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2014年3月 6日 (木)

お雛様をしまう日

14ohinasama

このあいだ知ったのだけれど、お雛様は二月の雨水の日に出して、三月の啓蟄

の日にしまうのがいいそうだ。それで今日、しまうことにする。

なんといっても一年にたった一度、わずか数日しか出さないものだから、雛人形

を見ているといろいろなことを思う。

私のお雛様はたぶん、祖母がくれたお祝いで、母が見に行って買ってきた。

人形のお顔立ちにしても着物にしてもお道具にしても、私の後から生まれた従妹

たちが買ってもらった現代風でどこか大味な感じのするお雛様とは違う、古式ゆか

しい品のあるお雛様。祖母が買ってきたらこうはいかなかったかもしれなかった。

祖母はもともとは宮城の生まれで、結婚したあと夫の赴任先の樺太に渡ってそこ

で6人の子どもを産み、一番下の次女を引き揚げ船の中で亡くした。本土に引き

揚げてしばらくはどこかの親類の世話になったようだけれど、それからどうやって

東京に来たものか。祖母は東京で何十年暮らしても、いつまでもズーズー弁が抜

けなかった。とくに娘や息子との会話になると地が出てしまうらしく、母はときどき

おばあちゃんはいまだに「ほっだらこといったって~」だの「なすてだべや」だから、

といったりした。母は6番めの弟(つまり私の叔父)のことも私のことも『貴族乞食』

といっていたけれど、そういう母自体ひどく美意識の高い人で、祖母が器に煮物

をてんこ盛りにして食卓に出したりすると「山出しだから」といって嫌がったりした。

そんな母が選んだ雛人形だから、私だけああいうお雛様だったのだろうと思う。

でも、たいして裕福でもない借り住まいの狭い部屋には、七段飾りのお雛様は立

派すぎるくらいだった。そのころ母はよく仲のよい女友達と漫才よろしく「食う寝る

ところに住むところ」なんていって笑っていたけれど、まさしくそのままだったから

お雛様の時期にはごはんを食べるところも寝るところも窮屈になるのだった。

それに毎年、七段飾りのお雛様を出すのは木の段を組むところからはじまり、人

形に細かい持ちものを間違いなく持たせるのも大変で、なんたって一年に一度だ

から忘れちゃう、といいながら母が天袋から引きずり出した一式を畳の上に広げ

て虎の巻片手に苦心惨憺して飾る姿をいまでも憶えている。どうしてそんなにまで

してお雛様を飾らなくちゃならないのか子ども心にはよくわからなかったけれど、

母はお雛様は一年にたった一度だしてもらうのをいまかいまかと一日千秋の思い

で待っているのだから、出してあげないと血の涙を流して悲しむ、といった。

その言葉を聞いた瞬間に私の頭にはそれがそのまま映像となって浮かび、以来

その言葉は私の胸ふかく刻まれてしまった。

赤ん坊のころはよく泣く赤ん坊でそれはまだ若くて未熟な母にとってはヒステリー

の種だったようだけれど、小さいころの私はからだがとても弱く、誕生日の前後に

なるときまって熱をだしていたらしい。それもいつも医者が休みの日に限って。

でも、なぜかお雛様を飾ると具合がよくなってしまう。それでよく、これはあなたの

身代わり人形なのだから、ともいわれた。血の涙にしても身代わり人形にしても、

子どもの私にはこわい言葉でしかなかったけれど。

小学校から誰もいない家に鍵をあけて入って、しんとした部屋の中でお雛様と自

分だけになると、いつもちょっとこわかった。お雛様に供えた雛あられをつまみ食

いしても、人形にじっと見られているような気がして。

それでいつか、何を思ったのか、軽く爪を立てて三人官女のいちばん左端の人

形の鼻筋をなぞったところ、思いのほか人形の肌はやわらかくてうっすら白く削

れてしまい、後でひどく親に叱られるのじゃないかとあわてたことがある。幸い、

バレることも咎められることもなかったけれど、もう十数年(あるいはそれ以上)

も飾られないまま天袋の古い箱にしまわれたままの雛人形の白い鼻筋のことを

思い出す。

私の娘のお雛様は、母の小学校時代の親友が作ってくれたもの。

お雛様なんて置くとこないからいい、という私に、内裏雛だけなら置けるでしょう、と

母はいい、この女雛のお顔があの子によく似てるから、といった。

母は病院で危篤の床にあるとき、もう声を出すことすらつらかったのに、親友がお

見舞いにきてベッドの脇に立ったら「ありがとう」とまわりにもはっきりとわかる声で

いったから驚いた。もう14年も前の二月のこと。

そして木彫り作家のあらいみえこさんが亡くなってから早一年。

この木彫りの小さな雛人形を見るたびに、人の儚さと、凛とした生き方をされた方

に見事な身仕舞いの仕方を見せられたことを思い出す。そしていつまでもそれを

忘れないようにしようと思う。

春はいろいろなことを思い出す。

14arai_mieko

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