ょ。私はもう写真撮ったからいい」といって、またバタバタ音を立てて帰って行っ

た。取り急ぎ100均で買った花瓶には入らなかったという。花を活ける花瓶も

ないなんて、なんて色気のない女。と思いながら息子に「Yに花束もらった」とい

って見せると「うわ。派手!」という。「コトリさんのつくる花束とは違うね」という

から「そりゃぜんぜん違うよ。コトリさんのつくるブーケは特別だもの」といった。

ブーケには鮮度保持剤がついていたから、それを水に溶かして花を活け、Yの

いうとおり玄関に飾っておいた。アルバイトから帰って来た娘は玄関の大量の

花を見るなり、「ひまわりだけならいいのに」といった。

夏の花はもたないから、今朝しおれた花をぜんぶよけたらひまわりだけになった。

まるで部屋のなかに小さな5つの太陽がいるみたい。

それを見て娘は「やっぱりこっちのほうがずっといい」という。

コトリさんの嫌いなひまわり。

私はひまわりが好きだ。

(たぶん)私だけがおぼえてる、やさしい思い出もあるし。

それに、ひまわりを見るといつもいじらしいゴッホを思い出す。

狂ったようにひまわりが咲く夏のアルルと大枚はたいて買った立派なゴーギャン

の椅子、それにくらべてあまりに貧相なゴッホの椅子のことを。

願わくは私もいつだってそんな風に好きな人に自分のよりいいものを差し出せる

人でありたい、と思う。

私が夏が好きだとかひまわりが好きだというとたいていの人から「似合わない」

といわれるけれど、どうしてだろう。

二月生まれの痩せっぽちだから?

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2014年6月15日 (日)

小さなことだけど

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いつだったか、予期せぬときにやってきた代金引換の荷物を受けとるのに、

息子に借りて払ったお金を、返すとき封筒に入れて渡したら、「ぼくに返すく

らい、わざわざ封筒に入れなくてもいいのに」といわれたから、「人にお金を

渡すときに、生でそのまま渡すような教育は親にされてないんです」といった

ことがあった。

そうしたら今日、紙に包まった娘からのお金(食費)が机の上に置いてあった。

小さなことだけど、こんなひとつひとつが家のなかではとても大事。

いかに世の中が変わろうとも。

紙には猫のイラスト付き。

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これはパンダかな?

いや、パンダはもっとデブだね。

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2014年6月14日 (土)

今日のばら/ジュード・ジ・オブスキュア

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春に伸びた枝がぜんぶブラインドになってしまって切り戻してから、2つだけ蕾

をつけて、やっと咲いたジュード・ジ・オブスキュア。

輸入苗のよくない特徴を持ったこのばら。

そのよくない特徴とはまず腰高で、深いローズポットに注意して植えても接ぎめ

の下の根っこが土から露出してしまうところ。

だからなのかどうか、病虫害に弱い株が多い。

植物にとってはやっぱり生まれた土地の環境がいちばんいいのかもしれない。

とくに弱い品種が多い白や黄色のばらは少々高くても国産苗に限る、と思う。

でも、それをしてもジュード・ジ・オブスキュアは素敵なばらだ。

ローズガーデンで数あるばらのなかにあっても、ひと際目を引くばら。

ちょうどよい大きさの深めの黄色からときにアプリコッがかる花は、最初は深い

ディープカップ型から、ひらきはじめると花びらがかたちよく波うち、格別に繊細

で優雅な雰囲気になる。香りは鮮烈、といっていいほど強くていい香り。

レモンみたいなかたちの淡い緑の葉っぱとのコントラストも美しい。

これでもっと強くて多花だったら、と思わずにはいられないけれど、本来のこの

ばらは強健でとても返り咲く性質のようだから、私のジュードは個体差によると

ころなのだろう。いつか、狭くてもいいから自分の庭のフェンスをこのばらでいっ

ぱいにしてみたい、などとそんなかなわぬ幻想さえ生まれてしまう。

今日咲いた貴重な1本。

熱い陽射しで萎れてしまわないうちに切って食卓に活けた。

13jude_the_obscure_01_2

そして、ここからは去年アップしそびれたジュード・ジ・オブスキュア。

いつもたいてい、ばらのシーズンは連日早起きしてばらの手入れと写真撮影と

画像整理とブログアップに追われるうちに、だんだん疲れてきて最終的には手

が追いつかなくなってアップできなくなってしまう。だから実はここに載せている

以上にもっときれいな写真がフォルダには残っていたりする。

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ジュード・ジ・オブスキュア

1995年 デヴィッド・オースティン シュラブローズ 強健 樹高1.5m

四季咲き 中~大輪 ディープカップ バフイエローからアプリコットイエロー

強香(時おり強烈なシトラス香の混じったグアバと白ワインを思わせる香り。)

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2014年6月13日 (金)

不思議な夢

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おとといライヴに行った帰りの電車の中で完璧な双子を見た。

私の正面にいた彼らはまさしく見事な相似形で、小さな頭に異常なほど整った

神経質そうな顔立ち、ワックスをつけてきれいに撫でつけられた髪、小さな肩

と細い身体にはタイトな三つ揃いのスーツを着ていて、ダークネイビーにごく

目立たない大きめの格子柄が入ったスーツに細いネクタイ、濃紺のソックスに

磨かれた黒い革靴、手に持った鞄に至るまで何から何まで同じだった。

違うのは髪の撫でつけ方と、片手に嵌めた指輪の位置、持った傘が片や透明

ビニール傘なのと、いっぽう黒い折り畳みの傘だというくらい。

最初、彼らの顔立ちがとても若く見えるせいで、一瞬制服かと思ったそのスー

ツの襟には共に同じ社章のピンバッジが付いていたから、どうやら彼らは同じ

会社に勤めているらしい。これだけに似た顔の、同じファッションの人間が2人

いる会社ってどんなだろう、なんて漠然と思った。

私は例によって本を読んでいたし、それほどじろじろ見ていたわけではなかっ

たのだけれど、彼らの態度には『人に見られることにはじゅうぶん慣れている』

といった雰囲気がありありとうかがえた。たまたま慌てて家を出るときに適当に

本棚から抜き取った文庫本が村上春樹の古い小説だったりしたせいで、私は

本に目を落としても前を見ても奇妙な世界のなかにいた。

ほんとうに、バルテュスか金子国義に描かせたらいいようなモチーフだった。

その晩は(もう帰りの電車の中からそうだったのだけれど)、行きの電車でひど

く窮屈な思いをしたせいか、それとも今の季節特有の『湿邪』というもののせい

なのか、肩関節がひどく痛んでなかなか眠れず、眠ってからも脈絡なく細かく

分割された映画のシーンのような奇妙な夢を次から次へと見続けた。

その最後の夢が凄かった。

どこか天井の高い教会のような、美術館のようなところにいて、高い台のような

ものの上に一見して裸のキリストとわかる人がいる。あの筋肉質からいってミケ

ランジェロのキリストだ。と、次の瞬間、何が起こったのかキリストが宙を舞って

下に落ちてくるのだけれど、落ちてくる途中でその姿はなぜか胞衣をまとった生

まれたばかりの赤子に変身してしまう。(そのとき夢のなかで自分がはっきり胞

衣『えな』と発音するのに自分で驚く。)それを見た私は「受けとめなければ!」

と激しく思って両手を上に差し伸べるのだけれど、はたしてすっぽりと私の腕の

なかに落ちてきた赤子はひどく弱々しくて寒そうなのだった。それで「早く胞衣

から出してきれいにして温めなければ」と思ったところで目が覚めた。

目が覚めて誰にいうともなく「いまキリストの夢みた!」と声に出していった。

目覚め間際の最後の夢のインパクトがあまりに凄かったせいで、それ以外の夢

はみーんな忘れてしまった。

して、この夢をなんと解く? 

というとこだけれど、少し考えてから考えるのをやめた。

ひとついえるのは、この夢が嫌な夢ではなかったことだ。

光にあふれていたし、私は自分の抱いている赤ん坊がとても大事に思えた。

それで私はこの夢を吉兆と思うことにした。

夢はいつだって不思議だ。

でもときどき、自分の生きているこの現実こそが夢なのじゃないかと思える。

そして我々にとっていかにこの世界が終わったかに見えようとも、いま生まれた

ばかりの赤子にとっては世界はまだ始まったばかりなんだよね。

いま生まれたばかりの赤子のような目で世界が見られたらどんなにいいだろう。

上の絵は、このあいだ行ったバルテュス展で買ってきたポストカードから。

バルテュスが自分の小さな娘のために描いたといわれるデッサン。

ポストカードの裏には《春美のための九つのデッサン(『不思議の国のアリス』)

による)》と書いてある。使っているのは鉛筆とフェルトペンと色鉛筆。

バルテュスのこんなラフなデッサン、というかイラストをもっと見たかったな。

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2014年6月12日 (木)

如意宝珠?

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いっつも同じような写真を載せてるけれど、昨日家に帰ったのは午前1時半。

それからお風呂に入って寝たのは2時半。布団に入って30分もしない間に激し

い雨が降ってきた。かろうじて帰りに豪雨にあわなかったのはよかったけれど、

行きは予想通り、悪天候のおかげであちこちの路線で人身事故が起きていて

渋谷の東横線のホームには人があふれ、いつもの降り口は規制していて使え

ないし、電車は寿司詰め状態で超ストレスフル、遅延しているうえに間隔調整

でしょっちゅう止まるしで、馬車道に行くだけで疲れた。最近、たまに電車に乗

ると100%といっていいくらい人身事故か車両故障か車両点検で遅延する。

とくに通勤帰りの人であふれる時間帯は人の疲労度も高いから、なおさらストレ

スフル。起きている事実以上に嫌なものに遭遇する。

いったいいつからこんなに事故が多発するようになったのかと思うけれど、日本

が自殺大国であることはまごうかたなき事実として、最近はスマートフォン中毒

患者の不慮の事故が増えているんじゃないかと思う。ほんとうに、ホームを歩い

ているときや階段の上り下りをしているときくらいはスマートフォン見ながらはや

めてほしい。そうじゃなくてもだらだら歩く人が多いのに最近はそれでますます

ちんたら歩くから、歩くのが速い私としては非常に鬱陶しい。ましてや超寿司詰

めの電車の中で無理無理大きなiPad持ってゲームするのはやめなさい!

・・・・・・ ということで渋谷駅が新しくなってからは横浜方面に行くだけでも一苦

労のこのごろだけど、昨日みたいな雨をおして私が出かけて行ったのは、上町

63でこのトリオのLIVEがあったからだ。

MANI。

さすがに悪天候だったから私がぎりぎり8時前に着いたときにはお客は2人しか

いなかったけれど、昨日も行くだけの価値はありましたよ。

1曲めこそ音が散らかって聴こえたけれど、それも自分の耳(頭)のせいもあった

かもしれない。2曲めからはグッと持って行かれた。

市野元彦さんのオリジナル曲の『オケアノス』、それから『Better Times』。

すごくよかった。

こればかりは実際に聴かないことにはわかってもらえないからこんなことを書い

ても意味がないのだけれど、この曲で聴けたあたりにこのバンドのよさというか

聴きどころがあるんじゃないかなあ、と思った。セカンドステージでは同じく市野

元彦さんのオリジナルの『アンモナイト』、それから竹内直さんの『ペリドット』。

とくに『アンモナイト』は、前はサックスでやってた直さんが今回はフルートでや

っていて、これが今夜いちばんよかった。曲のなかに、音楽のなかに引きずり

込まれる感じ。それこそアンモナイトのぐるぐるの中に・・・・・・

それからカーラ・ブレイの『アイーダ・ルピノ』という曲も印象的だった。

市野さんについてはそれほど知らないからごく個人的な私の感覚だけで書くと

市野さんだけだとものすごく美しいけれど静謐で複雑で内向きのタペストリー的

世界になってしまうところを直さんという別のエレメントを持った人が入ることで

開放感のある外向きのエネルギーが加わったのがMANIなんじゃないかな、と。

そしてこれはますますわかる人にしかわからないと思うけれど、ドラムスの田中

徳崇さんってちょっと『御茶屋峠』みたいな人なんですよね。いつもワンレン・スト

レートの髪を後ろできちっと一個結びにして、白いシャツを黒いパンツの中にき

ちっと入れて着るのがキマってる。昨日は(いつもだそうだけれど)バーのカウン

ターで紙巻煙草を巻いてた。きっと独自の美学を持った人なんでしょうね。

繊細そうでいて、剛胆。

田中徳崇さんのエレメントはサンド。砂。サンドペーパーともいう。

ときどき音楽に砂嵐を起こしたり、音に磨きをかけてる。

いっつも自分の感覚だけで好きなことを書いていてなんですが、昨日もいろいろ

楽しかったです。

そして思ったのは、日々雑多な物事、感情のなかで暮らしているけれど、その日

常のわずかな時間、そんなものとはいっさい関係のない音世界に埋没している

いや、埋没していられることの贅沢さ。たとえば映画館の暗闇のなかで2時間、

シネマのストーリーと映像世界にどっぷり浸るのも贅沢な時間だと思うけれど、

リピートなしの一回こっきり、という意味ではLIVEはやっぱりそれ以上。それを

たったあれだけの人数で楽しむのはもったいない。もっとたくさんの人に聴いて

ほしいと思うのです。

私はここで聴いているMANIの音楽がいつかCDというかたちで残ってくれるの

を願っているのだけれど、こういう音楽をソリッドに研ぎ澄まして、なおかつLIVE

で聴くときの緊張感や浮遊感や幽玄さや熱や魔力といったものが全く削がれる

ことなく録音されるにはどうしたらいいのかな。簡単ではなさそうです。

でも残してほしい。

これもきわめて個人的な感覚ながら、MANIのアルバムでは市野さんと直さん

のオリジナル曲のみで、スタンダード・ナンバーは入れなくてもいい気がする。

ちなみにこの『MANI』、チベット仏教のマントラであるほかに『如意宝珠』の意味

もあるそう。『チンターマニ』といって、サンスクリット語では『チンター』は『思考』

『マニ』は『珠』を指す言葉で、『意のままに願いをかなえる宝』という意味。

素晴らしいですね。

如意宝珠を持った毘沙門天。(ますますなんだかわからない。)

意のままに意図するところの音楽を成就させてほしいです。

でもってこの看板、画像見て初めて気づいたけど、I が抜けてMANになってる。

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マスター! I が足りないよ!(^-^)


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2014年6月11日 (水)

数年ぶりに咲いたアルンウィックローズ

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長いことずっと、すべての枝がブラインドになって蕾がつかなかった挿し木の

アルンウィックローズが数年ぶりに咲いた。

本来、ディープカップ咲きのこのばらからすると、花のかたちも花いろも香りも

まだぜんぜんそれには程遠いけれど、でも咲いてよかった。

ばらが何年も咲けずにいるって、まるで鳥が声を失くしたようなものだから。

天気予報では今日は午後から雨のはずだったのに、ベランダにいた8時半に

はもうバタバタと降ってきて、あっという間にコンクリートを黒く濡らした。

それに今日は昨日より蒸し暑いようだ。

夜からはまたおとといみたいな豪雨になるらしい。

まいったな。

外では毎日、鳥の囀りだけが賑やか。

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アルンウィックローズの蕾はまだもうひとつあって、ひそやかな雨のなかで

待機中。

この先はもっと自由に思いのままに咲けますように。

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2014年6月10日 (火)

梅雨まで

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庭の草をむしる

ハハコグサやハルジョオンは

すぐ根っこまで抜けて

乾いた土がはらはらこぼれるが

オオバコは

二葉からまだ間もないのに

シャベルで深く掘らないと

根ごととれない


帽子をかぶるのを忘れていた

五月の太陽が

髪を熱くしているのに気づいたのは

イブキ、マサキ、ツバキ

シダレヤナギ、アジサイなどが

込みあっている日陰に

うずくまったときだった

頭を動かしたらじぶんの髪が

日なた臭くにおったのだ


貧弱な葉のくせに

根が針金のように強く

どこまで掘ってもきりのない草の名は

知らない

ところどころ

親指大のコブまでついている


草をむしっていると

心しずかに

じぶんが偏執狂ではないかと疑うことがある

ミミズがのたくっている

ずいぶんたくさんいる

指につまんでみる

この虫を

研究してる人もいるんだなと思う


草は

必ず根っこまでとるべし


夏には

大きな麦藁帽子をかぶる


(北村太郎/詩集『あかつき闇』から『梅雨まで』)


*****************************************************************

この詩は前にも載せたかもしれない。

北村太郎との出会いはこのなんてことない一編の詩からはじまった。

それから四半世紀以上。

そう考えると出会いっていつだってほんとうに不思議。

今日この詩を思い出したのは、友達から『今日は草と格闘する』とメールがきた

からだ。庭が雑草でジャングル状態になっていたのを今朝ちょこっと引っぱって

みたら思いのほか簡単にすっぽり抜けて、豪雨続きで地盤が緩んで格好の草

むしり日和をつくってくれた、というのだった。

14rainy_season_04

昨日は梅雨入り宣言から4日降り続いた雨がやっとやんだと思ったらまたしても

夜から降りはじめて、あやうく全身ずぶ濡れになるところだった。午後遅くから

空のどこかで雷がゴロゴロ鳴っているなあ、とは思っていたけど、ポツポツ降り

だしたと思ったらいきなり天地が張り裂けそうな物凄い雷の轟きとともに激しい

雨が降ってきた。どこかの部屋から小さな子どもが弾かれたように泣き出す声。

あともう少しで娘がアルバイトから帰ってくる時間だったから、思わずメールして

しまったほどだった。娘はビニール傘を買って帰って来た。

昨日の豪雨でよかったのは、ばらについてたうどん粉やハダニが雨ですっかり

洗われたことくらい。

そして今日はまた曇天。

昨日ほど大気はもわっとしてないものの。

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それから朝の珈琲をいれようとして、KUSA喫茶のkusaさんがブログに『一杯の

珈琲は、正に一期一会。あなたが、今、この瞬間に口にした珈琲を体験するこ

とは、もう二度とないでしょう』と書いていたのを思い出した。自然物である珈琲

豆は、たとえ同じ産地のものでもそのときどきの気候や環境などによって収穫

のたびに同じものはできないし、生豆の乾燥状態は日々刻々と変化しているし

それに熟練の焙煎士といえども常に同じ焙煎をすることはできないだろう。

いままでそんな風に思って珈琲を飲んだことはなかったけれど、これからは心

して飲まなきゃな、なんて思った。でもライヴに関してはいつもそれで、たとえば

天候が悪かったり、いまひとつ気分が乗らなかったりして行こうかどうしようか迷

っているようなとき、もし今夜の演奏が一期一会の奇跡だったら、なんて思うと、

やっぱり少々無理しても行かずにはいられない。

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でもさ、そう考えるとすべての自然物はみんなそうかもしれないね。

今日のあなたも。わたしも。

自分ではたいして変わり映えがしないように思えても。

だからいまこの瞬間をこの感情をこの出会いをインスピレーションを、もっと大事

にしなくちゃいけないのかも。

で、そんな不安定な自然物である人間の短所であり長所はどこかというと、それ

は気紛れなところ。

それで私は、明日が晴れて誰かさんの気が変わらないかとか思ってるわけ。

あんまり草むしりに精を出し過ぎて腰痛めないことを祈るよ!

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私のベランダの6月のばら、ばら。

早く咲きだしてくれないかな。

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2014年6月 7日 (土)

雨の季節

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めっきり梅雨だ。

昨日一日じゅう激しく降り続いた雨は今日になってもやまない。

今朝はまた例によって、頭のおかしい階下の人がわざと地響き立てて部屋を歩

き回る不吉な音で目覚ましが鳴るより早く起こされたから、そのまま起きた。

2週間ぶりのプール。

今日は雨だからいつもより早く家を出て歩いてスイミングクラブまで行く。

雨脚は昨日より弱まったものの、外はけぶるような雨。

そうじゃなくても肩関節が痛いのに、プールバッグが肩にくいこんで痛い。

帰りは濡れたものを入れるからますます重くなる。

14_rainy_season_01

こんな天気だからきっと来てる人は少ないだろうなと思ったけれど、思ったほど

じゃなかった。いつものように賑やかな更衣室。お久しぶりの人の顔もあって、

やっぱりここはいいな。

帰りは疲れて荷物も重いはずなのに、来るときより身体が軽くなった。

やむかと思った雨は午後からときどき強くなり、先週の暑さから一転、梅雨寒。

空がどんよりしてるから部屋の中も真っ暗だけど、電気をつける気がしなくて

キャンドルに火をつけた。

中世暗黒時代のオランダみたいに。

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最初の写真のばらは、つぼみが色づきはじめたアルンウイックローズ。

2枚めはラ・フランス。

これから咲くばらと二番花。

着々とつぼみは上がってきていて、いまのところ高温多湿じゃないからまだいい

ものの、日照率の低いこの時期はばらにとってもつらい季節。

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2014年6月 5日 (木)

ロメインレタスとベーコンのパスタ

14pasta

またしてもそら屋さんでそよかぜ農園さんのレタスを買ってきた。

だって近所のスーパーマーケットでマルチリーフレタスを買うと、サラダにして

3人で食べるには少ないくらいの小さな元気のないレタスが198円(税抜)な

のに対して、そら屋さんで買うハンサムレタスは1回で食べきれないほどの大

きさの瑞々しい元気なのが210円なんですもん。これは自転車飛ばしてでも

買いに行く価値があるというものです。

それで、今日のランチはロメインレタスと厚切りベーコンのパスタ。

ロメインレタスって、白菜みたいなかたちをしたちょっと変わったレタスです。

芯がしっかりしてるから炒めものにあうし、おいしいスープにもなるという。

作り方は、まずロメインレタスを50度洗いして水を切り、ざくざくっと切っておく。

厚切りベーコンには玄米元氣をかけて少し置いておく。(うちでは食肉、魚介

には調理する前にかならず玄米元氣をスプレーします。食材が活性化されて

おいしくなる!)鍋にたっぷりのお湯を沸かして料理と同時進行でパスタをゆ

で始める。にんにく1~2片を半分に割って、芯を取って包丁でつぶしから粗

みじん切りにしてフライパンに入れ、オリーブオイルを入れて弱火でじっくり炒

める。そこへベーコンを入れて炒め、いい感じに香りが立ってきたらレタスも

投入。塩、コショウして強火でざっと炒め、パスタのゆで汁をおたま1杯強くら

い入れて全体になじませる。そこへアルデンテにゆでたパスタを入れて混ぜ、

味見をして味を調えてから最後にオリーブオイルを回しかけて軽く混ぜたら、

皿に盛ってできあがり!

レタスが好きかキャベツが好きかは人それぞれ好みの問題です。

ロメインレタスはレタスだから当然しんなりはするけれど、芯がしっかりしてる

からシャキシャキ感もあって、キャベツより癖がないかも。

私はけっこう好みでした。

ただしアンチョビならやっぱりキャベツ。

レタスにはベーコン、ソーセージ、豚肉、鶏肉といった肉類が合う。

番外はにんにくに長ネギに桜エビ(干しエビ)がすごく合いそう。

(これは豆苗の炒めものでよくやる。)

ロメインレタス1個まるまる入ったパスタは野菜たっぷりでヘルシーです。

東京もついに今日は梅雨入りしたそうで、平年より3日早く、昨年よりも5日早い

とか。湿度は高いけれど大気がいきなり涼しい。

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我が家はいつも珈琲で、真夏でも冷たいものはあまり飲まないけれど、たまに

はアイスティーもいい。

昨日、温めたポットにダージリンのティーバッグを2つ入れて熱湯を注ぎ、マグ

カップ2つに入れてから、さらにポットにお湯を足して濃いめに出したところに

きび砂糖をばさばさっと入れて冷やしておいた。二番煎じだけれど、これでも

ペットボトルのアイスティーよりはおいしいんじゃないかな。

薄く切ったレモンを浮かべたら、梅雨どきにレモンの味と香りがすごく新鮮!

思わず大滝詠一の歌を思い出してしまったけど、『カナリア諸島にて』でアイス

ティーに浮かべるのは、薄く切ったオレンジでしたね。

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2014年6月 4日 (水)

夏仕様

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梅雨が来る前に部屋の中が完全に夏仕様になってほっとした。

お天気のいい週末に外出が続いたりしてしまえずにいたホットカーペットを片づ

けたら、すごくすっきりした。しまうといってもそれまでずっと敷いていたものを

ただたたんでしまえるわけではないから、毎年これがけっこうな重労働で面倒。

ホットカーペットなんて好きじゃないし電磁波が良くないといわれているんだか

らいっそやめてしまえればいいのだけれど、ホットカーペットなしでは寒いから

しかたがない。閉口したのは娘の部屋で、溜まった埃をきれいにするのに時間

がかかった。私だっていい歳の娘の部屋の掃除なんてしたくないし、娘だって

触られたくないものもあるだろうけど、そこがきれいにならないことには掃除が

完結しないのだからしかたがない。あちこちに溜まった埃を落とし、雑巾にミン

トの精油を垂らして水拭きし、大掃除並みの掃除をしたらやっと人間らしい部

屋になった。開けた窓から入る夜風にミントの香りが心地よかった。

毎日、朝起きると一番に精油を焚くのが習慣だけど、これからの季節いちばん

活躍するのがペパーミント。そして最近買ったのは和種薄荷。

昔からこの薄荷の香りが大好きだ。

子供のころの懐かしい、夏の香り。

ペパーミントにくらべてこの和種薄荷はメントールの含有量が多く、メントール成

分は身体を冷やさないで清涼感を感じられることから最近、注目されているのだ

そう。そういえば昔、父が使っていたシャンプーにも入っていたっけ。

ペパーミントも和種薄荷も単体だと香りが薄いので、ローズマリー、ラヴェンダー

フランキンセンス、マートルなどと一緒にディフューザーに入れて使う。

やらなきゃならないことはまだあって、布団カバーやシーツの洗濯、キッチンの

換気扇の油汚れ落としやお風呂のカビ取りなどいろいろ ・・・・・

6月は個人的にはまたデトックスの季節です。

掃除に断捨離、半年のあいだに自分の身内にも外にも溜まったいらないもの

を捨てて必要なものが入ってくるスペースをつくる。

これからの鬱陶しい梅雨の季節はこまめに水周りの掃除をしたり、晴れ間を縫

ってシーツや枕カバーを洗濯したり、香を焚いたり精油を焚いたり花を飾ったり

しながらいつも以上に植物に触れて、蒸し暑さで身体が鈍化したり、気持ちが

だれてしまわないように、できるだけ気持ちよく暮らしたいと思う。

ばらは花後の施肥の時期で、このあいだから2回に分けて水溶性マグネシウ

ムを撒いた。人にとっても植物にとっても鉄とマグネシウムは必須ミネラル。

鉢植えだと毎日の水やりでも土から栄養分が流れてしまうし、真夏の気温にな

るとばらはもう肥料を吸収できなくなってしまうから、まだ比較的涼しい梅雨の

季節に体力を回復させる必要がある。うどん粉病と同時に晴天の暑い日が続

いた後に一気にでてきたハダニ対策もしなければ。

ベランダにはまだこれから咲くばらもあって、もう何年も前にばら友達にもらって

翌年こそ美しい花を一度だけ見せてくれたけれど、それ以降は何年もすべての

枝が切っても切ってもブラインドになってしまっていた挿し木のアルンウイックロ

ーズに数年ぶりにつぼみがついた。

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ちゃんと咲くことさえできればほんとうに美しいばらだから、とてもうれしい。

もうすでにうどん粉病が出てきてしまっているけれど。

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それから、いつもとっても遅咲きのジュード・ジ・オブスキュア。

14rosebud_24

どれもまだみんなか弱いつぼみ。

若いころは、何をするにも才能優位に考えていたけど、最近は何をするんでも

才能以上に我慢強くやり続けられるかどうかだと思っている。

家族も仕事も家事もガーデニングも人間関係もその他もろもろ、すべて。

そして肩の力を抜いて楽天的に考えれば、花は咲くときゃ咲く、ってことだ。

もう雨が降ってきそうだけれど、明日の朝は早起きして窓を磨こう。

クリアになった窓から雨の風景を眺めたいから。

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2014年6月 3日 (火)

鏡の中のイノセント・ボッサ

Innocent_bossa

人によっては他人の家に行くのが好きじゃない人もいるだろうけど、私は子ども

のころから人の家に行くのが好きだ。

友達の家に行くことの楽しみは、自分がそれまで知らなかった相手の極私的な

領域に踏みこむ新鮮さに尽きるけれど、私にとってはそのひとつが音楽。

友達の家に行って聞くのがそれまで自分の聞いたことのない音楽でしかもそれ

が心地よかったら、どうしたって訊かずにはいられない。

「いまかかってるの何?」って。

私がそう聞くときは間違いなくその音楽を気に入ったとき。

最近は気軽に家に行ける友達もいなくなって、そんな機会もなくなった。

私としてはさびしいかぎり。

こういうときだな。私が新しい友達をつくらなくちゃ、って思うのは。

昔は喫茶店やレストランで食事しているときもBGMでかかっている音楽が気に

なると、店の人を呼びとめて聞いた。いま、かかってるのなんですか?

たいていそのころは誰でもこころよく、私のところまでいまかけているレコードを

持って来てくれた。

そうやって、たまにはほかに席がいっぱい空いてるのに、「ここ、いいですか?」

って私の前の席に座る人がいたりして。それは男だったり女だったり。見ず知ら

ずの人の顔をみつめながら、束の間お喋りをしたりした。

あのころにくらべたら私はいささか年をとったけど、いまだってそんなのいつだ

ってウェルカムなんだけど。いまの私には肝心の、ひとりになれる時間がない。

でもこうやって蒸し暑い6月の昼に、ごはんも食べないでこんなこと書いてるのは

いまうしろに流れてる音楽のせいね。

音には色がある。と同時に季節がある。

このあいだまで私のこころをキャラメルみたいに溶かしてくれた音楽はいま聴くに

は少し温度が高すぎるし賑やかすぎる。

いま聴いてるのはまるで鏡に落ちる冷たい水滴。

鮮やかで透明で眩惑的で、すこし毒があってドキドキする。

いまはこのくらい突き放された音楽がいい。

つまり、蒸し暑いから。

一年のうちでもっとも何かを予感してわくわくするのは夏になる前のわずかな

光の季節だな、いつも。

今年は明確に、的中するといいんだけれど。

いつも梅雨の季節になるとなぜか聴きたくなる。

三宅純の『Innocent Bossa

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ヴィニシウス・カントゥアリアの声にはアマゾンの密林の匂いがする。

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2014年6月 2日 (月)

今日のお昼はタイ焼きそば

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今日も朝から蒸し暑い。

今朝は汗かいて目覚めたけれど、ついに九州は梅雨入りだって。

東京もじきですね。

今年もついに来たか、という感じ。

こう蒸し暑いと辛いものが食べたい。

ということで、今日のランチはパッタイ、タイ焼きそば。

基本、私はごはん好き和食好きなんだけど、なぜかこのところごはん以外の

メニューしか浮かばなくて、俄かに我が家はエスニック・ブーム。

この夏は、甘い辛い酸っぱい! にハマりそうな予感。

タイ焼きそばもカルディで売ってます。

1袋で2人分。

あとはエビともやしとニラとたまご、レモンかライムがあればできる。

お手軽エスニック。

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2014年6月 1日 (日)

谷中、猫のいる町/その2

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芸大美術館を出た後は、最近このあたりに来たばかりで詳しいすみごんさんに

ついて気の向くまま谷中方向に歩き、目についた店に入る。すみごんさんとは

もともと好きなものが似てるから、たいていの場合彼女のチョイスはどんぴしゃ

なのです。次々目に入るものがほしくなる気持ちを抑えつつチマチマと紙もの

など買って、「暑いし喉も渇いたからここでお茶しよう」といって彼女が指さした

のは『カヤバ珈琲』。でもご覧のとおり、長蛇の列なの。人気店なんですね。

この古い建物は大正5年築の出桁造りの町家ですって。すぐ隣りには前に家

族で入ったことのある『谷中ボッサ』もありました。それでやっと私も地理感を

取り戻したってわけでした。この通り、なんてことないんだけどなんだか目を

ひく店が多い。壁だか屋根だかに描かれた絵がかわいい、畳屋。

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と、ふいに「あ、わたし、あの店で豆大福、買って帰りたい!」と、見るからに老舗

の和菓子屋に一目散に向かっていくすみごんさん。

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ここは、元々はお風呂屋さんだった建物を改造していまはギャラリーにしている

らしい。

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軒灯の白いガラスには『BATH HOUSE』とありました。

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そして目に入ってきたのはなんとも懐かしい風情の一角。

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私のこの日のもっとも『懐かしかったで賞』はここかな。

いい味だしてる昔ながらの和菓子屋さん。

店のなかには実直そうな職人気質の親父さんがいて。

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猫好きって、猫と見ると覗いてみずにはいられないらしい。

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そして、お茶しようと向かった店はまたしても駄目でした。

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本日定休日。の『コーヒー乱歩』

あちこちでタチアオイが咲いて、季節はもう夏です。

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とにかく谷中はどこもかしこも猫、猫 ・・・・・・

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そしてもうひとつあった! 今日の私の懐かしかったで賞その2。店先の鳥かご。

昔は両親それぞれの実家のある十条銀座を歩いても赤羽商店街を歩いても、

ひとつやふたつは小鳥屋さんがあって、小鳥好きの母とよく覗いたもんです。

店先や家の前にも鳥かごを下げてる人がたくさんいたものだけど、いまはもうめ

っきり見なくなった。ジュウシマツ、セキセイインコ、文鳥、白文鳥、ダルマインコ

果ては父が山で巣から落ちたのを拾ってきたホオジロの幼鳥まで。家ではいろ

いろな鳥を飼っていた。だからいまでも鳥は平気で掴めると思う。

この白い子はなんだかあまり元気がなかったな。

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あまりの懐かしさに思わず立ち止まってしまったこの通り。

このあたりになるといつのまにか根津で、光はもう夏です。

このあいだJAZZバーで女性客がヴォーカリストの翠ちゃんに「ハックルベリーフ

レンドってどういう意味ですか?」って聞いてたけれど、感覚的にいってしまうと

子どものころスリルと冒険を共にした夏の光こそ私にとってはハックルベリーフ

レンドだな、とこのとき思った。懐かしい私のともだち。

「この通り、すごく好きだな。なんだか時間が止まってるみたいですね」と思わず

近くに立ってる男の人にいったら、「うちを見るともっと時が止まってるみたいで

すよ」といわれて指さすほうを見たら、路地を入ったところに『マル秘』の文字が。

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誰かと一緒だとたいてい写真を撮ることに集中できずに今日もひどい写真ばかり

載せているけど、そのなかではよく撮れたのがこの写真。

すみごんさんには事後承諾で悪いけど、私はこんなとぼけたヤツなんだ見逃して

くれえ~! というところで、いままさに怪しい場所に入って行こうとしているすみ

ごんさん。すみごんさんは『今日は写真を撮る!』と決めているとき以外はカメラ

は持って出ないんだそうで、この日はもっぱらiPhoneでした。

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彼女の目線の先にあるのは『ギャラリー・マルヒ』さんで、実は今年の2月に20

年も営業していた『EXPO』という店がもらい火で全焼してしまい、その後片付け

を3ヶ月に渡って行った結果、なんとか再開のめどが立ったので再スタートを前

に焼け残った愛着のある品々をここで展示して見せているのだそうで、道に立

っていた髪をいっこ結びにした男性はEXPOのオーナーなのでした。私たちも中

を拝見させていただいたのだけれど、3.11を経験してしまったいまではなおさ

ら、カタストロフィーの凄みを感じてしまう展示でした。

この展示、『EXPO 2.11 Carbonized』は今月8日までやっています。

帰りはオーナーに「見た後はもじょさんでパン買って行ってね。おいしいから」と

いわれたとおり、お隣りのBonjour mojo2さんでパンを買って。

いささかよく歩いて疲れたし暑いしで「クリームあんみつ食べたい!」と私が叫

んだら、クリームあんみつクリームあんみつ ・・・ とつぶやいてたすみごんさん、

「芋甚があった!」と今度こそ店に入りましたとさ。

今年初のクリームあんみつ。

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疲れてるときの甘いものってすごく効く。

ほっとしたし、すごくおいしかった。

シンプルだけど、クリームあんみつが480円とは。安い。

ここはぜひまた行きたい。

甘くて冷たいもの食べて疲れも癒されたし、あとは日暮里に向けて散歩しながら

帰るだけです。「ラッキーだったら、夕焼けだんだんで猫に会えるかもよ」の言葉

どおり、階段の途中で日向ぼっこしながらうつらうつらしている猫に会いました。

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文字通り、あたりは夕焼け。

斜陽のなかでまどろむ猫。

昭和ノスタルジーに満ち満ちた不思議な一日の終わり。

今日は夏日ですごく暑かったけど、楽しかったにゃあ~

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そして翌日の朝ごぱんはボンジュールモジョモジョさんで買った動物パン!

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すみごんさんが「サツマイモパンとジャムパン」といって買っているときに「私に

猫のを見せて!」ともじょさんにいって、「じゃあ、私は猫みっつ!」といったら、

「サツマイモ3つじゃなくて猫3つなのぉ?」と笑われたけど、中にはたーっぷり

いも餡が入ってておいしかった。

なんで『もじょ』さんなのかと思ったら、彼女を見てすぐにわかった。

髪がいまどき見たことないほどクリックリのカーリーヘアなの。

イラストそっくりのかわいらしいオーナーでしたよ。

谷中散歩でお腹空いたらぜひ!

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谷中、猫のいる町/その1

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ブロガー友達すみごんさんとの2回めの逢瀬は、彼女の好きな仏像つながりと

いうことで、いま芸大の美術館でやっている『法隆寺/祈りとかたち』展へ。

実は私は奈良とか京都で実物を見るのはともかく、これまではあまりこの種の

美術展には興味がなかったのだけれど、それも最近は毎回かならずといって

いいほど見ている『美の巨人たち』や『日曜美術館』などのTV番組のおかげで

だいぶ造詣が深くなってきて見方が、というか、面白みがわかってきたような

気がする。それでも私がこの美術展を見ようと思ったのは『祈りとかたち』とい

う言葉から触発されたものだった。太古の昔から人がどのように祈り、それを

かたちで表してきたか、という。それで感想からいえば ・・・・・・、とっても混んで

ましたね。とても混んでいて静かな祈りの境地に入りこむことはできなかった。

若い人もいたけれど圧倒的に年配の人、それもかなりお年を召した人が多い。

それは現実的にあちらの世界が近くなってきたからなのかどうか、それはわか

らないけれど。

それほどこういった世界に詳しくない私が個人的に面白かったのはやっぱり木

が好きだから仏像やその光背の精緻で美しい木彫とか、仏像に踏みつけにさ

れた邪気がさほど苦しそうにしてない姿とか、昔のインテリアともいえそうな植

物をモチーフにした飾り金具に見られる工芸とか。圧巻だったのは今回の目玉

ともいえる金堂の国宝毘沙門天立像・吉祥天立像と、火事によって消失してし

まった法隆寺の金剛金堂壁画の模写だろうが、その空間ばかりはすごい迫力

でもってまるで法隆寺の金堂のなかにいるような雰囲気を味わうことができた。

けれども私が今展でとても美しいと思って惹かれ、名前を覚えて帰ったのは荒

井寛方という日本画家。なぜかはわからないけれどこの人の描いた『聖観音』

『観世音菩薩』には格別な気品と優雅さ、美しさがあるように思った。

今回初めて行った芸大の美術館。さすがに歴史のある大学はキャンパスのい

たるところに趣があるし、見て回る規模としても程よい大きさでとてもよかった。

あれで空いていればもっと法隆寺が持つ世界観に没入できたのだけれど。

それぞれ自分のペースで展示を見た後は芸大のカフェの前で一服。

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私は話のネタに芸大の学食でランチをしたかったのだけれど、私と違って小食

のすみごんさんが「学食なんてきっと量が多いと思う」というので、あらかじめ

上島珈琲ですませてから来た。学食は次の機会にしよう。面白がりの人と。

写真はモクタイムに行くすみごんさんの後ろ姿。

この人も写真じっと見てると頭に猫耳、お尻に長いしっぽが見えるなあ・・・・・・

というわけで、このあとはすみごんさんと猫のいる町、谷中散歩。

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法隆寺/祈りとかたち』展は東京芸術大学美術館で6月22日まで。

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Rose is a rose

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春ばらの季節はもう終わってしまったけれど、きのう外出した帰りに何気なく手に

とった雑誌の表紙があまりにきれいだったので先月に続いて買ってしまった。

プレミアムの7月号。

特集のテーマは『花と朝食』。

いかにもおあつらえ向き。

いつだって白い薔薇は特別。だけれど、表紙の白ばらに顔を埋めている女の子

の写真もいいけど、この見開きの写真もすごくいい。

ブルーのストライプのシャツワンピースに摘みたてのばらをそのまま持って。

素朴だけれど、こんなシンプルで洗練されたマリアージュもいいんじゃないかな

あ、なんて思う。

結婚式のとき、ヘアメイクをお願いした当時の『ブルードア・サッシュ』の美容師

さんは、花嫁はナチュラルメイクで裸足でなけりゃ、とこだわった。それで私の頭

のなかでは古い映画『裸足で散歩』のワンシーンがぐるぐる回っていたけど。

若かった彼もきっとロマンティストだったんだろうなあ。

そんな私のドレスはウエストの切り替えから胸元までが細いリボンのレースア

ップになった白のコットン。写真撮影のときには椿山荘のお付きの人に「これ、

ほんとにプロがメイクしたの?」と直された。

そんなことを突然、思い出すのも、6月がジューンブライドの月だから?

5月に終わってしまったばらも、早いものだともう2番花のつぼみをつけて6月

にはひらきだす。

ばらはばら。わたしはわたし。

Life goes on。

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