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2014年5月 8日 (木)

薔薇の歌 (九章)

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薔薇の歌  (九章)


賓客よ、

いざ入りたまへ、

否、しばし待ちたまへ、

その入口の閾に。


知りたまふや、賓客よ、

ここに我心は

幸運の俄かに來たれる如く、

いみじくも惑へるなり。


なつかしき人、

今、われに

これを得させたまへり、

一抱へのかずかずの薔薇。


如何にすべきぞ、

この堆き

めでたき薔薇を、

兩手もろでに餘る薔薇を。


この花束のまにまに

太き壺にや活けん、

とりどりに

小さき瓶にや分たん。


今日、わが家には

どの室にも薔薇あり。

我等は生きぬ、

香味と、色と、

春と、愛と、

光との中に。


< 謝野晶子 / 薔薇の歌 (九章) >


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今日はものすごく風が強い。

強いどころか気違いじみてると思うほどだ。

建物の通風孔から「ヒョォオオ~~」と笛でも吹くような音で吹き渡る風の音を

この部屋ではじめて聞いた友達はみんなそろって驚いて「これ、なんの音?!」

と聞くくらい。

最近は花粉だ黄砂だPM2.5だと騒がれるようになって、数年前、花粉症が劇

症発症してからは通風孔を珈琲フィルターで貼ってしまったから前ほどではない

けれど、それでも外がすごい風であることには変わりない。

それに激しく気圧が変動しているらしく、さっきから頭がすこし痛くなってきた。

ただでさえこんな日は風の音だけで落ち着かないのに、嫌なのは思うさま風に

煽られるばらたち。今朝は咲いたばかりのアンブリッジローズが風で駄目になる

前に切って食卓に飾った。

この詩は先日、点滴堂さんで手にとった『緒川たまきのまたたび紀行-ブルガリ

ア篇』の中にあった与謝野晶子の詩。歌人として有名な与謝野晶子がこんな詩

を書いていたとは知らなかった。でも、さすがにこの詩はちょっと古臭い。

緒川たまきの写真集の中に掲載されていたこの詩はこれで全文なのだけれど

実はタイトルが示すとおりこの詩は九章もあって、その最初の章の一部と別の

章の頭の一部をくっつけたものがこれ。自分がこの詩の作者だとしたらたぶん、

こういうことをされるのは間違いなく嫌だと思うけど、全文を読んだ後では単に

写真集の1ページに入りきらなかっただけというのがその理由だとしても、この

意図は悪くない。九章は長すぎる感じがしたし、与謝野晶子はやっぱり短文に

おいて才能が際立っている気がする。私が好きだったのはこの詩の最後の6行

だけ。ブルガリアといえばいわずと知れたばらで有名な国で、その地へ旅した

緒川たまきの写真集になぜ与謝野晶子の詩なのかな、と思うけれど、彼女が

与謝野晶子が好きだったのかもしれないし、このクラシカルな文語調が彼女の

持つ雰囲気に合ってなくはなかったのもたしか。

その本は買おうと思って見ていたけれど、まんなかあたりで落丁していたので

買わなかった。古本だからしかたないけど、帰りにカウンターでそのことを伝え

「もうすこし状態のよいものが入るようでしたら欲しいんですが」といったら、店

主が気を悪くしたのか、それには何も答えずコンピュータのディスプレイに目を

落としてしまったのでちょっと困惑してしまった。

時間さえあれば本屋に行くのは好きだけれど、今日び、たいていのものはイン

ターネットで買える。すぐに店で見たのより状態のよさそうなのを見つけた。

買えないものは人のこころ。

自分で育てたばら、も。

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