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2014年5月16日 (金)

緑の海

14morning_green

水を張ったボウルの中のグリーンリーフレタス。

これを見て北斎の砕け散る荒波を連想する私って、朝からアホかな。

今日の朝ごはんはサラダとチキン。

昨日の夕方、ベランダでもてあましているばらをHさんの家に届けに行ったら、

健康な放し飼いの地鶏のもも肉をくれたので。チキンは玄米元気とハーブソルト

をかけて、オリーブオイルでただ焼いただけもの。

昨日は枝が伸びて四方八方に暴れるばら苗を紙で巻いて紐で結わいて自転車

の前カゴに乗せて行ったのだけれど、けっこう大変だった。なんたって凄い棘を

してるからそれで顔をギャッと引っかかれたらやだと思って花をカゴの外に向け

ておいたのに、いつの間にかこちらを向いてしまって。

ばらのいい匂いを嗅ぎながら、あたりにばらの香りを撒き散らしながら走ってい

たら、「まあ!きれいなばら!」なんて声をあげる年配の女性もいて。

そりゃ、丹精して育ててるんだもの。

5月の半ばになっても気温の寒暖差が激しいこのごろだけど、このばらはうどん

粉病にもならずにきれいな葉っぱをしているし、いまや盛りと咲いている花や、

まだこれから咲く蕾もあって、人にさしあげるにはベストのタイミング。

少なくともうちの狭いベランダで窮屈な思いをしているよりはHさんの日当たりの

よい庭に植えてもらったほうがばらにとってもしあわせだと思う。

それにこのゴージャスなばらは私より彼女のほうがずっと似合う。

ラ・ローズ・ドゥ・モリナールはHさんが気に入ってくれてよかった。

でも、ばらは買ったら高いでしょう? とHさんがいう。

高い! とくにイングリッシュローズやフレンチローズは。

この二十年あまり、私はどれだけばらにお金をつぎ込んできたんだか。

それも、なけなしのお金を。

我ながら「馬鹿じゃない」と思うけれど、村上春樹も本の中でいっていたように、

人生には身銭を切らないことにはどうやったってわからないことがあるのだから

しかたない。そのテーマがたとえば『お酒』だ、という人が毎日酒代に使うお金の

ことを考えたら、私がばらに費やしたお金なんて全然たいしたうちに入らないか

もしれない。

料理がものすごくうまい友人がいて、彼女にどうしてこんなに料理がうまいのか

聞いたら「そうちゃん! 私がどれだけ食にお金をかけてきたと思うの? 習う

ことにも食べることにも」と逆に聞かれてしまったことがあった。世田谷で洋服の

セレクトショップをやっている別の友人は、若いころあれだけ服を買わなければ

いまごろ家が建ってたと思う、というし、それに話は少しぶっ飛ぶけれど、あの

ハーブ&ドロシーだって、サラリーマンの給料のほとんど全てをアートにつぎ込

まなければもっとマシな暮らしができたわけだけれど ・・・・・・

でも、マシな暮らしって何? って話。

上の話を逆説的に検証してみるまでもなく、みんな没頭してお金をつぎこんでき

たものからはそれ相応の、いや、有形無形に関係なくそれ以上の恩恵を受けて

きたわけで、それこそ身銭を切らなきゃわからなかった、手に入らなかったこと。

そのなかには一見、無駄に思えることもたくさんあるかもしれないけれど、合理的

に効率的にわかることのほうが人間、少ないような気がします。

私がばらからもらったものはほんとうにたくさんある。

こうしているいまも。

貧乏暇なしでもこれまで健康でやってこられたのだから、それだけでも十分なの

かもしれない。

ちなみに、猫好きの友人はこれまでいったいどれだけのら猫の避妊手術と去勢

手術にお金をつぎ込んできたかわからないけれど、最近またのら猫を一家ごと

引きとらざるを得なくなって、朝5時過ぎには自分の部屋に来て「お腹すいた!」

とニャアニャア鳴く猫たちを見ながら、「わたし、また宝物を3つも手に入れちゃっ

たね~(満面の笑み)」といって、息子に呆れられたそうだ。

ほんとうに何がしあわせかって、人それぞれですね。


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